「ーーーこれは、また。随分と大物を捕まえてきましたね……」
「うん!頑張った!最初はバーサーカーを見て全力で逃げようとしたんだけど、バーサーカーに捕まえてもらってね!それでも抵抗してきたから、かじったらおとなしくなったよ!」
「勝ったのは喜ばしいのですが、無闇にかじってはいけませんよ?」
「分かった!」
私の言葉に、本当に反省しているのかどうか分からない返事をしてきたこめっこから、小さな黒猫を受け取る。
余程怖くて大変な目に遭ったのか、黒猫は怯えるように、私の胸元に飛び込んで、そこで頭を寄せて丸くなった。
「こめっこ、少しこの黒猫を預かってもいいですか?」
「いいよ!後で首輪を付けるときは、また返してね!」
「にゃっ!?」
ビクッと震える子猫を預かった私は、その子を抱えて自室に入り、放ってやると、そいつは堂々と私の布団が置いてある場所に丸くなって陣取った。
「ーーーさて、こいつは、どうしたものでしょうか」
あれだけこめっこに怯えていたクセに、安全な場所に来た途端、この太々しさである。
まるで、自分は『大物である!』と言いたげな態度を見て、私はこの子の処遇に頭を悩ませた。
ーーー私の推測が正しければ、かなり面倒なことになっているはずだ。
どうしようかと私は頭を捻ったが、どれだけ考えてもいい考えが湧かない。
「……仕方ありません。あの子も巻き込みますか……」
「め、めぐみん。めぐみん、めぐみん……この子は、何?」
「こめっこの使い魔です」
「にゃー」
ゆんゆんが問いかけてきた首輪がついた黒猫は、私の部屋の布団で丸くなったまま根を張り、一切動こうとはしない。
私は、こめっこがこの黒猫を捕まえた翌日に、『ぶっころりーとの約束』の前に、ゆんゆんに相談したいことがあると言って、彼女を家に招待したのだ。
「使い魔!?一昨日までは、こめっこちゃんに使い魔なんていなかったわよね!?一体、何処から連れて来たのよ!」
「それについて、相談があるのですが……。とりあえず、この子を見てどう思いますか?」
「え?ど、どう思うって言われても……」
「にゃぁ〜……」
私の布団で愛くるしい顔をしながら欠伸をする子猫に、ゆんゆんは訝しげな顔から、次第にキラキラさせた目を向け始めた。
「う、うわぁー……。か、可愛い!ね、ねぇ、めぐみん?この子の名前は?もう名付けたの?」
「『ちょむすけ』です」
「…………」
「『ちょむすけ』です」
「いや、聞こえなかったわけじゃないわよ……。で、でも、もうちょっと可愛い名前にしない?ね?」
「『ちょむすけ』です」
「わ、分かったわよ……」
諦めたように呟いたゆんゆんが、またキラキラした目をさせてちょむすけを撫でようと近づいていく。
そして、ゆんゆんがちょむすけに手を伸ばすと、それを受け入れるように目を細めて、されるがままに撫でられる姿に目の輝きが増していく。
「か、可愛い!可愛いよ、めぐみん!ね、ねぇ、抱っこしていい?この子、抱っこしていいっ?」
どうやら、ちょむすけの持つ魅力に、ゆんゆんはメロメロになったようだ。
「ちょむすけのこと、気に入ってもらえたようですね?」
「うん!……?そういえば、めぐみん。私に相談したいことって何だったの?多分、この子のことだとは思うんだけど」
「正解ですよ、ゆんゆん」
ちょむすけを抱っこしてご満悦なめぐみんに、私は彼女に本題を話すことにした。
「さっきゆんゆんは、『この子を何処から連れて来たのか』と聞いてきましたよね?」
「え、うん。聞いたけど……。少なくともつい最近までは、この里にはいなかったよね」
