PERSONA5:The・Determination 作:Ganko
小刻みに振動しているスマホを手に取り、着信を確認する。
液晶には佐倉惣治郎の文字。
既に店は閉めていて、もう自宅に戻っているであろう惣治郎からの電話…おそらくガス栓のチェックとか、その程度の事だろう。
珍しいことではあったけど特に気に留めず電話に出る。
「はい」
『よぉ。ちょっと急で悪いんだが、今からこっちの家来れるか?』
「いいけど…なに?」
『あーその辺は来てから話す。すぐ終わる話だから、頼んだぞ』
「…わかった。じゃ」
通話を切ると、雨宮が要件について聞いてきた。
「別に。ちょっと出かけてくる」
「そうか。気を付けてな」
惣治郎からの電話ってことは伝えずに、部屋着のままルブラン~徒歩30秒でたどり着ける佐倉宅へ。
まさか呼び出されるとは予想していなかった私は、惣治郎のいう“話”の内容にまったく心当たりがなかった。まさか冷蔵庫の中にあったチョコレートを勝手に食べたのがまずかったんだろうか。
少し不安に思いながらも扉を合鍵で開けリビングへ。
そこには、当たり前だが食卓の椅子に腰かけた惣治郎が待っていた。
「悪いな。ちょっと話しておきたいことがあってな」
「…なに?」
「ま、座りな」
と、机を指先でトントンと叩きながら促す惣治郎。私の経験上、こうやって始まる話は本当にすぐ終わったためしがない。
嫌な予感がよぎりつつ、私は惣治郎の向かいに座って言葉を待つ。
「実はな。今日の昼お前の親御さんから連絡があった」
「…!」
「お前のこと、全く探していなかったわけじゃあなかったみたいだな。心配もしてたよ」
…。
一体、何の話かと思えば…どうやらそういうことらしい。
それを聞いた私としては、驚き半分、嬉しさ半分といったところだった。実際、家出をしてからも学校側からそれを指摘されるようなことは無かった。向こうもむこうで、必死になって私の所在を探しているというわけではないと、それでなんとなく納得はしていたから。
でもどうやら、そうではなかったらしい。どうやったのかは知らないが、私が今惣治郎の元で暮らしていることを嗅ぎつけ、それで確認をとってきたということだろう。
「…それで?」
「いや、それだけだ。お前が無事だって知れただけで満足だってな。ったく、この親子は…」
「ううん。むしろ安心したよ。もし帰ってこいなんて言われたらどうしようかと…」
…そこまで言って。
惣治郎の目が、すっと冷徹なまなざしに変わったことに気付く。
「お前の本心がどうなのかは知らねぇけどな。ただ同じ親の立場から言わせてもらうと、少なくともお前の親御さんは“そう”は思ってないはずだ」
「…」
「俺は別に強要なんてしないからよ。ここに居るか、親御さんの元に帰るかは、お前が決めればいい。ただ、俺はずっとここにいることが正解だとは思わないってだけだ」
そんなはずはないのだけど、ほんの少しだけ、「早く出て行け」と遠回しい伝えられたような気がして胸が痛んだ。そんな意味じゃないことは重々承知だが…。
少なくとも惣治郎が言っていることは正論だ。だから、これはただの、私の我がままであり、嘘でもある。
「惣治郎。私は…もうしばらくは、ここに居たい」
目をチラリと盗み見ながらそう言うと、惣治郎の目からはもう冷たさは消え去っていた。
「いつかは戻る気でいるんだな?」
「…いつかは」
「そうか。なら構わねぇよ。気が済むまでここに居て良い」
どうやら。
惣治郎は、私と私の親との関係の間に自分が居ることに、少し思うところはあるらしい。当然と言えば当然。
でも、別に私がここに残ることを徹底的に否定したいわけじゃないらしい。なんとも寛容なことで助かるね。この善意に甘えさせてもらっているのには恩義を感じずにはいられないので、できるだけ店の手伝いはするようにしている。
無論、いつかは帰ると言っているが、そんな日が来る予定は今のところない。
「ま、実際お前が来てくれたことで助かってることも多いしな…」
「でしょ?」
「お前がその気なら、もう少し本格的な仕事を教えてやってもいい」
「それってどんな?」
「そうだな…綺羅一人で店を回すことができるレベルのノウハウをだな…」
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教師の声とチャイムの音が朧気に頭の奥で響いている。毎度よろしく授業を寝過ごした私は、ぼーっとする頭を目覚めさせるために、前に座る雨宮の肩に消しゴムをのっけて落とさないようにキープする遊びを決行。
「それで目覚めるのか…?」
真っ黒毛のネコがなにやらうるさいが無視。
当の雨宮は肩に乗っけた消しゴムを落とさないようにしながら、かばんから弁当を取り出して食べ続ける遊びを始めていた。この勝負、負けるわけにはいかない。
「どういう意味?真剣に分からないんだけど」
「杏のようなお子様にはまだ早いよ」
よし。そろそろ目が覚めてきた。
絶望的に猫背な雨宮のアンバランスな肩に消しゴムを置き去りにし、私は玲央の待つ中庭へと向かう。
今日はきちんと二人分の弁当箱を用意してきている。別に楽しみになんてしていないが、玲央がどうしてもというのでまた作ってきてあげた。今回は米では無くサンドイッチの詰め合わせだが、正直これの味には自信がある。
「お待たせ」
「お待たされてた」
そんな日本語は無いと心の中で突っ込みながら、ベンチに座る玲央の隣に弁当箱を置き、そのまた隣に私が座る。
「ごめんね。あたしなんかのために」
「いいよ。大した手間じゃないし。特に今日のは」
初めて玲央が私の弁当を食べたあの日以降、聞けば最近の彼女は昼ごはんを抜くことが多いらしい。それでテストへの集中力が削がれてしまうのは由々しき事態なので、たまにこうした機会を設けてやることにした。
「どうせ朝は時間余ってたから、ちょうどいいよ」
「ありがとー…!それじゃ、いただきます!」
元気よく合唱し、手ごろなサイズのサンドイッチにかぶりつく玲央を見ながら、私も自分の分を手に取って片手間に玲央から渡してもらったノートを拝見する。無論、こうやって彼女の苦手な部分を見つけ出すためである。
「これおいしい!なに入ってるの?」
「ただの冷凍食品」
「ええっ?サンドイッチってこんなにおいしくなるんだ…」
「相変わらず大袈裟だね…」
「大袈裟じゃないって!」
まぁ実際、コンビニで買えるものよりは数倍美味しく作れることには変わりないわけだが。世の人間は冷凍食品の偉大さをもっと知るべきだろう。
…なんて、今日もらしくないのんびりした時間を談笑して過ごしていると、玲央が何かを思い出したかのように声を漏らす。
「あ、そう言えば綺羅ちゃんは知ってる?なんか最近話題になってる裏バイトの話」
「裏バイト?」
詳しく聞いてみると、どうやらその裏バイトは私たちのターゲットの犯行とみてほぼ間違いなさそうだった。軽い気持ちで勧誘を受けた生徒が被害に遭っているという話が、ここにも随分広まってきているようだ。
となれば、元締めである金城たちはそろそろ手口を変える必要がありそうなものだけど、果たして次はどんなやり口を考え付くのか…。
「怖いよねー。うちの生徒も何人か巻き込まれてるらしいし」
「玲央は引っかからないようにね」
「あたしとかいかにもカモにされそうなキャラだもんね」
自分で言うな。
「でも大丈夫。今は勉強一筋だから!」
「ならいいけど」
自慢げに言う玲央にノートを返すと、一気に風船がしぼんだようにしゅんと身体を縮こまらせる。
「ど、どうだった?」
「…」
「無言!?どういうこと!?」
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「ただいま」
「…おう。おかえり」
今日は潜入の予定はないため、放課後は店の手伝いをして過ごすことに決めていた私は、下校のついでに惣治郎に頼まれていた買い出しを済ませてきた。
