我が家の中から、乱暴に引っ掻き回す様な音が複数、外にいても聞こえてきた。
……嫌な予感はあった。
さっきの魔物は、人に直接攻撃をしてくることはなかったこと。
もし、目的が何かこの里の中にある『もの』を探しに来たのだとしたら。
それは、『邪神』かもしれない『ちょむすけ』のことではないか?
こめっこが封印を解く前から、既に邪神の封印が解けかけていて。
そのせいで、見たこともないような魔物が出てきたのだとしたら。
……あり得ない話ではない。
ならば、家の中で留守番をしていたこめっこは、昨日『ペット』だと言ったちょむすけと一緒にいる筈で。
それは、つまりーーー。
「こ、ここ……こめっこ……こめっこが……」
「め、めぐみん!?落ち着いてーーー」
「……こめっこがああああああああっ!」
「落ち着きなさいって言ってるでしょうっ!!」
「ぶべらっ?!」
ゆんゆんに頬をビンタされ、私は正気に戻った。
「前も同じ事あったけど、何!?めぐみんって、実は逆境に弱いのっ!?しっかりしてよ!」
「そ、そうでした!こんなことを考えている場合ではありません!早くこめっこを助けないとーーー」
意識を集中して、家の中から聞こえる音に耳を傾ける。
魔物が私の家を漁る音は聞こえども、こめっこの悲鳴らしきものは聞こえこない。
つまり、まだ『こめっこは魔物には見つかってはいない』ということだ。
しかし、こめっこが家の中に隠れてるなら見つかるのは問題だ。
家の中に忍びこんでこめっこを探して救出しようにも、家の中に魔物が何匹いるか分からない以上、リスクは犯せない。
今、私達が取れる最善の選択は……。
「そうだ!バーサーカー、威嚇するように全力で叫んで下さい!早く!!」
「ッ!■■■■ーーーーッ!!」
今まで呆然と立ち尽くしていたバーサーカーを急かし、全力で咆哮を上げさせた。
バーサーカーの咆哮は、それを聞くだけで相手に命の危機を抱かれるくらい強烈だ。
すぐ近くの外からそんなものが聞こえてきたならば、魔物がいくら探し物をしていようが無視出来ないはず。
案の定、家の中に居た魔物が、慌てて外に飛び出してきた。
「「「シャアアアアアアアアアーッッ!!」」」
頭に角が生えた、爬虫類顔の魔物が3体、こちらに威嚇しながら私達を襲いかかってきたが。
「■■■!」
「「ヒギュッ!?」」
「『ライトニング』!」
「ピギャアアアアアアアア!」
バーサーカーとゆんゆんの敵ではなかった。
飛びかかって来た魔物の内、2匹をバーサーカーが一瞬で距離を詰めて頭を鷲掴みにし、後頭部から地面に叩きつけることで即死させ、残り1匹がバーサーカーの強さに慄いて足を止めた瞬間に、ゆんゆんが魔法で処理した。
倒された魔物が霧になって消えていく。
「ナイスです、2人とも!ゆんゆん、私と一緒に家の中に入ってこめっことちょむすけを探しますよ!バーサーカーは周辺の警戒を!」
「分かったわ!」
「■■!」
私はゆんゆんと共に、こめっこの名前を呼びかけながら家の中を探してみたが、全く返事はない。
だが、荒らされた家の中を隈なく調べたが、血痕らしきものもなかった。
もし、家で留守番していたこめっこが魔物に攫われたのだとしたら、ちょむすけも一緒だったはず。
ならば、わざわざあの魔物達が未だに家の中を探す理由がない。
そうなると、考えられるのはーーー。
