刃は儚き未来の為に   作:とるびす

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最終選別

 

 

 柱の任務で杏寿郎の不在が多くなっても炭治郎は只管に竹刀を振るう。

 またある時は千寿郎の家事手伝いをして、またある時は槇寿郎とはなるべく顔を合わせないよう細心の注意を払う、そんな日々を過ごしていた。

 煉獄家での稽古は雪解け後も続き、小さな春を感じる頃には修行の大方が完了し、最終選別を目前に控えるまでの月日が流れた。

 

 進展は修行だけではない。

 精度を落とさず一心に鍛錬を続ける熱意や、嫌がる素振りを全く見せず家事等を積極的に手伝ってくれる炭治郎の姿勢に、千寿郎は完全に心を許していた。さらには炭治郎の過去未来を問わない様々な体験談に心を鷲掴みにされており、そのおかげか千寿郎はよく笑うようになった。

 また時々甘露寺が顔を見せに来てくれることもあって煉獄家は常に和気藹々とした雰囲気のまま椿の開花を迎えるに至る。

 

 見送りの日には互いの別れを大いに悲しみ、千寿郎とは次なる再会を約束する事となった。任務明けの杏寿郎も見送りの場に颯爽と駆けつけ、彼なりの激励と言わんばかりに炭治郎の背中をバシバシ叩く。

 

「またいつでもいらしてくださいね炭治郎さん。鬼殺隊に入隊した時にでも是非! その時は、今度は客人として精一杯歓待しますから」

「そうだな! 竈門少年に限って万が一は無いだろうが、油断はするな! キミなら絶対やれる筈だ! 無事に通過できたら支給される鎹鴉で教えてくれ!」

「ええ勿論です! 本当にありがとうございました煉獄さん。それに千寿郎君」

 

 大きく頭を下げる。胸いっぱいの感謝を込める。

 稽古をつけてもらった事もそうだが、心理的な面でも煉獄兄弟との生活は炭治郎にとって大きな支えになっていた。

 いくら炭治郎が精神的に成熟しているとはいえ、状況が状況。家族との二度目の別離を体験した事もあって心が全く疲弊していないかと言えば、そんな筈が無い。

 二人の存在はそんな炭治郎に確かな熱意と安らぎを与えてくれている。此処が修行環境として非常に優れていた事は言うまでもないが、それ以外にも齎された効果は限りなく大きい。

 

 この世界でもまた恩を受けてしまった。

 返す方法は一つしかないだろう。

 

「俺、鬼殺隊に絶対入隊します。そして煉獄さんと一緒に戦ってみせます!」

「ああ待ってる! 共に鬼殺隊を支える柱となろう! ──心を燃やせ! 竈門少年!」

 

 互いに強く頷き合う。

 そして炭治郎は晴れやかな表情で、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けながら、煉獄家を後にする。

 目指すは狭霧山。予定通り、鱗滝への報告と禰豆子の安静確認の為だ。

 

 ふと無意識に額の痣を指でなぞってみる。己の命の蝋燭が今にも燃え尽きようとしている様を強く想像させる。そうすると嫌でも力が湧いてくるのだ。

 休んでいる暇はない。自分に残された時間をギリギリまで精一杯使い切らねばならない。今この瞬間も貴重な修行の機会である。

 杏寿郎からの言葉を胸に、炭治郎は"常中"を意識しながら力強く地面を蹴り上げた。

 

 

 

 

「……短期間でその領域に至ったか。儂の見立て以上だ。よくやった炭治郎」

 

 鱗滝からの出迎えを受けた後すぐに居間へと通された。すぐに座して師匠と対面する。未だに眠る禰豆子の頭を撫でながら、炭治郎は目を伏せて首を横に振った。

 

「いえ"常中"はまだ肺に違和感を覚えます。それに煉獄さんとの組手は終始押されっぱなしでした。俺なんかまだまだです」

「何を言うか、相手は現役の柱だ。老いた儂では太刀打ちが出来んほどの実力者。それを相手にして『打ち合い』になったのなら大したものだ。"常中"も基本の技術とはいえ嘆かわしい事にそれが出来ん隊士は鬼殺隊にごまんといる。刀を握って数ヶ月で到達できるようなものではない。存分に誇れ」

 

 鱗滝らしからぬ褒め言葉の連続。厳しい評価を覚悟の上で構えていたものだからその落差に少し身体の力が抜けてしまう。勿論理由がある。

 

