こめっこさんが、今日もまた日が暮れる前に帰らなきゃと言うので、最初に会った川の場所まで俺は送り届けることにした。
この洞窟から、彼女の住む『紅魔の里』まで距離もある上に、モンスターに襲われたら、こめっこさんだけでは危険だと判断したからだ。
……この子は、俺が助かるために立てたあの計画を思いつくほどに聡明なのに、何故か無駄に好戦的だからな……
洞窟までの案内をしている途中でモンスターに襲われたときも、俺の肩の上から『きしゃーっ!!』と威嚇するため、彼女を護りながら戦うのに苦労した。
一時は熊もどきの群れと遭遇して、次々と襲いかかってくるモンスター相手に文字通り『千切っては投げ、千切っては投げ』を繰り返すハメになったし、何発かこめっこさんを庇って攻撃されてしまった。
まぁ、おかげで俺の身体は見た目以上に頑丈だということが分かったし結果オーライであったが。
まさか、熊もどきのあの鋭い爪で攻撃されて、傷一つないとは。
確かにこれだけ身体が頑丈なら、鎧は必要なさそうである。
寧ろ、鎧を着て戦う方が、身体を自由に動かし辛くなりそうな気がするし、もう上半身は裸で戦う方が楽そうだと思った。
これで注意すべきは、まだ体験してない『魔法による攻撃』のみだ。
……あの女神様、まさか、これを見越していたからこそ、俺をこんな服装にして、この世界に転送したのか。
……もしかしたら、俺をこんな辺鄙な森の中へ、しかも独り言をブツブツと呟く少女の目の前にわざわざ転送したのも、何か理由があるのかもしれない。
ここ最近の徹夜で疲れていたためか、段々と俺は『実はあの人、偉そうに女神ヅラしておいて、何も考えていないだけのバカなんじゃないか?』と思い始めていたが、気のせいだったみたいだ。
疑って悪かった、女神様。
そんな事を考えながら、俺は太い首に跨がり肩車された彼女の太ももを、しっかりと両手で落ちないように掴みながら走る。
景色が目まぐるしく変わっていくほどの速さに興奮したのか『きゃーっ!!すごい、すごい!』みたいなことを何度も繰り返し叫んでいた姿は、まさに年相応な子どもだった。
そうして彼女を送り届け、『明日は直接洞窟に行く!』と約束したが、もしも何かあってはいけないと、俺は念のため送り届けた場所近くまでは迎えに来ようと決めた。
そうして、彼女が手を振って帰っていくのを見守り別れた後、再び洞窟に戻って来た俺は、ここを更に拠点らしくするための準備を始めることにした。
改めて洞窟の奥にある広い空間を探索してみると、全体的に自然に出来たものにしては空間が綺麗な円柱の形をした場所で、所々が風化してはいたが、大部分の壁が、まるで何かヤスリか何かで削られたのかと言えるくらい凹凸が少ない気がする。
目立つものがあるとすれば、壁に小さな、しかし横長の長方形の形をした窪みが一つだけ。
……もしかして昔、誰かがこの洞窟を人工的に作ったのだろうか?
そんなことを一瞬考えたが、こめっこさんはそんな事を一言も口にはしていない。
結局、この場で考えても仕方ないと思い、俺はちょうどいい、とその壁の窪みに寝床を作るために集めた乾いた葉っぱを置いて、その上に持ってきた食糧を置く。
地面に直に食糧を置くよりは、まだ衛生的なはずだ。
……まぁ、気分の問題ではあるが。
後は、地面に寝たときに身体を痛めないように、大量の葉っぱを敷き詰めるようにして、簡易ベッドの完成だ。
今まで木の上で夜を越していたことを考えれば、寝ている間にモンスターに襲われる心配が減っただけでも、寝床としてはとても快適で。
2日も徹夜した俺は、ベッドに横になって目を閉じ、そのまま泥の様に眠ったのだった。
異世界生活4日目にして、ようやく拠点を手に入れた俺は朝日が本格的に登り始める前の、まだ少し薄暗さが残っている時間に起床し、川の水で身体を洗い、朝ごはんを食べる。
今日の最初の予定は、まだ紅魔族の人達が森の調査を始める時間の前に、洞窟内にある食糧の備蓄を増やす為、まだ俺が行っていない場所を探索することだ。
朝方にいろいろな場所に俺が行き、そこで動き回ることによって何かしらの『俺がその周辺にいたという痕跡』を残せば、探索隊を撹乱出来るかもしれない。
探索が始まる時間帯とその場所が分かっているからこそ出来る作戦でもある。
これを考えたのはもちろん、天才幼女のこめっこさんである。
こめっこさん、流石です。
