吐く息は白く、四肢の先は冷たい。同時に俺の体は震えていたが、それはこの『渡りの凍て地』を覆う、強い寒さによるものではなかった。
俺の正面、十メートルの距離に
銀色の鱗を纏う大きな胴と、そこから伸びるすらりとした四肢。加えて長い首も伸び、その高く持ち上がった頭の、地面からの高さは優に三メートルを越えていた。黄色く光る奴の目が、俺を冷たく見下ろしている。
奴の背から左右に生える二枚の羽は、今でこそ閉じているものの、飛行時には空を覆うほど大きく広げていたのを俺は見た。頭とは反対に伸びる尻尾は、二メートルはあろうかという長く鋭いものだ。
人の力では、俺の力ではとても敵いそうにない銀色の龍。偉大で強大な古の龍。だが俺は、絶対にやらなければならないのだ。何としてでも奴の角を手に入れなければ。
「やるぞヘッツァー!」
すくむ体に叱るため、大きな声でそう言った。相棒にかけた言葉だったが、この体にも勇気が湧いた。
「ニャウ!」
そう言って、俺の隣に立つアイルーのヘッツァーが、その小さなこぶしを掲げた。
俺の腰ほどの背丈しかない
幾度となく共に戦ってきたが、彼の顔にも緊張が見えた。古龍と戦った経験がないのは彼も同じなのだ。
ヘッツァーと同じくディノバルド製の剣を握り直して、このベリオロス製の防具ならきっと成し遂げられると信じて。俺ならやれると心に決めて。俺は鎧の隙間から見える、銀色の長い顔を睨んだ。
そして叫んだ、「行こうヘッツァー!」と。同時に俺も、奴を中心として右回りの円を描くように走った。一瞬だけ相棒へ振り返れば、彼も左回りでイヴェルカーナへと駆けているのが見えた。作戦通りだ。
二手に分かれた俺たちを見て、奴は俺の方を選んだ。長く伸びたその首が俺を向き、大きく後ろへと引かれる。同時に奴の四肢は白い地面に固定された。一体何が来るんだ。
そう思った瞬間だった。口を細めたホースから水を噴出する高い音。それを何倍にもしたような轟音と共に、白いレーザーが飛んできた。
「うお!」
間一髪前転で避けて、そしてまた駆けた。今ので動きは覚えたし、奴はこちらを向いているのだ。その後ろには必ず。
「ニャー!」
後ろを取ったヘッツァーが奴の右後ろ脚へと飛び掛かり、同時に一撃を加えた。一声上げてヘッツァーへ振り向いた奴へと向かって、今度は俺が切りかかる。ディノバルドの尻尾を使った、この湾曲した片手剣の刃を、奴の尻尾目掛けて振り下ろした。
「おらッ!」
数えて四回刻めた。イヴェルカーナの大きな悲鳴が、この白い山々に響き渡る。
これが体格で、力で劣る俺たちの戦い方だ。二度前転し、距離を取りながらそう思っていると、地響きと共に奴が突進してきていた。
「それがお前のか!」
前転で突進の足元に入り込み、再び斬撃を与える。二度三度と胴を切り刻むと、今度は長い首を使った素早い噛みつきが襲ってきた。
またも前転で回避して、胴や足へと刃を入れる。銀のうろこがあたりに散り、少しだが血が滲んでいるのも見えた。火属性の力か。
「いけるぞヘッツァー! 俺たちなら!」
「ウニャ!」
確かに大きく脅威だが、故に避けやすく斬りやすい。奴の素早い身のこなしにさえ気をつければ、角どころか討伐だっていけるかもしれない。
思いのままに切り続けていると、奴は距離を取った。そして翼を大きく広げ、その場に羽ばたき飛んだ。
「まあそうだよな」
奴はまだまだ本気じゃない。それでもとイヴェルカーナへ向かって駆けると、奴は空中で体を後ろに反らした。
またレーザーか。ならばと奴に対して平行に向かって走ると、飛できたのは槍だった。
「おお!」
長い長い奴の尻尾が俺を目掛けて伸びてきたのだ。一度二度と突いてきたそれをなんとか避け、三度目もぎりぎりで回避したが、地面に刺さったそれは抉るような軌道で地面を滑り、俺の横腹に一撃を加えた。
