二周目提督あふたー   作:ベリーナイスメル/靴下香

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ファーストステップ

「どうして霞が第三艦隊に正式所属なんでしょう」

 

「……え」

 

 いつか言われるだろうと心構えはしていたものの、まさか自室で姉からおもむろにとは思っていなかった霞。

 至極真面目な表情を向けてくる姉の朝潮へ少したじろぐものの、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

「うん、そう思っても仕方ないと思うわ。私だって那珂ちゃ……さんを筆頭に、他のメンツと比べてもまだまだだって理解してる。だけど、あの艦隊には私が居てこそだって思ってもらえるように――」

 

「え? 違うわ? 霞の実力が足りていないとかそういう意味で言ったわけではないわよ?」

 

 何を言ってるんだろうかと真面目な顔から一転、不思議そうな表情を浮かべる朝潮。

 

 要約してしまえば、これからを見てくれといったことをしっかり話そうとした霞は思わず足を滑らせる。

 

 実際の話、霞が第三艦隊へ正式に所属が決まったことへ異を唱える艦娘は誰も居ない。

 提督は勿論、那珂であったり六駆の全員から推薦もありむしろ歓迎ムードかつ、お祝いムード一色。

 

 そんな中、妬むではないが、羨ましく思っている者が多くいるのも事実で、いずれそういった気持ちをぶつけられるだろうと覚悟はしていたのだ。

 

「霞?」

 

「あーうん。そう思ってもらえてるなら何よりよ、ありがとう。それで? じゃあどういう意味なのかしら?」

 

 ではなんだろうかと、考えてみても思いつかない霞。

 

「え、ええ。言ってしまえば私と霞の違い、かしら。こういってはなんですが、第三艦隊で行動を共にした経験以外に違いが思いつかないの」

 

「違い……なるほど、ね」

 

 朝潮は言っているのだ、墓場鎮守府へ先任の艦娘に比べればまだまだと自覚しているが、霞と自分に大きな差はないだろうと。

 

 確かに第三艦隊として行動した経験があるという面が正式所属決定の一因であることに違いはない。

 しかしながら、朝潮自身第三艦隊としてでは無いにしても、第一艦隊、第二艦隊と共に出撃経験を積み、演習でもそれなり以上に力を発揮できつつある朝潮。

 

 客観的に、誰が見ても朝潮は何処に所属しても十全以上に力を発揮できるだろう。

 

「気持ちは、わかるわ。仮とは言え一応、皆の所属が決まりつつあるもんね」

 

「はい。司令官のお考えがあるとは勿論わかっています。ですけど、やっぱり……」

 

 焦っているのだ朝潮は。

 元呉鎮守府のメンバー以外、言ってしまえば艦学のメンバーは暫定的とは言え所属先が決まりつつある中、自分だけそういった話を貰えていない。

 

「やはりまだまだ足りないものがあるということなのでしょう、精進せねばと思うばかりですが……目標と言いますか、そんなのが欲しいの。これさえクリアできればと。だから、唯一正式所属が決まった霞なら何か思いつく事や見えるものがあるのかなと思って」

 

 真面目な朝潮らしいといえばそうだが。

 思わず頭に浮かんだ提督の顔を殴りつけたい気持ちをこらえるのは霞。

 ちゃんと説明してあげなさいよと心の中で愚痴りつつも、これも一つの狙いなんだろうなと理解が及んでいる。

 

 とは言え。

 

「……わかったってば! そんな顔しないでよ……」

 

「え? わ、私どんな顔してた? へ、変な顔?」

 

 姉の悲しげな表情を見たくないのも事実。

 

 故に、霞は内線用の受話器を取り。

 

「あ、夜分失礼します。えぇと、少しお願いがあって……」

 

「か、霞?」

 

 お節介は誰から感染ったのだろうかと、少し苦笑いを浮かべながら受話器の先へ頭を下げた。

 

 

 

「今日ハよろしくおねがいしマース!」

 

「は、はい! よろしくおねがいします!」

 

「お願いします」

 

 一夜明けて朝。

 朝食を終え指定された場所へとやってきてみればそこにはニコニコ顔の金剛と、やや緊張感を纏った大井の姿があった。

 

 未だに何も聞かされていない朝潮は首を傾げながらもとりあえず頭を下げる。

 

「アハハ、そう固くならないでくだサーイ! リラーックスデース! じゃあ、早速行きまショウ!」

 

「え!? あ、あの!? ど、どこへ行くのでしょうか!」

 

「え、朝潮さん、何も聞いてないの?」

 

「は、はい。朝食後にここへと霞に言われただけで……あぁ、敬称はいりませんよ? どうか呼び捨て下さい」

 

 自分が知らない間に予定が組み込まれたらしいとは理解出来た朝潮。

 居合わせた大井は予め今から何が始まるのかは知っている様子、つまりこれは元々予定されていたことで、そこに自分も一緒することになったのだろう。

 

「じゃあお言葉に甘えて呼び捨てで。えぇと、一応私は元呉艦娘のまとめ役ということもあって、今後へ活かすためにも墓場鎮守府の訓練風景を見学というか、教えて欲しいって言ってたのよ」

