『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百六十話

 本部で起こったことは非常に単純であり、しかし同時に不可解な事であった。

 

 おじさんが言った事まるきりそのまま、特に比喩などもなく、文字通り本部には人が一人とていないそうだ。

 昨日の昼頃だったか、とある企業の人が本部へ訪ねたそうだが、奇妙なことに人気がない。

 

 これだけの大事が起こっているのだ。協会がいくら騒がしくなることはあっても、人っ子一人いないというのはあまりに異常な事態。

 ネットを繋げる層が今は限られているので遠くまで、とはいかないものの、ここいらに住む人は大概その話を耳にしているようだ。

 

「本部大半の人間がクレストの関係者であったのか、それとも消されたか……」

 

 どちらにせよこの世界には既にいない。

 

 あまりに現実感がなく、しかしどうしようもないほど納得できてしまうことが腹立たしい。

 

「それじゃあ救助活動とかも難しいんじゃ……」

「いや、近くに海自の船が止まってるんだ、昨日の夜についたんだったかな。ここら辺は今日から本格的に動けるよ」

「そっか……よかった」

 

 ちょうどその頃、遠くから瓦礫を超えて迷彩服の集団が走ってくるのが見えた。

 一糸乱れぬ……とはいかぬものの、その動きはてきぱきと素早く統一の取れているもの。

 

 勿論毎日のようにダンジョンへ潜っている人と比べれば低いが、肉体系の公務についている人だってダンジョン内である程度の訓練は積んでいる。

 それに、札名は最大でも片手程度の人数でしか組まない探索者とは異なり、大人数での行動を見据えて訓練している彼らの連携は今こそ輝くものだ。

 

「行こうカナリア、ここはもう大丈夫」

 

 

「にしてもこれならば本部に行こうと意味がなさそうだな」

「取りあえず見にいこう、後は出来る限り備蓄の食糧持って帰るくらいかな」

 

 空っぽの本部、当然何かの情報を残しておいてくれているわけもないのだろう。

 とはいえここまで来て何もしないで帰る、とは出来ない。

 

 ここに来る前、カナリアと見たウェブ上のマップを思い出す。

 

 えっと、確か近くで備蓄用の倉庫があったはず。

 私たち二人でどれだけ持ち帰られるかは分からないが、『アイテムボックス』に魔法にとフル活用で行けば全員の一食分くらいなら持てるかもしれない。

 

 街から塔の根元――にある協会本部――へ歩く中、ふと周囲に木々が増えたことに気付く。

 それは次第に密度を増し、どうやら行く先には小さな林が広がっているらしいことも分かった。

 

「あ、この先海なんじゃない?」

「うむ、これは防砂林だな」

 

 一陣の風がぶわりと突き抜け、横の林が大きく揺れ動く。

 木々の隙間から僅かに見えたのはコンクリートに覆われた岸やいくつかのコンテナ、そして広がる灰色の海。

 飛びぬけて綺麗な光景とは言えないものの、しかしこんな時でも海というワードだけで少し心が躍ってしまうのは仕方がないことだろう。

 

 海と地震と言えば津波が出てくるのは日本人の性かもしれないが、先ほど歩いた街中が海水に濡れていた様子はない。

 やはりニュースで見た通り海中を震源としていないから起こらなかったのか、もしくはすごい小さなものだったのだろう。

 

 協会本部の逃げ去ったこの街でもし巨大な津波なぞ襲ってきたら、本当にどうしようもないほどの被害が広がっていただろう……まあ、今も大概かもしれないが。

 

「風すごいね」

「まあ直に凪ぐだろ」

 

 どうせどこの道を行ってもあちこちボロボロだし、歩きやすさに差があるわけではない。それならば少しでも気分がよくなるだろう場所を歩こうと、自然、足は海の方向へ向かう。

 靴の下は砕けたアスファルトから砕けたコンクリートへ。しかし大半はひびが入っているだけで。思ったよりマシな状況であった。

 

 ごうごうと騒がしい風の音、そしてそれに掻き立てられた海が白波と共に『波音』を並べる。

 無言で歩くと思い出すのがあの日の電話だ。

 

 ああ、そういえばあの時もすごいうるさくて、筋肉の声がよく聞こえなかった。

 あれが最後なんてこれっぽっちも思わなかった。わらってしまうほどあっけなく、また会えると思っていた相手が消える空虚さ。

 

 あの時筋肉は何を謝りたかった? どうして最期私に電話をした? 誰から隠したかった?

 聴きたいことは何一つ聴くことも出来ず、何を調べていたのかすらも分からないけど、あの時もう少し話を聞き出したり止めたりしていれば……

 

 駄目だとはわかっているが、暗く沈み込む思考と共に視線も下を向く。

 

「……きっと筋肉が今いたら、もっとうまく動いてるんだろうね」

「死んだ人間がいたらなどと言っていたら永遠に話が進まんぞ。居ないなりにやるしかないだろう」

「そうだけどさ……」

 

 コンクリートの小さな破片を蹴り飛ばしたところ、転がる破片が横に長い引っ掛かりにぶつかって妙な方向へ飛んでいった。

 

 なんかここ変だ。

 

 私の手のひら大だろうか、綺麗に一直線を描くコンクリートの中でここだけが奇妙に突き出している。

 そしてその先端から飛び出した線は、周囲の状況からして罅割れのようにも見えるが、それにしてはあまりに綺麗すぎる。

 

 こんなぴったり真っ直ぐな直線、自然にできた罅割れであり得るのか?

 

 ふと『アイテムボックス』からひっぱりだしたスマホを宛がうが、やはりブレ一つない罅割れは奇妙で仕方がない。

 周囲を見回したところ、これと似たような線がいくつかあちこちに存在していることに気付く。

 

 二、三……四かな。

 

「これなんだろ」

「いたずらかなんかだろ」

 

 だがその線に共通点はない。

 つくられている距離がぴったり同じならば何か理由があると判断できるが、長さ、場所、どれもが違う。

 

「カナ……リア……」

「繰り返すが」

「違う!」

 

 ぞっとするような冷たい吐き気、じりじりと焼け付くような焦り。

 気付いているようで気付いていない、いや、本当に気付いていいのかと後頭部が熱くなった。

 

 私はこれを……見たことがある。

 

 初めてこの目でダンジョンの崩壊と消滅を見た次の日。

 あまりの非現実さ、そして筋肉自身がそんなことはあり得ないと否定し誤魔化されそうになったあの日だ。

 自分を信じれず、現実を信じれず、しかし記憶のままに来た道を歩いて森の奥へ潜った。

 

 まるで靴や岩が滑らかに切り裂かれ、断面をぴったり合わせたかのような風景。

 様々な物が決して自然ではありえないような状況、歪な積み木のようにくっつけられた状況はぞっとするほど不気味なものであったが……これはあれとよく似ていた。

 

 何も知らない人が見れば気付かなかっただろう。

 だが、これは間違いない。

 

 そしてこの痕跡が示す事実はただ一つ。

 

「ここで……消滅が起こった……」


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