『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百七十三話

 息が切れる。

 絶え間ない衝撃に晒された腕が痺れ、震え、しくしくと痛む。

 

「くっ……これ以上は……っ」

 

 琉希は剣術系のスキルを持っていない。

 元々後衛の支援に特化していたし、『魔蝕』によって上がったレベル分のスキルポイントを、彼女のユニークスキルに注ぎ込んだと前言っていた。

 

 だがレベル差を埋める莫大な質量による連撃、一瞬でも気を抜けば容易く吹き飛ばされてしまいそうになる。

 全てを受け止めると一度も避けずに打ち返して来たが、流石に限界が見えてきた。

 

 それにこの打ち合い、返す度に凄まじい音が鳴り響く。

 どうにか人の少ない場所、戦える場所として町から離れてはみたものの、これではきっと避難所にいる人たちにも音が聞こえているはずだ。

 ただでさえ災害に良いとは言えない生活環境、ストレスや不安が溜まっている現状、これ以上の刺激は避けたい。

 

 ――やるしかないのか……?

 

 分かっている。琉希の言う言葉は全部私のために言っているんだって。

 一言一言話される度に、もうこれ以上は言わないでくれと耳を塞ぎたくなる。

 耳が痛くて、胸が苦しくて、それでもやらなくちゃいけないから……私のために戦っている彼女を打ちのめさなくてはいけないことを、どうしても躊躇ってしまう。

 

 だが……

 

「――っ!?」

 

 小さな悲鳴。

 

 刃が、落ちた。

 

 ぼろり、ぼろり。

 一本一本が操り糸を切り取られたかのように地面へ突き刺さり、土くれへと姿を戻す。

 

 そして最後、宙を浮く彼女の身体すらもが、ふらりとよろめいた。

 

「琉希っ!」

「『……星宝剣』……」

 

 だが、地面に崩れた彼女は、それでも止まらなかった。

 小刻みに震えながら立ち上がった彼女。しかしただ立ち上がっただけではない、黒々とした何かを右手へ携えている。

 

 小さな、小さな剣だ。

 今までの剣を模した質量兵器でもない、ただの、少女の身体からしても小さな剣。

 

「……っ!」

 

 速い……!

 

 どうみても先ほど空中から落ちた彼女の様子は尋常じゃなかった。

 限界だ。体の限界、能力の限界、精神の限界。幾ら大量の質量を動かせるとはいえ、あれだけ精密に、複数の物を同時になんてやはり無理があった。

 

 なのに速い……!

 

 先ほどとは打って変わって小さな剣を一本握りしめた彼女は、私ですら驚くほどの速度でこちらへ駆けよってくる。

 抉れた地面を蹴り飛ばし、涙を流して。

 

 痛みか? 苦しみか? それとも……悲しみか?

 

「もうっ、もういいでしょ……もういいでしょっ!」

「まだ……貴女が諦めてない……っ!」

 

 頭上、刃が閃いた。

 

 拙い一撃だ。

 

 はっきり言って私の実力がレベルに釣り合っているかと言われれば、きっと全く足りないだろう。

 だが一年の間、ほぼ毎日戦ってきた。ずっと命懸けだ。だからわかる、琉希と私の間にもレベル以前にやはり実力の差があると。

 

 当然だ、彼女は普段高校に通っているし、私みたいに延々戦っている余裕なんてない。

 それに剣なんてまともに使ったことがないのが分かる。刃が斜めのまま、力任せで垂直に叩き込まれる。

 なのにこんなにオモ(・・)い。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も振り下ろされた。

 全部、全部、全部、全部全部全部全部受け止めた。

 

 飛び散った土が口の中に入り込み、噛み締める度にじゃりりと泥臭い。

 だがその中に嗅ぎなれていて、しかし今は相応しくないものが入り混じっていた。

 紅く、鉄さび臭いこれは……

 

「――血っ!?」

 

 頬に飛沫が跳ねる。

 コートに深紅の模様が浮かぶ。

 

 だが、私の身体には刃の一つすら通っていない。

 さすれば血の出た大元は……

 

「琉希、目から血が……! 口も……!?」

 

 月を背に攻撃を続ける彼女であったが、ちらりと月光に垣間見えたその胸元は紅く染まっていた。

 

 目の両端から彼女が力む度に、とくり、とくりと血が零れる。

 ギリリと限界を超え噛み締められた歯は紅く濡れ、血の泡が口角にへばり付いては勢いに剥がれ、宙で弾けた。

 

 さながら鬼。

 しかし心に抱くのは、私に対する思いやり。

 痛々しく、そこまでして私を止めようとする彼女の思いに、何も返せないことが苦しい。

 

「フォリアちゃんは……凄い……! 強くて、スキルもあって、怖くても誰かを守りたいと戦うことを決めてっ! でも貴女がこの先進む道はっ、そうやって……必要だからと見知らぬ人すら殺す道! あたし一人すら殺せない貴女がどうして進めるっ!」

 

 どれだけ覚悟をしたと言ったって、ふと緩むことはある。

 

「この避難所に来てからアリアさん、ずっと貴女の方見てるんです……! 止めたいんだって、何も言わなくても分かる……っ! やっと会えたのに、やっと家族に戻れたのに、なのにっ、なのにっ!」

 

 弱い心が囁く。

 戦わなくていいんじゃないかって、終わりのその時まで幸せに過ごした方がいいんじゃないかって。

 

「皆気付いてる……っ、皆、みんな貴女の周りにいる人は気付いてるっ! 貴女が何か危ないことをしようとしてるんじゃないかって、それが自分たちのためなんだってっ! 気遣って、苦しんで……っ!」

 

 言葉が突き刺さる。

 

 そうか、皆を心配させているのか私は。

 情けないな。

 

「――ろ、……めろ……らめろ……あきらめろっ! 諦めろっ! あきら……めろ……っ!」

 

 血の涙と共に、繰り返し振り下ろされる刃。

 

 剛力は、筋肉はいつも笑っていた。

 白い歯を見せ、最強を体現していた。

 

 あの人は強かった。

 力もそうだが、心が強かった。

 人の死を真正面から背負い、名を覚え、それでも堂々と戦い続けられるその心こそが、彼が最強であれた理由なのだ。

 

 そしてそんな人だからこそ皆に信頼されていたし、きっと彼なら大丈夫だと任せられていたのだろう。

 

「ごめんね……」

 

 私はきっと、その領域にまで至っていない。

 何もかもを任せられるような大きな存在になるには、どうやらまだ時間がかかりそうだ。

 

 振り下ろされる途中、カリバーを放り投げ琉希を抱く。

 

 もはや剣を握ることすら限界だったのだろう。

 手首を軽く握った瞬間、琉希の手からはあっけなく剣が転がり落ちる。

 

「いやだ……いかないで……いかな……い……」

 

 子供のようにぐずり泣き始めた琉希の顎を、ピン、と軽く指先で弾けば、彼女の意識は容易く飛んだ。

 

 本来ならこうはいかない。しかし極限の状態を気力で動かしていた琉希は、剣を取り落した時点でもはや心が折れていた。

 私を絶対に説得できないのだと、理解してしまっていた。

 

『力がある人間が夢や理想を語らなければ、一体誰が語るのか』

 

 ようやくわかった、その言葉の意味が。

 そして気付いた、その言葉を口にするためには、どれだけの物を背負わないといけないのかも。

 

 でも、その覚悟は……

 

「……出来てるよ」

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