PERSONA5:The・Determination   作:Ganko

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dummy


Codename:Fox

5月19日 木曜日 マダラメパレス

 

あの日から開始した怪盗団としての初仕事。放課後にみんなで集まって、隠されたオタカラを奪うためにパレスの攻略を行う。その途中には案の定、ゲームと同じ赤外線センサーで守られた中庭があった。

 

先へ進むにはここを通らねばならない。

 

「突っ切ってみようか」

 

「ダメに決まってんだろ!」

 

ちょっとしたお茶目で口にした冗談を真に受けられ、モナ渾身のハリセンが後頭部に命中した。清々しい音ががらんとした中庭に響き渡る。

 

「冗談だよ…」

 

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」

 

「スカルにそう言われるとは」

 

全くもって心外である。

 

「だけど実際どうすんのこれ?ここに来るまでに、セキュリティを解除できそうなとこなんてあったっけ?」

 

「いや…セキュリティを操作できる場所は、守られている側に無いとおかしい」

 

「ジョーカーの言う通りだろうな」

 

「んじゃどうすんだよ?」

 

「やっぱり突っ切るしか」

 

再び、静寂で満ちた中庭に乾いた音が響く。二回。

 

「コイツはほっといて…。ここで、認知世界の応用知識をオマエラに教えてやる」

 

追撃の構えをとるスカルとパンサーを手で制止しつつ、近くの台座の上に乗っかったモルガナ大先生の講義に耳を傾ける。

 

「認知世界の作りや見た目は、元となった人間の思考が影響していることは鴨志田の件で学んだだろ?」

 

「学校が城になったり、体育館が聖堂になってたりってことだよね」

 

「その通り。それが今回の場合、有り得ないぐらい厳重に守られた場所がパレスに出てきた。これはつまりどういうことだと思う?」

 

「…現実で斑目が、見せたくないと思っている場所とかか?」

 

「うむ。スカルも大分理解してきたな。だがもう一歩踏み込むと…」

 

「現実のあばら家に見せたくない場所があって、そこは厳重に閉じられている」

 

「正解だ!さすがはジョーカー」

 

「なるほどね。じゃあ、現実のあばら家の方でここと連動してる場所があるってこと?」

 

「おそらくは。だがただ開けるだけじゃ意味が無い。開いたところを、斑目本人が見る必要がある。“絶対に開かない”という認知を、変えてやるのさ」

 

「それ結構むずくね?閉じてんだとしたら、本人に鍵でも持ってきてもらわねぇと…盗むわけにもいかねぇし」

 

「鍵は必要ない。ワガハイのテクがあれば、針金1本で余裕だ!…まぁ、多少は時間かかるが」

 

「それじゃ、私がモデルの件であばら家に上がり込んで、その隙にモナが開ける?」

 

「今まさにそれを言おうとしていた所だ!頼めるか?」

 

「いいよ。上手くやる」

 

ゲームではパンサーが引き受けた役回りを、私が担うことになった。大きな違いは生まれないだろうからこれでいい。というかむしろ、元の通り喜多川をこっちへ引き連れてこれるか不確かだし、私がやった方がいいだろう。

 

決行は明日。何も問題なく進めばいいが。

 

 

翌日…5月20日 金曜日 放課後…

 

『作戦の概要はこうだ』

 

放課後…マダラメパレスのセキュリティを突破する作戦を開始するため、私は喜多川の住むあばら家まで足を運んでいた。

 

インターホンを押して喜多川が出てくるまでの間、作戦の流れを思い出す。

 

『まず、ツマキがモデルの件を使ってあばら家に上がり込む。その時、バッグに忍び込んでいたワガハイも、一緒に中に入る』

 

急な話だったのにも関わらず、今日ならモデルを受けられるとメッセージを送れば秒で承諾してくれた。そんな喜多川が古びたドアから顔を出し、私を中に招き入れる。

 

『中に入ったら、気付かれないようにいいタイミングでワガハイが抜け出す』

 

「今日は来てくれてありがとう。今日は先生が戻られる日だから、あまり長くは出来ないが」

 

むしろ、そっちの方が都合がいい。内心ほっとしつつ、喜多川の後ろを歩きながら通学カバンのチャックをそっと開ける。

 

カバンが軽くなったのを確認してそう長く経たないうちに、作業部屋まで辿り着く。

 

『あのパレスで見つけたセキュリティと連動してそうな場所をワガハイが見つけて開ける用意ができるまで、ツマキには普通にモデルを引き受けてもらう』

 

部屋に入り喜多川が画材の用意を始める。適当に用意された椅子に腰掛ける前に、とりあえずブレザーだけは脱いでおく。

 

「寒くないか?ヒーターなら出せるが」

 

「大丈夫」

 

「そうか。なら早速」

 

「その前に、1つだけ」

 

脱いだブレザーを床に置いたカバンの上に被せて、椅子に腰をおろす。

 

「今から見るものに何も言わず、誰にも口外しないと約束してほしい」

 

「…分かった。約束しよう」

 

喜多川は真剣な眼差しで頷いた。

 

まぁ、この男なら大丈夫だろう。そう思い、私は制服を脱いでいった。その間、喜多川の視線は泳ぎつつも絶えず自分に突き刺さっている。

 

サスペンダーを外してスカートを脱ぎ、次にハイネックを脱ぐ。

 

その結果晒されるのは、きっと常人が想像するようなものじゃない。それまで少し遠慮がちだった喜多川の目線が次第に真っ直ぐ向けられるようになっていく。

 

次に脱ぐべきは下着よりも先に、上半身に粗雑に巻き付けてある包帯だ。杏ほど露出の多い格好は滅多に、というか全くしないから気づく人間も居ない。

 

包帯の裏には、無数の変色しきった疵痕。原因はほぼ打撲によるものだが、中には切傷のようになっているものもあって、未だに化膿が治らない箇所もある。

 

その後下着も脱ぎ捨てて完全に裸となってみたものの、流石にかなり気恥しい。

 

さっさと終われと念じつつ、“合図”が来るまでじっと耐える。

 

『用意が出来たら部屋の入口で鈴を鳴らす。少し間を置いてから、キタガワを誘導してくれ。床に目印を置いておくから』

 

『それでいいけど、絶対に扉は開けないでね』

 

『お、おう。当たり前だろ!ワガハイを誰だと思ってる!』

 

喜多川はしばらく私の身体を観察した後、やがて筆を取りキャンバスに何かを描き始めた。作業に入ると喜多川は外界の一切を遮断したようなオーラをまとって指先に全ての神経を集中させる。

 

しかめっ面で私とキャンバスを交互に見合わせて筆を走らせる喜多川を見ていると、なんとなく気恥しさも紛れる。こうなってしまえば別に見られている感覚もそこまでない。

 

とはいえ、暇だ。動けないし。

 

…。

 

 

 

数十分後…

 

暇な時間を有効に使う手段はあいにく持ち合わせていなかった。何か物事を考えようとすると途端に今の自分の格好が気になって集中できないし、少しでも身動きを取ろうとすると喜多川に動くなと制される。

 

そんな窮屈な時間を過ごしているうちに、閉じた扉の向こうから微かに鈴の音が聞こえた気がした。モルガナの合図だろう。

 

話しかけても意味は無いと知っている以上、最も効果的なのはここから立ち去ること。立ち上がり迅速に着替えだすと、さしもの喜多川も一旦筆を置いた。

 

「妻木さん?」

 

「来て」

 

下手な演技などは必要ない。愚直に喜多川を手招きして目的の場所へと誘導する。

 

廊下の端には分かりやすくビーズのようなものが点々と設置されていた。それを追っていくと、パレスで見た赤外線セキュリティエリアと同じ柄のふすまが開け放たれていて、その傍には大袈裟な南京錠が開錠された状態で、壁に垂れ下がっている。やはりモルガナはデキる奴。

 

「えっ…!?」

 

おそらく喜多川も開いているところを見たのは初めてだったんだろう。目を見開き信じられないと言った表情で、開いた扉の奥を見つめている。

 

私が黙って部屋に入り照明を点けると、その部屋には何十、何百もの数がある“同じ絵”が保管されている。

 

「“サユリ”…?」

 

そう喜多川がつぶやいたところで、玄関の戸が開く音がした。

 

「祐介?」

 

「まずい…ここは先生の部屋なんだよ!早く出よう」

 

喜多川は斑目が帰ってきたのだと知り我を取り戻したのか、私の腕を掴んで急いで部屋から出ようとするも、時すでに遅し。部屋から出たところで斑目とばったり鉢合わせてしまった。

 

「せ、先生。これは…」

 

「そこで何をしていた!」

 

「その、鍵が開いてまして。それで、彼女がほんの興味本位で立ち入ってしまい…止めようとしていたところで」

 

「お邪魔してます。斑目先生」

 

「…鍵が開いておったのか?」

 

「は、はい。そうだろ、妻木さん?」

 

「はい。開いてましたよ。もしかして、入っちゃいけないところでしたか?」

 

「ということは、見たのだな?あの沢山の“サユリ”を」

 

「…はい。あれは、一体…?」

 

恐る恐る、といった感じで喜多川が訊くと、斑目は急に苦虫を噛み潰したような顔をして目を伏せた。さも、やむを得ない事情があったかのように。

 

「…実は、借金を抱えている」

 

「…え?」

 

「本物の“サユリ”が盗難に遭ってしまってな…。昔の弟子が、厳しくしすぎたことを恨んだのかもしれん…。そのことがひどくショックで、儂はスランプに陥ってしまった」

 

「…」

 

「画集用の精巧な写真をもとに何度も再現を試みたが…出来上がるのは所詮、模写。だがそんなとき、その模写でいいから買い取りたいと言ってくれた者がおってな。こうして、模写を作り続けては、特別なルートで買ってもらっているのだ」

 

暗く、重い雰囲気になって二人の意識から私の存在が希薄になったタイミングで、もう一度部屋に入り直し、一番奥に風呂敷で隠されている“本物”のサユリをあらわにしておく。

 

「お前を育ててやるためにも、金がいる…。不甲斐ない師を、どうか許してくれ…」

 

「そんな…」

 

「わーすごい。こんな絵初めて見たよー」

 

…くそっ、我ながらとんでもない棒読みだった。

 

が、そんな声に釣られてバタバタと足音を立てて斑目が部屋へと押し入ってきた。その後に続く形で喜多川も部屋を覗き込み息を呑んだ。

 

「サユリ?」

 

「い、いや…それは、模写だ」

 

「違う…これは本物だ!」

 

まるで吸い寄せられるように、本物のサユリに走り寄り細部までその目で確認した後、喜多川はばっと振り返り斑目問い詰めだした。

 

「どういうことです!?さっき、盗まれたって!」

 

「そ、それは」

 

「この絵に支えられて、ここまでやってきたんです!!見間違えるはずがないっ!」

 

「あーなんかすいません。もう今の事は忘れておくんで」

 

無理やりに話の腰を折り喜多川の腕を掴んで部屋の外へ引っ張っていく。

 

