刃は儚き未来の為に   作:とるびす

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強くなる為に

 

 

 

 ひとまず麓にて前回と同じように籠と竹組を購入して、禰豆子を背負い持ち運ぶための箱代わりとする。また羽織の中に包丁と手斧を隠し持つことで即席の武器とした。人々に誤解されそうな装備ではあるが、四の五の言う余裕はないのだ。

 

 鱗滝の下に向かうだけなのに何故武器が必要なのか。答えは単純で、鬼を退治するからだ。前の時間で自分と禰豆子が初めて倒したと言っても過言ではない鬼、御堂で三人の人を食い殺していたあの鬼である。

 自分が早く御堂に到着して鬼を倒してしまえば、あの人たちを助けられるかもしれないと思い、最低限の準備を整えて行動を起こしたのだ。

 

 救える人間は救ってみせる。

 自分が過去に戻った事で救われる人が増えるなら、それに越した事はない。なるべく多くの人に在った筈の未来を与えたい。

 それがこの世界における炭治郎の行動理念だった。

 

 

 結果としては上手くいった。

 呼吸の力で山を駆け上り日没直後に御堂に到着。隠れ住んでいた鬼と戦闘になり、これを打ち破った。あとは斧で首を切り離し、木に吊るして固定すれば終わりだ。なお身体は崖下に叩き落とした。

 じきに昇る日光があの鬼を消滅させてくれるだろう。

 

 血鬼術を使えない鬼相手だったとはいえ、今の状態で安全に勝利する事ができたのは僥倖と言える。禰豆子の手を借りずに倒せたのも大きい。前回は頼り切りだったから、今回こそしっかりと守ってあげたかった。

 懐っこく身を寄せる禰豆子の頭を撫でる。

 

「上手くいってよかった。やっぱり日輪刀がないと万が一があるからなあ。"常中"もままならないし、早く元の水準に身体を持っていかないと」

 

 全集中の呼吸"常中"。あれを使えるのと使えないとでは雲泥の差だ。

 何より、極めれば昨日の自分より確実に強くなれる。無惨や上弦の鬼達と戦うなら早期の習得が必須といえよう。

 その為には身体と肺活量を鍛えなくては。

 

 それと鱗滝か鋼鐵塚のどちらかから日輪刀を頂戴した後になるだろうが、どこかのタイミングで刀鍛冶の里に赴いて縁壱零式の中に隠されている日輪刀を受け取りたい。勿論、小鉄少年の許可を得てからになるが。

 やはりあの刀が自分に一番馴染んでいる気がする。

 

 それに加えて一人でも多くの人を救いたいから、やはり鬼殺隊への入隊もなるべく早い方がいい。あと柱を始めとした隊士達との友好を今まで以上に深めたいし、善逸や伊之助が平穏無事に暮らしているかも気になる。珠世さん達との接触も急務だ。それに──それに──……。

 

「やる事が多すぎる……!」

 

 第二の人生らしきものが始まったばかりだというのに多忙が極まっている。あまりの過密さに目が回りそうだ。

 炭治郎は自分の頬を軽く叩いた。ひとまず物事の順序を決めて一つずつしっかりこなしていくしかない。全てをやろうとしてどれかが疎かになってしまえばそれこそ本末転倒というもの。

 

 そんな事をぼんやりと考えている間に朝日が昇った。お堂に巣食っていた鬼は日光に焼かれて消失し、塵芥のみが残る。

 

「禰豆子。日光に当たると危ない。籠の中にお入り」

 

 念のため日陰にて一緒に待機していたものの、万が一があるといけない。禰豆子を籠の中に戻し、ふと御堂の方へと目を向ける。

 

 鬼が消滅する様子を炭治郎と同様に陰で見届けていたのだろう、天狗の面を付けた還暦を過ぎる程度の老人が御堂の裏から姿を現す。

 その姿を認めた炭治郎は、地面に腰を下ろし、静かに居住まいを正した。

 

「冨岡義勇さんに紹介されて此処に来ました。俺たちのことをご存知でしょうか」

「うむ、義勇から話は受けてある。出迎えに来たところ鬼と戦っているのが見えた。随分と手慣れているようだな。傷一つ負うことなく鬼を殺すとは」

「……」

 

 貴方のおかげです、と伝えたかった。それほどまでに鱗滝左近次という男への炭治郎の感謝と尊敬の念は強かった。

 一瞬、自分の置かれている状況の全てを話したくなる衝動に駆られたが、慌てて抑え込む。未来が分かるなどと宣い異常者と見做されては全てが終わりだ。

 

