PERSONA5:The・Determination   作:Ganko

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女王の靴音

6月14日 火曜日

 

刃と刃がぶつかり合い、利き手に重い衝撃と痺れが走る。

 

私とジョーカーは放課後、本人の希望もあってメメントスで特訓を行っていた。内容は特に以前までと変わらず、ただ本気で戦うだけ。

 

ルールも単純。ジョーカーは私に武器を当てることができれば勝ち。だから私はいつも、極力ジョーカーの攻撃を防御せず回避することに徹している。

 

でも今日は少し趣向を変え、あえてジョーカーの攻撃を受ける機会を作っている。実際のシャドウが私と同じ動きをするとは限らず、機動性を捨てた防御重視のシャドウだって、今後は現れてくるだろうから、そのための方策である。

 

とはいえどちらの得物も小型で取り回し重視なダガーとナイフ。そもそもの戦闘スタイルがヒットアンドアウェイに特化した二人でそれを行えば、絵面は非常に地味になる。

 

だがそうも言わせない程度には、正面から受け止めるジョーカーの一撃は重たい。武器自体の小柄さに惑わされたなら、すぐに体勢を崩され隙を晒し、止めを刺されるだろう。

 

そんな攻撃を凌ぐためには、受け止め、耐えるイメージよりも、刃を擦り合わせ衝撃を外にいなす必要がある。ただ、普通のシャドウにそこまでの脳は無いだろうし、率直に言って既にジョーカーの戦闘スキルはこの時点での適性を遥かに超えている。

 

「アラハバキ」

 

そしてペルソナ能力。

 

こっちも順当に力が増しているように思える。召喚されてくるペルソナも徐々に高位のものに変わってきていて、技の使い分けも様になってきた。元々の才能と選択肢の増加。そして常軌を逸した成長能力が、ジョーカーをこうさせている。

 

ただ一つだけ疑問に思えるのは、ジョーカーが未だにアルセーヌの仮面を手放していないことだ。もしこの世界が私の思うようなゲームだった場合、それは少し不自然と言わざるを得ない。

 

土偶のようなペルソナから放たれる無数の光線を避けながら、そろそろだろうと当たりをつける。

 

ジョーカーはアルセーヌを、文字通り自らの分身…切り札として使用することが多い。

 

一気にカタをつけたいときや、強敵に出くわしたときなど。

 

「アルセーヌ!」

 

今回の場合は、けん制用のペルソナで相手の動きを制限し、必殺のタイミングでアルセーヌによる攻撃を図ってきた。こんな感じで、ジョーカーはアルセーヌの力を大いに信頼し、活用もしてくる。

 

大きく翼を広げたアルセーヌから強大な呪怨が放たれる。直前のアラハバキからの攻撃によって私の動きをある程度制限し、広範囲の技を放つことで命中率を上げている。

 

その攻撃の仕方を見てピンときた私は、あえてジョーカーの狙い通りの動きをしてみることにした。

 

アルセーヌは頭上から地面に向けて呪怨を放ってくる。そしてそれを避けようと思うと、自然と体は後ろに下がりたくなる心理が発生する。私はわざとそれに乗っかった。

 

トドメとして放たれたかのように思えた特大の呪怨は、その実次の一手のための伏線に過ぎず、仕掛けもごくごく単純。

 

連続攻撃で敵の意識をペルソナに向け、後ろに避けるように攻撃の仕方を工夫。そしてまんまとそれを後ろに避けると、アルセーヌの呪怨で私の視界からジョーカーが消える。

 

そこからほぼ無音で距離を詰めてダガーを振るってくる。私は予め予想していたので対応できたが、並の相手ならここでチェックメイト…いや、もっと早い段階でやられてたか。

 

「惜しい」

 

ジョーカーの腕を掴み動きを止めたところで、一先ずこの回はストップ。

 

当分負ける気はしてないが、それでも成長速度という面ではやはり目を見張るものがある。凡人であればなにか裏があると勘ぐるところだけどこの男ならば、むしろこれが普通だ。

 

「ちなみにもし俺がリーサルに勝てたら、ご褒美はあるのか?」

 

「ご褒美?」

 