「待ってくれ妻木さん!まだ話は終わって…!?」

 

「いいから。失礼しましたっ」

 

無駄に強い力で抵抗してくる喜多川の腹に腕を回し斑目の目が届かないところまで引きずっていく。

 

「オイ、なんか妙に騒いでたが、大丈夫か?」

 

「問題ないよモルガナ。それより今からパレス行くから」

 

「は?コイツ連れてか?」

 

口早に説明を済ませナビを起動。密着していた喜多川もろとも、合流してきたモルガナとともにナビゲートが開始され周囲の空間が歪んでいく。

 

前はあばら家の前でナビを起動した影響でパレスでも美術館の前に出たが、今回は中途半端な場所でナビを起動した結果、向こう側でも中途半端な場所に降って湧くこととなった。

 

突然のことに身構える暇もなく、認知世界に拉致された喜多川をお姫様抱っこの形で抱えながら着地し、遅れて降ってきたモナも喜多川の腹を受け皿にしてキャッチ成功。今回は負傷者が出ずに済んだ。

 

「なんだ…ここは…!?」

 

「なんだと思う?」

 

辺りを見渡す喜多川に、そう囁く。

 

私たちの出た場所は中庭よりも少し手前。だがそこまで遠くない位置に例の赤外線センサーのエリアがある。手筈通り、そのセキュリティは今は解除されていて、周囲には誰もいない。ここで待機していたジョーカー達が今、奥の制御室でセキュリティが作動しないように画策してくれているはずだ。

 

「その声、妻木さんか?そっちの着ぐるみは見覚えがないが」

 

「誰が着ぐるみだ!ワガハイはモルガナだ!」

 

「ここは、斑目の思考が具現化した世界だよ。頭の中とも、心の中ともいえる場所」

 

そう言うと喜多川はこれでもかと怪訝そうな色を浮かべ、「気は確かか」と聞き返してきた。まぁ基本的に誰でもそう言う反応になる。

 

「どう捉えるかは喜多川次第だよ。これまで見てきたものと今の光景を見比べれば、すぐに答えは分かると思うけどね」

 

「…」

 

「センサーの解除は成功してるみたいだな。後はアイツラが上手くやっててくれるのを祈るしかないか」

 

呆然と立ち尽くす喜多川をよそに、セキュリティの奥からジョーカーとスカル、そしてパンサーが走ってくるのが見えた。

 

軽く手を振ってやると、みんなそれに応えてくれた。

 

中庭を抜け私たちの居る場所へと合流してきたジョーカー達は比較的余裕がありそうだった。元々そんなに心配もしてなかったけど、やはり余計なお世話だったらしい。

 

「センサーは解除してきた。…ところで」

 

「もしかして、高巻さんたちか?」

 

「うん、そうだよ。というか、なんで喜多川君までこっちに?」

 

「実際にここを見てもらえれば、目を覚ましてくれるかも知れないでしょ」

 

私の言葉に納得した様子のパンサー。その横からスカルが歩み出て、喜多川にこの光景が斑目の心を映しだしたものだと説明する。

 

「コイツの言う通りだ。なぁ、目覚ませって!盗作も虐待も真実なんだろ?だからこんな見た目に成っちまうんだよ!」

 

「…だが、それでも十年置いてもらった恩義だけは、消えない」

 

「だからって、許すってのかよ!?このままじゃお前が…」

 

だんだんと、呼吸が荒くなってきた喜多川はその場にしゃがみ込み頭を抱えた。心の中では、私たち他人には計り知れない葛藤が渦巻いているのだろう。

 

「頭の理解に、気持ちがついて行かない…」

 

「だ、大丈夫喜多川君?」

 

「悪いがのんびりしてる暇はないぜ?同じ場所に留まり続けるのは危険だ」

 

「セーフルームが近くにあったはずだ。そこまで肩を貸そう」

 

「…いや、結構だ」

 

ふらつきながらも自分で立ち上がり、喜多川はジョーカーの提案を断った。

 

セキュリティの無効化には成功したものの、これ以上の活動はパレス全体の警戒度を無駄に上げてしまいかねない。なるべく早急に、今日のところは退避するべきだ。

 

「こんな、おぞましい光景が先生の心の中?それにこの絵は…」

 

「ただの絵じゃない。それが、マダラメにとっての弟子そのものなんだよ。ちなみに、お前のもあるぜ」

 

「…」

 

退路を行く最中、喜多川はマダラメパレスの有様をこれでもかと目にすることになる。もちろん、喜多川は斑目の一番近くに、最も長く居た存在だ。これらを見て初めて斑目の本性に気付いたわけでは無く、何かを得られたとしたら、それは今まで見ないふりをしてきた自分自身への気付きのはず。

 

身よりの無い喜多川にとっては親同然だった斑目。わざわざ自分を引き取ってここまで育ててくれたということもまた、紛れもない事実である以上、目を向けることを恐れてしまっていたのかもしれない。

 

なんとなく、喜多川は今の自分とも重なる部分がある気がした。

 

違うのは、私の親は決して悪党ではないということだけだ。

 

そんなことを考えながら出口の目前までたどり着いた時、案の定待ち伏せしていた警備のシャドウが退路を塞いできた。そして私たちを挟み込む形で、背後からしわがれた笑い声が響いた。

 

「先生?その姿は…」

 

そこには、現実のあばら家で見た質素な出で立ちではなく、美術館そのものと同じ、黄金に輝く派手な着物を羽織った斑目のシャドウがいた。

 

「嘘、ですよね?」

 

「もちろん、嘘だとも。あんなみすぼらしい生活はな。有名になってもあばら家暮らし?別宅があるのだよ。女名義のだがな」

 

斑目の両脇からさらにシャドウが現れて警棒を振りかざすも、喜多川は退かず、それどころか斑目に歩み寄って懇願するように問い詰める。嘘でもいいから、自分の信じた恩師の姿を見せてくれと言わんばかりに。

 

「何故盗まれたはずのサユリがあそこに?何故本物があるのにたくさんの模写を?」

 

声を震わせながら、喜多川は最後の望みをかけて叫ぶ。

 

「答えてくれ…あなたが先生だというのならっ!」

 

「まだ分からんのか。青二才め。盗まれたなど、嘘に決まっておるだろう」

 

「どうして、そんな嘘を…?」

 

「例えば、こんなのはどうだ。“盗難に遭った絵が見つかったが、公にできない事情がある。特別価格で譲りたい”。どうだこの、特別感!俗人どもは大枚はたいて食いついてくる!」

 

ショックのあまりめまいを覚えたのか、喜多川が額をおさえながらぐらりとふらつく。咄嗟にパンサーが身を案じながら、斑目を睨みつける。

 

「盗作だけじゃなくて、詐欺までしてたなんて最低ね。恥ずかしくないの?」

 

「芸術など道具に過ぎんわ。金と名声のためのな!優秀な若い着想をいただき儂の名で公表すれば、目障りな新芽も摘み取れる。これが一番効率的だろう」

 

「なんて、ことを…!」

 

「祐介、お前にも稼がせてもらったぞ?着想をいただくなら、大人よりも言い返せん子どもの方が楽だからな」

 

「なら、あなたの才能を信じた…天才画家と信じてきた人々は…!」

 

「ひとつだけ言っておいてやる。祐介」

 

これ以上ないくらいに顔を邪悪な感情で染め上げた斑目は、着物の袖を翻しながら吐き捨てる。

 

「この世界でやっていきたいのなら、儂に歯向かわんことだ。儂に異を挟まれて出世できると思うか?」

 

愉快そうに高笑いを上げる斑目の前で、ついに喜多川は膝を突いて肩を震わせていた。その震えの原因は、ずっと隠されてきた事実を目の当たりにして気持ちの整理がつかないからなのか、それとも…。

 

「こんな…こんな奴の、世話になっていたとは…」

 

「やれやれ、喋り疲れたわい。そろそろ」

 

「…許せん」

 

「ん?」

 

さっきまでとは違う、力強い声色。

 

再び立ち上がろうとするその足も、握りしめたその拳も、怒りによって染め上げられていた。

 

「許すものか…お前が、誰だろうと!!」

 

「駄目、下がってて!」

 

啖呵を切った喜多川と斑目の間にシャドウが割り入り、パンサーがフォローに入ろうとしたその時、“覚醒”が始まった。

 

強い反逆の意志が生まれた時、ペルソナは覚醒する。喜多川の場合、それは親同然だった存在への初めての叛逆であり、今まで目をそらし続けてきた弱い自分に対する決別の意志の表れでもある。

 

「あ、ああああああああぁっ!!」

 

顕現した狐の面を引き剥がし、青い炎が喜多川の足元から噴き上がる。

 

そして、その傍らにはペルソナが。

 

「絶景かな」

 

並ぶシャドウと斑目たちを見据え、役者さながら喜多川は手をかざす。

 

「まがいものとて、こうも並べば壮観至極。悪の華は栄えども、醜悪、俗悪は滅びる定め」

 

かざした手のひらを翻すと、背後のペルソナが腕を振るい全方位に強烈な冷気を放つ。少しづつ包囲網を狭めてきていたシャドウは大きく退き、コンクリの床に氷が張る。

 

「貴様を親と慕った子どもたち、将来を預けた弟子たち…。一体何人踏みにじってきた?…いくつの夢を金で売ったっ!?」

 

場に緊迫した空気が張り詰める。私はジョーカーの傍に駆け寄り、「前は任せた」とだけ口にして、出口側に立ちはだかるシャドウ達に向き直った。

 

「俺は貴様を、絶対に許さない!」

 

「やれそうか?」

 

「ああ!蹴散らせ、ゴエモン!」

 

私の後ろで派手な戦闘音が鳴り始めたと同時に、向き合っていた4体のシャドウも一斉に本性を現し距離を詰めてきた。一本足で鎚を持ったシャドウが一体。他の三体はこの前戦った天狗と同じ奴だ。

 

その場から横に飛び退き、振りかざされたハンマーを避ける。甲高い衝突音と共に火花が散り、さっきの一撃がなかなかの破壊力であったことを悟る。ま、この程度であれば力を使うまでもない。というか、この程度でなくとも、なるべく力は使わずにいこう。

 

「ペルソナ」

 

Charaをハンマー持ちの背後に召喚し首元に飛びつかせる。その間に高速で突っ込んできた三体の天狗をすれ違いざまに一体ずつ斬りつけ、最後の一体にはナイフを突き刺し突進を受け止める。…今回も、ロクな戦闘にはならないな。

 

捕らえた天狗を床にたたきつけてから頭に向けて発砲。続けて残りの天狗にも銃撃を浴びせ終わるころには、ハンマー持ちもCharaが仕留め終わっている。

 

振り返ると既にジョーカー達もシャドウを殲滅している。喜多川だけは覚醒の反動で動けずにいるが、やはりこっちも圧勝だったらしい。それなりの大所帯だった警備軍が一瞬で返り討ちに遭い、斑目はさっきまでの威勢がウソかの様に狼狽し情けない声を上げながら走り去っていってしまった。

