異世界に転送されて2日目の、お昼時?を少しだけ過ぎたであろう頃。
「きしゃーっ!!」
俺は小さな幼女に威嚇されていた。
……???
何故こんな状況になったのか、自分でも全く理解出来ない。
俺は頭の中を一度整理するために、今までのことを思い出すことにした。
木の上で一夜を過ごすという、普通に生活していればまずありえない状況から今日一日がスタートした。
流石に昨日は木の実と川の水のみで凌いだこともあって、お腹の中が空っぽだった俺は、朝日が登って明るくなり次第、また森の中を探索した。
しかし、やはり中々食べても問題なさそうな食べ物は見つからず。
それどころか、昨日の熊もどきの他にも、前の世界のゲームにいた『サラマンダー』みたいなモンスターに火を吹かれたり、オーク……うん、あのオークの集団に襲われたりと大変だった。
特にオークについては……やめよう。思い出したくもない。
きっと俺に『一撃でモンスターを倒せるからと言って、慢心してはいけない』のだと、あのオーク達は教えてくれたのだ。
ありがとう。次もまた出会ったら、必ずお前達を抹殺する。
結局、朝から昼近くにかけて、食べ物を探して森の中を歩き回ったのに対し、得られたものは僅かな木の実や食べられそうなキノコが数個と、モンスターとの豊富な戦闘経験だけだった。
……そういえば、昨日の夜に一晩考えてみたのだが、この世界は前の世界の「よくあるファンタジー系のゲーム」と似た様なもので、モンスターを倒すと経験値が得られるとか女神様が言っていた気がしたが……
どうやってレベルが上がったかどうかを確認するのだろうか?
女神様に質問したときは、『ん?それは向こうの世界に行ったら分かるわ!今は心配しなくても大丈夫よっ!』と自信満々に言われたため、そういうものかとそのときは疑わなかったが、やり方が全然分からない……
試しに昨日、『ステータス・オープン!』と口に出してみたが全く反応がなかった。
それどころか、どれだけ言葉を話そうとしても口から出るのは咆哮と唸り声のみ。
見た目の時点で人とのコミュニケーション難易度が高いだけでなく、言葉すら話せない。
これでどうやってコミュニケーションを取ればいいのだろうか。
相手の言葉を理解出来るのが唯一の救いだろう。
だからどうしたと言う話だが。
人がたくさんいる場所にはあんまり行きたくないとは思ったけど、まさかここまで会話が成立しなくなるレベルとは思わなかった。
あの女神様が言っていた代償の一つとして、『相手と会話をするのが大変になる』と聞いたときは、引きこもっていた俺にとって、そもそも人と会話なんてしたくないし、する必要がなかったから、それくらいは大丈夫だろうと思ったのが失敗だったのだ。
生きていく上で、他人とのコミュニケーションは不可欠。
そんな当たり前の話すら分からなくなっていたとは。
これじゃあ、昨日、この世界で初めて会った少女のことを笑えないな。
俺は今更そんなことを考えても仕方ないなと思い、とりあえずもう真昼にであろう時間帯。
とりあえず、昨日見つけた場所とは別の川を探すため、森の中を再び歩き、ついに別の新しい川を見つけた。
……この川沿いに沿って何処か人気のなく、食べ物も豊富にありそうな遠い場所に行こう。
そう考えた俺は、長い遠征をすることになりそうなので、そのための準備を初めた。
手に持っていた食糧を、そこら辺に生えていた大きな葉っぱと蔓を使ってコンパクトに包み、それをサイドバッグのように肩に掛けることが出来るように、別の蔓を何本か束ねて、一本の紐になる様に編んでいく。
引きこもっていたときの有り余る時間を活用してインターネットから、いつ使うかわからないアウトドアの知識を学んだことが役に立つとは思わなかった。
ちなみに、アウトドアの知識を勉強していた理由は、『世界が滅びたときでも1人で生きていける様にするため』という、もう人としてどうしようもないものなので、このことは墓場まで持って行くつもりだ。
……まぁ、もう他人とのコミュニケーションは絶望的だし、今更知られることもないから、関係ないか……
そんなことを思いながら、川の近くにある木を1本引き抜いて椅子代わりとして木を横に倒し、そこに座ってしばらくサイドバッグ作りに励んでいると。
川の対岸の方から、何か小さな足音が聞こえてきた。
またモンスターでも来たのかと顔を上げ、もう近づいて襲ってきたときだけ迎撃すればいいやと思っていたので、俺は足音がする方に身体を向けて、しばらく音の正体が現れるのを待っていると
「あっ!!昨日のでっけぇゴブリン!!」
昨日、草むらにいた幼女が、草むらをかき分けて出てきた。
俺を見つけた途端に小走りで近寄ってきながら、『見つけたっ!』と言わんばかりに指差してくる。
……というか、ゴブリンってこの世界にいるのか。
まぁ、ファンタジーの定番だし、いるのだろう。
……というか、いきなりゴブリン呼ばわりは酷くないか?