もう貴方に足を向けて寝られません。
地図を頼りに森の中を探索して、俺とこめっこさんのご飯である木の実やキノコを手に入れるだけ。
昨日までと何も変わらない。
このときの俺は、そう思っていた。
それは、何の前触れもく突然現れた。
パキィ、パキィ、とまるでガラスが割れるときみたいな軽い音が聞こえ、それが草木が一面に広がる地面の上に出来る氷の音だと気づく頃には、その音を立てていた正体が見えた。
透き通った銀色の毛並みに、白い角みたいな物が生えている頭と俺の身体とほぼ同じくらいの体を持つ巨大な狼が2匹、白く輝く息を吐き出しながら、こちらへと歩み寄ってくる。
その足取りは、明らかに俺のことを警戒しているのか、ゆっくりと、着実に俺との間合いを測っている感じがした。
……うん、ちょっと待て。
昨日までは、こんな明らかに強そうなモンスターは森の中にはいなかった筈だ。
というか、足元の氷といい、口から出ている白い息が少し反射してキラキラと光っていることといい、明らかに前の世界では物理的にありえない現象だ。
前に遭遇した『サラマンダー』みたいなタイプだとは思うんだが、明らかにこちらの方が強そうである。
油断したら確実に殺される。
そんな、明らかに命の危険な状況に出くわした俺は。
……かつてないほどの、高揚感を得ていた。
戦ってみたい。
この2匹の巨大な狼と、全力で戦ってみたい。
そんな気持ちが、何処からか沸々と湧き上がってくる。
「■■」(ニィッ)
自然と持ち上がる口端が、好戦的な笑みを形作られていくのを感じたのか、まるで氷を連想させる蒼く光輝く瞳が、徐々に真っ赤に輝き始める。
獣らしく目を血走らせながら、俺のことを睨み付け始め。
そして、まだ朝日が雲から差し込み始めた頃。
「■■■■■ーーー!!」
「「ガルルルルルッッ!ガアアアッッッッ!!」」
同時に空へと獣の如く響く咆哮を上げながら、戦いの火蓋が切って落とされた。
「■■!」
今までは、どこか心の中でブレーキをかけていたのだろう、これまでとは比べ物にならないくらいの速度で、俺と近くにいたモンスターの方へ一瞬で肉薄し、小手調の、それでいて渾身の一撃を込めて殴りかかってみた。
「ガウッッ!?ガアアアッ!!」
銀狼の顔面に確かに拳が直撃したのだが、どこか硬い手応えを感じたことから、今までの雑魚とは違うとより確信する。
当たった感触からして、単純に皮膚が硬いのもあるだろうが、拳が直撃する瞬間に顔に白い霧みたいな物が現れ、当たった瞬間に氷の破片が宙を舞ったことから、もしかしたら氷の膜を張ったと思われる。
なるほど、これが魔法か。
その魔法の効果もさることながら、俺の全力の攻撃に対応出来たことに対して、ますますこいつらと戦うことが楽しくなってきた。
「ガウッ!!」
今度は、『お返しだ』と言わんばかりに吠え、そして噛み付いて来ようとしたもう1匹の狼に対して、俺は回避ではなく迎撃した。
「■■■!」
「ギャウッ!?」
「ガフッ!!」
俺はさっき殴った狼が衝撃で一瞬怯んだ隙に首に腕を回して締め上げながら、それを基点に身体を捻り、牙を剥き出しにして突っ込んでくる狼に裏拳を叩きこんだ。
こんな動き、前の世界では一度もやったことないのに、身体が自然と動く。
まるで、外付けで『どう立ち回って戦えばいいのか』知らぬ間に学習させられていた感覚だ。
普段ならこんなこと、恐怖しか感じない筈なのに、寧ろどんどんと興奮してくる。
そんなことを考えながら、裏拳を叩き込まれた狼の方を見ると、拳を振り抜いた方へぶっ飛んで行き、しかし転がりながら衝撃を受け流したのか、はたまた狼の皮膚が想像以上に堅いのか、すぐに立ち上がって突撃してくる。
おそらく、今首を締め上げている仲間を助けるためだろう、動きに迷いが全くなかった。
「ガウッッッッ!!」
「ッ!?■■■■■ーーーッ!!」
すると、吹き飛ばした狼が仲間を助けるために突撃してきたタイミングとほぼ同時に、首を絞め上げている腕と脇、それから横腹が突如として氷結した。
冷たいを通り越して焼ける様な痛みについ手を緩めた瞬間に凍りついた腕に噛み付いてきた。
昨日、物理攻撃は効かないとか高を括っていたツケが、噛みつかれた腕から血として流れ出る。
しかも、噛み付いた場所が徐々に凍りついていくのを見て、戦慄した。
このままじゃあ、腕が壊死してしまう。
「■■■■■!」