 

…どうせなら今ここで締め上げてしまってもいい気がする。喜多川はみんながついててくれてればなんとかなるだろうし。

 

そう考えた私は走り出そうとして一歩踏み出したところで思いとどまった。一応、我らがリーダーに一言だけ聞いておこう。

 

「駄目だ」

 

「…まだ何も言ってないけど」

 

何故か口にする前に却下されてしまった。

 

腑に落ちないまま、ここは言われた通り大人しくしておくことにした。ふらつく喜多川を連れて、全員でゆっくりパレスの出口を目指していると、パンサーが不意に口を開いた。

 

「ねぇ、喜多川君。本当は気づいてたんでしょ?斑目の本性」

 

問われた喜多川は少し間を置いてから頷いた。覚醒と同時に顕れた狐の面から覗く目は、悲しみや怒りがぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、何とも言えない色を映していた。

 

「俺は、そんなに朴念仁じゃないさ。少し前から妙な連中が出入りするようになったし、盗作も日常茶飯事だった。けどそんなの…認めたくないじゃないか。世話になった人が、そんな…」

 

虚飾にまみれた作品たちを見回しながら歯がゆそうに顔を歪ませている喜多川に対して、スカルもいたたまれない様子で目を伏せる。

 

「…育ててもらったからか」

 

「俺には父がいない。母も、俺が三つの時に、病気で亡くなったらしい」

 

「らしい?」

 

「母のことも、正直あまり覚えていない。そんな俺を引き取って、ここまで育ててくれたのが先生だった。そこでサユリに出会って、絵を教わり始めた。俺も、いつかこんな芸術を生み出せるようになりたいと思って」

 

聞きながら、私はこれから先知ることになるであろう真実を思い胸が締め付けられる思いだった。喜多川は斑目が許されないことをしていると知っていながら、見て見ぬふりをしてきた。それは全て、親代わりになってくれた人間への恩義を感じていたからやったことだ。盗作も、作品を譲っているだけと自分を誤魔化し、師を助けるためだと、心を殺してきたんだろう。

 

斑目は確かに変わった。だけど、それが彼の思うようなタイミングではないことを、私は知っている。だからこそ、気分が悪い。

 

「なのに先生は変わってしまった。自分の原点であるサユリさえも、あんなふうに…」

 

「斑目が変わっちまったもんはしかたねぇ。でも、俺らなら、心を変えられんだ」

 

「うん。喜多川君は聞いたことない?心を盗む怪盗の噂」

 

「…!まさか…?」

 

「っと、おしゃべりは一旦ここまでだ。とりあえず帰んぞ」

 

 

現実へと帰還した私たちは、喜多川を連れて近くのファミレスまでやってきていた。そこで私たち怪盗団のルーツや、やろうとしていることを説明している。

 

「なるほど。それで、その体育教師は心が入れ替わった、と」

 

各々が注文した飲み物を持って店員が私たちのテーブルへとやってきた。ちゃっかり喜多川も注文していたが、私が無理やり異世界に引っ張ってきたから多分こいつは今無一文のはずである。

 

「信じらんねーかもだが、全部事実だ」

 

「いや、信じるさ。それでお前たちは先生…斑目を、改心させるつもりというわけか」

 

「俺らは斑目やっけど、お前がどうするかは自由だぜ?」

 

横目で喜多川の方を確認すると、悩む様子も特になく、決意のこもった目で私たちを見返していた。

 

「いや、俺も入れてくれ。怪盗団に」

 

「失敗すると廃人になるかもだぜ?防ぐ方法も分かっちゃいるが、絶対はない。来がけに話したよな?」

 

歪ではあったが、斑目と喜多川は十数年共に暮らしてきた仲だ。そんな相手の心を変えてしまおうなどと、生半可な気持ちで決めたりはしないだろう。

 

みんなもそこは分かっているが、やはりないがしろにはしたくない、というのが総意らしい。しつこく、改心した直後の人間はまるで別人のようになってしまうことや、廃人化のリスクもゼロではないことを説明する。

 

だが、それらすべてを聞いてなお、喜多川の意志は揺るがなかった。

 

「例えどんな理由があろうと、斑目は道を違えてしまった。ならば、それを正してやらねばならない。それが、曲がりなりにも親だった者への、せめてもの礼儀だ」

 

「本人がそこまで言うなら、いいんじゃね?どうせ斑目をやんのには変わりねーだろ?」

 

「どうだ?レン」

 

「もちろん、歓迎する。これからよろしく」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

差し出された雨宮の手を、喜多川は少しも拒まずに握り返した。新しい怪盗の誕生だ。

 

「よろしくね、()()!」

 

「ありがとう、高巻さん」

 

「もう杏でいいよ」

 

「アン殿、そんな簡単に気を許さない方が…」

 

「俺のことも竜司でいいぜ?」

 

「ああ。そうさせてもらう。ところで、その黒猫はなんだ?さっきからずっと気になっていたんだが」

 

「モルガナだよ。向こうでも会ってたでしょ?」

 

「喋ってるが?」

 

「文句あるのか?」

 

「いや…」

 

モルガナが抗議の意を唱えたところで、そこまで静かでもない店内に誰かの腹の音が轟いた。無意識に、全員の視線が喜多川へ。

 

「腹が減った。何か頼んでもいいか?」

 

そこまで聞いて、私は内心の笑みを堪えられず、しょうがないから教えてやることにした。ここで止めておかないと割り勘と言う流れになった時損するだけだ。

 

「いいけど、お金もってるの?」

 

「はっ…!?」

 

 

結局、何故か喜多川が頼んだアイスコーヒーの代金は私が払うことになり、またも腑に落ちない気分のまま現地解散の流れとなった。喜多川はひとまずあばら家に帰るらしいが、正直居心地は最悪だろう。

 

なるべく早く、オタカラを盗んでやらないと。

 

「妻木さんっ」

 

ファミレスで喜多川と解散したあと、みんなで渋谷駅までの道のりを歩いているところで、喜多川の声がした。夕暮れも沈みつつある薄暗い空の下で、何故か喜多川は息を切らしている。

 

「よかった…間に合って」

 

どうかしたのかと聞くと、数回深呼吸をして息を整えてから喜多川は深々と頭を下げた。

 

「感謝している。俺に、真実と向き合うきっかけをくれて…ありがとう」

 

突然の謝辞に驚いた私たち一行は、閑散とした住宅街の道の真ん中でしばらく立ち尽くしたあと互いに顔を見合わせた。

 

そして、1番先に杏が吹き出して、次に坂本が釣られて笑いだした。

 

至って真面目な顔で姿勢を戻した喜多川に全員で歩み寄り、坂本が背中を軽く叩く。

 

「真面目すぎんだよ、お前。そんなだから行き詰まっちまうんだよ」

 

「そーそー。竜司なんかもっともっとテキトーだよ?」

 

まさかそれを伝えにわざわざ走ってきたのかと呆れつつ、喜多川のこういう一面は見習うべき誠実さでもあると感じた。自分の思いのたけは言葉にして初めて意味が生まれるものだと、私も分かってはいるんだけど。

 

 

翌日…5月21日 土曜日 昼…

 

昼休みもあと数分で終了というところで、廊下に張り出された中間試験の結果を見てきた雨宮が教室に戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「学年トップだった」

 

やっぱり、と内心で少し安心しつつも、どこに行っても変わらない結果にやはりつまらなさを感じずにはいられない。

 

さかのぼれば、幼稚園時代から宿題は全部満点だったし、小学校でも中学校でもそれは変わらなかった。そして、その末に手に入れることができたのは尊敬のまなざしじゃなく、むしろその逆と言えるものばかり。

 

ここでもきっとそうなるだろう。今更気になんてならないけど。

 

「雨宮は?」

 

「平均よりは上」

 

「なんとなく察した」

 

「うるさいぞ」

 

どうせあと数か月もすれば、この男もトップ争いに食い込んでくるだろうから馬鹿にできる時にしておこう。今から三学期が楽しみだ。

 

「妻木さんって勉強もできるんだな。授業中ほとんど寝てるのに」

 

「ひとりで勉強はしてるんだよ。おかげで昔から気味悪がられてたけどね」

 

次の授業で使う(というていの)ノートと教科書を机の上に広げ、思い出しかけた過去を振り払う。あの頃の学校は何も楽しいことなんてなかった。生徒も教師もみんな、私の話を理解しようとしない馬鹿ばかり。今もそれは変わりないけど、話し相手がいるだけでも多少はマシというもの。

 

「あ、いるいる!」

 

頬杖を突きながらあくびをしていると、教室のドアからきゃぴきゃぴした馬鹿っぽい声がした。

 

視線だけをそちらへやると杏と一緒に、知らない女子生徒が教室へ入りながら、何故か私を見て目を輝かせている。

 

なんとなく、嫌な予感。

 

「ねぇねぇ妻木さん!」

 

「…」

 

「シカトするな」

 

伝家の宝刀机に突っ伏したまま寝てますアピールを雨宮に封殺された以上、聞かなかったフリはできなくなった。目が合ったのは気のせいでもなんでもないらしい。

 

「試験結果見たよ!満点とかあたしリアルで初めて見たよー!」

 

「満点だったんだ」

 

「え、見てないの妻木さん?学年トップだったのに!」

 

「ふっふーん。どうだ!うちのキラちゃんは凄いんだよ!」

 

「…なんで杏が威張ってるの」

 

「友達なんだから当たり前でしょ?」

 

「杏はどうだったの。試験」

 

「…」

 

言うや否やストンと自分の席につきすっかり大人しくなったかと思うと、やがて机に突っ伏してしまった。

 

「…いいもん。別に赤点では無いし」

 

不貞腐れる杏をよそに、名も知らぬ女子生徒Aは「今度勉強を教えて」などと聞いたこともないセリフを拒否する暇もなく叩きつけてくる。いつもなら面倒くさがって無視するか「無理」と一言切り捨てるかのどっちかだったけど、雨宮の手前なんとなくそれは憚られるような気がしてしまい、

 

「暇なときだけなら」

 

「やった!約束ね!」

 

なんとなく、本当にただなんとなく、流れで承諾してしまったのだった。

 

なんだかとっても面倒な約束を取りつけられてしまった気がしてすぐに後悔するも、名も知らぬこのモブ女子生徒の勢いは止まらず、断るタイミングも有耶無耶に。

 

彼女が歓喜しながら自分の教室へと戻っていくのを見届けて、深くため息をつく。すると、雨宮が納得したように声を漏らす。

 

理由を聞いても、その時は答えてくれなかった。

 

 

放課後…

 

放課後、雨宮の招集により渋谷駅連絡通路で集合となった。全員が集まるまでの間に私は、コンビニで購入したキノコの村をつまみながら、連絡通路から見下ろせる渋谷の道路をぼーっと見下ろしていた。この時間にはやはり学生が多いな。

 

「お、当たりだ」

 

「縁起がいいな!今日の潜入ではいいことあるかもだぜ?」

 