俺のイメージでゴブリンって雑魚モンスターなんだが……
「■■■■■ーーーー!」
「ッ!?」
ついつい俺はその場から立ち上がり、「流石にゴブリン扱いはあんまりだ!」と返そうとして、それが威圧するような咆哮へと変わる。
幼女の体が一瞬だけ、ビクッと跳ねた。
……しまった。これじゃあまた昨日の二の舞だ……
せっかく気絶した少女を返品したのに、今度は幼女を運ぶことになるのか………
俺は何だか面倒なことになりそうだ、と後悔していると。
「きしゃーっ!!」
何故か幼女が威嚇を始めた。
……えぇっと。
………………。
「■■■■■ーーーーーー!!」
「きしゃーっ!!」
「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーー!!」
「きしゃーーーーっ!!」
……どうしよう。この子、全然怯まない。
たかたが1日と少ししかこの身体との付き合いはないものの、自分の容姿の迫力が凄まじいことは自負していたし、実際に気絶した子もいたのに。
一生懸命に両手を使って威嚇?のポーズを取る姿はただただ愛らしい感じで全く怖くない。
……もう放っておこう。
これだけ度胸がある子だ、そのうちどっかに行くだろう。
何故だか少し負けた気がしたが、気のせいということにした。
俺がサイドバッグ作りを再開するために丸太に座り直した姿を見て、興味を失ったのが伝わったのか、威嚇した声を上げるのをやめた幼女が小走りに近寄ってきて
何故だか俺の身体をよじ登り始めた。
……この幼女、凄すぎる。
いくら俺が敵意がないからといって、言葉でそれを伝えたわけじゃないのに、この堂々とした態度。
この子は将来、大物になるな。
幼女の行く末が何となく見えた様な気がした。
身長差のせいでずっと幼女が俺を見上げる形だったが、俺の肩までよじ登り、そこに座ることで幼女の目線の方が少し高くなったことにご満悦な顔をしているので、
「■■■……?」(コテンッ)
とりあえず、「何の様ですか?」みたいな感じで唸り声を上げると同時に顔を傾けてみた。
これで、通じるといいが……
「ゴブリンの人、ここで何してるの?」
……幼女ちゃん。だからゴブリン扱いはやめてください。
「■■■■■」(フルフル)
「?何?ゴブリンの人」
「■■■■■■■」(フルフルフルフル)
「??…………っ!あ、分かった!ゴブリンじゃないって言いたいの?」
「!!■■■■■!」(コクコクッ)
お、おぉっ!!通じた!コミュニケーションが取れたぞ!!
何だ、一時はどうやって他人と最低限の意思疎通を取ろうか悩んでいたが、何とかなりそうではないか。
……問題は、まずコミュニケーションをスタートさせるところまで持って行けるかどうかだな……
「じゃあ、ゴブリンじゃない人。ここで何してるの?」
……幼女よ。君の中ではその二択しかないのか?
俺はその質問にどのように答えようかと少し悩んでいると
「もしかして、しゃべれない?」
「!?■■■■■!」(コクコクッ)
幼女とは思えないほどの理解力から導き出された推理に、俺は激しく頷いた。
「そっか。ん〜〜…………」
俺の返事に何か悩み出した幼女は、しばらく俺の肩の上に座って腕を組み、何か思いついたのか、ピョンと肩から飛び降りて
○ | ✖️
と地面に○✖️を書き、
「私の質問を答えるときに使って!」
そうニッコリと笑いながら俺に提案してきた。
……何だこの子、頭いいな……
本当に見た目通りの幼女なのだろうか?
