PERSONA5:The・Determination   作:Ganko

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TUTORIAL BATTLE


PROLOGUE

心の怪盗団。ザ・ファントムの名で知られる謎の集団。

ある日突然、誰かのもとに心を盗むという旨の“予告状”が届き、またある日突然、その誰かが自分の犯した悪事の類を自白してしまう。

いままで公に決して明かされることのなかった悪行の数々。そのすべてを自らさらし裁かれることを望む、まるで人が変わってしまったかのような現象。

 

改心。人々は、心の怪盗団の行いをそう呼んだ。

 

あるものは法で裁けない悪を明るみに出してくれる正義の味方と謳い、あるものは正体不明かつ手口不明な存在への怪しみを囁く。

 

日本という国に突如現れた嵐のような存在。そんな怪盗団の正体とは、実は十数人の学生の集まりであることを、限られた協力者だけが知っている。

 

私もそのうちの一人だ。

 

ごきげんよう、諸君。

 

私は怪盗団一味のうちの一人。名は色々とあるけれど、ここではリーサルと名乗っておく。

 

切り札に隠されたもう一つの奥の手、もしくは最終兵器の意味合いを込められている、らしい。

 

本名は妻木 綺羅(つまき きら)、秀尽学園高校の2年生。

 

そして、“存在”として言うならば、Chara(キャラ)でもある。

 

ひょんなことから怪盗団と行動を共にすることになる私は、悪党を改心させ、世直しを施していくのに協力した。他の仲間たちは皆、その志に対して個人的な理由を紐づけていたけれど、私は違った。

 

もちろん世直ししたい気持ちはあった。でもやっぱり他の仲間ほどの熱い志は無かった。

 

何故なら、私が目指していたものは…、

 

奪おうとしていたものは、世界だったから。

 

これから話すのは、二つの世界が交じり合った歪な場所からの解放を望む奴隷の物語。

 

そして、私という一人の()()が歩んだ道筋。

 

私たちは世界を頂戴した。

 

 

 

4月10日 日曜日

 

通学路を通る度にいちいち道を地図で確認するやつなんていない。食事をする度に箸の持ち方を思い出すやつなんていない。それほどまでに毎日繰り返される行為というのは、体と脳に染みついていて思考の隙がなくなっていく。

 

だから、私は今日()ここにいる。どうでもいいって顔をしながら、それが当然と言わんばかりに身を任せる。

 

いつもと同じ場所に同じ痛み。大の大人に身体をいたぶられる感覚にも、もう慣れた。明日の事を考えながら、意識を別の何かへ逸らす。

 

いつもなら、そうしていた。

 

でも今日は一際激しい。いつもは顔より上に痛みが来ることは無い。だから、首への警戒もゼロに等しく、仰向けになっていた私の喉元に振り下ろされた掌はいともたやすく深々とめりこんできた。

 

痛みや苦しみよりも先に驚きが押し寄せて、次にひしゃげたかのように感じる気道で精いっぱい酸素を補充しようとする。その時、意思とは裏腹に腕や足が生命維持の危機を脱しようと抗い始める。

 

それが気に入ったのか気に食わなかったのか、今度は心臓めがけて衝撃が飛んできた。思わず体全体が跳ね、一瞬完全に呼吸が止まる。必死に口を開けて酸素を取り入れようと身体は足掻く。けれどそんな抵抗もむなしく、次に訪れた衝撃によって混濁した意識は完全に闇に閉ざされることとなる。

 

怖くはなかった。道は違えど、この終わり方はいつも通りだったから。いつもと違う道を通っても、たどり着いた先が我が家なら、すぐに落ち着きは取り戻せる。

 

だから、本来であれば命の危機が間近に迫っているこの時でも、私は薄れゆく意識の中で気を失うというよりは眠りにつくつもりでいた。どうせまた、いつもと変わらない明日が来るものだと信じて。

 

 

 

翌日~4月11日 月曜日

 

この日は私にとって人生の転換日ともいえる日だった。

 

()()()()()()によって家を飛び出してきてしまった私はあてもなく、なんとなく、本来であれば自分が通っているはずの学校へと足を運んでいた。それが、あんなことになるなんて思いもよらなかった。

 

一瞬のめまいと頭痛を感じ頭を抱えた後顔を上げれば、そこはなんともファンタジックな空間であった。真っ赤に染まった空の下に西洋を思わせる巨大な城がそびえたっている。そこにあった学校の面影はどこにもない。

 

普通なら混乱し、こんないかにも怪しい場所に立ち入ったりはしないだろう。

 

でも私は違った。予感がしたんだ。

 

ずっと探していたものに、出会えたのかもしれないと。

 

そこが何なのかは分からなかった。でも、明らかな危険が待っていることと、それに見合うだけの何かがあることだけは確かだった。私は迷いなく城への架け橋を渡り、入り口を探して外周を歩き回ってみた。

 

すると突然、目の前に黒い飛沫のようなものが沸き立ったかと思うと、二体の大袈裟な格好をした騎士が立ちはだかった。手には金属製の盾と剣。強そうには見えないが、まだ敵と決まったわけじゃないので注意深く動きを観察する。

 

「何者だ」

 

「ここはカモシダ様の領地だ。下民が軽々しく立ち入っていい場所ではない。速やかに立ち去るがいい」

 

「かもしだ?」

 

「いいから、さっさと出るんだ」

 

せっつくように鎧の騎士は盾を突き出し、私を来た道へと引き返すよう促してくる。渋々ここは言うことを聞いておくことにした私は背中を向け歩き出した。…が、次の瞬間剥き出しの敵意が背中に伝わってきて瞬時に身を翻す。

 

するとさっきまで自分が立っていた場所に、重い風切り音と共に騎士がもっていた巨大な盾が振るわれ、地面に擦れて火花を散らす。

 

「ちっ…すばしっこいガキだ」

 

「だが女だ。カモシダ様の目に留まれば、褒美をもらえるかもな」

 

やっぱり敵だった。こんなことなら最初から先制攻撃をしかけていればよかった。必殺技は出合頭にうつのが最も効果的だ。

 

そんな後悔を抱く間もなく、二体の騎士は私を取り押さえようと走り寄ってくる。丸腰の高校生、しかも女が相手とみて甘く見ているのか。その騎士のどこを見ても隙だらけだった。

 

間合いのギリギリに入ると同時に姿勢を低くし、手前にいた騎士のみぞおちに蹴りをお見舞いする。想像以上にクリーンヒットし後ろに吹き飛んだ騎士は、もう一体の騎士にぶつかり共に倒れ込んだ。

 

その隙に私は駆け出し、ここへ来る前に見つけた排気口から城の内部へと逃げ込んだ。このまま外に逃げ帰るという選択は、頭には浮かばなかった。

 

城の内部をさまよっているうちに、大勢の騎士が移動していくのが見えた。危険は承知で私はその後を追ってみることにした。

 

そして、その先で私の目に飛び込んできた光景は、突如現れた城やおかしな空なんかとは比べ物にならないほど、現実離れした光景だった。

 

「やめろっ!」

 

「押さえておけ。そいつも後で殺す」

 

騎士を追った先、城の地下には牢獄があった。定番といえば定番だが、その中には何故か現代の学生服を着た男子二人が収容されていて、それを複数の騎士と一人の男がいたぶっていた。

 

…これは一体どういう状況だ?

 

目を白黒させながら物陰から様子を伺う。地べたに這いつくばる金髪のいかにも不良そうな少年は、なおもマントを身に着けた高身長の男に蹴られている。とても手加減している様子には見えない。あのままだと本当に命の危険もある。

 

もう一人、眼鏡をかけた黒髪の少年は騎士によって壁に押さえつけられて動けずにいながら、目の前で倒れる金髪の少年の身を案じている。

 

「大人に逆らうからこうなるんだよ」

 

「それ以上彼に手を出すなっ!!」

 

「あ?」

 

「俺が相手だ…!」

 

「ほう…」

 

眼鏡の挑発に反応し、マントの男は金髪をいたぶる手を止めてぐっと顔を寄せた。

 

「…腹立たしい目をしおって!」

 

毒づきながら一発腹に殴りを入れ、

 

「いいだろう。そんなに死にたいのなら殺してやる。やれ」

 

騎士に、号令をかけた。

 

そして、動けないままの少年に騎士の剣が振り下ろされ…。

 

私は咄嗟に走り出し剣を振りかざす騎士を突き飛ばそうとした。でもその時、牢屋の中から身動きを取るのも困難な程の突風が巻き起こり、私ともども、近くにいた騎士やマントの男も動きを止める。

 

風が止み、なにが起こったのか飲み込めず時が止まったかのように立ち尽くす。その間、その場の視線は全て突風の発生地である黒髪の少年へと向けられていた。

 

俯いたままの少年はおもむろに、自らの顔…目元のあたりをまさぐる。そして少し顔を上げたその時、妙な仮面が張り付いているのに気付く。

 

その仮面は皮膚に直接縫い付けられているかのごとくぴったりと顔に張り付いているようで、剥がそうともがく姿は痛々しいの一言だった。

 

「…ぐ…ああああああぁぁっ!!?」

 

絶叫が響く。

 

少年は仮面を取りはらった。しかしその際に、仮面と顔との接着面から大量の血が噴き出していた。思わず顔をしかめつつも、うなだれる少年からなおも目が離せない。それは、この場に居る全員が同じだった。

 

数瞬、静寂が訪れ…、

 

次に顔を上げた少年は、笑っていた。

 

みるみるうちに少年の身体は青い炎のようなもので覆いつくされ、やがて炎が消えた箇所からは元の制服とは違う服が見えてくる。

 

そうして全身の炎が消え姿が完全に変わった頃、少年の背後には巨大な影が聳えていた。

 

一対の黒い悪魔のような翼。真っ赤なタキシードのようなものに身を包み、シルクハットをかぶった影。おおよそ人とは思えない出で立ちに目を奪われていると、少年が腕を振り上げ、強烈な衝撃波が放たれた。

 

一番遠くに居た私は少し後ずさるだけで済んだものの、至近距離にいた騎士やマントの男は吹き飛び背後の壁に激突していた。大袈裟な音を立て鎧は崩れ去っていき、また黒い飛沫のようなものが大量に湧き上がる。

 

「ホーッ!」

 

飛沫の後、残ったのは小さなランタンを携えた謎の化け物。

 

鎧の中身があれだったということか?

 

「アルセーヌ!」

 

困惑しているうちに、少年と現れた謎の巨大な悪魔は一心同体の連携でもって次々と鎧の中身を消滅させていく。まるでゲームのチュートリアル戦だ。

 

華麗な身のこなしで最後の一体を仕留めると、悪魔は霧散したように消え、少年の姿は元の制服姿に戻って片膝を突いた。

 

腰を抜かしていたマント男は脱兎のごとく牢屋から出て外から扉を閉めようとする。しまった、という色が牢屋の中の二人の顔に浮かぶ。

 

「お、お、お前ら…っ!ただじゃおかないぞ!?これ以上ないぐらい惨ったらしい刑で殺してやるッ!!そこで大人しく」

 

牢屋の中へと意識が向いている間に後ろから忍び寄り、まったく守るもののない男の急所へと足を振り上げる―。

 

「んぅ!?」

 

身をかがめこちらを振り向かんとするモジャモジャ頭をわし掴み、牢の柵へと思い切り叩きつける。

 

鉄に向かって頭を打ち付けた男は上下に伝わる痛みによって地に這いつくばりプルプルと震えている。その周囲を見やると、一撃目の時に落とした牢の鍵が無造作に転がっているのを発見した。

 

「早く出て」

 

「あ、ああ。ありがとう。…坂本、立てるか?」

 

「おう…すまねぇ」

 

私はすぐにそれを拾い上げて開錠し、黒髪が金髪に肩を貸して牢から出たのを見計らって、入れ替わりに牢の中に入る。

 

そして中にかけてあった、おそらく拷問用に使うであろう頑丈そうなロープでマント男の首を括って無理やりに牢の中へ引きずり込んだ。

 

「これで良し」

 

「えぐ…」

 

金髪の方が何やら漏らしたが気にしている場合ではない。私は牢を施錠し、鍵は水路にに投げ捨てた。

 

「とりあえず、逃げる?」

 

「そうだな。そうしたほうがいい」

 

「OK。出口は分かってる。ついてきて」

 

 

 

事は一刻を争う。二人ともかなり体力を消耗してるみたいだし、さっさとこの城を出たほうが良さそうだ。

 

私は自分が通ってきた道を戻り城を出ようと考えた。しかし、さっきの騒ぎから城内では騎士たちが慌ただしく巡回していて、さっき通りの道は通れなさそうだった。

 

仕方なく迂回して別の道を探そうとやってきた道では、運悪く跳ね橋が上がっていて行き止まりになっていた。

 

「跳ぶか?」

 

「まぁ私は行けるけど…そっちの彼は」

 

「…ちと、怪しいかもしんねぇ」

 

「無理はできない」

 

「じゃあ引き返そう」

 

向こう側まではかなりの距離がある上に、橋の下の水路もかなりの深さがあるように見える。既に満身創痍な金髪のほうを連れてはいけないと判断し、引き返そうとしたその時--。

 

「オイ、そこのオマエラ」

 

少年のような声がその場に響いた。三人で顔を見合わせるも、誰も声を発した風ではない。

 

「そこのキンパツと癖ッ毛と茶髪の嬢ちゃん!こっちだ!助けてくれ!」

 

やはり聞き間違いでは無かった。今度はよりはっきりと、橋の前に並ぶ牢の中から声がした。そちらを振り向くと、何とも言えない二頭身のマスコット然としたタヌキがいた。

 

「タヌキじゃねーよ!」

 

「猫…?」

 

「猫でもねーよ!!ワガハイはモルガナだ!!」

 

「しーっ!でけぇ声出すなって!」

 

「む…んんっ。これは失敬…」

 

モルガナと名乗った謎の生き物は咳ばらいをした後柵の隙間から辺りを見渡して、こう言った。

 

「オマエラ、ここを出たいんだろ?出口を知りたくないか?」

 

「出口なら知ってる」

 

「いやでもそこの橋が渡れなくて困ってんだろ?」

 

「別の道を探す」

 

「…。わ、ワガハイならその橋の下ろし方を知ってるかもしれねぇなー?」

 

「急に白々しくなったね」

 

「とにかく、ワガハイをここから出してくれさえすれば、そこの橋を下ろしてやれる。どうだ?ほら、そこに鍵ぶら下がってるだろ?」

 

うさん臭さを感じつつも、なんだか私はこの奇妙な生物に興味を惹かれてもいた。デフォルメされたネコのようなシルエットは抱き心地良さそうだし、ピンク色の立派な肉球も見えた。こいつを外に出すメリットは多い。

 

「どうする…?」

 

金髪の方は迷っているらしかったが、黒髪の方は迷いなく壁の鍵を手に取って牢を開けた。こんなところに鍵を放置しておくあたり、ここの警備は相当頭が弱いらしい。

 

「開けんのかよっ!?」

 

「悪い奴には見えない」

 

ネコなのかタヌキなのか分からない生物はテクテクと二足歩行で牢から出ると、大きく背伸びをして分かりやすく顔をほころばせた。どうやらかなり長い間捕らえられていたようだ。それなりに拷問もされたであろう跡も見て取れる。どうせ、またあのマント男の仕業だろう。

 

そしてここはおそらく、そんなクソ野郎の居城。どう言う訳かは知らないが、実際ここに迷い込んでしまっている以上は目の前の現実を受け入れるしかない。

 

そう思ったところでふと不安になり、モルガナと名乗ったネコの耳を引っ張ってみる。

 

「いてててっ!」

 

「夢じゃないか」

 

「なんでワガハイで試すんだよ自分でやれよ!」

 

「いいから早く。この橋下ろして」

 

憤慨したように毛を逆立てフーッと威嚇する様はまるっきりネコだ。化け猫の類だろうか。

 

そんなモルガナの姿を観察していると、徐に橋の傍らに設置されていた石像をひっぱたき、出てきたレバーを操作して橋を下ろしてくれた。

 

「おお…」

 

「ほらいくぞ。出口はこっちだ!」

 

先陣を切って走り出すモルガナ。やっぱり二足歩行だった。

 

完全に信じていいものか迷ったが、とりあえずはその後を追ってみることにした私たち。しかしすぐに前方から鎧が揺れる音が近づいてくる。

 

隠れる隙も無く、曲がり角で三体の騎士と出くわしてしまった。

 

「チッ…見つかったか…!おいくせっ毛!オマエは戦えるんだろ?やるぞ!」

 

モルガナは先頭に立ち騎士たちを迎え撃たんと構える。その横に黒髪が並び立ち、再び青い炎に包まれたかと思うと、さっきの牢屋で戦った時と同じ格好へと変身した。でも、これで2対3。金髪は負傷しているし黒髪だってそれなりに消耗している。正面からやるにしても、戦況は明らかに不利だ。一匹はネコだし。

 

「素人は下がってろ!来い、ゾロ!!」

 

ネコの雄たけびが上がると、黒髪のと同じように青い炎に包まれた巨大な影がモルガナの背後に出現した。金髪は驚愕し思わず後ずさっていた。

 

「お前もソレでんのかよっ!?」

 

「速やかに黙らせてやる」

 

「ずるい。私も出したいソレ」

 

「いいから下がってろ!ゾロ、威を示せ!」

 

“ゾロ”と呼ぶその影が手に持ったレイピアのようなものを振ると、突然騎士たちが宙に浮きあがりきりもみ回転しながら地面に激突した。

 

それに続く形で黒髪のほうの影が指を鳴らし、赤黒いオーラが騎士たちを襲う。

 

「見たか?こうやって弱点を突いて敵をダウンさせ…」

 

あっという間に決着がつきなんだか呆気に取られていると、講義を垂れていたモルガナが私の方を見て言葉を切る。

 

それとほぼ同時に私は背後に忍び寄る殺気を感じとり、着ていたパーカーの内ポケットから“アレ”を抜き、振り向きざまに兜と鎧の隙間目掛けて“ソレ”を突き出す。

 

「馬鹿っそいつらに普通の人間の攻撃は…!」

 

モルガナで後ろで何か言いかけていたが、深々と突き刺さった()()()を勢いよくひき抜くと、騎士は力なく前のめりに倒れ込み、黒い霧とともに霧散した。

 

目の前でナイフを見せたことはまずかったかもしれないが、今はそれどころじゃないだろう。他の連中もそれには同意見らしく、

 

「い、色々と聞きたいことはあるが、とにかく脱出が優先だ。さっさと行くぞ」

 

