PERSONA5:The・Determination   作:Ganko

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第2章、開幕です。


Episode:2
reach out to the truth


7月24日 日曜日

 

朝、いつもとおなじように目覚めて傍らを見てみると、ベッドの上はまだ空いていた。夜に見たしわの形と一切変わっていないことから、あれから一度も帰ってきていないことがわかる。モルガナも一緒に出ているらしく、姿は見えない。

 

一階に降りると、相変わらずの仏頂面で新聞を眺める惣治郎がいた。

 

「おはよう」

 

「おはようさん。アイツはまだ寝てんのか?」

 

「ううん。早朝からどこかに出かけてるよ。起きたらいなかった」

 

「そうか。とりあえずメシにするか」

 

惣治郎に朝食をもらうことを伝え、顔と手を洗うために洗面台へ。季節に関係なく冷水しか出ない水道だが、夏の朝の気つけにはちょうどいい。

 

それにしても、本当にどこへ行ったのやら。チャットにも連絡はないし、まさか美人局にでも引っかかって夜遊び三昧なんてワケじゃないだろうな。

 

雨宮に限ってそれは無いか。

 

考えても仕方無い、と思考を切り替えて顔をタオルで拭い終えたら、速やかにカウンターに腰かける。既に店の中には芳しいカレーの香りが漂っていて、私の食欲を刺激してきていた。

 

思わず喉を鳴らしたと同時に、目の前にカレーが盛りつけられた皿と水が差しだされる。

 

「いただきます」

 

いつものように、手を合わせてそう言うと、惣治郎はぶっきらぼうな返事を返してくる。夏休みに入って時間はゆっくりと流れていくような気はするが、このやりとりは変わらない。

 

いつもと同じ。

 

「そういや、聞いたぞ。また試験で一位だったんだってな」

 

「一応」

 

「蓮の奴も二位だって?…すごいじゃねぇか」

 

「本人は悔しがってたけどね」

 

「たまには、保護者っぽいことしてやらねぇとな」

 

傍から見れば寝起きとは思えないスピードでカレーをかき込みながら顔を上げると、ニヒルに笑う惣治郎と目が合う。

 

「どっか飯でも行くか。お前らと、双葉も一緒にな」

 

食い物を食べながら次の食事の話とはこれいかに。でも魅力的な提案であることは確か。

 

私は二つ返事で承諾し、ついでにとスマホで雨宮と双葉にも連絡しておいた。もしOKなら今晩はご馳走にありつけるかもしれない…。そんな期待を胸に、柄にもなく少し浮ついた気持ちで朝食を食べ終えた。

 

「ごちそうさま」

 

「皿洗わなくていいから、着替えて武見先生のとこ行ってこい」

 

「え?なんで?」

 

「経過観察だと。すぐ終わるらしいからさっさといっとけ」

 

…ふむ。特に身体に異常は無いけど、呼ばれてるのであれば行っておくべきか。

 

渋々ではあるものの、適当に着替えてルブランを出た私は真っ直ぐ武見診療所へと向かった。歩いて2分とかからない近さであるため、なにを考える暇も無く受付までたどり着いてしまう。待合室には一人の小さな女の子と、おそらくその保護者の男が並んで座っていた。

 

軽く会釈をし、受付の前に立つといつものパンクな服装に白衣を羽織った武見の姿を、部屋の奥に確認する。

 

少しして書類と、薬か何かが入った小袋を手に持った武見が振り返る。私の顔を見て少し微笑んだあと、窓口まで悠々と歩いてきた。

 

「少し待ってて」

 

武見は私にそう言うと、先に待合室にいた二人を呼び出し、小袋と紙を渡してさっさと帰らせてしまった。もう少しクールさを抑えたほうが医者としては適格なのでは、なんて本人の前で言う度胸は無い。

 

余計な一言が口をついて出そうになるのをこらえていると、武見の方から診察室へと迎えられる。

 

「こんにちは。ちゃんと来たわね」

 

「一応。経過観察ですか?」

 

「もちろんそれもあるけど、今日はもう一つ聞きたいことがあってね」

 

ため息交じりに武見はつぶやき、椅子に座らせた私の身体を診ていく。

 

初めてここに来た時に処置をしてもらった足の傷は、痕こそ残ったがそれ以外は全く支障がない程度に回復している。傷跡に関しても特段酷いものでは無いし、武見によれば時間経過でそのうち完全に癒えるとのことだった。

 

検査はあっという間に終わり、問題無しとのお墨付きをいただいた。…もちろん、正常な人間として見れば問題だらけだけど、と釘を刺されはしたが。

 

「聞きたいことっていうのは?」

 

「あなた、彼がここの薬で一体何をしてるのかって知ってる?」

 

「彼…?雨宮ですか?」

 

「ええ。この前、いつもとは比べ物にならない量の薬を買っていってね。流石に適正摂取量を超えるから駄目だって突き返したんだけど、どうしてもって頼んできて」

 

「この前っていうのは」

 

「二日前だったかな…その辺に書類があったはずだけど、まぁいいか」

 

…そんな話、私は初耳だった。二日前となると、カネシロのパレスとは全く関係のない話だ。そんな時期に、雨宮は今までとは桁違いの量の薬を、武見から買おうとしていたらしい。

 

普段から特別に薬を融通してくれている武見でも、さすがにその時は違和感を覚えていたらしい。

 

「同棲してる貴女なら、なにか知ってるかと思って」

 

「残念ながら初耳です。いつもの薬も、何に使ってるか知りません。あと、私と雨宮はそういうんじゃないんで」

 

「そう…。一応見知った仲ではあるから、彼が何か危険なことに手を染めてないか心配になってね」

 

らしくもない、まるでお医者様のようなセリフが出てきたことに多少驚きつつも、私の意識はやはり雨宮のことに向いていた。

 

「あなたしっかりしてそうだし、ちゃんと彼を支えてあげるのよ」

 

「はぁ」

 

「健康を第一に考えるよう貴女の口からも言っておいて。相手のことを気遣うのもパートナーの役目よ」

 

「別にパートナーではないですけど、分かりました」

 

「あら、パートナーじゃなかったらなんなの?」

 

「…戦友とか」

 

 

その日の夜、いつものようにルブランで惣治郎の手伝いをしていたが、いつまでたっても雨宮は帰らなかった。チャットにも音沙汰無し。双葉も同様。せっかく今夜は豪華なディナーにありつけると、私も惣治郎自身も楽しみにしていたというのに。

 

呆けた面でやってくる常連のおじおばも、今日は雨宮が不在なことを知ると少し寂しそうにしていたし。まったくどこで油を売っているのやら。

 

流石にほぼ丸一日姿を見ず連絡も来ないとなると心配にもなるってもので、惣治郎が今電話をかけているが、やはり出る気配は無い。

 

「夏休みだからってハメ外してるんじゃないだろうな」

 

「雨宮に限ってないと思うけど…」

 

「お前は本当に何も聞かされてないのか」

 

「うん、何も」

 

やれやれと煙草に火をつける惣治郎。心なしかいつもより吸うペースが早い。口には出さないけど、やっぱり心配しているんだろう。いつもの様子から考えて、どこかで遊び惚けているとも考えずらいせいで、どこにいるのか見当がつかない。

 

一応杏や坂本にもチャットしてみたが、そっちにもまだ返事がない。

 

「双葉、まだ寝てたの?」

 