「えぇ。では、こめっこはちょむすけを何処から連れて来たのか」
私は、一拍置いてから、ゆんゆんに告げた。
「この子、邪神の墓から来た可能性が高いのですよ」
「……。何ですって?」
私の言っている意味が分からないのか、ポカンとした顔でそう返事をしてきた。
「正確には、邪神の封印をこめっこが解いて出て来たのが、ちょむすけなんですよ」
「もっと意味が分からなくなったわよっ!?えっ?ちょ、ちょっと待って!まさか、この子、邪神なの?こんなに可愛いのにっ??というか、何でめぐみんがそんなこと分かるのよ!?」
抱き抱えたちょむすけと私を、交互に目線を動かして見てくるゆんゆんに私は昔話をした。
ーー私も子どもの頃、一度だけ邪神の封印を解いたことがあるということ。
ーーそのとき現れたのが、巨大で、漆黒の毛を生やした魔物であり、そいつに私は追いかけ回されたこと。
ーーそして、その魔物をなすすべもなく吹き飛ばすほどの『圧倒的な力』を使ったのが、私が以前に話をした師匠であり、その際に弟子入りして、魔物を倒した魔法である『爆裂魔法』を習ったこと。
ーーそして、師匠がその魔物を封印しようとした際に、魔物の体が小さな子猫の姿になったこと。
ーー丁度、それは今のちょむすけと同じくらいの子猫の大きさだったことも。
ゆんゆんは、彼女や他の里の住人達が知らない間に、私が一度封印を解いたことに対して頭を抱えていたが、最後まで私の話を黙って聞いてくれた。
そして、『二つ疑問があるんだけど』と前振りをして。
「まず、めぐみんが邪神の封印をどうやって解いたかは置いておくとして、そのときにあなたの『お師匠様』と出会ったのよね?前にこの話を聞いたときは何も思わなかったけど、その人の名前は何て言うの?」
「それが、結局、名前を一度も名乗ってくれなかったのですよ。だからこそ、学校を卒業したら、今でも旅をしているだろう師匠に、会いに行くんです」
「…………。名前を名乗らないってことは、『後ろ暗い』ことがあったんじゃないの?それに、めぐみんが封印を解いたときに、偶々、紅魔族じゃない外の人で、邪神を再封印出来るくらいの大魔法使いが、いきなりあなたの近くに現れるなんて、そんな出来過ぎた話は不自然じゃないかしら?その人、もしかしたら、邪神と何か関係あるんじゃ……」
「でも、邪神みたいな邪悪な気配はありませんでしたよ?それに、とても親切で、優しい人だったのを覚えていますし」
「うーん……。めぐみんって、いつもはツンツンしてるけど、本当は凄い優しくて、身内に甘いからなぁ」
「…………。何ですか。私が助けられたらすぐ靡く、チョロい女だとでも言うつもりですか。随分と強きに発言するようになりましたね、『ぼっち』のクセに」
「ぼ、ぼっちじゃないからぁ!」
ここ最近では、あまりやらなくなったこの『やり取り』をすると、何だか懐かしく感じてきますね……。
相変わらず、私以外のクラスメイトと話すときは、まだ緊張した顔になるため、彼女の『ぼっち』脱却までの道は遠い。
「……コホン。それと、もう一つ疑問に思ったのだけど……」
ゆんゆんは、しばらく頭を捻りながら、やっぱり分からないと言った感じで、私にこう聞いてきた。
「こめっこちゃんは、どうやって邪神の封印を解いたの?」
「何だ、そのことですか。なら、答えは簡単ですよ」
「えっ?そうなの?」
「えぇ。だって、こめっこは私の妹ですよ?」
「……………………。そう言われると、不思議と説得力があるのはどうしてかしらね……」
私の質問への解答を聞いて、釈然としない顔したゆんゆんが居たが、何か問題があるのだろうか?
