『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第七十六話

 落ちる。

 呆けた体は緩やかに宙を泳ぎ、踏み締めるものを失った足は投げ出される。

 一瞬熱くなった頭がさっと冷たくなるのが分かった。血の気が引くなんて表現があるが、まさしく今のことを示すのだ。

 

 大きく、黒く、深く、柔らかな喉が隆起して、私が飛び込んでくるのを今か今かと催促している。

 さながら気分は一寸法師。

 

 いや待てよ。

 どこまでが胴体かわからないほど羽で膨れ上がった体より、今目の前にあるここ(・・)の方が何倍も狙いやすくて、柔らかいじゃん。

 

『キョエエエエエッ!』

 

「きょ……『巨大化』っ!」

 

 ゆっくりと大きくなっていくカリバーが、私と共に喉奥へ吸い込まれていく。

 

 時間にしてみれば一瞬。

 いつも速過ぎるとまで思っていたその速度が、今はもどかしいほどに遅い。

 その程度一口だと鳥が嗤う。

 

 これじゃ間に合わない……! もっと、もっと速く……!

 

「『巨大化』っ! 『巨大化』!」

 

 叫ぶほど、願うほどに巨大化の速度は跳ね上がった。

 そうだ、それでいい。

 もっと大きく、もっと太く、もっと重く!

 

 突然巨大になった棒が口に飛び込み、目を引ん剥き嘔吐(えづ)こうと喉が隆起する。

 だが私の体より太く、そして長く伸びたそれは見た目相応の重量があり、落下の速度も合わさってそう簡単に吐き出せるほどちゃち(・・)なものじゃない。

 もはや握るではなく抱き着く。振り落とされないよう必死に抱き着き、そのまま落下。

 

 重みで叩き潰し、ミチミチと肉繊維を割いて穿つ生々しい感触が身体を伝わる。

 

 極太のカリバーは顎を引き裂き、その巨体をものともせず頭の先から下まで潰し、無理やり刺し貫いた。

 

「おお……」

 

 太く大きくなったカリバーが、小さな建物ほどの巨鳥、その脳天から地面を抉っている姿は、なかなかにファンタジーで愉快な光景だ。

 しばらく焼き鳥とか食べられないかも。

 

『レベルが407上昇しました』

 

 わずかに痙攣し、これでも死なないのかと驚愕したが、流石にここまでやられればモンスターと言えど死ぬらしい。

 光が散らばり、巨大化したカリバーとそれに抱き着く私だけが残され、レベルアップを伝える声が鼓膜を打つ。

 

 安堵と共にゆっくり『巨大化』を解き、地面に着地。

 

 モンスターがモンスターを喰い、巨大になる。もしかしたらそれを繰り返した先、花咲のスライムたちのように変異もあるのかもしれない。

 もしそうだとしたら……ちんたら一匹一匹倒していては間に合わないだろう。

 いや、それどころかモンスターたちのレベルアップが私より速ければ……

 

 ぶるりと身震いしたその時、無数の影が私の背後から燃える木々の光を遮った。

 

「な……っ」

 

『ケェェェェッ!』

『ケッケッパラッポ』

 

 気が付けば首が折れ寝転がっていた鳥たちは消え、その代わりに、先ほどのものほど大きくはないとはいえ、何匹もの巨鳥がこちらを無機質な瞳で見つめていた。

 

 なるほどね。

 

 

 

 

「なんですのそれ」

 

 朝。

 署への出勤を終え派出所へ足を運んだ安心院が見たのは、一般的なパソコンほどのサイズがある、奇妙な機体を弄る伊達の姿であった。

 

「ああ、まだ試作品段階だが、年々崩壊の件数が増えてることを受けてな。崩壊間近になると噴出する魔力量が跳ね上がるのを検知しているらしい」

「ほえ……凄いですわね」

「技術の発展は日進月歩って訳よ。ああそうだ、上のランプが点滅したら崩壊間近って訳らしい。 こいつは『炎来』専用だが……ま、そう簡単には光らねえよ」

「はあ、それってその……そんな感じで真っ赤な感じですの?」

「そうそう、真っ赤な感じ。丁度そう、こんな風に……」

 

 ライトは真っ赤に点滅し、朗々と警戒を二人へ呼びかけていた。

 

「い、いやあああああっ!? けっ、警察に通報ですわ!?」

「俺たちがその警察だアホ! お前は署と協会に連絡しろ、俺は先に入口の封鎖へ向かう!」

 

 

 街の中心部から僅かばかり離れた『炎来』の入り口。

 普段は探索者達が集って最終準備に取り掛かる広場であるが、今日は異様な喧騒に包まれていた。

 

 集まったのは物々しい格好をした人々、普段『炎来』に潜っている探索者や警察など、戦闘員として実力のある者たちだ。

 鳴り響くサイレン、切羽詰まった顔で市民が走り去る。

 

「はい皆さん落ち着いてー、回復魔法使える人はこっちに集まってー。君、危ないから動画なんて撮ってないで、避難所にお母さんお父さんと一緒に行こうねー」

「探索者の皆さんはこちらへ、レベル4000未満の方は崩壊時に備えバリケードの構築に回ってもらいますわ! もう、ちょっと喧嘩しないの! あっ、こら、探索者なのに逃げない! 義務でしてよ!?」

「ほっとけ安心院! どうせ逃げる奴らは使い物にならねえ!」

「あの……」

 

 役所の倉庫で腐っていたポーションも今日ばかりは大盤振る舞い、机の上に広げられ、好きに持って行けとばかりに放置。

 ある者は高価なため普段買わないので嬉々として複数ちょろまかし、ある物は一つ匂いを嗅いで顔をしかめる。

 

 明朝から始まった混乱のさなか集まる探索者、それを誘導する安心院達の背後から一人の女性が声をかけた。

 

 こんな忙しいときにいったい何の用だ、くだらない内容だったら張り倒してやろうかしら。

 しかしこんな時に取った態度が後々面倒な奴(マスコミ)らに目を付けられ、実家にまで影響が及んでしまうのだから面倒だわ。

 

 苛立ちに笑顔を張り付け、安心院は後ろを振り向く。

 はたして、そこにいたのは……


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