「………………ん、んぅ……?」
重い目蓋をゆっくりと開きながら、ゆんゆんはボンヤリとした頭で目を覚ました。
最初に見えたのは、普段毎日朝起きたら目に入る天井だった。
それから体をゆっくりと起こして、まわりをキョロキョロと見回すと、そこは自分の部屋であり、窓から差し込む光がやや暗いことから、もう夕方であることが分かった。
「…………夢?」
確か自分は、真昼に森の中で悪……友達を召喚しようとして、外に出かけていったはずだったのだが……
「……私、ちょっと疲れてるのかなぁ……。」
まさか、気付かずにお昼寝した夢を現実と間違えるなんて。
ましてや、その夢が友達欲しさから悪魔召喚の儀式を行うものだったなんて、私の精神は自分で思っているより相当参っているらしい。
「でも、あんなにハッキリと感じたものが夢だなんて……どれだけぐっすりと寝てたんだろう……」
はぁ、とため息を吐く。
夢の中で感じた恐怖や絶望感は、あまりにも鮮明に思い出せるもので。
こんなことがもし続くのであれば、ちょっと洒落にならないレベルである。
少し父や母、それから……私のライバルにも相談してみようかな……
あのライバルは私のことを、ちゃんと心配してくれるだろうか。
そんな暗い気持ちになりかけたが、ウジウジと考えても仕方ないと気持ちを切り替えて、ベッドから出た。
「……もう外も暗くなってきてるし、お腹空いたなぁ。ご飯、出来てるかな?」
こんな暗い気持ちになるのはお腹が空いてるからで、空腹を満たしたら気分も良くなるだろう。
そう思い、私はリビングへと向かうため、私は自分の部屋のドアまで歩いてそのドアを開けようとしたら、先にドアが開き
「…………あ」
そこに私のライバルーーーめぐみんが目の前に立っていた。
「えぇ?!ど、どどど、どうしてめぐみんが家にいるの!?あ、わかったわ!私に勝負を挑みに来たのね!」
「ふふ♪めぐみん、もしかして明日まで待ちきれなかったの?」
「いいわ!もう遅い時間だけど、めぐみんの方から勝負を挑みに来たのなんて初めてだし、その勝負受けて立つわ!」
さっきまで暗く冷たい気持ちでいたせいなのか、めぐみんがこんな時間に私の家にいることの不自然さすら冷静に考えることが出来ず、私はなんとも言えない嬉しさに舞い上がって、早口でめぐみんを挑発していた。
いつもなら、こんな挑発を受けためぐみんは絶対に私のことを許さないし、必ず倍返しくらいはしてくる。
私たち紅魔族の中でもかなり短気なめぐみんは、少なくとも喧嘩や挑発をされて、それを買わないなんてことはしない子だ。
そんなめぐみんが
「……………………」
私の挑発をポカンっと聞いた後、顔を下に向けて少しずつ震え始めた。
「……え?えぇっと……めぐみん?一体どうしたの?なんで下を向いてるの?」
予想外の反応に、ビシっと挑発の為のポーズをやめてあたふたしていると、突然めぐみんがガバッと顔を上に上げて
「うわぁぁぁぁああぁあぁあぁあん!ゆんゆん、無事ですか?!無事なんですか?!!大丈夫だったんですか!?」
号泣していた。
大泣きだった。
というか、めぐみん、鼻水が……
「って、えぇ?!なんで、なんでめぐみん泣いてるの?!何があったの?!」
「それはこっちのセリフですよ!!だって、だってあなた......あの怪物に……」
あの気が強いめぐみんがこんなに怯えてるなんて……
それと……怪物??