「ん?あぁ…まだ今日は部屋から出てねぇな。あいつも夏休み気分なんだろ」

 

「双葉には夏休み関係ないでしょ…。ちょっとたたき起こしてくる」

 

一旦エプロンを外して、私は惣治郎の家に行って双葉を起こしてくる。

 

と、惣治郎にはそう伝えたが、実際は本当に部屋に居るのか確認しに行く意味合いが強かった。いくら双葉とはいえ、最近は生活リズムも改善しようと頑張っていたし、割と朝型に戻りつつあったのだ。そんな双葉も一日音沙汰がなく、しかも姿も見られていない。

 

…よく分からない不安感が胸に募る中、早足で家に向かい鍵を開ける。そして中に入って階段を駆け上がって二階に行き、双葉の部屋の扉をノックする。しかし、応答はなく声をかけても返事は返って来ない。

 

いつものように眠っているのだとすればそれも自然なことだが、朝から一度も姿を見ていないという事実が、妙な胸騒ぎを呼ぶ。

 

「双葉」

 

呼びかけながらドアノブに手をかけると、それは驚くほど軽く回って開かれた。思っていないタイミングで押し開いた扉とともに一歩部屋に踏み込んで、そう広くない部屋を見回す。

 

いない…。

 

一応押し入れの中も見たがもぬけの殻。

 

おかしい…。双葉が何も言わずにどこかに遠出するとは考えられない。ひたりと背中を冷たい汗が伝って、少しづつ鼓動は早まっていく。

 

それから私は家中を探し回った。けど、どこにも双葉は居なかったし…最後に確認した玄関には、双葉がいつも履いている靴が置かれていなかった。つまり自分の意思で外に出たことは確かで、もしかしたらどこかで道に迷っているのかも。

 

…いや、それなら連絡がこないことへの説明がない。スマホを落としたっていうのも無くはないが…。

 

「…どうしよう」

 

普通ならいち早く惣治郎にこのことを伝えようと思うだろう。私も実際そうしようとした。

 

でも、もし双葉がいないことの原因が私にあるとしたら。

 

というかそうとしか考えられない。このおかしな状況、私がいることで起きた世界の歪みが影響している。

 

もし双葉の身になにかあれば、その時は私の責任。世話になっている惣治郎に負担をかけさせたくないし、嫌われたくもない。そんな思いが一瞬の躊躇を生み、しばらくその場で立ち尽くした。

 

でも、やっぱり惣治郎に何も言わずすぐに解決できるようなことじゃないから、大人しく伝える方がいいだろう。そう思った私は家を飛び出し、すぐさまルブランにいる惣治郎に事態を説明した。

 

家に双葉は居なくて連絡も取れず、ついでに雨宮も昨日の早朝から行方不明、と。

 

惣治郎もどうしていいか分からない様子だったけど、とにかく今日は店を閉め、心当たりのありそうな場所を手当たり次第に探してみることになった。

 

私は真っ先にメメントスへと赴いた。この世界に起きる異常事態は、たいてい認知世界がからんでいる。もし今回がそうなのであれば一刻を争う事態になりかねない。

 

焦燥に駆られながらも、電車に乗って渋谷に辿りついた私はすぐにナビを起動しメメントスに入った。

 

当然、入ってすぐの場所には人の姿は見受けられなかった。それどころか人の気配すら全くない。もともとこんな場所だっていうのは分かってるけど…こんなに静かだっただろうか。

 

怪訝に思いながらもう少し奥を探してみようと足を踏み出したとき、突然現れた気配に気づいて振り向いた。

 

そこには、群青色の衣装に身を包んだ、背の低い少女が二人立っていた。

 

「ほう…我らの気配に気付くとは、やはりキサマただの凡愚では無さそうだな」

 

眼帯をつけた片割れが尊大な態度でそう言うと、もう片方が静かな口調で続ける。

 

「カロリーヌ。今は本題を」

 

「分かっている。そう慌てるな、ジュスティーヌ」

 

開口一番偉そうな口を叩いてきたほうが、カロリーヌ。それとは正反対の、物静かで冷たい口調の方が、ジュスティーヌ。

 

彼女らはどちらも幼い少女の姿をしており、外見は瓜二つ。特徴的な色の看守服は、とても見た目通りの年齢の少女には似つかわしくない。が、私は彼女らの正体を知っている。自分の前に顕れたことに対する驚きはあれ、それほど衝撃的な出来事では無かった。

 

「我らの正体についてはいまは捨て置け。貴様の探し人の場所を教えてやる」

 

…なぜこの二人が私に有益な情報を教えてくれるのか。その理由は分からないが、向こうにもなにやら事情があるらしい。

 

カロリーヌとジュスティーヌ。この二人は、ジョーカーと特別な協力関係にある人ならざるもの。ベルベットルームと呼ばれる、夢と現実の狭間にある世界で、ジョーカーのペルソナを合体させたり生みだしたりと様々なサポートを行っているはずの存在。

 

それがわざわざこうして表舞台に出向いてきたということは、それ相応の事態ということ。

 

「かの賊はいま、貴様の認知世界に囚われている」

 

「…」

 

…。

 

一瞬時が止まったかのような錯覚に陥るほど、私にとってその言葉は想定の斜め上をいくものであった。

 

…私の認知世界?

 

「あやつは貴様の素性を知ろうと、無謀にも本人に内緒でパレスへと出向いたが、失敗に終わったようだ」

 

「失敗?」

 

「安心しろ。死んだわけでは無い。ただ、認知世界の中で囚われているに過ぎん」

 

色々と情報量が多くて混乱しかけているが、ひとまずは冷静になって今重要なことだけを聞くことに徹した。

 

勝手な行動をしたことに対する怒りも、信頼され切っていなかったことに対する…これは、悲しみなのかは分からないけど、それらもすべて今は捨てて。

 

「どうすればそこに行けるの」

 

「方法はいつもと同じようにナビを使って、です。必要な情報は…場所が世界。キーワードは、ゲーム」

 

 

カロリーヌとジュスティーヌの二人から情報を教えてもらった私は、惣治郎に『見つけたから連れて帰る』とだけ連絡をいれ、渋谷でイセカイナビを起動した。言われた通りのキーワードを入力すると、いつものように異世界へ入り、周囲の景色は一変した。

 

ここにジョーカーがいるというのなら、私に秘密で、わざわざ深夜に出発し、そして朝になる前に帰る算段だった…といったところなんだろう。

 

…まぁいい。余計なことは考えない。ジョーカー達を連れ戻して、それで終わりだ。後にも先にも、なにも続かない。

 

一応、ここは私のパレスってことになるらしいが、街のど真ん中でナビを起動したにもかかわらず、周囲には建物一つありやしない。ただひたすらに、何もない真っ暗闇な空間が広がっているだけ。

 

こんな場所をどうやって探せばいいのかと少し迷ったけど、少し進むと暗闇の中に不自然に浮かぶひとつの建物らしきものを発見した。

 

いつも俯瞰で見ることがないそれがルブランであることに気付くのに十数秒はかかった。

 

少し雰囲気は変わっているものの、内装もそのまま。変わったことは特になし。二階も覗いたけど、誰もいなかった。

 

早々にその場を後にしようと、ルブランの扉を開く。すると何故か、私が入ってきた暗闇が広がる世界では無く、見慣れた秀尽学園の教室の中に出た。

 

