PERSONA5:The・Determination 作:Ganko
「それで、どうだったの?」
斑目のパレスからお宝を奪ってきたその日の夜、私と雨宮はコインランドリーで自分たちの分の洗濯が終わるのを待っていた。
震える洗濯機を眺めながら、ポツポツと言葉を交わす。
「特に、妻木さんの言ってたみたいな脅威は感じなかった。オタカラを奪う作戦も邪魔はほとんど入らなかったし」
「そう。じゃ気のせいだったかな」
「いや…」
私の言葉を否定して、雨宮は続ける。
「確かに作戦当日は起きなかった。けど、言われてみれば確かに、初めてあの場所に入った時妙な気配を感じた気がする」
「…」
作戦の前日にみんなで会議をした後、私は雨宮にだけ自分の感じた気配の話を伝えていた。あまり警戒しすぎて逆効果になることは避けたかったし、なにより真に理解できそうなのは雨宮だけだと思ったから。
気配を感じたことは間違いなく気のせいじゃない。そのことを裏付ける根拠は私の中だけにあるものだけど、あの斑目の姿。
記憶の中にあるものとは随分違った。私の知らない何かが干渉していることはまず間違いない。
それに、斑目の口から“黒い仮面”の話が出なかったことも、もしかしたら関係があるかもしれない。なるべく記憶通りの流れからは出たくない訳だけど、この時点で少しづつ歪みが出てきてしまっている。
「何か知ってるのか」
「別に何も。私だって分からないよ」
当然、この世界に生きる人間の殆どと比べれば、何も知らないわけじゃない。でも所詮は私もみんなと同類。世界の内側から知れることには限界がある。実際、妙な気配のことにはなんの心当たりもないのだから。
雨宮は、やはりというか勘が鋭い。
そもそも、なぜ私が家出して惣治郎に拾われてるのかも、雨宮はよく知らないのだから勘ぐることも当然だとは思う。怪盗団としても、坂本や杏のように純粋に信頼されてるとは、自分でも思ってない。
少し気まずい空気のまま、ランドリーには洗濯機の稼働音だけが響く。
「雨宮」
ランプが点滅し、私の分の洗濯が終わったことを知らせるアラームが鳴った。下着の類もあるが特に気にせず取り出し、去り際に告げる。
「明日、メメントスに行こう。2人で」
「どうして?」
「力をつけるのに越したことはないでしょ?斑目の改心が済んで次のターゲットが見つかるまでに、出来ることはしておきたい」
「それは願ったり叶ったりだが、貸しになるのか」
「話が分かるね。じつは、私と取引してほしいんだよね」
「取引?」
事態は思っているよりも急速に進行している可能性がある。のんびりしていたら、必要な時にみんなを守れなくなるかもしれない。今この世界に起きている異変は、間違いなく私の存在によるものだし、その責任は果たさないといけない。
もう二度と、私のせいにはさせない。
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放課後、私と雨宮は下校しそのままメメントスへと直行した。
改札を下りシャドウが跋扈する上層へと足をつけて振り返ると、いつも通りのポーカーフェイスで佇むジョーカーは,
黙って武器を構えた。躊躇のないその様子が少し嬉しく感じる。
私はナイフを逆手に持ち、雨宮に見せつけるように掲げる。
「マダラメのシャドウと戦った時、聞いたよね」
当然なのだが、ジョーカー含め怪盗団の面々の武器の振り方は全て我流である。己の中のイメージ通りに動けるのはいいが、より実践的な戦い方も、知っておいて役には立つはずだ。
それに、ジョーカーと私の得物は特徴が似ているから、この知識は活かせると思った。
「ナイフの振り方、口で教えようと思ったんだけど、やっぱり体で覚えてもらう」
「どうして感覚でナイフの使い方が分かるんだ?」
真っ当なツッコミは無視してまずは握り方から。
ジョーカーの手を取って指の置く場所や力の入れ方を教えて、多分コンクリで出来てるメメントスの壁に短剣を突き立てるよう言った。するとまぁ、予想はしていたが一発で成功させてしまった。
砂に木の棒でも突き刺すかのように、真っ直ぐジョーカーの短剣は壁に突き刺さり、今度は全く抜き出せなくなっていた。しょうがないので私が引っこ抜いてやると、信じられないと言った顔で私のことを睨んできた。
ジョーカーのポーカーフェイスを崩せたのに満足した私は、引き抜く時のコツもジョーカーに教えておいた。
「これも感覚で?」
「そうだね」
私がもう一度壁に突き刺したナイフを抜き取るところを見せると、それだけで力の入れ方を理解してジョーカーは簡単に再現して見せた。人間、大抵のことは知識が有ればそれなりに出来るものだが、こいつの場合は才能も作用しているだろう。
短い刀身の得物での巨大な敵の相手取り方を学んだところで、後はそれを実戦の中でスムーズに行えるようにしなければならない。
ここまで私は特に具体的なレクチャーなどはしておらず、ただいつもの様にナイフを使ってコンクリの壁を弄んでいただけ。
つまりジョーカーの我流とさほどは変わらないということだけど、私はそれでいいと思っている。下手に他人のやり方を自分の体に馴染ませるよりも、よっぽど効率的だ。
知識を得た上で、それを自分なりにモノにする。
「適当にそのあたりのシャドウで試してみて」
ここはメメントスの入り口に最も近い場所だ。ジョーカー一人でも問題ないだろうと、壁にもたれかかり持ち込んだ板チョコをかじる。
遠目で見た限りでも、明らかに一撃一撃の威力が向上しているのが分かる。単純なレベルアップとは別に、こういった基礎知識のようなものがあれば様々な状況で応用がきいて何かと便利だし、今後もジョーカーなら有効活用してくれることだろう。