三メートルは宙を舞った。そして強い衝撃を全身に受ける。硬い地面を滑る感覚を、この鎧越しに感じた。
痛む腹を押さえ、立ち上がりながら考えた。もしあれで突かれたなら、俺は一撃で死ぬだろうなと。それでもと剣と盾を拾っていると、ヘッツァーがミツムシと共に飛んできていた。
「ニャウー!」
「助かる!」
ミツムシの蓄えていた緑の液体。それを体に浴びると、腹の痛みはなくなった。寒さによって薬草さえ生えないこの地域において、頼れるのはヘッツァーの呼び出してくれるミツムシだけだ。
再び片手剣を構えると、イヴェルカーナは地に着いていた。あまり長くは飛べないのだろうか。だとすれば好都合だ。
「もう一回だヘッツァー! 奴が倒れるまでやるぞ!」
「ニャ!」
俺ならきっとやれる。そう信じて再び走った。レーザー、尻尾、そして突進。奴の動きは頭に入った。今頭を引いたあの挙動は、レーザーを口から放つに違いない。
「そうだよな!」
さっきよりも余裕を持って白いレーザーを回避して、二人で奴に切りかかった。突進を避け、噛みつきをいなし、体と翼によって隠れたところから飛んでくる尻尾さえも何とか回避する。そのたびに斬撃を刻み、鱗をはいで肉を裂く。
もう何度斬ったか分からないほど切り刻んだ。かなりの疲労を感じるが、奴は俺以上に疲れていた。息を切らし、動作が遅い。今だ。
「ヘッツァーここだ! 一緒に斬るぞ!」
「ニャオ!」
呼応したヘッツァーと共に、奴の右前足に攻撃を集中させる。一度二度三度四度。無我夢中で斬り続けると、ついに奴は悲鳴を上げ、大きな音を立てて倒れた。
「今だ! 角だ!」
起き上がろうともがく奴の頭に回り、俺は盾を構えて後ろに飛んだ。そして左手の剣へと力を注ぎ、角へ向かって飛んだ。
「これで!」
体の重心を注ぎ込んで角の根本を斬り下ろす。そして大きな頭を蹴って空へと駆け昇り、そのジャンプの頂点で盾を構えて振り下ろした。
「折れろッ!」
片手剣の必殺技。フォールバッシュだ。再び聞えた悲鳴と共に。奴の周囲が白い霧で覆われた。
一度距離を取って、ヘッツァーと合流する。やれたのか。どうなのか。すべては霧の中だった。
低い唸り声が聞こえた。霧の中からだった。同時に奴の巨体が白雲の中に浮かび上がる。だが先ほどとは異なり、奴の体の各所に突起が見えた。もちろん頭の先にも。
駄目だったのか。その落胆よりもまず恐怖が来た。霧より現れたその龍は、全身に氷の鎧をまとっていたのだ。頭や腕、翼や尻尾の先。それらすべてが氷で覆われ、さらに鋭い突起を持っていた。
「これがお前の本気か」
そして奴は翼を広げて地面を発った。そして空へと向かって高く一声上げると、大きな氷の結晶が俺たちの頭上に作られた。
「散開!」
二度前転して避けた先へ、今度は白く鋭い尻尾が飛んでくる。その尻尾が描く地面を抉る挙動をなんとか回避した先に、この氷場の一面を薙ぎ払う白いレーザーが放たれた。
奴に一歩も近づけなかった。怒涛の攻撃が今も襲ってくるのだ。だが間一髪で避けていくうちに、奴の動きは俺の頭に刻まれていった。
頭上の氷塊はその場から思いっきり走り、尻尾は左右に切り返して避ける。そしてこの角度の薙ぎ払いレーザーなら、レーザーが来るよりも先に取りつける。
「俺の番だ!」
叫びのまま白い大地を掴む奴の左前足へと刃を入れる。纏われた氷の鎧によって肉質は頑強になっていながらも、この片手剣が、俺の家宝が持つ火属性には確かな効き目があった。
鎧をまとい、さらには倍の速さで動くようになった奴の足元を縫って、湾曲した刃で傷を刻み続けた。奴だって本気なのだろうが、俺はそれ以上に必死だ。
