フレーゲル男爵転生   作:大同亭鎮北斎

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クロプシュトック討伐軍編成

帝国暦四八六年三月二二日 ブラウンシュバイク公爵オーディン邸

 

「ヨアヒム、委細は聞いたな?」

 政治的にも物理的にも巨大な男、わが伯父オットー・フォン・ブラウンシュバイクが執務机の向こうから問いかける。その背後では未だ庭に面した迎賓館が燻っていた。周囲は黒い詰襟と鈍色の甲冑姿が囲んでいる。あれが装甲擲弾兵であると今生の記憶から理解はできるが、どうにも時代錯誤に見えて仕方なかった。

「はい伯父上。この度の事件はクロプシュトック『元侯爵』によるものであり、クロプシュトック家は取り潰し。伯父上が上級大将として現役復帰の上、領地討伐の指揮をとられると」

「いかにも、その通り。昨晩陛下のもとへ参上し、その旨勅命いただいた」

 自宅での夜会をあれほどの惨事へ変えられた当事者である。となればその不名誉を雪ぐべく討伐軍司令官となるのも不自然なことではあるまい。伯父上は予備役上級大将、敵手たるクロプシュトックは予備役大将と格としても十分釣り合う。もっとも両者ともに実戦経験は皆無に等しいが……

「そしてその功で元帥へ昇進すれば、軍内でのわしの地位も確たるものとなろう」

 この頃皇帝は酒色により健康を損なっていると宮廷雀達の専らの噂であった。クロプシュトック元侯爵が貴族社会から離れて長かったため、そうとは知らず暗殺を企てたのは喜劇であるか悲劇であるか、判然としない。

 どちらにせよ、後継者指名がない今、先を見据えれば軍部への影響力拡大は必須である。となれば誰にも付け入る隙を与えぬ形での武勲が必要だ。

「であらば不祥事のなきよう、若手を締め付ける必要がございますな。大逆人となったからにはクロプシュトック侯爵の領地領民は陛下のものですから、徒に略奪暴行など働けば政府に付け入る隙を与えることになりかねませぬ」

「う、うむ……随分と理解が早いな?」

「お褒めにあずかり光栄です伯父上。のちに従妹の直轄地となる地を害すようなこと、このヨアヒム・フォン・フレーゲル決して許しませぬとも」

「あぁ。そうであるな」

 忘れがちではあるが、従妹にして伯父上の娘、エリザベート(今生の私は親しいようであり、彼女には「にいさま」と呼ばれているようだ)は帝位継承権二位。女帝の座に座ることは十分ありうるのである。とならば今上帝に一旦預けたとて、結局転がり込んでくる……とまあこういった理屈もたつ。元帥杖と、娘の利益。これがあればブラウンシュバイク公爵は略奪を許すまい。

 こうすれば大義名分を立てつつ、双璧との敵対を避けることもできよう。かの二人と対立し害そうとすれば、下手をすると金髪が暴走機関車になって突っ込んできかねない。それを避けるには軍規を徹底させるに尽きる。目覚めてから必死で考えこの結論に至った(が、どうも反応を見る限り公爵は理解しており「私」を含めた青年貴族たちが暴走したようである)

「アンスバッハから聞いたが、おぬしは随分と一夜にして成長したようだな。男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、どういった心境の変化だ」

 伯父上が頭を見ている。まぁ確かに怪我の処置を理由に「貴族らしい」ヘアスタイルは短髪へと変更した。しかしそういう話ではあるまい。

「伯父上。我が友たちは、何れもゴールデンバウムの藩屏たる名士たちでしたが、昨日私を守り命を散らしました」

 前世の記憶が強すぎ、その基準に照らせば貴族のドラ息子どもとしか言いようのない体たらくであったが、少なくとも今生の友人たちではあった。さらば友たちよ。従者に鞭打ったりするのは人としてどうかと思うけれど、いい友人ではあった……あったかな? あやしいかもしれない。しかしながら名目だけは友人としよう。

