『二人とも喧嘩はやめろ! 互いに謝れ!』
『ダメだ!!! 俺の方がスゲェ! 柱は俺だ!!!』
『そんなこと言って鬼を極限まで弱らせたのはしのぶさん、トドメを刺したのはカナヲちゃんだろぉ? それに引き換え俺は一人で倒したからなぁ〜! この時点で鳴柱内定済みってもんよ!』
『睦と弍じゃ雲泥の差だろうが! 柱は俺だ!!!』
『いいや俺だ!!!』
在りし日の出来事が鮮明に甦る。
そうだ、あれは確か最後の戦いから2年くらい経った頃だったか。善逸と伊之助が取っ組み合いながら喧嘩していた時があった。
発端は善逸が執筆した嘘っぱちの武勇伝、その一節。善逸が見事上弦の睦を討ち果たし鳴柱に就任した場面についてだ。
よせば良いのに善逸がわざわざ伊之助に善逸伝を読み聞かせたものだからもう大騒ぎ。禰豆子が買い物に出掛けていたのがせめてもの救いだった。
そもそもの話、善逸が上弦の睦を単独撃破したのは事実だが、善逸伝の中では何故かその対象が妓夫太郎に変更されていた。無限城で倒した上弦について頑なに詳細を語ろうとしなかった。
その理由については人伝に聞いていたので大雑把に把握しており、故に炭治郎がその件を深く追及する事は無かったが、それはそれで捏造もどうかと思う。
話が逸れたが、そんな経緯だ。二人の諍いはどんどん過激に発展し、やがてどちらが凄いか、という話になった。
その上で指標になったのが自分の倒した上弦がどれだけ強くて厄介だったか、という訳だ。取り敢えず伊之助が特に興奮していたので、彼の言い分を聞いてあげたのを覚えている。
「どうしたどうした。戯れは始まったばかりじゃないか。もっと"例の呼吸"を見せておくれよ。あっ! もしかしてもう肺が駄目になっちゃった?」
「ぐ、ぅ……!」
「苦しいよねぇ、辛いよねぇ。次はもっと優しく迎撃してあげるから頑張ろう!」
(すまない伊之助。あの時少しでも疑ってごめんな)
伊之助は恐ろしいほど正確に、童磨の脅威を炭治郎へ伝えていた。強大且つ凶悪な血鬼術は勿論のこと、身体能力もまた条理から逸脱している。
相対して一番に放った『円舞一閃』は間違いなく童磨の不意を突いていた。その後に繰り出した『烈日紅鏡』も悪くない速度で、隙の糸もしっかり捉えていた筈。だがそれらはあっさりと躱された挙句、軽い反撃すら躱しきる事ができなかった。肺の調子がおかしい。
奴の血鬼術が氷の粉を撒き散らすものであるのは既に知っている。だが想定していたよりも範囲が広く、細かい粒子で構成されている為に、炭治郎の感知能力で完全に捉えるのはほぼ不可能。
自慢の鼻も冷気で凍りつき、その長所の大部分を失っている。
たった一瞬、血鬼術を浴びただけで炭治郎の強みの殆どが封殺されてしまった。
しかも童磨は全く本気を出していない。
(あまりにも戦い辛い! 鬼の首を斬るにはどうしても近付かなければならないのに、宙に漂う氷の粉が邪魔過ぎる……! ただでさえ奴自身の速さを捉えるのでやっとなのに……!)
「ほらほら、近付かないと俺は斬れないよ。もっと積極的においでよ」
隙だらけにしか見えないのに、全く隙がない。
いや、自分の身体能力ではどう足掻いても童磨の動体視力と迎撃を振り切る事ができないのだ。近付いても血鬼術を躱すので精一杯になってしまうのは目に見えてる。せめて無限城で戦った時と同程度の肉体さえ有れば……。
(無いもの強請りをしても仕方がないだろ! 今ある手札で勝つんだ!)
「あらら来ないのかい? なら俺から行くね」
童磨が扇を振るえば空気が凍て付き、宙に蓮が咲く。生え出た蔓は恐ろしく正確な精度で炭治郎を絡め取ろうと伸縮し迫る。
一度でもアレに囚われてしまえば勝負は決してしまう。そんな予感めいた焦燥が頭を埋め尽くした。回避ではダメだ。迎撃するしか無い。
── ヒノカミ神楽 日暈の龍 頭舞い
灼熱を纏った斬撃で広範囲を薙ぎ払い、氷粉ごと蔓を散り散りに消し飛ばす。さらにその勢いを殺さず『生生流転』の要領で舞の速さを加速的に増幅させていく。
迎撃だけでは此方が只管消耗するだけだ。反撃に転じる必要がある。ならば、その両方を一度にこなしてしまえばいい。血鬼術を突進で打ち破り、童磨の首を狙う。
「良い動きだ! やるね」
(いけるッ! 鬼の首を切断できるッ!)
