『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百五十一話

 地下室を出ると、剣崎さんとママはケーキをつついてお茶会をしていた。

 私たちも参加しないかと誘われたものの残念ながら今はその時ではない。用事があるからカナリアと協会へ向かうと告げ、忙しなく家を後にする。

 

 どこか座って話せる場所を。

 

 寒空の元、しばらく協会方面へと歩いている途中で見つけた公園、その端に拵えられたベンチに腰を掛ける。

 

「……貴様の話は……残念ながら嘘ではないようだ」

 

 ぎょろぎょろと、この数日の中でも初めて見る必死な形相でスマホを握りしめていた彼女であったが、脱力気味にぽいと私のスマホをこちらへ投げ渡して呟いた。

 

「特定個人の力に頼る作戦は、その一人が失われた途端に一切が瓦解する。分かっている、それは分かっていたが……信じられん……」

 

 ふらりと後ろへ倒れ込む体。

 放置されて勝手に繁殖しているのだろう。冬にしては毒々しい、真っ赤な花を咲かせたアロエの中へ寝っ転がった彼女は、苛立たし気にため息を漏らした。

 

 クレストにすら筋肉を殺すのはそうやすやすと出来ることではなかった。

 

 最初に世界へ現れた人類未踏破ラインのダンジョンは日本に存在する『碧空』、ここからでも見える巨大な青の塔だ。

 つまり、碧空の本体はクレストたち……アストロリア王国の築き上げた魔天楼。

 今までの組織のように、魔天楼を破壊して超広範囲の消滅を狙うことは不可能であった。それをしてしまえば、そもそもクレストたちの王国まで消し去ってしまうのだから。

 

 飛び道具の大半は効かない。

 実力の高さなどから直接暗殺、というのも非常に難しい。

 決戦の日まで剛力が死ぬことは、まず有り得ないと彼女は確信していた。

 

「奴は私よりはカスだが、そこそこ頭が回る。事実と情報さえ突き出してしまえば、そこに信頼がなくとも間違いなく力を貸してくれる」

 

 それゆえカナリアは、クレストの監視が付いているであろう剛力に敢えて接近せず、ただ一人で準備を終わらせた。

 最後の最後、全てはその時のために。

 

 だが……

 

「そうか……私は最初から全て失敗していたんだな。ああ……」

 

 頭を抱え、引っかかった髪すら気に留めず固く握り締められた拳。

 音を立て千切れる彼女の前髪。

 

 両手に覆われたカナリアの顔は、こちらからは伺えない。

 

「筋肉の死因は……」

「ダンジョンの崩壊だろう、ここまで存在一切が消えているとなればそれ以外には有り得ない」

 

 虚ろな瞳に、横に植えられた枝垂れ柳の枝と曇り空が映る。

 

「ああ……終わった、終わった……全ては無駄だった……ふふ、思えば私の行動はどれもこれも裏目に出てばかり、最初から無理だったのかもしれんな……」

「勝手に終わらせないで」

 

 なんか勝手に終わり感を出し始めたカナリアの頬をべちべちと何度も張り倒す。

 

「痛いからやめろ。貴様、自分のレベルを少しは自覚したらどうだ」

「貴女は諦めても私は諦めてない」

 

 思考停止したわけではない、努力を諦めたわけでもない。

 だが彼女の持つ知識は、努力だとか、試行錯誤だとかでは絶対に埋めきれないほどの価値がある……多分。

 

 勝手に諦められるのは非常に困るのだ。

 

「二十一年だ……音もなく、光すら失せた、気が狂いそうになる晦冥(かいめい)の中で、一人魔法陣と向き合った、ダンジョンシステムを作るためだけに! 何度も気が狂いそうになった。本当に意味があるのか、完成はするのか、完成しても遅いんじゃないか、人々に受け入れてもらえるのか! 一切の確証もないまま、少し気を抜けば霧散してしまう魔力の中で、どうにか創り出した果実で命を繋いで! 二十四年だ、何もかもを雑に剥ぎ取られた上で、その度に手札がごっそりと減る中、新たな可能性を四度も一から積み上げ直して! なあ、お前に何が分かるんだよ!」

 

 発狂。

 そう、正に彼女の様子は発狂という言葉がぴったりであった。

 

 限界だったのだろう。

 いくら精神が強靭な彼女と言えど、耐え切れないこともある。

 時として、他者から見れば案外あっさり、ぽっきりと折れてしまうことも当然。だがそれはあくまで他人の視点だからで、実際には度重なる苦悩の末に起こったことなのだろう。

 

「何も分からない!」

 

 だが、私に彼女の苦悩は分からない。

 私はカナリアじゃないし、カナリアは私じゃない。 

 

「……っ、な、ならば!」

「カナリアの苦悩は私は貴女じゃないから何も分からないけど、ここで諦めたら本当に全部無駄になる! あったこともないけど、いっぱいの国が必死に戦って、いっぱいの人が必死に繋いでここまで来たなら、たとえ私たちしかいなくても戦わないとダメでしょ!」

 

 きっと、もっといい言葉があるのだろう。

 弱っている彼女へ伝えるには、あまりに鋭い棘がある言葉かもしれない。

 

 もしかしたら私自身焦ってしまっているのかもしれない。あまりに壮大すぎる話、しかし見なかったことにするには、私と深く関わりがあるこの問題に。

 

「ああ……」

 

 空を仰ぐ。

 

「ああ……そんな事、分かっている……」

 

 言われずとも。

 

 奥歯を噛み締めたカナリアの頬は濡れていた。

 

「一つ気掛かりな点がある、剛力の死についてだ。奴は消滅についても知識があるはず、園崎美羽に話を聞いているからな」

「私も最初は園崎さんから聞いた」

 

 そこまでも知っているのか。

 

 私は若干の驚きに目を見開くも、しかし同時に彼女の言葉へ同意した。

 

「消滅が起こっていると気付いたら、即座にその場から離れるだろう。奴はまず自分が助からなければ救える人間も救えないと理解している、そんな人間がダンジョンの崩壊に巻き込まれて死ぬとは……やはり考えられん」

 

 その点は私たちも気になっていた。

 

 そもそも私は初めてダンジョンの崩壊と消滅が起こった時、筋肉の手によって助けられている。

 カナリアの言う通り、筋肉は消滅の察知をしたとき即座に撤退をしているのだ。

 

 それに死の前、筋肉は変な行動をしていた。

 協会からの仕事だと言っていたが、それにしては何処かこそこそ(・・・・)と姿を隠すような動き。

 今思えば妙な点だが、それ以上にいきなり任された協会の仕事や、自分の周りで起こっていたことに気が向いていてそこまで意識していなかった。

 

「分かった」

 

 いい加減、園崎さんとも話をしなくてはいけない。

 

 筋肉の死は耐え難いものだ。

 だがこのままでは前に進めない、そして進めないまま終わってしまう。

 

 充電マークの紅く点滅するスマホをタップし、見慣れた電話番号を開く。

 

『おう』

「あ、もしかしてウニ?」

『そんな海辺で見つけたみたいな言い方するんじゃねえよ!』

 

 

 

「今から協会に行くから、園崎さん執務室に呼んどいて」


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