食材が詰まったレジ袋をカウンターの裏に置き、生鮮食品は冷蔵庫の中へ。
「悪いな」
「いいよ。今日は予定無いし」
その中に紛れ込ませておいたチョコレートもこっそりと冷蔵庫の奥に挟み込ませたあと、立ち上がって制服の上からエプロンを着ける。仕事のない日の、ここ最近での私の過ごし方だ。
といっても放課後の時間帯はほとんど客など来ず、その合間はコーヒーを淹れて見たりして時間を潰している。流石にまだ常連の客に出させてもらえるような腕前では無いらしく、客に出すほとんどは惣治郎が淹れたコーヒーだ。
カレーに関してもその日の仕込みは惣治郎が完全に担っているし、私も案外まだまだ見習いレベル。
だからこそ。
「惣治郎」
「よし。じゃあ始めるか」
私が準備を終えたことを伝えると、惣治郎は読んでいた新聞を畳み、タバコの火を消した。
これから、惣治郎直々にルブラン秘伝の術を教えてもらうことになっている。心配はいらない。どうせ客など来ないのだから。
「…メモは」
「一度聞けば覚えるよ」
「聞かれても答えてやらねぇからな。それじゃあまずは、コーヒーからだ。一回淹れてみな」
何故こんなことをしているのかと言えば、それはもちろん私なりの恩返しのつもりだから。惣治郎も、それを受け入れてくれたからこそ、こうやって私がこれからもルブランに居るのを前提にしたことをわざわざしてくれているんだ。
惣治郎のような正しい倫理観を持った大人であれば誰しもが、私は元の場所に帰るべきだと思うはず。それなのに、大した理由も話さずに居座っている私の我がままを、この人は多くを語らずに許してくれている。
しかも私はそんな人に嘘をついている。いつかは帰る、なんて心にもない嘘を。
だから、これはせめてもの贖罪。
私みたいな人間にできる精いっぱいの正義だ。
「…ふむ」
しかめっつらで私の淹れたコーヒーを飲み一息つく惣治郎を見て、私はなんだか懐かしい気分になった。こんな風に誰かにモノを教わるというのは、なんだかとても久しぶりな気がした。
「どう?」
「筋は悪くない。初めに教えたこともちゃんとできてたしな」
そして、こんな風に誰かに認められてうれしいと感じることも、とても懐かしかった。
「これならもう少し上の段階までいけるだろうな。今から言うことをよーく覚えるんだぞ」
「うん」
「まず、これは分かってると思うがもう少しお湯はゆっくり注げ。時間をかければそれはしっかり味に反映される。それから…」
いつだったか、私が初めてつくった料理を…あの人たちに食べてもらった時以来、か。そういえばあの時作ったのって…。
…いや、いいや。思い出しても特にいいことなさそうだし。
思考を締め出し、目の前でお手本を見せてくれている惣治郎の手さばきを見て覚えることに専念する。
今までも惣治郎がコーヒーを淹れている姿を見てはきたが、こうしてまじまじと見てみると一つ一つの動きにちゃんと意味があるのだと分かる。こんな態度だけど、客に出すコーヒーに関してはいつも妥協は無しだったんだな。
そして淹れ終わったコーヒーを飲ませてもらうと、やはり自分のものとは別物という感覚に陥った。使っている豆も水も器具も同じはずなのに。
「もう一回良い?」
「ああ、もちろん」
夕焼けが差し込み豊かな香りが漂う喫茶の中、私にとって貴重な時間は非常に有意義な流れ方をしていった。
ついさっき得た学びをもとにもう一度、丁寧にじっくりと、かつ風味が逃げないよう急ぎながら、今の自分が出せる最高品質のコーヒーを淹れる。
途中、さっき買ったチョコレートのことが頭をよぎって集中が乱れそうになるのをなんとか振り払い、自己評価的にはさっきよりも良さそうなものを淹れることに成功した。
「…ふぅむ」
「…どう?」
「悪くないな」
なんであろうと人から評価を貰うのは嬉しいもので、惣治郎に褒めてもらえたことは私にとってもかなり嬉しいことだった。
飲み込みは早い方だと自負はしているものの、コーヒー淹れなんてここに来るまで全くの未経験だったわけで、多少なりとも緊張はする。その分新鮮さがあって楽しいんだけど。
それからもしばらく私と惣治郎の特訓は続いたけれど、幸運なのか不運なのかその間に客が来ることは無く。
差し込む夕日が街灯の光に変わりだし、特訓のメニューがコーヒーやカレーから外れだした頃、ようやくその固い門戸は開かれた。…それも客では無く、もう一人の居候者が帰ってきただけだったんだけど。
「ただいま」
扉が開き、雨宮とその肩から顔を覗かせるモルガナが帰宅を知らせる。
「おかえり。蓮、お前もやるか?」
「何ですか?」
「いま綺羅に直接コーヒーの淹れ方やらを伝授してやってたとこだ。お前も興味あるならいいぞ」
「興味はありますけど…いいんですか?」
「いいよ」
代わりに私がそう答え、テンポを崩された惣治郎がガクッと肩を落とした。
「じゃあ、俺もお願いします」
「決まりだな。じゃ手洗って着替えてこい」
雨宮は惣治郎の提案に二つ返事で応え、着替えをしに部屋へと上がっていった。モルガナもその後を追い、階段を駆け上がっていく。
その背を見届けたあと、惣治郎は私に目を合わせないまま呟いた。
「…はぁ。お前と言いあいつといい、なんでこんな人間が面倒被ってんだろうな」
「?」
「綺羅。俺はお前がいつか元の場所に帰れればいいと思ってる。だが、ここにいるなと言ってるわけじゃねぇ。…言ってる意味は分かるな?」
「…なんとなく」
曖昧な答えに惣治郎は「ならいい」とだけこぼしてカウンターを出た。そのまま玄関扉を開き、表の看板を“close”へと戻す。
「もう閉めるの?」
「今日“は”客が来なさそうだからな」
まぁ確かに、今日に限っては珍しく客が少ないし、閉めてしまっても問題ないかもしれない。
そう思った矢先、閉じかけたドアの向こう側に人影が写った。
「悪いね。今日はもう…」
「わたしだ!」
お前か。
ドアの隙間から顔を覗かせる双葉を見て思わずそう突っ込んでしまった私をよそに、雨宮が階段を下りてきてシンクで手を洗い出す。
「そろそろ帰ってきてる頃だと思ってなー。遊びに来てやったぞ!」
「ちょうどいい。なら双葉も手伝え」
「へ?」
そんなこんなで集結してしまった佐倉一家とプラスアルファで、なんやかんやと惣治郎主導の元ルブラン仕込みのいろはをみんなで教わった。ついでに、今日の晩御飯づくりもかねてだ。
こんなに賑やかな晩御飯も久しぶりだと、双葉も惣治郎も感慨深そうにしていたけれど、そう思ったのは二人だけじゃないだろう。
私だって、このどうしようもなくあたたかな時間が愛おしく感じていた。ずっとこんな時間が続けばいいのに、と思いたいところだけど、そうもいかない。私がこの場の空気を吸えていること自体が既に高望みでしかない。これ以上の贅沢は言えない。
「ぎゃー!!」
「ど、どうした双葉っ!?」
「洗剤出しすぎた!」
「…そんなんでいちいち叫ぶんじゃねぇよ」
「ゴシュジン、ワガハイの分はあるんだろうな!」
「んん…?またなんかネコが喋ってるな」
「“ワガハイのはあるのか”…っていってます」
「え、モルガナの一人称ってワガハイなのか?それとも意訳か?」
「直訳です」
「そうか…っておい綺羅今なに食べたっ?」
「…」
こちらへの気が向いていない瞬間を見計らい、カレーに使う隠し味の内の一つであるチョコレートをひとかけら口に放り込んだものの、惣治郎に見つかってしまった。
「なにも」
無心でカレー鍋の中身をかき混ぜながら、恐る恐る横目で惣治郎の方を盗み見る。
「ウソつけチョコ食べただろ。まったく…客の前ではつまみ食いするなよ」
「…はい」
…なんて茶番がありつつも、初めて一から自分で作ったルブランカレーと、雨宮の淹れたコーヒーが出来上がり、ついでに惣治郎が手作りしたねこまんまと一緒に、みんなで食卓を囲むこととなった。
私が作ったカレーは、一応教わった通りにできたつもりだ。皆からの評判も良かったし、冷ました分はほんの少しだけモルガナになめさせたりした。…ネコの舌には少しスパイスの刺激が強かったらしいけど。