龍の畝りが如き舞から繰り出された渾身の一撃は、容易く扇に阻まれる。悲鳴嶼行冥ほどの剛腕であれば童磨の迎撃も突破できたかもしれないが、炭治郎ではどうひっくり返っても鬼の腕力に敵う筈もなく、あっさりと弾き飛ばされた。
(動きと呼吸の質は良いけど、身体がそれに全く追い付いていない。不思議だな。まるで大人の知識を持った赤子のようだ。可哀想に……これからどんどん強くなれただろうに、俺と出会ってしまったばかりに)
炭治郎の位置は既に血鬼術の射程内。しかも未だ滞空しており、体勢も崩している。確実に致命傷を与えるに足る状態。
若き命を散らす少年に哀悼を示しつつ、扇を翻す。
『凍て曇』は瞬間凍結に秀でた技。まともに浴びれば戦闘続行は絶望的だ。
だが炭治郎は退かなかった。僅かの間に空中で体勢を立て直し、童磨へと照準を定める。元から弾き返されることなど想定内。童磨の首を狙うのは二段構えの型だ。
途端、童磨の動作に鈍りが生じた。なまじ身体能力が高いので、僅かな違和感を見過ごさない。否、見過ごせなかったのだ。
日輪刀に陽炎を纏う。
(おや? 刀身が揺らいで──)
── ヒノカミ神楽 飛輪陽炎
噴き上がる鮮血とともに童磨の視線が真上を向いた。これには然しもの童磨も自らの身に起きている事態を把握するのに数瞬の時を要した。
灼けつくような痛み。どこを斬られた?
首だ。切先が首を掠めたのだ。あと拳一個分でも深く斬られていれば完全に切断されていたかもしれない。
「おかしいなぁ。あの距離だと当たらないと思ったんだけど、まるで刀身が伸びたようだった。面白い技を使うんだね! それに俺に一太刀入れてみせた! 何の意味も無かったけど褒めて然るべきだ」
惜しみない賞賛のつもりなのだろう、童磨は愉快そうに手元で扇を弄んでいる。にやにやと此方を侮る顔は変わらない。
着地と同時に改めて距離を取り日輪刀を構える。弱音を吐き出しそうな程の絶望が背筋を伝うが、勇気と怒りで無理やり抑え込んだ。飛輪陽炎で仕留められなかったのはかなりの痛手。僅かに実力と運が足りなかった。
(他の手を、考えなくては……! 幾ら俺を侮っているからって、二度は喰らってくれない筈だ。何でもいい、打開策を)
童磨の血鬼術を都合よく突破できる技なんてそうそう無いし、何よりあの鬼はヒノカミ神楽をじっくり観察している節がある。いずれ通じなくなるかもしれない。
場所を移して奇襲するのも手だが、そもそもこの『路地裏』という戦闘状況は炭治郎にとって有利に運んでいるのだ。自分が動き回れるだけの道幅は確保できてるし、何より一般人が滅多に来ないだけで、戦い易さは全然違う。もし何かの拍子に大通りに出てしまう事があれば大惨事だ。此処で食い止めたい。
「いやはや愉快愉快。こんなに楽しい戦いは少し前に花の呼吸を使う子を殺した時以来だよ。あのお方には改めて感謝しなければ。普段はこんな大命を任せされる事が少ないからなぁ、こういうのは大抵、黒死牟殿か猗窩座殿がやってるんだよねぇ。まあ今回はその黒死牟殿が何やら
「黙れ。どうでもいい」
心の奥底から湧き上がる激情に身を震わせる。後半の言葉は頭に入ってこなかった。
「お前が楽しんで殺した花柱は、俺の大切な人達のお姉さんだった人だ。何故お前達は悪戯に人の命を奪い、あまつさえ弄ぶ? 命を何だと思っている?」
「おいおい一言一句違ってるぜ。俺は命を尊重してるさ、なんなら長生きしてほしいと思ってる。だから骨まで食べてあげて、この不死の身体と共に永遠に生き続けられるようにしてあげてるのさ。それに花柱の子だって、戦いが楽しかっただけで殺し自体を愉しんでたわけじゃ無いよ」
やはり理解できない。脳が理解を拒んでいる。
「寧ろ残念だったなぁ。彼女、優しくてかわいかったし、きちんと食べてあげたかったよ。運悪く朝日が昇っちゃってねえ。でもあの子って妹が居たんだ! そうかそうか、きっとあの子に似てかわいいんだろうなぁ。いつか会ってみたいね」