ふと横を見ると、雨宮はチョコボウルの箱を開けているところで、どうやら当たりを引いたらしい。箱の開け口の部分の色が銀色だと2等、金色なら1等。

 

雨宮の持つ箱を覗いてみると、開け口は金色だった。自分もたまに買うが当たりが出たことは1度もないから、その当たりをどうすればいいかはよく知らない。

 

「どうした?」

 

私の視線に気づいた雨宮が首を傾げる。別に大した理由はなかったけど、自分の持ってるきのこの村の袋を差し出し、1つやるからチョコボウルを1つくれと取引を持ちかけてみた。

 

応じた雨宮が袋に手を入れて1つきのこを取り出した時、坂本が改札の方から歩いてきた。

 

「うーす。杏と祐介はまだか」

 

「なぁなぁ、ワガハイにもそのお菓子1つくれ!」

 

「お、何食ってんの?」

 

「きのこの村」

 

「チョコボウルのキャラメル味」

 

「何2人してカワイイもん食ってんだよ。ていうかきのこ派かよ。絶対たけのこほうが美味いのに」

 

坂本にしては中々不敵な行動に出てきた。この2人を前に正面切って宣戦布告してくるとは。

 

別に私はたけのこだろうがきのこだろうが、いちごだろうがキャラメルだろうが、チョコと名が付いていればなんでも美味しいので、世間でしばしば起きるお菓子論争は私にとっては心底どうだっていいのだけど。

 

「いちご味は邪道だろ」

 

「キャラメル派のほうが珍しくね」

 

「なぁ、どっちでもいいからワガハイにも1つくれ」

 

と思ったら以外に雨宮はいちごチョコに対して反対派であった。

 

雨宮の肩から顔をのぞかせるモルガナにひとつ、きのこを渡してみた。これ食べてお腹壊しても、私は知らない。

 

「つかそれより、妻木がそれ食ってる方が意外だわ」

 

「なんで?」

 

「菓子食ってるとこ自体初めて見たし」

 

「ツマキは意外と甘党だからな。ルブランじゃチョコばっかり食ってるぞ」

 

甘党ってほどでもないが、好物の一つとしてチョコレートがある。ただ甘いだけのお菓子では無く、種類によっては苦みがあったり酸味があったりするのが面白い。今食べてるこれについてるのは、深みも何もないただの甘ったるいミルクチョコだけどね。

 

まぁそれでも、チョコと名のつくものであればなんでも美味しい。カカオをこんな風に使おうと最初に思った奴は天才に違いない。

 

ちなみにコーヒーはブラックのほうが好き。そっちのほうが一緒に食べるチョコに合うから。

 

「リュージはあんまチョコとか食わなさそうだな」

 

「俺はやっぱ、甘い系よか塩気のあるやつのがいいな。ポテチとか」

 

坂本のその言葉に、雨宮の目が(というか眼鏡が)光る。

 

きのこorたけのこ論争に並ぶ永遠の議題として、ポテチの味は何が一番至高かという戦いの種もある。前者については割とどうでもいい中立派な私だが、こっちに関しては譲れないものがある。

 

一瞬、ピリッとした空気が流れた後、口火を切ったのは坂本だった。

 

「コンソメ」

 

続く雨宮。

 

「のりしお」

 

最後に私。

 

「うすしお」

 

「マジかオマエラ。見事にバラバラだな」

 

あわや戦争へと勃発しそうになったその時、私たちが来た方とは逆の改札から喜多川がやってきた。前髪をかきあげつつ、相変わらずのポーカーフェイスで妙な空気の流れる私たちを不思議そうに見つめている。

 

「おっ祐介ーいいところに来た!お前はどう思うよ?」

 

「一体なんの話だ」

 

「ポテチは一体何味が一番おいしいかって話!」

 

喜多川は少し考えたあと、

 

「やはりじゃがりこだな」

 

誰も期待も予想もしていなかった答えを出した。

 

「ポテチの味っつってんだろ」

 

「だが、じゃがりこは値段と腹持ちのバランスに優れ、ポテチと違って手に油が付きづらく、さらに美味い」

 

「そうか…」

 

「ごめんお待たせー!」

 

一気に燃え広がるかと思われた戦争の火種は、喜多川の慈悲のない天然ボケによって鎮火されることになり、ちょうどいいタイミングで杏も集合場所にやってきたことで完全に迷宮入りした。

 

杏は落ち込む坂本を見て一瞬首をかしげたものの、すぐにどうでもいいと思いなおしたのか雨宮に向き直る。

 

「それじゃ、行こっか」

 

「ああ。仕事の時間だ」

 

 

喜多川祐介、コードネーム“フォックス”の加入により、パレスの攻略はすこぶる順調に進んだ。モナ、パンサー、スカル、フォックス、ジョーカー、そして私…計六人の集まりともなると、同時に固まって動くのはかえって非効率的になりかねないが、その分広い範囲をカバーしあって安全に動くこともできるようになった。

 

パレスの道のりは相変わらずギミックだらけでややこしい構造になっていたが、攻略の糸口を見出すのにさほど時間はかからない。もちろん私は全部知っているけどあえて黙っていた。それでも、全くと言っていいほど問題は起きなかった。

 

ちなみにシャドウとの戦闘はほとんど発生しなかった。数がいるおかげで、気づかれていない状態からの奇襲で一気に制圧できる可能性が増したおかげだろう。

 

セキュリティを解除した中庭から奥へ進むと、また赤外線センサーの壁が私たちの行く手を阻んだが、中庭と違ってそこまで厳重ではなかった。ジョーカーの提案で排気口に潜り込みセキュリティを掻い潜った後、さらに奥へ進むために“絵画の中”に入っていく。

 

「すげぇ…マジで絵の中なのかここ」

 

「だが、所詮この絵も虚ろだ。中身は何もない。こんなものは、芸術ではない」

 

認知の歪みの影響で中に入れるようになった絵画を進んでいき、さらに美術館の奥へと潜入していく。するとさっきまでの雰囲気とは打って変わって非現実的な構造のフロアへとたどり着く。道は途切れ途切れになっていて宙に浮いている。下は黄金の光に包まれていて、落ちたらどうなるかは想像もつかない。

 

「歪みが大きくなってる証拠だ。気を引き締めろよ」

 

「鴨志田の時もあったよね。城が滅茶苦茶に崩れてたりしたとこ」

 

「それと同じってことはつまり、オタカラが近いってことだ」

 

このフロアにはいくつか“門”がある。その門をくぐると、繋がっている別の門の場所へと移動させられる。どういう仕組みかはさっぱり分からないけど、とにかく門同士のつながりを考えて進まなければならない。

 

そして、それとは別の仕掛けがもう一つある。それは、門の前に設置されたいくつもの“サユリ”だ。

 

それを見て、スカルやパンサーはなぜこんなところに?と疑問を抱くも、ジョーカーはその意図にいち早く気付き、飾られた数枚のサユリの中から一つを選び手に取った。

 

「おっ、なんか色変わったぜ?」

 

近くにあった門の色が変わり、私たちはそれをくぐった。

 

結果は特に何も起きず、繋がっていた別の門から出てきただけだった。何が変わったのかみんなは分からなかったようだけど、私は元々知っている。手前にあった“本物”のサユリを選ぶことで、この門は正常に機能する。もし本物を見抜けていないまま通れば、手前の門まで引き戻されるという仕組みだ。

 

結局その調子で一度も罠にかからずに進めたおかげで、何が変わったのかスカルとパンサーは最後まで分かることの無いままこのフロアは突破することとなる。

 

最後の門をくぐり長い廊下を駆け抜けると、歪だった空間は元に戻り、まともな美術館の内装が私たちを出迎える。

 

そのフロアの中央、巨大なホールに設置された台座にはオタカラらしき光が浮いていた。

 

「だが、警備が厳重だぞ。あれで奪いだせるのか?」

 

フォックスの疑問は最もだ。ただっぴろい展示ホールのど真ん中に、オタカラは鎮座している。でも、その周りには相変わらず赤外線センサーが張られていて、しかもその周囲に大量のシャドウが待機している。このままでルート確保とは言えないだろう。

 

奪い出す手段を考えるためにも、一旦中央ホールを無視して外周を探索することにした私たちが見つけたのは、大きく分けて三つ。

 

一つは、このフロアの電源関係を操作できる制御室。試しにジョーカーが操作してみたところ、照明を落とすことには成功したが、すぐさま予備電源で復旧されてしまった。暗闇になったのはせいぜい十数秒といったところだ。

 

「あの赤外線センサーは切れねぇの?」

 

「…駄目だ。権限がないとそこは操作できなくなってる」

 

「そう簡単にはいかねぇか…」

 

もう一つは、フォックスが発見した中央ホールの天井にぶら下がっている展示用のクレーン。電源制御室とは別に操作できる部屋を発見した。こっちもジョーカーが試しに少しだけ動かしてみると、オタカラの真上でクレーンが少し降下した。このまま下ろしきれば、オタカラの場所まで届きはするだろう。

 

最後は…。

 

これは、私だけが気づいたことだけど。

 

()()()()()()()()

 

明らかに、今までパレスを歩いてきて感じることのなかった異様な気配が、このフロアに入ってきてからずっと感じられる。

 

目に見えていないだけで、確実にここには何かが居る。それも、とてつもなく強大な何かだ。このフロアに存在する空気ごと全てを埋め尽くすような存在感。間違いなく尋常な存在ではない。

 

「リーサル?」

 

「…ん?」

 

「どうかしたか?」

 

「別に何も。眠くなってきただけだよ」

 

「この状況でよく眠くなれるなお前」

 

分かりやすく肩を落とすスカルをよそに、みんなはオタカラを奪う作戦を考えるため一度現実へと帰還することにした。

 

「…」

 

警備に見つからないよう、こっそりフロアから抜け出してから後ろを振り返る。

 

もし私のこの感覚が気のせいでは無かったとしたら、間違いなくここで何かが起きる。そうなったら、私がなんとかしないといけない。私の存在が起こした変化だというのなら、それが義務というものだ。

 

 

夜…メメントス

 

日も沈み街に夜の帳がおりた後、私は一人でメメントスにやってきていた。一人で少し考えたかったのと、運が良ければ仕事中の明智吾郎と遭遇出来るかもしれないと考え、ここで待つことにした。

 

人目のつかない場所へ来て少し安心した私は、無意識にナイフを取り出し、鈍く光る刃を見つめる。

 

()()はいつも私とともにあった。

 

ハッキリと覚えている。これと出会ったのは中学一年の春、正確には入学式の前日。かねてから私は、親にナイフを買ってほしいとねだっていた。もちろん子供の私にそんなものが買い与えられるはずもなく断られ続けていた。

 

でも、ある日突然、母親が「ナイフを買ってあげる」と言い出した。

 

あの日のママはいつになく優しかった。そんな優しさに甘えて、私は嬉々としてプレゼントを受け取った。

 

その時に言われた条件は、『絶対に人前では出さないこと』と、『自分には使うな』という二つだけだった。

 

