PERSONA5:The・Determination   作:Ganko

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烏瓜(挿絵あり)

翌日…6月11日 土曜日

 

退屈すぎた社会科見学から一夜明け、私たち怪盗団は一度集まって今後について話し合うことにした。

 

集合場所である渋谷駅前で少し久しぶりに会った喜多川は相変わらずな様子だったが、ただの集会にしてはやけに大きな荷物を提げていた。聞けば、喜多川は斑目のアトリエを出た後学生寮で生活していたらしいが、あまりにも汚らしい環境すぎて出てきてしまったらしい。

 

「そこで、これから俺は妻木さんの家に」

 

「駄目に決まってんでしょ」

 

「なら高巻さんの」

 

「無理だっつの!」

 

「馬鹿な…」

 

「お前がなっ!」

 

どういう算段だったのかは知らないが、当てが外れて愕然とする喜多川に全員やれやれと頭を抱える。

 

「リュージのとこは駄目なのか?」

 

「無理だって狭えし。第一絶対おふくろがOK出さねぇ」

 

「しょうがない。ここはワガハイが一肌脱いでやるしかないか」

 

「本当か?」

 

「そういえば、蓮って喫茶店に居候してるんだったっけ?ちょっと見てみたいかも」

 

「お、じゃあ蓮の部屋で“打ち上げ”もしちまうか!」

 

「賛成!祐介の歓迎パーティも兼ねてやっちゃおう!」

 

当人である私と雨宮を置いてけぼりにしたまま話がひとり歩きしていき、あれよあれよという間に打ち上げ&歓迎パーティをする流れに。

 

当初の目的は今後の怪盗活動について話し合うためだったはずだが、それも兼ねての集まりってことにしておこう。

 

「それじゃ、ゴシュジンの説得はよろしく」

 

「それは良いけど、妻木さんは大丈夫か?」

 

「別にいいよ」

 

どうせ一晩だけだからね。

 

そんな私と雨宮のやりとりに、何故かモルガナ以外の他の面々は目を白黒させている。不思議そうな顔をされているが不思議なのはこっちのほうだ。どうかしたのかと聞くと、喜多川と坂本、杏の三人は言葉を濁らせた。

 

「いや、なんつーか」

 

「その…ねぇ?」

 

「つかぬことを聞くが、二人は同じ場所で暮らしているのか?」

 

私は一瞬、何を聞かれているのか分かりかねた。今更何を当たり前のことを…と聞き返そうとしてはたと気付く。

 

もしかしてまだ皆に話してなかったっけ。話してなかったか。なかったな。

 

雨宮と目を見合わせしばしの沈黙。その謎の間に耐えきれなくなった坂本が急に大声を上げて大袈裟な身振りで強引に話を切り上げようとした。

 

完全に、何か壮大な勘違いをされていることを理解した雨宮も珍しく早口でそれを遮る。

 

「いや、違うぞ?そうじゃない」

 

「お前らいつの間にそんなことに……俺に一言教えてくれてもよかったじゃねぇか」

 

「話を聞け。確かに同じ場所で寝泊まりはしてるけど、それには訳があって」

 

「ワケってのがもうそれだろ!」

 

「確かに二人、毎日一緒に学校来るし仲いいなとは思ってたけど…まさかそうだったとは」

 

「水臭いな。それならそうと言ってくれれば…」

 

止まらない三人の勘違いに、雨宮は額を押さえて大きくため息をつく。いま何を言ってもこの勢いは止まらなさそうだ。

 

同じ場所で寝泊まりしているとはいえ、私も雨宮もたまたま一緒になっただけで境遇はどちらもただの居候であると、私のほうから伝えた。

 

「だから、それ以上でも以下でもない。断じてね」

 

「お、おう」

 

「なるほど。では遠慮なく向かわせてもらうとしよう」

 

「切り替えも飲み込みも早いよね、祐介……」

 

 

と言う訳で帰ってきたルブラン。いきなり連れてきた友人の姿に惣治郎は少し驚いた顔をしていたが、快く迎え入れてくれた。

 

店に入るなりそれぞれカウンター席につき、私と雨宮はレジ側に立って雑用を手伝わされる。その間に惣治郎はコーヒーを淹れながら、杏や坂本と他愛無い会話を交わしていた。そしてどこか嬉しそうに鼻を鳴らすと、雨宮のほうに振り返りいたずら気に笑って見せた。

 

「良かったな。お前みたいな奴に、こんな友だちができるなんてそうないぞ」

 

「分かってます」

 

「いやいや、蓮には本当世話んなってるっすよ。なぁ?」

 

「だね」

 

「世話かけられてますの間違いじゃねぇのか」

 

言いながら、出されたコーヒーを一度口にする。杏と喜多川はいけるクチのようだが、坂本には少し苦かったらしい。代わりに出されたグレープジュースを一気に飲み干して苦言を漏らす。

 

「にーげぇ!罰ゲームだろ!」

 

「ま、俺も若いころはコーヒーなんて飲んでなかったしな」

 

「…酸味が深いな。蓮たちはこれを毎日飲めるのか。羨ましいな」

 

一方、喜多川はルブランのコーヒーをいたく気に入ったようで、惣治郎に賛辞を贈った。雑食性ではあるものの、物の善し悪しを見極める力はさすが絵描きの審美眼(舌?)といったところだろうか。

 

坂本の残したコーヒーをさりげなく杏が飲み干していたことに誰も違和感を覚えないうちに、惣治郎に追い出されるがまま全員でいざ屋根裏部屋へ。男子高校生と女子高校生が住んでいる部屋としては異質すぎるその装いに、一同言葉を失ったように眺めまわす。

 

部屋に入ったことで自由の身となったモルガナが雨宮のカバンからするりと抜け出し、気持ちよさそうに伸びを繰り返す。

 

「んんー…!ま、適当に座れや」

 

「いや、どう思うよ…この部屋…」

 

「意外と片付いてるじゃん」

 

「別に普通じゃないか?」

 

「感性歪みすぎだろお前ら」

 

各々ソファーなり作業台の椅子なりに腰かけていく中で、私も雨宮の腰かけているベッドの端に座る。

 

今日集まったのは井戸端会議をするためではなく、怪盗団としての今後の活動を相談して決めるためだ。雨宮が切り出し、話は一度真面目な方向に。

 

次のターゲットの目星はまだついていない。指標として斑目改心の影響を見てみると、やはり未だ怪盗支持派の意見は少数派だ。

 

