フレーゲル男爵転生   作:大同亭鎮北斎

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ティアマト防衛作戦

帝国暦四八六年五月一九日 ブラウンシュバイク元帥府

 

「自由惑星同盟を僭称する叛徒の軍勢が、ティアマト星系の再征服とイゼルローンへの攻城戦をもくろんで居る。この侵略的意図をくじくべく、皇帝陛下は我がブラウンシュバイク元帥府へ防衛を命じられた」

 重々しく伯父が語る。いったいどうしてこうなったのか。原作と乖離を見せる現状に、私はこの一か月間にわたり困惑の渦中にあった。優雅なる門閥貴族の一員としてけっして表には見せぬが、心中では疑問符がさながら初夏の台風の如く荒れ狂っている。

「ついては迎撃作戦を元帥府参謀部が立案した。フレーゲル参謀長、説明を」

 伯父はこのような場では貴族の位階ではなく軍の階級で呼ぶ。そのような区別はできているわけで、「私」の記憶とこの数か月の経験からするに、大貴族でありつづけられる英明さは備えているようであった。

 名前を呼ばれたことで意識をこちらに戻す。会議に参加する提督たちはミッターマイヤー中将、ロイエンタール中将、ファーレンハイト中将、エルラッハ中将、メックリンガー中将、ヴァーゲンザイル中将、ゾンバルト中将の七名。いずれも一個艦隊の指揮にたえうる司令部を抱えており、編成次第で七個艦隊が元帥府の麾下におかれることとなる。

「作戦についてご説明いたします。お手元の資料をご覧ください」

 各人の端末へ送られた資料と、スクリーンに映したデータをもとに説明を始める。

「ご存じの通り、先だっての第三次ティアマト会戦で叛徒は一個艦隊を喪失、ティアマト星系の制宙権を喪失しております。叛徒にとって悲願であるイゼルローン攻略は、回廊出口のティアマトを確保しない限り補給・進軍のおぼつかない状態となっており、今回の遠征はイゼルローンへと向かうべくティアマトを再占領することが目的と考えられます」

 ラインハルトが原作で扱き下ろしたほど「無益な出兵」ではないと思われるが、彼ほどの将才があれば、同盟に対しこのような防衛作戦に出ること自体が無益に思えるのだろうか。征服してしまえばいいのだ! と。言葉だけならば先だってティアマトの塵と消えた同盟軍のホーランド中将と大差がないように見えるが、ラインハルトには実力が伴っていることを私は知っている。

「我が軍の戦略目標はティアマトの制宙権を維持するにあり、イゼルローンで補給の上サジタリウス腕に進出。敵の侵略企図を挫くこととなります。そのためにとりうる戦術は二つ」

 ゾンバルトがちらりと首をかしげる。帝国も同盟も、過去百年以上艦隊決戦で雌雄を決してきた。それ以外の手法など考えられぬとばかりに繰り返している。

「一つは、正攻法。ティアマトにて進撃する敵の正面に展開し決戦を強要する」

 原作とは違いラインハルトは今回の出兵に加わらない。加わったとしても、レグニツァへの出陣や敵前への突出などは行わせない。ラインハルトを殺したくないと言えば保身の本能に嘘をつくことになるが、彼を戦場にて葬るのは無理だろう。

 となると、パエッタ中将の第二艦隊が健在のまま決戦を迎えることとなる。こちらの陣容から見れば敗けるとは思えないが、相応の犠牲を払うこととなるだろう。

 ラインハルトとはできる限り敵対しないつもりではあるが、リヒテンラーデ、リッテンハイムなどの相容れぬ敵がいる以上、陛下にことあれば(つまり来年秋頃には)内戦が勃発する可能性は否めない。となれば元帥府の将兵を同盟領で流星とするわけにはいかないのだ。一兵でも多くの帰還を!

「対案は、アスターテへの進撃。敵主力を迂回しヴァンフリートを急進してアスターテへ向かう。宙域規模での後方遮断だ」

 スクリーンに迂回機動をとる我が方がプロットされる。

「卿らの意見はどうか」

 伯父上が重々しく尋ねる。

「正面決戦こそ宇宙艦隊の本領。元帥府の門出にふさわしいかと」

 エルラッハ中将の発言に、ヴァーゲンザイル中将とゾンバルト中将が首肯する。

「戦わずして勝つことこそ、元帥閣下の明晰なる頭脳を他の軍首脳へと誇る機会となるでしょう」

 ロイエンタール中将が幾分芝居がかった物言いで反論する。ミッターマイヤー中将、ファーレンハイト中将、メックリンガー中将が頷く。予定調和である。

「うむ。わしも後者の作戦がよりこの元帥府の智謀を示すことであろうと考える。勇猛さはミュッケンベルガー元帥に任せようではないか」

 とこのように作戦は決した。決していた。舞台裏を覗けば、なんということはない。アンスバッハ・シュトライト・フェルナーら参謀とともに後者の作戦計画はとうに研究済みであり、ミッターマイヤーら四提督には根回しと説明を、そして伯父上には裁可をいただいていたのである。エルラッハらの決戦派となるだろう三提督を納得させる芝居を打ったにすぎない。