もう一度、お互いに距離を取って第2戦の準備を取りながら、ジョーカーは唐突にそんなことを言いだした。今まで考えたことは無かったものの、なにか思いつくかとしばらく考えを巡らせた。

 

「ないね」

 

ものの、結局何も思いつくことは無かった。

 

「だったら、俺が決める」

 

「ろくなものじゃない気がするんだけど」

 

一瞬、あの日ジェットコースターに乗りながら押し付けられた賭けの事を思い出し、嫌な予感がした。しかしあの時の勝負は結果的に私の勝ちということで決着がつき、私の、『相手に何でも言うこと聞かせられる権』はまだ保有してある。とんでもない要求が飛んできたとしても、それを打ち消す準備は万全だ。

 

「一度だけ俺の言うことを何でも聞く」

 

「やっぱり…」

 

ジョーカーから飛び出てきたその言葉があまりに想像通りすぎて特にリアクションもできなかった。そんなに事あるごとに私に命令したがるなんて、一体何を企んでいるのかと聞いてみても、「それを言ってしまったら面白くない」と切り捨てられる。

 

一体全体、もし本当にその時が来たら何を要求するつもりなのか、少し気にはなるけど、あいにくわざとでも負けてやるつもりは無いので一生その答えは知らないままだろう。

 

「勝ったなら、いいけど」

 

「言質とったぞ」

 

「どうぞ。それより、もう一回」

 

私の言葉を皮切りに、再びメメントスに戦闘音が響き始めた。

 

いつか、本当にジョーカーが私を超えるようなことがあったなら、それは私の計画が上手くいっていないということになる。もしもそんなことになってしまったのなら…どうすべきか考えておかないといけない。少なくとも、ジョーカーが私よりも強くなった時点でこの世界は終わったに等しい。

 

私に勝てるのは、私と同じ力を持った者だけだ。ジョーカーに、それは必要ない。

 

 

特訓を終え、外で待機していたモルガナと合流。勝負の結果は言うまでも無い。よって、今回も雨宮の要求は却下となった。

 

「雨宮」

 

「なんだ?」

 

とはいえ相変わらずケロッとした様子の雨宮に、私は少し気になったことを聞いてみた。

 

「いつか私に勝てるって、本気で思ってる?」

 

蟻の様にごった返す人の群れの中、駅前のベンチに二人して腰かけながら缶ジュースを開ける。

 

炭酸の抜ける気味の良い音が二回。雨宮は自分の分のジュースを一口あおってから、口を開いた。

 

「いつかは必ず」

 

ひたすらに真っすぐな瞳でそう言い切られてしまった。この男が言うとなんでも冗談に聞こえないのが厄介なところだ。とはいえ、流石に今回ばかりは冗談で終わらせるけれど。

 

「本気?」

 

「もちろん。俺だって、ただ勝ちたいってだけで言ってるわけじゃない」

 

「ふぅん。なにか根拠でも?」

 

「教えたらフェアじゃないだろ」

 

「教えたほうがフェアじゃない?」

 

「なぁ、ワガハイ腹へったぞー」

 

私と雨宮の間に座るモルガナがそう呟き、ふと自分も空腹であるということを思い出す。

 

「とりあえず帰ろう」

 

「…そうだな。惣治郎さんも待ってる」

 

心なしか、話を切り上げられたことにほっとした様子の雨宮に気付きはしたものの、この時の私はそれを追求する気には何故かなれなかった。モルガナだって、妙にさっきは棒読みだったし。

 

けれど隠し事をしているのは自分も一緒であるという事実と、聞いたところで決して雨宮は答えてくれないだろうという確信が、私に見て見ぬふりをさせた。

 

人と人との関係は簡単に変わる。それを怖いと思ったことは今までに一度だってなかった。

 

家族との関係は信頼しきっていたから。

 

友人との関係は、そこまで固執していなかったから。

 

でも、仲間との関係だけはどうしても、変えたくないと思ってしまった。これが人間らしさだというのなら、この弱さも悪くはないのかもしれない。

 

 

ルブランへと帰り夕食を済ませた後、私は惣治郎宅へと足を運び双葉の部屋を訪れていた。昨日からずっと寝たきりな様子の双葉の傍らに座り、しばらく待っても目を覚まさないので軽く頬を叩いてみる。