身体全体を使った大きな動きの中に、さっき身に着けた手先の動かし方も加わってよりテクニカルにシャドウを切り倒していくジョーカー。あらかた殲滅しおえた後こちらを振り返って聞いてきた。
「こんな感じか?」
「いいんじゃない。後は咄嗟の時に使えるようになるまで、しばらく実戦で意識してればいい」
「なるほど」
ジョーカーは手のひらの上で感覚を確かめるように短剣を弄びながら、私の元へ戻ってくる。
「今はこれだけに集中してるから出来てるが、実戦の中で使えるようになるにはもっと習熟しないとな」
「それが分かってるなら十分。ところで、昨日言ったこと覚えてるかな」
「
私は無言でうなずき、仮面を取る。
「私はこれからもジョーカーに教えてほしいと言われたことにはできるだけ応える。その代わりに、私にも教えてほしいことがあって…」
私は『力』を使わずにこの先もやっていきたいけど、そのままじゃいざという時に仲間を守れない。私もなにかしら、こっちの世界で努力して力を得る必要がある。
隣に立つ
「わたしも魔法が使えるようになりたいんだよ」
「魔法か。アルセーヌの“エイハ”とか?」
「そう」
「……と、言ってもな」
そう、私のペルソナとして存在しているCharaは、厳密にはペルソナでは無いことが最も大きな理由なのだろうけど、みんなが使うような魔法は使えない。
スカルのキッドが放つ電撃も、パンサーのカルメンが生み出す火炎も使えない。そこで、特訓の対価としてジョーカーにこの事を提案してみたわけだけど、反応は思った通りというか、自分自身でも使い方はよく分かっていないそうなのだ。
ペルソナを心に宿したその瞬間から、まるで昔から扱っていたかのようにペルソナに魔法を使わせることができるようになっていたらしい。
「その答えは大体予想できたけど、なんとかならないかな」
「とりあえず、使えないって認知を消すところからじゃないか?」
言われてみれば確かに、その理論は筋が通っている気がした。
さっそく力を込めた方向へ炎が発するイメージを抱き精神を集中する。すると、炎とは言い難い原色まんまの赤色が地面で爆ぜて派手なクレーターを作った。
お互いに言葉が出ず、ただ目を見合わせる。
こういう状況のことを上手く言い表す言葉があったはず。確か、“思ってたんと違う”だ。
軽く悪態をつきながら再度チャレンジしてみると、今度はさっきよりもはるかに大きい爆発が起き、周囲のシャドウがクモの子を散らすように私たちから離れていった。
「違うよね、これ」
「ああ。違うな」
イメージしたのはカルメンの操るような火球。実際に出たのは炎とは似ても似つかぬ謎エネルギーの爆発。色は、私の力を使って生み出すナイフと全く同じで、残り香のように地面に留まり続ける赤い糸状の光はやがて宙に散っていく。
どうしても、私にこの力を忘れることは許されないらしい。
「リーサルは、どうしてもこの力を使いたくないのか?」
「まぁ……」
ナイフを縦に持ち力を籠める。
みるみるうちに刃は真っ赤に染まっていき、私と雨宮の仮面を照らす。
なにも知らぬ常人が見ても、底知れぬ不安を煽るこの赤色のルーツは、私ではない。
人の持つ狂気を表したかのようなこの力は、まさしく外の世界からもたらされた狂った心の力そのものだ。きっとジョーカーが見ても、この赤色には得体の知れない気味悪さを感じているはずだ。
そう思いジョーカーの顔を覗き見るも、その不安げな視線は赤く光るナイフではなく私自身へと向けられているのに気付く。
その理由にはたと気づき口元を押さえる。
「別に隠さなくてもいいと思うが」
「……」
「それも個性だろう」
もしかしたらこの力こそが、生まれ持った私の本質なのかも知れない。でも私はそうじゃないと信じている。この力は所詮、与えられた力で、本当の自分はどこかに置いてきてしまっただけなんだと、思うことにしている。
「妻木さん」
「…ん?」
ふと、沈みかけていた意識がジョーカーの声で引き戻される。
「考えすぎも良くない。まずはひたすら反復練習だ」
「そうだね。もう少し付き合ってくれる?」
「もちろん」
それから私とジョーカーは、集中力の続く限り練習に打ち込んだ。ジョーカーにはアルセーヌを召喚してもらい、ひたすら呪怨属性の魔法を目の前で打ってもらう。そしてそれを、Charaを使って見よう見まねで再現しようと試みる。初めは何度繰り返しても全く変化が見受けられなかったが、ある時から急にそれっぽい奴は出せるようになってきた。
アルセーヌの顔に浮かぶ燃え上がる炎を見つめているうちに、なんとなくだが呪怨というものの概念を理解できた気がした。
一括りに呪怨と言っても、その種類は種々あるはず。アルセーヌのそれは、ジョーカーの最初の怒りから生まれた存在だから、理不尽に抗う意志こそが呪怨という形をとって攻撃に転用できているのだろう。
そう思って、私もこのままならない状況への怒りを呪怨に変えて放つイメージを練ってから力を籠めた。すると、さっきまでの真っ赤なエネルギーではなく、アルセーヌの使うような赤黒いエネルギーが目の前で爆ぜた。
思わずジョーカーの方を振り向くと、同じように目を見開いてこちらを見つめていた。
一拍置いて、ふっと柔らかな笑みが漏れた。
ジョーカーが文句の一つも言わずに先の見えない練習に付き合ってくれたおかげで、この世界での魔法の仕組みを、多分だけど理解できたように思う。
当然だが発動するのはペルソナとして召喚するCharaのほう。しかし例外はあって、自分自身の中にCharaを呼びだした状態では、私の体で魔法を放つことも出来た。
イメージを練ればより様々な形で呪怨を発することが出来るし、戦略の幅は広がったことだろう。