だが俺は気づけなかった。目が奴に向きすぎていた。鋭い噛みつきや尻尾での一刺しを避けているうちに、俺自身の気力が無くなっていたことに。
次には奴の突進が来ると頭では分かっていたが、この体には前転をする力が残っていなかった。
やばい。そう思って背を向けた俺へと向かって、奴の巨体が突っ込んできた。背中に強い衝撃をうけ、俺は大きく飛ばされる。また味わった腹が浮く感覚と、地面に打ち付けられる強い衝撃。そして氷の上を背中ですべる感触に、そこに残るかなりの鈍痛。
息を切らして立ち上がると、ミツムシを掴んで飛んでくるヘッツァーが見えた。
「まただな。ありが」
「とう」が口からでなかった。代わりに鮮血が噴き出した。強い鉄の匂いを鼻に感じながら下を見ると、俺の腹には奴の尻尾が突き刺さっていた。
悲鳴も嗚咽も上げられず、ただ口からは大量の血があふれた。しゃべろうともがくたびに、息をしようと暴れるたびに、手が、鎧が、地面が赤く染まっていった。
白い尻尾が引き抜かれ、またも血が噴き出る。脈打つ音に合わせて、どくどくどくとあふれ出ていった。そして力を失ったこの体が前のめりに赤い地面へと倒れると、俺の意識は小さくなっていった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
俺を呼ぶ女の子の声が聞えた。妹の声だ。
「起きてってお兄ちゃん! もうお昼だよ!」
体を何度も揺さぶられるが、俺は今眠っていたいのだ。すまないアヤカ。そう思いながら妹とは反対に寝返りを打つと、アヤカは言った。
「あー分かった。もうあれだからね」
「あれ」。妹の指す「あれ」は一つしかない。急いで体を起こそうとしたが、アヤカはすでに俺の耳元に回っていた。
「ふーっ!」
「へえ!」
耳に突風が舞い込んだ。同時に体が強張ってベッドから飛び上がる。その先にはアヤカの笑顔があった。
「おはよ、お兄ちゃん」
「……おはよう」
右耳に残る不快感を小指で拭っている最中だった。はっと頭に電撃が走った。
「な、何をやってるんだアヤカ。寝てないと駄目だろう!」
語気を強めてそう言ったが、アヤカは目線をやや下げるだけで、口には笑みを浮かべていた。
「今日は調子がいいの。昨日のおかげかな」
「昨日?」
「忘れちゃったの? 私の病気を治す方法が分かったーって夜遅くに帰ってきたじゃん。その後すぐ倒れちゃったけど」
そうだった思い出した。俺はついに知り得たんだった。アヤカの、いやこの村を襲う謎の病を祓う方法を、俺はついに見つけたのだ。
今から三年も前のことだった。この村の子供や老人が謎の病に襲われた。心臓にすこしの熱を感じるという奇妙な病に。
はじめはみな半信半疑で、感染したと主張する者同士で、村の人間をからかっているのではないかという説さえあった。だがその一年後にすべてが変わった。
病にかかっていた者の一人が死んだ。熱い熱いと胸をかきむしって、のたうち回って死んだ。近所に住む七歳の子供だった。それから次々病で死んだ。
心臓に宿る熱がどんどんと増して、一年後には死ぬ病。平和だった村に訪れた厄災。これまでにもう何十人も死んだし、村の人々は子を持つことを、年を取ることを極度に恐れた。
そして半年前、アヤカも胸に熱を感じると訴えた。
「そうだよアヤカ! 角なんだ!」
「角?」
「ああ! 隣の隣の隣村の集会所で、旅する竜人に出会ったんだ。その人に村での出来事を話したら、記録があるって言ってくれた。そこには治し方も載ってたんだ」
「どうやって治すの?」
「イヴェルカーナの角だ。イヴェルカーナの角を胸に当てた時、死に至るその熱を消し去ることが出来たって、その本には確かに書いてあったんだ」