「喪われた彼らに恥じぬよう、家門に恥じぬ行いを心がけようと考えたのです」

「うむ……うむ……! 立派だ! さすが我が甥!」

 味方を撃つに躊躇のないリッテンハイム侯爵と比べ、伯父上はどうにも大貴族としては甘い。もちろん人としては美点であるが、権門の当主としては些か人情的に過ぎると言えよう。ゆえに、本来敵視しても構わぬはずの弟を大切にし、その息子たる「私」にも愛を注いだ。ありがたいことである。その甘さゆえに青年貴族たちの暴走を許したが「私」が私となったからには、この恩に報いるためにも、可愛い従妹の未来を絶たぬためにも、そして自分自身の生存のためにも、愚か者に飴をもち望むつもりはない。

「おぬしも現役復帰し参謀長として同道してもらう。今のおぬしならば任せられよう」

 そこはアンスバッハやシュトライトではないのか、と思わなくもない。しかし確かにこの時点では「予備役」の前置詞が取れればブラウンシュバイク一門の中で公爵本人に次ぐ階級を誇るのはこの私、フレーゲル予備役少将である。

「いかに我らが誇り高き貴族であると言えど、軍事に関しては階級相応の差配ができぬのは事実として認めざるをえぬ。それはわかるな?」

 よくわかる。私に将器などあろうはずもない。こちとら令和年間を生きていたのである。しかも正規軍はさておき、残りは貴族私兵の連合軍……歯に衣着せぬ物言いをすれば、烏合の衆である。

「恥ずかしながら、私もまさしくそこに不安がございました」

「……うむ」

 ブラウンシュバイク公は拍子抜け、という具合の表情を見せる。反発や大言壮語の一つでもしてみる方が「私」らしいかとも思うが、そうして「私」らしさを貫いた末路を知る身としては向こう見ずにはなれない。

「ゆえに、戦闘技術顧問を帝国正規軍より招聘することとなった。アンスバッハ、御両名をお連れせよ」

「御意」

 アンスバッハが隣室へ退き、すぐさま少将の階級章を付けた若者二名を引きつれ部屋へと戻った。蜂蜜色のくせ毛の好青年と、濃いブラウンの髪にヘテロクロミアの美男子である。両名とも、前世で憧れた英雄であると一見して分かった。思わず立ち上がり、先に敬礼をしてしまうのも致し方ないことだ。

「ウォルフガング・ミッターマイヤー少将、オスカー・フォン・ロイエンタール少将両閣下とお見受けいたします。参謀長を拝命いたしました、ヨアヒム・フォン・フレーゲル少将であります」

 ミッターマイヤーはやや慌てて、ロイエンタールは優雅に答礼する。

「む。ヨアヒムは両名と面識があったか?」

「いえ。しかしご勇名はかねがね。両閣下からご指導いただけること、このフレーゲル感激の極みであります。正規軍ほどの練度はない私兵が多い編成となりますが、伯父上のため、そして陛下のため私も軍規を徹底いたす所存です。何卒よろしくお願いいたします」

 ミッターマイヤーは貴族将校たる私に礼を払われたからかやや居心地が悪そうな表情を浮かべている。ロイエンタールは片眉を釣り上げていた。内心面白がっていることであろう。武功に必死の滑稽な姿と映っているかもしれないが、二年後の死を避けるためであれば外聞など知ったことではない。アンスバッハとブラウンシュバイク公は目配せしあい首をかしげていた。お気持ちはお察しする。

 この二人の指示に唯々諾々と従っていればクロプシュトック私兵など鎧袖一触であるだろう。なにせミッターマイヤーに至っては作中で「自分に指揮権を与えれば三時間で攻略してみせる」などと宣ったのである。お手並み拝見といくべし。私は私兵を伯父上の威光で締め付けるのみである。高みの見物といこう!

 

 この対面の一週間後となる三月三〇日、帝国正規軍を中核にブラウンシュバイクら門閥貴族の私兵を糾合した艦隊はなんとか編成を終え、艦列を整えて帝都オーディンを発しアルテナ星系へのジャンプポイントへ向かった。フレーゲル参謀長がめいいっぱいにブラウンシュバイク公爵の威光を重ね着した結果、討伐軍は一応なりとも正規軍並みの艦列を維持していたが、門閥貴族の間では不満が渦巻いていた……


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