だがその一方で、既に熱烈な支持を送る意見もちらほらと見受けられる。大半が怪盗の存在そのものを信じていないか無関心。存在すると思っている意見でも、この前の明智のような理論で存在意義を否定するか、ごく少数の肯定派…といった感じに分かれている。

 

「あんだけでけぇニュースになったのに、意外とこんなもんなんだな」

 

「確かに思ってたのとは違うかもしれないけど、今回は名が知れれば良かったんだからこれでいいんだよ」

 

「そうか。大事なのはこっからだよな」

 

私の言葉に坂本は頷き、拳を握る。

 

そう。重要なのは名を広めた後の展開だ。この先の行動によって、怪盗団の評判は上にも下にも大きく変動する。実際はこの後も上手くはいくわけだけど、所詮はいち学生の集まりである怪盗団に、世間を相手にしたイメージ戦略などそう簡単に思いつくものでは無かった。したがって、次のターゲットを見つけることも簡単ではない。

 

この次も、できるだけ大物を狙いたい。だが斑目以上の大物でかつ悪党…なんて、それも未成年には到底想像の及ばない範囲で。

 

「寝て待つか」

 

我らがリーダーもついに匙を投げ始める結果に。

 

「言うと思ったよ…」

 

「だが、このまま考えていても埒が明かないのも事実だ。ここはリーダーのいうように、少し立ち止まってみたほうが良いかもしれん」

 

「…まぁ確かに、焦って失敗しちゃ元も子もねえよな」

 

「リュージにしては物分かりがいいな。だがその通り、大事な時期だからこそ、慎重になるべきって部分にはワガハイも賛成だ。だがあまり期を空けすぎるのも良くない。ツマキ、オマエはなんかアイデアないか?」

 

「さぁ…」

 

言えることが全くないわけでは無いけど、この先の流れに手を加えると本来関わるはずだった人物と出会うきっかけも失う可能性が出てくる。ここは白を切っておくことにした。

 

「じゃあ、その件については一旦保留ってことで、歓迎パーティ、始めちゃう?」

 

「おまえずっとそれしたそうだったもんな。でも賛成だぜ!」

 

「わたし見つけちゃったんだけど、あれカセットコンロじゃん?鍋とかできないかな?」

 

会議にほとんど口を挟んでこなかった杏が急にイキイキとした声で立ち上がり、棚に置いてあるカセットコンロを指さした。

 

みんなも難しい話題には飽き飽きしていたようで、結局議論は途中でお開きとなり打ち上げをする流れに変わるのはあっという間だった。私としても、今この話題を放っておいて問題ないことは分かっているから、さっさと打ち上げに移りたかった。

 

オタカラは軍資金に成り得なかった以上、鴨志田の時のようにどこかで外食と言う訳にはいかないが…これはこれで楽しそうだし、周囲の目を気にする心配もない。

 

「じゃわたしらで買い出し行ってくるから、蓮はおじさんの説得と鍋の用意、よろしく!あ、後でワリカンね!」

 

「分かった」

 

「まずは銀杏とワンタンの皮だな」

 

「肉が入ってりゃなんでもいいぜ!」

 

杏と喜多川と坂本が階段を下りていき、部屋には私と雨宮とモルガナが残される。

 

「ニャフフ…にぎやかな夕食になりそうだな!」

 

「妻木さん、後で“アレ”やるからな」

 

「…はぁ」

 

「観念しておくんだなぁツマキ」

 

「なんで決めつけてるの。まだわからないでしょ」

 

 

「で、お前はこんなとこで何してんだ」

 

「手伝い」

 

「いらねぇよ。今日はもう閉めるから、上で一緒に混ざってこい」

 

買い出しを終え帰ってきた後、私は惣治郎と一緒に店のカウンターに立っていた。少しの間そうしていると、いぶかし気な目を向けられてさっさと上に行けと急かされてしまった。

 

そうしたい気持ちも山々だけど、自分の置かれた立場からして、好き勝手に遊んでばかりいるというのはやや気が引ける。ルブランにいる時はいつも店の手伝いをしているけど、私がそう言うたびに惣治郎は渋い顔をする。店の手伝いをしろと言ったのはそっちなのに。

 

「なぁ」

 

店じまいを始めた惣治郎を尻目に、エプロンを脱ぎ仕方なく階段を上がろうとする私の背中に声がかかり振り向く。

 

「今は、楽しいか?」

 

「どういうこと?」

 

「ここに来る前よりも、今の方が楽しいのか?」

 

「そうだね」

 

質問の意図まではくみ取れなかったが、答えはすぐに出せた。

 

目標もなく怠惰な日常を送っていた日々に比べれば、今のほうが圧倒的に充実していると言える。どうしてそんなことを聞いたのか聞いてみたけど、やっぱり教えてはくれなかった。結局そのまま惣治郎は足早に店を閉じ、火と戸締りにだけ気を付けろと言い残してルブランを後にしてしまった。

 

最後まで惣治郎は何か言いたげだったが、その真意は私には見えなかった。

 

今度こそ階段を上り屋根裏部屋へたどり着くと、杏がお玉を使って灰汁を取り除いている鍋からはおいしそうな匂いが立ち昇っていた。買い出しの段階では水炊きにしてシンプルにポン酢でいくかとなっていたが、杏の提案により最終的には豆乳鍋となった。

 

てきぱきと具材を用意していた杏に、男性陣からは“意外と”手際がいいと賛辞が飛ぶ。実際は嬉しいよりも馬鹿にされてる感じが鼻について杏に一蹴されていたけど。

 

「はい、もう食べてっていいよー」

 

「マジか!いただきまーす!」

 

肉が煮えるなり坂本は箸を振り上げ自分の取り皿に白菜やら豚肉をつまんで入れていく。それに続き、喜多川も丁寧に手を合わせてから鍋に手を付け始める。

 

市販の豆乳鍋の素を使っているからマズくなるわけはないらしく、二人とも文句の一つも言わずに黙々と食べ進めていくのを見ながら、私も杏の座っているソファの隣に腰を下ろした。

 

すると目の前に座る曇った眼鏡をかけた男と目が合い(目見えないけど)、少し遅れて坂本がそれに気付き腹を抱えて大笑いし始めた。確かに面白いけどそこまで大笑いすることじゃない。

 

いくら拭きなおしても即曇り眼鏡になり観念した雨宮は、苦笑いしながら眼鏡を外し脇に置いた。

 

「あ、こっちで素顔見るのなんか新鮮!」

 

「オマエのそれって度入ってないんだったか」

 

「ああ」

 