「その必要はない。お前は今日ここで塵になって消える。お前のような醜悪な鬼を野放しにはしない」
「相変わらず威勢が良くて嬉しいね! だけどごめんね、もうそろそろ終わらせないとあのお方がカンカンだからさ」
無惨が何らかの信号を送っているのだろうか、若干の顰めっ面で頭を叩く童磨。そして、消えた。
「……ッ!」
「っと、躱したか」
直感に従ってしゃがむと同時に、頭上を扇が切り裂く。動きが全く見えなかった。
即座に振り向き様に刀を振るうが案の定当たらず、悠々と扇を振り下ろす童磨の姿。これは躱せない。正確には、扇の一撃に付随する血鬼術が躱せない。
炭治郎の決断も早かった。被弾覚悟での反撃を試みる。
結果として、一連の攻防を制したのは炭治郎だった。
童磨の腕は切断され宙を舞い、炭治郎の斬撃が胴を一刀の元に両断。予想外の横槍に童磨は接敵を中止し、一足飛びで距離を取った。顎に手を遣り、飛び出た内臓を逆再生のように仕舞っていく。
「……何を背負っているのかは気になってたけど、まさかそんな可愛い女の子を入れてたんだね。しかも鬼か。妹さんかな?」
「禰豆子!」
道具箱を突き破り、手刀で童磨の凶刃から炭治郎を守った。もし禰豆子の横槍が無ければ今頃は再起不能に陥っていただろう。
九死に一生を得たが、状況は更に悪化した。変に禰豆子を庇いながら戦えば、あっという間に童磨に一網打尽にされてしまうかもしれない。
「へぇ、人間と共に行動する鬼か……。興味深いけど、あまり良くないね」
「オイこっちだ! あの変な帽子を被ってる野郎が鬼だぜ! 囲め囲め絶対逃すな!」
童磨に対して極限まで集中力を割いていたからか、第三者の接近に全く気付かなかった。周りを見渡せば十数人の鬼殺隊士が次々と童磨を包囲している。同じ任務に当たっている同僚達だった。
童磨のあまりの存在感に気を取られており、禰豆子が鬼である事は気付いていないようだ。
「遅くなっちまった、すまねェ炭治郎。一人でよく持ち堪えてくれたな」
「君は……この任務から降りたんじゃ……」
「気が変わったんだよ。それに、お前はどうも引く力が強いように見えたからな、泳がせて様子を窺ってた方が鬼に近付けると思った」
悪びれた様子もなく包囲網に加わっている先輩(仮)
彼曰く、炭治郎の後をこっそり尾行していたわけだが、童磨との戦闘が始まると同時にその場を離脱。戦力を集結させるべく散らばっていた鬼殺隊の面々に声を掛けるため奔走していたとのこと。
「そして引いた鬼が上弦の弍か……やっぱり只者じゃないなお前。俺の判断に間違いはなかったって話だ。こいつを倒せば一気に昇進! 下手すりゃあ柱にすらなれるかもしれねェな!」
「だ、ダメだ! よせ! 上弦が相手では闇雲に人数を集めても……っ」
「怪我人は引っ込んでろ。大勢で一斉に叩けば強い鬼も殺れるさ。いくぜお前らァ! 手柄は山分けだ!」
「お、おう!」「やってやるぜ!」「仲間の仇!」と、各々思い思いに威勢よく雄叫びを上げて童磨へと突撃する。多人数で少数を叩くのは戦の常道であり、対鬼での戦闘でも間違った話ではない。
結束という強みこそ、鬼殺隊が鬼に対して優位に立てる数少ない要因である。
上弦の前には無意味だ。
十数人の鬼殺隊士は、一瞬にしてその大多数が氷漬けとなり、戦闘能力を消失した。童磨が横に侍らせているのは氷の巫女像。それの発する吐息が広範囲を瞬く間に凍結させたのだ。
「冷たッ!」
「なんだ!? 俺たち何された!?」
「うーん、女の子は居ないのか。残念だなぁ」
(まずい……!)
氷に囚われた隊士達に対して、童磨はあっさりとした様子で扇を振り上げた。彼等の頭上に冷気が渦巻き、鋭利な三角錐が高速で生成されていく。
氷柱、それも天を埋め尽くす大量の。一網打尽にする気だ。死人が出る。それも沢山、大勢死ぬ。
脳からの信号の一切合切を無視し、炭治郎は自らの身を死地へと投げ出した。
(いけるか!? これだけの広範囲を果たして『灼骨炎陽』で──いや、受け切ってみせる。俺の目の前でむざむざと人を死なせてなるもんかッ!)
