刃は儚き未来の為に   作:とるびす

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前だけ向いて進め

 

 

 

 

(なんなのだこの餓鬼は)

 

 胸を抉る横薙ぎの一閃。灼ける痛みは無いが、かつての記憶(トラウマ)を思い起こさせるだけなら十分な威力。怒りよりも先に、焦燥と困惑が先行した。

 自分の足取りを探る鬼殺隊の連中を躱しつつ、こんな辺鄙な場所までわざわざ自ら出向いてやったのだ。長年の悲願と永劫の安全を秤にかけて、ギリギリ自分が納得できるラインでの()()()()行動だったはずだ。

 

(何故だ。ふざけるな。何故、こんな場所であの男を思い出さねばならんのだ)

 

 ──命を何だと思っている? 

 

(鬱陶しい、煩い、黙れッ!)

 

 背から数本の細い管が生え出た。腕による鞭打より威力は数段落ちるものの、人間を相手取るには十分過ぎる。さらにその数は余りにも驚異的。

 初見殺しにも優れており、どれだけ集中していたとしてもそれを予め予見する事はほぼ不可能であろう。

 

 だが炭治郎は知っていた。さらには見えていた。

 無惨による不意打ちすらも身を捩りながら跳躍することで何とかギリギリのところで回避し、更なる型へと技を繋げる。

 

 

── ヒノカミ神楽 碧羅の天

 

── ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

 垂直方向の強烈な斬撃は無惨の管を全て叩き落とし、間髪を入れず懐へ手斧を素早く振るう。日輪刀であれば切断に至っていただろう。慢心動揺と、要因は多々あるだろうが、無惨らしからぬミスだった事は間違いない。

 無惨を驚愕させたのは炭治郎の使っていた得物が只の手斧であった事、そして微かな音を鳴らし宙を揺蕩う太陽を模した耳飾り。

 

 嫌でもあの化け物に姿が重なってしまう。技は稚拙で動きも貧弱。冷静に対処すればすぐにでも殺せる筈なのだ。

 だが、万が一。万が一にでも、目の前の餓鬼が縁壱と同じ類の化け物である可能性があるのなら……。

 

 無惨は背を向け逃げた。

 

 あまりにも決断が早すぎる。まさか今の自分を前にしても逃げ出すのかと、無惨の性質を把握している炭治郎ですら呆気に取られかけた。

 だが許してなるものか。

 

(無惨が逃げる……ッ!)

 

 素の脚力では決して敵わない。まだ距離の開いていない今しか、奴に攻撃を叩き込む事はできないのだ。

 一撃で仕留める事はまず不可能。ならば、奴の足を止める他に選択の余地はない。

 陽華突── いや、手斧で刺突は無理だ。リーチも足りなかった。

 

 炭治郎に残されたのは投擲による切断のみ。

 昔から何かと投擲が得意だった炭治郎。数多の鬼達との戦闘においても大一番の場面で活躍してきた攻撃方法の一つだ。

 

 柄先を掴み大きく振りかぶる。手を離れた斧は勢いよく回転しながら無惨へと迫る。

 狙いは脚。無惨の機動力を削ぐのだから脚一本くらい切断しないと話にならない。

 

 逃がさない、絶対に。

 

「逃げるなぁぁッ! 戦えぇぇぇ!!!」

 

 斧は炭治郎の狙い通り、寸分違わず無惨の裏太腿を捉えた。今打てる全ての手段を駆使した最高の追撃だった。それは間違いない。

 だがそれでも、不可能なものは不可能。これが現時点での炭治郎の限界である。

 

 刃は無惨の肉に食い込む事なく砕け散った。

 あまりに残酷な幕切れだった。

 

「そんな……!」

 

 呼吸でブーストのかかった斬撃なら兎も角、手から離れてしまえば無惨にとっては只の鉄屑に等しい。やはり炭治郎には全てが足りなかった。

 

 無惨の背中がみるみる遠ざかっていく。吹雪のカーテンへと消えようとしている。

 炭治郎はそれを見送るしかなかった。

 

 

「鬼舞辻無惨! 貴様だけは何度殺そうが、何度生まれ変わろうが絶対に許さない!」

 

 既に肺も喉もズタズタだ。呼吸すら満足にままならない。それでも炭治郎は嗚咽混じりに叫び続けた。無惨の匂いが消えるまで、ずっと。

 

「もうお前の好きにはさせない! させてなるものか! 何度逃げ果せようとも、俺はお前をどこまでだって追い掛ける! 絶対に、好きにさせるもんかっ!」

 

 これから無惨は──配下の鬼達は、柱を始めとした自分の大切な人達を殺していく。

 煉獄さん、しのぶさん、時透くん、玄弥、悲鳴嶼さん、甘露寺さん、伊黒さん、珠世さん……お館様にその家族、同じ釜の飯を食べた仲間達、罪なき一般人。

 

 あまりに多すぎる。

 無惨さえいなければ、彼等にもまた『明日』があった筈なのだ。奪われずに済んだ筈の未来。

 今死にゆく家族だって──。

 