 

「そうでしたか。それが今日だったのですね」

 

 そう言えばと今日の全体予定を思い出してみれば、戦闘を見越した出撃は無く、最低限の哨戒任務が入っていただけで、多くの人が訓練予定だった。

 朝潮は本来、午前の哨戒任務にあたるはずであったがそこは霞と入れ替わりになっている。

 

「アンダースタン? 大丈夫デスカ? 大井さんはともかく、朝潮さんはいつもの風景見るだけになってしまっても仕方ありまセン。所々訓練に参加もして貰いますネー!」

 

「はい! 了解しました!」

 

 ぴしりと敬礼を取って頷く朝潮。

 しかしながらこれが自分の疑問への答えになるのだろうかと思う面はある。

 

「では、まず弓道場にゴーデス! 午前中は空母の皆さんが使っているはずデース!」

 

 そうして金剛の後に続き、弓道場。

 中で弓を引くは、鳳翔と五航戦の二人。そして――。

 

「天龍さんっ!?」

 

 真っ先に大井が驚きの声を上げた。

 それもそのはず、今まさに鳳翔の弓から矢が放たれるだろう射線の先に、目隠しをした天龍が立っているのだから。

 

「ちょっ!? な、なんで誰も止めな――危ないっ!!」

 

 慌てて止めようと駆け出すも、一切の遠慮なく真っ直ぐに天龍へ向かって矢が飛び。

 

「――え」

 

 まるで見えているかのように天龍はその矢を躱した。

 それだけで終わらない、続いて翔鶴が、瑞鶴が矢を放ち、やっぱり天龍はいとも簡単に避ける。

 むしろ矢が当たらないことに苛立ちでもしたのか、鳳翔は一度に矢を三本番える始末で。

 

 それも当然のように当たらなかった。

 

「ど、どういう、こと?」

 

 訳が分からないまま呆然としてしまう大井。

 その様子を気持ちはわかると朝潮は小さく頷いた。

 

 いつからだっただろうか。

 天龍は自主訓練と称してこんなことをしている。

 始めは朝潮とて正気を疑ったのだ、そして今と同じ光景を見て大井と同じように呆然とした。

 

「朝潮サン」

 

「はい」

 

 そんな中、金剛は朝潮へ言う。

 

「目隠しは無しで結構デス。天龍サンとチェンジしてきて下サイ」

 

「了解です」

 

「はい?」

 

 言われるがまま、躊躇なく朝潮は一礼した後鳳翔の下へ行った後、天龍と変わる。

 その様を大井は思考停止した状態でただ見守るだけで。

 

「……あの、本当に?」

 

「安心してくだサイ。目隠し無しなら大丈夫ですカラ」

 

 金剛の言葉通り。

 鳳翔達にしてもただ的が変わった程度にしか思っていない様子で、天龍に向けていたものと同じ気迫を発しながら朝潮へと矢を放つ。

 

「ふっ――」

 

「……」

 

 そして避ける。

 時折体勢を崩してしまう様子はあれど、ワンセット30本、きっちり全てを回避した。

 

「もしかして、これ。墓場鎮守府の艦娘なら全員が出来るとか、言いませんよね?」

 

「アハハ、まさか。これが出来るのは天龍サンと朝潮サンだけデスヨ」

 

 ほっと胸を撫でおろす大井。

 

「パーフェクトに、ならデスガ」

 

「……あ、頭が痛い」

 

 実際の所、時雨や川内、神通はこのテの訓練が好きだったりする。

 時折時間が噛み合えば、防具を装着の上で挑戦している光景が見られることもあった。

 ちなみに夕立は苦手らしく、途中で射手に向かって突貫しようとしたことから禁止令が出ている。

 

「大井サンは、これが艦隊行動の役に立つと思いマスカ?」

 

「正直に言って良いのなら、思わないです。これなら海上で弾を撃ち合っていた方がよっぽどと。ですが、実力を知っているだけになんとも言えません」

 

 仮にこれが出来なければ墓場鎮守府に所属出来ないと言われたのなら、こっちから願い下げだと言い返してしまうかもしれない。

 

 だが、大井が持つ理解の外にあるからこそ、理解できないような艦隊行動を取り、信じられないような成果を上げるのだろう。

 だとするのならば、恐らく自分たちは一生墓場鎮守府らしくなれないとも思うし、捻くれた考え方をするのならば、自分から辞退、異動を願い出ろと遠回しに言われているのかとも思ってしまう。

 

 尤も、あの提督がそんなことをするわけがないという確信もあり、捻くれた考えは直ぐにかき消されたが。

 

 つまるところ。

 

「この訓練の意味、ね」

 

 見つけなければならないのだ。自分で、自分たちで掴み取らなければならないのだ。

 海上で行う訓練は十分に理解できる、成果だけ見れば似たようなものをあげる事すらできる。

 でも、先任の皆に届かない。

 

 ならばこの訓練には小さくも、決定的な違いが潜んでいるに違いないのだ。

 