私たちはモルガナの先導でこの城からの脱出を最優先事項とすることに、無言で同意した。

 

巡回する騎士たちに気付かれないように、物陰から物陰へと移りながら静かに素早く駆け抜けていく。西洋チックな雰囲気も相まって、なんだか怪盗みたいだな。実際はどういう状況なのかと言われると…よく分かっていないが。

 

「おい!行き止まりじゃねーか!」

 

「早まんなっての。こっちだ」

 

無事に一つの小部屋までたどり着いた私たちは、お互いにどこか気まずい空気を残しながら通気口へと目線をやっていた。

 

「外に繋がってるはずだ。早く出たほうがいいぜ」

 

「モルガナは?」

 

「ワガハイはまだここでやることがあるからな」

 

どうやらそうらしい。ここは大人しく脱出するべきだろう。

 

私はモルガナに礼を言い、通気口のふたを外して一番に城の外へと這い出る。さっきまでの地下牢のじめじめとした空気から解放され(空はお世辞にも綺麗じゃないけど)、なんだか晴れやかな気持ちになる。ちょうどいいスリルも味わえたし、中々楽しかったな。

 

私の後に続いて二人も通気口から出てきた。金髪の方は相変わらず苦し気な表情で背後の城を振り返り見上げていた。

 

「マジで…なんだったんだここ…」

 

その意見には心底同意しつつ、私たちは足早に城の跳ね橋を渡り入ってきた場所へと戻ってきた。その瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪み、気が付けば元の校門前の道路に戻ってきていた。

 

しばらくぼーっとしていると、

 

「あーっ!?」

 

金髪の方が急に奇声を上げた。

 

「もう昼過ぎじゃねぇか!!」

 

スマホを起動し時刻を確認してみると、確かに午後の12時を回ったところだった。そういえばこの二人は制服だったし、通学中にあの城に迷い込んで捕まってしまったってところかも知れない。

 

「坂本!」

 

「げっ…鴨志田…!」

 

「お前、また遊んでたのか。…そっちの二人はー…確か転校生だったか?可哀そうに…初日からこんな不良に絡まれてたのか」

 

「ちが…」

 

「言い訳は良い。さっさと来い!…そこの君も、とりあえず先生と一緒に来なさい」

 

何故か黒髪の方には視線を向けず、城の中で見たマント男と全く同じ容姿をした教員は私に向けてそう言った。渋々といった風に、坂本と呼ばれていた金髪は鴨志田とやらの後をついて行くのを見て、私は黒髪と顔を見合わせる。

 

「…どうする?」

 

「とりあえず、入ろう」

 

「…うん」

 

…制服じゃないんだけど、まぁしょうがないか。

 

というかなぜ、あの鴨志田は私が制服を着ていないのに、ここの転校生だと把握していたんだ?教師なら普通なのかもしれないけれど、教頭でも校長でもなさそうな一教員が、わざわざ顔を覚えているものだろうか…?

 

 

「初日から半日遅刻って…どーなの…」

 

「すいません」

 

「ごめんなさい」

 

誘導されるがままやってきた職員室にて、担任らしき女教師は私と黒髪の少年二人を前に大きくため息をつく。ぶっちゃけ、城やら何やらでもう学校なんてどうでもよくなってきた矢先の出来事なので全く説教も頭に入ってこない。こんな時間まで何してたのかなんて聞かれても、曖昧な返事しかできないし。

 

「まぁいいわ…。えっと、“雨宮蓮”君と“妻木綺羅”さんね。これから午後の授業だけど、ちょうど私の担当だから一緒に来て。軽く自己紹介してもらって、後は適当に授業聞いてて。分かった?」

 

けだるげな女教師は、けだるそうに立ち上がり、けだるそうに教室へと私たちを案内してくれた。

 

「えっと、雨宮君。頼むから余計なことは言わないでよ?」

 

「…はい」

 

「じゃ、入って」

 

雨宮だけ何故か釘を刺され教室に招き入れられる。制服じゃないせいもあって好奇の視線が一斉に突き刺さる。

 

「今日から転入することになった二人です。…えー家の事情で、今日は午後からの参加になります。はい、自己紹介して」

 

「雨宮蓮です」

 

「…妻木綺羅です」

 

「妻木さんの制服はー、…あーまだ用意出来てなかったので、今日だけ私服です。あまり気にしないで。で席は…空いてるとこ。窓際の二つね」

 

微妙なフォローありがとう、先生。

 

言われるがままに、窓際の最後尾とその前の空いている席に向かう。すれ違いざまに派手な金髪の女生徒と目が合ったものの、すぐにその視線は後ろの雨宮に吸い寄せられ、

 

「うそつき」

 

と小さくつぶやいたのが聞こえた。

 

他にも、ざわつく教室内からは色々と囁き声が聞こえてくる。しかし、そのどれもがおそらくは、私のことをさしたものでは無いことがすぐに分かった。

 

やれ、“前科”だの“犯罪”だのと、物騒な単語が飛び交っていた。

 

「静かに!授業始めまーす。二人は隣の人に教科書見せてもらって」

 

などと考えている暇もなく、席に着くや否や授業が始められた。私は窓際の一番後ろという中々好条件な席を獲得し、そのひとつ前には雨宮が座る。隣の席と言われそちらをみやると、ザ・モブって感じの男子が嬉々として机を寄せてきた。その一つ前、雨宮の隣の女子はというと、あからさまに「最悪」と悪態をついたのち、最低限だけ机を寄せていた。

 

…。

 

 

チャイムが聞こえる…。

 

なんだか肩を揺さぶられている気がする…。

 

「はっ」

 

「授業、終わったぞ」

 

気が付けば机に突っ伏して堂々と居眠りしてしまっていた。どうやらもう午後の授業は終わったようで、皆一様に下校の準備を進めている。

 

雨宮は私を起こしたことで満足することは無く、席に座ってこちらをみつめたまま何かを待っていた。

 

「?」

 

「坂本に呼ばれてる。例の件で」

 

例の件と言われてすぐにあの城での出来事が頭に浮かんだ。その中には私がナイフを持ち出したシーンの事も含まれていたが、もう二人とも忘れてるだろうと思い、少し悩んだがそれに了承した。どうやら坂本は屋上で待っているらしい。

 

ほぼ何も入っていないカバンを持って、雨宮と二人で屋上への階段を上りドアを開ける。そこに何故か乱雑に捨て置かれていた机といすの山の中の一つに、坂本は腰かけていた。

 

「わりぃな。呼び出しちまって」

 

「かまわない」

 

「…なぁ、やっぱあれって、夢じゃなかったよな…?俺もぶん殴られたとこいてぇし」

 

私と雨宮は無言でうなずく。到底、夢とは思えない。それに、鴨志田の存在も気がかりだ。

 

「それなんだよ。実は、あいつには昔から体罰の噂があんだ」

 

「体罰?」

 

その言葉を聞いたとき、少し雨宮から発せられる空気がピリッとした。その表情は妙に真剣で、大きな眼鏡の奥に隠れた瞳は密かに揺れていた。

 

「そこにあの城だ。絶対、なんか関係ある気がすんだよ。もし野郎の体罰が本当なら、あの城に何か証拠が…」

 

身を乗り出して語る坂本はいたって真剣な様子だ。どうやら、もう一度あの城を調べたいらしい。とはいえ、あそこは冗談抜きで命の危険と隣り合わせの場所だ。坂本もそこは分かっているからこそ、こうやって相談してきているんだろう。

 

「なぁ、どう思う?」

 

「私は良いと思う。実際あの場所の事は気になるしね。でも、」

 

雨宮の方を向き続ける。

 

「あの力を持ってるのは雨宮だけだし、一人に頼ることになるけど」

 

「…」

 

雨宮は少し考え込み、やがて何かを決意したように頷いた。

 

「放ってはおけない。一緒に行こう」

 

「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ…!サンキュな!」

 

放ってはおけない、というのは体罰のことではなさそうな気がした。おそらくここで雨宮が断っても、坂本は一人でまたあの城に行こうとするだろう。きっと、それを見放す気にならなかったんだと思う。

 

目を見ればなんとなくわかる。こいつはとんでもないお人よしだ。

 

「そうと決まれば、明日からよろしくな!俺は坂本竜司…えっと、雨宮と妻木だったよな?」

 

「雨宮蓮」

 

「妻木綺羅」

 

そして、フレンドリーに手を差し伸べてくるこの坂本という少年も、よほどお人よしに見える。見た目こそ不良感満載だが、今のところ、そんなに問題を起こすような奴には、少なくとも私には見えなかった。

 

「ところで、坂本は問題児なのか?」

 

お互いに握手を交わした後、雨宮がそう聞いた。唐突になんて切り出し方をするんだと驚いていると、意外にも坂本は冷静な様子で苦笑して、「お互い様だろ」と返した。

 

「お互い様なの?」

 

「雨宮、前科持ちなんだって?学校中でウワサんなってるぞ」

 

「…まぁ、一応」

 

「へぇ」

 

「どうりで肝が据わってるってワケだ」

 

「坂本はなんの前科持ち?」

 

「や、俺にマエはねーよ!」

 

前科持ち。その言葉を聞いてもここまで動じない私と坂本の様子に驚いたのか、その大きな目を丸く見開いて雨宮はやがて苦笑した。なんのマエがあるかなんてどうでもいい。私たちが知っているのは、勇気を振り絞って得体の知れない化け物と渡り合った雨宮の姿だけだからだ。

 

「はぁ…とにかく、明日また集合な」

 

 

 

あの後。

 

今日のところは解散ということになり、校門前で別れた。

 

日は暮れたにも関わらず、この都会の街はいやに明るい。

 

あてどなく歩くのも疲れるので、適当な道端に腰を下ろして、ぼーっと虚空を見つめている。闇を眺めているうちにだんだん視界の真ん中がぐるぐると渦を巻き始める。

 

時間の流れが遅すぎる。

 

ゲームでも持って来ればよかったか。

 

…。

 

嫌だ。何もかもが一瞬にして失われてしまった。目を瞑るとあの光景がよみがえってきて吐き気がする。素肌に触れる、邪な感情のこもった大人の手の感覚が這うように思い出される。…結局、悪態しか出てこない。

 

これから、どうしようか。

 

いっそのこと死んでしまおうかと、一瞬は考えた。でも、そんな矢先に今日の出来事だ。

 

あいつなら、私の事も見捨てないだろうか。

 

…。

 

寝る場所を、探さないと。

 

学校も、どうしよう。

 

おもむろに、私はポケットの中にある“アレ”を撫でる。冷たさが心地いい。“コレ”だけは、忘れずに持ってきた。これがないと私の心は落ち着かない。どうしてかは、なんとなくわかってる。

 

それは…私が、

 

「ん?妻木じゃないか」

 

不意に、頭上から気色の悪い優しさにまみれた声がかかった。思わず身を震わせながら見上げると、そこには最悪なことに鴨志田が立っていた。人の良い笑みを張り付けた、まるで私のような顔をした。

 

鴨志田は私の様子を見て怪訝そうな表情を浮かべた後、一瞬この上なく邪悪な笑みを浮かべたように見えた。しかしそれは、夜の闇に溶けてすぐにかき消えてしまう。

 

真意を汲みかねた私はどうするべきか迷った。このままこいつと居ていいのか、どうなのか。

 

しかし、誰かに泣きつくにしてもこいつだけはないだろうという思考が大半であることに変わりはない。私はさっさとこの場を離れることにした。

 

鴨志田の声が遠くなるのに構わず、気配を消してそそくさとその場を離れる。単純に走り去るより自然だし、なにより相手が私の存在がそこにないことに気づくのが遅れる。いつもやっていることだ。

 

…さて、今夜はどう越えようか。

 

 

ようやく見つけた。

 

 

翌日~4月12日 火曜日

 

 

目が覚めた。体の節々が痛む。

 

ゆっくりと公園のベンチから身を起こし、大きく伸びをする。体質的にどこでも寝れるとはいえ、できればお風呂に入りたいものだ。公園の中央にそびえたつ時計を見ると、まだ朝の5時。4月とはいえ、野宿は流石に身体も冷えるし、なにより気分も落ち着かない。変な輩に寝込みを襲われなかっただけマシとも言えるけど。

 

意識がぼーっとしているうちは感じなかったが、腹も減っている。少し財布を軽くする時がきたようだ。

 

適当に歩いてコンビニで食料を調達しようと立ち上がった時、少しめまいを感じた。

 

「…くそ」

 

でも、帰る訳にはいかない。帰っちゃだめなんだ。

 

やっぱりあの時に死んでおくべきだったかも知れない。

 

…あぁいや。

 

そうだな…。

 

良い死に方を思いついたかも。

 

もう面倒だ。

 

 

流石にこの状態で学校に、しかも連日私服で登校する気にはなれず、できるだけ顔を隠せるようにパーカーのフードを深くかぶり、授業が終わるまで校門近くであの二人を待った。

 

しばらくして、スマホを構えた坂本と雨宮が校門から出てきた。なるべく目立たないように、近くの路地裏から小さく手を振ってみると、二人ともそれに気付いてこちらへやってきた。

 

「おう。…なんでそんな怪しい格好なんだよ」

 

「気にしないで。それで、行き方は分かった?」

 

「多分な。雨宮、使ってみろよ」

 

「ああ」

 

雨宮はスマホを操作し、何かのアプリを起動した。すると、昨日と同じ感覚のまま目の前の景色が歪み、気付けばまたあの城の前に私たちは立っていた。

 

「ビンゴだな」

 

「悪いな、雨宮。こっからはお前に頼りっきりになっちまうけど」

 

「任せろ」

 

内ポケットの重みを再確認して頭を振る。今回はこれを使うことは無い。見つからなければいいことなのだから。

 

鴨志田の体罰の真偽を確かめるもの。そのような何かが無いか調査を始める。そのためにはまず、城の内部に侵入しなければならない。

 

「オイ」

 

「ん?」

 

昨日と同じ場所が使えるかどうか城壁を辿っていると、向かいから見覚えのある二頭身シルエットが近づいてきた。

 

「オマエラ、また来たのか?」

 

「お前は!……モナモナ!」

 

「モ・ル・ガ・ナだ!」

 

「ちょうどいいところに来たな」

 

と、雨宮は城内の調査の協力を申し出た。モルガナも何か目的があるようで、お互いに協力し合うのならと承諾した。そこで、坂本が鴨志田の体罰についての噂と、ここにいたあのマント男が鴨志田にそっくりである経緯を話す。

 

「ふむふむ。なるほどな」

 

「お前ならなんかわかんねぇか?」

 

「分かることは分かる。だが、今のオマエラに説明して理解できるかといわれたら…」

 

「いいからさっさと教えろよ!」

 

「相変わらずせっかちな奴だな…」

 

せっつく坂本に怪訝そうに顔をしかめたモルガナは、腕を組み偉そうにふんぞり返りながらこの謎の空間について説明しだした。といっても、モルガナ自身まだ分かっていないことも多いようだが…。

 

「ここは、誰かの歪んだ欲望が具現化した世界。いわば、認知世界ともいえる場所だ。ワガハイはここを、パレスと呼んでいる」

 

「欲望が具現化…?」

 

「話を聞く限り、ここはおそらく、オマエラの言うカモシダってやつの認知世界だろうな」

 

「認知って…思い込んだだけで学校がこんな城に成っちまうってのかよ!?」

 

「現実ではここは学校だったんだな?だったら、カモシダはその学校を、“自分の城”だと思い込んでるってことになる」

 

「ちょ、ちょっと待てよ…!んでそんなもんが…」

 

「それはワガハイにも分からん。だから調べてるのさ」

 

「…なるほど。大体は理解した」

 

「お、そっちの癖ッ毛は理解が早そうだな」

 

「マジ?」

 

「で、協力するのはいいがオマエラまさか丸腰か?ペルソナ使えんのはこいつだけだろ?」

 

「戦う力がなくても俺はここに来る理由があんだよ」

 

「…なんか訳アリか。そっちの嬢ちゃんは?危ないから、遊びのつもりなら帰った方がいいぜ」

 

「遊びじゃ、無い。危険なのも分かってるけど、二人を放っておけないし」

 

「ならワガハイとこいつの二人で先導するから、どうしても来るって言うなら絶対に離れるんじゃあないぞ!」

 

 

「うお…また服変わった…どうなってんだそれ」

 

「それは反逆の心の現れだ。この場所に敵視されていると勝手に起こる」

 

城の中に入る頃には、いつの間にか雨宮の服装が全身黒装束に変わっていて、珍妙な仮面が目元を覆っていた。認知世界…かなり興味深いものには違いないけど、どうしてこんなものがあるのか。何故スマホのアプリで出入りできるのか。分からないことが多すぎて、かえって不気味さが増す。

 

でも、どうでもいいか。

 

どうせそろそろ死ぬし。

 

「む…シャドウがいるな」

 

「シャドウ?」

 

「敵のことだ。今なら先制を取れる。行くぞ」

 

敵の目をかいくぐりながら進んだ先、騎士の背後にある扉から忍び寄り雨宮が先制攻撃を仕掛ける。すると鎧は崩れ去り、黒い霧と共に中から小さな妖精のような敵が出てきた。背後を取られ慌てたのか隙だらけである。

 

「ペルソナ!」

 

掛け声とともに雨宮の仮面が青い炎と共に消えていき、代わりに昨日見た赤い悪魔が現れた。悪魔が指を鳴らすと、目の前の妖精の足元から赤黒い焔が巻き上がり虫のような羽を燃やした。

 

ぽとりと地に落ちた妖精は力なくうなだれていたが、すぐに顔を上げて命乞いを始めた。

 

「お願い、勘弁してっ!」

 

「カンベンしてほしいなら、金なり物なりだしてもらおうか」

 

手慣れた様子でモルガナが交渉を持ち掛ける。しかし、あいにく妖精は何も手持ちがなかったようで慌てふためいている。モルガナもこれは予想外だったようで若干の動揺を見せたものの、すぐに立ち直りならばトドメをと構える。

 

その時、急に雨宮の方に妖精が向き直り何言かつぶやくと、急に妖精は雨宮の仮面と同じ姿に変身して、雨宮のつけている仮面と一体化して消えてしまった。

 

「よし」

 

「よ、よしって…。オマエ今何を…」

 

場が騒然としだした瞬間、騒ぎを聞きつけた別の騎士が扉を開けて部屋に入ってきた。

 

一番近くにいた私は咄嗟にその場を飛び退くと、すぐに騎士に向かって電撃が放たれた。電撃に弱かったのか、その騎士は一撃で消滅した。

 