「禰豆子! 後ろ4人を頼む!」
「……!」
豪雨の如く降り注ぐ氷柱を真っ向から迎え撃つ。灼熱の炎をまとった高速回転斬りを放ち、縦横無尽に駆け回りながら隊士の安全を確保しようと奮戦。
禰豆子もまた、氷柱を砕き、時には身を挺して人を守ろうと奮起する。
炭治郎はやり抜いた。上弦の弍による猛攻全てを捌き切り、一人の死者すら出さなかった。「どうせみんな殺されちゃうから無駄なのに」なんて事を言いつつも、その愚かさを貫き通したのは賞賛に値すると、相変わらずの巫山戯た様子で拍手喝采を送る。
「た、炭……治郎……!」
「少し前に、俺の鎹鴉が飛び立ちました。もうすぐ増援が、もしかすると柱が、来てくれると思います。お願いします、ここにみんな居ると……奴の血鬼術の正体を……どうか、伝えて欲しい!」
比較的炭治郎の近くに居た事で凍結の度合いが軽く、禰豆子に救われた為無傷な先輩(仮)に懇願する。もう増援に望みを賭けるしか窮地を脱する手段が見つからなかった。失血で頭がクラクラする。
腕と腿の裂傷が酷い。右腕に至っては氷柱が貫通していた。以後、満足に刀を振ることは難しいだろう。オマケに肺もやられたらしく、呼吸をするたび血が込み上げてえずきたくなる。
それでも最後まで抗ってみせる。
その僅かな時でなるべく多く童磨に斬撃を叩き込んでやるのだ。自分が立っている時間だけ他のみんなが助かる可能性は高くなるから。
勿論、禰豆子だって死なせない。炭治郎の代わりに前に出ようとする禰豆子を必死に押し留める。
「クソ……! 死ぬなよ炭治郎!」
先輩(仮)が走り去るのを見送って、改めて構える。
増援を待とう。だが、勝利は諦めない。
「可哀想に……そんな身体でよく頑張ったねぇ。偉いねぇ。もう立つだけでも苦しいだろう? "例の呼吸"もたくさん観察できたし、結構楽しめたよ。じゃあ、そろそろ終わらせて──ッと」
円舞一閃での正面からの奇襲。負傷により威力は大きく削がれているものの、これが今の炭治郎に出せる最大限且つ最後の一撃だった。それすらも童磨の驚異的な反応速度で抑え込まれるが、構わない。
腕から血が噴き出る程の力で日輪刀を振り抜かんと、童磨を後方へと押しやっていく。傷付いた者達から引き離すのだ。最大限、精一杯に。
「禰豆子──ッ! みんなを連れて逃げろお──ッ!!」
「まだまだ元気だね!」
二対の扇から強烈な冷気が迸り、目に見える程度の氷の粒子が鋭利な刃物となって飛散する。ある程度の規則性を持っているようで、より広範囲に殺傷能力を撒き散らすように動いているのが分かった。
つまり、時間をかければ逃げ場を潰される。
(伊之助は持ち前の感知能力で、カナヲは特別な目で観察して、この猛攻を掻い潜ったんだろう。俺は二人のように上手く出来ないけど、諦める理由にはならない。よく見て、よく感じて、判断するんだ)
特別というなら、炭治郎もそうだ。彼の視覚は至高の領域へと到達している。常時万全の状態で使える訳ではないが、それでも童磨の筋繊維の動きを逐一確認する事くらいなら可能だ。
奴の狙いを見定めて、一番被害の少なくなる場所へと突貫するのだ。
(見極めろ──見、極め──)
ひやり、と。全身に冷たい悪寒が走る。
身体が回避は無理だと判断したのか、それとも氷で全身を引き裂かれたのか、一瞬判断がつかなかった。
そして視界は暗転した。
「……あれ?」
困惑の声。自分ではない、童磨のものだ。
炭治郎もまた異変に気付いた。視界が暗転しているのに、一向に意識が無くならない。目をしっかり見開いている筈なのに情報を捉えることが出来ない。
恐らく、童磨もそうなのだろう。
「来い炭治郎ッ! こっちだ!」
自分を呼ぶ声がする。聞き覚えがある。
彼を知っている。だが彼が自分の名前を呼ぶ筈がないのだ。この世界で会うのは初めてなのに。それでも信用に足るのは確かだ。
暗闇へと手を伸ばし、彼の手を掴む。途端に視界が開け、炭治郎は暗闇から解放された。血鬼術が解けた……いや、別の血鬼術による上書きだ。
「愈史郎さんっ!」
「あんなのと真正面から戦う阿呆が何処にいる! 今すぐ此処から離脱するぞ! 珠世様の血鬼術とて、あの化け物相手に長くは保たん!」
しのぶ「あなたみたいにやる雰囲気だけだして何もしない人が一番迷惑なんですよね」
先輩メンタル「ブツン」
炭治郎と戦ってる間ずっとニコニコしてる童磨さん。なにわろてんねんって無惨様も思ってるよ。