お目汚しご容赦を。
―――あの人の事? うん、知ってるよ
話せば長い話だよ そう、古い話だ
知ってる? ウィッチは3つの種類に分けられるんだ
――強さを求める人
――誇りを持っている人
――戦況を読む人
この3つ
あの人は―――
彼女は『魔女達の仮宿』と呼ばれたウィッチ。
『最果ての渡り鴉』の相棒だった少女
私は『彼女』を追っている。
▽
1941年 扶桑皇国 単湾港周辺海域
『戦域管制より落雪小隊へ通達。
「了解。落雪1番は邀撃へ入ります」
「落雪2番続きます!」
雪が吹き荒ぶ黎明時。
ユニットを履いたウィッチ2名が飛んでいる。
2名とも13mm機関銃を持ち、
「また強く降ってきましたね」
「偶には快晴になってくれてもいいのに」
隊長ウィッチのぼやきを聞いた部下が、あくびをしながら返事をする。
「…そうですね」
「え、何々? ご機嫌な舐め? いやー天下の
「前を見なさい軍曹。来ますよ」
そう言うと、部下は表情を引き締めて、銃を構える
「援護は任せてね!」
―――まあ話の流れとしては、その寒い日の出撃が始まりというか、第1章って感じかな
ん? まあ勿論プロローグもあるけど…分かったよ
ならそこから始めようか―――
▽
魔女達の仮宿と呼ばれた少女にとって、生まれ育った孤児院は地獄であった。
一体どういう経緯を辿ればこんなカス孤児院が出来上がるのかと常々思っている程に。
「おなかすいたぁ」
空を見上げながら愚痴を吐き出すが、帰ってくるのは憎たらしい程良く見える太陽と青空だけである。
「ちょっとさぼんないでよ」
隣で作業をしていた子がムスッとした表情で注意してくるが、はいはいと投げやりに返事をする。
「もうぶたれるのもやだな」
「そうおもうならほらてをうごかす」
まだまだ残暑続く中、明らかに体格に合っていない鍬や鋤で土いじりをすれば、汗だくになるものだ。
ふと周りを見渡しても、全員死んだ目で作業をしている。
「のどもかわいたね」
「いちいちしゃべるからじゃない」
先ほどから愚痴に付き合っていた彼女は、いい加減鬱陶しいという表情で返答する。
「わかったよもうしゃべらないよ」
「そうして」
そこからはずっと無言が続き、陽が落ちるまで体を酷使する事になった。
「つっかれたー!」
作業終わりの号令が出た後は、ごく少量の配給を食べて寝床へ入る。
風呂など3日に1回で十分とは施設職員の言葉である。
「ねーねーあしたはあめとかふらないかな」
偶然にも昼間に隣で作業をしていた子が目に入ったので、またダラダラと絡みに行く。
「しらないわよ」
疲労困憊でもう動きたくないのか、自分の寝床にさっさと入っていく子。
「もっとこう、たのしいことないかな」
からかい相手を見つけた気分になり、毛布を隣に持ってきて一緒に寝転がった。
「あつい」
「えーちょっとだけおしゃべりしようよ」
結局そのあと、消灯時間まで延々と駄弁り続け、早く寝ろと全員が平等に鞭を1回喰らってお開きとなった。
「いたいなあ。てのひらにすることない、じゃ――ひっ」
日付も変わり、丑三つ時と呼ばれる時間になった頃、痛みで目を覚ました少女は、またまた愚痴を吐き出しながら寝返りを打つ。
すると目の前には、どす黒い瞳をした先ほどの彼女がこちらを凝視していた。
「……」
咄嗟に悲鳴を上げようにも、ヒューヒューといった息遣いしか出来ない。
幾ばくかの時間無言で見つめ合ったのち、何か独り言を呟いたかと思えば、ふと視線を外して立ち上がった。
「え、え?」
小声で疑問を投げかけるも、ゆらゆらと辺りを観察した後、音もなく部屋を出ていった。
後に残された少女は恐怖と疑問でその場から動けず、かといって再度眠ることも出来ずに朝を迎えた。