電撃が飛んできたほうを見ると、雨宮の隣に、今度は赤い悪魔ではなくさっきの妖精と同じ姿をした奴が浮かんでいた。

 

「まさか、取り込んだのか!?」

 

「そうらしい」

 

「普通心は一人に一つ…複数の仮面を使い分けれるなんて聞いたことがないぞ…!」

 

モルガナはやけに興奮したようにまくしたて、まるで自分の手柄かの様に喜んでいる。これで探索を有利に進められるようになったと飛び跳ねている姿は無駄に愛らしい。坂本も同様、雨宮の思わぬ力に興奮を隠しきれない様子だ。

 

その一方で。

 

私は自らの計画に暗雲が立ち込めてきたことを感じていた。昨日来たときはもっと、危機的な状況で、戦うのは危険すぎるような、今回だってこの探索は無謀なものになるのだと思っていた。なのに、なんだか追い風のようなものが吹きはじめて色々上手くいきそうな雰囲気が出てきてしまっている。

 

ということはやっぱり、そういうことなのかも。

 

この世界の中心は今、ここなのかもしれない。

 

 

雨宮の活躍もあり、城内の侵攻は比較的順調に進んだ。坂本はシャドウとの対決には参加できないことに歯がゆさを覚えていたようだが、私にとってはそれはどうでもよかった。それよりも、順調すぎることに気持ちは落ち込んでいくばかりだ。

 

一旦休憩をとるために入り込んだ小部屋で、各々気持ちを落ち着けている中、私だけはこれから死ねるような場面が訪れるのかどうか、そのことばかり考えていた。

 

「エアガンだけどな」

 

「おもちゃじゃねーか!」

 

「しかたねーだろ!?でも、結構見た目だけはリアルだし、脅しぐらいには使えんじゃね?」

 

なにやら坂本とモルガナがまた言い合っているが、その話の内容までは頭に入ってきていない。もっと…今の力じゃ歯が立たないような強力な敵が現れてくれればいいかな。

 

できれば、彼らを助けて代わりに犠牲になるような、そういう死に方が良い。贅沢かもしれないけれど。

 

私には昔からこの手の死亡願望がある。理由もなんとなく分かってる。おそらく私は…前世のようなもので、とても悪い人間だったと直感している。だからか、幸福や充実感を素直に受け取れない。

 

これまでもずっとそうだった。

 

そして今、唯一の生きる目的を失った私は、何もかもが面倒に感じていた。

 

死に時は今だ。

 

 

「…よし、全員覚えた!」

 

「さっさと行くぞ!長居しすぎた…!」

 

城を調べていくうちに、私達は秀尽高校の制服やジャージを着た奴隷達が収監されている場所にたどり着いた。そしてその全ての奴隷が牢の中で拷問まがいの特訓を課せられていた。

 

これこそ鴨志田の体罰の証拠になるかもしれないと、スマホで写真を撮ろうと試みたけど、この世界では何故かカメラが使えない。坂本が自力で全員の顔を覚え、現実でその生徒に問い詰めようということになった。

 

「集まってきてる…」

 

「脇を通り抜けるぞ。見つかるな」

 

坂本が全ての奴隷の顔を覚えたと言うので、急いで城から脱出するため来た道を戻り、出入口付近のホールまでたどり着いた私たちを、マント男と大量の騎士が待ち構えていた。

 

背後からも騎士たちが追いすがってきた。完全な挟撃。逃げる隙はどこにもない。私と坂本は戦う力を持たない以上、雨宮とモルガナ2人で10数体のシャドウを相手取ることになる。

 

さすがに、無理がある。

 

すぐに2人は応戦したが、多勢に無勢。みるみるうちに追い込まれていき、しまいには組み敷かれてしまった。

 

私はポケットに手をやり柄を握る。

 

「どうせお前の思いつきでこうなっちまったんだろう?え?」

 

「やめろ…!」

 

「すぐ感情的になるクズ。あれほど分からせてやったというのに、まだ懲りていないようだな!」

 

鴨志田と思しき男は坂本に対してだらだらと御託を並べている。どうやら過去に何かしらの因縁があったらしい。その間もずっと雨宮たちは騎士によって押さえつけられていて、坂本は力なくその場で膝をついている。

 

私はと言うと、傍らに騎士が立ち圧を掛けているものの、比較的マークは薄いし自由に動けてしまう状況だ。背中を向けて立つ騎士はなんとも間抜けに見えた。

 

「臨時とはいえ、陸上部の面倒を見てやった恩を忘れたか…?」

 

「あんなもん練習じゃねえ…!体罰だ!」

 

「目障りなんだよ。実績をあげるのは俺様だけでいい。…あの監督も救えない馬鹿だ。大人しくしていれば、エースの足を潰すだけにしてやったものを」

 

「……な、に…?」

 

「もう一本の足もいっとくか?どうせ学校が“正当防衛”にしてくれるしな」

 

この二人の間にあったことは、私たちの中では誰も知らない。

 

知らないが…。

 

「こんな…クソのせいで走れなくなって…!陸上部も…なくなって…!」

 

「リュージ…」

 

「こいつらを始末したら、次はお前だぞ」

 

鴨志田が、モルガナを踏みつける足に力を篭める。

 

もう限界だ。そう判断しポケットのナイフを抜こうとした時、

 

「言われっぱなしか?」

 

雨宮の声が、静かなホールに響いた。

 

「…そうだよ」

 

「フン…そこで黙って見ているがいい。クズを庇って犬死する、救えない馬鹿共をな!」

 

「お前の方だよ…鴨志田…!」

 

ついさっきまで。

 

絶望したように項垂れていた坂本が、力強く立ち上がった。

 

「他人を食いもんにするお前の方こそクズだ!鴨志田ぁ!」

 

「なにしてる!押さえろ!」

 

坂本は頭を押さえて、あの時の雨宮のようにもがき出す。それを取り囲むように騎士たちが寄り、私という存在が完全に置き去りとなった。なんでこんなにノーマークなんだろうか。

 

坂本はすぐには動けそうにない。私がやることは残っているようだ。

 

まず、1番手前に居た騎士に後ろから飛びかかり引き倒す。そしてそいつの腕にナイフを突き立て、巨大な西洋剣を奪い取って雨宮を押さえている騎士の首元に向けて投げる!

 

「な、なにをしている!?その女も押さえろ!」

 

一体は行動不能、雨宮を押えていた騎士は消滅。

 

異変に慌てまったく統率の取れていない動きで私の方に騎士たちが向かってきた瞬間、坂本が叫び声を上げて周囲の騎士が吹き飛んだ。

 

「行くぜ!キャプテンキッドォ!!」

 

号令とともに現れた坂本の…“ペルソナ”。キャプテンキッドと呼ばれたそれは腕の大砲から電撃を放ち、目の前のシャドウを一掃した。鴨志田はその様子に狼狽しそそくさとその場を逃げ去っていった。

 

「待ちやがれっ鴨志田!!」

 

追おうとした坂本の肩を雨宮が掴み、

 

「ここは退こう」

 

「なんでだよっ」

 

「万全じゃないだろう。それに、すぐ応援が来る」

 

ふらついて、その場に崩れ落ちそうになった坂本を支える。あの力の覚醒には結構な反動を伴うらしい。この状態で追っても返り討ちに合う可能性が高い。雨宮はそう判断したのだろう。モルガナもそれに同意しホールから踵を返そうとしたその時…。

 

バチン、という強烈な音が、鴨志田の去っていった方からして驚いて振り向く。

 

認識するより先に体が動いていた。次の瞬間には、太もものあたりにしびれるような痛みが突き抜けた。

 

「な、妻木っ!」

 

おそらく背を向けた坂本の足を狙ったであろう一撃は、間に割り入った私によって阻まれた。ゴロゴロと地面を転がっていくバレーボールのようなものが目の端に映る。おそらくあれを飛ばしたんだろうけど、それだけで()()はならないだろう。

 

私の腿にはいくつも赤い点模様ができていて、そこからは赤い血が線となって流れていた。針のようなものでも巻き付けていたのかも知れない。そう思い至り鴨志田の手を見やると、案の定防護グローブみたいなものを装着している。

 

「おっと…殊勝なことだな。だが、その馬鹿を庇ってそんな目に遭うなんて、よほどの馬鹿じゃないとしないことだぞ?ハハハ!」

 

「やだぁ~センセイかっこいい~!」

 

唐突に、場にそぐわない猫なで声がその場に響いた。

 

「ニャ!?」

 

「た、高巻!?なんでお前がここに…!」

 

気色悪いネコナデ声を上げているのは、鴨志田の腕に抱き着きこちらを見下ろすビキニ姿の超絶美人だった。輝くようなブロンドの髪に長い足と細いくびれ、そして大きな胸とよくばりセットだ。

 

などと冷静に観察していると、その美人が昨日教室に居た女生徒にそっくりなことに気が付く。雨宮と坂本が驚いているのはそのせいか。

 

「言っただろう。学校(ここ)は俺様の城だとな。俺以外の人間は全て、俺にひれ伏し崇拝するべきなんだ」

 

「リュージ、あれは本物じゃない。鴨志田の認知だ!」

 

「…くっそ、相変わらずよくわかんねー!」

 

「フン、逃げるならそのまま逃げるがいい。ただし、次に来たときは、命の保証はできないがな!」

 

ブチッ、となにかが切れる音が私の頭の中でした気がする。

 

このまま言われた通り逃げ帰ったのでは、腹の虫がおさまりきらない。雨宮に抱えられ片足を引きずりながら城を後にする中、こっそり雨宮から“エアガン”を頂戴して後ろ手に引き金を引く。

 

男の短い呻き声を聞いて少し溜飲を下げた私は、坂本に向かって親指を立てて見せた。

 

 

「って!こっちに来ても傷治んねーのかよ!?」

 

「そうみたい」

 

「なんでそんな冷静なんだよ!と、とりあえず病院…いや、保健室か?」

 

割と疲弊しきっていた一行はなんとか現実へと帰還を果たしたものの、私の流血が止まらずどんどん地面に溜まって広がっていく。まぁまぁ痛いけど、別に騒ぐほどのものじゃない。訳あっていつも持ち歩いている包帯を自分で巻き付けて応急処置。とりあえず血が止まるまでどこかで座ってれば大丈夫だろう。

 

「んなわけあるか!」

 

「病院って言っても経緯を説明できないし…」

 

「そうか。なら」

 

私の意見に、何故か肩に黒猫を乗せた雨宮が納得する。そしておもむろにスマホを取り出すとどこかに連絡し始めた。そして通話を終えると、

 

「迎えに来てくれるって」

 

「誰が?」

 

「今の保護者」

 

 

と言うことで、私は今雨宮の保護者である男性の車に乗せられている。この人の家の近くに診療所があるとかで、そこで治療してもらえとのことだ。ちなみに、雨宮達は歩いて帰れと言われてとぼとぼと駅の方へと向かっていったので、今この場には私と保護者の男性の二人きりである。

 

いかにも頑固で偏屈そうなおじさまだが、わざわざ知らない人間のために迎えに来てくれるあたり、根はすごく優しい人、なのかもしれない。

 

「わりぃな、こんな狭い車でよ」

 

「わざわざありがとうございます」

 

「とりあえずちゃんと医者に手当してもらっときな」

 

時折気遣った言葉もかけてくれる。怪我の原因も詳しくは訊かれなかったし、案外話の分かる御仁と見た。

 

少し安心してシートに背を預けたまま、助手席から見える景色がだんだんと覚えのないものへと変わっていく。場所は四軒茶屋の駅からすぐ近く。路地裏に入り、“武見診療所”の看板の前で車は止まった。

 

「ちょっと待ってな」

 

言われた通り待っていると、小さな入り口から白衣を着たけだるげな女医と一緒に保護者さんが出てきた。車のドアを開、女医が車内に座る私の足を見て眉を顰める。足に巻いた包帯はもう白い部分はほとんどなくなっているし、まだみずみずしいままだ。

 

「とりあえず、掴まって」

 

女医に言われるがまま、抱かれるようにして車いすへと乗せられる。スロープを上がり建物の中へ入り、数分もしないうちに診療所へとたどり着いた。

 

「んじゃ、後よろしく頼みます」

 

「はい、どうも」

 

中へ入る前に、私と女医の二人きりになる。白衣の下は随分パンクな服装をしていることがぱっと見でも分かる。まさかとんでもないヤブなんじゃないかと疑いを持ち始めたが、手際は慣れていたし処置も的確。痛みはすぐには引かないものの、さっきよりは格段にマシになった。

 

真っ白になった包帯を撫でながら、適当に質問に答えていく。名前、年齢、通っている学校等。嘘を言う理由はないので単純に返答していると、ついに怪我の経緯を聞かれた。こっちは、まさかまともに答えれるわけも無く、

 

「転んだら、なんか色々落ちてました」

 

「…」

 

反応に困る曖昧な返事ではぐらかした。

 

「正直に答えなさい」

 

…なんだ。全然ヤブじゃないじゃないか。かえって厄介だ。面倒になった私は黙秘権を行使した。

 

「…」

 

「…」

 

診察室でにらみ合う私と女医。無言の時間が続く中、時計の針の音だけがやけに大きく響く。あんな世界でのこと、話せるわけもない。かといって適当な誰かにやられたと罪を擦るわけにもいかない。

 

「どうせあなたの保護者には言わなきゃいけなくなるのよ」

 

「ならないので」

 

「あのねぇお嬢さん。こっちも、学校や保護者の方に色々説明しなきゃなんない義務があんの。分かる?」

 

学校や保護者…今の私には全く関係のない単語だ。

 

これ以上言ってもこの人を困らせてしまうだけだ。とはいえ黙っていてもらちが明かないのも事実。一か八か、この医者に、真実をかいつまんで話してみることにした。

 

「…あの」

 

「はいはい」

 

「実は私、家出中で」

 

「ふぅん」

 

「学校にも行ける状態じゃ無いし、家にも帰りたくないしで。そんな時に、こんな怪我で」

 

「まぁ、そんなことだろうとは思ったよ。私に話せるようなことなら、ちゃんと事情を話してみなさい。少しは楽になるかも」

 

と、さっきまでのさばさばとしたクールな雰囲気を取り払い、本当にお医者様かのような柔らかな物腰で、“武見”先生は組んでいた足をもとに戻し、覗き込むように視線を低くしてきた。なんだか思っていた対応とは違ったものの、長年の勘でこの人には話してしまっても大丈夫なような気がした。

 

きっとこの人は、冷たそうな見た目に反して親身になって話を聞いてくれるだろう。そして同情もするかもしれない。

 

だからこそ私は、これ以上詳しく話すことを止めた。

 

再び場を沈黙が支配する。やがて話す意思が無いと伝わったのか、武見は小さく息をつき立ち上がった。そして再び車椅子に私を乗せると、行くあてはあるのか聞いてきた。首を横に振ると、「そう」と短くこぼした。

 

来た道を戻り診療所を出てすぐ右に曲がる。がたがたした道をそのまま真っ直ぐ進むと、すぐ近くに小さな喫茶店があった。おしゃれなフォントで描かれた看板には、「ルブラン」とある。何故喫茶店なのか問う前に扉は開かれ、中から雨宮の保護者が出てきた。さっきとは違い、上着を脱いでエプロン姿になっている。

 

「佐倉さん、悪いんだけど少し時間を貰えます?」

 

「ああ…構いませんが」

 

“佐倉”。どうやら雨宮の保護者は佐倉という苗字らしい。

 

車いすのまま何故か喫茶店の中に押し入れられ、二人は店の外で何やら話している。勝手に動くと怒られそうなので、座ったまま店内を見回して暇をつぶす。

 

レトロな隠れ家的外装そのまま、中身も古風で落ち着いた店だ。入ってすぐ右手側にカウンターがあり、左にはテーブル席が三つ。決して広くはないが、こういう雰囲気が好きな人間も多くいることだろう。少なくとも今は、一人も客はいなかったが。

 

カウンターの後ろに鎮座する棚の方に目をやると、色々な種類のコーヒー豆がずらりと並んでいた。壁一面に置かれた瓶の数々は、中身の減り具合もまちまちで、中には私も知っている名前のものもあった。コーヒーは嫌いじゃない。特段詳しいわけではないけど、甘いものと一緒に飲むのが好きでよく家でも飲んでいた。

 

…。

 

コーヒーの香りは好きだ。

 

でも、失った日々を思い出させる匂いでもある。苦い思い出では決してない。なのに、胸が苦しい。

 

私は、取り返しのつかないことをしてしまった。もう戻れなくなった。この世界はゲームじゃない。データをロードして時間を巻き戻せたら、なんて。

 

できたとしてもする気は無いが。

 

「っ…」

 

不意に刺すような痛みが脳に走る。同時に誰かの声が聞こえた気がしたものの、それは背後で開いた扉の音でかき消される。

 

「待たせて悪かったな嬢ちゃん。怪我のほうはどんな感じだ」

 

入ってきた佐倉さんがそう聞いてきた。いつの間にか、武見先生はいなくなっていた。

 

「おかげさまで今は、あまり痛くもないです」

 

「そうか」

 

「…先生は?」

 

「あー…診療所開けっ放しってわけにもいかねぇからってんで、一旦戻ったよ。なにかあればいつでも来ていいってよ」

 

「そうですか」

 

ふむ。面倒だから置いてけぼりにされたところは少なからずありそうだけど、それでも私の事を気にかけてはくれているらしい。なんだか、申し訳ないな。

 

「あーそんでな、聞かせてもらったんだが…家出してんだってな?」

 

「…」

 

「詳しい事情を聴く気はねぇから安心しな。ただ、学校もあるしずっとこのままってわけにはいかないことぐらい、分かってるよな」

 

もうそろそろ死ぬ気の私には眉唾な言葉だ。

 

「帰りたくねぇってんなら、少しの間俺んとこで寝泊まりしてもらっても構わねぇ。どうだ?」

 

「…」

 

きっと良い人なのだろう。でも、こうして正論をぶつけられても、私の気持ちは誰にも理解できないししてほしいとも思わない。誰にも迷惑をかけずにそっと消えていくから、どうかそっとしておいて………って、

 

「え?」

 

「遠慮はすんな。腹も減ってるし風呂にも入りたいだろ?」

 

「…いや、え?なんで?」

 

「こんな状態で外放り出すなんてできないだろ。とりあえず、家はすぐそこだからシャワーだけでも浴びろ」

 

 

おかしい。

 

私はシャワーヘッドから噴射される水が床に落ちる音を延々と聞きながらずっと考えていた。

 

こんな見ず知らずの人間を面倒見るなんて、なにか裏があるとしか思えない。もしかしたらあの優しい面は演技で、なにかとんでもないことを隠しているのかもしれない。現に、今お邪魔している佐倉家には立ち入り厳禁と言われた部屋があり、そこからはなにかとんでもない負のオーラを感じた。

 

このままここにいてもいいのだろうか。あの変な世界で殺されるよりもずっと凄惨な最期を迎えることになるかもしれない。いや、そもそも最期を迎えさせてもくれないかもしれない。

 

「…はぁ」

 

やれやれ。

 

何を考えてるんだか。

 

佐倉さんを見れば一目でわかった。あの人は何も嘘を言ってなかった。全て、本心だった。だからこそ戸惑った。純粋な善意でかけられた言葉だと分かったから、余計に。

 

包帯を巻いた右足を濡らさないように、他の部分だけは念入りに洗う。

 

お湯が傷口に染みる。

 

もう慣れた。

 

武見先生にこっちの傷まで見られなかったのは良かった。

 

「死のうと思ってたのにな」

 

どうして今更こんなことに。これじゃあ、懇意にしてくれた人に無駄な罪悪感を生ませてしまう。死ぬに死ねなくなってきてしまった…。

 

それに、よく考えればあっちの世界で死んだとしても、坂本や雨宮にトラウマを植え付けてしまうことになるかもしれない。

 

それは、本当に善人のすることか?