他にもっとやっちゃいけないことはあるでしょ、とその時私は言った気がする。

 

そしたらママはこう言った。

 

『もし誰かが綺羅を傷つけるような真似をしてきたら、これを使ってもいい』

 

『なによりもあなたが一番大切だから』

 

当時12歳の子どもに言っていい言葉ではないと今でも思う。もし真に受けて事件でも起こせば、それこそ私の身は破滅するだろうに。

 

それでもママはそう言った。

 

それから私は常にこのナイフを肌身離さず持ち歩いた。他人に見られないようにするのは徹底したし、そもそも持っているだけで使うことなど一度もなかった。大切だからこそ、汚してしまうのが勿体なくて、指紋だってなるべくつかないように気を付けた。

 

なのに今、必要となればすぐにこいつは手に馴染んだ。敵意をむけられた時自然とこいつに手が伸びた。

 

私がわたしである所以だろうか。

 

抜き身の刃が私自身。触れ合えば無意識に相手を傷つける。

 

でも、今の私は変わろうとしている。刃は鞘に納められ、憎しみや殺意は鎖でつなぎとめている。この封じ込めた力が一体何なのかは、私以外は一生知る由も無いだろう。

 

それでいい。知られたくもない過去だ。

 

この力は私の力じゃ無い。

 

「ペルソナ…」

 

意識を送ればすぐにナイフは赤に染まる。何の負担もなく、この致死の刃を量産できてしまう、本当に無駄な力だ。

 

こんなものがあるせいで、私は…。

 

心とは裏腹に、艶やかな赤に見とれそうになっていた自分にムカついた私はナイフをそのまま壁に突き刺す。固いコンクリの壁に、いともたやすくナイフの根元まで突き刺さり、代わりにナイフはこれっぽっちも傷ついていない。

 

深くため息をつき、メメントスの入り口付近の改札前階段に腰を下ろす。

 

それより、なんだか思いもよらない事態になった。

 

このままいけば怪盗団は間違いなく予告状を出し、オタカラを盗みに再びあの場所へ行くことになるだろう。しかしあの場所には、間違いなくなにかが居た。

 

居たというよりは、在った。

 

気配の大きさはどう考えても普通じゃなかった。今まで感じた中では二番目か三番目ぐらいに、強大な力の持ち主であることが分かった。

 

もしそれが敵なのであれば…いや、パレスに黙って居座ってる時点で間違いなく味方ではないか。

 

とにかく、そんな面倒が起きればなんとかするべきは私である。だけど、あれほど得体の知れない相手を、純粋な接近戦だけで制せる保証はない。もし無理そうなら早急に撤退する手も考えておかないといけない。

 

予めみんなに伝えておくべきか否か、それが問題だ。

 

予告状を出してしまえば、もう後戻りはできない。一度の失敗も許されない以上、作戦は慎重に組み立てるべきであり、そのためには仲間とこの情報を共有しておいた方がいいのはもちろんなんだけど…。

 

「…」

 

しばらく考え耽った後私は立ち上がり、壁に突き刺さったままのナイフを引き抜く。待てども目当ての人物が現れるような気は一切しなかった。やはり明智がいつどの時間帯に活動しているかも把握できていない状態で、異世界で待ち伏せて偶然遭遇できる可能性はかなり低い。

 

であれば仕方ない。現実の方で一度明智に接触してみるとしよう。有名人である明智の通っている学校など、調べればすぐに出てくるだろう。

 

改札を出て階段を上がり、現実へと帰還する。

 

空はすっかり暗くなっていて、眩しいぐらいの電灯がぎらぎらと目に刺激を与えてくる。都会の明かりは相変わらずうっとしい。

 

ただ、五月の夜の空気は嫌いじゃない。熱すぎず寒すぎず、適当に外をふらつくにはこれ以上ないぐらい快適な気温だ。せっかくここまで出てきたんだし、どこか寄って帰ろう。惣治郎に今日は外で食べて帰る旨のメッセージを送り、前から気になっていたとある店に行ってみることにした。

 

たまには音楽をかけずに都会の喧騒をBGMにしてみよう。なんとなくこの場を一人で歩いているだけでそれっぽい気分になるのは、東京の持つ独特な空気感が影響しているんだろう。正直私はこんな灰色だらけの街並みよりも、緑豊かで静かな場所の方が好みで、人ごみもそこまで得意じゃない。

 

それも最近の通学環境のおかげで随分耐性がついてきたように思う。こうして一人で知らない店に行ってみようと思えるぐらいには。

 

実際は…こんな時間つぶしもただの現実逃避に過ぎないことも頭では分かっている。

 

それでも、何かに集中していないとすぐに死にたくなるから。

 

二人を放り出して私だけがのうのうと生きているなんて、そんなのは他の誰かに言われなくたって許されないことだと十分すぎるほどに分かってるんだ。

 

でも、過去をいつまでも引きずっていても前には進めない。いつか捨て去る日が来る。だったらそれは早い方がいい。

 

「いらっしゃいませ!お好きな席どうぞー」

 

憂鬱がまた顔を持ち上げてきだしたのと同時に、渋谷の駅地下にあるカフェに入店。

 

ルブランと違っておしゃれで洗練された内装だが、私は別に写真映えを欲してここに来たわけでは無いので、ただ己の食欲を満たすためだけの行動に専念する。

 

適当に空いているカウンター席に座り、予め決めていた注文の品をウェイトレスに伝えて待機。

 

どうやらここはカラフルでデコレーションもりもりなパフェやらシェイクやらが有名らしい。まったくそっちに興味がないわけじゃないけど、今日は晩御飯をここに求めてやってきたんだ。目当てはデザートではない。

 

その後十分も待たぬうちに注文した商品が私の元へと届けられ、想像以上の大きさに少し驚く。

 

私が注文したのはこの店の名物である“ハンバーガー”なわけだが…その大きさたるや。多分私の顔より大きい。両手で持っても少しバランスを崩せば全部具が滑り落ちそうだ。

 

「…ふむ」

 

まぁデカいのを注文したのは私なので、大きいことは別に問題ではない。

 

写真も撮らずにまずは一口。デカすぎて殆どかじれてない気がするが、その分中の具も溢れんばかりに存在しているので味わうことに支障はなかった。

 

巨大なハンバーガーを黙々と食べ進めている間、周囲から謎の視線を感じることもあったが、今は食事に集中する時。夜8時過ぎに女子高生が一人で巨大ハンバーガーにかぶりついていて何が悪い。

 

「あのー…」

 

「…」

 

「すいません!」

 

「…」

 

「妻木さんっ!」

 

「…ん?」

 

美味しい晩餐を邪魔する声を無視してひたすらに食べ進めていたら何故か名前を呼ばれたので、振り返って確認してみる。

 

「奇遇だね!こんなところでたまたま会うなんて!」

 

「…」

 

「…あれ、妻木さんだよね?人違いじゃないよね?」

 

「まぁ」

 

「だったらなんでそんな反応薄いの!?」

 

「食事中だから」

 

「あぁ…それはそうか」

 

納得するのか。

 

心の中でだけツッコミつつ、残り半分ほどもあるハンバーガーに向き直る。

 

声をかけてきたのは、昼間教室で私に勉強を教えてほしいなどと言ってきた女子生徒。こんな場所で会う偶然もだけど、わざわざ声をかけるその勇気もなかなかだと思う。

 

「っていうかでか…。よく食べれるね?」

 

「美味しいから、大丈夫」

 

「余裕なんだ…。妻木さん結構食べるタイプなんだね。細いから意外だなぁ」

 

「杏にも言われた」

 

「え、なんか太らない秘訣みたいなのは?」

 

「無い」

 

「体質なのかなぁ…ずるいなぁ…」

 

高巻さんも同じようなこと言ってたしー、とお腹を抱えてへこむ彼女。別に彼女自身太ってもないし痩せても無い標準的な体型なわけだが、一体何をそんなに気にする必要があるんだろう。

 

「さっきから黙々と食べ進めてるね。しかもそんなに具沢山なのに指も皿も汚れてないし…どうなってるの?」

 

「良くしゃべるね」

 

「あ、もしかして邪魔だった?じゃああんまし喋りかけないほうがいいよね」

 

ようやく気付いたかと安心したのも束の間、いつの間にか手元のハンバーガーが残り一口サイズというところまでしか残っていないことに気付く。

 

「え、あれ?さっきまで半分ぐらい残ってたよね?」

 

「そうだね」

 

「はー…一体その体のどこにさっきの巨大物質が…」

 

惜しみつつも最後の一口を放り込み、水で口の中をリセットしてから口元を拭く。そうして一息ついたところで、私は初めて彼女に対して真っ直ぐ身体を向けた。

 

正直もう一つ同じのを食べれそうだったけど、腹八分目というしここでとどめておくことにした。

 

「ところで、今日学校で言ってたアレって本気なの?」

 

「もちろん!だって成績一位なんて憧れるし、試験で満点なんてマンガでしかみたことないし!」

 

「それでもよく私みたいな赤の他人にそんなこと頼めるね」

 

「確かに面識は無かったけど、でも妻木さんって結構校内じゃプチ有名人みたいなとこあるよ?」

 

「悪い意味で、でしょ」

 

「…あー、そういう話も無くはないケド。よくあの坂本とか雨宮とかといっしょにいるから、それで変な尾ひれついちゃってるだけだけどね」

 

やれやれ…どこで聞く話でもあの二人は厄介者扱いだな。

 

「とにかく、私は妻木さんに勉強が教わりたいの!だから、お願いします!」

 

「すごく暇な時だけね」

 

「“すごく”!?ただ暇なときは?」

 

「考えなくはない」

 

「えー?」

 

こいつは1度言葉を発する度に表情がコロコロと変わるな。顔がうるさいと言われるタイプっていうのはこういう人間のことを言うんだろう。モブのくせにやたらと自己主張が激しい。

 

正直いって、この世界に直接影響を及ぼさない存在にかまっている時間はあまり無い。私の“計画”を達成するのに、残されている時間はあと1年もないんだから。

 

「なんか、妻木さんっていっつも考え事してる気がする」

 

「そう?」

 

「うん。今だって何か別のこと考えてたでしょ」

 

「まぁ」

 

「むー…掴みどころないなぁ。ミステリアスっていうのかもしれないけど」

 

「…君はなにしにここに?なにも頼んでないけど」

 

「別にこの店に用があった訳じゃなくて、妻木さんが見えたから入ってきただけだよ」

 

店側からしたらはた迷惑な話だ。責任もって私がなにか頼ませるか。

 

店員を呼び彼女の分の飲み物を適当に注文してやるついでに、私も食後のコーヒーを頼んでおいた。またこいつと過ごす時間が伸びることにはなってしまうものの、不思議と悪い気はしていない。

 

「え、おごってくれるの?」

 

「そんなわけない」

 

「勝手に頼んだのに!?」

 

「飲食店入っておいてなにも注文しない気?」

 

私とは様々な面で正反対。普通なら私みたいな人間には近寄ってこようとしない人種だと思うのに、何故かこいつは警戒心ゼロで接してくる。

 