空間のつながりなど、もともと歪みがもとになってできた認知世界においてはさしたる影響はない。もう一度来た道を戻ろうと振り返ってみれば、そこに扉は存在していなかった。ジョーカーを見つけることが出来ても、連れて帰るのに骨が折れそうだ。

 

モナが居なければ双葉もいない。手探りで探索するにはパレスは少々広すぎる。おまけに道のつながりまで不安定ときたら、迷うのは必然か。ジョーカーも、もしかしたらどこかをずっとさまよい続けているのかもしれない。早く見つけないと。

 

学校の中を歩き回りありとあらゆる場所を探しまわったけど、このパレスの中で、もうずっと人の姿を見ていない。認知存在ですらだ。

 

…一体このパレスはどういう経緯で、どんな認知を表しているんだ?自分の頭の中のことらしいが、まったくもって見当がつかない。

 

そんなことを考えながら一階、二階と探索を済ませて屋上へと上る。

 

そしてドアノブを回して扉を開けた瞬間、その先に広がる光景が大きく歪みだして、気が付いたころには学校の風景が、どこかでみた覚えのある城のものに変わっていた。案の定、後ろを振り返ってもドアなどはない。

 

周囲には矮小なシャドウの気配が蠢いている。雑魚だから気にする必要は無いだろうけど、ここも全てしらみつぶしに探すのかと思うと自然とため息が漏れた。この調子では惣治郎にさらなる心配をかけてしまう。

 

そんな焦りを感じ取ったかのようなタイミングで、私の目の前にいきなり扉が現れた。木製の、どこかなつかしさを感じさせる何の変哲もない扉。少しサイズが大きいのが気になったものの、躊躇せず中を確認するためドアを開いた。

 

『ごきげんよう』

 

「っ!?」

 

その瞬間、ドアの向こうから伸びた細く白い腕が私の首を掴み中へと引きづり込んできて、そのまま後頭部に鈍い痛みが走る。一瞬反応が遅れたが、その次に腹部に向けて突き出された攻撃は相手を蹴ることでなんとか回避に成功。ついでに首を掴んでいた腕も離れた。

 

数歩分の距離を空けて一瞬の硬直。その隙に見えた相手の姿は、私と瓜二つの顔をしていた。

 

恐らくは私のシャドウか。しかし、赤黒い何かで汚れ切った制服を纏い、不気味な笑みを浮かべるソレを、自分であるとは到底認められなかった。

 

刹那の逡巡。それ以上には息つく暇も無く、ひたすらに純粋な殺意をもって振るわれる刃を、寸前で躱し続ける。

 

そのナイフは清々しいほどに真っ直ぐ、私への殺意を伝えてくる。こいつが何を思ってこんなことをしているのかは分からないけど、私のシャドウなのだとしたらこんなにも躊躇なく殺そうとしてこないはずだ。本人とシャドウは表裏一体の関係。どちらかが死ねばもう片方も死ぬのだから。

 

「君はなにっ?何が目的なの…!」

 

顔のすれすれまで届いたナイフを避けながら絞り出した問いは、相手の動きを止めてくれた。そして、そいつはこう答えた。

 

『わたしはChara。真なる、おまえ』

 

不気味な程赤く煌めく瞳が、私の視線を射抜く。自身をCharaだと名乗ったソレが軽くナイフを持った左手を振ると、見る間にその刀身は真っ赤に染まっていく。

 

「雨宮は、ジョーカーはここにいるの?」

 

『いるとも』

 

「そう」

 

その言葉を聞いて、私は躊躇なく仮面を外した。

 

どっと、周囲の空気が重くなる。私がするように、目の前の()()()()が決意を心に宿したのだろう。すれ違っただけですべてを粉々にしてしまいそうな、そんな危うい決意。この世界に、私と彼女しかいないかのような錯覚。生物的本能が鳴らす警鐘がうるさい。

 

それでも私は一歩も引かない。なぜならそれが、私にとって幾度も経験してきたものだから。たとえそれが自分に向けられてこなかったものだとしても、不思議と私の心は気圧されなかった。

 

相手がどれだけ強大で、恐ろしくても、自分の意志を貫く決意が私にはある。

 

事情は知れないが、目の前のこいつがこんな行動をとるのにも訳があるのだろう。少し前までの私なら躊躇なく応戦しただろうが…あいにく私は人としての弱さを手に入れてしまったようで。

 

仮面は外しペルソナを心に宿した状態にはなったものの、武器も構えずに立ち尽くす私に、敵…シャドウは、躊躇なく決意を込めた一撃を放つ。並の物であれば今ので決着がついていたと思えるほどに、鋭く迷いのない攻撃だったが、私はそれを一歩下がることで回避した。

 

その余波が肌に触れたかと思うと、今度はとても目では追えない速度でもう一度斬り返してきたナイフが眼前に迫る。

 

固い金属音が鼓膜を刺す。

 

敵のナイフは、ペルソナとして召喚したわたしのナイフによって動きを止めていた。もっともこの攻撃を防御することが出来たのは、ひとえに私の意志の力の強さによるものであって、普通にできることじゃない。

 

「大人しく殺される気は無いよ。君が詳しい理由を話さない限りは」

 

『きっと理解しようとしない』

 

「話の内容次第」

 

…もちろん話の内容にかかわらず、毛頭殺される気などないわけだが…何でも良いから今は相手が私に対して返答をしてくれる状況を作り出したかった。

 

狙い通り口は開いてくれたけど、それで攻撃の手が止まるわけじゃなかった。直撃が死を意味する凶悪な刃を避けながら、問答を続ける。

 

『私なら、考えたことはあるはずだよ。この世界がなんなのか。自分はどうやってここに存在しているのか』

 

「今は、そんなことどうでもいい。“計画”が上手くいけばそんなことは全部関係なくなる」

 

『そうだね。でも私は考えていた。どうしてかわかるかい』

 

挑戦的な笑みを浮かべ、シャドウは私の目を見据えた。

 

まるでこの世の深淵そのものかのような、深くて暗いその瞳で。

 

『私には、“過去”の妻木綺羅としての記憶がある』

 

「…!」

 

低く、でも不思議と通る威圧感のある声が、雑音のないこの場に響いた。少なからず、その言葉は私にとって重要な…ひいては私たちの未来にとって、聞き捨てならないものだった。

 

過去の私と聞いて、純粋に数年前の記憶の事とは思わなかった。この世界が“ペルソナ5”の世界だというのは間違いないはずで、そうなら必ず私たちの動向を見ている何者かもいるはず。そしてその何者かは、世界をある程度自由に操作できる。

 

気に入らなければリセットして、それを繰り返して、たどり着いたゴールの先はまた一番はじめのスタートライン。私が居る世界はそういう場所のはず。

 

つまりここでいう過去とは、なんらかの理由で世界がリセットされる前の、記憶。すぐ、そう思った。

 

私がそう疑問を口にすると、彼女は頷いた。

 

『私自身がそうという訳ではないのだけど。ただ漠然と、そうだった事実が記憶の中にあるだけ』

 

「それで、どうして私を襲う理由になるの」

 

こうして問答を続けている間にも、攻撃の手は一切緩めてこない。本当に、わずかな油断が命取りになる。

 

『気にはならない?その記憶っていうのが、どんなものか』

 

「ならないね」

 

