「……ねぇ、めぐみん。これをご飯と呼んでいいの?なんかお粥というより、お湯に米粒が浮いてるって感じのものが出てきたんだけど……貧乏なのは知っていたけど、これはさすがに、ちょっと……あんまりだと思うわよ?あまり健康的とは言えないわ」
「……仕方ないじゃないですか。これがいつもの我が家の食卓ですよ。というか、ゆんゆんも察して下さい。まだ5歳のこめっこと、昨日危ない目に遭ったばかりの娘である私を構う事なく仕事に戻っていった母を見た時点で、我が家の経済状況を察してください」
「そ、そうよね!めぐみんのお母さんも、すごく忙しそうだったもんね!」
小声でめぐみんに謝りながら、私は用意してもらったご飯を眺める。
めぐみんの両親は2人で魔道具開発と販売の売り込みを仕事にしているのだが、魔道具がすごく尖った性能をしていて、ほとんどが売れないか安値で買い叩かれているため、常にお金がないのだと、前にめぐみんから聞いたことがあった。
リビングに降りてみてもゆいゆいさんの姿が見えなかったので、めぐみんと一緒に仕事場に顔を出してみた。
そこで、いろいろな作業をこなしながら、ゆいゆいさんが独り言で
「お金が……。お金が……ない。お金がないの……。お金……。今月も……赤字…………」
と呟いていたのはびっくりした。
めぐみん曰く、いつものことらしい。
私達が来たことにすぐ気づいて、今からすぐにご飯の用意するわぁ!待っててねぇ〜!、と切り替えがすぐ出来るゆいゆいさんを見て、私はめぐみんの家の闇を見た気がした。
「せっかくゆんゆんちゃんがお泊まりに来てくれたんだもの!!今日は奮発して、なんと!!おかわりもあるわよ!ささ!遠慮せず、おかわりが欲しかったら言ってね!」
「あ、あはは……。ありがとう、ございます……」
食事の準備が整い、調理場から戻ってきてちゃぶ台を囲んで座っている私達に向けて笑顔でおかわりを勧めてくるゆいゆいさんに、私は笑って誤魔化しながら話題を変えるために、こめっこの方を見る。
「……というか、こめっこちゃんだけなんだか木の実やらキノコやらをモシャモシャと食べてるんだけど。どこで手に入れて来たのかな?」
「今日会った大男から貰った!」
「え?大男って誰……?」
「ゆんゆん。多分、里の外の人ですよ。こめっこは『紅魔族随一の魔性の妹』を名乗ってるだけあって、自分で食べる食糧は、近所の人やこの里に来る旅行者からタダで貰ったり、外に出て自分で調達したりしてくるんです。お腹が空いたらいつも、割と勝手に何か食べてます。たまにそれを、家族みんなで分けるときもあるくらいですからね」
おかげで無事健やかに育ってくれそうですと、優しくこめっこの頭を撫でながら微笑むめぐみんを見て、なんだかなぁと私は思った。
やっぱりこういう環境だと、子どもも逞しく育つのだろうか。
このまま成長していけば、間違いなく大物になるであろうこめっこを見て、私もお腹が空いてる彼女を見かけたら何か食べ物を上げようと思いながら、目の前のお粥もどきを啜った。
お腹の中がほぼお湯で満たされた気分になる食事を終え、お風呂に入り、疲れを癒やした私達は、めぐみんの部屋に戻って来ていた。
「さて、布団も整えたし。さっきの話の続きといきましょうか」
「そうね!確か、あの怪物が魔王軍の幹部が転移させてきたものとは違うって話だったわよね?」
布団の上に座り、枕を抱いて一息ついた私にめぐみんが頷く。
「えぇ。あの怪物なんですが、私達が必要以上にビビっ……警戒しすぎただけで、よく考えればあれは人を襲う気は全くないのだと思いますよ」
「それも何か根拠があるの?随分と自信があるように見えるのだけれど?」
私はめぐみんにその理由は何かと聞くと、めぐみんは私達の体験を箇条書きにしたメモ2枚を持ってきて
「いいですか、ゆんゆん。まず、さっきまでの議論から、あの怪物が魔物なのか悪魔なのかも分かりません。なので、これについては一旦保留としましょう」
「ですが!あの怪物がどちらにしても、もし魔王軍の幹部が送り込んできたものだと仮定するならば、やはり不自然なことがあります」
「不自然?不自然って何が?」
ピッと人差し指を立てて
「それは私達が、無事に生きて里に帰って来ているということです」