「目悪くねぇんなら普段から外してりゃいいのに。せっかく男前なんだしよ」

 

「竜司ほどじゃないし、それにもうこれがないと逆に落ち着かないんだ」

 

「もったいねぇの」

 

「オイレン!リュージなんかよりワガハイのほうを立てろよ!」

 

「無理だろ。見た目猫だし。つか“なんか”ってなんだよ“なんか”って!」

 

喧騒を尻目にひたすら食べ進める喜多川。いつものようにじゃれあう坂本とモルガナ。自分が作った鍋の出来に満足げな杏。坂本に言われてもう一度眼鏡をかけた瞬間マンガみたいにレンズを曇らせる雨宮。

 

こんなくだらなく無意味で有意義な時間は、実はあまり多くはない。そんなこと分かり切っているはずなのに、この時はそれも、忘れられていたように思う。

 

 

それから五人分の鍋を談笑しながら空になるまで囲み、みんな満腹になるころには外もすっかり暗くなっていた。喜多川だけは締めをやっていないことに不満げだったが、過半数が満腹でもう食べれないので、また今度ということに。

 

腹が膨れて眠くなってきたのか、杏がソファに横たわり私の膝の上の頭を置いてきた。別に構いはしないけれど、もう少し警戒したほうがいい。

 

「すー…」

 

数秒もしないうちに聞こえてきた寝息に一同は苦笑し、日々の疲れもあるのだろうとそっとしておいてやることに同意した。

 

名残惜しそうにゆっくりと箸をおいた喜多川は杏のほうをちらりと一瞥し、坂本に問いかける。

 

「ときに竜司。杏とは、どういう関係だ?」

 

「どういうも何も、中学からの知り合いだよ。高校んなってクラス変わってからは、あんま話さなくなっちまってたけど」

 

「昔のアン殿は、どんなだったんだ?」

 

「今とそんな変わんねぇよ。でも、友だちは少なかったな。この見た目だし、派手な奴は勝手に嫌って地味な奴は近づかない」

 

「…そうか。では、竜司はどうだったんだ?」

 

「俺?」

 

目を丸くして驚く坂本に、喜多川は薄く笑いながら続ける。

 

「互いを知るにはいい機会だ。それに俺の過去はすっかり知られたんだ。そっちも話すべきだ」

 

「自分は失うもんがねーってか。…いいぜ。つっても、ただの親不孝もんの話だけど」

 

組んでいた足を戻し、昔のことを思い出すように目を瞑る坂本。いつもの能天気な雰囲気とは少し違った真面目な声色で、ゆっくりと坂本竜司という男の辿ってきた道を語り始めた。

 

「小さいころ、親父が消えちまって…ずっと母親と二人で暮らしてんだ。陸上は中学んときから続けてて、ホントは特待生とかんなっておふくろに楽させてやりたかったんだけどよ…」

 

「まさか…リュージのクセに母親思いのいい子だったのか…!?」

 

「一言余計なんだよこの猫っ」

 

「猫じゃねー!」

 

「…で、高1んとき、鴨志田に手ぇあげちまって…自分からその道を手放しちまった。水飲むのも禁止で何千メートルも走らされて、そのくせ鴨志田自身はなにもせずただ見てるだけ。黙って耐えてた周りの仲間がどんどん壊れそうになってくのが耐えられなくてよ」

 

「…」

 

「でも、それで結局おふくろが学校に呼び出される羽目になって…教師連中から好き放題言われて…しまいには帰りに謝られちまった。『片親でごめん』ってよ。あんときのおふくろの顔…今でも忘れらんねぇ」

 

ぽつぽつと、ひとつひとつ思い出すように、噛み締めるように、過去を振り返る坂本の拳は知らず知らずのうちに固く握りしめられていた。確かに坂本の行為は先の事を考えない直情的なものだったかもしれない。だがそれには、周囲がそれに理解を示そうとせず権威のある鴨志田の言うことだけを鵜呑みにして、坂本自身の言葉には何一つ耳を傾けなかったという背景があるわけだ。

 

喜多川はやりきれないような表情で大きく息をつき腕を組んだ。

 

「それで、今も学校では厄介者扱いという訳か」

 

「まぁ、陸上部がなくなったのもそれが原因だったしな。恨まれて当然だ」

 

「だが、鴨志田の行っていた特訓は常軌を逸したものだったことは事実なんだろう?」

 

「まぁな。でも誰も俺の言うことなんか信じなかった。お前が悪いの一点張りで、話を聞こうともしやがらねぇ。だからもう面倒くさくなって、自分から他人を遠ざけてたんだけどよ」

 

「…学校は、皆平等と教えるが、現実はそんな綺麗ごとばかりじゃない。気持ちは、俺には分かる」

 

「ま、レッテルっつったら、蓮のほうこそ大概だけどさ」

 

「…例の話か」

 

親指で雨宮を指して坂本が言う。

 

例の話といえば、雨宮がここルブランに居候する羽目になった原因となる事件の話である。

 

「そういえば、詳しく聞いたことなかったな」

 

毛づくろいをしていたモルガナが雨宮の隣にひょいと飛び移り、話を促した。

 

雨宮は、「あまり詳しくは覚えていない」と釘を刺してから、東京へと越してくる前の話をし始めた。

 

場所は閑静な住宅街で時間帯は深夜。自分以外の人影もない静かな場所を歩いていると、遠くのほうから女性と男性がもめているような会話が耳に入ってきて、雨宮は気になってその声の原因を確かめに行ったらしい。

 

「そうしたら、酒の匂いが漂ってきて…どうも女の人が酔っぱらった男に絡まれてる感じだったんだ。だから、助けないとと思って声をかけた」

 

そう。声をかけた。たったそれだけ。

 

すると酔っ払いは雨宮の方を振り返り、邪魔をするなと喚き散らす。なおも退かない雨宮に腹を立て酔っ払いが拳を振り上げるが、ふらついた男はバランスを崩しその場にあったガードレールに頭から倒れ込んだ。勢いよくぶつかったせいで額から血を流しながら立ち上がった酔っ払いは逆上しはじめ、雨宮のことを訴えてやると怒鳴った。

 

もちろんそんな言い分が通るわけがないと雨宮も初めは思っていた。だが後から来た警察は酔っ払いの男の言葉を信じ、一部始終を見届けていたはずの絡まれていた女性までそれに便乗し雨宮が男に殴りかかったことになってしまい、結果雨宮は傷害罪に問われることとなった。

 