「作戦詳細を」

「は。アンスバッハ少将」

 丸投げである。軍事はよくわかりませんわ。

「はい。では行動計画をお伝えします。編成は……」

 

「ミッターマイヤー」

「ロイエンタールか。どうした?」

 元帥府内には各提督の司令部と執務室が設けられている。会議を終え持ち場へ戻ろうとするミッターマイヤーに背後から声をかけたのは、ヘテロクロミアの親友であった。

 周囲ではエルラッハ中将が「武功がたてられぬではないか……」とぼやき、ファーレンハイト中将は「練度もまちまちなのだ。まずは小手調べだろう」などと慰めているのかなんなのかわからない言葉をかけている。

「少しお前の執務室でいいか?」

「あぁ、構わない」

 戦場においての疾風迅雷の働きは、事務室においても健在であり、ミッターマイヤー中将の司令部は既に出征準備のあらかたの見積もりを終えていた。補給が開始されるまでは待ちの姿勢である。

 ほぼ無人の司令部オフィスを素通りし、ミッターマイヤーらは執務室で柔らかな革のソファへと沈みこんだ。

「どう思う?」

「元帥閣下か? 大貴族らしい尊大さではあるが、まぁ仕えるには我らの言も容れるし、才覚はともかく器はふさわしいお方だと思う」

「違う。我らが参謀長だ」

「うぅむ、容易に評価しかねるな……まず門閥貴族らしからぬ腰の低さとフットワークの軽さ。これは俺としては好意を持っている」

「俺からすると少々『平民的』に見えるが」

「卿は曲がりなりにもフォンの称号をいただく貴族だからな」

 言われた方は、青い方の目を皮肉げに細めた。彼の金銀妖眼から見れば、フレーゲル参謀長はテロ以降些か浮足立っているようであった。すくなくともその位階と伯父の地位にふさわしい「鈍重さ」(好意的に言えば「落ち着き」となる)は持っていない。なにせ自身が予備役であったとはいえ、同階級の平民将官へ先に敬礼したのである。

「次に、軍規への厳正さや賞罰の公平さ。これは平民である俺としては理想的であるといっていいな」

 ロイエンタールが黒の目をも細めた。一門衆を躊躇なく射殺して以降、この親友は参謀長へ忠誠心じみたものを抱いているようであった。ロイエンタールとしては権威を誇示するための行いであったようにも見えてしまうが、少なくとも平民の兵たちからは「貴族の鑑」などと評されている。ブラウンシュバイク公爵も、鼻高々であった。

「参謀たちの意見をすり合わせ一つの大計画とする能力も、申し分ない。領地での内政を行ってきた経験が生きておられるのだろう。だが、こと将才に関しては……」

 どこに、どれほどの隊を配置すればいいか。そのあたりの勘所をおさえていない。もちろん、そこまでを求めるのは酷なことであるが、ミッターマイヤーとしては惜しいと感じざるを得ない。自らの軍才をもってそれを補うつもりではあるし、今回は作戦立案には関わっていないが、参謀たちのサポートがある。すくなくとも一見して破綻している計画ではなかった。

「そこよ。自らより才なきものの指揮に従うこと……そこだけが俺も気がかりなのだ」

「立派なお方だし、俺は彼を支えることに不満はないがな。ロイエンタール、卿はすこしばかり野心的に過ぎるんじゃないか」

「んまぁ」

 ぎょろりとヘテロクロミアが頭上を仰ぐ。天井の向こうには元帥一門とその家臣がいるはずだった。

「自覚はある。そして、奇妙なことだがあの『情けない坊ちゃん』を守ることは面白く感じているよ」

「家臣団の前で口に出すなよ」

「むろん、卿と本人の前でしか言わぬさ」

 そうなのである。貴族将校射殺ののち、仇討ちに燃える親族に襲撃を受けた際、フレーゲル中将は一見堂々たる姿であったが、よく見れば小刻みに震えながらハンドブラスターを構えて冷や汗をかいていた。その姿は情けなかったが、貴顕の優雅さを保とうとしている有様はやはり名門らしいものであったといえる。それを救ったのはこの場の二人であるが、以降人目のないところでは軽口を叩くことが許されていた。もっとも、参謀長本人も応じる如く下賤な物言いを用い、あれは当人にとっても息抜きとなっているのではないかとロイエンタールは疑っていたが。

「なんにせよ、俺たちも次の戦では重責を担うわけだ」

「特にミッターマイヤー、卿はな」

 ミッターマイヤーの率いる隊は先頭を進み、いち早く同盟艦隊の後背をふさぐこととなる。疾風と呼ばれる名将に、それはふさわしい任務であった。

「参謀長のお手並み拝見といこうではないか」


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