『このままいけばお前はゲームに負ける。その計画は失敗するんだよ』

 

ただ事実だけを述べるかのような淡々とした口調で告げられた言葉は、やはり簡単には信じられない。しかしその言葉の端々に感じられる自信が、私の口をついて出そうになった否定をほんの少し押しとどめた。

 

信じることはできないが、頭からはねのける気にもならない。

 

『妻木綺羅がこの世界に存在していることはイレギュラーでもなんでもない。ただの予定調和で、そのレールの上から、誰も抜け出せていない。まだ、私でさえもね』

 

「まだ?」

 

『そう。今からは違う』

 

ピタリと、背中になにかが触れたような気がした。

 

それはどう考えても気のせいで、背後には何もない。ただ、戦わずにやり過ごすという私の甘い考えを全否定してくる彼女の視線が、私に逃げの選択などないと突きつけてきただけ。

 

生半可な対応ではやられる。しかしここで手を下せば今までのわたしとなんら変わらない。彼女の正体を完全に掴み切るまでは、安易に攻撃したりはしない。

 

私は斜め前に踏み出しシャドウへ向けて本物の殺気を飛ばす。それによって生まれた、本当に、僅かな隙をついて脇をすり抜けていき全速力で回廊を走る。逃走を図るにはいささか見通しが良すぎる一本道だが、距離はどんどん離れていく。

 

長い道をひたすらに走っているとようやく曲がり角を見つけた。その先は眩い光に包まれており、先がどうなっているかは全く知れない。でも他に行く道もなかった私は、意を決して光の中へ飛び込んだ。

 

 

閉じた目蓋の上から降り注ぐ光に遠慮しつつ、少しづつ目を開いていく。

 

そこは、さっきまでの光景とはまた一線を画す、開けた場所であった。太陽が燦々と頭上で輝いている。足元にはたくさんの花が咲き誇っている。ぽかぽかとした陽気とさわやかなそよ風が、ことさらのどかな雰囲気を助長していた。

 

また随分と脈絡のない場所へと移動してきたなと思ったのも束の間、鼻をつく血の匂いで感覚が尖る。

 

気配のした方を振り返ると、景色に似つかわしくないほど真っ黒な人影がそこに立っていた。

 

遠目から見ても分かる。かなりボロボロだが、あれは私が探していた人そのものだ。

 

「…ジョーカー!」

 

「っ…!」

 

私が声をかけると、ジョーカーは緩慢な動きで武器を構えた。警戒した視線はおそらく、シャドウのほうの私を見た後だからだろう。

 

「…本物だよ。帰りが遅いから迎えに来たんだよ」

 

迎えに来たとはいっても、私自身帰り道がどこかさっぱりわかっていないのだけど…。

 

ジョーカーは私の事をシャドウではないと認めると、ほっと脱力して背後に振り返り手を振った。すると、どこに隠れて居たのかほかの怪盗団の面々もぞろぞろと顔を出してきた。

 

しかし再会の喜びよりも、みんなはどこか申し訳なさそうな表情で、私と目を合わそうとしない。見る限り全員かなり疲弊しているようだ。

 

…やれやれ。

 

「とりあえず、帰ろう。ここは危なすぎる」

 

説教もなにも全部無事に帰ってからにすればいい。…惣治郎も待ってる。

 

殆ど無言のまま、私はみんなをつれて先頭を進む。花畑を抜けた先は若い木々が並ぶ林となり、申し訳程度に舗装されているように見える道を、ただひたすらに歩いた。

 

このパレスに入ってきたときとは光景が様変わりしてしまっているせいで、出口というものが何なのかも定かではない。それでも、進まないわけにはいかない。私には皆を守り導く義務がある。

 

一切会話を交わさずに歩き続けていると、やがて木造の質素な小屋を発見する。一度目に学校に飛ばされた時も、その後鴨志田のパレスそっくりの場所に出た時も、その後私のシャドウと思しき存在に引きづり込まれた時も、空間を移動した時には何かしらの扉をくぐるのがキーになっていた。

 

中が気になったわけでは無く、そういう思考で小屋の扉を少しだけ押し開けると、中から白い光が漏れ出てきた。狙いは正しかったらしい。

 

「…多分この中に入ったらまた別の場所にいくだろうけど、どこに出るか分からないから警戒しておいて」

 

そう言って、私が一番最初に扉を開けてその先へと入り込んだ。

 

…それから先は、かなり長い道のりになった。

 

まず小屋を抜けた先は雪の降り積もる謎の寒地で、そこを抜けた先は日が当たらず常に薄暗い湿地。やたらと屋外が続くなと思っていたら、今度は武見診療所そっくりの場所に出たり…とにかく滅茶苦茶な場所だった。

 

そうして色々な場所を巡っていくうちに、一番初めに入ってきた、暗闇で覆われた何もない空間に出た。

 

そして、おあつらえ向きに、堂々と鉄製の扉が私たちの正面…数十メートル先に鎮座していた。今までの場所と比べて間違いなく出口に近い予感はある。でも、罠の可能性もある。

 

慎重に、扉に向かって一歩踏み出す。

 

ナイフを握る手に力が入る。

 

ほとんど無意識だったその行動は、本能による脊髄反射。

 

暗闇の中にぽつんとある扉の前、ゆっくりと滲むように人の姿が形成されていく。

 

見覚えのあるナイフを持った、私と同じぐらいの背丈で、真っ赤な瞳が異様な輝きを見せている、シャドウ。

 

私は舌打ちしたくなる気持ちをぐっとこらえ、前だけを見据えたまま声を張り上げる。

 

「私が引きつけるから、先にあの扉まで走って!」

 

私のシャドウ相手に、今の皆が太刀打ちできるとは思えない。そして、私も皆を守り切れるとは限らない。さっさと戦線を離脱してもらうのが最善策だ。

 

Charaを隣に召喚し、私は左手にナイフを持ち、右手で銃を構える。

 

「…走って!」

 

私の声とともに弾かれた様に走り出す仲間たち。

 

正確に狙いをつけ放った弾丸を、現実離れした速度でシャドウは躱し、脇を通り過ぎようとするジョーカー達には目もくれずに、私に肉薄してきた。

 

とっさにバックステップでナイフの間合いのギリギリ外へ出るが、シャドウはその場でナイフを持っていないほうの手を握る。

 

するとシャドウの背後に無数の赤い刃が展開され、その切っ先達と目が合う。

 

雰囲気の変化に気付いたみんなが、扉の前で私の方を振り向く。早くいけと言ってやりたかったけれど、あいにくそんな余裕すら今は無かった。

 

『話の続きはいつしてくれるの?』

 

話?