「なんだか新鮮なものも見れたし、今日は収穫あったな」
「なんのこと?」
同じく今日ここに来た意味はあったと満足していると、不意にジョーカーがそんなことを言いだした。新鮮なものとはなんのことを言っているのか分からず聞いてみると少し考え、「秘密だ」とだけ返ってきた。
普段から私が他人にしているような態度だが、いざ自分がされると怠いものである。
「まだまだここからだろう?続けよう」
ペルソナの召喚には精神的な負荷がかかるものだが、集中力にはまだ余裕がある。もう少し、浅瀬のシャドウぐらいなら二人だけでやっても問題ないだろう。
楽観的に考えた私たちは、それぞれの特訓を兼ねてメメントスで疲れ果てるまでシャドウと闘い続けたわけだが、現実に帰ってきたのはそれから数時間も後のことになってしまい、惣治郎からお小言をもらってしまうのだった。
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「こんばんは妻木さん。足はもう大丈夫?」
メメントスでの特訓から帰ってきてから、私と雨宮は二人でルブランのカウンター業務を手伝っていた。そうしろと言われたわけでは無いが、帰るのが遅れた反省のつもりだ。
すると、少しの間顔を見ていなかった武見が来店し、入り口から二番目のカウンター席に腰かけた。注文は何も口にしていないが、惣治郎は慣れた様子でコーヒーを淹れ始めている。いつも同じものしか頼まないんだろう。
「おかげさまで」
「今日は雨宮君も一緒なのね?勤勉でいいわね、マスター」
「まぁそれなりには助かってますよ」
「ニャフ。だってよ二人ともー」
ソファに置いたままのカバンから顔をのぞかせたモルガナの鳴き声に惣治郎が気付き、雨宮に上に持っていけと命じる。
やれやれと肩をすくめつつ、惣治郎は再び手先に集中し始め、武見は階段を上がっていく雨宮の背中を見ながら静かに微笑んでいた。
「ねぇ。もし間違ってたら申し訳ないのだけど」
そんな武見がカウンターに立つ私に向き直り、テーブルに肘をついて質問してきた。
「あなたのお父さんって、もしかして医療関係者だったりする?」
“お父さん”という単語を耳にした瞬間、ピクリと指先が跳ねた。
武見の視点からは見えなかっただろうから、図星を知られずには済んだ。あまり言葉を濁しても疑われるだろうと判断し、私は一瞬の沈黙の後すぐにそれを否定した。
武見の目は別に探ったり疑ったりしているようなものではなかったが、静かに、確信を持ったような雰囲気からは少しだけ圧力を感じた。
この人にも世話にはなったけど、それよりもあの二人に迷惑をかけるわけにはいかない。繋がりはできるだけ絶っておかないと。
「そう。昔の知り合いと苗字が同じだったから、もしかしたらって思ってね」
「部門も一緒だったんですか?」
「いいや?私は内科だけど、あっちは外科だったね。脳のやつ」
…。
「ったく、開店中は店の中うろつかせるなよ」
「すいません」
脳外科医で私と同じ苗字なんてほとんどいないだろうし、武見は間違いなく私の父親のことを知っているとみて間違いないだろう。確かに、私の父は医療関係者だし、外科医で、脳のやつ、だ。
けど、それを肯定してしまえば、子どもが家を出ているという事実が他人に知れることになる。それはとてもリスクを伴うことだ。私が家出していることがいろいろな人間にまで知れたら、それに付随して余計な真実まで暴かれてしまうかもしれない。
「でもそっか。人違いか」
「はい。残念ながら」
「まぁ、あなたが元気そうで安心したわ」
惣治郎から受け取ったコーヒーカップを差し出すと、武見は短く礼を言いゆっくりと吟味を始めるまでもなく、水同様にぐびぐびと一気に飲み干してしまい、惣治郎がもともと渋い顔を更に渋くする。
味や香りなんかよりもカフェイン摂取の意味合いがほとんどを占めていそうだ。少しだけその気持ちは分からないでもない。
あっという間に一杯を飲み干した武見は早々に立ち上がり、会計を済ませて店を出ようとした。しかしその直前、何かを思い出したかのように雨宮のほうに振り向いて何かを放り投げた。
雨宮が、受け取った何かと武見の顔を交互に見合わせて疑問符を頭に浮かべていると、武見はさも当たり前かのような口調で続けた。
「ソレ、疲労が溜まったときに飲んでみて。次に来るときにはその時の感想を聞かせること」
「はぁ…」
「それじゃ。ごちそうさま」
パタリと扉は閉められ、店内はしんと静まり返った。雨宮の手元を見ると、一つの茶色い小瓶が握られていた。
「なにそれ」
「さぁ」
「さぁ…って大丈夫なのかよ」
「多分。これまでも何度かあったから」
「お前普段あの先生のとこでなにやらされてんだ」
「新薬の治験の手伝いを」
「モルモットじゃねぇか」
「今度ふたりも飲んでみる?強烈だぞ」
「いらねぇよ」「いらない」
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朝、いつもの様に雨宮と通学していると、ホームで杏と遭遇し一緒に同じ電車に乗ることになった。その途中、杏が天井にぶら下がっている雑誌の広告を見て、“社会科見学”の話を持ち出した。
「二人ともどっちにする?わたしはテレビ局にしようと思うんだけど」
そして、私はこのイベントの事をすっかり忘れてしまっていた。杏の口から聞くまで完全に興味の外に放り投げてしまっていたせいで、意外と重要なイベントがあることに今更気が付いた。
社会科見学でテレビ局に行く日、番組の収録に立ち合えるのだが…その時、明智吾郎もその場にいるはずなのだ。直接コンタクトを取るにはうってつけの機会だ。