「逮捕されて判決まで出た。いくら俺がやってないって言っても、誰も耳を貸さないし、貸したところで周りの非難が止むわけじゃない。もう元の学校にはいられないからここに厄介払いされてきた、という訳だ」

 

「聞いてるだけで腹立ってきやがるぜ…」

 

坂本はこの話を元々知っていたらしく、震わせた拳を自分の膝に叩きつけて怒りを漏らした。

 

「たったそんだけで“傷害”かよ…!?蓮は何もしてねーのに!」

 

「女の方も、酷いな。だんまりを決め込んだわけだろ?」

 

「そういうヤツの心こそ盗むべきだ!どこのどいつだその男!」

 

荒く鼻を鳴らすモルガナの問いに、雨宮は首を横に振る。

 

「暗がりだったし、よく覚えていないんだ。そもそも知らない男だったし…」

 

「そうか…おまけに逮捕なんてショックが重なったんじゃ、無理もないか…」

 

「くそ…ありえねぇ…こんな世の中、間違ってるだろ絶対…!」

 

「だが、俺たちなら正せるんじゃないか?あの力を使って」

 

「ああ、そうだぜ祐介!俺らでこの腐った世の中変えてやりてぇ!俺らみたいに、身勝手な大人の理不尽に苦しんでるやつらを助けるために…!」

 

「…なに熱くなってんの?」

 

坂本がガタリと椅子から立ちあがった音で、私の膝の上で寝ていた杏が目を開けてゆっくりと起き上がった。

 

「あ、悪い…起こしたか」

 

「別に?途中から起きてたし」

 

目をこすりながら足を組み、杏は何故か私のほうに振り向いてくる。

 

「ねぇ…綺羅は、わたしたちに言えることって何かない?」

 

そして、そんなことを言いだした。内心で最も嫌っていた流れがやってきてしまったことに心の中でため息をつき、考えないようにしていたことと向き合わされる。

 

「何となく、言いたくないことなんだっていうのは分かってるんだけど…綺羅だって、なにか辛いことがあったから、ルブランに住んでるんでしょ?だったら…」

 

何も言わず、ただ杏の瞳を見つめ返す私を見て、言葉が途切れる。きっと今の自分は分かっているなら追及するなと訴えかけていそうな目をしていることだろう。でも、杏はそんな無言の圧力にも退くことはせず、しつこく私の過去を知ろうとしてくる。

 

「みんなが話したからとかじゃなくてさ。純粋に、友だちとして知っときたいんだよね。その()()()()のことも」

 

「…杏」

 

「ごめん。でもやっぱり見て見ぬふりはできないよ…あんなの」

 

「…」

 

この間誰にも言うなとは言ったが、杏はついに“それ”を口に出した。喜多川は杏よりも前に知っていてなおかつ同じように口止めしていたから、杏が傷の話を持ち出したことに静かに驚いていた。

 

雨宮やモルガナはというと、着替えの際は一階と二階に交互に入り行っていたから初耳で、もちろん坂本はもってのほかである。

 

「傷って?」

 

私が黙っていると、雨宮が少し遠慮がちにそう聞いてきた。

 

…こうなったら話すしかなさそうだ。だけど決して誤解はされぬよう、慎重に言葉を選ぶ必要がある。それでいて紛れもない真実を、述べなければならない。これはみんなが私を信頼しようとしてくれている証左なことは、さすがの私でも分かっている。だから、中途半端な嘘もつきたくはない。

 

少しだけシャツをまくり腹部の痣を見せると、雨宮達はぎょっとしたような表情に変わる。これは当然の反応で、普通に生きていてできるようなレベルの傷跡とは到底かけ離れたグロテスクなものだから。

 

「…杏はたまたま見て、喜多川は絵のモデルをしたときにこの傷を知ってたよね。その理由までは誰にも話してこなかったけど。で、これは私がずっと秘密にしてきたことだから、絶対に誰にも言わないって、約束してくれるなら、話すよ」

 

みんな固唾を飲み、しっかりと首を縦に振る。

 

やけに真剣なまなざしを向けてくる彼らに免じて、私は人生で初めてこの秘密を他人に明かすことにした。

 

私はひとつ深呼吸をし、どこから話すべきか回想を始める。あれは確か…。

 

 

わたしが小学4年生の頃。

 

母親である妻木 璃恵(つまき りえ)と、父親の妻木 徹(つまき とおる)との三人で、某市内のマンションの一室に暮らしていたある日、いつものように台所に立ってママの手伝いをしていた時だ。

 

自分と同じ鳶色の髪を後ろにまとめて、まな板の上でシチューに使う具材を切っているママに、自分にも包丁を使わせてほしいとねだった。

 

包丁を使うのは今日が初めてというわけでは無かったけど、少し前から刃物を扱うことを許された程度の経験しかない。当然ぴったりとママにくっつかれた状態での作業となる。

 

玉ねぎの切り方はこの前教わったから、ママに言われるまでもなく適切な大きさにカットしていく。経験が浅いとはいえ、ずっとママの料理風景を横で見てきた私にとっては適当な野菜を切るぐらいは造作もないことだった。我ながら手際よく全てを切り終えたわたしをママは褒めてくれて、優しくわたしの頭を撫でた。

 

「相変わらず上手ね。将来はシェフにでもなったら?」

 

「シェフはいや」

 

「どうして?」

 

「なんかちがう」

 

「そう。料理は好きでしょう?」

 

「うん」

 

「じゃあ、喫茶店のマスターとか」

 

「それはいいかも」

 

「お店の名前はどうする?」

 

「え。…うーん」

 

鍋に具材を放りながら、たわいもない会話を交わす。

 

こうして普通にしゃべることができるのは、この時点で既にママとパパの二人だけに限られていた。

 

学校では必要なこと以外喋らないし、既に4年が過ぎた今の環境でわたしは完全に自分と同世代の相手と喋ることに価値を見出せなくなっていた。

 

まず言葉の意味を正しく理解しない奴ばかりだし、意味のない無駄な行動も多く見ていてイライラする。我ながらませているなと思わなくもないが、そこはぐっと我慢して黙っているだけにとどめているのだから、むしろ褒めてほしいものだ。

 

そんなスタンスで過ごしてきているから、わたしの心のよりどころは家族と過ごすひとときだけだった。そしてそれは、これからさきも変わることは無いだろうと思っていたし、それでいいと思っていた。

 

わたしにとって一番大事なものは家族。ここももしかしたら親譲りなのかもしれない。事実ママやパパにも似た傾向はあって、娘の私から見ても呆れるほどに二人は親バカだし、互いに気持ち悪いほど愛し合っている。仕事場では、家とは真逆な印象を抱かれているのかもしれないけれど。

