PERSONA5:The・Determination   作:Ganko

11 / 14
女王君臨

6月20日 月曜日 放課後…

 

ターゲットの名前が発覚したことで本格的に動き始めることとなった怪盗団の元に、私は満を持して新島真を連れてきた。まだ真に対して警戒心を抱いている皆からすればリスクのある行動のように見えるだろうけど、私にはこれが成功するという確信がある。

 

「やっぱり、あなたたちだったのね」

 

ひとまずの集合場所として定めた渋谷駅ビルの連絡通路にて、真はズラリとならんだ面々を流し見ると、納得したようにそう漏らした。

 

「で、どうする気だよ?」

 

あくまで毅然とした態度を崩さない真に、坂本はまだ警戒心を解けないでいるようだ。皆からすればまだ真とはほとんど面識がないのだから無理はない。

 

私は少し話しにくそうにしている真に目配せをして、皆に向かって話すよう促した。

 

「…まずは、あなた達に謝らせてほしいの」

 

「謝る?」

 

「鴨志田先生の件で。わたしは、先生が裏で何をしているのか、薄々勘づいてはいた…それでも、何もできなかった。そのせいで、鈴井さんも…」

 

「…なにそれ」

 

「本当にごめんなさい」

 

複雑な表情を浮かべながらつぶやいた杏の声は、少しだけ震えていた。

 

杏の親友である鈴井志帆は、鴨志田が顧問だったバレー部で酷い体罰を受けた挙句、身体目的の関係まで迫られていた。その挙句、彼女は精神的に追い詰められ、屋上から飛び降りてしまって、今は何とか意識を取り戻したものの重体のまま。何より、心の傷は一生癒えることはないだろう。

 

もっと早く、私がこの世界のことに気が付いていれば、彼女のことも救えたかもしれない。

 

「知ってたの?鴨志田の事」

 

「確信があったわけではないけれど、でも、そうじゃないかとは思っていたわ」

 

「…杏」

 

頭を下げたままの真に対して、杏は怒りとやるせなさが入り混じった、複雑としか言いようのない表情で、何かを口にしかけて、飲み込んだ。雨宮の制止で思いとどまったようだ。

 

「頭上げてよ。別に、新島さんの事を恨んでるわけじゃないから」

 

ツインテールの先を人差し指でくるくると弄りながら、杏はそう言った。真はゆっくりと顔を上げ、もう一度謝罪を口にする。

 

「…ごめんなさい」

 

「だから、もういいって。それより、うちらに何の用なの?」

 

「わたしが校長からなんて言われてるかは、知ってるのよね」

 

その話は私からしておいた。真は鴨志田への予告状を貼った人物を探すよう校長に命じられている。つまり、怪盗団のこと。

 

こうして怪盗の正体が明らかになった今、真はいつでも私たちを突き出すことができる状態になったわけだけど…。

 

「でも、わたしはあなた達を突き出すことが本当に正しいことなのか迷っている。だから、あなた達の言う正義を、わたしに見せてもらいたいの」

 

「…っつってもな。どうするよリーダー」

 

「無理を承知でお願いするわ。あなた達が普段していることを見せて」

 

「まぁ、連れてきてしまった以上受けるしかない。ただし、俺たちの正体についてはくれぐれも…」

 

「ええ、分かっているわ」

 

たしかにそう。雨宮の言う通り、正体を明かした以上真の依頼を断るわけにはいかない。私もそれが分かっているから、こんな強引な方法を選んだ。

 

雨宮もそれには気付いていたらしく、呆れたように苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁ口であれこれ言うより実際に見てもらいながらのほうがいいだろう。早速今から出発だ」

 

「出発って、どこへ?」

 

怪盗団(俺たち)の仕事場だ」

 

 

雨宮の先導で怪盗団一行と真の全員で渋谷の駅前まで繰り出した。道中人ごみにもまれないよう双葉は私と手をつなぎながらの移動になる。

 

駅前に出た私たちは例によってスマホを取り出した雨宮の近くに寄って、ナビを起動。予め調べておいてくれたキーワードと、双葉によって判明したカネシロジュンヤの名前を入力。

 

東京の人ごみに紛れるようにして、私たちはそのまま認知世界への移動を果たした。

 

その先の世界は異様な雰囲気に満ちていた。おどろおどろしい、緑がかった空に覆われた渋谷の姿、そして闊歩するATMから手足が這えた異形。驚く真にみんなが丁寧にパレスやシャドウについて説明している。

 

その、傍ら。

 

「…」

 

「どうした?」

 

私は空を見上げていた。

 

正しくは、空に在る()()に視線を向けていた。

 

私はジョーカーの方を振り返り目で促すと、ジョーカーも私が視線を向けていた方へ顔を上げる。焦点は定まっていないところを見るに、私のように正体までは見えていないらしい。ただ、仮面越しに虚空を睨みつけているだけだ。

 

「これ、マダラメの時と同じか?」

 

そこから視線を外し、ジョーカーは私に聞いてきた。確かに、マダラメのパレスの時に感じた謎の気配に似ているような気はするけど、その正体が掴めないままだから判断なんてつけようがない。

 

「分からないけど、多分そう。ジョーカーは何か感じる?」

 

「さっぱり…という訳でもない。そこに何かあると思ってみてみると、何かがあるような気がしないでもない」

 

「曖昧だね」

 

「リーサルも変わらないだろ」

 

たしかにそうなんだけど。

 

ただ、一つだけ分かりそうなことはある。

 

私たちがパレスで戦ったあのマダラメのシャドウ…私の知るものとは大きく外見が異なっていた。性質こそ似ていたけれど、確実に元のマダラメよりも強かったことは確かだ。

 

パレスの中に他に不自然な点が無かったことからも、やっぱりあの謎の気配がマダラメの豹変に関わっていた可能性はある。

 

そして、今回もそれと同じようなものを感じている。警戒しない理由はない。

 

「なるほど。仕組みについては、なんとなく理解したわ」

 

「マジ?会長サンといい“ナビ”といい、理解はやすぎね?」

 

「スカルとは脳のつくりからして違うんだろうなー」

 

「うっせーぞモナ!」

 

「そうでもないわ。社会認知心理学上の錯視の応用のようなものと思えば…って、えっ!?なにこれっ…化け猫!?」

 

「誰が化け猫だっ!」

 

「モルガナだよ。ジョーカー…彼のカバンに入ってたネコ」

 

そんなことを考えている間に、向こうでは既にある程度話が進んでいたようだ。真に対する説明も済み、さぁこれから探索かといったところで、私はあることに気が付いた。

 

ここに来る前に決めておいたコードネームを呼ばれてさぞご満悦だろうと思っていた双葉…ナビの表情が優れない。といっても、彼女の怪盗服の場合ゴーグル部分で半分ぐらいは隠れてしまっているので、あくまで雰囲気の問題だけれど。

 

それを見て私もようやく気付く。ナビのペルソナは戦闘能力はほとんどなく、代わりに探知能力に長けている。ナビなら、この気配のことも察知しているのではないだろうか?