「ゆんゆん、外です!こめっこは外に逃げた可能性があります!私はバーサーカーと一緒にこめっこを探してきますから、ゆんゆんはまだ荒らされてないバーサーカーの家に入って、私の家の中にある家具でバリケードを作って、窓からこめっこが帰ってきたら保護してください!」
『では、そういうことで』と言い残して、私の家から外に出ようとすると、ゆんゆんが私の肩を掴んで引っ張った。
「待ってよめぐみん!運動も得意じゃない上に魔法が使えないめぐみんが行っても足手纏いにしかならないわよ!最悪、めぐみんが人質になるか食べられちゃうのがオチだから!」
「なら、どうしろって言うのですかっ!?言っときますけど、私はこめっこを探しに行きますよ!何があったとしてもっ!!」
「めぐみん……」
しばらくの間、お互いに気まずい沈黙が流れ、やがてゆんゆんが根負けした。
「……分かったわよ、めぐみん。なら、めぐみんはこめっこちゃんが行きそうな所に心当たりはない?」
こめっこの行きそうな所なんて、心当たりがある筈がない。
あの子は、誰に似たのか根性が据わり、世渡り上手で、でも誰かの家に遊びに行くほど親しい友達はいなかったはず。
最近はバーサーカーを連れてあちこち連れ回していたみたいだが、この状況でこめっこが行きそうな場所なんて私はこめっこから聞いてない……。
「そうだ!バーサーカーなら!こめっことよく一緒に居たバーサーカーなら知っているかもしれません!」
「ッ!そうね!彼に聞いてみよう!」
私は外で待っているバーサーカーに事情を話して、こめっこが行きそうな場所を聞いてみた。
始めは悩んでいた彼だったが、しばらくすると当てがあるのか人差し指を1本立てた。
私とゆんゆんは、彼にその場所へ案内してもらう。
ーーーこめっこ、無事でいて下さい!
ーーーそこは、里の外れにポツンと鎮座された邪神の墓。
立ち入り禁止であるはずの場所から、さっきの魔物が忙しなく空へと飛び立っているのが、墓の近くにある街灯の魔法光に照らされることでより一層不気味な印象を与えてくる。
「ねぇ、バーサーカー、いくらなんでもこんな所にはこめっこちゃんも来ないんじゃ……」
「■■■……」
不安そうな表情のゆんゆんの言い分ももっともだが、私はこの近くにこめっこがいる気がした。
私とゆんゆんは茂みに隠れながら、バーサーカーは匍匐前進してもらいながら、墓にゆっくりと近づいていく。
「……居ましたね」
「……居たわね」
「……■■■」
墓の前にはこめっこが、ちょむすけを抱き抱えている魔物を中心にした、夥(おびただ)しい数の魔物達を相手に、邪神を封印するためのパズルを抱えながら無言で対峙していた。
「ど、ど、どど、どうしようっ、めぐみん!このままじゃあ、こめっこちゃんとちょむすけがっ!」
「落ち着いてください、ゆんゆん。今は様子を見て、助けられそうな隙を伺うのです。バーサーカーも、早まらないでくださいね?」
「■■■……」
ゆんゆんとバーサーカーに冷静になるように指示は出したが、内心では私は誰より慌てていた。
バーサーカーに案内を頼むときに、遠回りになろうとも一度、討伐隊か避難所に顔を出して事情を説明しておけば良かった。
未だに里の上空を飛び回っている魔物に向けて、あちこちから色とりどりの魔法が打ち上げられている。
恐らく、あれは魔物達がこちらの異変に気が付かなかいようにする為の囮に違いない。
これでは、里からの応援は期待出来ないだろう。