「私もテレビ局にする」
「うん!一緒に行こ!蓮はどうする?」
「杏殿が行くって言ってんだから、ワガハイ達もテレビ局確定だろ!」
「元々そうしようと思っていた」
ただのつまらない学校行事とばかり思っていたせいでとんでもない不意打ちを食らった気分になったが、これは嬉しい誤算。となれば、今からでも明智に会った時の文句を考えておかないといけない。
「じゃあ決まりね。ついでに、二人とも今日の放課後空いてたりしない?」
「何かあるのか?」
「うん。実はさ」
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と言う訳で私と雨宮は、杏の誘いにより渋谷のショッピングモールへと連れ出されていた。
杏は私の普段着に不満があるらしいが、無頓着と言われるほどひどい格好をしているわけでは無い。確かにバリエーションは少ないかもしれないけれど。
「綺羅のは少ないなんて次元じゃないから!はい、今日はまずスカート標準装備でいくから覚悟するように」
「もう、お好きにどうぞ」
「蓮、ちゃんと写真撮っといてね。後で見るから」
「いつでもこい」
楽しそうだなこいつら。
私は店員に見つかったら面倒だからという理由で外に放り出された哀れな黒猫の姿を思いながら、杏にされるがまま呆然と試着室でマネキンと化していた。
これでもなんて言ったら失礼かもしれないけど、杏は学生業と怪盗活動のほかに、その抜群のプロポーションを活かして、空いた時間でモデルの仕事もしているわけで、完全にお任せでも悪い方にはならないだろう。
そんなこんなで色々と試着スペースに持ち込んできた杏に、コレとコレ着ろと命じられ言われるがままに着用してカーテンを開ける。こういう服装、なんて言うんだっけな。
「おお…おおおお」
「うむ」
言葉にならないうめき声を上げながら壊れたおもちゃの様に首を縦に振り続ける杏と、その背後に立ちスマホを構えながらサムズアップする雨宮。
よだれでも垂らしそうな勢いの杏は急にテンションを上げ、次のコーディネートを指定してきた。もしかしなくても想定以上に長く続きそうだ。山の様にカートに積まれた衣服たちを遠い目で眺める。これを全部着終わるまでに、間違いなく日は暮れる。そうなったらまず店員に追い出されるか。
ひたすら着せ替え人形に徹して、その度に杏がおののき雨宮が写真を撮るループを繰り返していくうちに、だんだんとチョイスに露出の多いものが増えてきた。別に恥ずかしいわけではなく着れない理由があるのでこれは断っておくことにした。
「お願いします一回だけでいいから!それかわたしにだけ見せてっ」
カーテン越しに話しかけてきていた半ば暴走気味の杏が、無理やり試着室に押し入ってきて、まだ服を着ている途中の私と目が合った。
というより、杏の視線は私の体に釘付けになっていた。
「…あ、」
一瞬硬直してすぐ出ていこうとする杏の腕を掴んで引き留める。
「誰にも言わないで」
「う、うん」
杏は小さく頷き、再びカーテンの向こう側へと消えていった。
聞こえないように深くため息をつき、私は制服に着替えなおして外に出た。若干気まずい空気が私と杏との間だけに流れ、雨宮が不思議そうに首をかしげる。
黙っていてもらちが明かなそうだったから、せっかく試着した何着かは購入して帰ることにして努めて平静を装った。
けれど結局、その日の最後まで杏の表情は晴れることは無かった。
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『速報です。たった今、日本画の大家として知られる斑目一流斎氏が会見を開いた模様です』
『会見によりますと、斑目氏は自らの弟子の作品を自分の作品と偽って世に公表していたと供述しており…』
『また、盗難に遭ったと嘘をつき複製した作品を不正な取引に使用していたことも自白しています。警察は詐欺の疑いでも引き続き捜査を続行する方針を示しています』
『なお、斑目容疑者の個展会場内には“心の怪盗団”を名乗る謎の集団からの予告状が出されていたこともわかっており…』
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朝起きてまず目についたのは、改心した斑目が緊急記者会見を開き全てを告白したというニュースだ。
私と雨宮はすぐに喜多川に連絡をとったが、本人は案外平然としていているようだった。それよりも動揺が大きかったのは、民衆の方。通学路でも耳に入ってくる世間話の内容は、今朝のニュースと心の怪盗団についてで持ち切りだった。
教室の中でも、黒板に斑目の顔の落書きがされていたり、喜多川が発案した怪盗団のシンボルマークも描かれていた。
「随分話題になってるな」
「それが目的だったからね」
鴨志田の時よりも有名な相手だったのもあって、反響もそれなりに多くなったということだ。雨宮は少し複雑そうにしていたが、ともあれこれで怪盗団の存在は今まで以上に人々に知れることとなった。このことで、少しでも勇気をもらえる人間が増えればいいけど。
少なくとも、今の段階では怪盗団に賞賛の声が上がるわけでは無く、斑目の急な心変わりによって開かれた“号泣記者会見”を面白がる声ばかり。
斑目は自身の罪を会見で暴露していくうちに、最後には感情を爆発させて大泣きしながら会見を終えた。これは一生ネットのおもちゃにされるんだろうと思うと少し気の毒な気もするが、それ相応の罪を重ねてきたんだ。罰は受けて然るべき。
教室のざわつきも収まらぬ頃、杏が教室のドアを開けて入ってきた。一瞬気まずそうな目をしたように見えたけど、普通のトーンで「おはよう」とあいさつを交わしてきた。
