それは不安や悲しみ。
語れない事の為に酒はある。
鋼屋敷滞在から三日目。
噂は噂を呼び、鋼屋敷には筋骨隆々な異国人が滞在していると隊士達へと話が伝わっていた。
巨躯の鬼を素手で倒した者。
柱を組み手で伏せた者。
と、言った噂話である。
その噂を聞きつけ、前炎柱が彼を訪ねた事から今回の話が始まる。
******
その夜。
炎柱邸の縁側にて。
「お館様の客人とは言え、呼び出しに応じて貰い感謝する。」
「いや、俺自身…其方とも話がしたいと思っていた。」
「話だと?」
人払いされた炎柱邸で語り合う煉獄槇寿郎とアウストラリス。
互いに話し合いたいと言う奇遇にも似た偶然がそうさせたのかもしれない。
「事情はハスミとご子息から聞いている。」
「…ならば、知っているだろう。」
「人は過ちを犯そうともやり直せる、それまでに時間を要するだけだ。」
「そうだな。」
アウストラリスは酒の入った升を受け取ると軽く一飲みした。
「程良い辛さの酒だな。」
「気に入って貰えたか?」
「ああ…」
軽く酒が回った所で本題に入った。
「俺に話とは?」
「君は何故戦う事が出来る?」
「…余り考えた事がなかったな。」
「では、改めてどう思う?」
「俺には果たすべき約束がある…それだけだ。」
「果たすべき約束?」
「鬼殺隊が無惨討伐を掲げる様に俺達はある敵を追い倒す事を目的としている。」
「ある敵?」
「俺やハスミ、同志達はその敵によって故郷、家族、仲間を失った。」
生まれた故郷を失い。
愛しい家族を失い。
共に戦う仲間を失った。
「…」
「そちらと同様に復讐と言っても変わりはないだろう。」
「根は同じと?」
「そう言う事だ。」
奪われたものを取り返す為に愛した家族と仲間の無念を晴らす為に日夜戦い続ける。
いつ終わるのかと言えぬ長き戦いを今日の今日まで行っていた。
「俺は組織を纏める当主である以上、最後の最後まで投げ捨てる事はない。」
「覚悟が強いのだな?」
「ハスミには『肩の力を抜く事も必要では?』と良く言われるな。」
「…あの娘らしい。」
「養父の話では母親を目処前で失ってから自他共に厳しくなったらしい。」
成程、あの娘も誰かを失っていたのか。
だからこそ腑抜けた俺にあれだけの叱咤が出来たのだな。
「いつも『失ってからでは遅い。』と口癖の様に言うのはそこからだろう。」
「失ってからでは、か…」
「何かを告げられずに終わる者、何かを成す事が出来ずに終わる者……戦いの中でそう言った仲間を見続けた事でより酷くなった。」
真の敵に対しては容赦なく切り捨て、情状酌量の余地がある者には救いの手を差し伸べる。
自らも日々研磨し前線で戦う事を求める。
彼女も元は組織を束ねる当主だった故に出来得る事を成そうとしているのだろう。
「あの娘が組織を運営していたのか!?」
アウストラリスの発言に対し呑んでいた酒で咽た槇寿郎。
「今は信頼する父親達に預け、俺の元へ下ったがな。」
「…(あの齢で下級隊士達への戦術指南が出来ていたのはそれだったのか。」
「ハスミは戦闘能力もそうだが、仲間への戦術指南も良い筋をしているぞ?」
「確かに個々の特徴を良く観察し長所を伸ばし短所を改善している。」
「その点に関しては産屋敷殿も称賛していた。」
確かに鬼殺隊が目まぐるしく戦勝を続けているのも竈門君と彼女が現れてからだ。
那田蜘蛛山事件後の折に彼らは柱見習いと柱に任命。
無限列車事件では杏寿郎らと共に乗車した民間人を救い上弦達を退けた。
遊郭事件でも宇髄君らを筆頭に上弦の陸を倒し遊郭に潜む巨躯の鬼を滅した上で他の上弦を撤退に追い込んだ。
紅霧村に出現した巨躯の鬼や絡繰りの大群もまた彼らが介入した事で被害は無かった。
変わりつつあるのか?
何故だ?
本来なら杏寿郎は無限列車事件で殉職し宇髄君は遊郭事件で左目と左手を失い柱を退任した。
その後の事件はまだ始まっていないが一体何が起こっていると言うのだ?
「煉獄槇寿郎、俺が話したいと言った事を告げて構わないだろうか?」
「構わないが…」
アウストラリスは一息ついてから答えた。
「煉獄槇寿郎、其方は前の記憶を持っているだろう?」
その言葉に槇寿郎の持っていた升が震えた。
「!?」
アウストラリスは続けて言葉を繋げた。
「安心しろ、この事は竈門炭治郎も気づいている。」
「竈門君もか!?」
「人払いをさせたのはそう言った話をする為だ。」
「…」
「ハスミの話では竈門炭治郎は同じ人生を何度も繰り返しているらしい。」
終わらない物語。
終わらない戦い。
終わらない輪廻。
心が、魂が、精神が、その全てが泣き叫び擦り切れる位に繰り返しが起こっている。
既に数える事を止める程の輪廻を繰り返していた。
「そうか、竈門君は何度も繰り返しているのか…」
「竈門炭治郎の願いがそうさせているのかは不明だがな。」
「竈門君らしい考えだ。」
全てを救う為に何度も何度も繰り返し失敗に終わっても諦めない。
それを誰かに言えずに己の心に隠して刀を振り続ける事を選んだ。
「ハスミも痣者に関しての情報を調べ、その対抗策を構築中だ。」
「痣者…鬼舞辻無惨を倒す為の変化か。」
「煉獄槇寿郎、この話を聞いた上で燻るつもりはないのだろう?」
「何が言いたい?」
アウストラリスは懐から紅い液体が入った小瓶を槇寿郎に手渡した。
「これは?」
「ハスミの血液、あの血鬼術を発動させる条件となる物だ。」
「!?」
「ハスミは血鬼術と産屋敷殿や周囲に話しているが本来は異なる力だ。」
「血鬼術ではないと?」
「その通りだ、あの者が本来持つ祝福であり呪いとも言える力……鬼から人へ戻った後でもそれは発動させる事が出来る。」
それは痣者の末路を打ち消す力。
だが、生き延びた先に待ち受ける絶望の時代を彼らに与える事になる。
祝福であり呪い。
それは使う者次第で切り替わる。
「再び刀を持ち、夜の闇と戦う事を選ぶのなら使え。」
「…少し考えさせてくれ。」
槇寿郎はそう告げると黙った。
余りの展開に考える暇もなかっただろう。
暫く考えた後。
アウストラリスに酒が終わったと告げてお開きにした。
「今宵は良い酒の席だった、いずれまた酒を酌み交わそう。」
「その時は良い酒を用意して置く。」
アウストラリスは炎柱邸を後にし鋼屋敷へと歩みを進めた。
更に暫くした後、槇寿郎は升に残った酒を飲み干してから小瓶を見上げた。
「瑠火、俺も死地に踏み入ろう……杏寿郎達を助ける為に。」
その独り言を最後に小瓶の蓋は開かれた。
=続=
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