 

「綺羅ー。一戦やらないか?」

 

一方パパはというと、リビングのテレビの前で家庭用ゲーム機のコントローラーを握りしめわたしを呼んでいた。

 

自分の役目は終えたので手を洗い、誘われるがままパパの隣に座りもう一機のコントローラーの電源を入れる。わたしとパパは家に居る間はよくゲームに勤しんでいる。対戦ゲームもたまにするけど、基本的にはわたしが勝つのがいつもの流れだ。

 

ちなみに、一番強いのはママだ。

 

この日も同じようにパパをコテンパンに叩きのめした後、出来上がったシチューとパンを囲み夕食をとった。

 

毎回わたしに負けているのに何故かなんども嬉しそうに挑んできてくれるパパは一人反省会を行いつつ、口にしたシチューを美味しいと褒めママはまんざらでもなさそうに笑う。

 

こんな日々がずっと続くものだと、信じて疑っていなかった。

 

実際、それは思い通りになっていた。

 

その日の夜、わたしは()()()()()で目が覚めた。

 

空気の抜けるような短い音や、硬いものがぶつかる鈍い音。

 

これは時々、いつもは使われていない部屋の方から夜な夜な響いてくる。その正体はとっくにわたしは知っていて、この時点で既に大した違和感を覚えることは無くなっていたはずだった。

 

でも、この日は違った。いやにその音が耳に響いて眠れなくなってしまったわたしは眠目をこすりながら音のする部屋に向かい扉を開いた。

 

その先にはいつか見た、パパがママを痛めつけている光景があった。それはこの場の全員が黙認している光景ではあるものの、少し驚いた様子のパパは優しくわたしの肩を抱いて「どうかしたのか」と聞いてきた。

 

別になにかが変わったわけじゃない。

 

ただ疑問に思ったから聞きに来ただけだ。

 

パパは()()()()()

 

自分を律する必要のないこの場所でだけ、感情を露わにできる。そうしないとパパが辛いのはママもわたしもずっと前から知っていること。パパがママを殴ったりするのは、別になんの他意もないことを知っている。

 

だからわたしも、そんなパパのことを怖いとも嫌いとも思うことは無かった。

 

それが普通だと思っていたわけじゃない。だからこそ、ママはパパのすべてを受け入れようと決めたんだろう。この暴力にはなんの混じり気もない愛情があるのだと理解を示して、パパのことを赦したんだ。

 

そんなママのことを、わたしは尊敬していた。

 

だから。

 

「パパ」

 

わたしも、ママのようにありたかった。

 

ただ家族を理解して、優しくありたいという気持ちだけで、わたしは軽はずみにとんでもないことを口走った。

 

「わたしじゃ、だめかな」

 

後悔は、一瞬だけ。

 

思考がストップしたように固まる二人は、やがて我を取り戻したかのようにわたしの言葉を否定して部屋に追い返そうとした。当然の反応。それでも、わたしは頑なに退くことをしなかった。

 

パパはまだ、わたしに対しては感情を押さえて過ごしている。ママだって、幾夜もこうして自分の体を粉にしてパパのことを案じている。ふたりのためにわたしが家族としてできることはこれだと思った。

 

パパの血みたいに真っ赤な双眸が、窓から差し込む月明かりを反射している。正直、この時だけはほんの少しだけ、怖かった気がした。

 

その日から、また少しわたしの家庭は“普通”とは道を違えることとなった。

 

たまにではあるが、わたしはママの代わりを買って出ることが多くなった。パパは行為に及んでいる最中は夢中で何も感じていないみたいだったけど、終わった後は我ここにあらずといった風でずっと床に伏して動けないわたしに向かって謝り続けていた。

 

でもわたしはそんなの望んでなくて。ただわたしはパパのために、パパの心を受け入れようとしただけで。

 

パパが悪いとも、自分が偉いとも、これっぽっちも思っちゃいない。

 

謝ってほしくなんてない。罪悪感を感じる必要なんてない。

 

それに、パパはそう言いつつもわたしへの暴力を止める素振りは見せなかった。

 

いつもいつもわたしに対しては謝り続けるのに。

 

そして年を追うごとにそれはどんどんエスカレートしていった。わたしはそれを文字通り肌で感じていたけど、それを良いとも悪いとも思わずにただ受け入れた。むしろ、これはパパがより自分を抑える必要がなくなってきているということになるだろう。だったら、このままでいい。

 

そんな裏の事情は別として、それ以外の時間はわたしたち家族の時間をこれでもかと満喫していた。

 

いつものように帰ってきて、いつものようにご飯をつくって、食べて、遊んで、寝て…。

 

そんな生活に、私は少しも不満を抱いていなかった。はじめはママがわたしのことを心配して気が気ではなさそうだったけど、それもいまや慣れてきてくれている。パパも、私自身も。

 

そして私が高校生になった時からはさらにパパの行為はエスカレートした。

 

“その日”になれば私はいつ意識を失ったのか覚えていないようになり、服の下に隠せる範囲の傷もどんどんグロテスクさを増していくばかりだった。ただ、その頃の私はもう完全に慣れきっていて、なんとも思わなくなっていた。

 

それは純粋に、家族への信頼があったからだと思う。

 

向こうだって、信じてくれていたはずだった。

 

なのに、私は。

 

いつものように、一度闇に溶けた意識が再び浮上した時、いつもは感じない“不快感”を自分の胸の部分から感じて思わず跳ね起きようと力をこめるも、激痛が走り身体は言うことを聞かない。

 

何度止めてと懇願しても、私に覆いかぶさるパパの手は止まらない。

 

いつもの混じり気のない痛みではなく、妙に優しく粘ついた手つきで私の肌に直接触れてくるその感覚は、これまで行ってきたことのなによりも生理的な嫌悪感を抱かせるものだった。本能が初めての拒絶を示し、どこに残っていたのかも分からない力でパパを押しのけてその場から私は逃げ去った。

 

どうして、なぜ、と疑問だけが頭の中で渦を巻く中で、私は最後に見えたパパの絶望に満ちた表情を振り払うことに必死だった。ただ今すぐこの場から離れたくて、なんの計画も無しに私は家を飛び出した。

 

後悔は、今でもずっと残っている。

 

 

 

さすがに全てを洗いざらい話せはしなかった。

 

大雑把なあらすじを語り終えて、思っていたよりも壮絶な内容だったのかその場の全員が大したリアクションもとれていないまましばらく固まっていた。

 