そして、雨宮の淹れたコーヒーもなかなかのものだった。怪盗としての仕事や学業なんかにも励んでいるのに、いつの間にこんな技術を身につけていたのやら。惣治郎も少し驚いていた。無論、カレーとの相性はばっちりだ。
「二人とも天才だな。惣治郎の味にここまで近づけるとか!」
「久々にネコ缶以外のモンを食った気がする…!感謝するぞゴシュジン!」
「そーだ惣治郎!どうせならこの二人にルブランの新メニューとか考えてもらおう?」
「新メニュー…?まぁー…そういうのもありなのかね…」
「私たちに後を継がせるなら、必要じゃない?」
「もう継ぐ気かよ…」
ただひたすらに平和な時間。
こんな日々が自分の手でつかみ取ったものであれば、どんなに心地よかっただろう。いくら笑っても、喜んでも、私にとっては未だ不完全燃焼感が否めない。
たしかに、今この時間を過ごせているのは、ここにいるみんながいてくれるからに他ならない。
それでも、私は知っている。
“こうなる”ことを仕組んだ奴が、まだ私たちの運命の糸を握っているのを。
こうやって私たちに希望をちらつかせるのが、外の人間のやりくちだ。いつだって、あいつらは私たちを使って遊ぶことしか考えていない。
だから、やっぱり私が終わらせるべきだ。
真実を知っているのは私だけなんだから。
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その後晩餐を終えた私たちはみんなで後片付けをして、眠そうにしている双葉を先に家に帰らせた。このままだと私か雨宮のどちらかがソファで寝る羽目になっていたところだった。
ちゃんと夜に眠気が来ているあたり、生活習慣も少しずつ改善しつつあるようだ。
そんな双葉の様子を見て、惣治郎は私たちに感謝の言葉を伝えてきた。ネットだかなんだかのことは分からないが、それでも双葉が変わったのには、私たちの影響が大きいんだと。
この時点で既に薄々勘づいてはいるのかもしれない。最近話題になりがちな、人の急な心変わりや豹変に、双葉の様子が似ていることに。
「双葉があんなに明るく他人と喋ってるのを見るのは、正直言ってお前らが初めてだ」
何やら複雑な感情を抱えながらも、嬉しそうではある。同時に、私たちになにか言いたげでもあったけれど、結局惣治郎はそれ以上は何も語らなかった。
始末を済ませおやすみを伝えた後は、いつものように家に帰ってしまった。
「ゴジュジン、なんか言いたそうじゃなかったか?」
「…確かに」
「気にしても分からないでしょ。私たちも寝よう」
「そうだな…。明日に備えて」
「うむ。腹もいっぱいだし、ゆっくり休めそうだぜ…!」
惣治郎が何を言おうとしていたのかは分からない。でも、私のことを受け入れてくれようとしていることは、もう十分伝わった。そもそもこんなに温かい空間に居させてくれるだけで、勿体ないほどの贅沢。
こんな贅沢を楽しむ私を、奴らは望んでいるんだろうか。
「ツマキー。明日の作戦もあるんだから、もう寝ようぜ?」
…そんなはずはない。こうして幻想を見せつけた後で突き落すのが、奴らの常套手段。
「うん。今行くよ」
全部、私の手で終わらせて見せる。私たちはくだらない娯楽のために存在しているのではなく、ただ自分の意思で生きたいだけだと、証明してやる。
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口をつぐみ、音を殺して闇に乗じる。そんな怪盗としての振る舞いも板についてきた、私たち心の怪盗団。今回の攻略は、チームを二つに分けての作戦に決定した。
理由は、警備が厳重すぎて大人数では固まって動きずらかったことが一つ。もう一つは、この銀行の内部が思ったよりも広く、手分けしてオタカラへの道を探す方が効率的だとジョーカーが判断したためだ。
私と一緒に動いているのはパンサー、フォックス、そしてナビ。向こうはジョーカー、モナ、スカル、そして今回が初めての作戦参加となる、“クイーン”。
二つのチームはナビの通信範囲である適度な距離を保ちつつ、互いの目が届かない場所を探索しながら進む。監視カメラや、カネシロが用意したであろうセキュリティなんかは、逐一ナビがペルソナを使って位置を報告してくれる。そのおかげで接敵も最小限に抑えられ、結果かなり深い場所までたどり着いたものの、周囲の警戒度はそれほど高くなさそうだった。
「結構進んできた気がするんだけど、オタカラってまだ先なの?」
「折り返し地点は過ぎてる。反応は近いぞ」
「ジョーカー、そちらの状況はどうだ?」
『今、ロックされた壁の前にいる。隣に番号が入力できる操作盤があるが、手掛かりがない』
『その辺にメモでも落ちてねーか探ってみたんだけどな…。ここを開けねぇ分には、こっちのルートは進めそうにねぇ』
向こうも向こうで順調に進んでいたみたいだけど、どうやら道がロックされていて進めないらしい。どうやらクイーンに考えがあるようで、もう少し辺りを探ってみることにしたようだ。
であればそちらは任せておくとして、私たちは…。
「了解。こっちはこれから戦闘になりそうだから、少しの間通信は切ってるよ」
『分かった。気を付けて』
吹き抜けになっているフロアの階下に見える警備シャドウは、上から見下ろす私たちに気が付いていない。奇襲を仕掛けるなら好機だ。
数は見回りで歩き回っている奴が一人。そこから少し離れた場所に見張りが二人。
まず私が先陣を切って飛び降り、見回りの仮面をはぎ取る。変身前のシャドウは皆仮面を身に着けていて、それを不意に外されると前後不覚に陥り致命的な隙を晒す。
その隙にナイフで急所を一突き。異変に気が付き戦闘態勢をとる見張りの二人はもちろん、パンサーとフォックスによって素早く対処される。
『周囲に敵反応なし。流石だな』
周辺の安全が確保されると、後からゆっくりナビが降りてくる。
「うちらも結構サマになってきたよね」
「ああ。二人とも、相変わらず美しい身のこなしだった。…ところで、これは一体?」
互いにたたえ合う私たちの前にあったのは、どうぞ奪ってくださいとでも言わんばかりにひけらかされていた大量の札束。バラエティ番組なんかの景品でも乗っていそうな丸テーブルに赤いテーブルクロスが敷かれていて、その上に札束は鎮座している。
「…なんだろうね」
「百パー罠だし、触らない方がいいよね。こんなの奪ってもどうしようもないしさ」
パンサーの言うことは最もだけど、だからといって辺りに他の何かがあるかと言われればそうでもない。
とりあえず敵の処理は終えたし通信をナビに再開してもらった瞬間、向こうのチームの声が耳に届く。
『こちらクイーン。そっちは大丈夫?』
「問題ないよ。どうかした?」
『こっちは手掛かり見つけたから、先へは進めそう』
「ちなみにどうやったら開いたの?」
『ここに来るまでにいくつか謎の数字を見かけていたのよ。思い出してつなげてみたら、語呂合わせになってることに気付いたのよね。例えば2319“ブサイク”とか、1841“イヤシイ”とか』
「それが暗証番号になってたの?」
『自分で設定したにしては妙よね。まぁ、だからこそってことなのかもしれないけれど』
「クイーンたちのほうが最深部には近いな。きっとオタカラもそっちにある」
『了解。オタカラがあったらまた知らせる』
ジョーカーがそう言い残し、通信はまた中断された。どうやら向こうのチームが進んだ道が正解だったようだ。
こっちの道はこの先に続いてもいないし、黙って撤退したほうが賢い選択なんだろう。
それでも、私たちの視線はずっと目の前の札束の山に注がれ続けていた。どうみても罠で間違いないのだが。
「押すなって言われると押したくなるのが人間だよなー」
ナビのその言葉が、私たち全員の心の内を表していた。やけに気になる…これが生物的本能だとしたら、この時私が踏みとどまれなかったことを誰も責められないはずだ。周りの誰も止めなかったし。
