『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百五十七話

 ほう、と声を漏らすと、真っ白な吐息があっという間に掻き消された。

 

「風強いね」

 

 高台に上り周囲を見回しながら、叩きつける様に吹く風と塵に目を細める。

 

 こうやって静止している今は比較的マシだが、なによりもあちこちへ移動しているときに最も意識してしまう。

 久しぶりなので忘れていたが、細かいゴミが目をビシバシ殴りつけてくるので滅茶苦茶痛い。

 冬なので乾燥もひどい、目薬ほしい。

 

「なんか物足らない気がするんだよね……」

 

 何か便利な奴があった気がしないような、するような。

 こめかみあたりを撫でていると、ふと横に居た彼女が『アイテムボックス』をがさごそと漁り始め……

 

「あ、そうそう。これ渡すの忘れてました」

 

 ぽん、と手渡された白いお面。

 赤、黒、金が彩るそのお面は、買った時こそ随分無駄な散財だと後悔したものの、餡の下の餅な活躍をしてくれているにくい(・・・)奴。

 

「い……いなりん……!」

 

 こ、これや……! 私に足りなかったのはこれや!

 

 どこかから飛んできた電波を受信してしまうほどの感動。

 

「靴とかコートは必要だったのですぐ思い出せたんですけど、これだけうっかり忘れてまして」

「おお……ありがと」

 

 かぽりと顔に嵌めればなんというフィット感。

 紐無しで張り付くこの感覚に最初は呪われたお面かとも思っていたが……うむ、これで良し。

 

 警察や消防との連携が上手く行っていった結果、現状救出が遅れたことによる死者はゼロ。

 もし夜ならばこうはいかなかっただろう。

 

「地震が起こったのが午前でよかった、不幸中の災害だね」

「大惨事じゃないですか、不幸中の幸いですよ」

 

 

 救助もひと段落着いた夕暮れ近く。

 大概の人は救い終えたとはいえ、木材などで酷い傷を負ってしまった人は探索者の領分から、警察や消防の領分になる。

 下手に無理やり動かして傷が悪化すれば、助かるものも助からないからだ。

 

 あくまで私たちは私たちに出来る分をするだけ。

 勿論向こうから申請があれば駆けつけるものの、以前出会った警察官のあじ……あじなんとかさんだってある程度はレベルが高かったように、その能力は決して探索者に劣るわけではない。

 探索者側は探索者側で、避難所の設営に追われていた。

 

「こっちもお願い!」

「ん」

 

 誰かが声を張り上げる。

 

 ごろりとこちらへ転がって来たドラム缶を受け取り、びすびすと人差し指を突き立て穴を開けていく。

 これがなかなかどうして軽快で気持ちいい、猫が障子へ飛び込むのもきっとこれに似た快楽があるのだろう。

 

 まだ日が上がっている今なら問題はないだろう。

 だが夜は冷える。探索者の炎は攻撃用で一時的なもの、延々と熱を撒くために付けている余裕は流石にない。

 このドラム缶へぺこぺこ指で穴を開けたり、下の方を四角く千切り取っているのは、夜の暖をとるための焚火を作るためだ。

 

 この町における避難所は三か所に分かれていた。

 剣崎さんの大学、近くの小学校、そして協会。

 ここ協会ではおおよそ千人、一週間分の準備がある……とされているが、被害の範囲が大きすぎてそれですら足らない。

 

 普通の災害ならば家のほぼすべてが倒壊するなどあり得ないのだ。

 だが今回の大地震は、一応は避難所として建築された側面もある協会すら――私による影響もほんのちょっと、そう、ほんのちょっとだけあるとはいえ――半ば倒壊している。

 大半の建造物はボロボロで住むことすらままならない、町に住むほぼすべての住人が三か所の避難所へ集まっているとなれば、流石に足りるものも足りなくなる。

 

 布団が足りない、食料が足りない、水は探索者がいるから確保可能だとして……病気の人もきっと出てくるし怪我人用などの薬も足らない、トイレやお風呂もどうしたものか。

 今はまだ地震への恐怖から騒ぐ人もいないが、当然電気なども止まってしまっている今後その手の人も出てくるだろう。

 

「店長の方々からちょうど話がついて、衣類や毛布は倒壊した店の中から確保できそうよ」

「え……? そっか、よかった」

 

 適度に追い詰められれば活躍してくれる園崎さんが、指示を出す前に動いてくれたらしい。

 

 頭を悩ますことが多々あるが一つ一つ潰していくしかない、か。

 これだけ広範囲に大災害が広がっているのならば、国や県からの協力は期待できないだろう。動くのなら人口の多い大都市圏、田舎の町など後回しに決まっている。

 

「日本だけではない、世界各地で大騒動らしいぞ。次元全体からすればちっぽけでも、我々からすれば途方もない範囲に衝撃波が伝ったのだろう」

 

 そんなもの滅多に起こるわけがない、やはり人工的に起こされたと考えていいだろうな。

 

 これでは都市部の復興すら怪しい、相当の長期戦になりそうだ。

 カナリアの結論に思わず目を瞑る。

 

 いや……もしこの震災が人工的に起こされたものだとして、もう一度起きたらどうなる?

 一度目でダンジョンが無数に生まれる程世界に傷が付けられたのだとしたら……二度目にその傷たちは……やめよう。

 

 正直今日は現実感が無さ過ぎた。

 突然の強烈な地震、あっという間に崩れ去ってしまったいつもの景色。

 ともかく目の前の事態をどうにかせねばと、半ば思考停止で這いずり回り、一息ついたところで思考が回り出し、じわり、と陰鬱な気分が首をもたげる。

 

 昏い方向へ進みそうになった思考、唇を軽く噛み締め前を向く。

 

「土の魔法使える人にトイレとお風呂の形は作ってもらって、汚物は毎日ダンジョン内に捨てては新しく作り直すとかですかね。運ぶのは私がしますよ」

「え、いいの? じゃあお願い」

 

 琉希のスキルの特性上触れることはないとはいえ汚物の処理、けっして心地の良いものではないだろう。

 しかし自ら申し出てくれるのならそれ以上有難いものはない。

 

 彼女の提案に有難く頷き、端っこが歪んだホワイトボードへ書き込んでいく。

 

 ダンジョン内で物を放置すると消滅する。

 様々な仕組みを知った今、恐らく全て魔力へ戻っているのだろうと予想できる。確か現代のゴミ処理もそのようにされていたはずだし、今は私たちも利用するべきか。

 

 折角町中に出てきたダンジョンだ、もっと有効利用してやる。

 そう、例えば食べ物を温めたり、暖を取るための燃料としてとか。

 

「薪は人を二度温める、か。なら乾いた落ち葉も拾ってきてくれ、生木は火が付きにくい。煤もひどいんだが……まあ今はどうこう言ってられねえか」

 

 あまり会話に混じらず黙々と作業を進めていたウニが、ふと思い出したかのように口をはさんできた。

 

「ウニ詳しいね」

「あー……なんでだろうな。昔、誰かに聞いた気がするんだが……忘れちまったな」


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