そう。少女の生きていた…今後の人生においても、とりわけ「激動」と呼ばれる1日を迎えたのだ。
「全員動くな!」
「な、なんだアンタら!?」
朝、点呼の時間に件の彼女がおらず、脱走者が出たと大人が騒ぎ始めた頃。
突如として孤児院の正門が蹴破られて吹き飛ぶ。
「動くなっつたよな!? 死にてえのかテメエ!」
ドカドカと押し入ってきたのは、小銃や拳銃で武装した扶桑の軍人であった。
「な、なんで軍人さんが俺らを襲うんだよぉ!」
職員の1人が「話が違うじゃないか」と詰め寄る。
だが帰って来た返答は、木製の銃床で3発ほどタコ殴りにされる事だった。
その場で固まって、一部は泣き出していた子供たちは、あれほど怖かった施設の大人が一方的に捕らえられる様を見続けるしかなかった。
「何人か奥の部屋に立て籠もってるようです」
「時間を掛けると所轄を荒らした詫びを官警にしなければならぬ。保護対象は事前の報告通りか?」
「間違いなく。45名全員保護下であります」
その報告を聞いた指揮官は、部下へ手早く残りを処理するように伝えると、子供たちに近づいた。
だが子供たちにとって、大人とは恐怖と服従の対象なのだ。
何人かは後ずさって泣き出し始めた。
「ま、参った…。ウィッチでも同行させるんだった」
「時間との勝負でしたからね。軍医殿も暫くは来られません」
「あ、待ってください! ひとりたりません!」
軍人の話を意味も分からず聞いていた少女が声を上げた。
「なんだって。お嬢ちゃん、その子の名前は分かるかい?」
極力優しい表情で目線を合わせ、情報を聞き出そうと軍人は努力している。
「わ、わからない。おたがいばんごうでよびあってた…でも、よなかにおきあがってへやをでていったよ」
「夜中に…ということは、最後の一人はお前だな?
「仰る通りです。曹長殿」
そこに居たのは、間違いなく昨日から顔見知りになり、夜中に出ていった彼女その人であった。
朝からの大騒ぎを乗り越え、孤児院の子供たちは軍の施設へと連れてこられていた。
そこでは、想像もしていなかった暖かい食事や寝床が振る舞われている。
施設へ向かう途中、少女は件の彼女――津家楠里に、恐る恐る昨日と同じ感覚で話しかけた。
「どうかしましたか」「そうですか」「大変でしたね」「伝えておきます」「大丈夫ですか」
帰って来た言葉の、そのどれもが昨日とは全く別物であった。
ぶっきらぼうな、突き放すような物言いではなく、どこまでも丁寧な言葉遣い。
間違っても、1日で変わるような言葉遣いではない。
「き、きのうみたいにしゃべろ? ね?」
あまりの豹変ぶりに、少し怖がりながらもそう問いかけるが、楠里は困ったように頬を軽く掻くだけだ。
「ほら。皆は今日色々あったでしょ? もう寝なさい」
見かねた軍医が、さりげなくフォローを出して場を鎮める。
結局そこから1週間、少女と楠里が出会うことは無かった。
そうやって1ヶ月程が経ち、子供たちの大まかな検査が終わった頃。
少女は軍医に呼び出されていた。
「せんせい、おはようございます!」
「おはようございます。今日の調子はどうかな?」
「とってもげんきですよ」
返事を聞いた軍医は「良かった」と笑いつつ、手元の問診票を見た。
「今日はね、君が今後どうしたいか聞かせてほしいんだ」
努めて優しく、軍にとって不利益にならない選択をさせるため、軍医はゆっくりと返答を待つ。
「まえのけんさで、わたしはさいのうがあるって…」
「そうだね…空を飛ぶ魔女さんになれる素質があるよ。でもそれは、軍隊に入って戦うって道だよ?」
「まじょになったら、あのこにあえるかな?」