気付けば私の手の中に一つの札束が収まっていた。すると、アニメよろしくゴゴゴゴという地鳴りのような音が鳴り響き、札束の置いてあったテーブルの下が開き、5体の警備シャドウがポーズをとって登場した。
なんだこいつら…と呆れる間もなく、そのシャドウ達は次々に口上を述べる。
「かかったな賊め!」
「こんなあからさまな罠に引っかかるとは!」
「所詮怪盗団もこの程度か!」
それに負けじとこっちも感想を述べる。
「拍子抜けだな。まさかこの程度の仕掛けだったとは」
「どうせなら派手に大爆発でもしてくれたらよかったんだけどな」
「まぁ、ホントに爆発してたらタダじゃ済んでないんだけどね…」
苦笑いするパンサーをよそに、フォックスとナビはわざとらしくがっかりした様子で肩を落とす。どうやらその反応が癪だったらしく、シャドウ達は憤慨し戦闘態勢をとる。
私としても残念だが、嘆いても今からこの仕掛けが豪華になることは無い。さっさと始末してジョーカー達と合流してしまおう。
アイコンタクトで完璧な意思疎通を終えた私たちのスキルによって、目の前のシャドウはさっきまでの威勢がウソかの様に一瞬で消滅。どうあがいても私たち相手に雑魚シャドウが太刀打ちできるわけはない。
ため息をつきながら地に伏して助けを乞う最後のシャドウにとどめを刺すと、そのシャドウが何かを残していった。
「それは…カードキーか?」
刀を収め周囲の警戒を行っていたフォックスが、私の方に近寄り目を細める。
「そうみたいだけど、ここに来るまでに使えそうな場所は無かったよね」
「ああ。わたしのマッピングにも記録されてないから間違いない。帰ったら、ジョーカー達に聞いてみればいいんじゃないか?」
ナビの提案に頷き、私たちは本当にやることのなくなったこの場を後にして、一度パレスの入り口まで撤退することにした。
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・
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「カードキー?」
「うん。そっちで使えそうな場所ってあった?」
銀行の外でジョーカー達と落ち合い、互いの探索成果を報告し合うこととなった。
まずは先に帰還してきた私たちのほうから、ジョーカーチームに情報を共有してみたわけだが、めぼしいものはやはりあの謎のカードキーのことだ。
どうやらジョーカー側はその使い道に心当たりがあるらしく、今度はそっちの成果についての話になった。
「まず、オタカラの場所はこっちで判明した。最深部に堂々と安置されてた。それとそのカードキーのほうだが、多分使えそうな場所に心当たりがある」
「どうする?今から行ってもいいけど」
私がみんなにそう聞くと、全員体力は有り余っているらしく、もう一度ジョーカーの先導の元銀行内部へと潜入することにした。今度は全員一緒にだ。
私たちの通ったルートは警備が比較的薄かったらしく、こっちのルートはやりすぎな程に様々な警備システムや見回りが配備されていた。気配を殺して移動しながら、モナがシャドウを見下ろして呟く。
「大切なものに繋がっている道だからこそ、厳重に守りたい…そういうことだな」
一度通った道らしく、最適なルートで敵の視界を欺きながらどんどん先へと進んでいくジョーカー。
その後を追いたどり着いた先は、二体のシャドウが護る巨大な金庫の前だった。扉の横には、確かにカードリーダーのようなものがある。
「俺とリーサルで手早く片をつける。いくぞ」
シャドウの元へ行くまでに、身を隠せそうな場所は見当たらない。であれば、正面突破あるのみだ。
合図と同時にジョーカーが自作した小型の爆竹をシャドウに向けて放り投げて目くらまし代わりにする。生み出せる隙は一瞬だけど、それで十分。
慄いている間に距離を詰め、二人で一体ずつ、シャドウに組み付いて仮面を剥がす。そうして生まれた今度の隙は致命的。ペルソナを使い、一撃で片を付けた。
「敵反応、なしっ。お疲れさん」
さて、満を持して…ってほどでもないけれど、これだけでかい金庫に入っているものとなれば、自然と心が躍るというもの。ただの金だったらしょうもないけれど。
「なぁ、早く開けようぜ?きっとすげぇ大金が…」
「スカル…品がないぞ」
「るせっぞモナ。そういうお前もちょっとは期待してんだろ?」
「ま、まさか!ワガハイはそんな俗世に囚われたような考えは…」
スカルの言葉を否定するモナの尻尾は、それでも左右に大きく揺れていた。
「開けるよ」
固唾を飲んで見守るみんなの前で、私はカードキーを装置にスライドさせた。
加圧され厳重に閉じられていた扉がゆっくりと開かれ…その中にはぽつんと一つだけ、小さな紙切れが粗雑に捨てられていた。
拾い上げると、内側に汚い文字で何かが描かれていることに気付く。
「“混沌”…“力”…と、あとは…」
…うーん。汚すぎて読めないな。
「どれ、貸してみ?」
首をひねる私に、スカルがそう提案する。
大人しく手渡すと、顔を横にしたり逆さまになってみたり色々と試した結果、なんて書いてあるかは分かるけどその漢字の読み方が分からないという。まったくもって本末転倒であった。
「つか!こんなバカでかい金庫にこんな紙クズしか入ってないってどーいうことだよ!?」
…確かに、拍子抜けではある。でも、こんな場所にあるのであれば、それなりの意味を持っているはずだ。
私はひとまずその紙切れを預かり、現実に帰ってからゆっくりと解読することに決めて、今日のところは撤退した。
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「ただい………え?」
「あれ?」
パレスから帰還した私と雨宮が、ルブランで一番に目が合った人物…それは惣治郎でも常連の爺さん婆さんでも無かった。
「どうしてここに?」
「どうしても何も…たまたま雰囲気のいい喫茶店を見つけたから、一息入れてたところなんだけど」
そこにいたのは、何故かカウンター席に我が物顔で足を組んで座っている、明智吾郎だった。
「君たちこそ、どうしてここに?」
「ここに住んでる」
「え?それは凄い偶然だね。あまり運命って言葉は好きじゃないんだけど、君とはやっぱりそういうものを感じるね」
にこやかに雨宮に話しかける明智の脇を通り過ぎて我先に上階へと駆け上る。これ以上ここにいては何を言われるか分かったものでは無い。少なくとも私の面倒を煩わせることだけは確かだ。
荷物をソファに置き、誰かさんが上がってこないうちに素早くスカートを脱いで部屋着へと変身。
安全を確保した私は、荷物の中からパレスで拾った紙切れを取り出す。相変わらず読めたものでは無いけれど、かろうじて解読できる前後の文字列から内容を推察することは可能なはず。
スマホを片手に紙の字と似ていそうな字を検索しながら、互いに見合わせて少しずつ読み解いていく。
“混沌の使者とかいう奴が言うには”…“おれ”…“力”…。
…見ているだけで頭が痛くなってくるな。きっとこれはカネシロが書いたものなんだろうけど…読めたところで全く意味が分からない。初めのほうに書いてあることはなんとなく読み解けたが…“混沌の使者”が指すものがなにか、皆目見当もつかない。
果たしてこれは怪盗活動に関係のあるものなんだろうか?
こんなもの、私の記憶には無い。混沌の使者なんて単語も、ゲームには出てこなかったはず。
そして、知らないものといえば“アイツ”のこともそうだ。今日の潜入では姿を見せなかったが、間違いなくあの場所に存在していたことは確か。分からないことどうし、なにか関係があっても…。
「混沌…」
様々な事象が入り混じっている状態を指す言葉。今まさに、“アイツ”が現れたことで混沌がもたらされようとはしている。であれば、混沌の使者とはあの触手のことか、あるいはその持ち主?