「俺は一人でも多く救ってみせるぞ! お前がどれだけ策を弄そうと、その全てを乗り越える! 覚えてろ! 忘れるな無惨! 俺は今お前が殺した家族の長男だ! 竈門炭治郎! お前を殺す者の、名前だッ!!!」

 

 もう聞こえてはいまい。

 声が届いていたとしても、無惨が意に介す事はない。

 

 それでも叫びたかった。それしかこの怒りと無力感を振り切る方法がなかったから。

 只管、泣き叫ぶしか。

 

 

 

「ごめんなぁみんな……俺が弱いばっかりに、ごめんなぁ……」

 

 母と竹雄の手を握りながら涙ながらに語り掛ける。既に六太、茂、花子は事切れており、禰豆子は昏睡状態に陥っている。鬼に変えられている最中なのだろう。

 今際の時を見守る事すら出来なかった事に、炭治郎はまたもや絶望を感じた。

 

「……姉ちゃんがさ」

「竹雄?」

「いきなり飛び起きたと思ったら、俺たちを見て急に泣き始めたんだよ。それで戸惑っちゃってさ、しかも姉ちゃん、今すぐ起きて逃げろって、言い出して」

 

 最初、竹雄が何を言ってるのか要領を得なかった。

 だが確かに、言われてみれば家族が襲撃されている場所がやや違う。本来なら禰豆子と六太を除いて、他の皆は家屋の中で殺されていた。だがここは屋外、庭先だ。

 

 そしてその原因は、禰豆子が注意喚起を始めたからだ、と竹雄は言う。

 

「姉ちゃんの言う事、すぐ聞けば良かった……。みんなを連れて逃げてれば、こんな事には……ごめん、兄ちゃん。俺、みんな、守れ……」

「ああ、竹雄。そんなこと言うな。お前は強くて優しい子だ。ありがとうな……ごめんな。本当にごめんな……」

 

 竹雄の目から光が消えた。

 そっと頬を優しく撫でた後、母へと視線を向ける。自分が腹を痛めて産んだ最愛の子供達が一人と一人と死んでいく様を、瀕死の状態で見ていたのだろう。

 なんという地獄だろうか。母親のことを思うと、自分のこの辛さすらちっぽけな物に思えてしまう。

 彼女もまた、事切れる寸前だった。

 

「炭治郎……まるで、お父さんみたいだったわ」

「俺、父さんの代わりにみんなを守ろうって、決めてたのに……守れなかったよ。ごめんよ、出来損ないの長男で……!」

 

 炭治郎の懺悔を母は頬に手を当てる事によって諌めた。そして縋り付くように言うのだ。

 

「置き去りにしてごめんね、炭治郎。禰豆子を、頼むわね……」

 

 

 

 

 夜が明ける前に、家族の埋葬を済ませた。結局何も変えられなかった事を悔やみ抜きながら、何度目か分からない涙を流しながら。

 途中、意識の覚醒した禰豆子に襲われかけたが、やはり禰豆子は炭治郎を食うには至らなかった。やがては呼び掛けに応じて大人しくなり、家族の墓前にちょこんと座っている。

 

 禰豆子の為に竹製の口枷を作っている最中、炭治郎は一つの事について考え込んでいた。というのも、竹雄が最期に言い残した言葉についてだ。

 

(禰豆子は家からみんなを逃がそうとしていた。恐らく、鬼舞辻の襲来を予め知ってたんだ。……俺と同じく、禰豆子にも未来の記憶が?)

 

 判断材料があまりにも少ないが、こう考えるのが一番納得できた。しかし何故彼女にも記憶があったのだろう。他の家族や無惨には無いように見えた。

 いや、そもそも今自分の身に起きている現象自体があまりにも不明瞭。一応の仮説としては自分の人生を逆行したと定めたが、あくまでも仮定。考察の余地はある。

 

 取り敢えず「偉かったなぁ、禰豆子」と。褒めそやしつつ禰豆子の頭を撫でながら、さらに考えを深めた。

 

 なんにせよ、原因の究明には自分一人だけの力じゃ不可能だろう。それこそ有識者として知恵が必要だ。珠世やその付き人である愈史郎と接触できれば、何か情報を得られるかもしれない。

 

 と、その前に──あの人が居る。

 やはり、今回も来てくれた。自分の兄弟子であり、最後まで頼れる存在だった水柱。

 音もなく背後に佇んでいたのは冨岡義勇その人だった。読み取りづらい表情で自分と禰豆子、そして家族の墓を交互に見ている。

 

 こうしてまた義勇と会えた事は、疲弊し切っていた炭治郎の心に僅かな温もりを与えてくれた。ただただ単純に嬉しかった。

 

「そこの女は……鬼か」

「そうです、妹は鬼にされました。でも人は食べません! 本当です」

「信じられない。そこの墓は家族の物か。妹が殺したのではないのか?」

「違います。家族を殺したのは……鬼舞辻無惨。妹を鬼にしたのも、そいつです。この目でしかと見ました」

 