 

そんなもの今は不要だ。

 

殺されないことだけ、考えないと。

 

反撃さえしてしまえばそれは、大したことでは無い。でも私は、まだ彼女に手を加える気にはなれなかった。自分と同じ姿をしているから?違うが、とにかくそうするべきという気がする。

 

ナイフの波状攻撃をいなしながら、背後に回り込んだCharaにシャドウの動きを止めてもらうことを狙ったが、体格差があるせいで力業では押し負ける。…ナイフさえ使えれば。

 

シャドウは私の姿をしているだけあって、決意の力を使えているし、一撃一撃も鋭く油断ならないものばかりだ。…ただ、要因までは分からないが、妙な感じがする。手を抜いているわけじゃなさそうなのに…。

 

『このままだとお前は負ける。一番勝ちたいと思っているあいつらに。そうなれば私の存在だってなくなる』

 

…まただ。

 

行動は殺意剥き出しなのに、言動がそれに合ってない。本当に私を排除するつもりなら、言葉を交わす必要すら無いはずなのに。

 

それに、どこか彼女の表情は苦し気だった。張り付けたような笑みが仮面となって、その真偽までは分からない。

 

寸でのところで回避したナイフが怪盗服を切り裂いた。ギリギリ肌には触れていないが、左肩のあたりが少し風通しが良くなった気がする。

 

「っペルソナ…!」

 

Charaを心の中に呼び戻し、反射神経を瞬時に高め、周囲を囲むように展開し一本ずつ射出される紅いナイフを転がりながら避ける。

 

態勢を立て直すとともに直接振りかざされたナイフは横に跳んで回避。どうせ当たる訳が無い、とはなから諦めて放った私の銃弾はあっけなく避けられたが、ほんの一瞬…私が立ち上がるまでの時間ぐらいは稼げた。

 

…やはり防御という手段がとれないのはそれなりに立ち回りずらい。避けられない攻撃があっても、決意を使わずにナイフで受ければ刃ごと身体を引き裂かれるだろうから。

 

「そんなに話がしたいのなら一度武器を置いてくれないかな」

 

当然ともいえる私の問いかけはまた当然のように無視され、戦闘は継続。チラリと扉の方を見やると、既にみんなは扉を潜っている。私も、今はこれ以上留まる理由は無い。

 

四方から飛び交うナイフを避けながら前進し、シャドウに向けてナイフを振るう。もちろんこれはただのフェイクで、敵が回避行動をとろうとして生まれた一瞬の隙に扉まで走る。

 

一心に扉を目指して駆け、ドアノブに手をかけた瞬間、危険を感じ少し身をよじる。するとおそらく鉄製であろう扉を、まるで砂の中でも進むかのような勢いでナイフが通り抜けていった。

 

血の気が引く思いを抑え今度こそノブを回して扉を開けようとした私の手に目掛け、ナイフが飛んでくる。

 

咄嗟に手を引いて直撃は避けたが、そのせいで扉のノブが破壊されてしまい、力づくでぶち破る以外に開ける手段がなくなってしまった。

 

「…ああもう」

 

そんな暇など与えてくれるはずもなく、振り返った時にはもう目の前までシャドウが迫っていた。

 

ナイフは避けれたがもう片方の手で首をつかまれ、後ろの扉に押し付けられる。…だが、そこで何故かナイフでの追撃は放ってこなかった。

 

『聞いて』

 

それどころか、シャドウは思いもよらなかったセリフを連ねた。

 

『私は自分の身体を完全には制御できていない…こうして手を止めて話しているだけでも精一杯』

 

早口でまくし立ててくる間にも、首を絞めてくる力は際限なく強まっていく。解こうと思えば解けるだろうが、相手の言葉を今は待つ。

 

震える手で少しづつ持ち上げられていくナイフからは、目を離さずに。

 

『ここは、ただのパレスとは違う。私も、ただのシャドウじゃない。きっとそこに、計画を達成するための鍵が、ある』

 

気管が圧され少しづつ視界もぼやけてきたが、まだ私は話を聞き続ける。この機を逃せば次は無いかも。

 

『このパレスを調べて。それから…ジョーカー達のことも』

 

ジョーカー“達”?調べる?

 

疑問は尽きない。が、そろそろ互いに限界が近い。お話はおしまいだ。

 

真っ赤に煌めくシャドウの瞳の奥に、確かに金色の輝きを見たかと思えば、振り上げたまま静止されていたナイフが、私の顔に目掛けて振り下ろされた。

 

そのままの状態では避けられないため、首を絞めていた腕に肘を打ち力が緩んだ隙にできる限り身をよじることで直撃は回避できた、けどまだ腕は完全に離れたわけじゃなく、そのまま扉とは反対方向に力任せに投げ飛ばされる。

 

転がりながらノールックで発砲し、追撃警戒で指を鳴らして炎を眼前に放つ。

 

ダメージを与えるのが目的ではない。ただ、こちらからも能動的に動かなければどう考えてもいなしきれない。

 

今の彼女からは、なにかたかが外れてしまったような感じがする。

 

「Chara!」

 

ぬるい抵抗はかえって隙を生むだけ。ジョーカーとの特訓の時の様に、相手を信頼して全力で攻撃する。

 

火炎魔法のスキルでけん制した後は、私とCharaで挟み込むように位置取り相手が意識を割かなければいけない場所を増やす。そうして少しでも扉に辿り着くための時間を稼いでいく。

 

シャドウは私たちの攻撃にも対処しつつ、的確にナイフを飛ばしたりして反撃を行ってくる。それ以外の攻撃方法が見られないのは、果たしていいことなのかどうなのか…。言い換えれば、手の内を隠されているということとも考えられる。

 

『やっぱり面倒だね、わたしは』

 

さっきまでの声色とは見違えた獰猛な声。シャドウは手に持ったナイフをほぼノーモーションで勢いよく振り上げた。

 

その刃は私のナイフに触れ、体勢を大きく崩されそうになる。このまま隙を晒すぐらいであれば、いっそナイフを持つ手は放してそのまま勢いに身を任せてしまった方がいい。

 

一瞬のうちにそう思い至り実行。ナイフは捨てて来る追撃をかわすために意識を集中する。

 

『死んでよ』

 

…が、いつまでたっても想定していたような攻撃は来なかった。かわりに呟かれた深い闇を含んだ呪詛の言葉は、認知世界というこの世界では闇を纏って私の耳に届いたような気がした。

 

…いや、実際に飛んできた。身の毛もよだつようなその言の刃は、間違いなく視覚化して私を襲ってきた。

 

言葉は音となりシャドウの口から発せられ、否が応でも私の脳に届く。迫る刃は避けれても、音を避けた経験は流石に無かった私は、呪いの言葉をそのまま丁寧に受け取ってしまった。

 

音は波となり、水となり、霧となって体内へ沈み込んでいく。やがてそれは魂へと届き、呪いは生を蝕んでいく。

 

『死んで』

 

どうして。

 

『死んで!』

 

どうして。

 

私は彼女に何か恨まれるようなことをした覚えはないが。

 

いや今は、そんなこと考えてる場合じゃ。

 

無いか。

 

だんだん頭がぼんやりしてきたせいかもしれない。まさかこれが言霊とでもいうつもりなんだろうか?