「炭治郎。お前は儂が見てきた弟子の中でも類稀なる素質を持っておる。このまま鍛錬を積んでいけば柱も夢ではあるまい。最終選別も突破できるだろう。……だが、それでもお前を失うのが恐ろしい」

 

 脳裏を過るのはかつての弟子達。特に錆兎。

 あの傑物でさえも最終選別を突破できなかった。

 

「素晴らしい才能を持った原石を育てても、その輝きを世に出す前にみんな死んでしまう。信じて送り出した弟子達の悉くを死なせてしまった。自分は呪われているのではないかと何度思った事か」

「そんな……!」

「お前を炎柱に預けたのもそういう想いがあったからだ。迷信めいた考えだが、儂の弟子でなければ生き残れるのではないか──」

「鱗滝さんッ!」

 

 それ以上は言わせなかった。大きく声を張り上げて鱗滝の言葉を無理やり遮る。

 違う、違う。それは間違っている。

 

「俺は鱗滝一門の竈門炭治郎です。誰が何と言おうとこの肩書きが俺から外れる事はありません! 俺は絶対に死なない。禰豆子を残して、鬼舞辻を生かしたまま死ぬ気は毛頭ないですから」

 

 ふと、鱗滝の傍に視線を落とす。

 自分の意志をより強く伝えるにはやはりコレが一番なのだろう、と。そんな事を考えながら(おもむろ)に手を伸ばした。

 

「その狐のお面。貰ってもいいですか」

「──」

 

 厄除の面。悪いことからこの身を守ってくれるもの。そして兄弟子達が生き残れなかった理由の一つである。

 面を胸元に寄せる。

 

「生き残ります。必ず」

「炭治郎、お前はやはり凄い子だ。……無事に帰って来い。此処で待っておるぞ。禰豆子と共に」

 

 期待と願いを込めるように。鱗滝は炭治郎の手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 日が昇ってすぐに炭治郎は予備の日輪刀を受け取り、試練の場となる藤襲山へと発った。途中、大岩の前で錆兎や真菰達への報告と祈りも欠かさない。

 

 距離はそれほどなく、数刻走れば目的地の標が見えてくる。辺り一面に狂い咲く藤の花の密集地帯、その下に人の姿が見えた。本来の藤の開花の季節とひと月ほどズレているが、前回と変わらぬ規模の花々だ。

 

(やっぱり此処らの藤は一年中咲いているんだなぁ。それになんだか懐かしさも感じる)

 

 そんな事を呑気に考えつつ、先に到着していた隊士候補達の中に自らも割り入っていく。心なしか周りから侮蔑や憐みの視線を向けられているように感じた。匂いもそれに近い。

 それもその筈で、齢にして弱冠13歳の子供である。周りの少年青年よりも更に幾らか若い。冷やかしとでも思われているのだろうか。

 

 だが炭治郎は気にしない。元々そんな悪感情に敏感に反応するような性格でもなく、それよりも他のことに興味があった。

 誰か自分の知っている人は居ないかとキョロキョロと参加者の顔を窺う。

 

(当たり前だけど善逸や玄弥は居ないよな……。けどおかしいな。カナヲも参加はまだの筈なのに、微かに彼女と似た匂いがする。というより、会った事がある匂いだ)

 

 参加者はそう多くないので人混みの間を通り抜けて匂いの元を辿れば、自ずとその人物に辿り着く。そして炭治郎はそういう事か、と一人納得していた。

 彼女は集団の端に居た。此方に背を向けており、しきりに胸に手を当てて大きく息を吸っている。酷く緊張しているのが匂うまでもなく見て取れた。

 

 顔馴染みだ。此方の世界ではまだ顔を合わせた事がないが、前はとても世話になった。無惨を倒した後も付き合いは続き、自分が床に伏せてからはよく見舞いに来てくれたのを覚えている。伊之助や自分を叱り付ける彼女の声が今にも聞こえてきそうだ。

 

 カナヲの匂いがするのは当然だろう。何せ彼女とアオイは親友同士だ。

 

(そうかアオイはこの年に最終選別を受けてたんだな。歳は確かカナヲより一つ上……俺から見たら二つ上。ちょうど時期が重なったんだな)

 

 ただただ単純に知り合いに会えたのが嬉しかった。それがアオイとなれば尚更だ。

 

