霞に隠された記憶。
目覚めて朧を映す。
君はもう迷わないから。
時は戻り、時透無一郎対上弦の伍・玉壺との戦闘。
玉壺の放った水の血鬼術から脱出した無一郎。
彼の霞は消え、過去の想いと共に目覚めた。
******
無一郎が思い出したのは家族。
杣人だった父、母、双子の兄。
慎ましく山で家族で幸せだった。
だが、母の熱病を期に両親を失った。
父は嵐の中、薬草を取りに行った際に。
母は熱病でそのまま。
残されたのは双子の兄と自分。
兄の名は有一郎。
楽観的だった両親や僕とは違って兄はしっかりした人だった。
喧嘩ばかりだった僕らだけどそれでも懸命に生きていた。
春先のある日、白樺の精の様な人…あまね様が訪ねてくるまでは。
あまね様の話で剣士になりたいと願がった僕だったが…
それを止めたのは有一郎だった。
楽観的で何も出来ない僕への戒めだったのだろう。
それを期に僕らは話をしなくなった。
そして運命の日が訪れた。
ある暑い夏の夜だった。
僕らは家の戸を開けたまま寝そべっていた。
それが原因で鬼を呼び込んでしまった。
兄は僕を庇って片腕を斬り飛ばされた。
絶体絶命の中で…
『つまらねぇ命なんだからよ!』
その後の事は良く覚えていない。
気が付くと襲って来た鬼は四肢を切り裂かれ頭部を潰されていた。
何時しか朝日が昇り、鬼は塵になった。
僕は傷つきながらも家へ戻った。
兄さんは生きていた…
でも…
『仏様…どうか弟だけ…は。』
片腕を失い、血を流し過ぎた為に事切れる寸前だった。
弟は優しい子、だから弟だけは助けて欲しい。
天に願った。
『無一郎…の無…はむげんの……無。』
お前は自分の為だけではない誰かの為に闘える。
無限の力を引き出せる選ばれた人間なのだから…
「小鉄君、大丈夫?」
「は、はい…」
玉壺の放った小型の使役鬼よる怪我で躰の至る所が血だらけだった小鉄。
一時的だが脅威は避けた。
「後は…僕に任せて。」
彼に宿ったのは己の意思だけではなく目処前の鬼を仕留める殺意。
「ひょっひょっひょ~おやぁ?」
己が負傷しようとも研ぎを止めない鋼鎧塚へ止めを刺そうとした玉壺だったが…
無一郎の剣戟がそれを拒んだ。
「私の術から抜け出しただと!?」
「今度は逃がさないよ…」
無一郎の顔に浮かんだ痣を気にするも玉壺は血鬼術・蛸壺地獄を発動。
小屋を破損させ無一郎と倒れていた鉄穴森を絡め捕った。
だが、無一郎の手には彼の為の刀が握られていた。
悪鬼滅殺の文字が刻まれた刀を…
「霞の呼吸・伍の型…霞雲の海。」
霞の様な幻影に触れた蛸の足は細切れに切断された。
「素早いみじん切りだ…だが、壺の高速移動にはついてこれないようだなぁ?」
「そうかな?」
「!?」
無一郎の言葉と同時に玉壺の頸に切れ込みが入る。
「随分感覚が鈍いみたいだね、何百年も生きているからだよ?」
切り込みが浅かったが、頸を狙えると宣言した無一郎。
その言葉に玉壺の怒りの沸点が上限に達しようとしていた。
「…舐めるなよ、小僧っ!」
そこからは怒涛の勢いだった。
痣を覚醒させた無一郎は先の血鬼術で受けた毒の影響を気にせず戦えていた。
繰り出される鉄の様な魚を使役する玉壺の血鬼術。
「…(苦しくない、躰が軽い、今なら何でも出来る。」
無一郎を阻む障害はない。
今あるのは鬼を斬る事だけ。
だが、玉壺も最終手段を残していた。
「お前には私の真の姿を見せてやる」
玉壺は答える。
この姿を見せるのは無一郎で三人目。
本気を出した私には誰であろうと勝てん。
口を閉じろ馬鹿餓鬼。
この透き通る様な鱗は金剛石よりも尚硬く鋭い。
私が壺の中で練り上げた…
「この完全なる美しき姿に平伏すがいい。」
「…」
「…」
「…」
「何とか言ったらどうなんだ!この木偶の坊が!!本当に人の神経を逆撫でする餓鬼だな!!?」
これに対し無一郎は言う。
「いや、だってさっき黙ってろって言われたし…」
これに関しては正論である。
「それにそんなに吃驚しなかった…」
無一郎の発言が言い終わる前に玉壺は怒り狂った。
玉壺の拳が地面を殴打すると殴打された部分は鮮魚に変異する。
玉壺は己の力と優美さを伝えるが無一郎は笑みを浮かべて答えた。
「どんなに凄い攻撃でも当たらなければ意味がないでしょ?」
木々の陰に隠れていた鉄穴森は無一郎の姿に対し『笑顔が怖い』とブルっていた。
「こんのぉ…餓鬼がぁあああ!!!!!?」
玉壺は血鬼術・陣殺魚鱗で予測不能な攻撃へと転じる。
接触すれば先の様に触れた部位が鮮魚に切り替わってしまう。
だが、無一郎は思い出す。
『あの鬼と戦って帰った僕は兄と一緒に死を待つだけだった。』
夏の暑さが事切れた兄と負傷した自身を蛆が腐った肉を骨を喰らっていく。
死の淵を見た。
運良く訪れたあまね様達に助けて貰わなければ僕は死んでいた。
記憶を失っても体は覚えている。
死ぬまで消えない怒りと共に。
だから僕は鍛えたんだ。
血反吐を吐き、鍛え続けて叩き上げたんだ。
鬼を滅ぼす為に!