 

「ナビ」

 

「なぁ…パレスって、いつもこんな感じか?」

 

「こんな感じとは」

 

「なんていうか、パレスの主以外の気配が強い。なんかヘンなものが混じってる」

 

「ふむ」

 

パレスの主以外の気配と。確かに“これ”は言葉通りのものだろうけれど…。

 

だったら、一体なんの気配だっていうんだ?

 

「多分イレギュラー。念のため気をつけておいて」

 

「わかった。動きがあったら伝える」

 

ひとまずナビにはそう伝えておいて、この話は切り上げた。気にしていても正体が分からないんじゃラチがあかない。気がかりなのは間違いないものの、私、ジョーカー、ナビの三人だけでひとまず情報を共有しておき、様子を見ることにした。

 

それからしばらく真と共にパレス内を探索しながら、怪盗団の仕事についてより詳しい説明をモナにしてもらっていた。道中、身体がATMになった人間たちをいくつも目撃し、カネシロの人間性もなんとなく把握できた。

 

が、実のところこのパレスは歪みの範囲がいままでのそれとは桁違いに大きく、渋谷という街全体が歪み切っているせいで、肝心のカネシロの居城がどこなのかは歩き回って探すしかない。それがわかると、真はいつもこんな行き当たりばったりなのかとどこか呆れていた。

 

それに対して、モナが小さくため息交じりに答える。

 

「いや、今まではこっちに来た時点で、歪みの中心は一目瞭然だった。マダラメならアトリエ。カモシダの時は学校、だが今回は一級品の犯罪者だ。そのアジトなんて、当事者以外は知る訳もない」

 

「それもそうね…」

 

「でも、この街のどこかには絶対あるはずだよね?それに、今までのパターンから言うと、でっかくて派手な建物とかになってるはずだから…」

 

「つってもよー、そんなギラギラした建物なんてどこにも…」

 

両腕を頭の後ろに組んでおもむろに空を見上げたスカルの動きが、そこで止まる。

 

よどんだ上空の遥か彼方から、何かが徐々にこちらにむかって浮遊してくる。それは近づくにつれその全貌を明らかにしていく。

 

カネシロのパレスのキーワードは、『渋谷』と『銀行』。その名の通りの銀行が、渋谷の空に浮いていた。

 

「う、浮いてる…!?」

 

宙に浮かぶ銀行という現実離れした光景を目の当たりにした真は、始めこそ困惑していたがすぐに納得して目の前のことを現実だと認識しなおしていた。

 

銀行が浮かんでいる理由は、歪みの根源であるカネシロ自身がもつ、自分は絶対に足がつかないという確信に起因している。認知世界らしいトンデモな仕組みだ。

 

「どうすんの?あそこに入らないといけないんだよね?」

 

「ワガハイがヘリにでもなれればな…」

 

「ネコがヘリに変身するアニメでもねーかなー。そしたらそれをどうにかして流行らせてよぉ」

 

「無いし、流行らないだろうな」

 

スカルの提案はフォックスにによってあっさり切り捨てられた。

 

しかしそれを聞いていた真が、何かに気付いたような素振りで口を開く。

 

「ここは認知の世界…。現実での認知が、この世界にも直接影響を与えるってことなのよね。だったら、ひとつ案を思いついたかも」

 

「マジか?」

 

「かなりの賭けに…なるけど」

 

真の提案とやらを、一度みんなで聞いてみることにした。

 

そして、全て聞き終えた上で、みんなの反応はあまり芳しくなかった。本人も言っていたように、その作戦はかなりリスキーで、かなりの賭けになる。しかも、そのリスクを負う役目を、真自身がやらせてほしいと志願してきたのだ。

 

「わたしが現実でカネシロの金づるにでもなれば、わたしはあの銀行にとっての“客”になる。そうすれば、あの銀行まで入る手段が現れるんじゃないかしら?」

 

「その作戦が上手くいっても、その後新島さんはどうするつもりだ?どんな追立が来るか分からんぞ」

 

「大丈夫でしょう。あなた達が改心させてくれれば」

 

おそらくは記憶通りの展開になる。それを確信した私はその作戦に賛成した。ただし、真一人だけではなく、全員でサポートしながらという条件はつけてだ。

 

「本当にやるの?だって本物の犯罪者相手だよ?」

 

「慣れてるわよ。わたしに任せて」

 

 

翌日 6月21日 火曜日 放課後…

 

翌日、再び真も含めて集まった私たちは落ち着かない態度で渋谷の街並みで待機していた。作戦の手筈はおおむね私の記憶通り。違うのは、私たちと真の間で意思の共有が出来ている点だ。

 

雨宮のスマホに電話がかかってきたら合図。言い方は悪いが、真をエサにして現実の金城まで接近する。そうすることでカネシロの認知を変え、パレスの攻略を可能にするんだ。

 

一応全員で待機しているけど、現場に立ち会うのは私と双葉を除いたメンバーだ。タクシー一台に乗り切るには多すぎるし、なにより今の双葉には少し刺激が強い。

 

「ホントにあいつ一人で大丈夫なのかよ?今からでも俺が行った方が…」

 

「御しやすそうに見えたほうがこの作戦では有効だからな。会長を信じるしかない」

 

坂本がひときわそわそわしだしてすぐ、雨宮のスマホが着信を知らせる。真からの合図だ。

 

スピーカーからは真と知らない男の声が途切れ途切れに聞こえてくる。真は男に対して金城の名前を出して、自分に会わせろと交渉を始める。

 

経緯は似ていてもどんな結末になるかは私でも分からない。少し緊張しながら、事の行く末を見守る。

 

『金城って人に会いたいんだけど』

 

『はぁ?』

 

『話があるの。いいから連れて行きなさい』

 