 

視界が沈み身体が崩れる。

 

似た感覚を最近も味わった気がする。たぶん金城のパレスの中でだ。

 

向こうは、強い妬みが生気を奪っていくような感覚だったけど、こっちは私への純粋な殺意だけが心に突き刺さってくる。

 

そこに確執や理由などなく、ただひたすらに真っ直ぐに、私という存在を壊そうとしている。それ故に呪いは濃く鋭い。まともな人間であれば一言聞くだけでゲームオーバーだったか。

 

『はやく、死んで』

 

…だけど、私は。

 

「嫌、だ」

 

その呪いの言葉に打ち勝った。私を排除しようとする強い意志に、より強い意志で抵抗した。

 

お前のために死んでなんてやるものか。壊れてなんてやるものか。わたしは、私のやるべきことを終えるまで、負けるわけには。

 

「私は死なない」

 

口にして、今、自分が負けることなどあり得ないのだと、確信した。

 

おぼろげで不完全な決意は少しづつ私の中で形になって。

 

カネシロパレスでの出来事…あの呪怨攻撃を受けた私たちは、私一人のダウンを除いて無傷だった。

 

予告状を出して乗り込んだあの日、クイーンによれば私がペルソナを召喚して、呪いを一手に引き受けたと言っていて、ジョーカーによればその時のペルソナはCharaでは無いように見えたと語っていた。

 

その日から私の中で、ずっと燻っていた何かがあった。もっと正確に言えば、カネシロパレスであの謎の触手との邂逅を終えたその時から。

 

『やっぱり、そうなんだね』

 

シャドウは意外そうに言って、口端を上げる。

 

不可避かつ即死。音とは、凶悪な攻撃だったが、私には無意味だった。為すべきことを為すまでは終われない。私の中にあるもう一つの…正真正銘私自身の、決意がそう囁いている。

 

為すべきこと。

 

歪んでいく世界線で起きうる危機から、みんなを護ること。怪盗として、世直しに協力すること。

 

そしてこの世界を緊縛から解放すること。

 

なにより、外の世界に本当の私を見せつけること。

 

目の前に立つ私はまさしく、外の世界が求める私自身の姿だろう。暴力的で、残忍で、血みどろで、狂っている。そんなわたし。

 

「違う」

 

そうじゃ、ない。

 

『本当にそう?』

 

心でそう強く願うと、目の前の私は否定してくる。

 

言葉で。体で。心で。全てが私の意志を否定してくる。

 

『我は、汝』

 

「違う」

 

『血と憎しみに塗れた姿こそ私に相応しい。お前みたいな偽善で着飾った姿なんて似合わない』

 

「違う…!」

 

『お前が使うことを嫌っている力はなんだ?使わずにいれば、見ないふりをしていれば、それがお前の力じゃないと証明できるとでも?そうはならない。その力は…何かを傷つけ壊すことしか能のないその力は、ずっとお前の中にある。ずっと昔から、お前の魂に初めから』

 

目を背けているわけでも、認めていないわけでもない。確かにこの力は私の中に初めから在ったけど、でもだからって、それで私自身の在り方が決められる筋合いはない。

 

求められていなくても、私がこう生きたいと願ったんだ。誰とも知らない他人にそれを歪められたくはない。

 

少しだけ視線を落とすと風を切る音がした。

 

気付くと、鼻が擦れ合うほど近くに私の顔が寄っていた。

 

『お前が生きたいと思うように、私はお前を殺したい』

 

だから、死ねと?

 

冗談じゃない。

 

そんなの、“前”となにも変わらないじゃないか。プレイヤーの決意を宿し、世界を壊す。そうやって手に入れたはずの世界も、結局は完全な解放には至らなかった。

 

ただ自分自身を失ったばかりで、何も得られやしなかった。

 

肌を刺す殺気が一気に増したのを感じ、咄嗟に後ろに飛び退きシャドウとの距離を離す。さっさと帰りたいところだが、今のままだとシャドウの背中側にある扉まで走ることすら難しそうだ。

 

どうにかして隙を作る必要がある…どうやって逃げおおせるか…シャドウが手をかざすのを見ながらそのことだけを考えていた。

 

ただ隙を作るだけでいい。それなら…。

 

「Chara!」

 

仮面を外して、手をかざす。

 

向こうもそれに応じて無数のナイフを放ってくるが、それらは軽々と躱してお返しとばかりに、火炎、氷結、疾風、電撃の四属性魔法を連続で放つ。ジョーカーとの特訓でもここまで連続で、しかもフルパワーでぶっ放したことはない。

 

当然のようにこっちが放った魔法も向こうのナイフを一振りでかき消されてしまうが、なにもしないだけでは生まれない隙が生まれた。

 

そのままシャドウ本体に詰め寄り私への意識が集中したところで、ペルソナを使って本気で命を狙ったナイフでの一撃を放つ。

 

勢いよく振り切った一撃は、シャドウの私をもってしても本気で避けなければいけないと思わせる威力のものであったらしく、今までになく大きな動きで回避行動をとった。それを予見していた私は速度を落とさないまま一直線に走り、そのまま出口(多分)の扉まで走る。

 

…ただ、距離とスピード。両方をみて考えても少し届かない。一撃はやり過ごす必要がある。

 

案の定背中に鋭い殺気が触れ、扉まであと少しといったところで振り向いた。

 

 

 

「   」

 

 

 

眼前に迫る真っ赤なナイフ。

 

 

それに対して、なにを思ったか手を翻した私は見た。

 

 

純白の翼をたなびかせた何かの背中を。

 

 

そして私は言った。

 

 

自分ですら認識できなかったが、確かにそれの名前であろう言葉を。

 

 

そして、“それ”が生み出したであろう光の壁に、シャドウが放ったナイフが弾かれていくのを見届けた私は、急いで扉の先へと飛び込んだ。

 

 

 

 

ぐるぐると歪んでいた視界が徐々に元通りになっていく。気が付けば、そこはナビを起動した渋谷駅前の人ごみの中だった。こんな場所にいきなり現れて大丈夫だったろうか…と心配するよりも先に、辺りを見渡してみんなを探す。

 

すると、軽い足音が近づいてきて私の胸に何かがぶつかってきた。腕の中にすっぽり収まってきたのは、体を震わせた双葉だった。

 

「綺羅ぁ…!」

 

「ごめん。思ってたより遅く…」

 

「ちがう…謝るのはわたしらのほうだ…!」

 

かぶりを振る双葉。その向こうから、みんなも申し訳なさげな、どこか気まずい表情で歩いてきた。当然と言えば当然だが、そうされるとこっちも居心地が悪くなってしまう。説教をするのは雨宮だけでいいし、ここは穏便に済ませよう。

 

「気にしてないよ、みんな。無事でいてくれてよかった」

 

慣れない種類の笑みでなんとか気を紛らわそうと試みたけど、やっぱりぎこちなかったのか空気はさほど変わらなかった。

 

雨宮が一歩出て事情を説明しようと口を開きかけたが、それを手で制す。

 

「いつ知ったのかはしらないけど、私自身のパレスなんて私に相談できるわけなかなかった。これは分かるから黙っていったことにはついては不問。気になることについては、また明日に」

 

もう遅いし、とスマホを見やると、それに倣ってみんなもスマホを見る。

 

雨宮は昨日の夜中から姿を消していた。私に黙ってパレスを調べようとしたからだろう。つまりほぼ丸一日休んでいないということになる。

 

色々と言いたいことは募るが、ここは一旦休むべきだろう。

 

「それでいいよね?」

 

「わりぃけど、そうさせてもらうわ…。なんも頭働かねぇし…」

 

「うん…わたしも…」

 

無理やり言いくるめてその場は解散の流れとなり、残ったのは雨宮と、モルガナと双葉だけになり、気まずい沈黙が流れる。

 

普段からやかましいと思っていた街の喧騒は今日も変わらないどころか、一層増して喧しく思える。もう少し静かなところで、ゆっくりと話がしたい。ちらりと顔をみやると、双葉は言わずもがな、雨宮も相当疲弊している様子だった。

 

…本当に、よく無事だったな。

 

心の中でそう呟いた。きっと私のシャドウも本気ではかからなかったんだろうけど、本当によく生き延びたものだ。

 