…。
まぁ。
其れより以前に、私にはこの言葉に最もふさわしい存在を知っているわけだが。
この世界に訪れて、秩序を乱しているのは、他でもない私自身だ。
ただ、この紙に記されているのが私だとは考えずらい。私とカネシロとの繋がりなんて、これっぽっちもないんだから。
「…妻木さん」
「もう帰った?」
「ああ。コーヒーを飲んだらすぐに帰った」
「そう」
パレスから帰ってきたときはそうでもなかったのに、今は物凄く疲労しているように見える雨宮は、潜入に必須な諸々が詰まった荷物を下ろしてベッドに腰かけた。
いつの間にかモルガナもその傍らに寝そべっていて、毛繕いを始めている。
私も紙切れをしまい、座っていたソファに寝そべる。正直雨宮の寝ているベッドよりも寝心地は良いと思う。
「明智とは、何か話したの?」
「いや、特には」
…本当に明智は何しに来たんだ。ただの嫌がらせか、それとも何かの視察のつもりだったのか。余計なことを口走ってなければいいけども。
私との妙な関係はあるものの、明智と怪盗団の対立関係はこの世界でも変わらない。みんなに妙な刺激は与えないようにしないと。
「で?そっちのほうはなんか分かったのか?」
「さっぱりだよ。でももう少し考えてみる」
「ツマキでも分からんか…。ワガハイもそんなものには全く心当たりがない。あのデカブツのこともそうだが、ただ単に悪人を改心させていくだけとはいかなそうだな…」
異世界のことに多少なりとも詳しいモルガナでも見当がつかないとなると、いよいよもって謎は深まるばかりだ。それに、オタカラまでのルートを確保することには成功しても、本番の日にまた“アイツ”が現るかどうかが問題だ。
そうでなくても、あの時のカネシロはどうにかなってしまっていた。潜入中は全く姿を見せなかったが、きっと最深部で私たちを待ち構えているはず。
だんだんと、歪みが浮き出てきているような、そんな気がしてならない。
嫌な予感は、胸に募っていくばかりで、自分の手でその原因を摘み取るまでは、この懸念が消えるようなことはなさそうだった。
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『次のニュースです。今朝、東京都渋谷区付近で、またもや心の怪盗団が現れたとのことです』
『街のいたるところに予告状がばらまかれており、警察は現場の監視カメラ等で捜査中とのことですが、新しい情報は出ていません』
朝食のトーストを頬張りながら、ニュースから流れるキャスターの声を聞き流す。
「また怪盗団か?そろいもそろって怪盗怪盗ってよ」
惣治郎も既に怪盗団という言葉の響きに飽き飽きしているようで、ろくな関心を示さずに雑誌を読み漁っている。この人に関してはそれで良いけれど、気になるのは世間の反応だ。
とはいえ食事中にスマホを弄りだすと惣治郎がうるさいので、さっさと食事を済ませてしまおう。相変わらず絶妙な焼き加減のトーストとコーヒーを胃に流し込み、ごちそうさまを言って上の階へと戻ろうとした時、惣治郎に呼び止められる。
「あー悪い。あいつにこれ持っていってやってくれ」
「えー…」
まだ上で寝ている雨宮の分の朝食を惣治郎に渡され、渋々それをもって部屋へと戻る。
この男と過ごしてきて分かったことは、すこぶる朝が弱いということ。
怪盗なんて闇の稼業をしているせいで、朝日への抵抗が薄れてしまっているのかもしれない。ついでにモルガナも、よく雨宮の身体の上か頭の上に丸まって一緒に寝ている。今日もそれは例外ではない。
テーブルに持ってきたトーストの皿とコーヒーを置き、そして少し後ずさって助走をつける。
距離を調整し、飛び上がって仰向けで寝ている雨宮にボディプレス。
「がはっ…!?」
「ぎにゃ!?」
質素なベッドが大きく軋み、雨宮とその隣で寝ていたモルガナがつぶれる音がした。
「おはよう」
「お、おはよう…」
「朝ごはん置いてるから食べなよ」
「ああ…ありがとう…」
困惑しながらも起き上がろうとする雨宮の両腕を押さえつけて反応を楽しむ。寝起きの頭が働いてない雨宮を弄るのは非常に楽しい。これはここに居る私にしかできない遊びだ。さぁ、もっと困れ。
「…すー」
…寝るんかい。
早々に諦められてしまったので仕方なく解放してやる。このまま寝られて困るのは私の方だ。
「おかげで目が覚めた」
「いつも遅すぎるのが悪いけどね」
「なんでワガハイまで…」
「モルガナも一緒に寝てないで起こしてよ。今日は“大事な日”でしょ」
「まぁな…。そういうツマキも、準備は万全だろうな?」
当然、と首を縦に振り、トーストにかじりつく雨宮を見やる。まだぽやーっとしてるが、放課後になればいつも通りシャキッとしていることだろう。
予告状を世間にばらまいたということは、今日がカネシロのオタカラを奪う作戦の決行日になる。しかも今回は、どうやら一筋縄ではいかなさそうな予感がしている。いつも以上に、気を引き締めてかからないと。
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詐欺に明け暮れ、未成年だけを狙う愚劣な手口。
我々は全ての罪を、お前の口から告白させることにした。
その歪んだ欲望を、頂戴する。
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鴨志田卓。
私たちの通う秀尽学園高校所属の体育教師。バレーボールの元オリンピック選手で金メダル獲得の実績有。その栄光を振りかざし、教師という立場を悪用して生徒たちへの物理的、精神的な虐待を働いていた大罪人。これは私たちの手によって粛清され、既に悪は滅した。
斑目一流斎。
私たちの仲間である喜多川祐介の絵の師だった人物。日本画の大家として全国的に有名だったが、その作品は全て弟子の着想を奪って作られたもの。人を人とも思わぬ振る舞いと多くの人間をだまし続けてきた罪は、怪盗団によって暴かれた。
そして、金城潤矢。
学生をターゲットに詐欺を働き、さらにその親族へも脅迫し金と同時に他人の人生をも奪い取ってきた男だ。被害者の数は、これまでの二人とは比べ物にならないだろう。なにせ、金城はいまこの町全体を牛耳っているんだから。
クイーンが身を張って証明してくれたおかげで、私たちの中に躊躇はひとかけらも無い。奴は正真正銘の存在悪だ。
「ジョーカー」
背を向けて歩き出すジョーカーに声をかける。
「気を付けて」
「ああ」
短いやり取り。
それでも、私はその返事に心強さも感じていた。ジョーカーなら大丈夫。
そうして私の元からいなくなったジョーカー達。私は何をしているのかというと、銀行には入らず外で待機だ。
正しくは、“其処”に居る“何者か”の監視。大方の想像通り、パレスへと入った瞬間に例の気配が肌を刺した。パレスの外で、ただ何もない空間に“何か”が佇んでいる。姿こそ見えないが、確実にそこに居る。
みんなが安心してカネシロの元へ向かえるように、私がこいつを見張っておく係というわけだ。
昨日、私はなんとかジョーカーを説得して、この役目を一人に任せてもらった。
カネシロパレスの空は薄暗い緑色をしていて、とても清々しい日とは言い難い。そんな空を延々と見つめていること約数分…上空に浮いている銀行から思い地響きのようなものが聞こえた気がした。
「…」
始まったのかな。
そう思い少しだけ視線をそちらへずらす。
その刹那、突如として今まで何もなかった空間に“影”が落ち始めた。
宙に浮きあがる無数の小さな影は、やがてひとつの大きな影と成り、次第に私の想像を大きく絶する巨大さへと膨張を繰り返す。
「―――でか」
初めて、私の目の前に全貌を晒したそいつは、全く持って想定外のデカさを誇っていた。すぐそばにあるカネシロの銀行なんて、もうゴミのような大きさにしか見えない。私が見上げていたはずの空は、全てこいつのグロテスクな外皮で覆われてしまっている。
コイツの外見を一言で言うならば超巨大な脳みそだ。気色悪い肉の塊に無数の瞳が浮き出ていて、あちこちから細かったり太かったりする触手が蠢いている。端的に言ってすごくキモイ。
あの時見た触手は、正真正銘体の一部でしかなかったと言う訳だ。
これには少し驚かされた。今いきなり地面に落ちて来られたらシンプルに詰む。しかしいくら走ろうとこいつの体積の外に出られる気はしない。
…様子を見ている場合じゃない。そもそもこいつはカネシロに協力するような真似をした奴だ。攻撃をためらう必要なんてどこにもない。
「ペルソナ」
Charaを召喚。ゴエモンの生み出す冷気のような鋭さをイメージし、生み出したのは氷の槍。
試しに打ち放っては見たものの、本体に直撃する前になにかの干渉を受けてあらぬ方角へと曲げられてしまった。
どうやら遠隔手段は通用しないらしい。これだけデカくて飛び道具に耐性が無ければただの的だったんだが。
それからもいくつか遠距離攻撃を試してみたものの、暖簾に腕押しというしかないほど手ごたえがなく、反撃する素振りすら見せない。
知性を感じさせない佇まいからは何もくみ取れない。目的も存在も何もかも、その外見を晒したばかりに余計謎が深まった。
「なんなのお前」
思わず独り言ちると、そいつから伸びた一本の触手がいつかみたいに銀行の上へとするりと伸ばされた。
そして、まるで豆腐に箸でも刺すような滑らかさでそれを貫いた。
「なにしてるのかなんて教えてくれたりは」
しないよね。