「…すごいことになってるね。鴨志田のときもそうだったけど、ちょっと驚いちゃう」
「だがこれで、ワガハイたちの存在が世間に広まった。つまり、メメントスにもなにか影響が出てるはずだ」
「そっか。でも、しばらくは様子見?」
「ああ。次のターゲットが見つかるまでは、普通通りに」
雨宮の声に頷くと同時に、チャイムが鳴る。
次のターゲットはこちらから動かずとも向こうから来てくれるはず。その前に、一週間後に控えた社会科見学で成果を得ることが、次の私の目標だ。
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学校の違う喜多川以外の怪盗団メンバーは、そろって見学先であるテレビ局に来ていた。
もちろんそこには自分も含まれてるわけだけど、今私の周りには誰もいない。分かりやすく言えばサボって抜け出してきた。
今頃みんなはテレビのスタジオで色々な作業の手伝いをやらされている頃。私がここに来たのは明智に会うためであって、そもそも見学自体の内容には興味は微塵もなかったので脱出してきたのである。
人気のない廊下の壁に背を預け、目的の人物が通りかかるのを待つ。
もし今日ここで遭遇できなかったとしても、明日の収録には必ず明智は出演し、そこのスタジオに私たちは集められる。明日になれば確実に明智と会えるわけだけど、その後にゆっくり話す時間があるとは限らない。今日出くわすことが出来れば、それが一番。
スマホで怪チャンの掲示板を覗きながら暇をつぶしているうちに、いつの間にか時間は過ぎ昼前に。
いい加減不審者扱いされても仕方ないレベルで佇んでいるので、そろそろ移動しようと壁から背を離した時、スマホが震えた。
画面を見ると、グループチャットに杏からのメッセージが届いていた。いつの間にか私が抜け出ていたことに気付いてご立腹な様子だ。
しょうがないので来た道を引き返し、収録現場の方に向かって歩いていると、秀尽の制服を着た生徒たちと何人もすれ違い、その会話の節々が耳に入る。
「明日の収録明智君来るって知ってた?あたしちょー楽しみなんだけど!」
「知ってるに決まってんじゃん。てか、今日もここ来てるらしいよ。なんか別の番組の撮影とかで」
「マジ!?え、スタジオとか突撃したら駄目かなぁ!?」
どうやら、明智がここに居ること自体は間違いじゃないらしい。とはいえこのビル自体はかなり広いし、しらみつぶしに歩き回っても望みは薄そうだ。
「駄目に決まってんでしょ」
「そっかぁ。ていうかそれって誰情報?新聞部?」
「ううん。玲央からだよ」
このまま雨宮達と合流して一緒に動いていれば、明智と偶然鉢合わせる可能性は高いことは分かっている。
でもそこから二人きりで話をする流れに持っていくには多少不自然だし、今後私に妙な疑いがかかっても面倒なだけだ。確実に会えるとは言っても、やはり周囲の目が多すぎると動きずらい。
「あ、いた!」
「リュージといいツマキといい…こういう行事ものは真面目にしとけって言ったろ」
「杏もサボってたろうが」
「わたしはトイレ行ってスマホいじってただけだし」
考え事をしながら廊下を歩いていると、雨宮達と無事合流。かなり早い段階で抜け出した私以外も、結局あの退屈すぎる社会見学をサボっていたらしい。そろいもそろって不良集団だ。
「お前もだろ!」
「真面目にやってたのはレンだけだったな」
「勉強になった」
「そうか…」
自分のペースを全く崩さない雨宮の言動に坂本がガックシと肩を落とす。
「つかもう12時回ってんじゃねぇか。どっか飯いかね?」
「さんせー!」
「ワガハイあそこ気になるぞ!来るとき見えた、あのデカいパンケーキみたいな場所!」
「パンケーキ?あー、ドームタウンのことか?」
ピンと来ていない雨宮とモルガナを尻目に、杏はその言葉に乗っかってみんなでドームタウンに行こうとはしゃぎだす。飲食店ではなく、ただのデカいテーマパークなわけだが。
「行こう」
「お?珍しく乗り気だな」
私が即答すると坂本が何故か意外そうにこちらを見てきた。
実は私はテーマパークというものが、好きなものランキングの五本の指に入るぐらいには好きだ。
転校してくるまではよく行っていた。ドームタウンは興味はあったけど今まで一度も行ったことがなかったし、ぜひ行ってみたい。
…と、一瞬ドームタウンのことで頭がいっぱいになりかけたが、その瞬間廊下の角から見知った顔が現れてすぐに頭は切り替わる。
「どうも」
「…あ!」
「誰だ?」
「ああ、明智吾郎って言います。有名人…ってほどじゃないけど」
にこやかに登場したのは件の明智吾郎。坂本は興味無さげにしているが、杏は明智の事を知っているようで多少は驚いていた。
「“二代目探偵王子”!」
「その呼び方は少し恥ずかしいけど、知っていてくれて嬉しいよ」
「たんていおうじぃ?」
「馬鹿知らないの?現役高校生探偵ーって、今や時の人だよ?」
「まぁ知らなくても無理はないよ。まだまだ成長途中だからね。ところで君たち、秀尽の子だよね?」
「そうだ」
「ということは…」
明智は何かを言いかけて、突然言葉を切った。不自然な言動に疑問を抱いたのも束の間、明智は用があったのを思い出して慌ただしくこの場を後にしようとした。
「あっと、今のは忘れて!明日の収録は君たちと同じになると思うから、お手柔らかに頼むよ!それじゃ!」
「…はあ」
…ふむ。一瞬私のことを見て固まったのは気になるところだし理由は分からないけど…慌ててくれたのは好都合だった。明智のポケットからメモ書きのような紙切れがひらりと落ち、私の足元に着地した。
好機とみて明智を呼び止め私の方から接近し、拾った紙片を手渡す。そのついでにスマホの画面をさりげなく明智の方に向けて、“イセカイナビ”の起動画面を見せつける。