「しょうがないなぁ。じゃここは妻木さんに乗せられてあげるから、今度絶対テスト勉強付き合ってよ?」

 

「本当に暇だったらね」

 

「怪しいなぁ…」

 

外見は平々凡々としたどこにでいる特徴のない姿で、セミロングの黒い髪と茶色い瞳というスタイルもまたそんな印象に拍車をかける。

 

勉強を教えてほしいと言ってきているが、果たして頭の方はどれぐらいなのか気になり中間試験の結果を聞いてみると、こっちもまぁ見事に平均ラインだった。別に悪くもないけど特段良くも無い…という感じだろう。

 

本人はその現状に満足しておらず、もっと成績を伸ばしたいのだそうだ。

 

「あたしどうしても行きたい大学あって…でも正直いまのままじゃきついかもで」

 

「分かったよもう。でも、本当に暇な時だけだからね」

 

「うん…お願いします!!」

 

のんきなイメージの拭えない間抜け面ではあるものの、お願い自体は至って真剣なもののようだ。そのことがわかったからあまり雑にあしらうのも可哀想だと思ってしまった。

 

面倒だけど、たまにはこいつの相手をしてやることにしよう。私の教えをちゃんと理解できるかは疑問だけど。

 

「ところでこれって本当におごりじゃないの?」

 

注文した飲み物が届いたとき、彼女はそんなことを聞いてきた。

 

「もちろん。授業料と思って」

 

当然私が奢る道理も無し。勝手に頼んだものとはいえせいぜい数百円程度自分で払ってもらう。

 

ひとしきりたわいもない話をした後、私たちは連絡先を交換してお互いの帰路についた。その頃には、本来の目的であったハンバーガーの味はほとんど忘れてしまっていたし、なにより重大なことも話しそびれてしまっていたと、スマホを見て思い出す。

 

画面に表示された連絡先の登録名は、秋山 玲央(あきやま れお)

 

私は今の今まで彼女の名前を気にすらしていなかったことに頭を抱え、少し意識を改める必要があるなと反省しながらルブランへと帰った。

 

 

翌日…5月22日 日曜日

 

Yusuke:あのオタカラを盗み出すためにはどうすればいい

Ren:一瞬照明を落とした隙を狙うしかない

An:それ怖くない?試してみた時も、割とすぐ電気復旧してたよね?

Ren:一瞬だけだとしても、あの大量の警備の目を一斉に無力化できる唯一の手段だ

Yusuke:確かに、それは使わない手は無い、か

Ryuji:けど、電気落とした後はどうすんだ?まさか正面突破なわけはないよな

Ren:そんなどこかの誰かさんみたいなことは言わない

>あれは冗談だって

Ryuji:や、割と本気ぽかったぞ

Ren:照明を落とした後はアレを使う

An:アレ?

Yusuke:天井に吊るされていたフックか

Ren:そうだ

An:あれをどうすんの?

Ren:作戦は手分けして行う。具体的にはまず、三手に分かれる

Ren:照明を落とす係。フックを操作する係。そして、想定外のことが起きた時の退路確保の係

Ren:竜司には重要な役割を頼みたい

Ryuji:マジ?

Ren:予告状を出してパレスに潜入すれば、電源制御室にもおそらくシャドウが配備される。そいつらを引き付けてもらいたい

An:引き付けるって…どうやって?

Ryuji:んなもん、俺が本気で走ってやればいいだけだろ?上等じゃねぇか!

Ren:頼む。だが無理はしないでくれ

Ryuji:任せとけって!

Ren:次は杏だ、竜司が敵を引き付ける間に制御室に忍び込む。

Ren:祐介とモナでオタカラの真上にあるフックの場所で待機していてもらう。

Ren:停電の合図は祐介に任せる。そうしたら杏が照明を落として、俺がぶら下がったモナごとフックを操作して下へおろす

>退路は私が確保しておく。あのフロアは建物全体の行き止まりだから、誰かが居ないと包囲されるかもしれない

Ren:大まかな流れはこんな感じだ。これから集まって、再確認しよう

 

 

翌日…5月23日 月曜日予告日

 

 

 

才能が枯渇した虚飾の大罪人、

班目一流斎殿。

 

権威を傘に門下生から着想を盗み、

 

盗作すらいとわぬ、芸術家。

 

我々は全ての罪を、お前の口から告白させることにした。

 

その歪んだ欲望を、頂戴する。

 

 

心の怪盗団『ザ・ファントム』より

 

 

ある日突然、自分が開いている個展にこんな文面の予告状が大量に張り出されていれば誰だって動揺する。しかも、そこに書かれている罪状に心当たりがあるならばなおさらだ。

 

閉館時間内に忍び込んだモルガナによって会場内にばらまかれた予告状のせいで、場は騒然としている。斑目本人も、質の悪いいたずらだと判断してずいぶんとご立腹な様子だ。

 

「…これでいいんだな?」

 

斑目の様子を確認しに行った喜多川が会場から出てきたが、表情はいたって冷静だ。これから育ての親に免罪符を叩きつけに行くというのに、どこか吹っ切れたような雰囲気を感じる。

 

「散っていった多くの門下生のためにも、俺の手で終わらせなければ」

 

「行くぞ」

 

「うん!絶対成功させよ!」

 

「おうよ!」

 

「オマエラ、作戦の流れは頭に叩き込んだな?」

 

皆、一様にうなずく。

 

雨宮がナビを起動しパレスへと潜入。

 

「ショータイムだ」

 

 

 

作戦は全員が持ち場につくところから始まる。

 

ジョーカーがフックの操作盤、モナとフォックスがフック、スカルが制御室前、パンサーがその付近で潜伏、そして私が中庭から出口にかけての退路を維持。つまり、前回来たフロアには入らないから同じような気配がまだあるかどうかは分からない。

 

だから、なにが起きてもいいように私がこの作戦の土台の部分を担うんだ。

 

中庭にまで中からの警報音が轟いてくる。

 

ゲームなら、手筈通りにオタカラを盗んできた怪盗団が外伝いに逃げてきて中庭へ出てくる。そこで罠にかかる羽目になるわけだけど、私がいればそれは回避出来る。

 

「賊を発見!始末しろ!」

 

入口側から、大勢のシャドウがなだれ込んでくる。意外と数は多い。

 

十や二十なんてもんじゃない。大々的に現実で予告状を叩き付けた影響で、警戒が強まるのは分かるが、にしたってこれは妙に多い。

 

みんなのペルソナのように魔法を使えない私の力じゃ、こうまで多いと少々骨が折れるかもしれない。まさか一体ずつナイフで仕留めていくなんて、

 

「思うわけが無い」

 

だからこそ、裏をつくのが勝負の理。

 

この世界に住む雑念の権化であるシャドウ相手になら、私はほんの少し…“自分”を思い出せる。

 

ナイフを握りゆっくりと歩き出す。

 

走り寄ってくるシャドウの群れと接触するまでにかかる時間は数秒。間合いの内に踏み込む必要はなく、全ての敵は待っているだけで私の元へやってきてくれる。

 

ナイフの射程は僅かなもの。リーチを犠牲に得るものは近距離での狙いのつけ安さと振りの速さ。

 

すれ違うように、まずは一体の首を裂いて敵陣の内側へと踏み入る。

 

乾いた笑いが自然と口から漏れる。

 

いくら個の力が強かろうが、たとえ弱者でも数でまとまっていた方が有利なのは誰の目にも明白で、その上私はこの身一つで全てを斬り捨てていかなければならない。そんな頭の悪い行為そのものに、自分で呆れてしまっただけだ。

 

決して他意は無い。

 

急所をつき一撃で確実に息の根を止める。それを連続して、組手の様に向かってくる雑魚シャドウを次々に滅していく。

 

案外この数でも、なんとかなるものだ。まだペルソナも使わずにいても余裕がある。

 

ただひたすら斬って、斬って、斬り続けていくうちに、シャドウの肉体が裂ける音と感触だけで頭の中がいっぱいになっていく。自分でも何をしているのか分からなくなってきた。

 

明瞭とは言い難い意識の中で、最後の一体に向けてナイフを突き出しチェックメイト。気が付けば、あれだけ居たシャドウの大群は思いのほか一瞬で片付いてしまっていた。

 

拍子抜けしつつナイフの先端を弄りながら他のメンバーの到着を待つ。

 

が、まてどもみんなが来る様子は一向に無い。

 

「…」

 

心配なのはあるが、持ち場を離れて行き違いになるのだけは避けたい。ここはもう少し待っているのが正解だろう。

 

そう頭では理解しつつも…どうしても、この前感じた異様な気配のことが気になってしまう。やっぱりみんなだけであっちに行かせたのは間違いだったか?でも、私がここに居なかったら今頃出入り口が完全に包囲されていただろうし。

 

腕を組みどうするべきか思案している最中、待ちわびた声が中庭に響いた。

 

「お?ここ…中庭か!」

 

「思った通り外に通じてたか!」

 

「あっリーサル!なんか外騒がしかったけど、大丈夫だった?」

 

ジョーカー達が全員、美術館の奥から走って合流してきた。モルガナの背には大きな四角いものが入った風呂敷が背負われている。

 

「無事だよ。みんなも、オタカラも盗めたみたいだね?」

 

しばしの別行動から解放されて再会を喜び合う傍ら、モナが身体を震わせてうずうずしだしたのにスカルが気付く。

 

「ウニャ…ううううう…!」

 

「オイ…またなんかネコのテンションが…」

 

「んもう我慢できん!オタカラ、拝ませてもらうぞー!」

 

予定調和的にモナがオタカラに魅入られて、その場で風呂敷を広げる。そこにあったのはやはり、絵画とも呼べぬただの落書きが描かれた偽のオタカラだった。

 

そのことに気付いた皆からは少し離れ、この後何が起きるかを知っていた私は「大体このへん」と当たりをつけていた場所に立ち、起動して地上に出てきた電流トラップを思い切り蹴飛ばしてショートさせた。

 

正直此処まで派手にぶっ壊れるとは思っていなかった私は少し驚いたが、それ以上に、背後から現れたマダラメのシャドウのほうが驚いていたのは傑作だったのでよしとする。

 

「や、ニセモノだったとか色々言いたいことはあるけど今の蹴りで全部台無しだわ」

 

「ごめん」

 

が、シリアスな空気を壊してしまったことにはとりあえず詫びておく。

 

「…フン。こざかしい鼠め」

 

憎らし気にそう吐き捨てたマダラメに向かって、刀を携えたフォックスが一歩踏み出る。

 

「思えば、お前を世話してやったのも、お前の母親を世話してやった縁だったな。あの女は体が弱かったが、その技術と才覚には目を見張るものがあった。だから、世話をしてやった。お前も、お前の母親も、全てこの私の“作品”だ!」

 

「何故、変わってしまった!?有名になったからか!?育ての親に罪を問わなくちゃならない気持ちが、お前に分かるかっ!?」

 