実際に聞いているとかなり冷や冷やする交渉の仕方だけど、むしろそれが功を奏したのか真は車に乗せられてどこかに連れていかれる準備が着々と進んでいる。

 

「雨宮、そろそろ」

 

「ああ、行ってくる。双葉は任せた」

 

雨宮達はあらかじめ聞かされた地点でタクシーを拾いにいき、私とは別行動になる。…ま、こっちの役割はただ待ってるだけだが。

 

「なぁなぁ」

 

取り残された私たちは特にすることもなく立ち尽くしていると、双葉が人差し指で私をつついてきた。

 

「なに?」

 

「あの生徒会長…新島ってやつは、なんなんだ?仲間って事でいいのか?」

 

「まだ分からない。でも、怪盗団のやってることに対して否定的ってわけでは無いから…、まぁこれから次第だね」

 

「そっか」

 

とはいえ、勝手にどこかにうろついてていい状況ではない。向こうで何が起きるかなんて、私にも確実なことは言えないんだから。何が起きてもいいように、心の準備はしておかないと。

 

「…」

 

「…」

 

双葉もそのことは分かっているみたいで、弱音を吐きつつも慣れない暑さを我慢しようと頑張ってくれているみたいだ。

 

…でも。

 

目の前にコンビニやらファミレスやら薬局やら、いかにもエアコンが効いてそうな空間がひしめき合っている。それを見た私たちは顔を見合わせ、そして無言でうなずいた。

 

 

「ふー…生き返るー…!」

 

さすがにがっつりファミレスに入ることは避け、私たちはコンビニの中に一時的に避難してきていた。せっかく入ったので何かしら冷たいものでも買おうかと吟味しながら、雨宮達からの連絡を待つ。

 

「な、綺羅」

 

「奢らないよ」

 

「いや、そうじゃなくってさ」

 

アイスの入ったボックスを眺めながら、双葉はこう言った。

 

「これ、蓮にも相談したんだけど…。そうじろうのこと」

 

「惣治郎?」

 

「うん。今まで世話になってきた分、どうやって恩返ししようかって、ずっと考えてるんだ」

 

「それで?」

 

「蓮はな、『双葉が元気にしている姿を見せるだけでいい』って言ってくれたんだ。わたしもそれでいいって思った。だから…」

 

双葉はそこで言葉を切って、気まずそうにこちらの表情を覗き見てくる。

 

「みんなとの仕事を全力で頑張って、いつか、お母さんのことも明らかにできたら…その時は、惣治郎に正体を明かしたいんだ」

 

恐る恐る聞いてきた双葉に対して、とりあえず反対の意思はないことを伝えると、ほっとしたように頬を綻ばせた。双葉が現状で思いつく限りのものがそれだというのなら、私が止める義理は無いし、惣治郎になら、という信頼もある。

 

どのみち惣治郎にはいずれ正体を明かすことになりそうだったし、それまでバレない保証も無いけどね。

 

「もちろん、それ以外にも色々挑戦してみるつもりだぞ!例えば…み、みんなでバーベキューにいったりとか」

 

「なんでバーベキュー?」

 

「そりゃあ、いかにもなリア充的イベントで経験値を溜めて成長するためだ!綺羅にも協力してもらうからなっ。提案してきたのは杏だけど」

 

バーベキュー…久しく行ったことのないイベントだ。

 

どうやら雨宮とも話は進んでいるようだから、きっと夏休みにでも計画しているんだろう。…メジエドの件も心配する必要ないし、暇つぶしにはちょうどいいか。海水浴にいくよりかは私としては助かるし。

 

「え?海も行く予定だけど…。なんかまずいか?」

 

「まずいというか、海って大してやることないし」

 

「水着に着替えて泳ぐだけでも結構な“やること”じゃないか?」

 

水着…そして海水浴…これらふたつの単語は私にとってはありていに言ってタブーというやつである。

 

普段から上半身だけは長袖を手放せないように、身体の痣を見せないためにも肌の露出は極力控えている。

 

水着など到底着れたものでは無い。しかも無理やり海に飛び込みでもしたら全身にあの潮水が染み入ってくるだろう。想像しただけで激痛である。

 

自分の体を指さして、双葉に水着は無理だとかぶりをふって伝える。

 

「“これ”があるから泳げないよ。水着も無理だし」

 

「あー」

 

あからさまに残念がる双葉。そんな悲しそうな顔をされても無理なもんはムリである。

 

「そうかー…じゃあしょうがないかー…」

 

そう。しょうがない。だから、いつまでもそんな迷子の子どもみたいな瞳でこっちを見るんじゃない。そんな顔をされてもこの体の傷は消えやしないんだから。

 

…別に悪いことはしていないのになんだか気まずくなった私は、何とはなしにスマホを取り出して視線を画面へと逃がした。

 

「…いや、ごめん。ちょっと、デリカシーに欠けてたかもしれん」

 

「別にいいよ。バーベキューのほうは、行ってあげないでもない」

 

「ほんとか?」

 

「うん。バーベキューのついでに、キャンプとか」

 

と、そこまで言いかけたところで、手の中のスマホが震えた。

 

同時に双葉が画面をのぞき込んできて、“作戦の成功”を知ると互いに口元を緩め、頷いた。

 

 

帰ってきたジョーカー達の様子から察するに、かなり危なげな状況だったらしいがなんとか目的は達したらしい。期限は今日から一週間。カネシロに三百万を支払えなければ、“破滅”させるとのこと。例によっていつもの流れである。

 

とにかく、これで真を客として認めたカネシロの銀行は、宙に浮いた状態から地上へ向けて階段を伸ばしてくれる。真の同伴が条件にはなるものの、これでパレスへの出入りは可能になった。

 

階段を上がりいよいよ銀行の入り口の前に立った怪盗団。その真ん中に囲われるようにして立つ真が、ジョーカーに問いかける。

 

「それで、具体的にはこれからどうするの?」

 

「パレスには、この世界を形成している力の核のようなものがあって、まずはそれを探し出す」

 

「歪みの源ってわけね」

 

「そうだ。でも、パレスの主はそれをなんとしてでも守りたい。だから、警備や衛兵の類がわんさかいる。そいつらと遭遇したら、強行突破しなきゃいけないこともある」

 

「なるほど。そうなったらわたしに任せておいて。護身には多少の心得があるもの」

 