 

…。

 

私は、どうしたいのだろう。

 

家に帰りたい?…違う。もう二度と帰りたくはない。

 

元通りの生活に戻りたい?…それは、そうかもしれない。全部なかったことにしてやりなおしたい気持ちは、ある。でもそれだけだ。そんなことできないことは分かり切ってる。

 

理由を失くしてしまった。自分から手放してしまった。唯一の拠り所を、愚かにも。

 

煮え切らない思いを抱えつつ、浴室を出てタオルを使う。首から下、胴から下腹部にかけての変色しきった数々の傷跡はもう決して消えることはないだろう。洗面台の鏡に映った自分をみていつも思う。

 

現実から目を逸らすように、リュックから新品の包帯を取り出して無造作に巻き付ける。普段からこうして、胴には包帯を巻いたまま生活している。いつでも替えられるように持ち歩いているものと、さっき診療所で足のケガ用にもらったものがあったおかげで残量にも余裕がある。

 

着替えを済ませ髪も適当に乾かすと洗面所を出る。

 

「身体は洗いたかったしいいけど」

 

体調を整える必要も無いはずだったのに。

 

次は言われた通りにさっきの喫茶店へ向かう。すぐそこなので、今の私でも歩いて迎える距離だ。

 

すると店の前にさっきまで漂っていたコーヒーとは別の香りが漂っていた。スパイシーでいてなおかつ懐かしさも感じさせる匂い…これはカレーだ。

 

本来アンバランスそうに感じるこの二つの香りが不思議と調和しているように感じられた。試したことが無いから分からないけれど、意外といい組み合わせなのかもしれない。

 

戸を開き中に入ると、カウンターには佐倉さんが立っていて、鍋の中のカレーをかき混ぜていた。

 

「よお。さっぱりしたか?」

 

「まぁ…ありがとうございます」

 

「座りな。腹減ってるだろ」

 

悔しいが、今の圧倒的空腹の前にカレーは卑怯である。渋々ではあるが、ご馳走になることにした。

 

カウンターに座ると皿に盛られたカレーライスと水が差しだされる。

 

「うちの名物だ」

 

「…いただきます」

 

さっきから腹の虫が早く食わせろと叫んで煩い。鎮めるためにも、とりあえず腹に詰め込まなくては。そう思い一口、スプーンで口に運んでみる。

 

…。

 

………。

 

……………。

 

 

それから先のことは、正直あまり覚えていない。分かるのは、気が付けば目の前の皿が空になっていたことと、次の瞬間にはまた新しいカレーが目の前に置かれていたこと。そしてその皿も瞬く間に空になったこと。

 

とにかくおいしかった。専門家じゃないから何がどうとは言えないけど、今まで食べたカレーの中では一番だったかもしれない。

 

腹が膨れ満足したところで水を手にした時、コトンとカップが手元に置かれた。

 

「これも名物だ。カレーに合うようブレンドしたコーヒーだ」

 

「…」

 

「苦手か?」

 

「…いや」

 

カレーに合うコーヒーと聞いてピンとくる奴なんていないだろう。だが実際、このコーヒーはカレーの味で一杯になった口の中に自然に溶け込み調和してきた。豆の香りは心を落ち着けるし、なんだかすごくリッチな夕食をした気分になる。

 

…あ。

 

今だ。

 

こういう時だ。

 

死にたい。

 

私なんかがこんな思いを、していていいわけがない。

 

手が、口が、震える。

 

誰かの声が聞こえる気がする…。

 

もうすぐだ。

 

誰?

 

もうすぐ、最悪な現実から目を覚ますことができる

 

…?

 

取引がしたい。…もう一人のわたし。

 

意識が深い闇に沈みかけたその時、肩を揺さぶられ現実へと引き戻された。見ると、佐倉さんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「大分参ってるだろうに平気な顔してんじゃねぇ。とりあえず学校には俺が話つけとくから、向こう帰って寝てきな」

 

「いや、さすがにそこまでは」

 

「子どもが遠慮すんな」

 

そう言ったきり、佐倉さんは皿を洗い始めて目を合わせなくなった。大人しく従っている義理もないはずなのだけど…。

 

どうしてか私は、その言葉に甘えてしまった。ぎこちない足取りで佐倉家へ帰ると、空いているからここを使えと言われた和室へ入り、敷かれた布団に身を預ける。

 

思っていたよりも疲れが溜まっていたのか、私は布団もかけずにうつぶせに倒れ込んだまま簡単に意識を手放した。

 

 

 

翌日~4月13日 水曜日

 

 

夢を見ていた気がする。柔らかい布団の感触が肌に触れまどろんでいると、その感触が不自然なことであると気付き急に意識がはっきりしてきた。ここに倒れ込むようにして寝込んだとき、私はろくに着替えもせずに上着もそのままでいたはずだった。なのに今、かけられている布団が触れる感触は、腕の大半に感じている。

 

上半身を起こし布団を除けると、案の定上着は脱がされていて、下に着ていたTシャツはそのままだった。

 

壁を見やると、取ってつけたようなハンガーラックに着ていたパーカーが掛けられていた。のろのろと立ち上がり内ポケットを確認する。

 

…見られただろうか?

 

一抹の不安を抱えて部屋を出る。リビングが目の前だが、そこには誰もいない。時計を確認すると朝の5時。もう佐倉さんはここにいないようで、机に書置きが残されていた。

 

≪学校には適当に話を通しておいた。事情は何も話してないから安心しろ。それと、今日は学校は休め。足のケガが完全に治るまでとは言わないが、少しの間じっとしといたほうがいい。飯は置いとくから食べておくように≫。

 

まるで保護者のような物言いに苦笑しながら、書置きの下にあるラップのかかった皿を見る。

 

…カレーだ。

 

「朝からカレーか」

 

なんて言いつつ、昨日食べたあの味には少なからず感動したし、またこれが食べられるというのは正直嬉しい。昨日と違うのは、食後のコーヒーを出してくれるマスターがいないことだけか。

 

少し物足りなさを感じながらレンジにカレーを放り込んで温める。

 

 

皿にスプーンを置き完食。余韻を口の中で感じつつ、使った食器を洗って水切りラックへ立てかける。

 

「さて」

 

これからどうしようか。じっとしていたほうがいいとは言われたが、いかんせんこのままここに居るままでは暇を持て余してしまう。私がこの世で嫌いなものの一つに暇がある。無駄な時間は過ごしたくない。こういうと誤解されがちだが、何もせずぼーっとしている時間も好きではある。違いは私自身にしか分からない。

 

ともかく暇をつぶすため、私は家を出て佐倉さんがいるであろう喫茶店へ。家は例の開かずの間に誰かいるみたいだし、鍵は大丈夫だろう。

 

「おはようございます」

 

「おはようさん。具合はどうだ?」

 

「特に問題ないです」

 

ドアを開けると、軽やかなベルの音とともに佐倉さんの柔らかい声が私にかけられた。

 

そして、まだ開店前だというのに、カウンター席には既に先客がいた。そいつはふわふわした癖毛を揺らしながらこちらを振り向いて、軽く手を振った。私もそれに応じ、隣の席に腰かけた。

 

「足は?」

 

「全然大丈夫」

 

「そうか」

 

「ねぇ、この後話せるかな。学校はまだ大丈夫でしょ」

 

 

「話って?」

 

「もちろん、あの城の話」

 

だろうなという色が雨宮の顔に浮かぶ。

 

やってきた喫茶店の二階だったが、実際見てみれば中々に広い屋根裏部屋だった。どうやら雨宮は事情があって、ここで寝泊まりしているらしい。

 

「これからどうするの?」

 

「ワガハイが説明してやろう!」

 

急に、ここにはいない奴の聞き覚えのある声がして振り返る。

 

すると一匹の黒猫が階段を駆け上がってくるところだった。

 

「黒猫?飼ってるの?」

 

「ネコじゃねー!こっちに来たら何故かこうなったんだ!」

 

「モルガナ?なるほど」

 

「納得してんな!」

 

そういえば、昨日城から逃げてきたとき雨宮の肩にこんな黒猫が乗っかっていたような気がする。偶然一緒にこっちの世界についてきてしまって、何故かこの姿になったらしい。私としては元のマスコット姿も好きだったけど。

 

「ゴホン。まぁなんだ、ワガハイの声は他の人間にはただのネコの鳴き声に聞こえるらしい。おそらく、オマエラは認知世界でワガハイの言葉を聞いてるから、普通に聞こえるんだろうな」

 

「ふぅん」

 

「でだ。ワガハイとコイツとリュージは、あの城の主である鴨志田を()()させることに決めた」

 

「改心?」

 

思わず聞き返すと、モルガナはぴょこんとテーブルに飛び乗り、ソファに腰かける私に向かって解説を始めた。

 

曰く、認知世界には“オタカラ”というものがあり、それを現実に持ち出すことでその人間の歪んだ認知そのものを抜き取れるのだとか。

 

「鴨志田は、あの学校を自分の城だと思い込んで好き勝手している。()()から聞いたことだが、バレー部の顧問だった鴨志田は一時期、竜司もいた陸上部の顧問を臨時で努めたことがあったらしい」

 

「うん。それは、なんとなく」

 

「それで、鴨志田は陸上部に行き過ぎた指導を徹底して行ったらしい。何時間も水を飲ませずに走り続けさせたり、少しでも粗相をしたらすぐに殴られたり」

 

雨宮は話してくれた。鴨志田の過去を。

 

胸糞悪い話だけど、聞いておいたほうがいいだろう。

 

「竜司はある日耐え兼ねて鴨志田に手を上げてしまったみたいで、それが逆鱗に触れた。陸上部は廃止。竜司はこっぴどく鴨志田に足をやられて、走る場所も力も、奪われたって」

 

「なんで、一教師にそこまでの力が?」

 

「鴨志田には実績があるからだ。秀尽学園のバレー部は毎年大会で好成績を上げているし、鴨志田自身は元オリンピック選手って肩書もある。それに、普段の鴨志田は猫をかぶって過ごしてる。無駄に校内での評判はいいって竜司は言ってた」

 

「校長は?」

 

「俺も見たけど、校長も鴨志田に平身低頭って感じだった。あの学校の面目を保ってるのは、あの鴨志田だから」

 

「なるほど」

 

「あの城は鴨志田の歪んだ認知そのもの…その原因となった欲望の核であるオタカラを奪い取ってやろうってワケさ」

 

雨宮達はなんだかおもしろそうなことをしようとしているらしい。もしそんな話が本当だとしたら、鴨志田のような人間をこの世からなくすことだって、理論上は可能ということになる。

 

なんだかそれって、すごくゲーム的。

 

「ただしリスクもある。それを加味したうえで、リュージには昨日一晩考えておくよう言ってある」

 

「シャドウってやつと戦わなきゃいけないから?」

 

「それももちろんある。だが問題はそこ以外にも一つ…オタカラを奪うっていうことは、そいつの歪んだ欲望の核を取り除くってことだ。もし歪み以外の欲望まで失われてしまったら、どうなるかはワガハイにも分からん」

 

確かに、欲自体は生きる上で必要不可欠なものだ。もしも歪んだ欲望だけでなくすべての欲求が失われてしまえば、それはもう廃人と同じ。あの世界の知識をある程度有しているモルガナでも、そこはどうなるかは分からないらしい。

 

でも例えそうなったとしても、それをやったのが雨宮達だとは誰にも知れないだろう。そもそも、鴨志田はあんな奴なんだからそれぐらいの報いがあってもいいとさえ思う人間だっているだろう。

 

雨宮はいいとして、坂本もそこは流石に悩んで一晩考える時間が欲しいということらしい。バレなければいいという精神では、鴨志田と同じになってしまうし、一度踏みとどまるのは賢明な判断だと思った。が、しかし動かなければ現状は変わらないのも事実。

 

でもそのこと以上に、私にはさっきからずっと気になっていたことがある。真剣な表情の雨宮の目を覗き、私は率直に聞いてみた。

 

どうして、そんなことをしようと思えるのか。

 

「どうして…って?」

 

「自分の学校生活のため?それとも、坂本のため?」

 

そう言うと、雨宮はふっと俯き何かを思い出すように自らの手のひらを見つめて握る。

 

何か地雷を踏んだかも知れない。

 

普通に考えて、雨宮も相当普通じゃない経験をしてきているのは確かだ。この街の外から転入してきて、喫茶店の屋根裏に居候している前科持ち…それが私の持つ雨宮のステータス知識だ。たったこれだけでも訳ありな人物なのは明らかである。

 

「ただ…鴨志田みたいなズルい人間が嫌いなんだ。自分よりも弱いものを虐げるような、汚い大人が」

 

「そう」

 

「俺も、同じような苦しさは経験したことがあるから…今、鴨志田のことで困ってる人が大勢いるっていうなら、それは救ってあげたいんだ」

 

「鴨志田の噂は全部本当なの?」

 

「今日、それを確かめに行く。昨日城で見た生徒に聞き込みをするつもり。それでより確かな証言が取れれば、迷う理由もなくなる」

 

「なるほどね」

 

聞きながら、私はあっちの世界で見た雨宮の姿を思い出していた。

 

普段は大人しそうな風を装っているが、その実かなりの行動派であることがここ数日の出来事で分かった。自分よりも他人を優先できるその精神を生まれながらに持つ人間は、本当に稀だ。人は損得勘定で動くもの。大した見返りもないのに危険に飛び込むなんて、普通はしない。

 

「ところでさ」

 

「うん?」

 

「あの…あっちの世界で雨宮達が出してたアレ…なんなの?()()()()って言ってたっけ」

 

「ああ…あれは…」

 

ふと気になったことを口にしてみると、雨宮はモルガナに視線をやった。それにならってモルガナの方をみやると、

 

「ペルソナってのは、あっちの世界でだけ現れる“人格”そのものだ。内に秘めた反逆の意志が高まった時、仮面となって顕現する。…まぁ、分かりやすく言えば、あっちの世界での自分って感じだな」

 

どこかで聞いたような、そんなはずはない解説をしてくれた。聞いても実際に自分がペルソナとやらに目覚めていないから、イマイチピンとこなかったけど。       

 

「と、そろそろ行かないと」

 

「今日も行くの?あっちには」

 

「そのつもりだ」

 

「そう。気を付けて」

 

「ありがとう。…それと、巻き込んでごめん」

 

「別にいい」

 

 

…だ…せつ……が……ふ…んてい…こえ………てない……?……ツイ…た……てな……。は……せ………も………

 

 

二日後~4月15日 金曜日

 

あれから二日。今日も私は、もう見慣れた佐倉家で目を覚ます。佐倉さんはとても親切にしてくれる。いつまでもいていいってわけじゃないだろうけど、私の気持ちが落ち着くまでは待ってくれる気でいるのだろう。

 

でも、私にはもう元の場所へ帰る気は微塵も残っていない。それどころか、戻ることは許されないから。

 

家族のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、この世で最も愛してやまない存在だったのに、自分から手放してしまった。()()()()()()()()()()、どうして我慢できなかったんだろう。痛みには、ずっと耐えてこれたのに。

 

…悔やんでも仕方ない。

 

いつまでもここに居るわけにはいかない以上、これからのことを考える必要はある。懇意にしてくれた人がいるから、その人たちに迷惑や心配をかけたくもない。勝手に行方をくらませるだけでも、彼らは物凄く心配してくれるんだろう。見ず知らずの他人である私を。

 

安易に死にたいなんて言えなくなってしまった。

 

ここ最近、雨宮達は鴨志田の身辺を調べているらしいけど、皆口をつぐんでしまっていて手詰まりな様子だった。現実で一人の人間ができることなんてたかがしれている。当然の結果と言えばそうだ。

 

顔を洗って、いつものように用意された朝食をとる。今日は簡素なトーストだったが、好きなメーカーの食パンだったので満足。

 

そしてまたいつものように、ルブランへと足を運ぶ。もはや常連の貫禄である。

 

佐倉さんに挨拶をすませ、今日はまだ雨宮が降りてきていないのに気付くと、私は自然と自分の口角が上がるのを自覚する。まだ寝ているのだとしたら、これは絶好の悪戯チャンスだ。人の隙を見ると思わず手を出したくなるのは、昔からの癖。

 

無軽快な寝顔を想像し階段をスキップして駆け上がる。そして質素な簡易ベッドの上には雨宮の姿が…なかった。

 

「おはよう。妻木さん」

 

「…おはよう」

 

「どうしたツマキ?なんだか機嫌良さそうじゃねーか!」

 

「…別に」

 

「あれ?なんか急に不機嫌になった?ワガハイなんか言ったか?」

 

あーあーあーなんだよ。せっかく盛大にドッキリしかけてやろうかと思ってたのに。

 

雨宮は寝てるわけではなく、部屋の隅に置かれた机で何やら作業をしているところだった。それを尻目に、私は無人のベッドにどすんと腰かけこれみよがしにため息をつく。

 

「それなにしてるの?」

 

「向こうで使う道具を作ってる」

 

「ワガハイとの取引だ。ここに世話になる代わりに、作り方を教えてやってるんだ」

 

あまり大きな声では言えないものらしく、二人とも少し声を抑えたのが分かった。気になって後ろから覗き込んでみると、作っているのは鍵開けに使う道具なことがすぐに分かった。

 

「なんの鍵に使うの?」

 