めぐみんが言った。
「もしあれが魔王軍の幹部の手下だとします。その場合、目的は紅魔の里の侵略ないし何かしら里を攻撃をする準備のためでしょう」
「ふんふん。それでそれで?」
「……ゆんゆんに尋ねますが、もしあなたが今から里を攻撃しようとしている前に自分の目撃者がいたらどうしますか?しかも、その目撃者が敵だと分かっているのですよ?」
「……!あぁ!そ、そうよね!普通目撃者を消すわよね!襲うことがバレるリスクなんて放置したくないし!!なら、私達が生きているってことは……」
「見逃してもらったか、そもそも敵じゃないか、二つに一つです」
さらに、と話が盛り上がってきたからか、めぐみんの目が紅く光り輝き始めながら。
「あの怪物がゆんゆんを担いで川に来たときに、ゆんゆんを石がある地面ではなく、わざわざ草が生えている場所に置いたということ。そして、私はともかくまだ小さいこめっこがいるにも関わらず、隠れていた私達の姿を確認しただけで去って行った」
「目と鼻の先まで瞬時に接近してくるスピードや、ゆんゆんを肩に担いで運んで来たことから、見た目通り力強さもあるはず。ですから、まだ小さな子どもがいる状況、そのまま私達3人を人質として捕まえることだって簡単だったはずです」
「さらに、私達を見逃してそれを尾行し、里の位置を把握した後で、奇襲をかける、なんてこともあの怪物はやれたはず」
「にも関わらず、私達を逃がしたどころか、今の今まで里を攻撃して来てはいない」
「これらのことを総合して考えると、あの怪物には、私達への敵意というものが無い。もしかしたら、私達人間と友好的な関係を築いていたのではないか、と判断できるはずです」
と、めぐみんが考えた推理を私に披露した。
ゴクっと唾を飲みこんだ私を見て満足そうに頷いためぐみんは
「結論をまとめましょう。今日私がなんとかなると言ったのは、あの怪物に関しては放置しても問題ないと考えたからです」
「そもそも敵意がない相手なんですから、あれが私達に拘る理由はありません。捜索に向かった父達が怪物と出会ったとしても、彼らに危害を加えることはない。私達の対応からして、あの怪物の方が先に逃げるのではないかと思うからです」
「また、もしこの里とは違う場所に別の目的があったのだとしたら、あれだけのスピードがあるのです。既にこの周辺にはいなくなっている可能性が高いのですから」
だから別に何の問題もないのだと、めぐみんは微笑みながら私にそう言った。
「な、なるほど!流石はめぐみん!私のライバルで、『紅魔族随一の天才』と言われているだけはあるわね!」
「ふっ。論理的に考えれば、これくらい当然ですよ。あなただって、普段通り冷静に考えれば気づけたはずです。……まぁ、その褒め言葉は貰っておきましょう♪」
ふっふっふっ!と胸を張りながら、ドヤ顔で嬉しそうにするめぐみん。
「よって!!ゆんゆんが気にしていた怪物の被害は考えなくてもよいのですから、このことを明日に探索から帰ってきた父達にこのことを伝える!あとは魔法陣のことが有耶無耶になってしまえばいい!脅威がないのであれば、わざわざずっと警戒する必要もありませんから、そのうち忘れ去られますよ!これで無事解決です!!よかったですね、ゆんゆん!」
「う、うん!なんだか気が楽になったわ!ありがとう、めぐみん!!」
普段の私なら、そんなことしていいの?!とか言うところであるが、背に腹はかえられない。
私はめぐみんの提案に乗ることにした。
「さて、結構遅くまで話をしてしまいましたね。もうそろそろ寝ましょうか」
「そうね!これで何も心配することはなくなったし、安心したわ!」
「そうですよ!別に誰かが危険な目に遭って帰ってくるとか、そんなことあるはずありませんし!」
「えぇ、そうね!誰かが被害に遭って、帰って来ない人が出てくるとか、そんなことあるわけないもんね!!」
「そうです!そうです!それに、たとえ放っておいたとしてもその内危険がないことが分かって、里のみんなも飽きて探索をやめることでしょうし!触らぬ邪神になんとやらです!」
すっかり安心した私は、今日の朝に感じた恐怖とか罪悪感が嘘みたいになくなっていた。
……身体が軽い!こんなに心安らかに眠るなんて初めて!!