奴らを根絶やしにする為に!!
「私の華麗なる本気を見るがいい!!」
玉壺の放つ連撃の最中。
無一郎は無へ転じた。
「霞の呼吸・漆の型…朧。」
それは亀の様に遅く姿を消す際は瞬きの一瞬。
その呼吸の型は最高速度で攻撃を仕掛けていた玉壺を追い抜いた。
手負いである筈の無一郎が上限を倒す。
それは異常事態を示していた。
「くそぉおおおおお!!あってはならぬことだぁあああ!!!」
頸を斬られた玉壺の叫び。
「人間の分際でぇ!!この玉壺様の頸をぉおお!!よくもぉ!!?」
頸を斬られた以上、待つのは死。
「悍ましい下等生物がぁ!!!」
玉壺は断末魔を叫ぶ。
優れた鬼、優れた生物、人の何倍もの命よりも価値がある。
弱く、ただ生まれたら老いるだけの人間をこの高貴な手で作品にしてやった。
「この下等な蛆虫共…!?」
無一郎の一閃で玉壺は最後を迎える。
「もういいからさ…」
無一郎は刀を鞘に戻して答える。
「さっさと地獄に行ってくれないかな?」
>>>>>>
玉壺の死を確認した後、避難していた鉄穴森は無一郎へ駆け寄る。
「時透殿!!大丈夫ですか!!?」
何が起きたのか判らず興奮気味の鉄穴森。
だが、無一郎の様子は次第に悪くなっていった。
「大丈夫、大丈夫、いま…すごく調子がいいんだ。」
「あの…時透殿?」
「こてつくんのところへ…」
無一郎の限界を超えて泡を吹いた。
「おえ」
鉄穴森の顔はひょっとこのお面で隠れているがムンクの叫び状態になっている。
「と、時透どのーーーー泡吹いてますけど!!!!?」
無一郎は痣の影響で限界まで戦えたが、毒が解毒された訳ではない。
故に先の痺れ毒が再び全身に回り呼吸困難に陥ろうとしていた。
「やばいやばいやばいやばい!!!?」
「横向きにした方が良いですよ?」
混乱する鉄穴森を余所に冷静に答える小鉄。
「ぎゃーーー!!小鉄少年の亡霊!?」
「失礼な!ちゃんと生きてますよ!!」
衣服が血だらけになり生きているのか不思議な状態の小鉄。
だが、小鉄は生きている理由を答える。
「これ、腕から出た血で…腹の方は刀の鍔を入れていたので無事だったみたいです。」
小鉄は鉄穴森に見える様に刀の鍔を取り出した。
炭治郎が新しく出来る刀に付けて欲しいと願った形の鍔。
それは炎と日を重ねた形であった。
「そうだ、これ炭治郎さんから!」
「これは?」
「大きな怪我をしたら使えって渡された薬です。」
小鉄が出したのは赤い液体が試験管型の容器に入った薬である。
「では、時透殿に!」
小鉄は炭治郎に教わった通り無一郎の隊服の袖を捲って腕に容器を刺した。
注入される薬剤の影響で無一郎の負傷部位に銀膜が覆っていく。
「これ本当に大丈夫なのですか?」
「炭治郎さんの話では鋼柱の回復薬らしいので。」
無一郎はそのまま気絶。
修復第一を優先する為に無一郎を眠りに就かせたのだ。
霞柱・時透無一郎対上弦の伍・玉壺。
勝者、時透無一郎の瞬間だった。
=続=
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