「落としたよ」
「…あ、ああ。ありがとう」
駆け足で去っていく明智を見て、坂本は“ヘンな奴”だと毒づきモルガナは勝手にライバル視して尻尾を立てていた。
ちゃんと見えただろうか。メッセージ。
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明智と別れた後、私たちは四人と一匹揃ってドームタウンにやってきていた。
元々昼食を摂ろうという話だったような気がしたけど、いざ中に入ってしまえば空腹などどうでもよくなった。都会のど真ん中に立つテーマパークだけど周りのビル街の雰囲気など一切感じさせない。来園者の歓声や楽し気な音楽、そしてなにより開放感あふれる道のレイアウトこそがそう感じさせるものだと思っている。
そして、テーマパークに来たらやることは一つ。
私は上を見上げ、おそらくここの名物である巨大ジェットコースターに目をつける。空中で大きく曲がりくねっているレールの上をコースターが通り抜けるたび、気持ちのいい悲鳴が響いてくる。
「みんなで乗らない?」
私がそう言うと、モルガナ以外は二つ返事で応じた。もちろんカバンを持ったまま乗ることはできないので必然的にモルガナは留守番となるわけだが、とても安心しきった様子で残念がっておられた。今度ネコでも乗れるジェットコースターを探しておいてやろう。
そんなこんなで列に並び始めると、平日の昼間なことが幸いしものの十分程度で乗れることが判明。これは周回チャンスだ。
「そんな何回も乗るもんじゃねーだろこれ…」
「なに竜司。ビビッてんの?」
「そうじゃねぇけどよ…。でも確かに、妻木ってこういうのは平気そうだよな」
「分かる。蓮はどう?」
「大好物」
「うん。なんかそんな気がした。…はー、なんかわたしも楽しみになってきた!綺羅、これもいいけど他のも回れるだけ回っときたくない?」
「みんながそう言うなら任せるよ。でも、これは二周するから」
搭乗口付近にある掲示板に表示された残り時間よりもやや早く、私たちの順番がやってきた。ちょうど人の切れ目だったかつ後ろに誰も並んでいなかったから、なんと怪盗団貸し切り状態である。いつも休日にパスを使っていくところばかりだったから、ここまで人が少ないと逆に心躍る気がする。
四人並びのシートの最前列に乗り込み、さわやかな男性クルーの掛け声と共にゆっくりと始動。いきなり現れた上り坂を、もったいぶった速度で上昇していく。気が付けば少し遠くに見える観覧車の最高高度をゆうに追い越していて、そろそろ急降下が始まろうとしている。
「来るぞお前らー!」
「ヒュー!」
上向きになっていた機体が平行になり、やがて頭がゆっくりと下に傾いていき、そして、
落ちる―。
身体中の内臓が浮くような感覚とともに一気に加速。息つく暇もなく急降下と急上昇を繰り返し、横に縦に回転し放題で心底昼食の前に乗っておいて正解だったと思い知る。
生身じゃまず体験できない速度で風を切る感覚は、やはり何にも代えがたい快感だ。
しかし楽しい時間というのはいつでも、あっという間に過ぎ去るもので。
気が付けば元のスタート位置にまで戻ってきていて、コースターは動きを止めてベルトが上がった。みんな少しふらつきながらも、吹っ切れたように笑いながらシートから降りる。
もう一度乗るにしても列に並びなおさなければならないから一度外に出たところで、ロッカーの上でぐったりしているモルガナを発見した。
「お前は乗ってないのになんでダレてんだよ」
「見てるだけで酔ったぞ…オマエラよくあんなの乗れるな」
「楽しかったよー?二回目はちょっときついけど」
「俺も休憩。二人で行ってこいよ」
坂本と杏は少し休憩するとのこと。遠慮なく雨宮を連れてそう長くない列の最後尾に並びなおしてから、すっかり雨宮が休憩したい可能性を失念していたことに気付く。
「良かったの?」
「もちろん」
まぁ、本人がそう言うなら。雨宮ならまだ平気でもおかしくはないだろうし。
「それにしても、妻木さんのあんな表情初めて見た」
杏みたいなことを言うな。
「いい笑顔だった」
なぜか嬉しさをかみしめるように、雨宮はそう言った。
「私だって笑うぐらいする」
「知らなかった」
コイツ…。
「好きなんだな。ジェットコースター」
「子どもの頃から、よく行ってた」
「家族で?」
「そうだね」
「仲が良かったんだな」
「…雨宮は?こういうの、どうだったの」
「俺の親はあまりテーマパークとか連れてってくれなかったな。だからあこがれはずっとあって、中学の友達とかと、一、二回行ったぐらい」
お互いに、過去のことを思い出しながら前の客が乗り込んでいく度に少しづく前に進んでいく。雨宮はやはり、私の過去…あるいは家族のことを知りたがっていることは明らかだ。ずっとこの調子なんだとしたら、いっそ話してしまった方が楽かもしれない。
隠し続けても、この男はそのままであることを決して是とはしないだろう。
それでも、私はこのことに関してだけは未だに踏み込めずにいる。
「早く乗りたいね」
「次だ」
私らしくないなんて、自分が一番分かってる。言葉を濁らせるのは嫌いで、今まさに迷いが息苦しさを生んでいる。さっさと、向かい風で吹き飛ばしてしまいたい。
言葉少なに次の番が回ってくるのを待っていると、頭上を走るコースターを見上げながら口を開いた。
「せっかくだし、何か賭けよう」
一体何を言いだすんだと抗議を示したくなったが、少し面白そうだと思ったことも事実。ジェットコースターに乗るだけで一体なにを賭けて予想するのか、少しだけ興味を抱いた。
「何かって?」
「そうだな…」