「…まあ同時期での入隊だろうね。でもどうしてあの子の事が?」
話を聞いていた軍医は、どうにもこの少女が津家楠里の事で執着しているように見えた。
「だって、もうともだちだからね。いやなことがあれば、いっしょにささえてあげないと」
どうして友達と言ったのか。当時の物心つかぬ少女には、まだ分からないことだった。
だが、その言葉が少女の行く道を決めたのだ。
1939年
扶桑皇国海軍 機械化航空歩兵養成所に、新たに2名の新兵が加わった。
どちらも齢9歳で孤児院出身だという。
名を、
もう1人の名を、
―――どうかな。覚えている範囲での始まりはこんなものさ。
ここから、私の人生は真の意味で始まったと言えるね―――
そうして、『魔女達の仮宿』の語りで、物語は幕を開ける。
▼
「はて」
そんな独り言と共に、上半身を起こした。
普段であれば横になど絶対にならず、座睡をしてる筈である。
それに、ベッドはこれほど硬かったであろうか。
部屋はそこそこに広い。
寝る前との一番の違いといえば、横にもう1つベッドがあることだ。
それに誰か寝ている。
「……」
気になって寝ている人物を見ていると、寝返りを打った拍子に目が合った。
どういう訳か怯えられている。
「…知らない天井、ではないですね、実に懐かしい孤児院の天井」
おかしな話だと結論付けてベッドから起き上がる。
何やら失った筈の左目は見えているし、心なしか視線も低い。
体に合った無数の傷や顔面の火傷も無い。
いよいよもって走馬灯を見ているのかと思いつつ、楠里は音もなく部屋を出た。
記憶にある限り、消灯後にトイレ以外で部屋を出ると、それなりに重い罰則が飛んでくるが、楠里は関係なく進んでいく。
暗闇に薄っすらとした記憶の為か、時々壁に軽くぶつかる。
「ぁ痛い…おや痛覚も」
少し時間を掛けつつ、楠里は孤児院の中でも、特に厳重な部屋の前に辿り着いた。
「はてさて。どういう訳か、本当に何故か気力や行動力が湧いてくる」
廊下で無造作に捨てられていたヘアピンと針金を弄り倒し、躊躇なく鍵穴へと差し込む。
僅か3分程度で音もなく解錠された。
適当に目星を付け、楠里は引き出しやらを物色し、黒いことが書かれている書類を見つけ出した。
「まあまあ。これだけあれば軍と孤児院が癒着している証拠にはなるか」
楠里が覚えている限りではあるが、この孤児院に捕らえられている子供たちの未来は暗い。
たとえ今の状況が夢だったとしても、目の前の幼子たちを我関せずとばかりに見捨てるほど落ちぶれてはいないはずだ。
そう自問自答を繰り返し、書類を封筒に入れて脇に抱える。
途中警備の巡回する施設の職員もいたが、楠里の隠形を見破れる物は居なかった。
高い塀に囲まれている孤児院だが、微量の魔力で身体を浮かせた楠里には関係がなかった。
結局、音もなく脱出に成功し、大通りを目指すのであった。
孤児院は市内から少し外れているが、幸いにも街頭は存在している。
足音を消しつつ道を進み、道路標識に目を凝らすと、とうとうため息をついた。
そこにはしっかりと『舞鶴市』と表記されている。
ベルリンからどれだけ離れていると思っているのか。
市内に幾つかある町内掲示板で、年度を確認するが、どこをどう見ても1945年とは書かれていない。
しっかりと1939年と書かれてはいるが。
しかもご丁寧に、日付は楠里が軍門を叩くことを決めた日だ。
2
そうして無意味にふらふら歩き続けて数時間。
すっかり日は昇り、既に街は人々で賑わっている。碌な服を着ていない浮浪児には、怪訝な視線が突き刺さる。
「はいはい消えますよ」
そうしてまた彷徨い続けて数十分。