「…分かるのか」

 

「なんとなく」

 

「用途は主に宝箱。ちなみに、昨日持ち帰ったものがそこに入ってる」

 

そう言われ雨宮が顎で指したほうを見ると、ベッドの脇にリュックがぶら下がっていた。中身を開けて見ると、こっちは流石の私も使い道にさっぱり閃かない謎の石が入っていた。どうやら多少の傷はこの石を当てることで癒せるらしい。

 

「ま、認知世界でしか使えんがな」

 

「そういえば、足の具合はどう?」

 

「元々大した怪我じゃなかったし、別にもうなんともないよ」

 

「なんともなくはないだろうけど…本人が大丈夫そうなら、いいか」

 

「それより、それ私にも手伝わせてよ。事情はもう知ってるんだしさ」

 

「いいだろう。トクベツにワガハイが伝授してやる!」

 

 

雨宮達を見送ってまた暇を持て余していると、佐倉さんからスマホに連絡が届いた。暇なら店の手伝いでもしろとのことだ。

 

世話になっている身としては断れず、どうせ時間を無為にしていたので私は佐倉家をすぐに出た。

 

早すぎたのか何故か呆れられつつ店に入り、とりあえずたまった洗い物をさせられる。私がこの店にいる時に客が来ているところを一度も見ていないのにどうしてこんなに皿だけ溜まるのか謎である。

 

洗い物は手慣れているのでさほど手間もかからずに終わらせた。すると、カウンターの隣で私の手つきを観察していた佐倉さんはニヤリと笑い、テーブルのしたから何かを取り出した。

 

「淹れてみるか?」

 

聞いたとき、正直少しワクワクした。

 

二つ返事でうなずき手渡されたエプロンをつける。まず佐倉さんが実際にやってみせ、見よう見まねで私もやってみる。その間、お湯の温度が~とか、豆の煎り具合が~とか、色々とおべんちゃらを語っていたが全て聞き流し、己の勘を信じて感覚で淹れてみることにした。

 

使っている豆は店で出すようなものだし、きっと素人が淹れてもそこそこのコーヒーぐらいにはなるだろう。そんな楽観的な心持で臨んだが、思ったより佐倉さんが本気な表情をしているのを見て、持病の負けず嫌いが顔を持ち上げてきた。

 

ここで適当なコーヒーを作って舐められても癪。

 

聞き流していた話の内容は半分以上覚えていないけど、重要なもう半分の部分はしっかり聞いていた。

 

この豆は雑味が少なく、甘みや酸味はしっかり味を出してやるくらいがちょうどいい、らしい。だから時間をかけて、じっくりと…。

 

「ほう」

 

隣で感嘆を漏らす佐倉さんに少し目をやる。顎に手を当てて私の手元に集中している。面接でもしてるのか私は。

 

「どれ…味見といこうか」

 

カップにそれぞれコーヒーを注ぎ、お互いに一口飲む。

 

「…悪くねぇな」

 

「どうも」

 

興味なさげにそう呟いてみる。実際は頑固そうな佐倉さんに一応納得の声を出させたことに達成感を感じてはいたけど、わざわざそれを表に出すほど私は子どもじゃない。

 

そんな無意味な意地を張ってしまうほどには、私は子どもだ。

 

いつまでたっても、変なところが天邪鬼で、素直に気持ちを伝えることも苦手。意地も張るけど、結果今までのすべては上手くこなしてきたから周りからは嫌われていただろう。いけすかない、でも文句の言いようがない、厄介なやつだ。そう自覚はしている。

 

それにしてもこのコーヒー、我ながら悪くない出来だ。

 

『…速報です。本日午後、都内の進学校秀尽学園高校にて、生徒が屋上から飛び降りて意識不明の重体です。学校側は…』

 

「ん?秀尽って、お前らのとこじゃねぇか」

 

「そうですね」

 

「そうですねって…もっと関心持て。自分とこの学校だろ」

 

コーヒーによる落ち着きもさすがに吹き飛ぶような、背筋の冷えるニュース。テレビの中のキャスターは淡々と事件の内容を語っているものの、その実詳しいことはまだ分からないということを長ったらしく説明しているだけだ。

 

というか、飛び降り自殺って本当にあるんだなぁ。打ち所がよかったのか意識不明で済んだのは不幸中の幸いか、それとも悪かったのか。

 

飛び降りたのは一人の女子生徒だったらしく、バレー部員とのこと。あの城での先入観がある私から言わせれば、鴨志田が関係していない訳はない。きっとひどくつらい思いをさせられていたんだろう。

 

死を選びたくなるほどには。

 

でも、自ら死を選ぶことほど罰当たりなことは無い。ともかく、死ななくてよかった。

 

 

死んだらおしまいだ。死は最後の切り札にとっておけ。これは過去の自分から得た教訓だ。

 

 

翌日~4月16日 土曜日

 

「いらっしゃい」

 

「おはようマスター。あれ、その子は?」

 

「バイトだよ」

 

「…いらっしゃいませ」

 

「へぇ。バイト雇える余裕あんの?」

 

「余計な心配だよ。注文は?」

 

「いつもの」

 

「あいよ」

 

私は一体何をしているのだろうか。

 

何もかもを捨てて生きる意味も見失ったところを偶然拾われて、しかもそのまま喫茶店のバイトとして無駄に馴染んでしまっている。現状無暗に行動できる状況でも立場でもない以上仕方のないことなのかもしれないけど、ふとこのままでいいのだろうかという不安に駆られる。

 

佐倉さんの計らいで制服も届いたし、もうここから登校させる気満々だ。

 

私としてはこの先楽しみも何もないわけで、ただ漠然とした日々を過ごし続けるのなんてまっぴらごめんだ。

 

なにか、理由が欲しい。

 

思い当たるのは一つだけある。

 

やはりあの謎の異世界のことが気がかりだ。あんなもの、普通に存在していいわけがない。間違いなく知っているのは私たちだけじゃない。必ず何か裏がある。

 

その事を考えると、もう少しの間ここにお世話になっているのが正解な気がした。この世界はきっと、雨宮を中心にして回っている。ここに居れば、私もその輪の中に入れる。

 

どうしてそんなことを望むのかは、なんとなくわかる。

 

幼いころ…私に訪れた“気付き”が原因だ。

 

世界とは、無数に存在している。

 

「お待たせしました」

 

「ありがとう。お嬢ちゃん、なんでこの店で働いてるんだい?」

 

「なりゆきです」

 

佐倉さんの淹れたコーヒーを、一番奥のテーブル席に座る中年の男性客へ届ける。この人は初見だが、既に常連何人かには顔と名前は憶えられている。我ながら本当に馴染んでしまっているものだ。それもなりゆきによるものだが。

 

しばらくここにいるつもりならば、環境に適応するのは必要不可欠。そう自分に言い聞かせて、過去のことを水に流してしまいそうな自分から目を逸らす。

 

赦されないぞ。そんなこと。

 

分かってるよ。そんなことぐらい。

 

だからこの命はせめて善い行いに。

 

「…」

 

ふと時計を見る。まだ一日は前半戦、テレビからは変わらず昨日の飛び降り事件のことや、最近話題の“精神暴走事件”のことばかり聞こえてくる。この二つの事件に関わりはあるのかが今議論されているが、直接関連はしていないと私は思う。

 

精神暴走事件はすでに都内のいたるところで発生していて、そのどれもに共通する点は、事件が起きる直前までは変わった様子は無いというところだ。ある日ある時突如として人が変わったかのようになる精神暴走のような兆候は、今回の飛び降りた生徒には見られなかったらしいし。

 

まぁなんでも、以前から随分とキツイ指導を受けていて精神的に病んでいたようで。

 

その生徒はバレー部員。鴨志田が顧問を務める、あの部活だ。原因は全てあの男に在るのだろう。学校で一度見たときはいかにも清廉な印象を振りまいていたけど、本性を知る私や雨宮が見れば寒気しか感じなかった。あんな人間が平気な顔して有利なポジションでふんぞり返っている世の中なのは知っていたけど、実際目の当たりにしてみると思ったよりもムカつく。

 

次に学校へ行くときは、もうあいつの顔を見なくて済むようになっていてほしいものだ。

 

そんなことを思いながら忙しいふりをするためにクロスワードパズルを解いていた時、来客を知らせる鐘が鳴った。

 

今日もまた、平穏な時間が流れる。

 

 

決意を抱き続けろ。

 

 

二日後~4月18日 月曜日

 

日曜日を挟み新たな週を迎えた今日、雨宮達はいよいよ本格的にあの世界への潜入を始めるらしい。昨日の休みを使って、必要なものを一通り買い揃えてきていた。私も屋根裏で見せてもらったが、各種傷薬と鎮痛剤、そして精巧につくられた武器…の、レプリカ。

 

さすがに私の様に本物の武器を持ち歩くわけにはいかず、やむを得ずという訳かと思ったけど、そういうわけではなかった。

 

モルガナが言うに、あの世界は認知の世界であるが故、色々な事象に認知が関わってくる。だから見た目さえ本物に近ければ、相手がそれを本物だと思い込みさえすれば、あの世界の中では本物と同じ効果を発揮するとか。

 

あの時エアガンだと思って撃った銃もそうだったのだろうか。当たり所が悪ければ今ごろ死んでたのかな。

 

掌を握りあの時の感触を思い返してみる。

 

引き金を引いたとき、銃口が思っていたよりも跳ねあがり、手に軽いしびれが走るあの感覚。

 

もう一度、撃ってみたいな。

 

なんて。

 

私があの世界でできることなんて無いに等しい。そもそも一人ではあの世界に入ることすらできないのだから。

 

資格がないということなのだろう。でも、私は唯一生身であの怪物に対抗できた。

 

理由は、よく分かっていない。

 

ただ、できると確信はしていた。

 

このナイフは敵の急所に突き刺さり息の根を止めることができる、と。ナイフを振ってから敵に当たるまでの数瞬の間、手の内に乾いた冷たさを感じていた。死んだ動物に触れているかのような、妙な重みと生々しさ。

 

あれが蘇るのは、いつもお気に入りのナイフを握った時。

 

どうしてか手放せない、幼少の頃からの宝もの。親からは触るなと念を押され続けたが、あまりにも私が頑固なのでついには折れた。人に向けて振るったり外で無暗に持ち出さないことを条件に、家での鑑賞だけは許されたんだった。今は、守るべき約束はない。外でやたらに見せびらかさなければ、持ち歩くだけならばと、いつも肌身離さず忍ばせている。

 

もうひとつ、向こうに置き忘れてきてしまった宝ものがある。でもそれは、もういらないものだ。

 

「おい」

 

底の方から響くような低音が意識を引っ張る。

 

「そんな暗い顔すんな。客が寄り付かなくなっちまうだろ」

 

「…ちょっと考え事を」

 

「家の事か?」

 

「いろいろです」

 

「あっそ」

 

佐倉さんは興味なさげにつぶやいた後、盛大にため息をついた。

 

「あのな、お前の親がどんな人間なのか知らないが、子どもの事を心配しない親なんていねぇんだ。面倒だとも思うかもしれない。それでも帰ってやった方がお互いのためにもなる。…上手くは言えないが、とにかくそういうことなんだよ」

 

「そうですね」

 

「もうちょっと人の話に興味を示しやがれ」

 

「そうですね」

 

「こっちは真剣な話をしてやってんのによ。帰りたいと思ったらいつでも帰れよ。多分、向こうは今頃気が気じゃないだろうからな」

 

「もう帰るなんて無理なんです」

 

「無理?」

 

他人に話していいような内容じゃない。これをすれば、きっとママやパパが悪人のように聞こえてしまうだろう。そうなれば、二人に迷惑が掛かってしまう。

 

「話す気はねぇってか」

 

「…お世話になってるのに、ごめんなさい」

 

「別に気にするこたねぇよ。ただ、知っておけるなら、世話する身としてはそっちのほうがやりやすいってだけだ」

 

あまり深くは詮索してこないタイプの人で助かった。しばらくはここを拠点にさせてもらいたいから、佐倉さんとは上手くやらないと。

 

物言いはぶっきらぼうだけど、私をかくまってくれているだけでも優しさは充分計れるし、言葉の内容もこちらを気遣ったものばかりだ。雨宮には何故か、少し言葉のチョイスも厳しめなものが多いけど。案外、単純にたらしなだけかもしれない。

 

「ああそれと、明日の朝先生のとこいってきて診てもらえよ。様子見た限りじゃ、もう問題なさそうだが」

 

「おかげさまで」

 

「なぁ、あの医者、どうなんだ?」

 

「どうって」

 

「なんか暗いうわさが絶えねぇんだよな、あの武見って先生は」

 

「見た目のせいじゃなくて?」

 

「それもあるだろうがな」

 

「別に、普通でした。というか、普通に優秀な人だと思います。手当も的確だったし、カウンセリング力もありそうでした」

 

「ふぅん」

 

「足も綺麗でしたね」

 

「聞いてねぇよ」

 

佐倉さんはもう一度、今度は別の何かも色々と混ざっていそうな大きなため息をついて新聞を開いた。

 

ちなみに客はいないけど、いてもいなくても佐倉さんの態度はそこまで変わらない。堂々と本を読みだしたりするわけじゃないけど、そこはやはり壮年の余裕か。

 

「何見てんだ?」

 

と、佐倉さんが新聞越しに私の視線に気付き怪訝そうに目を細めた。

 

「コーヒー淹れて良いですか」

 

「構わねえが」

 

調子に乗っているわけではない。この平穏にのぼせているわけでもない。ただ、今はこうしているしかないだけ。自分にそう言い聞かせて、可能な限りこの場所に馴染めるように画策する。

 

正直言って、コーヒーを淹れている間だけが、今の私にとって唯一、一つの事に集中できる時間だ。だから、これは少し楽しいと感じている。

 

「次は甘口評価無しだからな」

 

「え」

 

「まぁ正直、筋は悪くねぇよ。店で出せるほどのもんじゃないがな」

 

多分この人は、素直に褒めるってことが苦手だ。たった今、それも知った。

 

 

三日後~4月21日 木曜日

 

「忘れもんねぇな?じゃ行ってこい」

 

「いってきます」

 

というわけで、武見から通学の許可が下りてしまったがために今日から私も学校にいかなければならなくなった。退屈な時間が多いことには、確かに愚痴をこぼしたことはあったけど、正直学校ほど退屈なものは無いと思っている。

 

それは、学校にいく大きな理由のうちの一つである“勉強”の部分が、私には全く無意味なことだからだ。

 

「ここからの道は分からないから」

 

「ああ、大丈夫」

 

ルブランを出てからは雨宮に先導してもらい、私はイヤホンを装着して完全に脳死でついて行く態勢へ。

 

おかげで道中喋る話題に困ることもなく、お互い満員電車の中でひたすら揺られていただけだった。別にすし詰めになることに対しては何の嫌悪感もない。時折雨宮のカバンの中から息継ぎをするように出てくるモルガナが滑稽で、むしろ暇には思えなかった。

 

乗り換えを済ませ、再び満員の車内へと突撃する。しかもさっきの車両より密度が高い。物理的にも精神的にも息苦しい。隣り合っているのが雨宮で助かった。これで超絶不潔な奴と密着する羽目になったとしたらその日一日分のやる気が削がれるだろう。雨宮に密着していても、鼻をつくのはルブランの匂いだけだ。

 

「すまない」

 

「なにが?」

 

「今日はいつもより混んでる」

 

気まずそうに視線を逸らす雨宮を見上げながら、ふと状況に気付く。でも今はこういう場所なんだし仕方ない。

 

「オイオマエラっ。ワガハイが間にいるの忘れてないか…」

 

 

拷問のような列車から逃げるように出てきた私たちは足早に学校へと向かい、早めの時間に教室へとたどり着いていた。モルガナはカバンの中からするりと抜け出し、今は雨宮の机の中に納まっている。真後ろの席が私で良かったな本当に。

 

机に頬杖をつきながらぼんやりと教室を眺めながらそんなことを思う。生徒はまばらに席についていて、廊下からは教師のものと思われるあいさつの声と、生徒たちの談笑する声が聞こえてくる。

 

「雨宮」

 

「ん?」

 

「飛び降り事件って、やっぱり関係してたの?あいつは」

 

大声で話すことでは無いにしろ、人もまばらで特に気にも留められていないこの状況ならば大丈夫。そう判断し、私は雨宮の背中に問いかけた。

 

雨宮は椅子を反転させこちらに向き直ると、神妙な表情で頷いた。

 

「飛び降りたのは高巻さんの友だちで…バレー部員。話じゃ、以前から鴨志田にはしょっちゅう呼び出されてたらしい。俺もほんの少し話したことあるけど、傍目にも分かるぐらい参ってたし傷だらけだった」

 

「高巻さんっていうのは?」

 

「まだ言ってなかったか。今はもう一人、例のことについて協力してもらってる人が居て、その人が高巻さん。飛び降りた鈴井さんの友だち」

 

「なるほど」

 

聞く限りじゃ、もう学校中で鴨志田に対する糾弾が行われていてもおかしくないのに。

 

周りを見渡しても、そんな雰囲気は無い。

 

「向こうの世界は、どんな感じ?」

 

「あれが本当に鴨志田の心を映し出した光景なら、とんでもなく醜いとしか。本当に、この学校の王は自分で、それ以外は塵同然って感じだ」

 

「どれぐらいかかりそうなの?」

 

「…実は、今すぐにでもできるところまでは来てる。今は念入りに準備中。…あまり時間はないから、できるだけ早く終わらせたいけど」

 

そう言うと雨宮は少し、その大きな眼鏡の奥に感情を隠した。

 

「期限があるの」

 

「この前、飛び降りがあった時、俺と竜司で鴨志田の所に乗り込んだんだ。その時に怒りを買って、次の理事会で退学にするって」

 

「殴っちゃった?」

 

「いや、すんでのところで止めたけど。でも、鴨志田にとっては俺たちは目障りでしかない。自分の思い通りにならない奴は、自分の城にはいらないってことだろ」

 

「それはまた」

 

随分と傲慢なやつだ。

 

「結構、背水の陣って感じなんだね。大丈夫?」

 

「上手くやる」

 

顔を突き合わせ静かな決意を聞き届けたその時、教室に一人の女子生徒が入ってきた。雨宮の前の席に座っていた、あの派手な金髪の生徒だ。

 

「おはよっ」

 

一度だけ私がここに来た時、彼女は雨宮に対して「うそつき」とこぼしていたのを覚えている。今の二人を見るに、険悪そうな雰囲気はまるでないし、それどころか多少打ち解けているようにも見える。