顎に手を当て、雨宮は少し考える。
そうこうしているうちに私たちの番が回ってきて、さっきと同じお兄さんが笑いながら出迎えてくれる。雨宮は考え込んだままシートに乗り込み、私もその隣に座った。
二人きりで乗るサイズでは決してないコースターが、再び上り坂をもったいぶった速度でのろのろと上っていく。そして機体が上りのレールを半分ほど上がったところで、雨宮はようやく賭けの内容を口にする。
「決めた。この先で撮られる写真でより楽しそうな顔で映ってた方が、相手にひとつなんでも命令できる」
「なにそれ」
「決まりだな」
「なにが?」
躊躇する暇もなく、無情にもコースターは坂を上り切り既にその頭を垂れつつある。もはや却下する暇はない。はじめからこれが狙いだったか……。
この男の“なんでも”は例えたった一つだとしても間違いなくろくなことにならないけど、勝った時のリターンは、まあ多分大きい。こういうのは自然体が一番…一度頭を空っぽにして…ただこの瞬間を楽しもう。
「勝ったらなんでも言うこと聞くんだね?」
「もちろん」
「覚えたよ」
再びの浮遊感。口ではこう言いつつも、風が全身を打つ感覚で賭けの事なんてあっという間に思考から吹き飛んだ。
この爽快感が全部、心も頭も空っぽにしてくれる。
この瞬間だけは。
生きている感覚がしなくて楽だ。
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前日柄にもなく長時間遊び倒したおかげで絶賛寝不足顔の怪盗団一行は、これから行われるバラエティ番組の収録現場にギャラリーとして待機している。
待ち時間の間、雨宮を挟んだ向かいの席で坂本は豪快に居眠りをかましていたし、雨宮も、ただ座って待っているだけの間は暇そうにあくびを噛み殺していた。
周囲はこれから登場する有名人を今か今かと待ちわびていて、噂話が絶えない。そんな中スタッフの元気な声がスタジオに響き、出演者がセットの裏から姿を現して指定の場所へと座る。本番の開始まで、あと三分程度。
「そろそろか」
「みたいだね」
「…竜司。起きておけ」
雨宮が隣で幸せそうな寝顔を披露していた坂本をゆすると、迷惑そうにうなりながら一応は目を開けた。と同時に、セットの裏から現れた人影がもう一人。
明智吾郎だ。
「ふぁぁぁぁ…」
「だらしないぞリュージ。もう始まるぞ」
明智の登場によって一気に場がざわついたが、本番が近づくにつれて他の生徒たちの口数も減っていき、場には不思議な緊張感が満ちる。刻一刻とその時は近づき、残り一分となった所で完全に全ての音がシャットダウンされた。
十秒前のカウントダウンが始まり、ゼロになったタイミングで収録開始。MCとアナウンサーが番組を進行していく。
「続きましてはこちらのコーナー『今会いたいヒト』です。今回も、好評につきこの方にゲストとしてお越しいただいています!『現役高校生探偵』、明智吾郎さんです!」
「こんにちは。またお呼びいただけて光栄です」
昨日も見た、人前で被る仮面を張り付けた明智の笑顔。
MCとアナウンサーの向かいに座る明智はいかにも好青年といった雰囲気を完璧に演出しながら、雑談を交わしていく。坂本はその様子を見ていけ好かなさそうにしていたが、雨宮と杏は割と興味津々に話の内容に聞き入っていた。
議題はもちろん、怪盗団についてだ。
「ところで明智君、今“心の怪盗団”について色んな説が飛び交っているけど、明智君はそもそも実在すると思う?」
「実在はするんじゃないですかね。鴨志田に続いて斑目まで、同じ心の怪盗団というワードを使ってますし、二人が罪を自白した経緯もよく似ている」
「つまり、怪盗が心を盗んだから罪を自白しちゃったってこと?」
「心を盗むという行為が、具体的にはどういうものなのかによって見方は変わりますね。なんであれ、もし怪盗とやらが人の心を変えて罪を自白させているのだとしたら、それはただの私刑。到底許される行為じゃありません」
「ハッキリ言うねぇ~。でも世間には、心の怪盗団がいなかったら今でも罪は隠蔽されたままだったって声もあるけど?」
「確かに斑目や鴨志田がやったことは許されない犯罪です。でも、だからといってそれを一個人が私的に裁いていい理由には決してなりません。第一、人の心を無理やり捻じ曲げるなんて、人として一番やっちゃいけないことですよ」
「なるほどねぇ」
「もし本当にそんなことができるんだとしたら、そんな危険な集団はいち早く、逮捕されるべきだと思っています」
明智は一貫して、怪盗団は悪であるという主張を続けた。正体も手口も不明な以上、こう言われては簡単にマイナスイメージがついてしまうだろう。
それに、明智はカリスマ探偵という肩書のおかげでかなりの発言力を有しているから、世間は悪い方向に大きく影響されてしまう。
横並びに座る当の怪盗本人たちは各々複雑な表情を浮かべたまま、探偵王子様のご講義を聞き続けた。
「それに、最近起きている事件は改心事件だけじゃない。精神暴走や廃人化もだ。もし怪盗団が行っているのが改心だけじゃなかったら?世間には出ていないだけで、もしかしたら人間の急な心変わりは全て彼らが引き起こしているものだとしたら?」
「それは怖いねぇ」
「そうなんです。だから僕は、怪盗団のことを認めません。皆さんも、怪盗なんかより僕や警察組織のほうを信用してくださいね」
そう言って明智がウィンクしながらはにかむだけで黄色い歓声がスタジオに上がる。本性を知っている身としてはただただ寒気しか感じないわけだが。
ひとしきり騒ぎが収まりMCが質問コーナーに移るよう番組を進行し始めた。今回の収録は高校生が観覧していることも告知時点で伝えていて、世間の生の声との討論もきっちりスケジュールに組み込まれている。
