「じ、神通? 大丈夫?」
「ね、姉さん……私は、もうだめかもしれません……」
この鎮守府で戦い抜ける自分になりたいと決めた心は、今も強く胸で燃えている。
同じ想いを胸に神通だって日々を邁進しているって確信してる。
けれども。
「甘かった……よね」
「はいぃ……」
私達はどうやら一つ見て見ない振りをしていたんだって気づいた。
甘かったのは認識。
尊敬に値するどころか、多分どこを探してもあの人以上の提督はいないなんて思えるほどに敬愛しているつもりだったんだけどさ、本当に甘かった。
どうして提督に対して尊敬、敬愛なんて気持ちを向けるだけで済むと思っていたのか。
道場での訓練から帰ってきてすぐ、真っ赤な顔でベッドに倒れ込んだ神通。もしも漫画かなんかなら、頭から湯気が出ていてもおかしくないし、私だってちょっと氷枕を手放せない。
「提督は、ずるいね。間違いない」
高嶺の花だったんだ、私達艦学メンバーからすれば。
なんというか、太陽というか。
あの人を目印に後へと続けば、必死にでもついていけば、明るい世界が待っているって確信できるようなそんな人。
だから現状については当然なんだろうね。
太陽が近づいてくれば、誰だって目が眩んでしまうのだから。
さっきの訓練でもそうだ。
今までなら手取り足取りなんて絶対にしなかった。
口頭で言いながら、身振り手振りでだったのにさ、あの作戦が、プロポーズが終わってからって言うもののさ、ほんとに接触が多くなったんだよ。
「う……」
「ね、姉さん……」
危ない、鼻血が……あ、ありがと神通。
正直、下心があるほうが良かったよ。
もー提督ー、ちょっと触り方がやらしいよー? なんて茶化せるほうが良かった。
いやさ、だってさ。
あの人めちゃくちゃ真剣なんだもん。
ずるいよずるい、こっちはドギマギしてるのにさ! 何言われたかなんか覚えてるわけないじゃん!
わかったか? じゃないよ! 変な返事しちゃったじゃん!
そのくせさ……そのくせさ!
「うー……神通ぅ……」
「はい……提督は、何故少し怯えてるのでしょう」
こっちが嫌がってないかとか、すごく気にしてる。
触られた腕に、提督の震えていた指の感触が残っている。
冗談でも、振りほどけないよ。
あの人も、簡単に私達へ触れようとしているわけじゃないんだ、何かと戦いながらなんだってわかる、わかるんだよ。
だから、本当に、ずるい。
「力に、なりたい」
「……はい」
笑って、震えながら私達に触れるあの人から震えを取り払いたい。
何故震えるのか、怯えるのかはわからない。けど、私達が大事だっていう想いは狂おしいほど伝わってくる。
……あぁ、そうなんだ。
わかった、ようやくわかった。
なんで時雨が、天龍が、龍田が鳳翔さんが那珂が……皆が強いのか。
これなんだ、この気持ちなんだ。
「ちょっと、行ってくる!」
「え!? ね、姉さん!?」
恋じゃない。
尊敬でもない、敬愛でもない。
そんな安っぽい想いで、言葉で括れない。
「提督!!」
「お、おう? どしたよ川内」
呼吸が荒い、ちょっと苦しい。
恥ずかしい、訓練でも実戦でもここまで見苦しくなんてならない。
だけど、それがいいや。
「はぁっ、はぁっ」
「どうどうどう……はーい、大きく息を吸ってー」
びっくりするよね、ごめん提督こんな夜分に。
でもさ、許してね? 私ってば実は夜型なんだ。
だから、言われるがまま大きく息を吸って。
「すぅ……――す、好きだよっ!!」
「吐い……はい?」
「だからさっ! 今から! 夜戦に行きたいな!!」
あぁ、もうめちゃくちゃだ。
顔は真っ赤だろうな、すっごく熱い。
「私さっ! まだ全然強くないけどさ! 天龍や龍田の足元にも及ばないけどさ!!」
でも言おう。
こんなの自分らしくないなんてわかってる、それでも。
「夜戦ならっ! 自信あるから! 絶対、絶対に沈まない! 絶対に帰ってくるから! 安心してほしいから!」
あなたの力になりたいから。あなたのために戦いたいから。
「これでも、わ、私! あなたの、およ、およよ、お嫁さんだから! あなたを支える奥さんだから!! 伊達や酔狂で、雰囲気に流されてよろしくおねがいしますなんて言ってないから!!」
触られるのだって全然嫌じゃない、嬉しいんだ。
一歩踏み出して、適切な距離を築き直そうとしてくれているあなただから。
「だからお願い! 私を夜戦に出して下さい!!」
知ってるよ、未だに夜戦を回避してるって。
わからないわけないじゃん、天龍や龍田でさえ出撃させてないんだもん。
大事にしたいんだよね、失いたくないんだよね。
けど、今のままじゃ、いつか後悔してしまうから。
私が。
私こそがその道を照らして切り拓いてみせるから。
「……川内」
「はい!!」
いつの間にか頭を下げてた。声に顔を上げてみれば。
「ありがとう」
「あ――」
多分きっと、私は初めて見るだろう本当に、本当に嬉しそうな顔があった。
「でも残念ながら却下だ」
「う……」
なん、で? やっぱりまだ弱いから? 全然、墓場鎮守府らしくないかな?
「あぁ、違う。そういう意味じゃない。周り見てみろ」
「え?」
周りを見てみれば……げ。
「……いや、うるせぇなと注意しようと思ったんだけどな?」
「羨ましい……!」
「ちょっと道場行こうか川内、うん。大丈夫、止まない雨はないよ?」
「ぽいぽい! やっぱり川内も提督さんのことが好きっぽい!」
第一艦隊の皆様にエトセトラエトセトラ……。
「川内」
「は、はい!」
うわーすっごく背中に冷たい汗と冷たい視線が……うぅ。
「お前を、墓場鎮守府夜戦艦隊、旗艦に任命する」
「――!」
夜戦艦隊、旗艦……?
「踏ん切りがついたよ、お陰様で。後日、皆の中からメンバーを選抜して通達する。だから、今からってのは却下な? あぁ、意味深なほうの夜戦なら歓迎するぞ?」
「いいい!? 意味深!?」
意味深ってあのその! だ、だめだよ! お風呂まだだよ!? 汗臭いよ!? そういう趣味!? というかまだ式も挙げてないからね!? 婚前交渉はだめだよ!?
「まぁそんなわけで、時雨。ちゃんと手加減はするんだぞ?」
「うん、任せてよ。じゃあ川内はちょっとこっちにね?」
「え、あ、え? あぁあああ……」
ひ、引きずられるぅ……時雨ぇ、勘弁してよぅ、ごめんなさいぃ……!
でも。
「……うん、ありがとうな」
「……へへ」
手を握って、小さく言ってくれたその言葉。
私、絶対忘れないよ。