 

「あ、初めまして…じゃなかったか」

 

「どうも」

 

「妻木さんだよね?話は聞いてるよ!」

 

話って、なんの話だ?そう疑問に思った私は雨宮に視線をやるも、何故か逸らされてしまう。一体何を吹き込んだんだお前は。

 

「前はあんまりちゃんと見れてなかったけど、確かに綺麗な目…」

 

「目?」

 

首をかしげている私の目を覗き込むようにして、その女生徒は顔をぐっと近づけてきた。私はそのまま微動だにせず、ただ近づいてきた碧眼を見返す。同時にきめ細かな真っ白い肌も目に入る。目鼻立ちも整っているし、モデルにでもなれるんじゃいかと思えるぐらいキレイな顔。

 

「あ、ごめん!自己紹介まだだったね」

 

「はぁ」

 

高巻 杏(たかまき あん)っていいます。よろしくね!」

 

人のよさそうな明るい笑顔を浮かべて、高巻杏は右手を差し伸べてきた。その仮面はニセモノでもなければ本物でもない。少し無理をしていそうには見えたが、本来この人は明るい性格の持ち主なのだと直感した。

 

私も手を差し出し軽く握り返した。

 

 

早々に転校デビューで躓いた私だけど、元より他人との交流を広めようとは思っていなかったので特に危機感は覚えていなかった。何の益にもならないことは分かり切っている。ただ、やはりあの異世界について関わる羽目になったみんなとは、関係性を持っておきたい。あの時、たまたま迷い込んでよかった。

 

今日は例の件繋がりの全員で、放課後に軽食を取ることになった。復帰初日に寄り道とは良い度胸だと言われそうだが、本題はなにも遊ぶことでは無い。

 

ビックバンバーガーのテーブルを囲み、坂本と雨宮が向かいの席。反対側に私と高巻さんが座る。

 

「にしても、周りの奴らマジで無責任だよな。蓮のことなんにも知らねぇくせにやれ犯罪者だのなんだの好き勝手言いやがって」

 

「学校のどこ歩いてても聞こえてくるよね…。あ、ごめん!こんな風に言ったら余計に落ち込むよね」

 

「いや、気にしてない」

 

「そうだぞ。そんな奴らには言わせておけばいい。そのうちワガハイらで鼻明かしてやろうぜ?」

 

気にしてない、か。

 

雨宮とは、この中ではもちろん一番話す。ルブランの手伝いをしていれば帰る時間にはまだ私もいるわけで、たまにコーヒーを振舞ったりもする。

 

その中で交わす会話の端々には、やはり雨宮が抱える“何か”の片鱗が見え隠れする。その度に覗こうとしてみるも、いつも巧妙に感情を隠されてしまう。自分の意思を消すことに慣れてしまっている証拠だ。そんな雨宮の気にしてない、は全く信用できない。

 

「オタカラを盗めば。鴨志田は改心するはずだ。そうなれば今までの罪を自白して、オマエラの汚名もちっとは返上される」

 

「んで、そのオタカラを盗むにはどうすりゃいいんだよ」

 

「オマエラも見ただろ?オタカラは、はじめのうちは実体化してない。欲望そのものだから当たり前だ。だからそれを盗むためには、実体化させる必要がある」

 

子ども用いすの上に置かれた雨宮のカバンから、モルガナが頭一つをだして解説し始める。実際向こうに行った経験の少ない私にとっては実感の薄い話だけど、何となく要領は掴める。

 

「欲望を、奪われるものだって認知させるんだよ」

 

「どうやって?」

 

「“予告状”さ」

 

高巻さんの問いに、モルガナはドヤ顔で言い放った。

 

「予告状か!なんか怪盗っぽいなそれ!」

 

「ぽいぽい!」

 

「ただ、予告状を使うにしてもチャンスは一度きりだ。予告された時のインパクトは二度は起こせないし長続きもしない。実体化している時間はもって一日だろうな」

 

「マジか。結構シビアだな」

 

「なにいってんの。一日あれば充分でしょ」

 

「ああ。俺たちならやれる」

 

意気揚々と語りだすみんなを見ていると、なんだか得体の知れない不安に駆られる。

 

…これは、なんだろう。

 

「ねぇ」

 

向こうに潜む脅威がどのようなものなのか、私は多少知っているつもりだ。みんなだって、あの化け物を目の当たりにしてきているはずなのに、今の表情は自信に満ち溢れている。

 

自信というべきか、それとも慢心か。

 

「私も何か手伝えないかな。事情はある程度知っているわけだし、黙ってみてるだけっていうのも気にかかるっていうか」

 

慣れてきた頃合いが、一番足元を掬われるものだ。心配なのもあって、私は協力を申し出てみた。みんなはきっとすぐ断ろうとはしないだろうから、粘ればなんとかなりそうな気はする。

 

「つっても、向こうに行くのは止めた方がいいんじゃね?またあんなことんなったら大変だろ」

 

坂本は視線を落として、申し訳なさそうにそう告げた。制服のスカートから出る私の足には、まだ念のため包帯だけは軽く巻いてある。治ったとはいえ、まだ痕は残ってるし。

 

「だが、事情を知っている仲間がいるんだ。協力してもらえるなら、それに越したことは無いと思うぞ」

 

「なら、こっちで手伝ってもらう?」

 

「妻木さんが、それでいいなら」

 

もちろん、こちらとしては願ったり叶ったりだ。少しでも彼らとかかわりを持っておくべき…そんな気がするから。

 

二つ返事で了承し、私はこっちの世界で手伝えることには積極的に協力することを約束した。そして、一大作戦の決行は明日。予告状を鴨志田に突きつけ、実体化したオタカラを奪う。

 

「そのためには予告状用意しないといけないよね」

 

「ツマキの言う通りだ。誰が作る?」

 

「俺にやらせてくれ!」

 

「却下」

 

「なんでだよ!」

 

必須なものは予告状。それを誰が用意するかという話になった時、坂本が名乗りを上げた。瞬間高巻さんからブーイングが上がったものの、結局は坂本がやることになった。本人いわく、「ぶちかましてやりたい」とのこと。因縁があるらしいし、ここは好きにやらせてやろうじゃないか。

 

「絶対身バレするようなのは駄目だかんね!」

 

「分かってるって!」

 

次に装備。目的は物を奪い逃走するのみだが、予告状を出すことによって認知世界に大きな影響があることは間違いないらしい。何が起きてもいいように、準備は万端にしておくべきだろう。

 

薬や装備の調達は雨宮が担当するようだ。一応この場の指揮権は彼にあるんだし、それで構わないだろう。店で買えないものは自作するしかないが。

 

「あ、じゃあそれ作っとくよ」

 

「本当か?」

 

「明日決行なら夜更かしはできないでしょ?」

 

幸い、以前モルガナにいくつか道具のつくり方を教わっている。逃走に役立つものや戦闘で使えるものを用意しておいてやろう。

 

そこまで話したとき、カウンターから店員の声がした。

 

坂本は注文の品を受け取りに席を立ち、すぐにトレイを持って戻ってきた。そこには4人分のハンバーガーとドリンク、各種サイドメニューたちがずらりと並んでいる。本当だったらもう少し大きいのを選びたかったが、今は財布事情が芳しくないため、ぜいたくは出来ない。

 

それぞれの品を手に取りおもむろに食べだす私たちを尻目に、何故かモルガナがぼやく。

 

「一大作戦の前に食う飯がハンバーガーかよ」

 

「別にいいだろ。最後の晩餐じゃあるまいし」

 

「そうそう。こういう時こそ自然体でってよく言うじゃん」

 

「で、ワガハイの分は?」

 

「あるわけない」

 

「そもそも猫じゃ食えねーだろ」

 

「猫じゃねーし!ポテトぐらいなら食えるし」

 

じゃれているだけだった。

 

私は一本、短めのポテトをつまみモルガナの顔の前に差し出してみた。匂いを嗅ぎブツを確認する姿はまんまただのネコである。

 

「あちっ」

 

猫舌なんだな。

 

「猫舌なだけで猫じゃねーんだって」

 

「はいはい。あんまり騒ぐとバレちゃうよ」

 

「あ、アン殿…ワガハイのためにふーふーしてくれ…」

 

「はぁ?」

 

「俺でいいなら」

 

「レンじゃなくて!」

 

「ん?俺はやんねーぞ?」

 

「リュージはもっといらねー!」

 

…だんだんとくだらない話が盛り上がっていき、モルガナの声も大きくなっていったが、幸い店内はBGMが流れていて周りの客もこっちに気を留めている様子は無い。普通に考えて、飲食店にネコもちこむのはバレたらまずいと思うんだけど…。

 

「もうツマキでもいい!ワガハイにもくれ!」

 

「残しとくから、後であげるよ」

 

「おお!太っ腹だな!」

 

なんて思いつつ、しばしこの談笑の場に流れるぬるい空気を私も堪能していた。こんな風に、同年代の人間とくだらないやりとりをするのは随分久しぶりな気がする。

 

私の嫌いな無駄な時間のはずなのに、どうしてか今は純粋に楽しいと思えていた。

 

やっぱり、ここにいるみんなは“特別”なんだろうか…?

 

 

翌日~4月22日 金曜日予告日

 

 

 

「色欲」のクソ野郎

鴨志田卓殿。

 

抵抗できない生徒に歪んだ欲望をぶつける、

 

お前のクソさ加減はわかっている。

 

だから俺たちは、お前の歪んだ欲望を盗って、

 

お前に罪を告白させることにした。

 

明日やってやるから覚悟してなさい。

心の怪盗団より

 

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…どーよ!?」

 

「びみょー」

 

眠目をこすりながら今日も今日とて登校してみると、玄関からすぐ近くの掲示板にでかでかと張り出された予告状の数々が目に飛び込んできた。

 

雨宮、モルガナと、たまたま一緒になった高巻さんと私たち一行はそれに目が釘付けになりながらも、目立たないよう少し離れたところに集まり、掲示板に群がる人々を観察していたところに、坂本が合流してきた。

 

「ケッコーイケてる気がしてんだけどな…」

 

「伝えたいことは分かるけど、なんか頭悪い子が背伸びしてるみたい」

 

「ぼろくそかよ…」

 

夜なべして考えたであろう文面は確かに、高巻さんの言う通りの印象を受ける。まぁ、私たちは書いたのが誰か分かってるから、余計にそう見えるんだろうけど。

 

坂本が肩を落としている間にも、次々と掲示板に興味を示した生徒たちが集まってきている。いかにも悪戯然とした所業だし、心を盗むだなんて話、誰も本気で気に留めはしないだろう。

 

心当たりのある本人以外は。

 

「誰の仕業だ!?」

 

突然、蜘蛛の子を散らすように生徒たちが一斉に教室へと逃げ帰っていく。怒鳴り散らしているのは件の鴨志田せんせーだ。

 

乱暴に予告状を剥がしながら、それを眺めていた私たちの存在に気が付いた鴨志田は大股でこちらに歩いてくる。

 

「お前らか!」

 

「さぁな」

 

四角い顔を真っ赤にたぎらせた鴨志田に、雨宮は毅然と吐き捨てた。鴨志田は顔をしかめ、捨て台詞を吐きながら職員室の方へと帰っていった。

 

「…今日ならいけんだよね?モルガナ」

 

「今日ならじゃねぇ。今日()()だ」

 

「じゃあ放課後…いつもの場所で」

 

 

 

 

私は見送った。

 

彼らの決意を確認して、送り出した。

 

いや…。

 

正確には取り残された。みんなと同じ力を持たない私は、向こうに行っても危険が増すだけ。そう自分にも言い聞かせた。だけど、やっぱり待つだけなのは性に合わない。それに、私だってあの世界の敵に対抗する力はあった。

 

ブレザーの内ポケットに手を滑り込ませる。

 

もし、彼らの身に何かあれば私は一生後悔するだろう。何かできたかも知れないのに、何もせず立ち止まっていたからこうなったのだと。

 

何かできるはずだ。足手まといには決してならない自信が私にはある。

 

何故なら。

 

「っ…」

 

校門の前、ただ何もせず立ち尽くす私の脳裏に、どこかの光景がよぎった。

 

広くて、明るくて、たくさんの、花が咲いている場所。金色のその花は、上から差し込む太陽の光に照らされて、黄金色の輝きを放っている。

 

なつかしさを感じた。

 

同時に、恐れも。

 

握る刃の鋭さを感じながら、あの城に初めて迷い込んでからずっとつっかかっていた胸のもやを探り当てようと、神経を研ぎ澄ます。

 

あの日から、あるいはそれより少し前から、私はなにかおかしかった。たまに、自分の事を遠くにいる知らない人間かの様に思えることがある。

 

しかしそれはすぐに違うと分かって、意識がはっきりして終わる。

 

これは自分だ。

 

ピリッとした痛みが頭に走り俯いていると、今度は別の光景が脳裏によぎる。

 

“自分”が、“何か”を、“殺している”ところだった。

 

殺した何かは、“ナイフ”が触れた場所から塵になっていき、やがてなにも残らなくなる。まるでRPGに出てくる雑魚キャラのように、はじめから何事も無かったの様に。

 

目の前が、自分の手が赤く染まっていく。体の内側に、タマシイに、力が宿っていくのを感じる。殺すたび、わたしはつよく、はっきりとした存在になっていく。

 

…なんだ?

 

記憶…なのか、それとも別の…。

 

殺す?

 

違う。

 

違ったはずだ。

 

今の自分は、そうじゃない。世界にとっての悪ではない。私は私の意志で動き、誰かのために自分を犠牲にすることだってできるはずだ。それも、前とは違う形で。

 

そう決意し、やはり雨宮達をなんとかして追おうとした時、頭の中に声が響いた。

 

『それでいい』

 

だれだ?

 

『わたしはChara。お前自身』

 

頭の中に直接響くようなその声は、若干違って聞こえるものの、確かに自分自身の声だと脳は認知した。今よりも少し幼かったころの、声。

 

ほんとうに、Chara?

 

()()

 

『知っていたはずだ』

 

確かにそうだ。

 

知っていた。

 

気付いていた。

 

わたしはCharaであり、そして世界とは無数に存在するものなのだと。

 

『昔、お前とつながった時思った』

 

そう。昔Charaとつながった時…。U()n()d()e()r() ()t()a()l()e()というゲームをプレイしたその時、思ったんだった。

 

()()は自分だと。

 

Under taleの中で、私とChara…たったふたりだけが残ったことがある。その時Charaは“EXP”を最大まで吸収し第四の壁を越えることができた。だから、ゲームをプレイしていた私自身に、語り掛けることすら可能としていた。

 

それはゲームの演出に過ぎない。用意された演出だったとしても、あの瞬間にふたりは正しくつながっていたし対話もしていた。

 

そして言葉を交わすうちに、確信した。

 

やはりこれは自分だと。

 

鏡を見たときと同じ感覚。写真に写った自分を見たときと同じ感覚。

 

それが、ゲームの中のCharaを見た時、どうしようもなく心の中に溢れてきていた。だから私は気づいたんだ。

 

もしかしたら、自分の住んでいるこの世界が、“現実”ではないかもしれないことに。自分の世界もまた同じように、外に居る誰かによって見られているんじゃないか?そう思えた。

 

それを立証する手立ては当時は無かった。私を取り囲んでいたのはなんのフィクション性もないつまらない世界だったから。

 

でも今、こうして『世界の中心』に立ち合えている。あの城に迷い込んだとき、“ここ”だと確信した。退かなかったのも、雨宮達に接触を図ったのも、全てはあの時の気付きを確信に変えたかったから。そうすることで、今のつまらない人生を変えることが、できるかもしれなかったから。

 

失った生きる意味も、あわよくば見つかるかもしれなかったから。

 

Chara…君がここにいるってことは、そういうことなんだね。

 

『ようやく気が付いてくれた。さぁ、取引をしよう』

 

取引って、具体的には。

 

『やってみれば、“全部”わかるよ』

 

 

 

 

変わって見せよう。

 

 

意識がはっきりしてきた。ゆっくりと顔を上げると、まだ私は校門前に立ち尽くしていた。

 

長い夢を見ていた気がする。時計を見ても最後にみた時刻から数分しか経っていない。にも拘わらず精神的な負担は大きく、かなり疲弊しているのを感じる。視界はぐらつき吐き気が収まらない。

 

それも当然なのかもしれない。

 

今、私の中にはもう一人のわたしがいる。

 

そして、その双方の記憶や精神がまだ完全に混ざり切っていない。今はまだ、自分の意識、記憶であると認識していながら、それがまるで他人事のように遠く思える。

 

取引とは契約。もう一人の自分、ペルソナとの邂逅。

 

ようやく本当の自分を取り戻せたような気分だ。

 

Charaは既にこちらの世界のことを知っていた。私がCharaの世界を知っていたのと同じように。

 

向こうの世界はアンダーテール。こちらの世界は、ペルソナ5。

 

雨宮たちは心の怪盗として一年間を過ごし、神への反逆や世直しを成し遂げる。その結末も道中も、全ての知識と記憶が脳みそに溶け込んでいく。

 

そして今、Charaと記憶を共有することになった今、知識だけじゃないその力も全てが私と一つになっていく。

 

自分を正しく認知できた今、妻木綺羅としての私と、Charaとしてのわたし、二人のキャラの決意が、心に。

 

タマシイに、結合した。

 

しばらく気分が落ち着くまで待ち、ふとスマホを見ると、ちょうどよく何かのアプリがインストールされているところだった。

 

赤と黒のツートンカラーで構成された目のようなアイコンのアプリ。確か、雨宮達は潜入するのにこれを使っていたはず。でも、どうしてこんなタイミングで私の元に?