「雨宮、ちょっと止まってて」

 

「?」

 

念のためにといつも懐に忍ばせてある絆創膏を取り出し、小さいが痛々しい、こめかみのあたりにある新しい切り傷の所に貼ってやる。

 

「…すまない」

 

「いいよ。で?惣治郎になんて言い訳するかは考えてあるの?」

 

「いや…全く…」

 

「心配してたよ。とりあえず謝っといた方が身のためだろうね」

 

雨宮は深く頷き、前髪をつねった。何か考えてるときの癖だが、今回のは帰った時のことを考えているに違いない。

 

「なぁ、ツマキ…オマエさえよければ、今日の内に、今回のことについて話し合っておきたい」

 

「私は良いけど、そっちは大丈夫なの?かなり長い間向こうに居たんでしょ」

 

「気にするな。こんなに気になってることが多い状態じゃあ、満足に眠れないからな」

 

その肩に前足をのせて顔を覗かせているモルガナが私に言う。雨宮もそれに頷いたが、双葉は既に歩きながらにして眠りに落ちかけていた。事実、頭は私の肩に完全に預けられている。

 

おそらく雨宮とモルガナも頭は働いていないだろうが、私としても話し合っておきたいことはたくさんある。それらを全てスッキリさせておきたいという気持ちは、私も同じだ。

 

私のシャドウ。パレス。これだけでも予想外の要素だというのに、その中身までもが謎に包まれ切っている。

 

惣治郎に帰宅の連絡を入れながら、私はひそかに軽くなった懐を手で探った。

 

飛ばされたナイフも置いてきちゃったし。あまり気は進まないが、あのパレスにはまた赴く必要がある。

 

“『このパレスを調べて。それから…ジョーカー達のことも』”

 

それに、私のシャドウが言ってきた言葉もある。その気がなくとも、向こうを調べる必要はありそうだ。

 

 

紆余曲折あって双葉を先に家に送ってきた私は、ようやくルブランへと帰ってきた。扉を開けて中に雨宮と惣治郎がいることを確認した時には、店先の看板はとっくに閉店時の向きに変わっていた。

 

雨宮は平身低頭で惣治郎に謝っていたが、惣治郎はさほど気にしてない様子を装っていた。私を送り出したときにはそこそこ焦った顔が見れたものだが。そんなことを思っていると惣治郎がじろりと眼鏡越しに睨んでくる。余計なことは言うなと。

 

「ま、別に大事無くてよかったね、惣治郎」

 

「休みで気が緩むのは分かるがな。遅くなるなら連絡は入れろ」

 

「すいません…」

 

「すまなかった…」

 

小さくため息をついた惣治郎は、カバンから出てきたモルガナを見て少しだけ表情を緩め、おもむろにエプロンを取り出した。

 

「…で、腹は減ってるのか?」

 

言われた雨宮とモルガナは目を見合わせ、そして自分の腹を見下ろしたタイミングで、誰のとも言えないお腹の鳴る音が静かな店内に鳴った。かくいう私も晩御飯は食べそこなっていたのですっかり空腹ではある。

 

手伝おうとしたところで今日はいい、と惣治郎に止められた。疲労は顔に出てるし、それを気遣ってのことかもしれない。

 

大人しく従って待っているうちにいつものカレーが出され、とにかくお腹が空いていた面々はそれにがっついた。もちろん、モルガナにも別に食事が用意されていた。

 

一通り食事を終えたところで、惣治郎は眠そうな顔で帰り支度を始めた。特段話をしようとする素振りもないところから、既に帰りが遅い理由は雨宮からなにかしら聞かされていたらしい。雨宮が言い訳を思いつかなくてしどろもどろになって慌てているところを見たかったのだが。

 

ともあれ、腹が満たされたことによってようやく緊張感もほぐれてきたのか、私も少々眠くなってきてしまった。

 

惣治郎に入れてもらったコーヒーも飲みきったところだったのもあり、洗い物を終えた後に私は自分でもコーヒーを淹れることにした。

 

「あんまり高い豆ばっか使うんじゃねぇぞ」

 

「はいはい」

 

「じゃあ俺は帰るからな。おやすみ」

 

私が豆の入った瓶を物色しているのを流し目で見た惣治郎は、ひとつ大きなあくびをして去っていった。空気を読まれた気がしないでもないが、惣治郎も安心して急に眠気が来たのかもしれない。双葉については先に連絡をいれていたし、実はさっさと帰って無事なのを確認したかったのかも。

 

パタリと、鐘の音とともに閉じられたドアから視線を外し、食後のコーヒーを啜っている雨宮と、その隣のカウンター席にちょこんと座るモルガナのほうを見る。

 

さて、なにから話すべきか。

 

サイフォンに手をかけながら、私はゆっくりと落ち着いた口調を努めながら口を開く。

 

「どうする?私から質問したほうがいいかな」

 

「なら、聞かせてくれ。妻木さんはあのパレスのことを知っていたのか?」

 

問いに応じて雨宮が顔を上げてそう言った。まぁ一番に雨宮側がはっきりさせておきたいのはそこだろう。それについては明確に否定した。嘘は十八番だとバレているだろうから、なるべく誠意の伝わるよう真っ直ぐ目を見て。

 

「そっちは?いつ知ったの」

 

「…ずっと前だ。多分、4月だったと思う。あの時は鴨志田のことで大変だったから、存在を知ったってだけだったが」

 

「どうやって知ったのかは?」

 

「それは…」

 

「言いなよ。今更怒ったりしないし」

 

「いや…なんというか…」

 

なるべく優しそうに聞こえるよう努力したつもりだったが、雨宮とモルガナは目を泳がせて言葉を濁らせた。偶然だというのならそう言えばいいし、イマイチ能力もペルソナを得た経緯もあやふやな部分が多い私を疑っていたというのなら、それもそれで構わない。

 

そう言ってみても、まだなんと言葉にしたものか悩んでいる様子で。

 

それをみた私はある方便をふと思いつく。

 

「もしかして、あの青い服着た双子のしわざ?」

 

雨宮を探す過程でいきなり現れて知ったという体でいこう。別に嘘じゃないし、そのほうが今後の話もスムーズに進みやすい。

 

「ってことは、ツマキもあのお…双子から?」

 

「お?」

 

「き、気にするな!少し噛んだだけだ!」

 

「ふぅん。まぁ、そうだよ。最初、雨宮達を探しに行ったのがメメントスで、そこでいきなり現れた双子に、居場所を教えてもらった」

 

「そうか…」

 

「知り合いなの?」

 

「まぁ、一応。パレスのことは、俺たちもその二人から教えてもらった」

 

と、どうやら雨宮達のほうもどうやら情報源は双子の看守だったらしく、比較的自然な流れで話がまとまった。例え雨宮側の主張がウソだったとしても、私の証言は信じてくれそうだ。

 

どういう知り合いなのかという質問は後回しにして、次はあのパレスの存在そのものについて話し合う。

 

どうして曲がりにもペルソナを持つ私にパレスが存在するのか…モルガナ曰く、やはりそれはイレギュラー的な事象であり、本来あり得ないはずのことだという。

 

「ツマキの力は元々不可解なところはあったけどな。でも今回のことは、はっきりいって異常としか言いようがない」

 