 

変化は無し。ついでにひっぱったりつねったりしてみても、起きる様子は無い。

 

私はスマホを取り出し、双葉の耳元で大音量のアラーム音を鳴らし始める。そこまですればさすがに身じろぎぐらいはしたものの、目を開けようとはしない。

 

「おーい」

 

「あと十分…」

 

起きてるじゃないか。

 

右手の中指を親指に引っ掛けて力を籠める。そして限界まで力を溜めたのち、中指を抑えていた親指の力を抜く。

 

「いたっ…!」

 

額に受けたデコピンの衝撃で、ようやく双葉は目を覚ました。

 

当たった場所をさすりながら体の向きを変え、仰向けから横向きに。

 

「今何時だ…?」

 

「21時」

 

「まじか…」

 

「起きて」

 

「起きる…けどなんで?」

 

「いいから」

 

もぞもぞと芋虫のような緩慢な動きで身を起こすかと思われた双葉だったが、その半ばで再び重力に従って横に倒れ込んだ。眠いのは百歩譲って仕方ないとして、このままでは二度寝という強烈な欲求に負けてしまう。

 

無理やりに双葉の身体を起こすと、ほぼ開いていないような目をこすりながら一分ぐらいの間ぼーっとしていた。

 

「だんだん覚めてきた」

 

「それはよかった」

 

「…で、なんの用なの?()()()

 

さっきまでより随分と低いトーンで、わたしの名を呼ぶ。

 

「お願いしたいことが二つあってね」

 

双葉の正面にあるデスクからチェアを引っ張りそこに座る。

 

「まず、昨日のことちゃんと覚えてる?」

 

「覚えてる。…覚えてるに決まってる」

 

「うん。双葉は今、私たちと同じ力を持ってる状態。つまり…」

 

「怪盗になるかってこと?」

 

「そう。どうかな」

 

「…わたしは、お母さんが死んだ理由をちゃんと知りたい。し、研究を奪った奴も、放っておきたくはない」

 

「そう。じゃあ歓迎する」

 

「軽いな…」

 

元より、双葉がペルソナを覚醒した時から仲間の皆はそのつもりだった。少しとはいえ双葉の過去を知った彼らが、今更彼女の加入を拒む理由は無いだろう。

 

「大丈夫だよ。それより、双葉の方は大丈夫なの?」

 

「え?」

 

「怪盗団の仕事についてはもう知ってる通り。異世界で力を使って戦いながら、悪人の歪んだ欲望を奪い出す。そんなことを日常的にやってる。思ってるよりもハードかもしれないよ」

 

まぁ口でこうは言いつつ、双葉には怪盗団に入ってもらわないと困るんだけど。

 

一応念を押してみても、双葉の答えは変わらなかった。改心の効果かは知らないが、双葉の決意は脆くないようだ。自分を変える第一歩として、この手段を選ぶ…それも、双葉なりの叛逆の形ということか。

 

ちなみにコードネームは既に思いついているらしく、後日改めて全員集まった時に発表するつもりらしい。

 

「じゃあ次。こっちは私の個人的なお願いなんだけど」

 

「なんだ?犯罪には加担しないぞ?」

 

「…」

 

「…え?」

 

これから依頼する内容を鑑みていると、部屋の中に重苦しい沈黙が流れた。

 

「…今から言うことは双葉にしか話してない重要な話ね。いい?」

 

「ごくり…」

 

「私は今、廃人化事件の犯人と協力関係にある」

 

「…」

 

そう告げた瞬間、双葉は大きな目を真ん丸に見開いて、数秒の間脳の処理が済むまで呆然としていた。まぁ、それは当然こうなる。

 

双葉の母親が死んだ原因となった交通事故も、元はと言えば巷でウワサになっている廃人化現象によって引き起こされたもの。いわば廃人化事件の犯人とは、双葉にとって最も忌むべき敵。

 

「…どういうこと」

 

「二重スパイみたいな話。犯人の代わりに廃人化を請け負うフリをして、犠牲者が増えるのを防ごうとしてる」

 