 ひとまずアオイに話しかけよう。緊張しているようだし、軽く声掛けだけでも。

 そう思って彼女の下に近付こうとしたのだが、前方からやってきた男に行手を遮られてしまう。身を屈めて通ろうとするが、わざと道幅を大きく取るように立っている為にそれも叶わない。それどころか炭治郎に無理やり肩をぶつけてくる始末だった。

 なお杏寿郎との稽古の賜物で体幹が大幅に強化されていた為、身体が揺らぐ事はなかった。困惑しつつも取り敢えず頭を下げる。

 

「なんだテメェは? どけよ餓鬼が」

 

 それに対してこの物言いである。これには流石の炭治郎も眉を顰めた。

 

「ちょっと! キミからぶつかって来てそういうの良くないと思う! 共に鬼殺隊を志す仲間なのに」

「ハッ、笑わせんな。俺はテメェみたいな世の中を知らない愚図が一丁前に表を闊歩してるのが我慢ならねぇんだよ。幼稚な狐の面なんか付けやがって……鬼狩りは子供のお遊戯じゃねえんだ」

「む……! この面は師範が俺の無事を祈って預けてくれた物だ。侮辱するな!」

「願掛けで鬼を倒せるなら世話ないな。何処の馬の骨に師事を受けたのかは知らんが、こんなすぐにでも野垂れ死ぬようなカスを輩出するようじゃ、碌な師範じゃないんだろ。哀れなもんだ」

「なんだとお前」

 

 底冷えするような侮蔑の視線、むせ返る程の悪意の匂い。鬼殺隊に所属する人間に対してそんな心証を覚えたのは初めての事だった。

 鬼殺隊とて一枚岩ではない。自らの私利私欲を貪るだけの者も少なからず存在したのかもしれない。目の前の男を見ていると不意にそんな考えが浮かぶ。

 

 自分はいくら馬鹿にされてもいい。だってそんなに出来た人間ではないから。

 でも尊敬する人、大切な人を侮辱されて黙っていられるほど落ちぶれてはいない。

 気付けば炭治郎は拳を握りながら怒気をぶつけていた。男もそれに応戦するように腰の刀を引き抜き、炭治郎へと稲光のように燦く黄の刃先を向ける。

 

 二人の剣呑な雰囲気を察したのか、周囲の参加者達が野次馬となって此方を見ている。そんな状況に囃し立てられた男も徐々に熱が高まっており、一触即発の危機だった。

 

「ちょっと、何やってるんですか! 鬼殺の剣士になろうという者が人に刃を向けるなんて! やりすぎです!」

「……本気になんなよ。ちょっとした戯れだ。お子様の遊びに付き合ってやっただけさ」

 

 騒動の前から一団とは距離を取っていたアオイだが、流石に見かねた様子で仲裁に入る。一方の男は言葉の通り本気で斬るつもりはなかったようで、鼻を軽く鳴らして納刀。一先ず刀傷沙汰は避けられた形だ。

 

「俺は将来柱になる。その時に下の連中がお前みたいな餓鬼ばかりだと張り合いがないからな。万が一奇跡で入隊できたとしても身の程を──」

「黄色……お前、雷の呼吸を使うのか」

 

 自分に向けられていた刀身は、親友(善逸)が使っていた物によく似ていた。強いて言えば男の方が若干暗い色なくらいか。「だったらなんだ」とぶっきらぼうな返答を貰い、炭治郎の頭もいくらか冷えた。

 心なしか善逸の匂いまでする。その懐かしさに炭治郎は目を細めた。

 

「俺の知ってる剣士にも居るんだ、雷の呼吸。お前みたいに気は強くないけど、とっても頼りになる良い奴だ。刀を見て思い出した」

「そうかい。俺もお前を見てたら思い出したよ。馬鹿みたいに喚く事しかできないカスみたいな愚図をな。お前やアイツのような奴は早死にするぜ」

「ひとこと多いです! もう案内役の方は来てますよ。それでは!」

 

 嫌な顔をしながら去っていく間際のアオイの言葉でようやく気付いた。此方に注目していた野次馬達はいつの間にか視線を外し、産屋敷家からの使者に意識を向けていた。

 居たのは産屋敷あまね。此方を見ている。自分たちの一悶着が終わるまで待っていたようだ。恥ずかしくなった炭治郎は慌ててぺこりと頭を下げて、一方で男は知らぬ存ぜぬといった様子であった。