「言えって言われたから言ったんだけど」

 

「…あ、えーと」

 

沈黙に少し腹が立ち意地悪な言葉を杏に吐いてしまった。すぐに後悔してその先の言葉を紡ぐ。

 

「誤解してほしくないんだけど、私はパパのこともママのことも恨んでない。だから、そんなに気にかけないでほしい」

 

「佐倉さんには、そのことは…?」

 

「言ってないよ。聞かれてないし」

 

「妻木さんに、そんな過去があったとは…。その古傷を見た時から、尋常な道を歩んできたわけでは無いことは悟ったが…」

 

「両親の事、恨んでないって本当かよ?傍から見りゃただの虐待だぜ、それ」

 

「もちろん本当だよ。私たちにとってはそれが普通だったんだから。むしろ、私が二人を裏切ったんだよ。だから、もう合わせる顔も無い」

 

私がそうこぼした瞬間、隣に座っていた杏が肩を掴み震えた声で叫んだ。

 

「なんでそんなに平気そうにしてられるの」

 

「平気だからだよ」

 

肩に置かれた杏の手を取り、そっと膝の上に戻してやる。

 

事実をありのまま話すと、普通の人から見ればただ私の両親が悪い奴の様に思えてしまうだろうが、そうじゃない。悪いのはぜんぶ私だ。二人は私の事を信じてくれていたのに、私の方からその信頼を手放してしまったんだ。例えあのままその場にとどまった結果がどんなものだったとしても、私は逃げ出しちゃいけなかった。

 

パパだって自分のどうしようもない衝動のことでずっと悩んでいた。だからパートナーなんて、ましてや家庭を持つことなんて、永遠にできないものなのだと思っていたと、よく語っていた。私やママはパパにとって、冗談抜きで、世界で唯一の理解者だと思っていただろう。

 

私にとってもそうだった。世界で唯一の理解者は、パパとママだった。私の生きる意味もそこにあったのに。

 

「私が怪盗を続けるのはせめてもの罪滅ぼしって気持ちもある。これは嘘じゃないよ」

 

「…本当に、家族のことが大事だったんだな」

 

「大事だったよ」

 

私がそう言うと、雨宮は沈痛な面持ちで俯いてしまった。眼鏡を外しているせいかいつもより表情が読みやすい怪盗団のリーダーは、静かに言葉を連ねた。

 

「だったらなんで、戻ろうとは思わないんだ」

 

「戻る資格なんて無いよ」

 

そう思っていたことは事実。でもその上で、もう生きている意味などないと絶望し命を捨てようとしていたことは、流石に皆には伏せた。そして、今の目的を果たした後もその気持ちは消えずに残っているだろうことも。

 

「もう全部どうでもよくなってた時に、偶然雨宮達の問題に巻き込まれてさ。目的も出来たし、しばらくはこのままがいいなって思う」

 

「本人がそういうなら」

 

「時間を空けたほうがいいのは、ホントそうだと思うし…。ただ、綺羅。あんまし無理しすぎないようにしてね…」

 

「わかったよ」

 

「杏の言うことももっともだ。妻木さんには、もう少し大人しくしておいてもらったほうがよさそうだな」

 

「そうだな」

 

「何もしなくたって、向こうで無茶したりはしないよ」

 

「だそうだぜー?どう思うよ、リーダー」

 

「信用できない」

 

「えー…」

 

「と、言う訳で」

 

足を組み、懐に手を突っ込んだ雨宮が不敵に笑い、その瞬間私の脳裏を嫌な予感がよぎった。

 

あの時…雨宮と二回目のジェットコースターに乗りながら交わしたあの賭け…。

 

却下する時間もなく半ば強引に押し切られたことは事実ではあるが、私はその後受けて立つような素振りを見せてしまったのも事実。今ここでそれを持ち出されては、引き下がれる余地はない。

 

余裕の表情を崩さない雨宮に対し、私の表情は多少強張っていることだろう。なぜなら、あの時自分がどんな顔をしていたかなんてこれっぽっちも覚えていないのだから。そもそもその賭けの内容を思いついたのは雨宮の方だし、写真が撮られる心構えが出来ていて当然のはず。つまり、わたしのほうが圧倒的に不利…。

 

「ここで審査を開始しよう」

 

「審査?」

 

やや陰鬱な空気になっていたのを無理やり振り払うように、懐から取り出した数枚の写真をテーブルに伏せて置き、雨宮がそう宣言する。坂本がそれに疑問符を浮かべ、モルガナが答える。

 

「ニャフフ…実はコイツとツマキはとある()()をしていたのさ。それに勝った方が、負けたほうに何か一つ命令できる…って条件でな」

 

「勝負って、なにしてたの?」

 

「社会科見学一日目の午後に、ジェットコースター乗ってたろ?そこで、あの手のアトラクションにはありがちな撮影ポイントがあったんだ。その写真に、より楽し気に映ってた方の勝ち」

 

「なにそれ…」

 

「アン殿、考えたのはレンだからな。ワガハイをそんな目で見ないでくれ」

 

ちゃちな勝負内容に杏が呆れていると、これ見よがしな咳払いが屋根裏部屋に響く。

 

「とにかく!これからみんなに審査してもらう。いいか?」

 

そう言って、雨宮は自信満々に伏せた写真を裏返す。

 

その結果は…。

 

 

 

 

メメントス

ばかばかしい日常は過ぎ去り目の前には非現実が立ちはだかっている。

 

あの後、雨宮のおかげといっては癪な気もするが…とにかく私の過去話をしたせいで訪れた重苦しい雰囲気はなくなり、仲間たちと和気あいあいとした時間を過ごしてきた。

 

ちなみに賭けの結果は私の圧勝であった。勝負を仕掛けてきた雨宮も認めるほどに、私はあの時普段は見せないような満面の笑みで写真に写っていた。正直ただ恥ずかしいだけだったが、雨宮のなんらかの思惑を阻止できたのには少し溜飲が下がった。

 

勝者が敗者に下す命令は一度保留として、雨宮には眠れぬ夜を過ごしてもらう。

 

まぁ、半分は冗談。

 

その後皆は銭湯に寄って解散することにしたらしいけど、私は遠慮しておいた。

 

本当に、くだらない時間だった。これまでは、家族以外の人間と過ごすこういった時間には価値を感じなかったのに、今では違う。

 

少し名残惜しい気持ちを抑えて、今は目の前のことに集中する。

 