私の判断ミスだ。
おまけに、未だに墓から魔物が湧いて出ているため、下手な行動は逆に危険を招くこの状況。
……今、ここにいる3人で何とかしなければ。
私があれこれと策を考えている間に、魔物達がこめっこを逃げられないように、ジリジリと囲んでいく。
「ねぇ、めぐみん!マズいわ!早く助けないと!……めぐみん?」
「大丈夫、大丈夫ですよゆんゆん。こういうピンチの時には、こめっこに都合よく眠っていた凄まじい力が覚醒し、ばったばったと魔物を倒していくのが『お約束』ってやつです。なので私達は、そんなこめっこの成長を陰からこっそり見守っていれば……」
「何言ってるのめぐみん!?ねぇ、目が虚になってるんだけど!?」
『万事休す』な状況に、私が現実逃避をしていると、こめっこは抱えていたパズルを地面に置き、両手をバッと高く上げながら。
「きしゃーっ!」
「ーーーねぇめぐみん、こめっこちゃん、あの数の魔物相手に戦おうとしてるんだけど!ていうか、ジリジリとにじり寄って行くこめっこちゃんに、魔物の方が怯え始めたんだけどっ?!」
「■■■■…………」
我が妹は将来は大物になるとは思っていたが、既に大物だったらしい。
考えてみれば、バーサーカー相手に全く怯むことなく遊んでいたのだから、数が多かろうが彼より弱そうな魔物に怯える必要は、こめっこにとってはないのかもしれない。
……というか、魔物に抱き抱えられているちょむすけまでもが怯え始めたのだが。
なんだか、このまま見守っていてもこめっこが勝ちそうな雰囲気が流れ始め、私達は余計に身動きが取れなくなっていると。
「ーーーおやおや、まだ手こずっているのですか?」
ーーー邪神の墓の側から魔法陣が出現し、そこから『そいつ』は現れた。
そいつは長い髪は右が白く、左が黒いモノトーンになっておりまた、ところどころ外ハネをした黒髪の方は複数のとぐろが巻かれている特徴的な髪型をしており、右肩から袖までが赤と白の縞模様が描かれた服を着ており、それはどことなく、本で読んだ『ピエロ』を彷彿とさせるデザインになっていた。
美形ながら奇抜で、そして何処か歪な出で立ちをした男性が、こめっこを見下ろしながら、鼻で笑った。
「邪神に仕えし悪魔ともあろうものが、何を小娘1人に怯えているのか……。それに、私が直々にお前の魂を弄って、前より強化してやったのだ。さっさと始末して、あれの持っている魔道具と、邪神を私に献上せよ」
男がちょむすけを抱き抱えている魔物にそう命じると、その魔物の目がさらに紅く光り輝き始め、それに呼応する様にさっきまで震えていた他の魔物達も次々と目が輝き始める。
未だに威嚇するかの様に奇声を上げているこめっこの背後にいた魔物が、奇襲をかける様に襲いかかってーーー。
「『ストーン・ウォール』ッ!」
「ピギャアッ!?」
「何っ?!」
ゆんゆんの魔法で作った土の壁に、飛びかかった魔物が咄嗟のことで避け切れず、正面衝突し、その隙に私とゆんゆんがこめっこを守るように茂みから飛び出した。
「そこまでです!我が名はめぐみん!紅魔族随一の天才にして、上級魔法を操る者!我が妹には、手出しはさせません!」
「あっ、姉ちゃん!わたしのペットがアイツに取られた!」
「こ、こめっこちゃん、この状況で、まだ余裕があるのね……」
せっかくの私の決めシーンなのに、この2人は何をやっているんですか!