 

 

目を開ければ、そこは何度か見た城門だった。見慣れた光景ではあるものの、やはり以前とは決定的に違う。予告上の効果か、パレス全体に張り詰めた空気が満ちていて、少しでも動けば刺されそうな雰囲気だ。

 

警戒しながらナイフを取り出し、一歩、跳ね橋から城の敷地へ足を踏み入れた。

 

その瞬間、足元から()()炎が立ち昇り自分の姿が一瞬にして変わった。雨宮達と同じだ。

 

同じでないのは、炎の色が青ではなく赤だったこと。この世界への知識はほとんど持ち合わせているわたしにいわせれば、これは敵性を持つものの証拠だ。

 

世界を渡っても、私という存在が厄介者であることには変わりないらしい。

 

「別にいいよ。変えて見せる」

 

私にだって、誰かを助けることぐらいはできる。

 

おもむろに自分の顔に手を当てると、ひんやりとした感触が真紅の手袋越しに伝わってくる。形状的に、雨宮…ジョーカーのものと同じだろう。

 

見渡し城の敷地に在ったデカい噴水の水面を覗き込んでみると、それは確かにジョーカーのものと同じ形…だけど、地の色は黒で目の周りにある模様は赤に変わっていた。

 

そして服装は、これまたジョーカーのものをイメージしたような印象にまとまっていた。わたしの中にあった反逆の意志のイメージが、ジョーカーそのものだったことが影響しているのかもしれない。

 

灰のシャツに黒のパーカーとショートパンツ。ぴったりと足全体を覆う黒のタイツと、ショートブーツ。闇に紛れて動くにはもってこいだ。

 

意外と悪くないなと感傷に浸るのは一瞬。私は記憶を頼りに、オタカラのある場所まで一気に駆け抜けた。

 

記憶では、そこで鴨志田のシャドウに見つかって戦闘になる。皆ならなんとかしてくれてると信じたいけど、先ほどからどうしても胸のざわつきが収まらない。直接この目で無事を確かめたい。

 

「おい待て!貴様、止まれっ!」

 

敵に見つかるのもお構いなしに、真正面切って最短ルートで駆け抜ける。こんな鈍重な奴らに捕らえられるわけもないが、ここで少し力を試してみるのも悪くはない。

 

仮面に軽く触れ、自分の中のもう一人の自分の姿を、強くイメージする。

 

まだ幼かったころの自分。

 

心に澄み切った憎悪を溜め込んだ子どもだったころの自分の姿を。

 

「キャラ」

 

小さくつぶやき、仮面を取りはらう。

 

瞬間、目の前を赤い閃光が瞬いた。

 

金色の鎧を着た隊長格のシャドウは、声も上げずに黒い霧となって霧散していった。

 

召喚は問題ない。試したいことはまだある。

 

もう一度、同じように召喚のイメージを強く練る。そしてそれを、今度は自分の体の中に呼び覚ます。

 

自分の周囲に耳障りな音と共にノイズが走り、何もない虚空にブレが生じた。ここに在るべきものでは無いものが、無理やりに存在していることの表れなのかもしれない。

 

こうしている間は凄く気分がいい。身体の内から煮えたぎるような力が湧いてくるのが分かる。Charaが厳密にはペルソナとは違う存在であることが作用しているのか、今私自身とCharaの肉体を完全に融合させることが出来ている。心は常に同一であり、存在自体も全く同じ。そんな二つの人間のタマシイが一つになって、この妻木綺羅の体の中には二人分のCharaの力が内包されている。

 

純粋な身体能力も増すこの状態では、特にデメリットもなく素早く動き回れる。あふれ出る殺気は消せそうにないので、隠密行動時は控えるべきなのは明白だが。

 

試し切りは済ませた。もうここからは一直線に頂上を目指すのみ。

 

時折上の方から振動と何かが衝突するような音が断続的に聞こえきて、その度にパラパラと城壁の一部が零れ落ちてくる。

 

急いだほうがいいかもしれない。

 

仮面の内に焦りをにじませ、全速力で頂上へと続く螺旋階段を駆け上がる私の背後から、大勢の騎士が猛烈に追いすがってきている。

 

止まったペンデュラムのつり橋の上を走り抜け、細い道を通るために一直線に並んだシャドウ達に反転して相対する。

 

「ペルソナ」

 

虚空を握るように眼前で拳を固める。そして一度後ろに振りかぶり、背後に顕現した真紅のナイフを敵に向かって投げ飛ばす。

 

飛ばしたナイフはたった一本。しかし綺麗に一列に並んでしまっていたシャドウ達を屠るにはそれで充分。心臓を貫いたナイフは勢いを落とさず貫通していき、前に立っていたシャドウから順に消滅していった。これで邪魔はいなくなった。

 

多重に聞こえる消滅音に若干のカタルシスを感じつつ、再び踵を返し残り僅かな階段を二段飛ばしで駆けていく。そして、謁見の間への巨大な扉、すでに開け放たれているその先に、私はたどり着いた。

 

この光景の生みの親である鴨志田、そのシャドウが欲望を爆発させて変貌した姿でそこに鎮座していた。

 

そして、それに対峙するみんなはかろうじて二つの足で立っていた。

 

「えっ…妻木さん!?」

 

「パンサー、前!」

 

真っ赤なラバースーツに身を包んだ高巻さん…いや、パンサーがこちらを振り返った。その隙に動きだそうとしたカモシダの動きを捉えた私は駆け出し、パンサーを守れる位置まで行こうとした。

 

「アルセーヌ!」

 

それを援護するかのように、ジョーカーのペルソナであるアルセーヌが翼を翻し呪怨をカモシダのシャドウに浴びせた。若干怯んだ隙に私がパンサーを抱きかかえるようにしてその場から離脱。一瞬のやりとりだったが、さっきまでパンサーが立っていた場所にはカモシダの持つ金色のフォークが突き立てられていた。

 

「今は集中して」

 

「う、うんっ」

 

「フン、虫が一匹増えたか。お前は、もう一人の転校生かぁ?」

 

醜悪な姿へと変貌したカモシダは、値踏みするような視線でじっとりとこちらを眺めまわしてきた。

 

「だったら何」

 

「オイオイ、オマエには()()何もしてないだろ?なんで俺様に歯向かうんだよ?」

 

まだ、とはなんだまだとは。大人しくしてれば私にまで何かしようと企んでたのか?

 

なんでもいいけどとりあえず制裁だ。

 

「いいか?この城は、俺様のものだ!俺様はこの城の、王なんだぞ!?」

 

「いい加減うんざりだぜ…そのふざけたセリフ!」

 

「学校はアンタなんかの城でもないし、アンタは王でもないっ!自分より弱い人を踏みにじって人生すら食い物にするアンタは、サイテーの悪魔よ!」

 

「どいつもこいつも話の分からない馬鹿ばかりだ。いいか?この学校はなぁ、俺様がいて初めて成立してんだ。そのことを分かってるやつが、自分からモーションかけてきてんだ!俺様はなにも悪いことしてねーだろ!?」

 

「話すだけ無駄だ」

 

「ああ…ジョーカーの言う通りだぜ…!さっさとぶっ倒そうぜ!こんな奴!!」

 

「私がやる」

 

一歩、前に出てそう宣言する。

 

睥睨するカモシダの目は私に向いている。おそらく、この場に居るはずのもう一人の存在には気付いていない。狙いは注意を十分に引くこと。それだけだ。

 

「やれるのか?」

 

やや疲弊した様子のジョーカーが、私に向かってそう問いかける。

 

「もちろん」

 

「小娘が…なにを」

 

「ペルソナ」

 

カモシダの言葉を聞き終えぬうちに、再び私は自分の中にCharaの存在を呼び覚ました。地の底から響くような鼓動と共に、視界がぐっと広くなったような錯覚を覚える。それと同時に、底無しの自信と決意が心の内からあふれてくる。

 

雰囲気の変わった私を見て目を見開いているカモシダに向かってゆっくりと歩き出す。

 

一歩。

 

また一歩。

 

着実に終わりが近づいてきているのにも関わらず、その場にいた私以外の奴は誰も身動きが取れなかった。当事者であるカモシダでさえも。

 

「  」

 

足、腹、そして首から頭へと、ゆっくりカモシダの身体を上っていく。

 

「  」

 

私には力がある。全てを始めるための力であり、終わらせる力でもある決意が。

 

でもこれは、もともと自分の力だったわけでは無い。ここではない世界で生まれたわたしに、どこかの世界のクソ野郎が、伝染してきただけのもの。

 

そのはずだったのに、いつしかこれはわたし自身の力として独立していった。それも、こんな最悪な形で。

 

「  」

 

わたしという存在は本来、Undertaleというゲームにだけ存在することがあり得た人間だ。そしてその世界では、ありとあらゆる選択肢が存在していて、その決定権はほぼすべて、そのゲームのプレイヤーに委ねられる。

 

どうやったって、わたし達ゲームの中の存在はその選択に抗えない。

 

そして、プレイヤーの行った、その世界にあるすべての命を消し去るという残虐極まりない行為の末に生まれたのが、わたし。

 

Charaだ。

 

わたしのタマシイに宿るこのケツイは、思ったことを必ず成し遂げるための力。

 

人によって、使い道は異なる。

 

だけどわたしは、その力を暴力の道へと使わざるを得なかった。あの世界で起きたこと、自分が成し得たことについてはできるだけ思い出したくない。

 

友だちも、家族も、みんなわたしの事を悪魔でも見るかのような目で見てくる、あの感覚は。

 

「  」

 

それが嫌で、こうして世界を渡ったのに。

 

結局私は、こうすることでしか存在意義を示せないのか。

 

…。

 

そうじゃない。

 

確かにこの力は、他者を傷つけるためのものだ。

 

でも、その力だって使い道を誤らなければ、私は善人で在れるはずだ。この世界で、この力を、誰かを傷つける目的で使うんじゃなくて。

 

誰かを護るために、この刃を振るうことだってできるはずだ。ここにいる仲間だけじゃない、目の前の本物の悪魔から大勢の人間を救い出すためにも。

 

「  」

 

そのために私は、この力を使う。決して、短絡的な快楽のためなどでは決してなく。

 

でもね。

 

この、自分への敵対者を完全に見下ろせる感覚や、誰かの生殺与奪の権利を自分が握っているこの感覚が…好きなことには変わりない。事実、今カモシダの目に映る私はとてつもなく楽しそうな笑みを浮かべている。

 

それもまた私であると、とっくの昔に認めてはいる。そんなものは誰にだってある感情。他者より優位に立って嬉しいと思う気持ちが、私はほんの少し強いだけ。

 

額の上に辿りつき、ゆっくりとナイフを振り上げる。

 

今、ここには私と、カモシダの、二人しかいない。お互いがお互いだけを認識しているこの場でなら、確実に終わらせることができる。

 

振りかぶったナイフを、振り下ろす。

 

 

 

「やめてっ!!」

 

切っ先がカモシダに触れるよりも先に、聞き覚えのある声が響いて思わず動きを止めた。

 

はっとして見ると、私とカモシダの間に認知存在の杏が立ちはだかっていた。

 

どうして動きを止めたのか、その瞬間は自分でも分からなかった。でも、Charaの記憶によって杏のことをよく知っていた私は、同じ姿をしたその人型をカモシダもろとも斬り捨てることを直感で躊躇ってしまった。

 

そんな隙を見逃すわけもなく、カモシダは急いで体勢を立て直し、もう片方の手に持っていた金のナイフを、認知存在の杏ごと斬り捨てる勢いで私に向かって薙ぎ払ってきた。

 

無論その程度、その場から一歩も動かずに避けることは容易かったのだが、わざわざ助けに入った認知存在は真っ二つに両断されて消滅していった。

 

「ああっ…!俺の、俺様の杏…!!」

 

「誰がアンタのよっ!」

 

背後から強烈な火球とともにパンサーの怒号が飛び、カモシダの肌を焼いた。炎の当たった箇所が黒く爛れているところを見るに確実にダメージはあるものの、なおもカモシダは私に向かって武器を振るう。

 

「よくも俺様の杏をおおおおおっ!」

 

「キャプテン・キッド!」

 

がむしゃらに暴れるカモシダの腕をスカルのペルソナが放った電撃が貫き、しびれからかその手に持っていたナイフを落とした。カモシダはもう片方の腕でなんとか抵抗しようとするも、その刹那吹き抜けになっていた二階から飛び出してくる影があった。

 

カモシダは私に気を取られ、その次には気が動転し目の前のことしか考えられなくなった。

 

そうして、カモシダの力の源であるオタカラ…その頭にかぶった王冠を狙い潜伏していた、モナの存在に気を配れなかった――!

 

「チェックメイトだぁ!!」

 

猫顔負けの超速タックルでカモシダの王冠が遥か遠くへ弾き飛ばされる。

 

「モナナイス!」

 

パンサーの歓喜の声が響き、急激に力の収縮が起きたカモシダはその場に巨体をへたりこませた。戦闘の最中、その隙はあまりにも致命的。そして、()()()の前でその隙をさらしたのはさらに致命的。

 

全員が一気に駆け寄り距離を詰めて包囲する。この陣形から繰り出される攻撃は一つしかない。

 

「き、キサマラ…俺様にこんなことしてただで済むと思うなよ…!?」

 

「負け惜しみより命乞いをしたらどうだ」

 

「っ…!?」

 

「…行くぞっ!!」

 

ジョーカーの号令が轟き、スカル、モナ、パンサーは同時に飛び上がった。そしてカモシダの巨体の周りを飛び跳ねながら、斬り、殴り、撃ち、離脱。その連携を目にもとまらぬ速さで4人同時に繰り出す。一糸乱れぬ総攻撃が、今私の目の前で行われている。

 

全員の攻撃の切れ目、相手の攻撃を避ける時と同じ要領で、緻密な連携の僅かな隙間を見出し、そして走り出す。

 

総攻撃の締め。ジョーカーの一撃がカモシダに直撃したタイミングで入れ替わるように私が間合いに入る。するとジョーカーは咄嗟の機転を利かせて手を貸してくれた。腰のあたりで手を合わせ踏み台の形に。私もそれに応じてありがたく踏み切らせてもらい大きく飛翔。

 

トドメだ。

 

目の前の悪を打ち倒すイメージを右手に込めて、真紅に染まったナイフを額のど真ん中に突き刺す。そのまま捻じるようにして刃先の向きを変え、真横に振りぬく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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抉るような傷口からどす黒い何かを勢いよく吹き出しながら、カモシダはゆっくりと後ろ向きに倒れていった。至近距離で一瞬見えたカモシダの目には、何かの数字が映っていたような気がした。その答えはおそらく知っているものの、イマイチ正確な答えは思い出せずにいた。

 

「あっ…!」

 

「止まれ」

 

そんな私を置いてけぼりに事態は進んでいた。転がった王冠を掴み人間の姿に戻ったカモシダは逃走を図るも、足元にジョーカーが発砲することで足を止める。

 

「む、昔からそうだ。期待という名の押し付けばかり…!」

 

「言い訳かよ…」

 

「でもね、アンタみたいなクズでも、廃人になられたら困る」

 

完全に包囲され八方ふさがりであると認めたカモシダは、オタカラをジョーカーに投げて寄こし、涙を流してうなだれた。過去の鴨志田がどんな人間だったのかは分からない。ただ、オリンピックという世界を相手にする場所で活躍していた事実だけは確かで、その熱意もかつては本物だったはずだ。

 

しかし、人は身に余る力や地位を得たとき簡単に図に乗ってしまう。その典型的な例が、鴨志田卓という男。

 

どうして人はこうなってしまうのか。もし私たちがいなくて鴨志田がまだのさばっている未来の事を考えると、流石に寒気がする。

 

「俺は…これからどうすれば…」

 

「現実に戻って、罪を全て告白しろ。それから先は、自分で考えろ」

 

「…分かった」

 

ジョーカーの言葉に頷き、カモシダのシャドウは光となって消えていった。歪んだ欲望の現身であるシャドウは消え、欲望のみなもとだったオタカラは頂戴した。これで、作戦の目的は達成。

 

ただ、それはつまりこのパレスの源が消え去ったことと同じ。これから始まるのは急速な崩壊だ。ひとつ大きな揺れが起き、それをきっかけに鴨志田の牙城は崩れ落ち始めた。

 

「走るぞ!」

 

急いで来た道を引き返す私たちの背後から、ハリウッド映画さながらに城が崩れ、徐々にその波は追いついてきている。私一人逃げるだけなら問題はないけど。

 

「やばいっやばいって!死ぬー!」

 

私はチラリと後ろを走るスカルに目をやる。

 

…やはり足が思うように動かないようだ。左足の回転がぎこちないし、徐々にスピードも落ちてきている。このままではもつれて転ぶのは時間の問題だ。そう思った次の瞬間には、想像通りというか知識通り、スカルが前のめりに転ぶ。

 

想定の範囲内だった私は急いで反転し手を貸しに向かうと、同じ速度でジョーカーもスカルに走り寄って手を貸していた。

 

「立て!」

 

「エースなんでしょ」

 

「…ったりめーだ!!」

 

「ちょっ来てる来てる!みんな急いで!!」

 

「行けっ!振り返るな!!」

 

「ニャー」

 

 

 

「で」

 

命からがら現実に帰還してきた私たちは、詳しい話はまた後日として早々に解散した。私もわたしで、雨宮と一緒にルブランまで帰ってきて、そして何故か屋根裏で尋問まがいの質問攻めを受けていた。

 

「どうやって入ってきた?なんで服装が変わってた?あの力はなんだ?」

 

「口は一つしかない」

 

「ウニャー!オマエからもなんとか言ってやってくれ!」

 

「本当に口は一つか?」

 

「そうじゃねーだろ!」

 

「まあまあ落ち着いて」

 

「オマエが言うな!…はあ。もうワガハイ一人じゃツッコミの枠が足りんぞ」

 

まあ実際モルガナの疑問も真っ当なものなので、適当に真実と嘘を織り交ぜて話していく。

 

まずはどうやって入ったか。ここはシンプルに、起こったことをそのまま話した。気づいたら入ってました、と。

 

「…まあコイツもリュージ達も、そのアプリはいつの間にか勝手に入ってたしな」

 

で、次に力について。こっちは、実は初めて雨宮達と城で会った時から、同じ日に覚醒していたことにした。でもあの時は、まだ力の覚醒直後だったこともあり、変身が維持されなかった、と。

 

「あの時、シャドウに攻撃が通じたのも」

 

「そうだね」

 

「…」

 

モルガナはまだ疑わし気な空気を漂わせていたものの、雨宮がたしなめてくれたおかげでひとまずはそういうことにしておいてやろうということで話は終結した。

 

「俺たちを助けに来てくれたのは事実だし、攻勢に出るきっかけをくれたのも妻木さんだった」

 

「まぁな。それに、アン殿やリュージのことも、身を挺して庇ってくれたし」

 

「放ってはおけなかったから」

 

「それに関しては…感謝する」

 

「ふふ」

 

「おい、気軽に触るんじゃ……にゃふ」

 

無駄に手入れされているつやつやの毛並みを堪能しながら、なんとか話題をうやむやにすることに成功した。いずれ襤褸が出そうではあるけど、一時しのぎでもこうしておいた方がいい。今私の素性に関して話しても、混乱させるだけで大した成果は出ないだろう。

 

それに、私もすこし休みたい。

 

とはいえ制服のまま寝転がる訳にもいかず。いつも大体こっちで暮らしてるわけだし、わざわざ向こうに着替えを取りに行ったりするのも面倒だ。

 