相変わらず読めないが、今は私でも手が届く場所に奴の身体が降りてきているチャンス。攻撃が通用するのかどうかだけでも、確かめさせてもらおう。急いで地上に伸びる階段を駆け上がり、銀行の壁を無理やりによじ登る。
そしてついに目の前までたどり着いたとき、軽く樹齢百年以上は有りそうな大木ほどの太さを持つ触手がずるずると上に向けて蠢きだす。
この機を逃せば、謎の浮遊体を斬るチャンスはいつ訪れるか。私は全力を籠め触手に向けてナイフを振るってみた。
感じたことのない手触りがナイフ越しに伝わってくるものの、比較的柔らかい外皮はいともたやすく両断できた。あまりに太すぎて触手自体を切り落とすことはできなかったが、一応斬撃は有効なようだ。
そうやって効果を確かめている間に、触手は本体の元へと引っ込んでいき…。
「え」
そしてその本体も、まるで役目を終えたかのように一瞬にして私の目の前から消え去ってしまっていた。今はもう、かすかな気配すら感じない…。
「なんなんだ本当に…」
斬りつけたときに顔についた返り…これは血でいいんだろうか?をふき取る。少しだけ目に入ったぶんもあるが、妙な疫病なんか持ってないだろうな…。見た目的にはかなりそれっぽかったけど…。
…気にしても仕方がない。監視対象が居なくなった今、私がすべきことは…。
真下を見下ろして気付く。身もすくむほどの高さだけど、奥から漏れる眩い光の中に異形が蠢いている。
「ジョーカー?」
通信で問いかけてみるも返事はない。戦闘中なら返事する余裕は無いか。聞ける状態にはしておけと、出発前に釘をさしておいたから、きっと聞こえてはいるのだろう。
「今からそっち降りるから、そいつそこに留めといて」
そう口にして行動に移すまでの時間は無いに等しかった。
通常なら自殺行為ではあるものの、この世界であればなんとかなるだろうとどこかで油断していたのかもしれない。もしこれが間違いだと知っていても、こうするのが一番手っ取り早くみんなの元に辿り着く手段だというのなら、私は同じことをしたと思う。
円柱状に空いた穴の先へ、真っ直ぐ急降下していく。速度は増していき、どんどんと眼下に映る地面と、そこに立つ異形の姿がはっきり見えてくる。
この前見た時よりもはるかに大きく、そして毒々しくなったそれ目掛けて、落下の勢いそのままにナイフを振り下ろした。
ついさっき、触手を斬った時と同じような感触が、ナイフを伝って私の手に伝わるよりも先に、勢いを殺せずに巨体を下敷きにして地面に着地。
どうやら私が下敷きにしているのはこの何とも言えない異形の頭部に当たる部分らしく、足の間から覗く蠅に似た眼と目が合った。
「ごきげんよう」
『キサマ…!?この前の…!』
目測で見て三メートルはゆうに越していそうな巨体へと変貌していたソレは、やはり元はカネシロのシャドウだった者のようだ。見た目は…どこかで見た蠅の姿をした悪魔によく似ているが、腕というか足の数はそれよりも多く、そのうちの一本は大きな錫杖を握っていた。
伸ばされた腕を回避しつつ一度距離を取り、ジョーカーの横に並び立つ。
「色々とツッコミたいが後にしてやる」
「そうして」
軽口をたたきながら周囲の状況を確認してみる。
降り立った瞬間から気にはなっていたけれど、ジョーカー以外のみんなはそれぞれ散らばって小型のシャドウを相手取っていた。そしてそのシャドウの群れに守られるように、この大きな間の奥に金ぴかな巨大金庫が鎮座していた。
どうやらあれにオタカラが護られているようだけど、シャドウをかき分けて金庫に辿り着いても、強固すぎてこじ開けることはできていない。
あれを叩ければ、カネシロの弱体化を狙うことができるだろう。
「こいつをシメてからゆっくり開ければいいんじゃないの」
巨大な蠅の悪魔の姿となったカネシロを見上げてそう呟く。
「それだとスマートじゃないだろ」
その横で、ジョーカーが呑気にそんなことを言う。
「どうやればスマートなの」
「オタカラを盗んでくれ。後は任せろ」
手短にジョーカーが伝えたあと、話は終わりだと言わんばかりにカネシロの放った光線が私とジョーカーの間を割る。ここは言われた通りにやってやるか。
図体に似合わないスピードで伸ばされたカネシロの腕を躱しがてらナイフで切りつける。
怯んだ隙に脇を走り抜け、雄たけびと何かがぶつかり合う音を背に、正面の中型シャドウの群れへと突撃する。
「うぉっ!リーサル、来てくれたのか!」
「どいつからやればいい?」
「片端からぶったおす!」
「おーけー」
まずは一番手前で、ジョーカーとカネシロの戦いに割って入ろうとする雑魚を足止めしていたスカルの援護に。
余計な言葉は必要なく、ただ目の前のシャドウを叩き伏せていくうちに自然と連携の取れた動きになっていく。
『カネシロ様の金に手を出すなァ!』
「もとは他人から盗んだ金だろうが!」
今までは迎撃するだけだったのが形勢逆転し、シャドウの数は目に見えて減っていく。そうしてこの小隊の長である鬼の姿をしたシャドウのもとへスカルが肉薄する。
とっさに防御の姿勢をとったシャドウだったが、キャプテンキッドの全力タックルを受けきれるほどのタフネスは無かったらしい。
『ナイスだスカル!敵の陣営に穴が出来た!』
「うっし!今のうちに全部ボコすぞ!」
各々応戦していたシャドウ達に若干の焦りが見える。
調子に乗り出したスカルはガルでも喰らわない限り止まることは無い。フォックスと鍔迫り合いになっていた金色の鬼を弾き飛ばし、パンサーへ向けて氷結魔法を放とうとしていた赤紫色の鬼を電撃で怯ませる。
「オイスカル!あんま飛ばしすぎるなよ!?」
かなり前衛へ出ているスカルに、遊撃していたモナが回復魔法で援護する。
その間に私は、パンサーが相手取っていた鬼を背後から斬り倒し、Charaを召喚してフォックスの相手も同時に倒す。これで残るは有象無象の雑兵どもと、クイーンと絶賛戦闘中の真っ黒な鬼のみ。ここまで数が減れば、後はどうにでもなる。
残りのシャドウをみんなに任せて、私はオタカラの隠されている金庫へと走り出す。
それを阻止しようと、クイーンと対峙していた黒鬼が立ちはだかった瞬間、その右頬にヨハンナのホイールがめり込んだ。
動揺により生じる隙、怪盗団はそれを見過ごさない。
よろけたシャドウの身体を上り首筋を掻っ切る。当然一刀で消滅である。
『敵増援、無し!今のうちに金庫を!』
残りの雑魚も掃除し終わったようで、ナビから全滅の報告が上がる。
とはいえ、ジョーカーが今一人でカネシロを食い止めている状況。あまり悠長にはしてられない。金庫の大きさはちょうど、私の知っている“ブタ型機動兵器”と同じぐらいの大きさ。
「…ふぅ」
いかにも厳重そうな扉の前に立ち小さく息を吐く。
「どうする気?わたしの正拳突きでも壊せなかったわよ?」
「…そりゃ拳じゃ開かないでしょ」
「あなただって、そのナイフ一本でどうする気?」
「まぁ見てろって、クイーン」
何故か得意げにしているスカルと不思議そうな目のクイーンに見守られながら、私は自分の目の前へと意識を集中する。
…。
もう一人の自分を心の内に呼び出して、両手に持ったナイフを金庫へとまっすぐ振り下ろす。尋常ならば当然刃など通さないはずの鋼鉄に、すんなりとナイフは入り込んでいく。
「え」
ナイフを中心に広がったヒビはやがて全体に行きわたり、指で軽く小突くだけで立派だった金庫は粉々に崩れさった。
瓦礫の真ん中には案の定、超巨大な金の延べ棒があらわになっている。また私はカネシロの恨みを買うかもしれない。
『キ、キサマ…!!オ、オレ…オレノ…!!』
振り向くと、すぐそこまでたどり着きかけていたカネシロが力なく崩れ落ちていくところだった。あと少しの所で間に合わなかったらしい。
カネシロ本人にとっての核と言えるオタカラを守る殻が壊れたことで、シャドウの力も急速にしぼんでいくのがわかる。
「観念するのね。カネシロ」
うつぶせに倒れるカネシロに銃口を向けながらクイーンがにじり寄る。起き上がる気配を見せずに寝転がっているだけのカネシロからは、もはや戦う意志は感じられない。ただずっとうわごとのように、独り言をつぶやいているだけ。
『オレダッテヒガイシャダッタンダ…。サンザン…ヤラレテ…ヨウヤクハイアガッテ…』
どんな事情があろうと、カネシロの所業は罪のない人々から理不尽に幸福を奪い取り、人生までも食い物にする最低な行為だった。同情の余地などない。
「待って」
だから、これは情けなんかじゃない。
私の制止でみんなが包囲を狭める足を止める、
詐欺という狡猾な手段でこれまで生き延びてきた男だ。このまま、諦めて終わるわけがない。そう思いついた瞬間、気付いたころには体が浮いていた。
浮遊感というよりは、無理やりに強い力で動かされている感覚。似た経験をよくしていた私は本能的に受け身をとることに成功したが、他の皆はそうはいかなかったらしい。
実に面倒だ。何を勘違いしているのか知らないが、どうやらカネシロはまだ自分が勝てる可能性があると信じ切ってしまっている。こういう奴の相手は全く持って面倒で、手間がかかる。完膚なきまでに叩き伏せられるまで、その考えが間違いだと気づかない。
『オレダッテ、サンザン、ヤラレテ、キタンダ。ヨウヤク、オレガ、ショウシャニ、ナルバン…』
『み、みんな構えろ!ヤバいのが来る!』
『ジャマスルヤツハミンナキエロ!キエロォォォ!!』
カネシロの持つ錫杖に光が集まっていく。黙って見ている理由は無い…!