 もっとも、察しのいい鱗滝の事だ。今のやり取りだけで炭治郎が何かを隠していることぐらい容易に把握しているだろう。

 気を取り直すように炭治郎は口を開く。

 

「しかし今のままではいずれ鬼に殺され、仇を討つことなど夢のまた夢……。何卒、鬼殺の極意を伝授していただきたく──」

 

「炭治郎。妹が人を喰った時お前はどうする」

「禰豆子は人を食べません。決して」

 

 不意打ち気味の質問だったが、炭治郎も即座に切り返した。しかしそれは回答ではない。

 炭治郎と鱗滝の視線が交差し、辺りを沈黙が支配する。鱗滝からの圧を炭治郎は永劫不変の意思を示すかのように、気迫で押し返さんとする。

 

 そして言葉を紡いだ。

 

「──もし万が一、禰豆子が人を喰ったなら、その時は俺が自らの手で禰豆子の首を斬り、俺自身も腹を切って方々(ほうぼう)へとお詫びします」

 

 覚悟は決まっている。とうの昔に。

 

 

(判断が早い)

 

 大いに感心した。決断力に優れている。

 鬼を不用意に痛め付けず、慈悲を以って倒す炭治郎の姿を鱗滝は観察していた。鬼狩りを生業とするには優し過ぎる気もするが、それもまた上手い具合に己の強さへと昇華している。

 義勇からの手紙の通り、この兄妹は特別なようだ。

 

 鬼殺の隊士としての資格は十二分にあると、既にこの時点で鱗滝は見抜いていた。

 技術と才能の底も知れない。唯一認められる欠点としては、フィジカル面の弱さくらいか。

 それはこれからの扱きで改善できるだろう。

 

 軽く見積もって錆兎以来の逸材──若しくはそれ以上。この少年ならば最終選別を突破することも可能かもしれない。弟子の育成に関して深い絶望を感じていた鱗滝をしてそう思わせるほど、炭治郎には才が溢れていた。

 

「妹を背負って付いてこい。稽古を付ける」

「はい!」

 

 願わくばこの小さな灯が、やがて数多の渦を巻き起こし、血塗られし歴史ごと鬼舞辻を飲み込まんことを。

 

 

 

 鱗滝の家に居着いて十数日が経過した。

 その間炭治郎が行っていたのは、只管刀を振るうことによる筋力強化と、呼吸の精度向上。元の身体とは未だ勝手の違う部分が多々あるので、それを一つずつ鱗滝が指摘、矯正していく。

 なお岩割りの試練は課されなかったものの、炭治郎は定期的にあの大岩の場所まで足を運び、鯖兎や真菰を始めとする亡き鱗滝一門への弔いを行なっている。

 指導の必要が無いからか終ぞ彼等が姿を現す事はなかったが、時折背中を押される様な感触を受けるたび、炭治郎は嬉しくなった。

 

 修行に話を戻すと、やはり急務となったのは筋肉と肺活量の増強であり、ある程度動けるようになるまで炭治郎は徹底的に扱かれた。その苛烈さは前世の比でない。

 

 また、やはり禰豆子は昏睡してしまったため、その世話にも尽力している。この時鱗滝が行っていた暗示は禰豆子が人間に戻る上で必要な事だと炭治郎は思っていた。

 

 

 そんな毎日を懸命に過ごしていたある日、炭治郎は鱗滝に呼び出される。

 

「炭治郎。お前も既に薄々分かっているだろうが、儂からお前に伝授する事は何もない。全集中の呼吸を習得し、刀を振る技術も身につけておる。水の呼吸の飲み込みも異常な程に早い。……何処で習ったのかは知らんがな」

「……」

 

 思わず肩を揺らしてしまう。しかし鱗滝は深く追及しなかった。鬼や鬼殺隊と無縁の生活を送っていても、自然と全集中の呼吸に近い呼吸法を身に付ける一般人が現れるのは稀にある話だ。

 

「技は十分。よって儂がお前に施せるのは、身体の鍛え上げと、お前の育成方針に助言を付け加えることぐらいだ」

「助言、ですか」

「炭治郎、お前の適性が水と断定されたわけではない。もしかすると炎、若しくは風……ともすれば派生に行き着く事だってある。儂とて確証は持てん。しかし、お前は既に自分の進む道を心得ているのではないか?」

「鱗滝さん……」

「お前が自分用の日輪刀を手にするのはもう少し後になろうが、予め準備を整える事は可能だ。儂はお前が信じた可能性を信じよう」

 

 本来なら、鬼殺隊への入隊後に支給される日輪刀(色変わりの刀)によって自分の適性を見定めた後、それに合わせた訓練を行うのが普通だ。

 だが鱗滝はそれの前倒しを提案した。生き急ぐ炭治郎の想いになんとか応えてやろうと、思案を繰り返した結果である。

 