言い終わったとたんに強い気力が沸いた。こうしてはいられない。今すぐにかの地へ出発しなければ。
各集会所を渡り歩き、譲ってもらった素材によるベリオロスの防具。いつものおっちゃんを叩き起こして昨日の夜頼み込んだから、今頃装備が出来てるはずだ。
ベッドから飛び上がり、俺の誇りであるディノバルドの片手剣を壁から取った時だった。背中から大声が聞えた。
「やめてよお兄ちゃん! そんなのやめて!」
振り返れば、険しい顔をするアヤカがいた。
「何でだよ。お前やこの村の人たちを助けなきゃいけないだろ」
「お兄ちゃんには無理だよ! 倒せるわけないじゃん!」
「そんなことないよ。俺はディノバルドだって倒せたんだぞ」
そう言って家宝たる片手剣をアヤカの前に差し出すと、彼女はそれをはたきおとした。
「じゃあ一体何個使った? ディノバルドを倒すために、お兄ちゃん一体いくつの罠を使ったの!」
「そ、それは……」
俺は答えられなかった。四十八個を使って倒したのだ。もちろんこれは違法な数だ。
「お兄ちゃんは罠でしか倒したことがないでしょ! 自慢してるディノバルドだって、罠をしこたま持ってって、戦闘中にだってちまちま作って、それでようやく倒したんじゃない! そんなお兄ちゃんにはイヴェルカーナなんて無理だよ!」
「そ、そんなの分かんないじゃないか!」
「分かるよ、お兄ちゃん絶対に死んじゃうよ。私だってあと半年は生きられるんだから、それまで一緒にいてよ……」
ついには泣き出したアヤカを前に、俺は何も言えなかった。それでも行くつもりであった俺には何も。
たとえ相手が罠の通用しない古龍、イヴェルカーナであったとしても、アヤカのためならば。
重い沈黙が流れるこの家で、場違いにチャイムが高く鳴った。鼻をすすったアヤカがどうぞと言うと、入ってきたのはアイルーだった。白と黒の毛並みには確かな見覚えがある。
「ヘッツァー!」
「ヘッツァーさん……」
「ニャ!」
そう言って小さな右手を上げたのは、隣に住むかつての相棒ヘッツァーだ。数多の採集クエストを共にしてきたが、ディノバルドの討伐クエストも共に果たしたが、彼は引退したはずだった。だというのに掲げられた手には、ディノバルドの大剣を持っていた。
「どうしたんだよヘッツァー。子供が生まれたんだろ?」
「ニャニャウ、ニャー!」
「話は聞いた、共に行こう?」
俺の後ろのアヤカがそう言った。アヤカはアイルーの言葉が分かるのだ。
「一緒に来てくれるのかヘッツァー!」
「ニャ!」
しゃがんで彼と目線を合わせ、その小さなこぶしとグータッチをすると、背中からか細い声が聞えた。
「どうして? どうしてヘッツァーさんも行くの? そもそもアイルーには関係ない病気でしょ……?」
そのアヤカの目をしっかりと見て、ヘッツァーが言った。
「ニャウ、ニャウ」
「友が困っているのだ、他に理由はいらない……」
「ありがとうヘッツァー!」
「ウニャ!」
親友を強く抱きしめると、彼も同じように返してくれた。晴れた日の草むらの匂いが鼻をくすぐる。そして俺は立ち上がり、アヤカを向いて言った。
「ごめんけどアヤカ、俺は行くよ。罠でしか狩ったことのない俺だけど、全部の攻撃の回避なんてとても無理な俺だけど。そんな俺を信じるしかない俺だけど。それでも俺はハンターで、お前の兄なんだ」
アヤカは最後の最後まで、ただ涙を流していた。
気が付くと、俺の体を緑の液体が覆っていた。これは彼の奥義だ。
「助かった、ヘッツァー!」
「ニャ!」
ミツムシど根性。死に瀕した人間を回復することが出来る強力な技だが、一日に二度は望めない。
助けてくれた彼に向けてグッジョブと右腕を出して、俺は片手剣の柄を握って立ち上がった。
「もう一度だ!」