今度は懐かしき建物の前に来た。立派な看板には、舞鶴鎮守府機械化航空歩兵養成所と書かれている。
孤児院から軍に放り込まれる場合、余程の才能が無ければ使い捨て前提の下っ端を育てる所になる。
目の前の養成所は一定の才能があり、資金にも余裕のある未来のエースが通う場所だ
楠里は当然、これより格下の海兵団となる。
だが今回は違う。
ここの責任者次第だが、手土産はあるのだ。
正門の警備をしている警衛に近づくと、躊躇いなく要件を伝えた。
「孤児です。軍に入隊を希望します」
「は?」
なんだこいつと怪訝な目を向けた兵士が、悪戯なら他所でやれと言うためしゃがみ込む。
「ッ」
軽口を交わそうとした兵士は、楠里の目や表情が、既に覚悟を決めたウィッチであると見抜いた。
だが所詮は9歳。
されど、雰囲気と立ち振る舞いは熟練。
対応を迷っていると、横に居た同僚が無線で上官へ報告していた。
3
「名前と年齢と経歴。あと志望動機は?」
恐らく校長であろう中佐が楠里の面接をしていた。
通常なら門前払いだが、校長は対応している。
「津家楠里、9歳です。生まれた時から東舞鶴郊外の孤児院で育ちました。孤児院の生活を通して国家、ひいては人類防衛の一助となりたく志願しました」
「建前はいいから本音を言いなさい」
「孤児院での暴力や体罰が酷いので」
楠里が持参してきた書類は、中佐の目の前に広げられている。
子供のイタズラでは済まされない内容がびっしりだ。
「聞きたいのだが、君は本当に9つなのかね」
「はい」
えぇーうっそだーという表情で、楠里を見返すが、対する本人は知らんぷりである。
ご丁寧に孤児院にいる子供の名簿まで盗んできており、名前や容姿の特徴は一致している。
「ふむ。君の入隊はまあいいとして…残った同年代の子はどうするのだ?」
そこで楠里は少し悩んだ。そういえばあの子たちはどうなったんだろうか、と。
「ウィッチ適性があれば勧誘し、それ以外は本人の希望か別の孤児院で」
中佐は従兵に目線で指示を出しながら、椅子から立ち上がった。
「色々言いたい事があるが…その言動を加味し、現時刻を以て特例を発す。津家訓練兵は直ちに適性検査へ入れ」
その言葉と同時に楠里は跳ねるように椅子から立ち上がり、敬礼をしつつ返答をする。
「了解しました!」
…新兵の仕事とは、声出しと訓練である。
自分でも驚くぐらいの声量が出て内心驚く楠里であった。
後年、この校長が残した手記には、楠里の事が書かれていた。
全てがポジティブな内容では無いが、比較的使われていた単語はある。
その言葉は、『異常』
3
魔法力:平均値以下
体力:平均以下
知識:普通
ウィッチ適性:有
適性兵科:機械化航空歩兵
追記:集中力並びに根性や向上心といった評価外項目にて卓越している。
総合評価:丙
いわゆる、普通の評価だ。
肝心の体力はまだ無い。
だが体力など入隊後に否が応でも付く。
今は体が出来上がっていないので嘗ての技術も少し拙いが時間の問題である。
そして問題はあと1つある。
「あ、えへへ…よろしくね。それにしても君がこんなに行動的だったなんてビックリだよ」
「…えぇ、よろしくお願いします」
運命の夜とまでは行かないが、騒ぎを起こした前日に知り合った子は、元気に改めて自己紹介を始めた。
驚くべき事に、孤児院から楠里以外のウィッチ適性者が居たのだ。
「改めて、
変化する出会い。
変わる運命。
変われない世界。
そうして、2人の物語は幕を開けた。
「あ、今日はこの後予定あるの?」
「そうですね……とりあえず、久々に祠でも掃除してやろうかと」
「?」
そんな感じの短編でした。
渡り鴉か八咫烏か、最後まで迷いました。おさらば。