『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百五十二話

 ドアノブを軽く捻る。

 

 開かれたカーテン、よく磨かれた重厚な机、その上に添えられたシクラメンの小鉢が瑞々しい薄紅で彩る。

 一か月の時をして一切の変化がないこの部屋に彼女は立っていた。

 

「ごめん、遅れた」

 

 返事はない。

 

 ゴミ一つないカーペットを踏み締め奥へ。

 彼女の目前、私が腰掛けるには随分と大きな椅子へ腰を掛け、暫く目にすらしていなかった協会のコートへ腕を通す。

 

 つい零れたのは小さいため息。

 

 まったく、本当に、私が着るには大きすぎる。

 

「この一、二週間で色んなことがあった。全部を話すのはちょっと時間が足りないけど、正直私ですら信じられないことがいっぱい」

 

 魔蝕、ダンジョンシステム、魔天楼、異世界の国々による争い。

 正直なことを言ってしまえば、その全てを完璧に私が理解しているか、というと怪しい所がある。

 大体どれもこれも一々スケールが大きすぎるのだ、もっと単純な話にしてもらいたい。

 

 ――だが、めんどくさいからと言って投げ捨てるには、あまりに多くの人や物が犠牲になり過ぎた。

 

「アストロリア王国」

「……!?」

 

 私のつぶやきにびくりと彼女の身体が震え、今日初めて目が合う。

 

 アストロリアは異世界に存在するかもしれない国として、ダンジョン関連に詳しい人なら耳にしたことがある国名の一つだ。

 だが、彼女の反応はそういった、聞いたことがある程度の扱いではない。

 

 深いトラウマ……なのだろう。

 

「やっぱり、憶えてるんだ」

「……夢で、時々見るの」

 

 カナリア曰く、園崎姉弟はアストロリア王国の研究による犠牲者らしい。

 

 勿論予想だ。しかし園崎さんのダンジョンシステムを介さない魔法の発動、ウニの身体能力の高さ、そして筋肉の証言を聞いていた私は納得した。

 何人犠牲になったのかは分からない。もしかしたら何百人、何千人と犠牲になった上で、偶々生き残ってこの世界にやって来たのかもしれない。

 

 子供の記憶はあいまいだ。

 それでも、苦痛の記憶に関連して、何度も耳にした自分の国の名前なら憶えているかもしれない、そう思ってカマを掛けた。

 

「私がこの一週間で知ったことの一つに、異世界とこの世界の関係がある」

 

 漸く聞く気になった彼女がこちらに視線を向けた。

 

「ストレートに言うけど、ダンジョンの崩壊とか消滅は全部『アストロリア』を含む異世界の国々が大きく関連している」

「……俄かには信じがたいわ。貴女は探索者になってから一年も経っていない、それに崩壊の真実を知ったのだってごく最近。いったいどうやって知ったというの?」

 

 予想通りの言葉に頷く。

 

「カナリア」

 

 扉を雑に足で動かし、だるそうに入ってくる彼女。

 

 気持ちは分かる。

 ついさっき色々と知り、脱力感からイマイチやる気にならないのも分かるのだが、せめて扉くらいは普通に開けてほしい。

 

 執務用の机とは別に置かれた、面会等に使われる机の元にたどり着いたカナリアは、どかりと雑に腰を掛けた。

 

 彼女の身の上、能力、そして体験してきた二十四年間の話。

 全てを話すには時間が足りないものの、ここへ足を運ぶ時、前もって相談していた主要な点を園崎さんへ伝える。

 

 しかし五分ほどの説明を聞いた彼女は、胡乱な目でカナリアを見下ろした。

 

「その自称エルフちゃんが嘘を吐いている可能性は?」

「カナリアの話は大半が難しすぎるけど、私が知っている情報も中にはあった。そして良い点、悪い点全てが私の知っているそれと同じだった」

 

 この反応は予想通りだ。

 

「正直に言わせてもらうわ。ぽっと出てきて全部知ってます、なんてちょっと都合が良すぎるのよ」

 

 カナリアは私からすれば、それこそ人生に深くかかわっている人間だが、彼女からしてみればカナリアはいきなり現れた存在。

 流石にいきなり納得してもらえるとは思っていない。

 

「カナリアから聞いた話はどれも信じられないものだけど、中には私が知っていることがいくつかあった」

 

 嘘を吐くとき、本当のことを少し混ぜると相手が信じやすいと聞いたことがある。

 最初はカナリアがそういった手法を用いているのかと疑っていた。しかし、私の知っていることの悉くが彼女の証言と一致している、というのなら、流石に信じざるを得ないだろう。

 

 いくら彼女が賢かろうが、私がどこまでどれを理解しているかなど知りようがないのだから。

 

 完全にランダムな知識のすべてが一致しているのだ、嘘は混じっていないか、それこそ本当に言い辛いごく少量だけと思っていいはず。

 

「ふむ……」

 

 しかしなおも納得がいかない様子の園崎さんを見たカナリアが立ち上がり、私に任せろと頷いた。

 

「それならば……そうだな。貴様経費を随分とちょろまかして高級店のチョコセットなどを買っていたが、今回もまだやっているのか?」

「ふぁあ!?」

 

 あっ、この前筋肉に言われてた奴だ……。

 

 未来は、現在の小さな変化で大きく変わってしまう。カナリア曰くバタフライエフェクトというらしい。

 クレストが魔天楼の破壊以外で大きく動かないのも、有利に働く既知の未来から大きく逸脱させないためだ……とカナリアが言っていた。よく分からん。

 

 まあつまり、カナリアに関係している人や、その接触で人生が大きく変わった私のような人間でなければ、大体この六年間は、かつての三週と同じ行動をするらしい。

 

「廃棄処分する予備のポーションを何本かパチって、水で薄めて肌に塗るのもまだやってるのか? あと多分二か月くらい前から、高校の頃のクラスの優男がちょくちょく電話してくるしれんが、それ詐欺だから気を付けた方が良いぞ」

「ちょ、え!? 何でそこまで知って……!? 」

 

 ……なんか今の話は聞かなかったことにしよう。

 世界を救うのだ、軽犯罪は見逃してもいいだろう、うん。

 昔養護施設に来たゲーム好きの卒院生の人も、勇者がタンスを漁っていいのは世界を救うからだって言ってたし。

 

 取りあえずクラスの人については後で通報するように促しておこう。

 

「兎も角、カナリアの知識は替えが効かないのは分かってくれたと思う。きっとこの世界の誰よりダンジョンについて詳しいし、協力を仰ぐ価値がある」

「ええ……」

 

 園崎さんはしんみりした顔をしているが、正直もうなんかさっきまでの張り詰めていた感覚がない。

 

「私は筋肉のしていたことを引き継ぐよ。この協会を守るとかじゃない、崩壊の原因を……全てを終わらせる」

「……!」

 

 そう、全てだ。

 パパや筋肉、そして今まで死んでいった人や消えた国、今を生きる私たちは、それらすべての犠牲の上に成り立っている。

 そして、期限はもう僅か。私たちの代わりに戦ってくれる人や、次の希望だなんて言っている余裕はない。

 

 全て、無かったことにしてはいけない。

 

「もう一から組織を作ったり、人を見極めてる時間なんてない。だから私は、私が信じたいと思う人に協力してもらいたい。園崎さん……力を貸して」

 

 伸ばした手は……人肌の温もりに包まれた。

 

マスター(・・・・)……この力が役立つのなら、何でも……!」

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