紅魔族随一の天才たる私の妹なのだ、私に出来たことは、こめっこにも出来ると思った方がいい。
しばらく、何となく静かになった部屋で、抱っこしていたちょむすけを撫でまわしていたゆんゆんが『あれ?』っと声を上げて。
「でも、こめっこちゃんはバーサーカーさんと一緒に居たのよね?何で彼は、こめっこちゃんが封印を解くのを止めなかったんだろう?あの人なら、こめっこちゃんがそんな危険なことをしそうになったら、真っ先に彼女を止めると思うんだけど……」
「それこそ、何を言ってるんですか?バーサーカーはこめっこのペットですよ?こめっこの『おねだり』に甘いあの人なら、彼女がやることを黙って見過ごしてもおかしくありません。きっと邪神の封印を『遊ぶのには丁度良いオモチャだから』と説得された彼は、仕方ないなぁと見守っていただけでしょうし。貴方も、前の『聖剣』の件を忘れた訳じゃないですよね?」
「……………………」
ゆんゆんは、私の言ったことに対してしばらく考え込んだが、やがて納得したのか手を叩いて頷いた。
「なら、バーサーカーさんにも話を聞きたいわね!本当にめぐみんが言った通りなのか、確かめたいし!……そういえば、今日はバーサーカーさんはどこにいるの?こめっこちゃんが遊びに出かけてないから、里の何処かにまたバイトに行ったのかしら?」
「あぁ、彼なら今日は『魔剣の勇者』って言う人と森へ『狩り』に行きましたよ?何でも、その勇者から昨日、『是非、俺のパーティーに入って、共に世界を救おう!』とか勧誘を受けていたらしくて。何度も断っていたみたいですが、結局は押しに負けて今日だけその勇者に付き合うんだとか。確か、朝一番でバーサーカーの家を訪ねてきた『勇者?』と私は会いましたし、そのままバーサーカーを連れて出かけて行ったはずなので、しばらく帰ってこないと思いますよ?」
「……何で『勇者』の後に疑問符がついたの?その人、前にふにふらさんが言ってた人よね?めぐみんから見て、そんなに強そうに見えなかったの?」
ゆんゆんが中々鋭いことを聞いてくるので、私は今日会った『勇者』の印象を彼女に話した。
「確かに、顔はイケメンでしたが、自己紹介のときに何度も何度も『魔剣の』を強調して言っていました。それはつまり、裏返せば『魔剣以外はあまり自信がない』と言っているようなものです。多分、バーサーカーとその勇者が戦った場合、私達と同じでなす術なくバーサーカーにボコボコにされるんじゃないですか?」
「うわぁ……。それはちょっと、カッコ悪いかも」
「でしょう?あれはきっと、想定外のことが起こったら、途端に頼りにならなくなるタイプです。ちょっと趣味じゃないですね」
「うん、私も。後で、ふにふらさんと、どどんこさんにも教えてあげなきゃ!…………なんか脱線してない?」
「貴方が聞いてきたのでしょうに……」
鼻息荒く興奮したような表情から、急に冷静になったのかそんなことを聞いてくるゆんゆんに、私は呆れながら答え、ようやく本題の核心について話すことにした。
「ゆんゆんに相談したいことは一つです」
「何?めぐみん」
「『邪神の封印が解かれたことを隠す為には、どうしたら良いか』ということです」
「えぇっ!?」
ゆんゆんが驚いた表情をしながら、私へ身を乗り出して『信じられない』みたいな目を向けてくる。
「めぐみん、邪神よ?邪神の封印を解いたのよ!?は、早くみんなに知らせなきゃ!」
「落ち着いて下さい、ゆんゆん」
「落ち着ける訳ないでしょっ!?大事件よ!」
「そうですね。学校の『禁書の棚』から悪魔召喚の魔法陣を無断で学び、悪魔召喚一歩手前まで行ったことも大事件ですね?」
「うぐぅ……っ!?」
急所を突かれたように呻き声を上げるゆんゆんに、私は囁く。
「ほら、貴方がまだ抱き抱えているちょむすけを見て下さい。こんなに可愛い子が、悪さをすると思いますか?」
「う……」
「それに、このことがバレたら、こめっことバーサーカーの里での扱いはどうなるんでしょうね?」
「うぅ……」
「ゆんゆん」
「な、何よ…………」
自分の良心と目の前の出来事に対して、『どちらを選べば良いか分からない』と言う表情をしたゆんゆんに、私はトドメを刺すことにした。
「バレなきゃ、犯罪じゃないんですよ?」
「にゃー」
「う、うぅ、うううぅぅぅ………!!」
側(はた)から見ても分かるくらいに目を回しているゆんゆんが、悪魔の囁きに屈するのは、時間の問題だった。
ーーーふっ、チョロいですね。