「頼もしい限りだが、あいつらに普通の人間の攻撃は効かない。あまり前には出るな」

 

そう言って、ジョーカーは真にあるものを手渡す。

 

視線を落とした先には、この前ルブランに来た時に見せた銃のうちの一つ。一応、無いよりマシ程度に渡しておくようだ。

 

「これ…」

 

「前見てた時、なんか気に入ってそうだったから」

 

「…!そんなことない、けど。一応借りておくわね。…というか、これ本当にエアガンよね?」

 

「もちろん。でもこの世界では“本物”になる。作りがこれだけリアルで本物同然なら、ちゃんと弾もでるし威力もある」

 

「…そうか。認知世界だものね。じゃあ、その武器もそういうこと?」

 

ジョーカーの持つダガーナイフを指さして真がそう言うのを見て、私はさっと視界に入らないように自分のナイフを後ろ手に隠した。

 

「ああ。とにかく、敵が襲ってくる可能性があるから気をつけろ」

 

「承知したわ」

 

「よし。みんな、行こう」

 

「あれ、今回は正面から入んのか?いつもみたいに抜け道からのほうがよくね?」

 

正面玄関の扉にジョーカーが手をかけた時、スカルがそんなことを口にした。確かに、マダラメやカモシダの時は正面から入らずにわき道から侵入した。今回そうしない理由は、モナが説明する。

 

「今回はワガハイ達がここにやってくることを知られた状態での攻略になる。今はまだ客の状態である以上、コソコソする必要は無いのさ」

 

「ねぇ…昨日から思ってたんだけど、モナは、一体何なの?」

 

「何といわれても、ワガハイはワガハイだ!オマエラと同じ志を持つ仲間ってことだけ分かってればいい!」

 

…と、改めてモルガナの存在に懐疑的になってきた真を無理やりに納得させ、今度こそ扉を押し開く。

 

足を踏み入れるのと同時に、警備シャドウがジョーカーの前に立ちはだかる。反射的に真が構えるのをスカルがなだめていると、私の記憶通りどこからかカネシロの声が聞こえてくる。

 

『応接室に通して差し上げろ』

 

簡潔なその指示に従い、シャドウは無言で道を示す。わざわざそれに従ってやる義理も無いのだけど、この先に起きることを知っていればそう言う訳にもいかない。

 

大勢のシャドウに見張られながら、私たちは大人しく奥の応接室までやってきた。

 

部屋の中は無人で、中央に置かれたテーブルの上にはいかにもなアタッシュケースが蓋を開けられた状態で鎮座していた。中身はもちろん、大量の札束。

 

ナビやスカルが札束の山に目を奪われていると、部屋の壁に備え付けられたモニターに電源が入り、そこにこのパレスの主の姿がでかでかと映し出された。

 

『ようこそお越しくださいました。新島真さん』

 

「金城…!」

 

『おっと、勘違いしないでいただきたい。我々はただ正当な取引がしたいだけなのですよ』

 

「ふざけないで。あなたがやっているのは正当な取引じゃない。立派な詐欺よ!」

 

真の反論に、画面の向こうの金城はただくつくつと笑うだけ。そして少しも悪びれる様子も見せずに言葉を続ける。

 

『仰っている意味が解りません。我々はただ、無知な若者に無知の代償を払わせているだけ』

 

金城潤矢…この男の率いる詐欺グループの所業と言えば、学生をターゲットに違法な裏バイトを高額な報酬で斡旋し、それをダシにして身内や家族を恐喝してより多くの金を巻き上げるという卑劣な手口。ここまでは真も調べていたところのようだ。

 

『ところで、本日は例のご用件でいらっしゃったんですよね?()()()()()()()()()さん?』

 

「なんで、それを」

 

金城が嫌味たっぷりに言い放った検事という言葉に、少なからず私以外のみんなから驚きの声が漏れる。みんな、まだ真のことを知らない段階だし当たり前だ。

 

『我々の情報網を舐めないでいただきたい。いやはやそれにしても、そこのコソ泥どもには感謝しなくてはいけませんね。こんなにいい商品を提供してくれたのだから』

 

「商品だ?テメーのほうこそ舐めてんじゃねーぞカネシロ!すぐにでもオタカラ奪って改心させてやらぁ!」

 

『馬鹿はうるさくてかなわん。他の奴らに用はない。消せ』

 

冷たく吐き捨てるようなカネシロの命令通り、私たちのすぐ後ろについていた警備シャドウが動き出す。

 

同時にジョーカーと私が銃を引き抜き、真に向かって手を伸ばしていたシャドウの頭に向けて発砲。それに続いて他の皆も銃で先制し部屋からの脱出路は一時的に確保した。

 

「え…!?」

 

「ついてこい!」

 

狭い部屋から抜け出すために、ジョーカーが真の手を引いて一番に応接室から飛び出していく。

 

…さて、この先どう演出するべきか…そんなことを考えながら後に続いて部屋を出ると、何故か立ち止まっていたジョーカーの背中に豪快にぶつかり、後ろに続くみんなも私の背にゴツゴツとぶつかってくる。

 

「ジョーカー?」

 

「…避けろっ!」

 

状況がつかめずジョーカーの背中越しに前方を確認しようとすると、鬼気迫った声が直線状の広い廊下に響き渡った。

 

弾かれた様に横に跳ぶと、後ろを確認する暇もなく目の前が赤い閃光で埋め尽くされた。

 

「…!?」

 

悲鳴も耳に飛び込んできたものの、なんとか後ろのメンバーも直撃は避けられたみたいだった。…一体なにが起こった?

 

「ナビ、大丈夫!?」

 

「う、うん…!」

 

パンサーがナビに手を貸してあげているのを流し見ながら、確認し損ねた廊下の前方…壁に埋め込まれた砲台のようなものを視認する。おそらくあれから砲撃されたようで、床には直線状に焼け跡が残っていた。あんな設備、私は知らない。

 

「くそっ…どうやらワガハイ達が来るのを待ちわびてたみたいだぜ」

 

「無策なわけはないと思っていたがな」

 

察するに、カネシロは既に侵入者対策を万全に施している()()()らしい。現に、今まさに私たちを追い詰めようと、廊下の前後から大量の足音が近づいてきている。逃げ場を失くして人海戦術で押し込めば、どうにかなると思っているんだろうか…?