「ギャッッ?!ギャウッッ!?」
そう判断した俺は、噛み付いている狼の目を噛まれていない方の腕を振り上げ、ピースサインをしながら狼の両目を潰した。
そして噛む力が緩んだの瞬間にその狼の喉を掴み、突撃してくるもう1匹の狼の顔面に喉を掴んだ狼の角の周辺を目掛けて。
「「ギャッッ!?ギャ、ギャウウッッ…………」」
お互いの角がお互いの脳天に突き刺さる様に、勢いよくぶつけた。
さっきみたいに魔法で幕を張るタイミングも、攻撃のカウンターをした故にある筈もなく。
銀狼の硬い皮膚もお互いの角のかなり先端が尖っていることから、もしかしたら貫通するのではと頭で考えたわけではなく、正しく本能に従って行動した結果上手くいっただけである。
「■■■■■ーーー!!!!」
ようやく終わった死闘への喜びから、俺は全力で空に向かって勝利の雄叫びを放ったのだった。
……何故、あんなことになったのだろうか。
勝利への余韻を噛み締め、そしてゆっくりと冷静になって自分の行動を振り返って考えてみる。
あんな一歩間違えば死ぬなんて状況で、戦わなければならない様な理由がある訳でもないのに、自ら首を突っ込んで行くなんて。
これが、アクア様の言っていた『魔獣化』の代償というやつなのだろう。
ふっ、と俺は4日前の、この世界に来る前にあの女神様が言っていた内容を思い出した。
ーーー
「『魔獣化』って言うのはね、あなたの世界のゲームで言うところの『祝福(ギフト)』ってやつに近いわ」
「ほら、あんたの世界にも居たでしょう?小さい子どもの頃から何かきっかけや理由もなく、なのに『誰にも真似出来ない、素晴らしい才能』を発揮する人が」
「女神として言わせてもらうと、あなた達の魂は常に輪廻転生してるのね?で、前世の記憶があるって言う人の本物は、確かにあるのよ、"記憶"がね」
「でもそれは、あなた達の脳の中にある"記憶"と言うよりは、前世で魂に刻まれた"記録"って言った方がいいかしら?」
「例え身に覚えがないことでも、魂が"記録"している内容が誰にも少なからずあって」
「それが偶然、はっきりと"記録"を引き出せるからこそ、そう言う人達は活躍出来るの」
「要するに、チートってやつねっ!!」
「え?それと『魔獣化』のスキルと何の関係があるのか?1人で盛り上がってないで説明しろ、駄女神??全く、この女神様たる私に何て言い草なのかしら!?謝って!私のことを駄女神なんて呼んだことを、早く謝って!!」
「……よろしい。寛大で優しい私は、貴方のことを許してあげましょう。で、何だったかしら?あぁっ、そうそう!『魔獣化』の話だったわね?」
「つまり、何が言いたいかって言うと、その『魔獣化』のスキルを選んだ瞬間に、貴方の魂に「魔獣」の要素が混じるのよ」
「え?ますます分からない?えっと、つまりね?貴方は貴方としての魂をベースに「魔獣」の魂が混ざって、貴方が「魔獣」っぽくなるわ!」
「具体的に言うと、今のあなたから考えられない程の運動能力や動物特有の硬い皮膚とか、そういう特性がそのスキルから貴方が得るものなのよ。ほら、貴方の世界の動物ってさ、人間にはないいろんな凄い能力を持ってるでしょう?
「代償としては、魂に「魔獣」の要素が混じるから、貴方が魔獣っぽくなるわ。戦うことに『血湧き肉躍る』みたいな好戦的な性格になるとか、そんな感じ!」
「え?まぁ、確かに。そんな感じだと危ない人みたいよね。それに、意識疎通だって上手くいかなくなるかもしれないし」
「でも、スキルの強さは折り紙付きよ?特に"獣"の要素を取り込むから、特に物理的な攻撃なんかは超強くなるわ!」
ーーー
……うん、『何が好戦的な性格になるかも』とか、『獣っぽくなる』だ。
さっきのあれは、完全に『理性を失った獣』ではないか。
……よし、しばらくはやっぱり、あの洞窟で大人しくしよう。
今後のことは、後の自分が考えるさ……
そう現実逃避しながら、そろそろ日が昇り、紅魔族の探索隊が本格的に活動し始める時間となるため、俺はその場をすぐに走り去ったのだった。
……
…………
………………
「……フム。これはこれは……。また厄介な……。まぁ、よろしい。今はこれを"回収"して、死骸を破棄することにしましょうか……」
「……えぇ、えぇ。また何処かでお会いしましょうか、『ケダモノ』よ」
「ふふっ、ふはは、あはははははハハハハハハッ!」