「良いコンセントレーション、デスガ。そろそろ次に行きますヨ」

 

「え、あ、はい。わかりました」

 

 見れば朝潮も空母の面々へ頭を下げて、戻ってくる気配。

 

 ――見つけてみせる。

 

 そう固く心に誓い、大井は次の場所へと歩みを進めた。

 

 

 

 それは例えばアイドルレッスン。

 それは例えば花壇から花畑へと変わりつつある花の手入れ。

 それは例えば道場での組手。

 

「ハァイ! お二人トモ! お疲れ様デシタ! 一旦解散デース!」

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました」

 

 中には普段通りの海上演習もあったが、重点的に紹介されたのはそれ以外の訓練。

 

「大井サンは夕食後、フタマルマルマルに私の部屋へ。今日のおさらいをしまショウ。朝潮サンはこの後は自由にして下さいネー!」

 

「了解です」

 

「了解です……あ、あの、金剛さん」

 

 それはつまり朝潮にとってはいつも通りの日だったという事でもある。

 だからこそ何故今更と言えば今更にもこんなことをしたのかがわからない朝潮。

 

「ハイ?」

 

「今日は、その……」

 

 聞くべき、なんだろう。

 わからないことをそのままにしておくことは出来ない朝潮だから。

 

 しかしなぜか続く言葉が口から出ない。

 

「……いえ、何でもありません」

 

 霞は何故今日これに参加させたのか。

 恐らく金剛ならば答えを知っているだろうと思っている。事実金剛は霞のお願いと言う名の提案に理解を示したからこそ頷いた。

 

「フフ、そうデスネ。これは自分でシンキング……いえ、納得しなければならないことデショウ」

 

「納得、ですか」

 

「イエース。ただ一つ言えることは、そんな朝潮さんだからこそ出来る事が、役目があるのデス」

 

 そうなんだろう。

 敬愛する司令官であれば、心底考えずともきっと笑顔で教えてくれる。

 だからこそ、出来ないというジレンマはあるけれど。

 

 金剛がその場を去る。

 場に残されたのは大井と朝潮。

 

「……余計なお世話なのかもしれないけれど。何を悩んでいるの?」

 

「よ、余計なお世話などとは。そう、ですね。きっと、大井さん……いえ、元呉鎮守府の皆さんと同じ悩みなのかもしれません」

 

 力の証明が欲しい、認められたい。

 

 朝潮にしてみれば艦学の面々に置いて行かれてしまっている感覚を覚えているし、元呉の面々とて自分たちの有用性を証明したいとうずうずしているにも関わらず、実力不足を理由に訓練漬けの毎日。

 

「やはり、私にはまだまだ足りないものが多くあるのでしょう」

 

「嫌味にしか聞こえないんだけど……」

 

 朝潮に足りないものが多いのであれば、自分たちは如何ほどかと頬を引きつらせてしまう。

 

「で、ですが。今日の訓練でも、天龍さんの様に目隠しで矢を避けられるわけでもなく、ダンスレッスンでも何度か躓いてしまいました。組手では夕立さん相手に十戦七敗とボロボロです。これじゃあ何時になったら司令官のお力になれるのか……私は……」

 

「いや、それは――」

 

 ふと、理解できた。

 

 墓場鎮守府の、朝潮の最低限というハードルが高すぎて辛いと思ったのは確かだが、何より何故既に十分強いというのにさらなる力を望んでいるのか。

 

「なるほど、ね」

 

「大井さん?」

 

 強くなりたいという欲求の生まれる場所が違うのだ。

 大井の目のまえで首を傾げている少女も、墓場鎮守府で既に活躍している艦娘達も。

 全員が、自分以外の為に強くなろうとしている。

 

「……あなた以外に目隠し無しで矢を全部避けられる人は?」

 

「え?」

 

「ダンスの振り付けをマスターしているフラワーズ以外の人は? 花の種類を全部諳んじられる人は? 夕立に三勝出来る人は? 多分、いないんでしょうね」

 

「え、え?」

 

 同時に墓場鎮守府の朝潮という艦娘に求められているものも理解できた。

 

 恐らく、彼女は何でもできるのだ。なんでも人より少しだけ上を行けるくらいに、プロフェッショナルへ少し届かない程度に。

 だから決まった役割を与えられていないのだ。最高のシックスマンとして存在するために。

 

 なるほど確かに自分で納得しなければならないことだ。

 朝潮は、言ってしまえばどの艦隊にも所属出来るし、どんな役割でも一定以上の成果をあげられるんだと。それこそ朝潮が持つ、誰にも負けない武器なんだと。

 

「墓場鎮守府、か」

 

 改めてとんでもないところに来たと実感した。いや、とんでもない人に救われたと理解した。

 どうして横須賀最強と言われているのかようやくわかった。

 

「救われた艦娘……いつまでもお客様なんかじゃ、ないんだから……!」

 

「あ、あの?」

 

 混乱を増す朝潮を尻目に、どうすれば自分たちが墓場鎮守府を名乗れるのかを思考し始めた大井だった。

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