 

「ど、どうするの!?」

 

さっきの砲撃を見て顔を青くしている真がジョーカーに指示を仰ぐ。

 

「正面突破だ。はぐれるなよ」

 

先頭に立つリーダーは、不敵に笑ってそう答えた。

 

「リーサル、後ろは任せた」

 

「私が前でもいいけど」

 

「ここはリーダーが前だ」

 

「言い方変えるよ。私も前がいいんだけど」

 

「リーダー命令だ」

 

「えー」

 

「「言ってる場合かっ!!」」

 

パァン…と乾いた音と知った痛みが頭に走る。スカルとパンサーが相変わらずどこかに隠し持っていたらしいハリセンで、何故か私もろともジョーカーを叩いたらしい。なんて非人道的行為。

 

…なんてやってる間に、足音の数に見合った大量の警備シャドウが私たちの元に集まってきた。とりあえず出口まで行くために、正面のシャドウはみんなで撃破し、殿は私が押しとどめる。

 

「ペルソナ」

 

Charaを自分の心に呼び起こし、目の前のシャドウの群れへと意識を集中して左手を前に出す。

 

イメージしたのは、この真っ直ぐな道に溢れるシャドウをまとめて貫く稲妻。キャプテン・キッドのそれと同じような、豪快な雷砲。

 

指を弾けば目の前に閃光が迸り、耳をつんざく轟音が銀行中に響き渡った。

 

稲妻がシャドウ達を貫いていき、あれだけ居た跡形も無く消し飛んでいた。威力は上々。力も上手く制御できている。

 

『後方からさらに増援!』

 

「オマエラ前進だ!」

 

ナビの報告を聞き、一斉攻撃で切り開いた道をモナの号令と共に突き進む。

 

後ろから大量のシャドウが追いすがってきている中、ひとまずは一本道の廊下を抜けて玄関ホールへと出ることに成功。そしてその直後、細長い真っ赤な光が視界に飛び込んできた。

 

思考の隙は一瞬だったけれど、それでも自分の身に何が起きたのかは想像に難くなく、本能的に危険を察知した脳はすかさず全身の神経に“回避”の指令を飛ばした。

 

だけど、その指令を私の身体は無視した。

 

こちらへと伸びる細長くて赤い光…レーザーポインターとしか思えないそれを辿った先には、冷たい輝きを放つ巨大な銃身。そこから覗く暗い銃口が、真っ直ぐ私たちを見つめていた。

 

「Chara!」

 

避けるのは簡単だったけど、同じ場所に固まっている怪盗団が全員無傷で済む保証はなかった。

 

だから私は、Charaを天井からつり下がっているその機銃の隣に召喚し、根元からナイフで断ち切ってやった。

 

「な…」

 

火花と黒煙を上げながら地面に落下してきたそれを見て、奥の部屋から出てきたカネシロのシャドウは目を真ん丸に見開き、そして憎らし気に私の顔を睨みつけてきた。

 

「コソ泥が…この設備整えるのに一体いくら使ったと思ってんだ!」

 

「知らないよそんなの」

 

大量のシャドウを引き連れて現れたカネシロだが、どうやら本命はこのパレスのセキュリティそのものであるらしい。それがあっけなく壊されて怒り心頭といった様子のカネシロだが、そんなことは私たちの知ったことでは無い。

 

本人が登場した今、ここでとっちめてやることもやぶさかではないんだけど…そうはできない理由が、私にはある。

 

足を止められたことで、またすぐに四方をシャドウに囲まれてしまったわけだが、突破しようと思えばその方法はいくらでもある。でも、ここは一度様子を見て追い詰められたふりをしてあげなくちゃならない。

 

じりじりと包囲網を狭めてくるシャドウを見て、真は不安そうにあたりを見渡す。

 

「姉はあんなに立派なのにねぇ。妹ちゃんは一人じゃ何もできないか」

 

「…お姉ちゃんは、関係ないじゃない」

 

「そんな口きける立場か?賠償するのはそっちだぞ」

 

…賠償とはいうが、部屋に連れ込まれた真をみんなが助けに入っただけだ。カネシロがいう“例の件”…それはそのイライラを解消するために、女に手渡した300万をお前らが賠償しろという内容だ。

 

「このままだとオマエの姉ちゃんに迷惑がかかるぞ?そうなればお前自身はどうなると思う?」

 

「なにを…」

 

「苦労して育ててきた妹がこんな役立たずだなんて!…絶望するだろうなァ。周りからの評判も地に落ちて、今のお前は跡形も無く崩れ去る」

 

「…」

 

「それが嫌なら明日から客をとれよ。そうすれば姉さんには黙っておいてやる」

 

嘘だ。真を利用して稼ぎながら、それをダシにして姉の冴をも利用しようとするだろう。

 

「我慢していいなりになってればいいの。安心しろ、今までと何も変わらねぇよ」

 

“我慢”。

 

その言葉をカネシロが口にした瞬間、真の拳がピクリと震えた。

 

「我慢…?」

 

「さて、大事な商品以外にはここで消えてもらおうか。現役美人生徒会長…クク。これはいいネタが手に入った。感謝しますよ」

 

醜悪な笑みを浮かべるカネシロは手を叩いてシャドウどもに号令をかける。

 

私たちを包囲していたシャドウが一斉に飛び掛かってきたけれど、第一陣は全員でなんなく迎え撃ち、そして真めがけて飛び掛かってきたシャドウはなんと真自身の拳によって吹き飛ばされていた。

 

さすがの私も少し驚いた。まだペルソナにも目覚めていない生身の女子高生が、シャドウを拳ひとつで吹き飛ばせるなんて。…私が言えたことじゃないか。

 

まるで拳から煙でも立てていそうな威圧感を漂わせた真は、前に居た私の肩に手を置いて一歩踏み出した。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ…」

 

小刻みに震えさせたその声からは、何よりも分かりやすい怒りの感情が溢れていた。そして真は大きく息を吸い込んで…。

 

「うぜぇんだよっ!!この成金が!!」

 

心の枷を外した。

 

「…は?」

 

ペルソナの声を聞きいれ、心を隠す仮面をはぎ棄てる。唐突な豹変に呆気にとられていたカネシロとその取り巻き共は、覚醒の余波によって大きく後ろへ退いていく。

 

…絶叫と共に青い光に包まれた真の姿が、徐々に私たちの前に露わになっていく。

 

そこには、もう私たちの知る生徒会長としての新島真は存在していなかった。

 

