『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百二十八話

「『リアライズ』」

 

 殺させない。

 

「『リアライズ』ッ!」

 

 絶対に……!

 

「『リア……っ、『リアライズ』ッ!」

 

 だから……!

 

「――治れよおおおおおおオォォォォォォォォっ!!」

 

.

.

.

 

 何度目かの魔法陣は、怪物の手で無慈悲に砕かれる。

 ガラスのようにキラキラと輝く欠片と共に殴り飛ばされた琉希は、五度地面にたたきつけられた後、遠方の地面へ仰向けに転がった。

 

 死からの復活は肉体のダメージを完全に回復させる。

 しかし連続の死と極限状態での攻防に精神は酷く削られ、十五やそこらの少女が耐えるにはあまりに重すぎるもの。

 

 顔に塗れているものはもはや涙か唾液か、はたまた別の体液なのか。

 乾き、髪と共に頬へこびりついた何かを爪先でこそげおとしながら、のろのろと琉希は立ち上がった。

 

「やられ……ちゃいましたねぇ……」

 

 探索者向けの破れにくい服を着てきたとはいえ、流石に数百を超える怪物に何度も蹂躙されれば布切れと変わらない。

 紅く染まり破けた胸元から突き出す黒々とした結晶を撫で、後何度なら己の肉体が持つのかと思考を巡らすも、どちらにせよその時まで分からないと諦めた。

 

 今の魔法陣は何かが違った。

 今まではそもそも怪物が触れるだけで砕け散っていたが、今回のは何かを吸い上げるような挙動を微かにした後、怪物のその手で砕かれてしまった。

 

 確かに魔力を抜き取ることが出来たのだ。

 全体からすれば一パーセントにも満たない微小な量だが、間違いなく魔力を抜き出し、怪物を少女に戻すための希望を見せた。

 

 のそのそとこちらへ歩いてくる(・・・・・)怪物を、揺れ、霞み、朦朧とした視界で捉えていたが、再び右の腕輪へ手を伸ばそうと試みるも、奇妙な力に縛られたようでピクリとも動かない。

 

「これ以上は無理だ! 貴様の身体は本当に今限界のギリギリなんだよ! 後少しでも魔力が入れば身体が持たん、貴様も発症するぞ!?」

 

 カナリアだ。

 

 見慣れた輝く魔法陣が空中へ展開され、これ以上の行動はさせまいと琉希の四肢を縛り付けていた。

 繰り返し彼女は琉希の無茶を食い止めんと手を尽くしていたが、悉くを無視、或いは回避され、遂に実力行使に出たのだ。

 

「自分の腕を見てみろ!」

「……っ、これは……」

 

 カナリアの言葉に釣られ右手へ視線を移した琉希は、その不気味な光景に、自分の腕ながら絶句した。

 

 何かが飛び出す様に手の甲を突き破り、しかしそれは幻影のようにすぐ消えてしまう。

 まるで中から溢れ出しそうになる何かを必死に抑え、体の表面が揺らいでいるようだ。

 

「緩衝の限界だ、それ以上は一気に進むぞ。自分の名前は憶えているか? 家族は? 何をしに来た? あそこにいるのが誰か、全て答えられるか?」

「そんなの……」

 

 当然だ。

 

 自信をもって答えようとしたものの、ピタリと口の動きが止まる。

 

 意識するまでもない基本的な知識、たとえ寝ぼけていてもその程度をこたえられない人間などいない。

 しかし目の前に立つ金髪の少女の通り、諳んじて当然の事実すらいくつか抜けがあり、即座に出すことが出来なかった。

 

 ぱくぱくと口が動くばかりで、出すべき返答は虚空に消える。

 

「お前はよくやったよ……ああ、こんな方法で治そうなんて普通は思いついてもやらん。この私ですら正直頭がおかしいと思うぞ。きっとあの子の魂も救われるだろうさ」

「……誰かを助けるって、こんなに苦しいことだったんですね。あたし、全然、何も知らなかった。友達だなんて口では言っても、何をして、どう考えているのかしっかり見てなかったのかもしれません」

 