マダラメは口の端をクッと吊り上げ、警護のシャドウに何かを命じた。シャドウはさっきの偽のオタカラと同じような額を取り出して両手で掲げた。それは、フォックスが絵の道を志すきっかけになった“サユリ”によく似た絵だった。

 

「これは、()()のサユリだ」

 

世間一般に公開されている“サユリ”は、一人の女性を描いた作品だ。その女性は、自分の手元に目線を落とし、愛おしそうな、どこか寂しそうな…そんな表情をしている。そしてその手元は灰色で塗りつぶされていて、女性が一体なにを見ているのか、なぜそんな表情をしているのか、分からないようになっている。

 

だが今斑目の傍にいるシャドウが掲げるそれには、手元に描かれたものがはっきりと写っている。

 

女性は己が手に赤子を抱いて、慈愛のこもった目でそれを見つめていた。

 

「母さん…?」

 

「そりゃあそうだ。なぜならこの絵は、お前の母親が描いた自画像なのだからな!」

 

サユリは今、斑目の描いた絵として世間には認知されているが、実際はコレだ。結局この男は何一つとして、自分の力で成功させては来なかった。

 

「死期を悟った母親が、去り行く我が子への思いを描いたもの…それがサユリのたたえる、表情の神秘の正体なのだ!」

 

ここでフォックスはようやく思い知ることになる。自分を育ててくれた男は、芸術家からペテン師へと堕落したのではなく…初めから腐り切った悪鬼外道であったことを。

 

ペルソナに覚醒した時にはそこまで気づいてはいなかっただろう。だからあの時私は、ここでフォックスが真実を知ることになるのを知っていたからこそ複雑な気持ちでいた。彼の心の内は誰にも真に理解されることは無いと思う。

 

「何故絵の中の赤ん坊を塗りつぶした?」

 

「演出だよ。赤子を塗りつぶせば、女の表情の理由が謎になる。そこに、俗人どもは惹きつけられるのだ。芸術の価値など、全て思い込みに過ぎんのだよ」

 

「外道が芸術の世界を語るなっ…!」

 

「…あくまでも、楯突くか!ならば、私の作品となった祐介は、私の輝かしい未来のため刈り取らせてもらうぞ!」

 

その一言に、フォックスの手がピクリと震える。

 

「…フォックス?」

 

それに気が付いたモナが小さく問いかけると、フォックスはゆっくりと確かめるように言葉を口に出した。

 

「作品は…一つの例外もなく潰したと…?」

 

真実を知っている身からすれば、これほど胸糞悪い話も無い。静かに事の成り行きを見守ることにした。

 

()()()()なのか?」

 

「…たまたま私の目の前で、発作を起こした。すぐに思った。ここで助けを呼ばず見過ごせば、絵をしがらみなく手に入れられるとな」

 

「そうか…貴様が…母さんを…」

 

十数年越しに告げられた真実。自分の親代わりだと思っていた人間が、実は親を殺したも同然の悪党であったと知ったフォックスの激情はもう誰にも止められない。

 

「礼を言う、斑目。たった今、お前を許してやる理由が全て露と消えた」

 

感情に身を任せているのには違いない。だけど、それはただの怒りに身を任せた行為とは程遠いものだ。フォックスは斑目を改心させることを、自分の義務だと感じている。自分以外の、将来を奪われた多くの弟子や、才能を信じてきた人々のために、自分がやらなくてはならないのだと。

 

「…手を貸してくれ、みんな」

 

「任せろ」

 

「当然…!みんなで改心させよう!」

 

「一人で突っ走りすぎんなよフォックス!」

 

「…来るぞオマエラ!構えろ!!」

 

わたしなんかよりずっと崇高で硬い決意の持ち主だ。少しみんなが羨ましい。

 

「この世界の頂点は私だ!まさに至高…芸術の、()なのだぁ!!」

 

マダラメの中の歪んだ欲望が肥大化し、ついにはカモシダの時と同じように人の姿を捨てた異形へと変貌する。

 

…が、その姿は私の知っているものよりも遥かにおぞましく、どこか既視感を感じざるを得ないものだった。

 

「さぁぁ…塗りつぶしてやるぞ!!!」

 

「避けろっ!」

 

ジョーカーの声に弾かれた様に、皆一斉に身をかがめ水平に薙ぎ払われた巨大な刀を間一髪のところで回避する。

 

おかしい…ゲームではこんな見た目じゃなかったし、そもそも武器なんて使ってこなかったはず。

 

今のマダラメの姿は、球体関節のついたマネキンが四肢共にバラバラになって宙を浮いているようなものに変わってしまっている。それも、カモシダの時ようにかなり巨大だ。攻撃範囲は馬鹿にならない。

 

「斑目…他者を利用し自分の利だけを考える貴様は、貴様が描いた絵ほどの価値もない!!」

 

「とりあえずあの刀は厄介だな…注意して立ち回れ!」

 

両腕は胴体から離れてふわふわと浮遊しながら自立して動いているように見える。そのうちの一本…右腕は十数メートルもありそうな刀身の長い刀を持っていて、もう片方の腕は何も持っていない。

 

胴体と足も別々に分離して動いているが、特に変わったところは見受けられないし、顔に至っては爺の顔面が醜く歪んでいるというだけで戦う力を持っているようには思えない。となれば、主力はやはりあの刀か。

 

「ゴエモン!」

 

「キャプテン・キッド!」

 

まずは手始めとばかりに、各々のペルソナがもつ属性魔法を刀を持った右腕目掛けて放つ。

 

ゴエモンの猛吹雪が一瞬敵の動きを鈍らせ、そこにキッドの電撃が直撃する。が、そこまでダメージを与えられている気はしない。

 

「さぁ行くぞ…ゴミ虫どもめ!!」

 

今度は何も持っていない左腕が動きを見せ、掌の上に真っ赤に燃え盛る炎を生み出した。

 

なるほど、と合点がいった私とジョーカーは同時に駆け出し左腕にフォーカスを合わせて互いに攻撃を放つ。

 

「ネコマタ!」

 

ジョーカーの召喚したペルソナが生み出した疾風が私の足元に起こり、浮いているマダラメの左手に手が届く位置まで迫る。その後を追って、ネコマタも自身の脚力のみで跳躍し同じく左腕に肉薄。

 

なんとか届いた腕でしがみつき、そのまま腕の上によじ登ってペルソナを心の中に呼び起こす。

 

仮面が燃えるような赤色と共に消え、身体の周りにノイズが走る。ペルソナとしての力と自分自身の肉体の力を合わせ、肘の関節部分に向けて全力でナイフを振り下ろす。

 

プラスチックのような見た目とは裏腹にかなりの硬度を有していたことが、手から伝わる感触で分かる。けどそんなのはお構いなしに振り切り、肘とそこから先に腕を両断することに成功した。

 

落ちた左腕をネコマタが押さえつけて地面に激突するのと同時に、掌の中にあふれ出ていた炎が爆発する。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ないよ」

 

一番近くに生身で居た私は爆風で少し吹っ飛ばされたが、ダメージは無い。ジョーカーに無事を伝え、次のターゲットへと目を移す。

 

一見戦闘能力を持たなそうな部位でも、さっきの左腕のように魔法を使ってくる可能性はある。

 

「その程度でいい気になるなよ小僧ども…!」

 

「じいさんの負け惜しみほど見てて気色わりーもんはねーな!ぶっ放せキッドォ!!」

 

再び放たれたキッドの電撃は胴体に向けて放たれ、それは直撃したかに見えた。

 

しかしその直前、電撃が触れる手前で急に軌道が直角に変わりモナの方へと返ってきた。

 

「うわっ…!?あぶねーだろスカル!」

 

「わりぃ!けど、今体の部分から跳ね返って来たよな…!?」

 

「…来るぞ!」

 

モナとスカルがじゃれあう隙も無く、続けて右腕が刀を縦に振り下ろして追撃を狙ってくる。

 

やはり、見た目は違ってもゲーム通り、各部位ごとに役割が分かれていると見た。さっきの右腕はおそらく魔法担当で、左腕は物理攻撃担当。胴体は守りの硬い部位で、そうくると足はどういう役割が考えられる?腕も体も自立していそうだし、移動のためってわけはない。

 

そう思い足の動きをつぶさに観察していると、くるぶしや膝の関節部分から少し、黒い液体のようなものが漏れ出ていることに気付いた。その正体に心当たりはすぐについた。ゲームなら、浴びると全身の力が抜けて無防備になるやつだ。あれは危ない。

 

「みんな、足の動きに注意してて」

 

「足?足がどうかしたのか?」

 

「分からないけど、多分気を付けたほうがいい」

 

「…分かった。リーサルが言うなら信じるよ」

 

「じゃあ先に足からぶっ壊しちまうか?」

 

「それもありだね」

 

「了解した!ゴエモン!」

 

仕掛けられる前に押し切ってしまえ。方針が決定した瞬間、そう言わんばかりの猛攻が始まった。

 

ゴエモンの仕込み刀が足の関節を狙うも、それは右腕の刀によって弾かれる。そんなのはお構いなしに、こっちは数を利用した波状攻撃で防御を掻い潜り右足を破壊。

 

浮いているくせに片足が落ちたことで態勢を崩し始めた隙に、ゴエモンの斬撃が今度こそ左足の膝裏に命中。バランスを崩しながら胴体も地面に倒れ、広い中庭に轟音と土煙が舞う。

 

「くっそ…なんも見えねぇ!」

 

「警戒しろ!まだ腕は生きてる!」

 

視界が煙で遮られ仲間の位置も確認できないが、ジョーカーの声は不思議と通る。

 

直前に見えた光景から油断しかけていたみんなの心はこれで引き締めなおされ、これは追い詰めたというよりもむしろピンチである可能性の方が高いということに気付く。

 

敵の動きが見えない中、微かに岩を擦るような重い音がした。

 

「伏せてっ!」

 

咄嗟にそう叫び自分も限界まで姿勢を低くする。

 

次の瞬間、頭上を重い風切り音とともに銀色に光る刃が通り抜けていった。一拍遅れて巻き起こった旋風で土煙は払われて、腕と頭と胴体だけになったマダラメの姿があらわになる。

 

「儂は神…そう…わしはかみなのだ…!」

 

「まだそんな自惚れを口にできるとはな」

 

「ええい…黙れガキどもっ!!この私に歯向かったことを、地獄の底で後悔するがいい!!」

 

倒れたままの体勢でマダラメは、刀を地面に突き刺した。その周囲からどす黒い液体が沸々と湧き出し始める。

 

一旦距離をとって様子を見ていると、さっき破壊したばかりの左腕がその液体の中から復活してきた。やはりその復元能力もそのままだったかと呆れていると、モナがサーベルを振り上げながら納得したようにこう言った。

 

「なるほどな。複製や贋作はお手の物ってわけか」

 

「ホンっと笑える」

 

再起した左腕の掌に再び燃え滾る炎があふれ出してすぐ、右腕の刀がフォックス目掛けて振るわれる。

 