バイク型のペルソナに跨る彼女の姿は、漆黒のライダースーツに身を包んだ、まさしく女王の名にふさわしい出で立ちだった。

 

どう見てもバイクな見た目のペルソナを見て各々感想を漏らすが、やっぱりみんなバイクという印象しか感じていなかったみたいだった。

 

「いけっ!!」

 

真は鋭いかけ声と共にハンドルを豪快に切り、シャドウの群れの中に突撃していった。

 

躊躇なく全速力でタックルされたシャドウ達は見るも無残な形で弾き飛ばされ消滅していく。そしてそのまま一直線にカネシロの元までたどり着くと、やはり一切の遠慮も慈悲も無くそのどでっ腹に巨大なホイールをぶち当てた。

 

「人が大人しくしてればつけあがって…いい加減鬱陶しいのよ!」

 

「ちょ…ま、待て。おいお前ら、奴を止め、」

 

「いくよヨハンナ…フルスロットル!!」

 

慌てて止めに入るシャドウどもを、車体(と言っていいのかは分からないけれど)をその場で勢いよく回転させることによって薙ぎ払い、さらにもう一回転して周囲に青白い焔を伴った爆発を起こす。

 

スカルやパンサーなんかは普通に引いてるし、フォックスはあのペルソナの造形に興味津々な様子。

 

「そういえばモナ」

 

「なんだ?」

 

「真に廃人化のことは説明してあるの?」

 

なんだか放っておいてもよさそうな雰囲気の真を見ていて気になったことを聞いてみた。モナは当然説明したと答えたけど、今の真はそんなものは無視してカネシロを捻り潰してしまいそうな勢いだ。

 

実際、私たちは後ろでただ傍観しているだけなのに、可哀そうなぐらいカネシロはボコボコにされている。

 

「確かに…ちょっとほどほどにしておいてやるように言った方がいいかもな」

 

なおも攻撃を続ける真に向かって、モナが声をかけようとしたその時。

 

ぞくり、と背筋を冷たい何かがなぞった。

 

「…ナビ」

 

「ああ、来てる」

 

思った通り、入り口で感じた気配の主が動きを見せたらしい。ナビはすぐさま気配の位置を探ろうとネクロノミコンを召喚。しかしそれより早く、ジョーカーが真とモナに向かって駆けだした。

 

そっちの方向を見ると、今まさに、真がカネシロに鉄拳制裁を下そうとしているのを、モナが止めようとしているところだった。

 

件のカネシロはもうかわいそうなほどボコボコに殴られていて、ただ命乞いをするだけのコバエになり果てているように見えた。

 

客観的には、そうだ。

 

でも私にはわかる。噓つきに嘘は通じない。

 

カネシロは嘘を…。

 

「ジョーカー!?急にどうし…」

 

「ナビ、気配の位置はっ?」

 

「真上…カネシロの真上だ!」

 

報告が上がり一瞬の刻を置いて、カネシロの真上…つまりホールの天井が、爆発音とともに崩れ落ちてきた。幸い近くに居た真もモナも機敏に動けるタイプだったから、特に崩落の影響は受けなかったみたいだけど、問題はそこじゃない。

 

この銀行の上に何かが落ちてきた…そしてその重量に耐え切れず、その場所だけが崩れたんだ。

 

その場にいた全員が正しく状況を理解できたのは幸いだったかもしれない。天井に空いた穴から突き出てきたソレを見て、フォックスが息を呑んだ。

 

「なんだアレは…!?シャドウか?」

 

「どうみてもただのシャドウじゃないでしょ!」

 

「つーかキモっ!」

 

『みんな気を付けて!あの気色悪い奴、ヤバイ…!』

 

ちょうどカネシロの真上から落ちてきたソレは、外皮がドロドロに溶けた一本の大きな触手のようなもの。はっきり言ってまともな人が見れば間違いなく嫌悪感しか感じないであろう、おどろおどろしい外見。

 

小豆色の汚らしい粘液を纏い、その中から無数の目玉が蠢いている。直視していると正気を持っていかれそうだ。

 

しかもその触手は、仰向けに倒れていたカネシロに覆いかぶさっていく。

 

「なんなのこれ…!?」

 

「ワガハイにも分からん!だが今はとりあえず…!」

 

カネシロの身体は激しく痙攣しはじめ、くぐもった呻き声が連続して響く。その前にジョーカーがたどり着き、前線に立っていたモナと真を引き戻そうとした瞬間、カネシロが急に身体を起こしてジョーカーへとその手を伸ばした。

 

当然その程度は簡単に躱したかに思えたが、私たちが見たカネシロの姿は明らかに不自然な形をしていた。

 

脇腹のあたりから生えたもう一対の腕…それどころか、合計で八本の腕が生えた姿。

 

予想外の角度から伸ばされた腕は、ジョーカーの右手と左足をしっかりとつかんでいた。

 

「ジョーカー!」

 

一番近い位置に居たモナはすぐに反応し、サーベルで腕を攻撃した。けど、見た目以上に肌が硬く傷は浅い。振り払われた腕の一撃で、モナは軽く吹き飛ばされてしまう。

 

…色々マズい状況だけど、一先ずは撤退を優先すべきだ。覚醒直後の真をこれ以上戦わせるわけにはいかない。私は皆のほうを振り返らずに声を張り上げた。

 

「みんな、一度撤退するよ!真を休ませないと」

 

「お、おう!」

 

「了解した!」

 

「パンサーはナビを出口まで連れてって!先に戻っててもいいから!」

 

「うん…!行こうナビ!」

 

パンサーがナビの手を引いて走り出したのを確認し、私とスカルとフォックスはジョーカー達のもとに走り出した。

 

「スカル、真をお願い」

 

「OK!」

 

さっきまでと比べると明らかに顔色の優れない真はスカルに援護してもらうとして、私とフォックスはジョーカーの方を担おう。カネシロに覆いかぶさっていた触手は緩慢な動きで入ってきた天井の穴から抜け出ていった。後に残った脅威は、異形に変異しかけているカネシロだけ。

 

ジョーカーは片腕を封じられた状態で銃を抜きカネシロに向けて発砲。それでもカネシロは不気味に笑うのみで意に介さない。

 

「俺が援護しよう。ジョーカーは任せた!」

 

「もちろん」

 

私が一直線にカネシロに近づく最中、フォックスからの援護射撃が背中側から飛んでくる。

 