一度は死にかけてしまったが、今の俺にはその経験がある。どう動けばいいのか、どう避ければいいのか、いつ攻撃できるのか。もはやすべてが頭にある。
氷でできた大地に立つ奴へと向けて、俺はひたすらに走った。
「ニャー!」
ヘッツァーが大きく飛び掛かり、生まれた隙へと俺が刃をねじ込む。氷の槍を盾で受け流して、そしてまた刃を入れる。炎の力が奴を焼いて、銀の鱗が宙に舞う。
「倒れろ!」
激しさを増す攻撃によって、俺の息は大きく乱れていたが奴だってそうだ。もうあと一歩で奴は倒れ、角へと攻撃を加えられるに違いない。
だがそのあと一歩を奴は踏みとどまった。傷ついた四本の足で地面を掴み、大きな翼で飛び立った。そして地面へと頭を向け、自身の足元へと氷のレーザーを発射した。
「何ッ!?」
すると地面が大きく揺れ、奴を中心にして円状に氷の壁が噴出した。一枚二枚とどんどんと外側に向かってせりあがり、三枚目は俺の足元だった。
「ヘッツァー!」
宙に飛ばされ、逆さになった俺の視界の中で。氷の地面が奈落へと消えていき、ヘッツァーも暗闇に吸い込まれていくのが見えた。だがヘッツァーが見えなくなる間際、呼び出したミツムシに彼が掴まったのも見えた。
「ぐぅ!」
背中から地面に打ち付けられ、両手足も強く叩きつけられる。そして高い高い耳鳴りが頭の中を響く中で、揺れに揺れる視界の中で。あたりに飛んできた剣と盾を拾おうと動けば、体中がぎしぎしと鳴って鋭い痛みが走った。
そして、以前より小さくなったこの場所で、大きな岩々に見下ろされるこの白い広場で、奴が俺を見下ろしていた。
俺の相棒はもういない。共に戦い、回復もしてくれる親友は、背後の奈落に消えてしまった。
そして俺の全身には強い痛みが走り、どう頑張っても長くは持たない。
ここで終わりなのだろうか。俺はここで死に、アヤカや村の人々も病で死んでしまうのだろうか。
否、栄光は、勝利は必ず俺にある。これまでもそうしてやってきた。アヤカが病に侵され、治療法を求めて探し回った時には毎日のようにやってきた。
両手で頬を叩き、前を向いて叫ぶのだ。
「俺なら出来る! やるぞ俺ッ!」
あともう一歩だ。痛む腕を、悲鳴を上げる足を無理やり動かして俺は走った。
奴は地面に体を固定し、首を後ろに引いている。
「レーザー!」
予想の通り薙ぎ払いのレーザーが飛んでくるが、奴はここに来てもまだ力を増していた。薙ぎ払うレーザーの後を追って、氷の壁が生まれては爆発しているのだ。
だが見えた。砕け散った氷の壁の、その足元がわずかに残って段差となっていることに。この段差を使わない手はない。俺は片手剣の使い手だ。
薙ぎ払いのレーザーを大きく飛び越え、直後に生まれた壁の爆発を盾で逸らす。そして生まれた段差を強く踏んで、俺は奴へ向けて飛んだ。
「いけろッ!」
かがんでいた奴の首を越えて、俺は背中にとりついた。片手剣を突き刺して滑る体を固定すると、たまらず奴は飛び上がった。
そして二度三度と大きく体を揺らしたが、俺は片手剣を離しはしなかった。ここで離せばすべてが終わる。血が出るほどに握りしめて、歯を食いしばって耐えた。
すると奴は二度羽ばたいて、岩壁へと向けて飛んだ。そして壁へと向き合うと、大きく体を引いた。
まずい。奴は背中の俺を壁へとぶつけるつもりだ。多くのハンターはスリンガーを使ってこの危機を脱すると聞いたが、俺にそんな装備はない。
どうするべきか考えている最中に奴は体を翻し、岩へと向かって動いた。大きな黒い岩が、死が目の前まで迫ったさなか、俺は片手剣を引き抜いて、岩へと向かって飛んだ。
黒く冷たい壁に張り付いた直後に岩壁が大きく揺れた。下を見れば奴の体が俺の足のすぐ先にあった。もう二センチ下なら俺の足は無かった。だが安心よりも先に俺の足は動き、合わせて腕も上へと動いた。
