『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第九十四話

 眉を顰め合わせた手のひらへ唇を当て黙り込んだ私へ、犬飼さんが不思議そうな顔を浮かべ語る。

 

「納得いっていないみたいだけれど、貴女もきっとその一人だと思うわよ?」

「え……?」

 

 私が? 冗談はよしてほしい。

 

「琉希ちゃんとダンジョンで一緒に戦ったのって貴女でしょ? 何度も話してくるのよ、金髪の子がーフォリアちゃんがーって」

「う……」

 

 目を細めたままにこやかに語る犬飼さん。

 たまらずといった様子でくすくすと零れる笑みからして、琉希がよほど熱心に語っていたであろうことが見て取れる。

 

 あいつ他の人にそんなホイホイ話していたのか、口が軽い。

 いやまあスキルのことは話してないのなら何でもいいのだけれど……それは横に置くとして、私が教会の広い人間だとは笑えない冗談だ。

 自分のことしか考えていないし、あれ(琉希)みたいに平然と命の危機に飛び込むことだってできない、その上やられたことはずっと根に持っている。

 

 いやな人間だ、私は。

 

「ふふ……自分のことって案外、他人の方が分かっているものよ。人の心は複雑なの、決して同じ形のない多面体ね。一つの面からでは決して見えない面も、離れた場所に立つ人からなら容易に見えてしまう」

 

 私の苦悩もなんのその、よく分からないことをつらつら語りつつ微笑を浮かべ、ゆるりと肘をつく犬飼さん。

 

 意味が分からない、もう少し分かりやすく言ってほしい。

 ……まあいい、要するに人間性の問題って話だろう。懐が深い人間は自分のことだけじゃなく他人のことへも気が回るし、私みたいな人間はそれが出来ないのだ。

 誰しもがきれいな心を持っているわけではない。犬猫の処分に涙をこぼす優しい世界で生きてきた、綺麗な心を持つ人には理解できないことだってあるから。

 

 彼女はきっと何か勘違いしている。

 昔から馴染みのある少女を助けた私、なんでも好意的に受け取ってしまうのに無理はないだろう。

 

「ほかに何か悩み事は? 貴女一杯抱えてそうだもの、吐き出しちゃいなさい」

 

 なんだその、悩み事の塊みたいな扱い。

 ……いや、確かにどうしたらいいか悩んでいることはたくさんある。けれどそう容易に言えるものではないし、ぱっと思いついたのだってさっき話してしまった。

 

「--じゃあ最後に一つだけ。すっごく強くなりたい、何にも負けないように。けどきっとただレベルを上げるだけじゃそれには届かなくて……」

 

 無意識に噛み締めたらしい唇へかすかな痛みが走った。

 

 そう、今の私にはきっと何かが足りないんだ。

 薄々気づいていた。レベルが上がれば多少の差は無視できるはずだったのに、なぜか攻撃を食らってしまったり、やられかけたり。

 

 スキルの都合上基本一人で戦うしかない私にとって、戦闘不能は即座に死を意味する。

 偶然あの金髪の女性に助けられていなければ、きっと今頃は『炎来』で誰にも気付かれることなくしたいすら分解されて……だから、だからそんなことが起こらないように、何にも負けないように、もっともっと強くならないといけない。

 

 戦いをやめればいい。

 

 当初の予定のように体力は十分以上着いたのだから、一般人として普通の生活を送ればいい……甘い考えが脳裏をよぎる度全身がざわついて妙な冷や汗すら出てしまう。

 それではきっとダメなのだ。きっとそれでは納得が出来ない、いつかまた耐えきれず燻る衝動のままに相棒(カリバー)を握って、何もかもを投げ飛び出してしまう予感があった。 

 

「貴女、戦いの鞭撻をしてくれる人はいないの?」

「べんたつ……?」

「ああ、指南、先生役のことよ」

 

 先生、先生か……。

 

「一生のうちに一人で学べることは限りがあるわ。けれど無数の人が学んだことを集約して、知識として蓄えていく。そうやって集約された知識の塊こそが『教え』、『教材』だのと口伝や記録になって次の人へより重厚になって伝わっていくの」

「はあ……」

「まあ要するに一から手探りより、先駆者から教えてもらった方が何倍も早いってことだわ。追いついた後で未開の世界があったなら、そこで自分自身がさらに切り開いていけばいいの」

 

 先駆者……つまり超強い人ってことか。

 超強い人なら一人心当たりがある。多分ここいらで、下手したら日本でもトップクラスの能力を持っているかもしれない人物。

 

 脳裏を過ぎるのは筋肉塗れのハゲ。

 

 なんたってプロテインのCMに起用されるくらいだ、その強さが周知されていなければ指名だって来ないだろう。

 街であの筋肉を見てスカウトされた可能性も無きにしも非ずだが。

 

「思いついたみたいね」

「うん、ありがとう」

 

 時計を見ればもう三時、別に急ぎの用事があるわけでもないが、長居する必要もない。

 それに今の話でやることが出来た。

 

「もう行く、ありがとう」

「ええ、また来てね」

 

 私みたいなめんどくさい人間、本当にまた来てほしいわけじゃないのかもしれない。

 だが、まあ、また来ても……いいかな。

 

 琉希とじゃれていたネコをひょいとつかみ上げ抱き、協会へと戻ることを告げる。

 彼女もいっしょに協会へ行くのかと考えていたが、今回はここへ残るらしい。どうやら犬飼さんに勉強を教えてもらうようだ。

 ちょっと寂しげな顔をしていたが、必死こいてダンジョンでお金を稼いで高校に行っているというのに、私と遊んで落第したとなれば笑い話では済まないだろう。

 

 二人にゆるりと手を振りドアノブへ手をかけ……

 

「フォリアちゃん」

 

 犬飼さんが掛けてきた声に止まる。

 

「……?」

「どんなに悲しいことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、貴女の暖かさを忘れないでね」

 

 はて、さっぱり意味が分からない。


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