「それに結局のところ基本の五流派のどれが適正だったとしても、皆が皆全く同じ呼吸を使っているわけではない。自分なりの改変を加え、己が最も使い易い形で呼吸を練り上げているのだ。これからの訓練は己の流派を独自に極める一助とせよ」

「は、はい」

 

 最終選別までまだ時間がある。 

 打てば綿の如く教えを吸収していく炭治郎へと、できる限りを詰め込む気でいるのだ。最終選別が半ばトラウマと化している鱗滝だからこそ、必死に炭治郎へと呼吸法の髄を叩き込もうとしていた。それが自分の手の届かない分野であったとしても。

 

「今一度確認する。炭治郎、お前が最も活力を出せるのは水の呼吸か?」

「……いえ。亡き父から受け継いだ"ヒノカミ神楽"が、一番力が出ます。負担は水の呼吸に比べて大きいですが、その代わり威力と技は格段に向上するので」

 

 顎に手を当て思案する鱗滝。思い返すのは五流派のいずれにも当て嵌まらない──いや、むしろ五流派全ての面影を凝縮させたような不思議な呼吸と型。

 

「そうか。少し前に見せたあの型か。なるほど確かにあの型は強力。ただ独自性が強すぎる故、難もある。極めるとなれば先の見えぬ苦闘が始まろう」

 

 鱗滝の言う通りだ。

 ヒノカミ神楽は元来自分には不釣り合いな程に強力であり、完全に極めるのは炭治郎の才能では不可能に近い。縁壱が駆使した"日の呼吸"の領域に至るにはどれだけの年月をかければいいのか、想像もつかない。

 

 だが炭治郎は諦めない。

 ハナから縁壱を超える気などさらさら無く、兎に角がむしゃらに彼の後を追い掛けて、小指一寸程度の距離が縮まれば万々歳だ。

 自分がやらねばならぬ事は、己の限界を極める事のみ。"日の呼吸"を極める事でも、縁壱を超える事でもないのだから。

 

「父を始めとして、竈門の長兄が代々受け継いできた神楽です。家族の無念はこの舞で晴らしたいと思っています」

「……ならばその分さらに精進せねばならぬな。安心しろ。改善すべき点、そして改善する方法のあてならある」

 

 鱗滝は膝を叩いて立ち上がる。

 徐に戸棚を開き、中から取り出したのは和紙と筆。墨を素早く走らせ、あっという間に文言を書き上げると、鎹鴉に咥えさせて飛び立たせた。

 

「ヒノカミ神楽の強化について、儂に一つ案がある。数日待つのだ」

「わ、分かりました」

「無論、その間も休んではならぬ。睡眠時を除く全ての時間で山を走り続けよ、そして只管に刀を振るうのだ。お前が燻っている間にも人は喰われ続けている。この事を決して忘れるな」

「はい!」

 

 

 

 

 

『略敬

 煉獄槇寿郎殿

 

 炎柱である其方に折り合って頼みがあり、手紙を送付した次第。我が門弟に一人見込みある者がいる。未知の呼吸を使う少年に候。この少年へ何卒ご指導賜りたく、お願い申し上げる。

 

 少年に足りぬ物を補うには、炎の呼吸に触れさせるのが一番であると判断致した。また其方でも何か新たな発見があるやもしれませぬ。

 

 手前勝手な頼みであるとは重々承知の上。何卒御容赦を。

 

 匆々

 元水柱 鱗滝左近次』

 

 

 

 

 

『略敬

 鱗滝左近次殿

 

 まずは手紙にてご報告する事をお許し願いたい。父 煉獄槇寿郎は既に炎柱の座から退いております。怪我を負っている訳ではありませぬが、見込みある少年への指導を行える状態でもございませぬ。

 

 しかし申し出を断らせていただくのも心苦しく、もし宜しければ私にその役目を一任させていただけませぬでしょうか。共に切磋琢磨する身として、全身全霊を以って期待に応えたい所存。

 

 若い芽を育むことも柱として重要な責務でございますれば、時間は惜しくありませぬ。

 

 匆々

 現炎柱 煉獄杏寿郎』





日輪刀の正式な受け取りについて
鱗滝さんなら鬼殺隊本部に掛け合うなりして、前もって炭治郎の日輪刀を作らせることができるのではと考えましたが、原作での描写、またお館様からの許可が降りるまでのタイムラグ等を考慮すると、最終選別をそのまま受けさせた方が早いのでは?と考えた次第です

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