登れ。登るんだ。体がそう叫んでいる。内側から溢れる思いによって上へ上へと登ったが、なぜなのだろうか。どうして登らなければならないのだろうか。
「そうか! 見えた!」
今や奴の上を取っていた。奴の角が見下ろせる。俺は壁から反転し、足で強く蹴って飛び上がった。逆さにした剣を両手で持ち、縦一文字に斬り下ろす。
悲鳴と共に奴が地面に落ちた。今だ。
すかさず盾を構えて後ろに飛び、俺の全身に力を入れる。体が内側から赤く光った。そして角へと一歩飛び、剣へと意識を集中させた。俺の思いが剣へと移り、その刃が真っ赤に光る。
「その角ォ!」
叫びのままにX字に斬撃を加え、さらに盾で打ち上げを浴びせる。そして最後に真っすぐ刃を刺して、入れ込んだ刃を起点に角へと飛びつき一気に引き抜いた。
「寄越せェッ!」
片手剣の持つ最大火力。ジャストラッシュだ。俺から剣へ、剣から角へと移った赤い光の爆発で俺は大きく吹き飛ばされた。
同時にけたたましいイヴェルカーナの悲鳴が響いた。耳どころか全身がしびれるほどの大咆哮だった。
見れば奴の頭から角が消えていた。どこだ? どこに落ちたんだ。あたりを探してすぐに見つけた。俺のすぐ足元に、真っ白に光るイヴェルカーナの角が落ちていたのだ。
拾上げて握りしめると、その冷たさがグローブ越しにも強く感じた。これなら絶対に治るに違いない。そう思った俺の目の前に奴が迫っていた。
奴が突進してきていたのだが、俺はもう一歩も動けなかった。なすすべなく吹き飛ばされた。
地面に転がる俺の耳に、等間隔で音が近づいてきていた。見れば奴が一歩一歩近づいてきている。黄色い瞳で見下ろしながら、角を折った俺へと向かって。
なんとか頑張ってみたものの、体どころか腕さえ上がらなかった。走って逃げだすなんてとても無理だ。俺はここで死ぬのか。ならせめてこの死体が見つかった時には、この角も一緒に見つけてもらわねば。
そう思い、ぎゅっと目を閉じて、手のひらにある角を俺は強く握りしめた。決して離さないようにと、死してなおそうであるためにと。
奴がもう本当にすぐそばに来た。呼吸が聞えるほどの距離だ。どうやって殺されるんだろうか。尻尾で一刺しであってくれ。
だが聞えた。大きく羽ばたく音が。そして同時に強い風圧を体に感じた。二度三度と力強く羽ばたく音の後に、奴が大きく一声上げた。
強く閉じていたまぶたから力を抜き、イヴェルカーナの姿を確かめた。するとかの古龍はこの広場の空を一周して、山を越えて去っていったのだった。
「行ったのか……?」
なぜなのだろうか。どうして奴は俺を見逃したのだろうか。
不思議に思いながら広くなった空を見上げていると、後ろからミツムシの羽音が聞えた。
「ニャウー!」
「ヘッツァー!」
ミツムシのおかげで痛みの引いた体で相棒を抱きしめ、彼に戦果を渡した。
「ウェニャー!」
「凄いだろうヘッツァー! ついにやったんだ!」
白い角を掲げて飛び上がったヘッツァー。そんな彼との小躍りの後に、白い地面に腰を下ろして、二人してイヴェルカーナの消えていった空を見上げた。
「思うんだよヘッツァー。イヴェルカーナは許してくれたんじゃないかって」
「ニャウ?」と首を傾げたヘッツァーを見て、俺は続けた。
「俺は角を手に入れたけど、奴はまだ元気だった。なのに飛び上がって去っていったんだよ。角を折った俺に止めを刺さずに、山の向こうに行ったんだ」
「ニャウニャウ。ニャー」
それならそうに違いない。おそらく彼はそう言って、二度三度と頷いた。俺も頷いて立ち上がった。
「帰ろうヘッツァー、ありがとな」
「ニャ!」
強さと寛容さをそなえる銀の龍。偉大で強大な古の龍。その龍の住処へと背を向けて、俺たちは並んで歩き出した。