スタジオ側を向いていたカメラのうち一台がギャラリー側へ向けられ、アナウンサーが声を上げる。
「それじゃあここで、スタジオの皆さんにアンケートを取ろうと思います。『怪盗団は実在すると思う』?『する』と思う方はお手元のボタンを押してください!それではどうぞ!」
「“する”に決まってんだろっつーの…」
小声で悪態をつきながらぐっと力をこめる坂本を見つつ、自分もボタンを押す。
その時、ステージに居る明智と一瞬目が合った。
「さぁ結果は!?」
テレビでよく聞く効果音と共に、設置された小型の電光掲示板に結果が表示される。結果は50%。見事に半分に分かれた形となった。
「という結果になったけど、これを見て明智君どう思う?」
「まあ大方予想通りといったところです。では、実在すると答えた方に伺いたいんですが…」
挙手を求められ渋々あげる。
「じゃあ、そこの黒髪で眼鏡をかけた男の子」
すると、同じく手を上げていた雨宮が直接明智からの指名を受けた。坂本や杏でないだけマシだったが、せいぜい余計なことを口走らないように祈っておく。
「怪盗団が実在するとして、彼らの行いをどう思う?」
「警察の代わり」
「なるほど、君は肯定派なんだね。じゃあもし、君の友人が怪盗に改心されたら…どう思う?」
「怪盗は悪人しか狙わない」
「随分はっきり言うんだね。でも、そうである確証はどこにもないよね」
「逆に、そうでない確証もない」
「君、なんだかおもしろいね。僕に面と向かってそこまで正反対の意見を言ってくる人は初めてだよ」
「それはどうも」
横から見ていればギスギスしているのかそうでもないのか非常に分かりにくい独特な空気感が漂っていて、現にMCなんかはさっきまでのおちゃらけた喋り方で行くべきか迷いが出てぎくしゃくした表情になっている。
「じゃあまだ少し時間はあるし…隣の彼女にも聞いてみたいな」
その様を見て笑いを堪えていると、何故か周囲の視線が自分へと集まっていることに気付く。まさか私が当てられるとは。
「君は一体、怪盗団がどんな手段で改心を起こしていると思う?」
私のいる観覧席より少し高いステージから私を見下ろす明智は、一見完璧な仮面を偽れているように見える。
だけど、その目の奥には確実に奴の持つサディスティックな本性が見え隠れしているように、私には見えてならない。きっとこの質問も、昨日の件があって揺さぶりをかけようとするのと同時に、ただ私の反応を見て面白がっている節もあるだろう。
隣の席から心配げな視線が飛ぶが、お構いなしに堂々と明智との問答に付き合ってやる。
「ただの憶測にすぎないけど」
「かまわないよ」
「多分、怪盗団は悪人の中の歪んだ認知を取り除く手段をとってるんだと思う」
「具体的には?」
「
「確かに、改心事件だけに限ってみればそう見えなくはないかもね。ただ、その説が正しいとするなら、怪盗団はわざわざ悪い心だけを選んで盗んでるってことになる。つまり、他の心も奪おうとすれば奪える可能性も……」
「もちろん、ある」
「だったら改心という義賊的行為を隠れ蓑に裏で悪事を働いていてもおかしくはないよね」
「それだけはないかな」
「どうして言い切れるんだい?」
「だって私は精神暴走事件の真犯人を知っているから」
私がそう口にした瞬間、場にどよめきが走りこれまで完璧な笑顔を保っていた明智の表情に少し動揺が表れた。それもそのはず、だって真犯人は明智自身なんだから。
「…冗談」
「そうでなきゃ困っちゃってたな。後で事情聴取しないといけないところだったよ」
ハハハ、と乾いた笑いがスタジオに満ちる。
明智の独壇場となるはずだった質問コーナーは、私と雨宮の二人によって終始微妙な空気となっただけで終了したが、明智だけはほんの少し“本当”の表情で私たちを見つめていた。
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その後の収録は問題なく進み、1時間弱経過したところで終了となり社会科見学自体も現地解散でお開きとなった。直接的では無いにしろ、怪盗団のネガキャンをされたことでご機嫌ナナメな坂本はトイレに向かって大股で歩いていき、同じく杏もトイレに行ったことで、私と雨宮が二人きりになった。
スタジオの端で坂本と杏を待っていると、収録を終えたばかりの明智がこちらへ向かってきた。
「今日はありがとう。貴重な体験だったよ」
人のいい笑みを浮かべたまま感謝を述べ、視線を私へと移す。
「急なんだけど、今から少しだけ二人で話せないかな」
来た。
雨宮の前でそれを言われると余計な勘ぐりを生んでしまいそうだけど、大方これは予想通りの展開だ。ここで誘いを断る理由は、今の私にはない。
「いいよ。別に用も無いし」
「それは良かった。それじゃ、ほんの数分だけ彼女借りるね」
「…ああ」
いぶかし気な目線を送る雨宮に背を見送られながら、足早に立ち去ろうとする明智の後を追っていると、ドアの横に“明智吾郎様”とネームプレートの貼られた部屋まで案内され入るよう促される。
これが楽屋かと見物する間もなく扉は乱暴に閉じられ施錠された。
「単刀直入に聞く。君は“あの世界”を知ってるのか?」
努めて冷静に、感情を押し殺した静かな声でそう聞いてきた。警戒するように一定の距離は保ったまま、それでもなお探偵王子としての仮面は外さずにいる。
「知ってる」
「一体何が目的だ。僕にあのアプリを見せたのはわざとだろ?」
「うん。少し面白い話を思いついて」
「面白い話?」
「うん。実は」
撒いた餌に食いついてきた明智に向かって、言う。
「私、君の正体を知ってるんだ」