今ここに立っている“私”は、さっきまで仲間と談笑していた私とは全くの別人であることを忘れてはならない。むしろ、こちらのほうがありのままであると相手に思われるのが理想。

 

私は邪悪を生まれ持った存在であると、自分に言い聞かせる。そうすることで、どこか懐かしい生ぬるい風が身体を包んだような気がした。そんなうすら寒さを纏った私の前には、同じような空気を漂わせる男が一人。

 

「やぁ。来てくれてありがとう…()()()()()

 

既に表の顔は脱ぎ捨て真っ黒な本性を露わにしたかのような衣装に身を包む、明智吾郎が壁に寄り掛かりこちらに一瞥をくれた。

 

「それじゃ、早速だけど始めようか」

 

「…始める?」

 

「手を組むうえで、最低限相手の手の内は知っておきたい」

 

そう言って、漆黒のマスクの下に隠れた獰猛な牙をむき出しにした明智は、手近なシャドウに自らのペルソナの攻撃を浴びせて“暴走化”させた。私はまるで初めて見たかのようにその力を褒め称えた。これが、この男のしてきたことの一端である。

 

今この街では怪盗団による改心事件よりも前から、人格が急変したかのように暴れたり、なんの感情も持たない廃人になってしまう原因不明の事件も起こっていた。要するに、明智はこの暴走させる力を使って引き起こした事件を、自分で解決することによって今の地位を獲得しているわけだ。

 

「これぐらいは一人で勝てないと使い物にならないからね」

 

シャドウを操る明智は私への軽んじた視線を逸らすことは無い。力を試す意味もあるだろうが、別にここで死んでもらっても構わないと思っているのだろう。

 

その思考は当然のものだ。なぜなら私は、明智がもっとも知られてはいけないことを知っている存在なのだから。

 

「さぁ、君の力を見せてくれ」

 

「いいよ」

 

これ以上話をするのにも、一旦明智の要求を呑んでやるしかなさそうだ。

 

暴走したシャドウは普段は見せないような攻撃性と執念を露わにする。それがただの雑魚シャドウでも、こうなった個体はかなり厄介だ。…普通の人間ならば。

 

私は自分の持てる力のすべてを解放しCharaを召喚する。それと同時に、足元から真っ赤な炎が立ち昇り視界がグッと広くなったような錯覚を覚える。普段は抑えているこの力を、今だけはフル活用する。明智に私の力を認めさせるんだ。

 

思考をどす黒い感情に埋め尽くされたシャドウは恐怖など感じず愚直に真っ直ぐ突っ込んでくる。その打たれ強さは厄介だけど…動きが読みやすければ、私の攻撃を耐えることが不可能な以上雑魚なことに変わりなはいし、むしろ恐怖を感じないせいで私の危険性にも気が付かない。

 

突進してくるシャドウに向かって指を鳴らし“エイガ”を放つ。すると元々真っ黒な思念に覆われていたシャドウは呪怨の炎に呑まれてもがきながら地面に倒れ込んだ。もう、このまま止めを刺してしまえばチェックメイト、だが。

 

私はCharaと二人で倒れ込んだシャドウを挟み込むように立つ。

 

今目の前のシャドウの生殺与奪の権は私にある。それを思うと私の心の中に何かが満ちていくのを感じた。

 

潰せ。

 

殺せ。

 

そのための力だ。

 

決意が満ちた。

 

手の内のナイフが真っ赤に染まる。

 

恐怖を感じないはずのシャドウの目が怯えに染まり、私の征服欲を刺激する。

 

辛抱の限界を迎えた私はシャドウに攻撃を加えた。その一撃で、シャドウのタマシイに直接刃が届いたのを感じたが、その手を止めることはせず消滅することすら許さない連撃をCharaと繰り出す。

 

長いようで一瞬の出来事。ついに塵となって消滅していったシャドウを見届け、私のナイフは元の姿に戻っていき心を満たしていた不思議な感覚も少しづつ薄れていった。

 

明智は努めて平静を装っているが、果たして今の私の力を見て何を思っているのやら。

 

「こんなものかな」

 

「なるほど。よくわかったよ」

 

「こんなのでいいの?」

 

「十分だ。理解したよ」

 

私の危険性を?

 

「力はいいものを持ってるみたいだ。これなら僕の仕事を手伝わせてあげることもできそうだ」

 

「本当?」

 

「もちろん、君が取引を破らなければ、だよ」

 

「それは当然。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その代わり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ僕自身忙しい身でね。君みたいなのが汚れ仕事を引き受けてくれるのなら、その分別の仕事も楽になる」

 

そう。社会科見学のあの日、私はこの男と取引を交わした。

 

私は明智の正体を知っている。だが世間にばらす気は無いと伝え、狂人を装い明智の味方であるとアピールしたんだ。

 

 

「私、君の正体を知ってるんだ」

 

ひたりと笑う私に対して、明智はきょとんとした顔で首をかしげる。まだごまかす気ではいるようだ。

 

「何の話かな?」

 

「隠さなくていいよ。誰にも言わないから。私にも精神暴走と廃人化のやり方を教えてほしいんだ」

 

「…は?」

 

「だって楽しそうじゃん。君だけそんな面白いことをしてるなんてずるいよ。同じ力を持ってるのにさ」

 

「…」

 

心底うきうきした様子で話す私をこれ以上ないぐらい怪訝そうな目で睨む明智。もしとぼける気が無いにしても、同じような反応をされたことだろう。

 

「だからさ、取引しようよ」

 

「…取引?」

 

「うん。それとは別に、もう一つ面白い情報があるんだよ。心の怪盗団について」

 

「…!」

 

「君、怪盗団を利用してなにかしようとしてるでしょ?私もさ、本当はあんな義賊的行為じゃなくてもっと派手に暴れたいだけなんだよね。だから私の手で消そうかとも思ってたんだけど、君はまだ怪盗団を消してほしくなさそうだし」

 

「ごめん…何を言ってるのか意味がよく」

 

「もう。とぼけなくていいって面倒くさい。君が全ての元凶なのも知ってるし何か目的のために動いてることも知ってる。でもそれは全部なしにして、互いに利益になる話をしようって言ってるんだよ」

 

 

明智は間違いなく私のことを信用などしていない。都合のいいときに排除することしか、考えていないだろう。

 

でもだからこそ、今の時点では接触を赦されている。こうして私の力を目の当たりにして何を思っているのかは知らないが、穏やかなものでないことは確かだろう

 

「まぁとにかく、君が期待に違わないクズってことは分かった」

 