奇跡的な反応を発揮しなんとかそれは回避できたが、その隙を狙うように溜め込まれた炎が投げられる。体勢を整える時間は無く、フォックスのペルソナとの相性的に炎攻撃が直撃するのはまずい。

 

そう思いフォックスを庇おうと私が動き出す前に、パンサーのペルソナがフォックスとの間に立ちはだかりマダラメの炎を自らの炎で相殺する。

 

「倍返しでいくよっ!カルメン!」

 

カルメンの手に、喰らった分の炎よりも一回り大きい焔の玉が出現しマダラメの右腕に高速で放たれた。見る間に関節部は黒く焼け焦げ、刀を持った腕も地面へと墜ちた。パンサーも中々にいいセンスをしている。

 

「キャー!ステキだぞパンサー!」

 

「さぁ、残りも一気にやっちゃおう!」

 

「あっちの腕は魔法の通りが悪そうだ。スカル、頼んだ!」

 

「おうよ!!ぶっこむぞオラぁ!!」

 

ジョーカーの指示が飛び、スカルが雄たけびを上げながらキャプテン・キッドを走らせる。それに慌てて魔法をうつ体勢を取り出した左腕の行動は、キッドの前では圧倒的に遅すぎた。

 

結果、弱点を見抜きはしたものの放たれることのなかった疾風魔法は空中で霧散し、船ごと突っ込んできたキッドの体当たりによって左腕は美術館の壁まで吹き飛ばされて粉々に砕け散った。

 

「はっ!どんなもんよ!」

 

「畳みかけるぞ!次は胴体だ!」

 

己の力が全く及ばないことに委縮し始めたマダラメに、かけてやる容赦などどこにもない。

 

ジョーカーの号令に合わせて全員で一斉に胴体に向けて攻撃を放つ。けれど、そのどれもが傷をつけるには届かない。

 

「ふ、ははは…!ど、どうだこの、鉄壁の守り!何物もこの守りを崩せない以上、無限に復元を続けて貴様らを…!」

 

「Chara」

 

どくりと、鼓動の音が頭に響く。

 

私はCharaを胴体部の真上に召喚し、振り上げたナイフを突き刺す。

 

今まで、一切の攻撃を受け付けなかった鋼の肉体にひびが入る。

 

そうして開いた穴にポケットから取り出した小型の爆弾を放り投げる。これは昨夜、雨宮と一緒に道具作りをしている最中にふと思いついてレシピをアレンジしたものである。

 

ボン、という安っぽい効果音とは裏腹に内部からの攻撃は思いのほか効果的だったようで、ついには胴体部も消滅し残ったのは泣きそうな顔をした斑目の歪んだ頭部のみ。

 

トドメを差すのもなんだか気持ちが悪いなと思いながら佇んでいると、ジョーカーが隣に立って聞いてきた。

 

「なんで今の攻撃は通ったんだ?」

 

「ナイフの刺し方にもコツがあってね」

 

「今度教えてくれ」

 

「そのうちね」

 

さて、そろそろ悪あがきも幕引きとなるだろう。

 

全員でゆっくりと、動けなくなって震えるマダラメの頭を包囲する。恐怖で震えているマダラメは、わざとらしく声を震わせて命乞いをしてくる。

 

「た、頼む!いいい命だけはあああ…!!」

 

「…」

 

でも、残念。

 

嘘つきに嘘はきかない。

 

ジョーカーにだけこっそりと教えておいて、包囲網を狭める。

 

一歩ずつ。

 

そして、ついぞ目の前にまで迫った瞬間マダラメは急に大口を開けた。

 

その口の中に薄暗い光が集っていき、限界まで溜まったそれが私たちに向けて放出される。しかしその光線の軌道はマダラメの思い描いていたものとは()()()のものとなる。

 

「残念だったな」

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

アルセーヌの呪怨の力によって光線は反射され、斑目本人の顔を焼く結果となった。今まで多くの人間を騙し通してきたマダラメだったが、私たち怪盗団はもうそんなペテンには引っかからない。光線の通った後は派手に道が抉り取られていて、しょぼくれた爺の姿に戻ったマダラメがそこに倒れていた。

 

ここからはもう私の出る幕などない。後はフォックスの役目だ。

 

「芸術は所詮カネの世界。金がなければ何もできない。なぁ祐介、お前なら分かるだろう?金のない画家は惨めだぞ?もう、戻りたくなかっただけなんだよぉ!」

 

フォックスは、仮面の奥に失望と怒りの入り混じったぐちゃぐちゃな感情を隠し、倒れ込むマダラメの胸倉を思い切り掴んで立ち上がらせる。

 

「ひぃっ」

 

「お前はもう終わりだ。このおぞましい世界と共にな」

 

「こ、殺さんでくれ!頼む!」

 

「現実に戻って、今までの罪を告白しろ。全てだ!」

 

みじめに命乞いを続けるマダラメから苛立たし気に手を離し、フォックスはそう吐き捨てた。

 

今、彼がどんな気持ちでその言葉を口にしているのかは、私には分からない。でも、あれだけ親や師と慕ってきた存在に対して引導を渡す役割を担うことに、少なくとも責任感は感じているんだろう。

 

もちろんその行為は自分のためでもあるけど、きっとそれ以上に喜多川祐介という男の中には、自分が終わらせなければならないという使命感のほうが強くあったはずだ。

 

フォックスは強い。自分の意思で親との決別を決意し、そして成し遂げた。ただ逃げているだけの私とは大違いだ。

 

「こ、殺さんのか…?」

 

「約束しろっ!」

 

「ひっ!わ、わかったから…!」

 

そうフォックスが凄むと、マダラメはようやくその手の中に掴んでいた本物のサユリを手渡した。と同時に、パレス全体が大きく揺れはじめ崩壊が始まった。

 

「始まったな。脱出するぞフォックス!」

 

「…ああ」

 

「まってくれ祐介…!わしぁこれからどうすれば…なぁ!?祐介…!!」

 

車に変身したモナに全員が乗り込み、最後にフォックスが乗車するのを確認してからジョーカーがアクセルを踏む。

 

すがるように最後の弟子の名を叫び続けるマダラメに、フォックスはついに振り返ることはなかった。

 

 

パレスから帰還した私たちはそそくさとアトリエから離れ、一先ず仮の拠点としている渋谷駅の連絡通路まで戻ってきた。

 

戻ってきてからずっと、喜多川は魅入られたようにサユリを眺めていた。今や現実にある本物は斑目によって塗りつぶされてしまっているわけだから、本当のサユリは、こっちの絵だけということになる。認知世界にあった偽物のはずだったのに、とんだ皮肉だ。

 

「これが、母さん」

 

「すっごく綺麗な絵だね」

 

「ああ」

 

横から杏が覗き込み、同じように食い入るようにサユリを見つめている。確かに、知識のない者が見ても大半の人間はこの絵を“綺麗”だと表現するだろう。単純な見た目だけの話ではなく、まるでそこにいるかのような女性の心を描いた絵だから、そう感じさせるのかもしれない。

 

「顔なんてろくに憶えていないはずなのにな」

 

「母さん!…とかって、こんな場所で泣き出すんじゃねーぞ?」

 

「…感謝している。みんなが俺を引き込んでくれなければ、この絵を見ることは一生叶わなかっただろう。今更こっちのサユリが本物として認められはしないだろうが、それでも俺は満足している」

 

「うん。祐介に届いただけで、きっとお母さんも満足してるよ」

 

「確かに、母のこの表情、名声など欲していたはずもないか」

 

「“サユリ”は母親の名前か?」

 

「いや…斑目がつけた、適当な名前だろう。本名なら盗作がすぐにばれるからな」

 

「そうか。祐介は、これからどうするつもりだ?」

 

ここに来るまでの道のりで買った缶コーヒーを飲み、雨宮がそう問いかける。

 

「そういうみんなは?」

 

「俺たちはこれから先も、“これ”を続けていくつもりだ」

 

「なぜ、そんなことを?」

 

「鴨志田の話はしただろ?みんな、卑怯な大人に喰われる側だったけど、逆転できた。だから、同じような境遇の人を、勇気づけてやりたいと思う」

 

「勇気か。与えてどうする?勇気があれば、幸せになれるのか?」

 

「それはやってみないと分からない」

 

「己次第、ということか」

 

心の怪盗団は悪人の歪んだ心だけを盗む。それは虐げられてきた人々にとっての救いにもなるし、周囲の人々への意思表示にもなる。自分だけでは到底解決できないなにかに遭遇しても、立ち向かう勇気があればなんとかなるかもしれない。そう思い心を入れ替える人だって、今はまだ少ないかもしれないけど、きっといると思う。

 

喜多川は少し考え込み、やがて答えを出した。

 

「俺も続けよう…怪盗を。確かに弱っている人々を助けることにも繋がるし、なにより異世界を探索できれば着想の幅も広がるだろうしな」

 

「絵、続けんのか」

 

「当然だ。まだ妻木さんの絵も途中だしな」

 

「え、あれって結局脱いだのか?」

 

何故かモルガナが興味津々に聞いてきたので素直にそうだと答えると、尻尾と耳がピンと伸び坂本が飲んでいた炭酸飲料を吹き出した。

 

「汚いぞリュージ!」

 

「オマエがいきなり変な話すっからだろ!?」

 

「この程度で動揺すんなこっちが恥ずかしくなるだろ!?」

 

「完成したら見せてやる」

 

「別に頼んでねーよ!?」

 

「もううっさいっての!人挟んでわめくな!」

 

喜多川と杏を挟んでいつものじゃれあいが始まり、私と雨宮は苦笑いしながら周囲の目線から逃げるように通路の端に寄った。

 

「なぁ、妻木さん」

 

「分かってる。後で」

 

「…ああ」

 

そして、パレスの中に居た時からずっと何か言いたげにしていた雨宮が口を開き、なんのことか察した私は咄嗟にそれを遮った。今、ここで話すことじゃない。

 

私が感じていた気配の正体は判らなかった。でも、間違いなく意志を持って私の邪魔をしようとしていることだけは確かだ。マダラメのシャドウの姿も大きく変わっていたし、予定していたよりもはるかに強かったことに、きっと関係がある。

 

ジョーカー達だけで先にオタカラの元に行かせたのには、あの気配は怪盗団ではなく私のことを見ているという、ある種の確信めいたものがあったからでもある。もし中庭に気配の正体が現れたのなら、私一人でなんとかするつもりだった。

 

だが実際はそうはならず、ジョーカー側でも特に異変はなさそうだった。

 

 

『気を付けろって?』

 

『気を付けてるのは雨宮だけでいい。あの時、何かが待ち伏せてた気がした』

 

『みんなには言わなくていいのか?』

 

『余計な不安は与えたくない。そもそも、ただの気のせいかもしれないし』

 

『分かった。じゃあ後で…ところで、本当に脱いだのか』

 

『…気になるの?』

 

『それなりに』

 

『脱いだけど、そういうこと真顔で言わないでほしい』

 

『お互い様だろ』

 

 

 

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