フレーゲル男爵転生   作:大同亭鎮北斎

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第八次イゼルローン攻防戦

宇宙歴七九六年九月一二日 統合作戦本部ビル

 

「であるからして、道義的優位性に勝る我々は、今回こそイゼルローンを落城せしめることが敵うでしょう!」

 作戦参謀アンドリュー・フォーク准将が朗々たる演説を締めくくった。これが政見放送であれば拍手喝采であったであろうが、現実の作戦を論議すべき場にはふさわしからざるものであり、会議室は戸惑い半分しらけ半分といったところであった。

「要塞奪取を目指す都合八度目の攻城戦であるということは十全に理解した」

 口火を切ったのは、第五艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック中将である。今回の作戦に動員される第三艦隊・第五艦隊・第七艦隊の三個艦隊の司令官のうち、最年長のたたき上げであった。それゆえに「老練」の代名詞と呼ばれ、階級以上の影響力を誇っている。

「しかしながら、何故このタイミングなのだ」

 老将が聞いているのは「どうしてもっと急がなかったのか」である。先の第七次攻防戦により要塞駐留艦隊は戦闘力を喪失。一時イゼルローン方面に帝国側機動戦力は不在であったのだ。その隙を狙えばよかったものを、という主張であるからこれは諸将も疑念を抱くところであった。

「お答えいたしましょう。ご存じの通り、要塞防御司令にはコルネリアス・ルッツ大将が就任。要塞駐留機動戦力はカール・グスタフ・ケンプ大将の艦隊が補充され、要塞・艦隊双方を統べるイゼルローン方面軍司令官の職が新設。ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵上級大将が親任されております」

 帝国通からみれば「帝国軍ローエングラム派が要塞に派遣され防御態勢を固めた」とわかる陣容である。昨今力を増す帝国軍ブラウンシュバイク派、現在も発言権と名将を抱えるミュッケンベルガー派が軍内で競い合っている(と帝国事情は伝えられている)ことを考えれば、帝国の将官の人材の厚さは同盟軍の羨むところであった。

「ローエングラム上級大将は若干二〇歳、皇帝の愛姫の弟であるために立身出世を重ねた、いわば専制主義の寵児です。彼の一派が掌握したイゼルローンは、むしろ弱体化したといえましょう」

 自信満々にフォーク准将は述べる。この場には直接対峙した経験を持つパエッタ大将もいたが、彼もまた「ローエングラム艦隊の活躍は智将シュターデンの手による芸術的作戦が背景にある」と信じ込んでいた。ローエングラム上級大将本人を評価しているのは、同盟では現在までのところヤン中将程度であったが、彼は本人たっての希望により暫時戦史編纂室顧問の任にあり、実戦部隊を離れて歴史記録に囲まれる状況を思う存分に満喫していた。

 フォーク准将の言に納得する態度を示したのは、第三艦隊司令官ルフェーブル中将と、第七艦隊司令官ホーウッド中将であった。いずれも士官学校を卒業してより数多の戦いで勝利を重ね、輝ける武功を胸の勲章にぶら下げる、同盟の名将たちである。

「瓢箪から駒が出る、ということもあるぞ」

 ひとしきり鼻をならしたあと、ビュコック中将は警句を口にした。まさしく、オリオン腕においてはラインハルトの評価はその通りであり、野心を疑うものや派閥を疑うものはいても、将才を疑う人間は皆無といってよかった。今回のイゼルローン方面軍司令官という新ポストも、リヒテンラーデ国務尚書・シュタインホフ統帥本部総長により計画された「功績を立てさせる」ための配置である。

「閣下のような人物は、そうそう居るものでもありますまい」

 ルフェーブル中将にそう言われては引き下がらずをえない。こちら側の渦状腕では、士官学校を経ず一兵士から提督へ上り詰めたビュコックこそが「瓢箪から駒」と目されているのである。

「では、行動計画をお話しします。データパッドをご覧下さい」

 フォーク准将の声は、よく通る声であった。

 

「ヤン顧問殿、此度の帝国の動きはどう考えられておいでで?」

「よしてくれラップ室長」

 本来戦史編纂室長には大佐を以て充てる。ヤンは武功によりポストを選ぶ権利が与えられた時、近々中将にならんとする少将には相応しくないその地位を望んだ。そのポストが得られるならば、降格も厭わない(年金は惜しかったが)という態度が功を奏したか、またいかなる解釈と軍律の曲解を経たのかは定かでないにしろ、期限付きで顧問という珍妙な肩書きを得て、編纂室の扉を潜れたことは、彼にとって望外の喜びであった。