「それじゃあ、おやすみ、めぐみん!」
「はい、おやすみなさい。ゆんゆん」
めぐみんが部屋の灯りを消し、布団に潜り込んだのを見て、既に布団の中に入っていた私も、スッキリした気持ちで目を閉じたのだった。
「………………ねぇ、めぐみん。これ、どうするの?」
「…………」
「ねぇ、めぐみん。めぐみん。これ本当にどうするの??」
「……………………」
「ねぇ……………ちょっと……どうするのよぉぉぉぉぉおおおーっ!」
目を閉じて、耳を押さえながらしゃがみこみ、『私関係ない』みたいな態度を貫くめぐみん。
「ちょっとぉぉ!?聞こえないフリしてる場合?!どうするの?!ねぇ、私どうしたらいい?!」
「…………自首すればいいのでは?」
「そ、そんなぁ?!ちょっと前までの、あの頼りになるめぐみんはどこにいったのよぉ!?考えてよ!!ちゃんと考えてよ!?どうしたらいいか一緒に考えてよ、ねぇ!!めぐみん!!!」
知らんぷりを決め込んだめぐみんの肩を、私はガクガクと揺らしながら必死にお願いしていた。
何故こんなことになったのか。
それは、私がめぐみんの家に泊まってから7日間の出来事のせいだった。
私達の為に編成された探索隊が、編成されたその日に地図を使って探索するエリアを担当する班と日時を決めて、一つ一つのエリアを効率よく、それでいて徹底的に探索出来るようにスケジュールを決めた。
探索を一日また一日と行っていけばいくほど、あの怪物がいたという痕跡が様々な形で見つかったらしい。
曰く、木の実がなる木がある場所で、その木に怪物が登るために出来た爪跡があった。
曰く、何かを探していたのか、つい最近出来たのであろう地面を掘り返された場所があった。
曰く、一撃熊やオークといった、この里付近で見かけられる魔物の死骸があった。
別に野生に生きる者たちなのだから、弱肉強食の世界からして、食う食われるがあり、食べ残しとなった死骸が残ることは多々あるためおかしなことではない。
ーーーおかしいのは、それらの死骸が全部、何か重たい鈍器のようなもので殴りつけられたり、頭を捻じ切られたりしていることだった。
明らかに食べる為ではなく、殺すために行われたことである。
極めつけは、フェンリルという水・氷を自在に操る魔物で、その脅威はベテランクラスの冒険者が全滅するほどであり、その強さから『森の覇者』と呼ばれているのだが
そんなフェンリルが2匹、両方の顔面が潰れた状態で並んでて死んでいたのを発見されたらしい。
死体がある場所が全く荒れておらず、固まった血溜まりの広がりかたから、片方の顔をもう片方の顔に向けて叩きつけたらしく、即死したと思われる。
恐らく番(つがい)だったのだろうその2匹の最後がお互いのキスで、味は血の味だったとか、なんて背筋が凍る話だろうと思う。
そして一番怖いことは、これだけ痕跡を残しているのに、噂の怪物を全く発見出来ないことだった。
痕跡からしてそう遠くでは活動していないはずなのに。
まるで、こちらの動きを全て把握しているかのような。
初日の探索から帰った族長達に、私達は『あの怪物は敵意がないから心配ない』と伝えたが、その時点でかなりの痕跡が見つかったため、怪物の目的が何なのか分からないなら、あまり楽観視することは出来ないのだと、至極当たり前の返事が返ってきた。
そして、これまで探索が続けられた結果がご覧の有り様というわけである。
これらの報告を受けた族長は、探索5日目には里中に厳戒態勢を敷き、まだ小さな子どもや学生、里に来ていた旅行者に、無闇に里の外に出ないように呼びかけた。
『こんなことは今まで生てきた中で初めてだ』と、里の中の年長者の1人が呟いた言葉が頭から離れない。
「ねぇ!!予想してたよりなんだか大事になってきたんだけど!!?め、めめ、めぐみん!わ、私のせいじゃないよね?!そうだよね?!……なんか言ってよ、お願いだからぁーーーっ!」
「…………………………」
7日前からどんどん状況が悪くなっていくことに、あれだけ自信満々だっためぐみんは今やまるで役に立たなくなり、それを見た私は余計にパニックになった。