「……ねぇ、めぐみん。ゆっくりでいいから、説明してくれない?あなたが私の家にいる理由とか、その……さっきの怪物の話とか」
めぐみんは私の目を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと頷き、今日会ったことを話てくれた。
ーーーそれは、今日の真昼を過ぎたくらいでした。
私は、妹のこめっこと森の中で一緒に遊んであげていたときのことです。
こめっこと楽しく川で水遊びをしているとき、何処からか足音が聞こえてきたんです。
それも、普通の人が歩いたときには出ないようなズシンっ、ズシンっと重たく力強い足音でした。
嫌な予感がした私は、こめっこと一緒に慌てて音が響いてくる方向から考えて、隠れられそうな草むらに逃げたんです。
しばらくすると、足音の正体がやってきました。
その巨人と見紛うほどの巨躯でありながら、身体中に筋肉が浮き出ていて、一応見た目は人の形をした何かでした。
その姿を見た瞬間、私はあれは魔王軍の関係者、いや、幹部クラスの魔物が現れたのだと思いました。
……え?そりゃあ、怖かったですよ。あれを見て怖くないと感じる方がマズいと思いますね。ただそこにいるだけなのに、それくらいの威圧感を肌で感じました。
……で、その怪物の肩に誰か人が担がれているのが見えて……それがゆんゆんだったんです。
それはまるで、普段お昼にお肉屋さんから骨付き肉を買って帰る主婦みたいな雰囲気があって。
しかも、あなたはあなたで完全に伸びてるのが分かるくらいには気絶してるっぽかったので。
あぁこのままじゃあ、ゆんゆんが食べられると思ったんです。
え?そのときにはゆんゆんが死んでた可能性?
……まぁ、それも少しは考えましたが、あなたは見える範囲で出血はしてませんでしたし、首や手足なども折れている雰囲気はなかったので、生きてる可能性が高いと考えたのですよ。
しばらく様子を観察してると、その怪物はあなたを草がある地面に下ろして、そのまま川まで歩いて水を手で掬って飲み始めました。
私はこめっこと一緒に、なんとかゆんゆんを助けられるスキはないかと探すため、隠れたまま移動しようとしたんです。
でも、その怪物は私が一歩後ろに下がったときに、いきなり水を飲むのをやめて、こっちを睨み付けてきたんです。
いくら草むらとはいえ、まだかなり距離があった場所から……川を挟んで反対側にいた私が、一歩動いただけの音で居場所までバレるとは思わないじゃないですか……
で、私はこめっこを抱えて逃げようとしたときです。
怪物ーーーあいつは立ち上がって雄叫びを上げながら身を屈めて……次の瞬間には私の目の前にいました。
早すぎて見えませんでしたが、あれはたった一瞬であの距離を縮めることが出来るほどのスピードを持ってたんです。
……そのとき、あっ、私死んだなっと思ったんですが、何故か私の姿を確認したら、今度は短く雄叫びを上げて去って行ったんです。
……あなたをそのまま置いて。
正直言って生きた心地がしなかったのですが、もしあれがまた気まぐれで追いかけて来たら今度こそ死ぬって思って、あなたを私が背負って急いでこめっこと里に戻り、ゆんゆんの自宅まで運んでそのままお邪魔させてもらってたんですよ。
で、あなたを連れて帰ってから時間もかなり経ったので、あなたが起きたかどうか確認しに来たという訳です。
「……もし、ゆんゆんがあの場所に居なくて、私が爆裂魔法を覚えていれば、あんな目には合わなくて済んだはずなんです。あぁ、これはやはり早く、爆裂魔法を覚えないといけませんね!」
めぐみんはいつもの調子で爆裂魔法は最強だと強がっているけど、顔は引き攣っているし、足はガタガタと震えているしで、ビビっているのがバレバレだった。
「……ありがとう、めぐみん……」
そんなめぐみんを見て、私はすごく嬉しかった。
そんな危険で怖かったであろう状況なのに、私を迷いなく助けようとしてくれたなんて……
私の思いが伝わったのか、めぐみんは震えるのをやめて顔を背けながら
「べ、べべ別にそんな、お礼を言われるようなことではありませんよ……。昔、あなたがこめっこにしてくれた事と大差ありませんから……」
そう言って照れているめぐみんを見て、あぁ、私のライバルはやっぱり最高だなって思った。
「そういえば、そもそも何故ゆんゆんは森の中にいたんですか?と言うより、私の話を聞いている様子を見る限り、その怪物のことを知っているみたいでしたが……」
「あぁ、それはね……?…………!」
少し落ち着いて、私のベッドに腰掛けためぐみんが私に問いかけたことに、さて何と返そうかと頭の中で内容をまとめて説明しようとしたとき、気づいてしまった。
めぐみんの話からして、私が夢だと思っていたことは現実だった。
つまり、あの怪物と出会う前のことも現実だったわけで……
……紅魔族の族長の娘である私が、悪魔召喚の儀式をしてたことを話すの?
しかも、召喚しようとした理由が、悪魔でもいいから友達が欲しかったからって……?