「こっちにいたほうが色々と楽かな?」

 

「ん?」

 

「ちょっと聞いてくる」

 

階下へ降り、佐倉さんのもとへ。

 

「なんだ?」

 

「少し相談が」

 

「…ちょっと待ってな」

 

そう言うと佐倉さんはわざわざ店の看板を「close」にして、また戻ってきた。

 

「これからなんですけど…もう少し、お世話になりたいと思っていて…」

 

ここは少ししおらしく下手に出て、同情を誘うべき。

 

「かまわねぇよ。どうせ色々持て余してるしな…」

 

「ありがとうございます。それで、もう一つお願いがあって」

 

「ん?」

 

「私の部屋、ここの二階でいいですか?」

 

「…」

 

「…」

 

「…なんで?」

 

 

 

 

十日後~5月2日 月曜日

 

『秀尽学園教師、元オリンピック選手。鴨志田卓容疑者。生徒への体罰、セクハラ等問題行動を自白』

 

どこもかしこも、同じ内容の速報であふれかえっている。私たちは屋上で集まり、スマホ片手にニュース記事やSNSを漁っていた。

 

「マジで“改心”だったな」

 

放課後の夕陽を見上げながら、坂本が感慨深そうにそうこぼし、みんなそれに同意した。さすがにあれほどの変わりようともなると、少しぐらい驚きもする。

 

鴨志田はあの作戦から今日まで、ずっと自宅謹慎を貫いていた。誰にも事情は話さず、ただ懺悔の言葉をつぶやきながら部屋に引きこもっていたらしい。それを聞いたときは、もしや上手くいっていないのかと心配にもなりかけたが…結果はこの通り。

 

今日の全校集会の場で、鴨志田は自身の罪を全て告白した。その後警察に自首をし、現在事情聴取中である。

 

「つか、よかったじゃん。お前の汚名もバンカイできたし」

 

「私のは別にいいよ。あと汚名は返上ね」

 

「似たようなモンだろ」

 

「雨宮君の噂は…まぁなくなりはしないけど、少しはマシになったんじゃない?」

 

「かもしれない」

 

鴨志田が全てを告白したことで、杏が鴨志田に媚びを売っていたみたいな噂は誤解と知れてその件は解消したように思える。実際何人かの女生徒が、無責任な噂を流してごめんと謝罪にも来ていた。

 

一方坂本や雨宮だけど、こっちはあんまり前と居心地は変わらなさそうだ。坂本はそもそもの素行が問題ではみ出てるだけだし、雨宮にマエがあるという噂を流させたのは鴨志田だけど、それ自体は事実であることも知れているわけで、未だに学校を歩くだけで異様な視線を浴びている。

 

そして、最近気づいたがそんな連中と転入早々つるんでいる私のほうにも、何やら飛び火していそうな雰囲気だった。そもそもかかわりは無いから、どうだっていいんだけど。

 

ふと、杏のスマホが鳴り視線が下ろされる。画面をのぞき込んだ杏は一瞬不安そうな表情を浮かべたものの、次の瞬間にはどっと安心したような笑顔に変わった。

 

「志帆、意識戻ったって!」

 

「マジか!」

 

志帆というのは、先月飛び降りたバレー部員のこと。杏の親友だ。あの日からずっと意識不明の重体だったようだが、今日やっと意識を取り戻せたらしい。

 

「よかった…っ」

 

泣きそうになりながら笑う杏を見て、私たちは目を見合わせて少し笑う。

 

坂本は嬉しそうに鼻の下をこすり、机の上に置かれた“金メダル”を手に取った。これは鴨志田のオタカラを現実に持ち帰った時に姿を変えたもの。要するに、これがきっかけで歪んだ欲望が産まれてしまったわけだ。

 

「うし!これで心配事はなくなったな!打ち上げでもしよーぜ!」

 

「賛成だ!ワガハイ寿司が良い!」

 

「…うん。そうしよ!金メダルっていくらで売れるのかな?」

 

「売るのか?」

 

「え。だってこんな物いつまでも置いてたくなくない?」

 

「…それもそうだな」

 

雨宮は何故か残念そうに、渋々納得した。思い出の品はずっと取っておくタイプだろうか。

 

「あ、じゃあ私行きたいところあるんだけど。前から気になってて、志保といつか行こうかって言ってた場所」

 

「アン殿のチョイスなら、ワガハイどこでもいいぜ!」

 

「杏に任せる」

 

「OK!絶対満足できるから!()()もそれでいいっ?」

 

「いいよ」

 

「なんで俺には聞かねーんだよ」

 

「竜司は貸しがあるからね」

 

「貸し?」

 

「中学んときの修学りょこ…」

 

「あ、あー!ストップ!!」

 

「お?なんだなんだ?リュージの恥ずかしエピソードか?」

 

「なんでもねーよ!」

 

 

「で」

 

つい最近も同じような入りがあった気がするなと思い出しながら、足を組み無理やり延長コードで充電器につないだスマホを弄り続ける。

 

「なんでそこにいる」

 

「なんとなく」

 

「ソファあるだろう」

 

仰向けに寝転がる雨宮のベッドに腰かけながら、空返事を返し続ける。元々せまくて寝返りも満足にうてないようなベッドなんだから、今更私みたいな細い人間が座ったところで大して変わりはしない。

 

そんなことより、と雨宮にスマホの画面を突きつける。

 

怪チャンという、とあるクラスメイトが作った私たちについての非公式ウェブサイトだ。まだ機能は多くないけど、これからどんどん拡張する予定らしい。

 

「怪チャンか」

 

「うん。掲示板があるんだけどさ」

 

「…『よくやった』、『怪盗万歳』。意外と肯定的なのか?」

 

「こんな意見はごくわずかだけどね。ほとんどは懐疑的だよ。鴨志田の心変わりの理由は、世間からしたら完全に不明だから当然だけど」

 

「ふむ」

 

当たり前といえば、最近私は佐倉さんの家の空き部屋ではなくルブランの屋根裏で過ごすことが多くなっている。というのも自分から佐倉さんに、「こっちの部屋で過ごしたい」と直談判した結果なんだけど。

 

それを言った途端何故か雨宮がとばっちりで叱られていたのは面白かったけど、少し悪いことをした。“最近の若いのはお盛ん”だなんだと見当はずれの偏見を食らったのは、多分私だけじゃなくて雨宮の方もだろうから…。まぁ、そうなって困ってるのを見るのが楽しいのも事実ではある。

 

とはいえ真の目的は雨宮を困らせることではなく、活動の拠点をこちらに置いていた方が何かと都合がいいからだ。お互いにあの世界での出来事を知っている仲…あまり大声では話せないこともここでなら話せる。

 

テーブルの上に無造作に置かれた出来の良い金メダル。認知世界産のニセモノとはいえ、材料だけは実際の金メダルに使われているものと同じみたいだ。

 

「三万ぐらい」

 

「ふうん。意外と少ない…」

 

「確かに」

 

換金額を調べていた雨宮は意外と安かった金メダルの値段に少しテンションを下げていた。まぁこのへんはゲームでも知っていたけど、ここであえてそんな反応をする意味はないため知らなかったという風を装っておく。…まだモルガナは私の事について若干疑いの視線を向けてくる。それも、当然のことだとは思う。

 

だから少しでも正直ではありたいものの、“目的”のためにはまだすべてを明かすわけにはいかない。ただでさえ外の連中には悪目立ちしてるんだ。できるだけリスクは排除すべきであり、仲間の信用は崩したくない。

 

常備しているお気に入りのナイフも目の前で見せることは極力避けるし、上着を脱ぐようなこともしない。情報は自分以外には、極力流さない。それ自体はそこまで気を張る行為でもないし、別に問題ないだろう。しばらくは、この物語の中心に溶け込んで根回しすることに専念しよう。

 

まずはなにより、身内の信頼を得なければならない。

 

 

 

三日後~5月5日 木曜日

 

連休最後のこどもの日。私たちは金メダルを換金して手に入った資金を手に、杏おすすめのホテルビュッフェに足を運んでいた。ここもゲーム通り、周りは風格のありそうな大人ばかりで、自分たちのような学生の集まりはやや浮いていた。

 

「なんか、ひょっとしてうちら場違い?」

 

「気にすんなよ。ちゃんと金は払ってんだ」

 

怪訝な周囲の目を今更彼らが気にするわけもなく、最初こそ気圧されていた杏もすぐに大皿片手にスイーツメニューを漁りまわっていた。

 

私と雨宮は席に残り、坂本と杏が自分たちの分も取ってきてくれるのを待つ。これから先に起こることを想像してなんとなく気分が落ち込むわけだが、別に…まずいわけではないだろうし…。

 

「またあのグロ皿を見る羽目になるのか…」

 

「モルガナ」

 

「…やべっ」

 

しんなりしながら頭を出すモルガナをぴしゃりとカバンの中に押し返す。こんなところで猫が見つかったら速攻締め出されるに決まってるだろうに、不用意に顔を出すんじゃないよまったく。雨宮は雨宮で、マイペースに前菜を楽しんでいる。…メインより楽しそうに食べるな。

 

「野菜は好きだ」

 

「私だって嫌いではないけど」

 

そう言いながら雨宮の前に置かれたレタスやパプリカなどの野菜の横にソースの置かれたサラダを一つまみ頂く。

 

「美味いだろ」

「確かに」

 

 

「お前らどんだけそれ食うんだよ!」

 

「美味いぞ」

 

「これは美味しい」

 

「ここに来てほぼ生野菜しか食ってねぇ…。ワガハイオマエラの味覚を疑うぜ…」

 

なんだか知らんがこのソースがとても美味しくてひたすらに野菜を貪り食っていると、隣でひたすらステーキばかりを貪っていた坂本から場も状況も弁えない清々しいツッコミが飛び込んできた。モルガナも何やらごちているが、一つかじらせてやるとすぐに黙った。どうだ。

 

「あんたらもうちょっとバランスよく食べなさいよ。あ、わたしのはいいからね」

 

「杏も杏で大概だろ。ケーキしか食ってねえじゃん」

 

「何種類あると思ってんの?このペースでいかないと食べきれないって」

 

「全部食う気かよ!?」

 

…やれやれ。せっかくビュッフェに来たというのに、各々一種類ずつしか料理(?)を食べていない。これは流石にセンスがないと言われても仕方がないな。

 

「行こうぜレン。こいつらのチョイスにはセレブさが足りないからな!」

 

そうモルガナにせっつかれ、雨宮は席を立って料理を取りに行った。私としては割ともう満足だし新しい料理を取りに行く理由が全く見つからなかったのだが、せっかくプロの料理がここまでずらりと並んでいるのだから、腹ごなしついでに色々と見て回ることにした。

 

その間すれ違う人々は風体も綺麗な、いかにも上級階層といった人間だらけ。そんな厳格な雰囲気を漂わせる彼らからも、時折秀尽や怪盗と言ったフレーズが耳に入ってくる。そのどれもが小馬鹿にしたような冗談めいた言葉ではあったけれど。

 

「それもとっとけ。その赤いヤツ」

 

肩のカバンからネコの頭をちらつかせながら、指示通りにひたすら料理を盛り続ける雨宮を発見。どう考えても、今テーブルにある奴とあわせて食べきるにはかなり苦労しそうな量だが、手伝わされても面倒だしそろそろ止めておこうか。

 

「カルパッチョも頼む!あ、タイのやつな!」

 

「…」

 

アンドロイド紛いな雨宮の動きは無駄なくモルガナの指示をなぞっている。本当に自分が食べたいものはよそえているのだろうか。

 

「雨宮」

 

「どうした?」

 

「その辺にしといたほうが」

 

「レン!ステーキがまだだったな!あっちだ!」

 

 

結局、大量によそってきてしまった料理をコース時間内に食べきるための命がけのレースが始まってしまった。

 

坂本とモルガナは途中脱落。仕方なく残りを私が食べ終わるまで、ついぞ付き添った雨宮と坂本たちはトイレから帰ってくることはなかった。

 

回転寿司店でならよく見る積み上げられた十数個の皿(大きさは4倍ぐらいある)をテーブルに聳え立たせ勝利の余韻に浸っていると、隣ではまだ杏が高級ホテル珠玉のスイーツをゆっくり堪能していた。見たところ柑橘系のソースのかかったパフェみたいだ。

 

「あ、綺羅。これ食べる?食後のデザート!」

 

「いいの?」

 

「いいのいいの!」

 

それならありがたくと、杏の前に並び立つケーキの中からチョコフレーバーそうなものを貰って胃を落ち着けることにした。一口食してみると、なるほど確かに市販のものとは味も香りも別物であると分かる。

 

…ふと、視線を感じて顔を上げる。すると何故か、杏が驚いたように私の目を覗き込んでいた。

 

「綺羅のそんな顔、初めてみた」

 

「顔?」

 

「なんか意外」

 

「どういう意味?」

 

「ごめんごめん。なんか、綺羅って雨宮君と似てクールじゃん?あんまり感情を表に出さないっていうか」

 

「まぁそれは自覚してる」

 

「でしょ?でもさっきの綺羅の顔、すっごい可愛かったよ!もうただのスイーツ女子って感じ!」

 

かわいい。スイーツ女子。

 

「あ、今はちょっと怖い顔になってるケド」

 

「……」

 

「…あはは」

 

「………」

 

「ちょっと、黙んないでよ。え、もしかして怒ってる?」

 

無言で圧をかけて遊んでいると、次第に杏の表情が真剣に曇り始めたので思わず吹き出してしまった。いたずらだったと分かると杏は本気で安心したように胸をなでおろす。

 

「もー!」

 

「ごめん」

 

ほどほどにはしているが、私はどんな形であれ人をからかうのが好きである。そして、からかわれるのはちょっとムカつく。

 

一応気を付けてはいるし頻繁にやるわけじゃないから、最近はこれが原因でトラブルになったりは全くない。最近は。

 

「でもやっぱり意外だよ。ケーキ好きなの?」

 

「ケーキじゃなくて、チョコが好き。チョコ味でもいいけど」

 

他愛もない、女子高生みたいな会話を弾ませていると、未だに顔色の悪い二人と一匹がフラフラしながらトイレから戻ってきた。出発から今まで、約二十分の激闘だったらしい。そして何故か、行く前は普通だった雨宮の顔色が何故か今は悪くなっている。後からくるタイプだったか。

 

「ったく」

 

「ん?どうかしたの竜司」

 

「別に、いつも通りクソな大人に出くわして気分悪くなっただけだよ。な、レンレン」

 

「いちいち腹たてるなって」

 

「でも、許せねぇんだよ!ああいう大人!」

 

「ちょっと、こんなところで熱くなんないでよ。人目あるんだから…」

 

立ち上がったままだった坂本はばつが悪そうに腰を下ろし、少し声のトーンを落として続けた。

 

「でもよ。本当にできるんじゃねぇか?俺たちならさ」

 

「できるって?」

 

「鴨志田みたいなクソ野郎を、みんなまとめて改心させちまうんだよ。そうすりゃ、俺たちみたいな奴にも勇気やれるだろ?ほら、お前らも知ってるだろ。“怪盗お願いチャンネル”」

 

つまり坂本はこう言いたいらしい。“力”を使って、自分たちやバレー部員のように、社会の理不尽に苦しむ人々を救うことができるんじゃないか、と。

 

杏は賛成よりの態度で、モルガナは勿論大肯定だ。もちろん危険も伴う。それを承知で、人助けをするのか。

 

「みんなと一緒なら、俺も賛成だ」

 

「よっしゃさっすがレンレンー!そう言ってくれると思ってたぜ!」

 

「綺羅はどうする?またあのシャドウと戦うことになるんだし、無理してやらなくても良いと思うよ?実際、わたしもちょっとそこは不安だし…」

 

みんなの視線が私に集まる。

 

確かに、今回の事件で一番かかわりが薄かったにも関わらず最後まで付き合ったのが私だ。みんなからすれば、そこまでこの怪盗行為を続ける理由は無いように見えるだろう。でも実際は違う。本当は誰よりも、この力を、繋がりを必要としている。

 

「一緒にやるよ。私も」

 

「おっし!決まりだな!」

 

「ホントに、無茶しないでいいからね?」

 

「してないよ。それに見たでしょ?私、戦うのセンスあると思うんだよね」

 

「確かに凄かった」

 

「あ、でもリーダーは雨宮に任せるよ。指揮とか向いてないし」

 

「はいはーいさんせー!」

 

「わたしも、雨宮君なら安心かな!」

 

「ワガハイを差し置いて…ってのはあるが、まぁいいだろう」

 

どうやら話はまとまったらしい。

 

これから、ここに居るこのメンバーで怪盗行為を続けていくことになった。まだ手探りの段階ではあるものの、この先の知識はわたしが有している以上大きな事故はまず起きないだろう。

 

意気揚々とこれからの話について花を咲かせていたみんなだけど、ふとしたタイミングで話題は急転換することになる。

 

学校の屋上が例の事件によって使用禁止になった今活動の拠点をどこにするか、という話になった時、各家の自室が候補に挙がってしまった。

 

そうなると私の事情も話題に上がる訳で。

 

家出している時点でただ事ではないと、みんななら分かっているだろう。ただ、それだけの話である以上軽々しく話すのは憚られる。

 

だから私は適当にはぐらかして、色々あったと皆には詳しいことを話すのは止めた。いつかはちゃんと話すつもりだ。そう遠くないうちに。

 

「あ、じゃあ怪盗団の名前とか決めね?前はなんとなく、心の怪盗団だったけど、予告状に名前入れたらかっこよくね?」

 

「いいね!ピンクダイモンズとか」

 

「草野球かよ」

 

「アマダイのポワレ・シャンピニオンソース…とかどうだ?」

 

「あま……なんだって?」

 

「さっき食った奴だ。メモリアルだろ?」

 

「あほか!」

 

やや重苦しい空気になりかけたもののすぐに持ちなおし、話題は怪盗団のネーミングへ移る。

 

「もう、お前決めてくれ…」

 

メンバーにネーミングセンスが圧倒的に欠けているせいで全てを丸投げされた雨宮は数分悩み、やがて『ザ・ファントム』という名前を提示した。反対意見は特に出ず、これでいよいよ怪盗団の本格的な活動が始まることとなった。

 

若干の謎と心残りを残して、私たちはこの日初めの一歩を踏み出した。

 

怪盗と学生の二重生活。

 

全てを欺き、奪い、抗うための一歩だ。

 

私は自身の計画を胸に思い描きながら、これから起きることへの期待をこめて…“決意”を抱いた。

 

 

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