「ペルソナ!」
力を溜めているカネシロの傍にCharaを召喚。カネシロは咄嗟に錫杖を向けて、中途半端な威力のレーザーをCharaに向けて発射した。
当然そんなものは回避したうえで、錫杖を持つ腕を一振りで切り落とす。
落ちた腕の断面からは血では無く大量の黒いモヤのようなものがあふれ出す。
それらは意思を持っているかのように宙を漂い続ける。あれがなんなのかは分からないが、目に見える脅威が取り除けた今、距離を詰めるには今が好機。
「援護してジョーカー!」
Charaを呼び戻し、ジョーカーの返事を待たずに私は駆けだした。
今カネシロの注意は完全に私に向いている。他の皆が接近戦に加わるのには時間がかかるだろうから、ここから先は私の独壇場。
力は使わず、完璧に勝つ。
全速力で走りより、間合いに入る寸前にスライディングでカネシロの股下を潜り抜ける。
その反動を手で殺し、床を蹴って斜めに飛びながら、振り返るカネシロの顔にナイフを突き刺し、そして引き抜く。
傷口からはまたしても黒いモヤのようなものが漏れ出てきたが、至近距離で見ればそれが小さな蠅の大群であることに気付く。
「デカラビア!」
私の身体にまとわりつこうとするそれを、横から割って入った熱い焔が焼き払った。ジョーカーのペルソナによる火炎魔法だ。
その炎によって私とカネシロは、互いに一瞬だけ相手の姿を見失った。
この姿のカネシロは、察するにあまり動きが速い方では無い。こういう時にとる行動はたいてい、守りの一手。
私の相手をするなら、防御は最大の悪手。
炎を突き破り相手の意表を突く。案の定カネシロはバリアを張って待ち構えていた。
透明な壁越しに目が合う。
ニヤリと笑う、私の目と。
ナイフの切っ先は容易くバリアを破り、そしてカネシロの目を貫いた。痛みを感じているのかは定かではないけれど、醜い悲鳴を上げながら必死に暴れまわり、四方に凶悪な威力の魔法をまき散らしてくる。
またしてもあふれ出す蠅の群れは、すかさずジョーカーによって焼き落され、そうこうしているうちに他の仲間たちも態勢を立て直していた。
ふと、手元のナイフを見てみる。刃の色は、変わらず鈍い銀色の光を放っているだけだ。もっとも、今“力”を使っていれば、最初の一撃目で倒していたはずだからね。
『ミエナイ…!ナニモ、ミエナイィ…!』
嘆き続けているが、その間も錫杖を振り回して高位の魔法を当てずっぽうに飛ばし続けている。その軌道に注意しながら、一定の距離を保ってカネシロの前に立つ。
「全員気を抜くな!向こうはまだやる気みたいだ」
ジョーカーからの檄が飛び、全員無言でうなずく。
『カワッタンダ…オレハ…!!』
カネシロの周囲に無数の魔法陣が展開される。すかさず全員で攻撃を叩き込み体勢を崩すと、チャンスとみたジョーカーの指示で一斉に距離を詰める。
私もそれに倣ったが、もう少しで間合いに入るところで、カネシロから発せられる妙な威圧感に足を止めた。
他の皆も同じように足を止めていた。何か本能に警鐘を鳴らす嫌な空気を感じ取ったんだろう。
一瞬の躊躇の隙、慟哭とともに地面に突き立てられたカネシロの錫杖を中心に、フロアの床全体に闇が広がる。
ここにいてはまずい。そう頭では理解しつつ、回避する術がないことも察知する。
「ジョーカーっアルセーヌを!」
ジョーカーに一番近い位置に居た私。アルセーヌを召喚するよう叫んだところで、時間切れの合図。足元に広がる闇から、大量の蠅が飛び出してきた。
さっきまでカネシロの身体から出てきていた奴とは違う、もっと巨大で橙色の光を放つ文字通り異色の蠅。
視界は覆われ耳障りな羽音が聴覚も遮ってくる。でも、それだけじゃない。まとわりつかれている間は、まるで自分の寿命をそのまま抜き取られているような気味悪さが襲ってくる。
…いや、ようなじゃなくて、実際にそうなのかも。
全身から力が抜けていき、次第に体は崩れ落ちて、意識も底に落ちていく。
何故か他人事のように思えた私は無意識的に仮面に手をやっていた。
何かを考えていたわけでも、思いついたわけでもない。ただそこに仮面をとったという事実があるだけ。
ただ、このままではみんなが危ないという意識があっただけ。
頭の中に聞き覚えのある声が響いて…それから…真っ白な光が辺りを覆いつくした。自分でもなにをしたのか分からない。ひとつだけ確かなことは、私はみんなを守ろうとしたってことだけ。
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あと 1体 のこっている。
閑散とした川辺をひたすら歩く。もともと賑わっている場所では無かったが、それでもむかしはここの住人のことはちらほらとみかけたものだ。今では一つとして、動く影は無い。
物陰からかすかに音がした。
頬が緩むのを感じながら、音のした方へ向かう。すると、そこには恐怖の色で染まった目をわたしに向ける、哀れな怪物の姿があった。
「みつけた」
ようやくみつけた獲物を逃がすまいと、意気揚々に武器を振りかざす。
わたしの手の中で、あっけなくまた一つの命が散った。
しんだ。わたしが殺した。また、※※※が上がった。
もうここに用はない。
最後のボスを、仕留めにいこう。
それがすんだら、またころさないと。
たのしみだな。
どんなはんのう、するんだろう。
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わたしは…。
「…!妻木さんっ。聞こえる?」
「クイーン…」
…どうやら気を失っていたらしい私の傍らにいたのは、仮面を上げたクイーンだった。いきなりコードネームそっちのけで私の名前を呼ぶと、いきなり口元に何かを押し付けてきた。
「薬よ。ジョーカーから貰ったから、大丈夫だと思うけど…」
武見のとこの薬だろうか…。まぁ品質的には問題無いんだろうけど、今の私に効果があるのかは疑問だ。
「あなたが目を覚ましたのも同じとこの薬のおかげよ。ほら、早く飲んで」
「んぐ…」
寝転がったまま、ナントカカントカとかいう怪しげな薬を飲まされてしばらくすると、大分意識ははっきりしてきたように思う。正直効き目がありすぎて心象的には気味が悪い。
回復した私は今いる場所を見渡してみた。どうやらまだカネシロパレスの中のようで、ここはそのセーフルームらしい。
聞けば皆は無事らしく、あの攻撃の影響で倒れた私をクイーンがここまで運んできてくれたんだとか。
「ごめん。手間かけたね」
「謝らないで。むしろ、あなたのおかげでわたし達は助かったんだから」
「どういうこと?」
「覚えてないの?あなたのペルソナがあの蠅を一身に引き受けてくれてたのよ。そのおかげで他の皆は無事だったけど、あなたに全部の負担が行っちゃったみたいね」
「…そう。覚えてないな」
「それでもいいわ。事実だもの。それより、もう大丈夫そう?」
「うん。私はもう大丈夫」
「じゃあ戻るわよ。まだみんな戦ってる」
手甲をはめ直しながら、クイーンが挑戦的に笑う。言う通り、まだみんなが戦ってるならこうしている場合ではない。早く駆け付けなければ。
「行くわよ。乗って!」
言われるがまま、セーフルームを出てヨハンナに跨るクイーンの後ろに乗る。
「これって交通法的には違反だよね?」
「ヘルメットを着けてない時点でね」