俺は静かにこの幼女の頭の回転の速さに戦慄していると、その隙に幼女はまた俺の肩によじ登って座った。
どうやらその位置が気に入ったらしい。
「じゃあ質問ね!ここで何してるの?はっぱで遊んでるの?」
「……■■」(✖️を指差す)
「そうなの?じゃあ何してるの?」
「■■■■■」(葉っぱを広げて、入っていた木の実やキノコを見せる)
「…………じゅるっ」
「!!■■■■■!!!」(必死に✖️を指差す)
「けち」
「ッ!?」
いや、違うな。この子見た目通りの幼女だ。
知らない人に食べ物を貰ってはいけないと習わなかったのだろうか?
「じゃあいいや。なら次の質問!あなたは悪魔なの?」
「…………■■■」(✖️を指差す)
「そうなの?でもうちの姉ちゃんが、あなたのこと悪魔だって言ってたよ?」
「……■■…………■」
……自分の見た目的に、否定しづらいな。
恐らくあのとき、この幼女の口を手で塞いでいた子だろう。
まぁ、かなり怖がってたし。俺の事を悪魔呼ばわりしても仕方ないと言えば仕方ない……か。
「じゃあ、あなた魔王軍の人?」
「■■■」(✖️を指差す)
違うんだ幼女さん、俺は一応、勇者として呼ばれたんだ。
「なら、あなたは人間?」
「■■」(○を指差す)
「そうなんだ。人間にはぜんぜん見えないね!」
「…………■■■」
なんとか俺のことを人間であると知ってもらえたので、友好の印にと幼女が乗っていない方の腕を上げて、握手をするため手を開いて待ってみる。
んっ、と言いながら幼女は握手をしてくれた。
「わたしの名前はこめっこだよ。よろしく。大男の人!」
「それでね!なんか『魔王軍が攻めてきた!』って里のみんなが慌てててね!今日からこの森の中をみんなでたんさくするんだって!」
「…………■■■」
「『絶対に逃がさん!』って言ってたよ?大男の人どうするの?」
「…………■■■■■■」
俺の立場は想像以上にマズいことになっていたようだ。
幼女ーーーこめっこと友好の握手をした後、彼女は俺にいろいろな話をしてくれた。
彼女の家は貧乏だから、毎日とは言わないが日々の食事がかなり貧相なもので、お腹がいつも空いてるのだとか。
そのため自分の食い扶持を得るために、里の人や里の外の人にお願いして分けてもらったり、森の中に入って食糧を確保したりしているんだとか。
最近は里に割と近い場所だと、もうこの季節の食べ物は粗方取り尽くしたとか。
……どうりで森を歩きまわっても、食べ物が見つからないわけだ。
というか、こめっこの持っていた地図を見せてもらったのだが、彼女が住んでいる里とこの場所の距離は、そこそこ離れていると思うのだが……。
以前はもっと森の奥の方まで食べ物を取りに行っていたみたいだが、安全だと思っていた場所にも魔物が現れ、一度襲われてからそこに行くのは禁止になったのだとか。
そんな彼女の逞しい武勇伝を一通り聞き終えて。
今日もお腹が減ったから食べ物を調達に行こうとして、里の人たちが集まって話し合いをしていたこと、そして聞いた限り俺のことを討伐しようとしていることが分かった。
……おかしいな、確か女神様に魔王を討伐する勇者って名目でここに来たのに。
いつの間にか俺が、魔王軍の関係者として討伐されそうになっていた。
俺は人がほとんどいない田舎みたいな場所で、静かに安全に暮らしていければいいと思って、女神様の提案を受けたのに。
そんなささやかな幸せな人生すらも、俺は掴むことが出来ないなか。
そんな風に落ち込んでいると、頭をペシペシと叩かれる。
顔を上げると幼女が俺の顔を覗きこみながら
「助けてあげようか?」
「……!!■■■■■■!?」
「うん、いいよ!」
そんなことを優しく微笑みながら言うこめっこのことが、俺は天使に思えた。
……あぁ、こめっこ。君はなんていい子なのだろうか……
随分と久しぶりに感じた純粋な優しさというものに涙が出そうになるのを我慢して、彼女を期待の目で見た。
彼女はそんな俺にニヘっと可愛らしく笑い
「だからご飯ちょうだい!!」
「………………■■■■」
「うむ。くるしゅうない」
そう言ってこめっこは、木の実やキノコを要求してきたので、俺は彼女にみかじめ料を払い助けてもらうことになったのであった。