恥ずかしいどころの話ではなかった。
こんな話をしたら、めぐみんどころかまた里中から変わり者扱いが加速してしまう。
私は誤魔化すことにした。
「……わ、わわ私も森の中に遊びに行ってて、ぐ、ぐぐ偶然、そう偶然!めぐみんが話てくれた見た目の化け物に会ってね!」
「ほう」
「で、えぇと……そう!私も魔法で戦いを挑んだのだけど、あっさり負けちゃって!」
「……ほう」
「そそ、それから私はそのまま気絶しちゃって!気がついたら自分のベッドだったからすごくビックリしたわ!」
「………………なるほど」
「だ、だだだからね!私もあまり詳しいことは分からないっていうか!そんな感じなの!」
「…………………………」
じーっと、私の目を真っ直ぐに見てくるめぐみんに、なんとか誤魔化せたはず。
何故だか説明すればするほどめぐみんの目が細くなっていったけど、なんとか誤魔化せた……はず。
「……分かりました。えぇ、分かりましたよ」
よし!誤魔化せた!
「ゆんゆんが私に隠し事をしてることは分かりました」
誤魔化せてなかった。
冷や汗がダラダラと出ているのが分かるぐらい、私はあわあわとしていたと思うが、そんな私を見てめぐみんは、まぁいいです、とため息を吐きながら言った。
「ゆんゆんも、今日は辛かったでしょうし、これくらいにしておいてあげます」
「その代わり、落ち着いたらきちんと話してもらいますからね?」
優しく微笑みながら私の心配をしてくれるめぐみんに、罪悪感が天井突破しそうになったが、なんとかあははっと笑って誤魔化した。
「……とりあえず、もうご飯の時間ですし、ゆんゆんのお母さんも心配していますから、リビングまで行きましょうか」
そう言れてみれば、お腹が空いていたのを思い出し、私とめぐみんは一緒にリビングに移動した。
そこではソファーで毛布を被ったこめっこが、すやすやと寝ており、私の母は台所でご飯を作っていた。
ご飯の量がいつもより多いことから、めぐみんとこめっこもここでご飯を食べるのだろうということがわかった。
「あら、ゆんゆん。目が覚めたの?気分はどう?」
料理の手を止め、振り返って私の心配を口にする母は、しかしのほほんとした顔をしていた。
私の母はマイペースで少し天然なのだ。
「うん。大丈夫だよ、お母さん。ちょっと気絶しただけだし、別に具合は悪くないし」
「そう、ならよかったわ!もうすぐご飯が出来るから、こめっこちゃんを起こして食べましょうか」
そう微笑んだ母はそれから料理を再開したので、私とめぐみんはこめっこを起こし、一緒に食卓を整えてご飯を食べた。
今日のご飯はいつもよりとても美味しかった。母が気合いを入れて作ってくれたのだろう。
断じて友……ライバルと一緒にご飯を食べることに舞い上がってるわけではないのだ。
「そういえば、お母さん。お父さんは?まだ仕事?」
私の父は里の族長でもあるので、仕事が忙しいときは一緒にご飯を食べられないことはよくあるのだが
「何を言ってるのよ。ゆんゆんとめぐみんちゃんが森の中で危ない目に遭ったと聞いて、里の男達を何人か集めて調査しに行ったわ。今日はもしかしたら帰ってこないかもね」
と、呆れ顔で母に言われて、父達が私達のことを心配してくれてることへの嬉しさと、父達が危ない目に遭ってないかの心配で少し反応に困ったが、気にしないでしっかり食べなさいと母に言われ、一心不乱にご飯を食べてるめぐみんとこめっこを見て、私も気持ちを切り替えてご飯を食べた。
「今日はゆんゆんの家に泊まっていきますから。私の両親にもゆんゆんのお母さんにも許可は頂いているので」
そう言っためぐみんは、こめっこと一緒にお風呂に入ったあと私の部屋に来てベッドに寝転んだ。
「勘違いしないでください。べ、別に心配だから一緒に寝るわけじゃないです。今日は夜も遅いし、仕方なく、そう仕方なく!一緒に寝るだけなんですからね!」
自分の両親に許可を貰いに行く時点でそのまま帰れば泊まらずに済んだのでは?と野暮なことは聞かずに、はいはいと軽く返して3人で川の字になり、幸せな気持ちになりながら眠りについた。
……あれ?なんか忘れているような?
…………まぁ、いっか!