 琉希の語りに合わせ、カナリアの束縛魔法陣が奇妙な点滅を始めた。

 本来なら常に光を振りまき相手を縛り付ける魔法だ、当然彼女にこんな挙動を仕込んだ覚えはない。

 

「フォリアちゃん、ずっとこんな苦しいのを続けてきたんですよ。探索者を嫌って、馬鹿にする人も多いのに、ダンジョンが崩壊した時だけ都合よく助けてなんて言う人もいるのに、それでも黙って戦ってきたんです……」

 

 慌てて魔法陣へ手を伸ばし直接の操作を試みるカナリアであったが、己の掌から生み出されたはずの輝きは言うことを聞かず、次第に無数の罅が入っていくのを、手の施しようもなく見ることしか出来ない。

 

 それは魔法の掌握……いや、支配と言うべきか。

 

 魔力が物質へ転位し世界を創り上げたのならば、己のユニークスキルで魔法すらも支配することが出来るのでは。

 数日前琉希へ魔法や世界の構造について詳しく説明してしまったが故に、カナリアによる拘束は土壇場の思い付きでひっくり返されてしまった。

 

「辛くて苦しくて……それでも頑張ってきた人の最期がこれ!? 誰かのために必死で戦った人がっ、誰にも忘れ去られるなんておかしいっ、そんなの絶対間違ってる……!」

「そんなのは……そんなこと私にだって分かっているッ!」

「分かってるなら! 分かってるなら後はやるだけでしょう!?」

「分かっていても出来ないことだってある!」

 

 理想論は聞こえがいい。

 

「貴女がそうでもあたしはやりますっ! 誰か、何かのために、進んで犠牲になる必要なんてない……! そんな綺麗(・・)な終わり方なんて誰も求めてない! フォリアちゃんは生きるんです! ずっとずっと生きて、好きなことを好きなだけして、笑って、しわくちゃのおばあちゃんになるまでっ!」

 

 足が棒になるどころか、地面に根付いてしまったのかと錯覚するほどの重さ。

 しかし、それでも一歩、一歩と、ナメクジが這うより緩慢ながらも怪物の元へ彼女は歩いていく。

 

「あと一回なんですよ……あと一回、あと一回だけでもできれば届くんです……!」

「その一回が無理なんだ! 限界なんだよっ! どうして分かってくれないんだ!?」

 

 もはやカナリアの魔法でも彼女を止めることは出来なかった。

 

 無数の魔法陣は片っ端から琉希の手で砕かれていく。

 カナリアの膨大な魔力をつぎ込もうと、生と死の繰り返しによってその身に余る魔力を獲得した琉希の方が、既に総量で上回っていた。

 消耗戦では絶対に勝てない、しかし短期戦でも押し込めない。

 

 最後、魔力の尽きた(・・・・・・)カナリアは琉希の足に縋りつき、無理やりにでも動きを止めようと試みたが、やはり彼女は歩み続けた。

 

 

「分かってても……無理でも……それでもあたしは……っ!」

 

 

 歩いて、歩いて、歩き続けた先。

 混乱と疲労に埋め尽くされた思考では、何故か怪物が襲ってこないことに疑問を覚えることすら出来ず、漸く琉希は怪物の元へたどり着いた。

 

『……琉希』

「――っ! フォリアちゃ……!?」

 

 濁った低音が鼓膜を叩く。

 

 はっと顔を上げた先、わずかに理性が残った瞳で、怪物が少女の顔を覗き込んでいた。

 先ほど琉希の手によってほんの僅かだが魔力が抜き取られたことで、一時的に本能を理性で抑制できるようになったのだ。

 

 びく、びくと、恐らく無意識なのだろう、勝手に動き回る爪先。

 興奮に染まった息は連続して短く吐き出され、その巨大な尾や翼は忙しなく蠢き、羽ばたく。

 

 意志とは別に動き回る彼女の身体が、この小さな安息もすぐに消え去ることを暗示している。

 

 だがそれでも、少しの時間でも意識が戻った。

 たまらず琉希は両腕をそっと伸ばし……

 

『……ごめん、無理さセて』

 

 彼女は、ぶちり、と腕輪ごと琉希の右腕を噛み千切った。

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