 僅かに目を見開く。

 この少年……やけに鬼についての知識がある。鬼舞辻の名前も知っている。いや、そもそも何故この少年は無惨と相対して生き残っているのか。それが分からない。現鬼殺隊の隊士に鬼舞辻と接触した者はおらず、というのも隠匿する奴との接触は現状ほぼ不可能であり、出会えたとしても生きて帰った者はいないのだ。

 

 もし目の前の少年が真実を話しているのだとしたら、それは鬼殺隊にとって値千金の情報になるだろう。

 

 だが喋る事が嫌いな義勇である。取り敢えず今やるべき事を先に為そうと刀を抜いた。

 それに反応して禰豆子が炭治郎を庇うように前に進み出ようとするので、炭治郎はそれを必死に腕で制していた。

 

「人を喰わない鬼などいない。だから鬼の首は刎ねなければならない。お前の妹も、勿論例外ではない。それが俺の仕事だ」

「禰豆子が例外でなければ、今頃俺は喰われて死んでいる筈です。俺が今も生きている事が、何よりの証左です。……禰豆子は他の鬼とは違う」

「──」

 

 鬼気迫る勢いで時折咳き込み吐血しながらも炭治郎は必死に義勇へと訴えた。禰豆子は心配そうに寄り添うだけ。

 

 そう言って鬼に食われた人間は星の数ほどいる。実際に見たことすらある。特に鬼になった直後は極度の飢餓状態にある事が普通。一番に狙われるのは家族だ。栄養価が高いから。

 しかも禰豆子は怪我を負っている。傷が治っていないのを見るに、鬼に成り立てなのだろう。すぐにでも人の血肉にありつきたいだろうに。

 それでも人を喰おうとする素振りすら見せないのは、確かに尋常ではない。

 

 流石の冨岡もこれには考える時間を要した。炭治郎の言い分には一理ある。だが、禰豆子が人を喰ってからでは遅いのだ。

 

「……仮に俺がお前の妹を見逃すとしよう。その後、お前はどうするつもりだ? 鬼である妹を山奥にでも隠しておくつもりか」

「禰豆子と俺はいつでも一緒だ。一緒に鬼舞辻を倒します! そして禰豆子を人間に戻す!」

「言うだけなら簡単だ。お前が口にした道は険しいどころの話ではない。我々──鬼殺隊も簡単には受け入れられないだろう。それは理解しているのか?」

「勿論です」

 

 即答であった。

 現に炭治郎はその辛さを何度も味わっている。刀を握ってからは地獄の毎日だ。

 今でこそ尊敬している柱の面々だが、彼等ですらほぼ満場一致で「禰豆子は処断すべし」との決断を初対面時には下している。

 信頼とは時間と実績をかけて積み上げていくものだ。それをまた一からとなると、やはり生半可なことではない。

 それら全てを完全に理解したうえで、炭治郎は言い切った。即答したのだ。

 

 義勇もまた凄腕の剣士である。

 貧相な筈の炭治郎から感じる、得も言われない雰囲気に感心していた。今言ってる事がハッタリでない事も分かる。それに何故だか炭治郎は初対面である筈の自分を信頼しているような節があり、少しばかり戸惑ってもいた。

 

 変わった兄妹だ。人を喰わない鬼、雰囲気だけは一丁前の見込みある子供。予感めいたモノを感じざるを得なかった。

 それどころか、彼ならば()()()()()()()()()()を埋める事ができるかもしれないと、心すら躍らせていた。

 

「……分かった」

 

 義勇は刀を収めた。

 

「お前を信じよう。名前は?」

「あ、竈門炭治郎です。えっと、ありがとうございます。信じてくれて」

「……お前は鬼について詳しかった。ならば鬼殺隊について知識もあるだろう」

「ええ、それは。入隊するつもりですから」

「……そうか」

 

 やはり義勇との会話は難しい。

 

「狭霧山の麓に住んでいる鱗滝左近次という老人を訪ねろ。冨岡義勇に言われて来たと言えば、悪いようにはされない」

 

 そう言い残すと、義勇は瞬く間にその場から駆けて行ってしまった。一見無愛想のようではあるが根はとても誠実な人だ。

 見ず知らずの自分達にここまでの施しを与えてくれるのだから。炭治郎の心は感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

 深々と頭を下げた。

 

 

「……行こうか。禰豆子」

「むー」

 

 降り積もる雪を一歩一歩踏みしめる。途中、何度も生家と先程まで生きていた家族の墓を見ながら、悔しさを噛み締めて。

 歯を食いしばれ。前を向け。

 

 足を止めて蹲っても時間の流れは止まってくれない。ともに寄り添って悲しんではくれない。

 

 振り返らずに進め、炭治郎。

 前だけ向いて叫べ。




生殺与奪の権イベントは発生しませんでした。義勇さん、自分で勝手に色々と察した模様

『炎』(ほむら)好きです
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