私の横に並び立つゆんゆんが、あの奇妙な男にいつでも魔法を打てるように構える。
「ちっ!もう来たのですか、忌々しい紅魔族め!……とはいえ、まだ子どもが2人と役立たずな幼な子が1人。この状況で飛び出してきたということは、他の増援はまだ来る気配はない様子。早まりましたね?」
余裕そうに、しかし襲いかかるタイミングを測っているのか、魔物達は微動だにしなくなった。
「ふっ、そんなものを待つ必要はありませんよ。言ったでしょう?私は『紅魔族随一の天才』だと。ここにいるゆんゆんも、中々の魔法の使い手です。戦力は私達だけで過剰と言うものですよ。さぁ、早く立ち去りなさい!今ならまだ見逃してあげましょう」
「……ふむ。肝は据わっているのは分かりました。が、この状況で『私達と戦って勝つ』とは……。ハッタリにしてはいい啖呵でしたよ?」
「ほう、私の言葉が嘘だと?」
「えぇ。紅魔族は根っからの短気で喧嘩っ早い、扱いづらい性格をした集団ですからね。それなのに、まず攻撃してくるのではなく、魔法で防御した後に交渉してくること自体が、ハッタリだと言っている様なものです」
「貴方、本当にぶっ飛ばしますよっ!?」
「お、落ち着いてめぐみん!挑発されたらダメよ!」
「……もうよい。お前達と戯れている暇はないのだ。その幼な子が持っている魔道具を此方に寄越せ。さすれば、お前達のことは見逃してやろう」
私達のやりとりを見て、興が削がれたかの様な顔をした男がそんなことを提案してくる。
「ふん!そっちこそ、早くちょむすけをこちらに渡したらどうです?それは私の家のペットですよ」
「そうだそうだ!このペットドロボーッ!」
「……ちょむすけ?もしかして、この邪神のことか?」
「すいません、すいません!うちのめぐみんが変な名前つけてすみません!」
「何で敵に謝っているんですか、ゆんゆん!?」
「……はぁ。何だか馬鹿馬鹿しくなってきたわ。もうよい、さっさと魔道具を渡せ」
呆れ顔になってすっかりと油断した男に、私はニィッと笑いながら罵倒した。
「ふっ、戦いの最中に油断をするとは、まさに三流ですね!大人しく出直してくるがいいです!」
「……貴様、実は馬鹿なのだろう?さっきは『紅魔族随一の天才』だとか抜かしていたが、実は唯の馬鹿であろう?会話中に一度も攻撃してこない所を見るに、打つ手がないのだろう?この私に有利な状況で、何故私が三流呼ばわりされねばーー」
「いえ、貴方は三流ですよ?」
「??それは、どう言う意味……」
「だって貴方はーーー」
「ーーー私達の『増援』に、全く気づかなかったじゃないですか」
「■■■■ーーーーッ!」
「「ッ!?」」
「にゃあっ?!」
突然、背後の草陰から飛び出したバーサーカーの速さに対応出来なかったのか、ちょむすけを抱き抱えていた魔物は一瞬で距離を詰められ、腕に抱えていたちょむすけを左手で鷲掴みにしながら、背後を振り返ろうとした魔物の喉に右肘を叩きこむ。
たったそれだけの攻撃で、魔物が絶命したのか力が抜けるように崩れ落ちる最中、ちょむすけを奪還したバーサーカーが走っている勢いを殺さずに、私達の元へとやってくる。
「形勢逆転ですね?」
「ッ!!こ、この、小娘があああああぁぁぁっ!!」
「今です、ゆんゆん!」
「『ライトニング』!『ストーン・ウォール』、『ストーン・ウォール』、『ストーン・ウォール』ッ!」
ゆんゆんがあの男の反対側を囲んでいた魔物を、一筋の雷をもって一部を消し飛ばし、そして直線上に出来た『逃げ道』を囲うように、相手の視線を遮るように、土の壁を建てていく。
「バーサーカー!私達を抱き抱えて全速力で逃げなさい!」
「■■■!!」
「え、ちょ、出来れば優しくってキャアアアアアーーッ!!」
「あはは!早い早い!いっけぇ、バーサーカー!」
「にゃああああああああーーっ!!」
こうして、私の機転により、一時的に邪神の墓とあの不気味な男から逃げることに成功した。
ーーーしかし、あの魔物達と私達のこの『長い今夜の戦い』はまだ始まったばかりだったとことを、この後、嫌という程に痛感することになるなんて、この時の私は気づいていなかった。
明けまして、おめでとうございます!
すいません、投稿が遅くなりました。
ようやく1章も佳境に入ってきましたし、まだまだ書きたい話がいっぱいありますので、今年も、私とこの作品のことをよろしくお願いします!
・オリジナル魔法『ストーン・ウォール』
術者が指定した場所に土の壁を作る魔法。
壁は直立にしか作れないが、壁の強度や高さ、横の長さなどは自由に変更出来る。
しかし、その分魔力の消費量も比例するように多くなる。