フォックスは狙った位置を正確に狙える能力にも長けている。私が十分に接近するまでの一瞬の隙を、カネシロの顔を狙うことによって生み出してくれていた。

 

そして私の間合いに入ったと見るや、カネシロはジョーカーを盾にしようと身体を向けてきた。その動きに反応し、ジョーカーの下を潜り抜ける形で懐に入り込んでナイフを振る。

 

たしかに感触は硬かったが、その腕は両断できないほどの硬さでは無かった。

 

「っああああああ!?」

 

掴んできていた腕が落ちたことで自由を取り戻したジョーカーは華麗に着地し、お返しとばかりに煙幕をカネシロに投げつける。

 

「リーサル」

 

「後にして」

 

「助かった。ありがとう」

 

後にしろって言っただろうに、律儀に礼を言うジョーカーと一緒に出口へ向けて走り出す。私たちの前にはスカルが走っており、真はヨハンナに跨って既に外で待機していた。

 

援護をしてくれたフォックスも追いつきもう少しで出口に差し掛かろうというところで、後ろから空気を吸い込むような音がして慌てて振り向く。

 

消えかけた煙幕の中に見える薄暗い光が、徐々に光を増していく。

 

そしてその光の向こうに見えたシルエットは…もはや元の人間の姿を思い出させないほどに変異していた。

 

それを認めた瞬間、全身を打つ見えない衝撃波のようなもので無理やり銀行の外に吹き飛ばされる。何回転かしたあと辺りを確認すると、しっかり人数は揃っていた。

 

でもそれで安心している場合じゃない。

 

『今のはただの衝撃波だ!本命が来るぞ!!』

 

「オマエラ、飛び降りろ!」

 

モナの指令に全員一瞬驚きを見せたが、次の瞬間に襲い来るであろう攻撃の威力を想像し、咄嗟の勢いで先に飛び降りていたモナの後に続く。

 

「え、ええ!?」

 

「行くよっ」

 

「ちょ、わたしを置いてかないでくれ!」

 

「掴まってろ!」

 

かなりの高度からの自由落下になるが、おそらく下でモナが車に変身してクッションになってくれる。

 

私はクイーンを、ジョーカーはナビを抱えて渋谷の空に身を投げ出す。

 

結構な高さだけど、モナ車はああ見えてネコバスよろしく伸縮性に優れているはずだから、きっと大丈夫なはず。そんな、半分祈りに近いことを考えながら着地。まぁまぁな衝撃はあったものの、大したダメージではなかった。

 

「オマエラ、無事か?」

 

みんな無事に降りられたことに胸をなでおろす暇もなく、頭上でハリウッド映画顔負けの大爆発が起きた。

 

あれに巻き込まれていたらと思うと…私だけならそれはそれで楽しそうだったかもしれない。

 

 

現実に戻ってすぐ、興奮が切れた真が体力の限界を迎えたので一先ず近くのベンチに座らせて落ち着くのを待った。既に日は落ちかけており、パレスに入る前のように日照りに苦しめられる心配はなかった。

 

「多分…今が人生で一番疲れている時だと思うわ…」

 

「無理もあるまい。覚醒に加えて、俺たちにとってもイレギュラーだったハプニングが多発したからな」

 

「でも、ちょっとすっきりしたかな。ペルソナの声を聞いたとき、自分がしたかったことがなんなのか、はっきりわかった気がする」

 

「根っからの真面目じゃないみたいだな?」

 

「今まではネコ被ってただけ。周りの大人に媚びへつらって、みんなが思う理想の私を演じてただけ。…でも、やっぱりこんなのは私の性に合わない。お姉ちゃんみたいにはなれっこない」

 

「お姉ちゃんって、さっきカネシロが言ってた…?」

 

杏の問いに真が答える。

 

「うん…特捜部の検事でね。怪盗団の事を調べてる」

 

「いやそれまずくね!?」

 

「大丈夫よ。異世界の存在なんて、現実の捜査で分かりっこない」

 

それに、と真は吹っ切れたように笑いながら続けた。

 

「お姉ちゃんとは、いつか分かり合えない日が来る気がしてたの。生活のために必死に働くお姉ちゃんには感謝しているけど、時々…哀れだなって思うこともあった。まぁ、こうなる運命だったんだろうなぁ」

 

探していた怪盗団に自分がなる…奇しくも真の言うように、これは運命といって差し支えないことかもしれない。きっと、真の言う運命と私の言う運命とでは、少し差異があるんだろうけど。

 

…そんなことを考えている間に、みんなの間では真を怪盗団に迎え入れようかという話題で盛り上がっていた。

 

もちろん私はそれに異論を出すわけも無く、全会一致で真の怪盗団入りは決定した。

 

「うっし、これでまた仲間が増えたな!」

 

「よろしくね、みんな」

 

「うむ。参謀としても戦闘面でも頼もしい仲間が出来たのは、喜ばしいことだな」

 

「りゅーじと違って頼りになりそうだな!」

 

「おっフタバ言うじゃねーか!」

 

「お前らなぁ…俺を何だと思ってんだ?」

 

いつも通りのじゃれ合いを微笑ましく思っていると、不意に肩を叩かれて振り向く。

 

「杏?」

 

「ごめん。ちょっとだけ、この後時間ある?」

 

 

みんな解散したその後、杏に言われて私と真だけはその場に残った。杏の表情は何とも言えない複雑なものだったが、深刻そうにも見えなかった。

 

「二人とも、疲れてるのにごめんね。すぐ終わるから」

 

「どうかした?」

 

「ううん。綺羅はここに居てくれるだけでいいの。…新島さん。わたしね、正直少し前まではあなたの事信用し切れてなかったの。他のみんなと同じように、うわべだけ見て判断してた」

 

「…あなたが気にすることじゃないわ」

 

「自分が悔しいんだよ。怪盗として正義の味方のつもりでいたクセに、わたし…なにもわかってなかった。志帆の件で、新島さんも教師側なんだって思い込んで…勝手に敵視してた」

 

「仕方ないわよ。そんな風に振舞っていたわたしにも原因がある」

 

「ありがと。でも一度、ちゃんと謝っておきたくって。新島さんも、わたしたちと一緒だったんだね」

 

どうやら杏は、真に対して偏見を抱いたことを詫びるためにわざわざ私たちに声をかけたらしい。であれば私に声がかかる理由はイマイチ分からないわけだが…仲介役のようなものを期待されても、何もできないし。

