『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第八十六話

 ぐるりと一転して着地。

 

「んん゛、けほっ……」

 

 煙いし何も見えない。

 一瞬しっかりと当たった感覚はあったのだが、それより下からくる衝撃が凄まじく体が吹き飛ばされてしまった。

 

 じぃんとしびれた腕を軽く振り払い、ほっと嘆息。

 音がほとんどしない、ぱらぱら降りしきる砂の細かなさざめきだけが響く。

 

 どうやら無事に倒せたようだ。

 

「ねえ」

 

 これでダンジョンの崩壊も収まるかな?

 

「黙れ!」

 

 そんな私の問いかけは警戒を促す男の声に遮られる。

 

 

「え? い゛っ……げぇ……っ!?」

 

 

 揺らめく視界に現れた深紅の彗星。

 それは真っ先に私の右腕を打ち据え、握りの甘くなったカリバーが吹き飛ばされ、そちらへ向いた意識も一瞬後には腹へめり込んだ牙の鋭い痛みに掻き消される。

 

 ただ睨んでいた。

 私を、二度も己に痛撃を加えた存在を。

 虎視眈々と狙っていたのだ。間違いなく気が緩む瞬間、怨恨の一撃を見舞えるこの時を。

 

「はな……っ、あああああああああっ!」

 

 ぷつり

 

 あっさりとした軽快な音と共に肉へ抉りこむ牙、隙間から溢れた生温かな唾液が胸に伝う。

 振り回され、かき乱され、まるで絵も知らぬ子供が気儘に作り上げた粗悪な油絵のように、世界の色がぐちゃぐちゃに染まっていく。

 

 頭へ上る血が思考を緩慢な終焉へ導く中、

 

 こちらへ走ってくる誰かの姿に、

 

 

 わたし

 

 

 は

 

 

 

 ああ、おちる。

 

 

 

「くそっ」

 

 意識を失ったことを確認した炎狼が、少女を吐き捨てこちらへにじり寄ってくるのを後ずさりしながら、伊達はホルスターに仕舞っていた拳銃を抜き取り舌打ちをする。

 

 一斉の双撃、確かに間違いない一撃を加え、伊達自身一瞬ではあるが勝利を確信した……はずだった。

 しかし盾を構え真正面に姿を見ていた彼は気付いていた、炎狼が攻撃を食らった直後、痛みに目を剥きながらも盾から口を放し(・・・・・・・)、真っ先にその身を霧状に変え致命的な一撃だけは避けていたことを。

 安心院も違和感から止まることが出来たがフォリアは下からの衝撃に身を吹き飛ばされたため、それを確認することなく距離を開けてしまったのが原因だろう。

 

 たとえ茶色い砂嵐の中であろうとその優れた聴覚は場所を一瞬で特定し、彼女は噛み付かれてしまった。

 

 アイテムボックスから最後のポーションを取り出し、少女の保護へ向かった安心院に投げつけると、伊達はリボルバーに詰め込まれた魔石の数をちらりと横目で見る。

 

「2、か」

 

 どうやら捜索を優先し、道中では魔石の確保をしていなかったのが仇に出たらしい。

 己は守ることに特化している故、これが現状最高火力。

 あちら(プロメリュオス)も引くに引けず、しかし能無しに突撃することもなく様子をうかがっているが、疲労も摩耗もすでに限界を超えている、長くは持たない。

 

 ならば、

 

「安心院! 弾寄越せ!」

「はい!」

「あとその子抱いて距離取れ!」

「はい! ……はい?」

 

 投げ渡されたのは手のひらほどの小箱、中に詰まっているのは色とりどりの鮮やかな魔石たち。

 

 上出来だ。

 元々近接メインの彼女のこと、ここまで来るのに銃を使っていたのは数えられるほど。

 じゃらりと魔石を手のひらに広げると、男はそれを銃身(・・)へ押し込みつつ皮肉気な笑みを浮かべる。

 

 何があるか分からない以上、むしろ距離をとってもらわねば困るのだ。

 困惑と心配を隠さず、しかし信頼から少女を小脇に駆け出す彼女の背中を見送り、伊達は目の前の敵へ肩をすくめた。

 

「さて、最期のエスコート相手は残念ながら可愛い子ちゃんじゃなくて俺だ。生憎とダンスは苦手」

 

『ゲァァッ!』

 

「くそっ、最後まで言わせてくれよ!」

 

 飛び掛かってきた炎の塊を、二度は受けまいとぎこちない動きで地面を転がり避けると、取り出したシールドを正面にすくりと立ち上がる。

 地へ深々と爪痕を残し着地した炎狼、背後を狙いたいところだが先ほどの動きを見る限り、その尾すらも自由に動かし武器にしてくるのだから、そう安易に近寄ることもできまい。

 

 土を擦る音だけが響く。

 

 己が一歩進み、奴が下がる。

 互いに確実な一撃が届く距離から僅かに離れ、それでも決定打を狙って合間を図る擦り合わせが続いた。

 

 一歩、二歩……

 

 

「ぐあっ!?」

 

『クルルルッ!』

 

 突然走る目への違和感。

 

 威風堂々王然とした大狼が選んだ最後の手段は、前足で土を薙ぎ伊達の目を潰す、単純にして狡猾なもの。

 本能的に顔を逸らし守るように突き出された彼の腕へ、隙を見逃すわけもなく濡れ輝く牙が向かう。

 

 つぷりと肉を穿つ感触に目を細め勝利を確信した巨狼は、(獲物)が何一つ慌てない違和感に気付くことが出来なかった。

 

 

「最初に狙ってくるのは武器。そしてやはり何かに触れている間はお前、霧に成れないみたいだな」

 

 

 牙の隙間から覗く、冷たい鈍色の輝き。

 目前にあった鼻に自由であった片手をねじ込み逃げられぬよう握り締める。

 激痛に苛まれる右腕も、鼻奥へ突っ込んだ左腕も不快な滑りに包まれ眉を顰めつつ、伊達は引き金へ力を込めた。

 

 ともすれば聞き逃してしまいそうになる、小さな撃鉄の音。

 

 シリンダーに込められた魔石を火薬として、詰め込まれた魔石たちが連鎖的に爆裂、銃身へ刻まれた魔術刻印を中核として指向性を持ち、巨大な魔法陣を組み上げる。

 暴走すらをも構成に組み込んで、この刹那に賭けた凶悪な一撃がついに放たれた。

 

 燃え盛る王の影が最期に見たものは、己の口内から溢れ出す魔術の煌めきであった。


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