 ラップ大佐は共に戦史編纂室への異動を希望、この二人は第六艦隊司令部への転任が内定しており、ならば一緒に分かりやすい場所へ放り込んでおけ、という理屈か彼が室長の座に座らせていた。

「常識的に考えれば、今回我々の付け入る隙となった指揮系統について一本化を図ったということだろうね」

「非常識な考えもあると」

「うん。些か突飛な思考になるが、官打ちとか……」

「官打ち?」

 はて。如何なる戦法戦術の類であったか、とラップは思う。彼も戦史研究科在籍の歴のある人物であり、戦史に限ってはヤンに勝るとも劣らない事跡に通じていた。しかし、興味の赴くままに文化史・政治史までを読み漁ったヤンと比べ知識の幅は狭いものであったから、その言葉の意味は分からなかった。

「西暦古代史に属する政治用語だから、知らなくても無理はないさ」

「悪い癖が出ているのではないですか? 顧問殿」

「よしてくれってば、ラップ。ええっと……」

 ばりばり、とおさまりの悪い黒髪を掻く。これが智将と呼ばれる人間であるわけで、ラップとしては「英雄は遠くにありて想うもの」だと思わざるを得ない。

「東洋の島国、日本――カタナやサムライの起源となった国だよ――の宮廷政治家の使った政治戦術の一つだね」

 カタナやサムライ、そしてニンジャは現在に至るも同盟のコンテンツで人気のテーマだ。中でも光を発するライトカタナを使う銀河連邦のサムライ集団「ジダイ」を描く「ジダイバース」と呼ばれる作品群は士官学校でも愛読者が多かった。

「ニンジャを使った暗殺か何かか」

「いや。非常に穏当なものさ。憎むべき敵を賞賛し、高い官位を与えるんだ」

「なんだそりゃ。敵に塩を送る、ってやつか?」

「それも日本の表現がもとで――」

「後で聞く。本筋を頼む」

 やや不満げな顔をしてヤンが紅茶を飲む。

「不相応な官位職責で、相手が自滅するのを望んだのさ。放っておけば勝手に転ぶ、ってことだね」

「……ははあ。なるほど、失敗を望んであえて前線の責任者にしたって?」

「うん。専制主義国家の帝国で、しかも憎まれっ子たる天子の寵姫の弟だ。同盟に手を下させれば、皇帝の憎悪は隣の渦状腕に向かうと考えたら悪い話じゃないだろ」

「俺は時々お前が恐ろしくなる」

「でも今回はきっと違うと思うんだよね。彼を出世させたい思惑と、帝都から遠ざけたい思惑とが絡み合って、結果としてやや過分にも思える出世が……」

 そのまま黙考に入ったヤンを放置して、ラップ大佐はコーヒーを汲みに給湯室へ向かう。軍のコーヒーは安物らしい味だが、彼はその味を気に入っていた。

 

 ヤン少将の「銀河帝国における政治事情の考察」と題されたレポートが提出されたのは、これから数週間後のことであった。その時点で既に攻撃部隊とロボス元帥の座上する総旗艦アイアースはアスターテを抜け、イゼルローン宙域へジャンプアウトしていた。

 結果から言えば、帝国暦四八七年(宇宙歴七九六年)一〇月上旬に戦われた第八次イゼルローン攻防戦は以前までのそれと同様、同盟の遠征軍がイゼルローンを敗軍として後にする形で終結した。被害は当然第七次のそれより大きいものだったが、長らく蓄積した攻城戦の経験から「惨敗」のレッテルを貼るには小さいものであり、またケンプ提督の要塞駐留艦隊も、正面からの打ち合いで相応の損失を負ったのであった。

 こうあっては容易にラインハルトを昇進させることはできない。帝国の人事は、機動戦を得意とするラインハルトの才能をイゼルローンへしばりつけることによって、図らずして「官打ち」の体をなしていたのであった。追撃で戦功を上げることを目論見、ティアマトからアルレスハイムへ抜けて撤退中の艦隊を襲撃する計画を立てたラインハルトであるが、思わぬ事態により掣肘を受けることとなる。

 一〇月一〇日、銀河帝国皇帝フリードリヒ四世が崩御、帝国臨時政府は全戦線での攻勢の停止を指示したのであった。

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