 

「いいえ。やっぱり謝るのはこっちのほうだわ。鈴井さんの件は、私も共犯のようなものだもの」

 

「たとえそうでも悪いのは全部、鴨志田だよ」

 

「ええ…そうね」

 

「うん。じゃあもう、これでおあいこってことで!」

 

「おあいこ?」

 

そう言って、いつも通りの明るい笑顔に戻った杏に真は呆気にとられていた。

 

「だからさ、新島さんももう気つかわなくていいからね。これからは、同じ目的のために頑張る仲間なんだし」

 

「ふふっ」

 

「な、なんで笑うの?」

 

「ごめんなさい。あなたのそういうところ、とってもいいなと思って」

 

「…どういうこと?」

 

何故か私に聞いてきた杏から目を逸らし心の中だけで答える。それはきっと能天気なところが羨ましいって意味だ。

 

ともあれ、それから少し話した後途中まで私たち三人は一緒に帰った。二人の間にあったわだかまりはそこですっかり解けた様子だった。

 

ちなみに、後から杏に聞いたところによると、私も一緒に真と呼ばれた理由はなんとなく一人だと不安だったかららしい。別に私が居なくたってちゃんとできただろうに、変なところで弱気になるのも杏らしいっちゃ杏らしい。

 

 

午後九時過ぎ。帰ってきてすぐに惣治郎宅のシャワーを借りてルブランの二階で休憩していた私に、雨宮が一階からコーヒーをもってきてくれた。

 

雨宮はよくこうやって、ふとした時にコーヒーを振舞ってくれる。練習も兼ねているそうだが、まだ惣治郎からは完全には認めてもらえていないらしい。

 

「ありがと」

 

ソファに座りながら一口コーヒーを口に含む。すると、雨宮も自分の分をもって作業机の前に座り話を始めた。

 

「今日のことだが、“あれ”は何だと思う?」

 

「さっぱり分からないよ。あんなの初めて見た」

 

「そうか」

 

私のこの答えに嘘が入る余地はない。実際あんなものを見たのは初めてだったし、正体についても皆目見当がつかない。でも、今日で分かったこともいくつかある。

 

コーヒーの香りを堪能しながら頭の中を整理していると、下で食事を済ませてきたモルガナが満足げにゲップをしながら階段からひょっこりと顔を出した。ついでにそのモルガナにも聞いてみたが、案の定心当たりはないようだ。

 

とはいえ、これからずっとこのままってわけにはいかない。

 

「謎だらけだけど、放ってはおけないね。あいつに何かされた後のカネシロの変貌っぷり…」

 

私の言葉に、二人は黙って頷く。雨宮もモルガナも、あいつの存在の異常性については理解しているようだ。それでも、モルガナは私の言葉に疑問を呈す。

 

「放置しておくわけにいかないのは分かるが…だからってどうする?あてでもあるのか?」

 

「無い、けど…でもあいつの世話は私にしか務まらないような気はする」

 

「勝手な行動は駄目だぞ」

 

「…まだ何も言ってない」

 

雨宮には早くも釘を刺されてしまったが、何のことは無い。そもそも勝手な行動をするつもりならこんな話もしてないんだ。

 

「次またあいつが現れたなら、私が対処する。それしかないし」

 

そう言うと眼鏡を外している雨宮の顔が分かりやすいぐらいに不機嫌色に染まった。普段は鉄のポーカーフェイスなくせに、私の話になるとこれだ。少し過保護すぎる気がしないでもないけど、でも雨宮達側の気持ちを考えれば仕方のないことなのかもしれない。

 

ペルソナという異能力があっても、体を張って戦っているという行為に間違いはないわけで。

 

「先に言っておいてあげただけでも感謝してほしい」

 

この世界に居る人間のほとんどは、私の事も同じ普通の人間としか見ていない。だとすれば、なるべく危険な行為はしてほしくないというのが本音…というか、実際そう言ってたか。

 

「しょうがない」

 

「いいの?」

 

「仕方なくだ。確かに今はそれしかない」

 

「でしょ」

 

「ただし、絶対に無茶はしないでくれ」

 

語気を強めて言ってくる雨宮に空返事で応じ、コーヒーカップをテーブルに置く。

 

そして通学鞄からほぼ白紙のノートを取り出してペンをとる。それを見て雨宮は不思議そうな声を漏らすが、別に何のことは無い。

 

「珍しいな」

 

「何が?」

 

「妻木さんが勉強なんて。ここで暮らし始めて、初めて見た気がする」

 

「私のじゃないよ」

 

そう。これは私のためのノートではない。今更学校の勉強のことで、ノートに記しておかなきゃいけないことなんて無いからね。

 

「ツマキのためのものじゃないなら、誰のためのモンなんだよ?」

 

「…勉強教えてほしいって頼んできた子」

 

「へぇー。わざわざそんなもの用意してやるなんて、ツマキも案外面倒見がいいな!」

 

玲央からはノートを見せてほしいと頼まれたことが一度だけあったけど、今私が用意している者は、別にそれに関係するものじゃない。ただ単に、玲央がよく間違えそうな問題をピックアップした、彼女専用の問題集を作ってやっているだけである。

 

モルガナは面倒見がいいと言ったけど、それより以前に私は中途半端が嫌いなだけであって、これは玲央のためというより私の勝手な自己満足に近いものだ。

 

「俺のは作ってくれないのか?」

 

「私の分までルブランの手伝いを代わってくれるなら、考えないでもないけど」

 

「検討しよう」

 

…自分で言っておいてなんだが、必要ないだろうお前には。

 

雨宮と中身のない会話をしながらノートに適当な問題を羅列していき、たまにモルガナを撫でたりコーヒーを飲んだりしてSPを回復する。

 

そうやって、パレスでのアクシデントがウソかのような穏やかな夜はゆっくりと更けていった。

 

正体の知れないアイツのことは、今ここで考えても何も分からない。それが今ここに居る三人の中での共通認識だった。そうやってあえていつもと変わらない時間を過ごすことで、胸のざわつきをごまかしているだけと知りながら。

 

実際の私はずっと、あの醜い触手の姿を忘れられずにいた。きっとみんなも同じはずだ。

 

あんなもの、放置しておけるわけがない。

 

次があるなら、その時は、私が何とかしないと。

 

ペンを片手にそう決意を新たにしていた私の傍らで、スマホが着信を知らせてきた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。