 

「皆さま、今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます」

 

 前置きはその程度に、合格条件が淡々と語られる。内容は前回と全く同じだ。

 藤襲山の中で七日間生き延びる。遭遇した鬼を悉く討伐しても良し、逃げに徹するも良し。兎に角生き残ることのみが求められる試練だ。

 

 過酷な一週間となるだろう。無惨との最終決戦を生き延びた炭治郎ですら、最終選別の時を思い返すのは少し憚られるくらいには辛かったのだから。

 今回もまた無事に生き残れるだろうか。

 

 

 ──違うだろ、炭治郎。

 

(え? ……誰だ?)

 

 ぐるりと周り見渡すが、何者かが炭治郎に声をかけた様子はない。もしやただの空耳だったのか。それにしてはハッキリしていた。妙に頭に引っ掛かる声音だった。

 

 やがて産屋敷あまねより開始の合図が為され、参加者全員が藤の外へと出た後も炭治郎はその違和感に頭を捻り続けていた。

 選別はもう始まっているのだ。集中しなきゃいけないのに。

 

(違う? 何が違うんだ。俺は七日間生き延びて鬼殺隊にまた入隊する。鱗滝さんや煉獄さんと約束したんだ。それ以外に正しいことなんて果たしてあるのか)

 

 そんな自問自答を繰り返しつつも、実の所答えは分かりきっていた。疑問や困惑というより、自分の心に整理を付ける為のものだった。

 正解に辿り着いた途端、思考の靄が取り払われ進むべき道がハッキリとした。精神が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

(分かったよ錆兎。この視点こそ、キミの見た世界なんだろうな。冨岡さんから話を聞いた時は、感嘆こそすれど凄すぎてあまり実感が湧かなかったけど、今の俺ならきっと理解できている)

 

 前回は自分が余りにも未熟で気付かなかった、木々のざわめきに混じって微かに聞こえる恐怖の息遣い、それに悲鳴。今の自分なら分かる。

 鬼との戦いに敗れた者、傷付き倒れる者。藤襲山にある様々な音や匂いが次々に炭治郎へと齎されていくのだ。

 

 方法こそ違えど、錆兎もきっと今の炭治郎と似たような状態だったのだろう。そして彼は実際に心の導くままに身体を動かし、見事目的を達成して、挙句に力尽きた。

 

(この想いは、確かに止めようがない)

 

 死への恐怖を前にして震える者達を救わずにはいられない。見殺しになんてできない。

 杏寿郎だって言ってたじゃないか。「特別な力を持ってこの世に生を受けたのなら、弱き人を助ける事が至上命題の責務である」と。

 その通りだ。何も間違っちゃいない。

 

 刹那、側面の茂みから鬼が飛び出し、鋭利な爪を炭治郎の首へと差し向ける。身を潜め、此処を通る人間を待ち伏せていたのだろう。

 

「数年ぶりの肉だァ! 頂きぃゃッあ゛!?」

「問題ない。今の俺ならできる、やってみせる」

 

 それを炭治郎は居合一閃の下に斬り捨てた。首を日輪刀で切断され、鬼の身体は塵芥となって空気に溶けていく。

 

 グズグズしている暇はない。時は一刻を争う。

 この最終選別を通過するのは当然でなければならないのだ。炭治郎が己に課した試練の難度は前回の比ではなく、今回の選抜もその一環である。自分が振るうのは救いの刃なのだから。

 

 ──進め、止まるな炭治郎。

 

(勿論だ。ありがとう錆兎)

 

 偉大な兄弟子への敬意を胸に、炭治郎は闇夜に潜む鬼の群れへと身を投じた。

 




イライラ獪岳君の巻。意気揚々と最終選別に参加したら何故か善逸の面影を感じる炭治郎が居たので突っかかった模様。アオイちゃんも気が気じゃなかった。

原作変更点として、案内役として輝利哉君たちの代わりにあまねさんが登場。原作より2年〜1年半早い最終選別になりますので、流石にまだ幼過ぎる子供達には任せないだろうという推測から。
また最終選別は年に数回(4回?)ほど行われていると考察してます。鬼殺隊の殉職率からして一年に5人入隊(豊作)で組織運営できるかというと、流石に無いかなと。

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