「それはどうも。で、次の仕事はいつなの?」

 

「今日かな」

 

私が訊き返すと、明智は邪な笑みを浮かべて私に銃を握らせた。

 

「せいぜい、君のやりたいようにやるといい。だが余計なことをすれば、君という人間の何もかもを抹消したうえで、君自身も世界から消されることになる」

 

「…」

 

「ターゲットの名前は青野修一。見ればすぐにわかる、生きている価値を感じない中年の男だ。探し出して殺すなり精神を壊すなり、勝手にしろ。そっちのほうが君にとっても好都合だろう」

 

「いいの?実際に確認しなくて」

 

「へまをすればすぐに分かる。そうなったら消すだけだ」

 

「そう」

 

なんと意外なことに、明智はここで退散し私にこんな重要そうな任を託すという。

 

それを聞いてピンときたが、おそらく今名を言い渡された男は獅童からの命令は下っていない全くの無関係者である可能性がよぎった。今日やれと咄嗟に言われてどんな反応をするのか…ただそれを試されただけなのかもしれない。

 

まぁ明智がこようがなんだろうが、私は端から誰も殺す気などない。監視の目がないのは、確かに私にとって都合がいい。

 

「それじゃ、また連絡する。その時には怪盗団の動きを伝えられるようにしておいてくれよ」

 

「分かった」

 

こちらには一瞥もくれずスタスタとこの場を立ち去る明智の背を見届けて、

 

「はぁ…」

 

私は人生史上最も深いため息を吐いた。

 

これからは明智と会うたびに、こんな腹の探り合いが続くと思うと少し気は落ち込んでしまうけど…そんなわがままは言ってられない。なんとか彼の信用を得て、“本当”の依頼を回してもらえるようにしないと…。

 

そうなれば、これ以上明智が手を汚すことも無くなる。

 

それに…現実での接触を通して何か影響を与えることが出来れば、命を救えるかもしれない。

 

これまで何度も命をこの手で潰えさせてきた私が、同じく破滅する運命にある誰かを救済できるかもしれない。

 

焦りは禁物だ。今はまだ、お互いに怪しみ合う関係でいい。いつか、明智の方から手を取ってくれればいい。

 

「アオノシュウイチ」

 

そんなことを考えながら、私はとりあえず教えられた名前のシャドウを探してみることにする。モルガナが居ないおかげでこの広いメメントスを徒歩でしらみつぶしに探すことにはなったけど、周囲のシャドウは私に対して一切近寄ろうとしないので、時間がかかるだけでリスクはない。

 

こんな時に使える便利な移動手段でもあればいいのに…。今度手に入れた素材で何か作れないか試してみようかな。モルガナならきっと、何か面白い案を思いつくかもしれないし。…ローラースケートとか言われたら毛を抜くか。

 

「あ」

 

ぼんやりと平和ボケした思考で線路上を練り歩いていると、目の前に景色がぐちゃぐちゃに歪んだ空間が現れた。メメントスという集合的無意識に生成される、いうなれば超小規模のパレスともとれる空間だ。おそらくこの先に、なんらかの歪みを抱えた人間のシャドウがいる。

 

足を踏み入れた先には、グレーのスーツを着た一見どこにでもいそうな中年の眼鏡をかけた男性のシャドウが立っていた。そいつはこっちを見るなり目を見開き、慌てて数歩後ずさった勢いで尻もちをついてしまっていた。顔を見ただけで随分と失礼な奴だ。

 

「く、黒い仮面!なんで、なんで俺のところに…!?」

 

「え?」

 

言われて気付いたが、奴は私が黒い仮面を身に着けていることに驚きここまで狼狽していたらしい。

 

何故『黒い仮面イコール危険』という知識をこのシャドウがもっているのかは謎だけど、とりあえずこちらに攻撃の意思はないことを伝えるために、仮面を上に押し上げ武器を懐に隠す。

 

「落ち着いて。私は君の知ってる“黒い仮面”とは別人だからさ」

 

「…え?そ、そういえばお前、女か。なら人違いか…」

 

「そう。で、一つ聞きたいんだけどいいかな?」

 

「なんだ?」

 

「アオノシュウイチ…だっけ?君、“獅童”となんか関係あるの?」

 

「…何故そんなことを答えなければならないんだ?」

 

「もしかしたら獅童はもう君を切り捨てる気かもしれない。そうなったら私が代わりに始末を頼まれることになってる」

 

「…!?」

 

「どうなの?」

 

「…。た、確かに私は、獅童さんとの繋がりはあるが…でも、今までもずっと良好な取引関係を続けていたんだ。今更切り捨てるなんてこと、あるわけがないっ」

 

「自分の利益にならないと判断されたなら簡単に切り捨てるよ、あの男は」

 

そこまでいって私は言い捨てた。

 

「…早く逃げたほうがいい。そして金輪際獅童みたいな悪党に関わらないと約束しろ」

 

「な、なんでお前がそんなことを…」

 

「死にたくなければ言う通りにして。私も誰かを殺したくはない」

 

「…な」

 

「私が見逃しても、もう一人の黒い仮面が君を探し出して排除しにくる。だからもう“ここ”にはいるな。そしてなるべく、遠くに逃げて身を潜めて。さもなければ人生が終わるだけ。…それと、もう二度とこんなことに加担しない方がいい。君みたいな半端者は途中で強者に捨てられるだけだよ」

 

静かにドスを聞かせた声で囁いてやると、男は心底怯えた様子で首を何度も縦に振った。そして、他のシャドウと同じように白い光に包まれながら消えていった。きっとこれでうまくいったはずだ。周囲に気を張り巡らせてみても、私以外の人間がいる様には感じられない。明智が隠れていることもなさそうだ。

 

「…」

 

これからは二重なんてものじゃなく、学生と怪盗、そして共犯者としての三重生活が始まる。

 

全ては私自身のエゴのためいえばそうなのだけど…それでも、私の行動によって他者が救われるのであれば、それでいいと思う。

 

この邪悪な力を生まれもった、悪である私が、正義としてあれるこの世界を、私は必ず奪い取って見せる。

 

作戦の決行は来年の3月。

 

するべきことは、怪盗団を正しい道へ導くこと。

 

怪盗団を護ること。

 

ただ善くあること。

 

救えるものは救うこと。

 

自分の存在価値を外の世界に示すこと。

 

世界を奪うこと。

 

そして全てが終われば、消えること。

 

 

 





【挿絵表示】

↑Chara総攻撃フィニッシュ(表)SUKIMAにて依頼させていただきました。
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