クイーンに掴まるや否やなんの前触れもなく急発進しだしたヨハンナ。初速なんて概念はこのペルソナには無いのか。
「速度的にも違反だよねこれ」
「既に違反してるんだから今更気にしても同じよ!」
警官志望の言うことじゃない…。
つっ込む暇もなく最高速度で最深部までの直線を駆け抜けるクイーン。あっという間に戦線に復帰した私は、カネシロの目の前で急旋回したヨハンナの勢いを利用して跳躍。すれ違いざまにナイフで斬りつけ、着地の勢いを足で止める。
「リーサル!」
「ごめん。お待たせ」
私の一撃を受け膝をつくカネシロの周りを、ヨハンナに乗ったクイーンがぐるりと一周し、核熱の焔が取り囲む。
クイーンは逃げ場を失ったカネシロの頭上に跳び、核熱を纏った拳を引く。
直撃必至のその一撃は真っ直ぐカネシロの脳天にぶちかまされ、世界がまるごと揺れたかのような大きな地響きが起きる。
『目標ダウン!今がチャンスだ!!』
「総攻撃っ!!」
「「了解!!」」
倒れたカネシロにここぞとばかりに総攻撃を叩き込む。ここまで人数が増えてなお、この動きだけは一糸も乱れず、洗練され切っている。
相手を全方位から叩き反撃の隙も与えない高速の連撃。全員で力を合わせるからこそ、この芸当は成立する。
しかし相手は得体の知れない力を持つシャドウ。最後の抵抗か、何かの魔法を唱え始めた。
『させるかっ!』
その瞬間カネシロの周囲に緑色のノイズが走る。ナビのハック能力によって一瞬だが動きが止められ…。
「これで、終わりよっ!!」
そのどでっ腹に、クイーンの正拳が突き刺さった。
まるでマンガみたいな吹っ飛び方をしたカネシロは壁に叩きつけられ、全身から大量の蠅を溢れさせながら力なくその場に倒れ込んだ。
大量の蠅は一か所に集まり、一つの大きな人影のような形になって、私が落ちてきた穴から出ていった。
「…やったか?」
『フォックス、それフラグな。一応、もうあいつからは力の反応は無いぞ』
ナビの声に従い、カネシロに歩み寄る。いつの間にか姿は元に戻っており、壁にもたれかかったままうなだれる彼からは、さっきまでの威圧感は消え失せていた。
「なんだよ…クソ…。結局俺は…変われてなんか、なかったんだな…」
「…」
力なく自嘲するカネシロに、ジョーカーが歩み寄る。
「観念したか?」
「…ああ。もう懲りたよ。これだけやって敵わねぇなら、もうどうしようもねぇ。現実に戻って、改心するさ…」
あれだけの抵抗を見せた割にあっさりと負けを認めたカネシロ。こいつが改心するというのなら、それはそれでいい。でも、私にはコイツに聞いておくべきことがある。
「最後に一つだけ聞かせて。あの気色悪い触手のこと、何か知ってるの?」
「…俺にも分からねぇ。ただ、アイツに身を任せれば力が強まっていくのが分かった。だんだん自分の意識が薄れていくのも構わずに、俺は負けたくない一心でアレに身体を明け渡した。…それだけだ」
…結局、カネシロもあれについては何も知らないってことか。私たちに改心されまいと力を求めていたカネシロには、あいつの正体なんて些細な疑問だったのかもしれない。
このパレスもなにもかも、所詮はカネシロ自身の力や才能が微塵も影響していないことがはっきりわかる哀れな結果となった。とはいえ当初の目的は達し、カネシロのシャドウは改心して現実へと消えていった。
そしてお約束通りパレスの崩壊が始まり、私たちは急いでむき出しのままだった巨大な金の延べ棒を車に詰め込んで、急いでパレスを後にした。
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色々あってクタクタになりながら帰還した私たちは、持ち帰ったオタカラであるアタッシュの中身がおもちゃの札束であったことに落胆し、早めに解散という流れになった。
私とモルガナと雨宮はそのまま部屋で休憩していたけど、気付けば一眠りしていたようで時刻は夜の十時を指していた。
「いたた…」
ソファに座ったまま寝落ちていた私は、痛む首をさすりつつ階下へ。既にルブランは閉店作業を済ませていて、惣治郎がいつものようにテーブルの掃除をしていた。
「よぉ。お目覚めか」
「…おはよう」
「全然早くねえけどな」
「コーヒー」
「はいよ」
絶対却下されると思ったが、案外言ってみるもんだった。
カウンターに座りうつらうつらとしていると、次第に漂ってきたコーヒーの香りで目が覚めてくる。
「こんな時間に起きたら夜寝られないぞ」
「昼間に寝るから大丈夫」
「授業は受けろよ…」
目の前に置かれたカップを手に取り、コーヒーを啜る。
「ねぇ惣治郎」
「なんだ」
「当分帰る気は無い。これは私の気持ちの問題だから、そのうちは」
「分かってるよ。好きなだけここで休憩していけ」
全てを言い終わらないうちに遮られてしまったけど、きっと惣治郎には私の気持ちは伝わってる。こんな聖人も世の中にはまだ残ってるんだな。
「…ありがとう」
「ただし、今まで以上に店の手伝いはしてもらうからな。ちなみに前のカレーとコーヒーは及第点ってところだな」
「厳しいね」
「まだまだ精進しろってことだ」
多くを語らない惣治郎のやさしさに感謝しつつ、私はほんのひと時心を休ませることができていた。
しばらく無言の時間を過ごしていると、階段が軋む音がした。雨宮も起きてきたようで、眠そうな目をこすりながらいつも以上に髪の毛をあちこちに跳ねさせている。
「ふっ」
「笑うな」
「お前もいるか?」
雨宮は頷き、私の隣に座る。
「明日も学校だろ。これ飲んだら早く寝ろよ」
そう言って雨宮の分のコーヒーを淹れた惣治郎は帰り支度を始める。
やっぱり私たちが今日帰ってくるなり爆睡してた件についてはなにも触れなかった。本当はなにか勘づいているんだろうけど。
扉が閉じられ、ここにはまた二人きりとなる。
「雨宮」
「なんだ」
「おつかれ」
「ああ」
「私が来るまでは一人でカネシロとやってたんでしょ?よく粘ったね」
目を合わせず、互いにカップを除きながらぽつぽつと言葉を交わす。こうしている間はいつもよりずっと時間の流れが遅く感じる。
「…正直予想外の強さだったし、かなりギリギリだった。オタカラを守る金庫がなくなってもあの強さだったからな」
「うん。私としても予想外だったよ。全部、あの正体不明の奴のせいだろうけど」
「でも、あの時妻木さんが守ってくれたおかげで、なんとか勝てた」
「よく覚えてないんだけどね、それ。なんとなく、呪殺の類だってことは察したから、ジョーカーにはアルセーヌを出せって伝えたけど…」
「でもその後、妻木さんがペルソナを出して俺たちを守ってくれたんだ。姿はよく見えなかったけど、いつものペルソナじゃなかった気がする」
「…ふぅん」
「なんにせよ、やっぱり怪盗団には妻木さんが必要だってことがわかった。ありがとう」
「…」
雨宮は、私がいるからみんなを守れているのだと思ってくれているらしい。
…多分、真実はそうじゃない。私が居るからこんなイレギュラーが起きて、みんなを余計に危険な目に遭わせているんだ。だったら、多少の無茶はして然るべき。今日のことだって、して当然のこと。
「妻木さんに頼らずに済むように、強くならないとな…」
私の想いとは裏腹なその決意は、静かな店内でより澄んで聞こえた気がした。
でも、本当に強くならないといけないのは、私の方だ。
私の決意は胸に秘めたまま、凄絶な戦いの夜はゆっくりと更けていった。