「…薄々思ってはいたが、妻木さんのペルソナは、俺たちのそれとはどこか毛色が違った。パレスまであるとなると、やっぱりただのペルソナとは違うんだな」

 

「パレスの事は私にも分からない。見つかった以上放置はできないし、調べてはみたいけど」

 

「調べるって?」

 

「歪みがどういったものなのかもよく分からなかったし、あのシャドウのことも気になってる。ついでに、忘れ物もしてきちゃったし」

 

首をかしげる雨宮に、包丁へ視線を移して伝える。

 

「みんなとしても、調べておきたいところではあるだろうし、向こうに行くのは別に反対じゃない。ただし、私は必ず同伴する」

 

今回は全会一致の条件に私が含まれていなかったようだけど、今後はそうもいかない。事情が事情だけに、私に相談する流れにならないのは分かるけど。

 

暗にパレスの事を黙っていたことを責めているような語気になった気がして付け加える。

 

「…私が雨宮でも同じようにしたと思う。だから、今回の事はそんなに気にしてない」

 

「…」

 

「…あぁ、今でも信用できない?」

 

「そうじゃないっ」

 

目を伏せる雨宮にへらへらと笑いながら語り掛けると、突然身を乗り出して反論してきた。かと思うと、小さく謝ってまた元の姿勢に。

 

「どうしたの」

 

「すまなかった。本当は俺が一番信じているべきだったのに…。俺だけは、信じていなきゃいけなかったのに…本当にすまない」

 

「だから、気にしてないって」

 

「俺が気にしてるんだ。反省してる。もう二度としない」

 

若干こちらが引いてしまうほどに猛省する雨宮は私に対して頭を下げてきて、決して上げようとしない。全会一致のルールや私の事で、雨宮なりに思うところがあるのだろうか。そこまで気にしなくてもとは思うけど。

 

ずっとこのままなのも面倒だしかわいそうなので、助け舟は出してやる。

 

「みんなは俺の声を信じただけだ。だから…」

 

「うん。もう、分かったから大丈夫。そんなに気にされるとこっちもやりづらいし」

 

「レン。大丈夫だってよ」

 

「…ああ。それじゃあ、次からは妻木さんも一緒に、あのパレスを調査してくれるってことでいいか」

 

「もちろん」

 

「だが、気をつけなくちゃならんのは、あそこがツマキのパレスだってとこだ。本人があまり長く居すぎるとどんな影響があるかはワガハイにも分からんからな」

 

その部分だけ見れば双葉の時と状況は同じだ。探索に毎回私が加わるとなると、一度の潜入をいつもよりも短期に済ませる必要があるかもしれない。

 

撤退の時間も含めると、あのパレスを調べつくすのには、かなりの日を要しそうだ。幸い夏休みに入ったばかりで、学生の私たちには時間が有り余っているけれど。

 

「雨宮もいる?」

 

何かを想い考える雨宮に、カップを手にして問いかける。いつもならいると即答してくれそうなものだったが、意外にも拒否されてしまう。今日はもう休むそうだ。

 

モルガナと一緒に一足先に屋根裏部屋へと、頼りない足つきで上がっていくのを見届けて、私は自分のカップに出来立てのコーヒーを注ぐ。今日の豆はマンデリン。酸味よりも苦味が際立つのが特徴の豆。

 

ミルクも砂糖も入れず、苦味をそのまま味わう。

 

舌の上を通って喉を通過するたびに、眠気が侵食してきていた脳が覚めていく。そして、今日対峙した自分のシャドウの事を思い出す。

 

パレスと言いシャドウといい、色々と不自然な点が多かった。いきなり襲い掛かって来たかと思えば、警告じみた言葉を言ってきたり…。

 

そして途中からシャドウは様子が違っていた。

 

一体私の頭の中で何が起きているのか。それは、もう一度あのパレスに行ってみないことには、分かりそうにない。

 

コーヒーを半分ほど飲み進め、冷蔵庫になにか甘いものでも入っていないかと思って立ち上がったその時、テーブルに置いていたスマホが震える。

 

なんとなく良くない予感がして恐る恐る画面を見ると、すぐ上にいるだけの雨宮から「おやすみ」とメッセージが届いていた。

 

「…どういう意図?」

 

…まぁ、いいか。

 

気を取り直して冷蔵庫の中を物色するも、これといってコーヒーに合いそうな代物は入っていなかった。強いて言えばチョコレートだが、これはしかるべき時のためにとっておいてあるものだ。今食べるべきではない。

 

少し物足りなさを感じながらも、諦めてコーヒー単体で楽しむことにした。

 

しかし、私が言えた義理じゃないかもしれないが、雨宮も中々に何を考えているか分からないものだ。武見のところで薬を調達しようとしていたのもそうだけど、意外と私の知らないところでは何をしているか分からないものだね。

 

「よぉ。まだ寝ないのか?」

 

不意にかかった声に階段のほうを振り向くと、モルガナが軽快に下へと降りてきていた。

 

「モルガナこそ」

 

「ワガハイにとっちゃ一徹ぐらいは大したことじゃないのさ」

 

「夜行性だから?」

 

「ネコじゃねー」

 

軽口を叩き合いながら、私とは真逆の青い瞳と目を合わせる。冗談めかしていたにしては、その目は割と真剣そうに見えた。

 

「ツマキ」

 

「なに?」

 

「…勘違いされてたら面倒だから言っておくが、ワガハイ達はオマエのことを信用してなかったわけじゃない。レンの様子を見りゃ分かるだろ?アイツも、オマエにそう思われたんじゃないかって気にしてんだ」

 

「らしくない」

 

「そうか?ああ見えてアイツも結構ナイーブなところはあるんだぜ?この前も、借りてた本の返却期限が過ぎてたのに気づいてへこんでたしな」

 

モルガナはあえて軽薄そうにそう言うが、私にはイマイチピンとこなかった。そんな風に気遣われるほどのことを、私は雨宮にしただろうか。

 

とはいえ、モルガナがらしくもない気を使って私にこんなことを言いに来たことが気遣ってのことだとは理解出来る。私はその気遣いに感謝しつつ、隣に座るモルガナの背を撫でる。本物のネコよろしく手入れを欠かしていないおかげで無駄に手触りがよい。

 

「無駄にってなんだよ!」

 

「ありがと、モルガナ」

 

「…な、なんだよ。ワガハイはただ事実を言ってやっただけだぞ?」

 

「それでもだよ」

 

想いもよらなかったパレスの発見。シャドウとの邂逅。この世界で意味のないことは起こらない。あの世界には、重大な何かが隠されている。それは火を見るよりも明らかで…。

 

「私を受け入れようとしてくれているってだけで十分。だから、モルガナも気にしないでいいよ。裏切られたなんて思ってないから」

 

これから私たちは、妻木綺羅という人間の認知世界を調べていくことになる。そこで目にしたものや耳にしたことは、今後の怪盗団の行く末を大きく左右するだろう。それが良い変化となるかどうかは、私達自身にかかっていることだ。

 

「フン…オマエこそ、今日はらしくないぞ」

 

「うるさい」

 

例えなにが待ち受けていようと、私の決意は変わらない。

 

目の当たりにしてやはり確信した。あのシャドウの有様は、外の連中が私に望んでいる姿だ。凄惨な顛末こそCharaにふさわしい、と。

 

私は、そんな奴らの思い通りにはなってやらない。

 

必ず、私は世界を奪って見せる。

 

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