「なる…ほど」

 

「でも、殺せって言われた奴がずっと生きてるんじゃすぐに怪しまれる。だから、私が廃人化させたように見せかけて逃がした標的の情報を、双葉には隠蔽してほしいんだ」

 

「そんな危ないこと……」

 

そう簡単に二つ返事で応じることのできる内容じゃないことは理解している。でも、私にはこの誘いを双葉が絶対断らないことに確信があった。人の良心に付け込むようで少し気は晴れないけど。

 

「それ、怪盗団の連中は知ってるのか?」

 

「知らないよ。まだね」

 

「…いくら何でも危なすぎる。わたしだって、それに加担してバレたりしたら…」

 

「もし双葉ができないって言うなら、もう直接犯人に直談判するしかないかな」

 

「もうー……!」

 

頭を掻きむしりながら、双葉はこれ見よがしにため息をつきながら私の脇を通り過ぎてPCの前にドカッと座る。…が、そこにあったイスは今私が使っている。

 

コントのように盛大にずっこけた双葉は腰をさすりながら立ち上がり、私からイスをひったくる。

 

「はぁ…で、誰だ?」

 

「青野秀一。国会議員」

 

「分かった。明日までにやっとく」

 

やけっぱちのように承諾した割にはやけに乗り気である。私がそれを指摘すると、双葉は口の端を大きく吊り上げ、私によく似た笑みでこう答えた。

 

「綺羅はどう思ってるか知らないけど、私にとってはもう憧れの存在なんだよ。ほんで、今のわたしのポジ的には完全に縁の下の力持ち。相棒ポジションってやつだ」

 

「そうかな」

 

「そうだ!だからやる気になるのも必然なの」

 

「じゃあ、これからよろしくね。報酬は何か考えとくよ」

 

 

 

酷く冷たい夢を見る。

 

この夢を見るのは初めてではない。本来は一度だって見ることのないはずの夢。

 

冷たさしか感じられない寒々とした暗闇の中で、ただ立ちすくむ夢だ。

 

誰もいない。ついさっきまで自分は、仲間に囲まれて過ごしていたはずなのに。

 

…いや、正確には居る。間違いなくここには、誰かが居る。

 

そう感じてすぐ、懐かしくも忌まわしいあの光景がよみがえる。

 

気が付くと、また自分は電車の中で目を覚ましていた。当然これも夢の中の映像なのだが…。

 

この時の感覚はよく覚えている。

 

直前の記憶とあまりにも乖離した目の前の光景に、頭の理解が追い付かず、困惑した。

 

自分はどうしてこんな場所に居るのか。なぜあの場所に居ないのか。

 

この時の自分には、何一つ分からなかった。

 

全てを終えた自分はこの場所に別れを告げたはずだった。それなのに、今目の前に広がっている光景は見覚えのあるものばかりで。

 

ありていにいって、時間が巻き戻ったかのような不思議な感覚だった。決していい気分ではなかった。

 

だけどそのすぐあと、自分のその感想は確信めいたものになる。

 

自分以外にも、同じような違和感を覚えている者に出会えたからだ。

 

やはり今自分が居る世界は何かがおかしい。一体何が起きているのか調べなければならない。

 

とはいえ調べようにも何から手をつければいいのかさっぱりわからず、ただ二度目を淡々と過ごしただけになった。

 

そして迎えた最後の日に自分は気づいた。

 

居るはずの人間が、そこに居ないことに。

 

 

 

6月15日 水曜日

 

「きら…?」

 

この日、私はいつものように雨宮より一時間ほど早くに起床し、どんな寝起きドッキリで出迎えてやろうかと吟味していると、雨宮が何やらつぶやきながら目を覚ました。

 

寝言自体珍しいし、そもそも私の事はいつも妻木と呼んでいるのに下の名前を口にしたことに少し驚く。

 

「…おはよ」

 

「ああ…おはよう」

 

「オマエにしては珍しくぐっすり寝てたな」

 

モルガナのその言葉を聞いておもむろにスマホの画面を見る雨宮。

 

「えっ」

 

そして現在の時刻を確認するや否や、脱兎の勢いでベッドから飛び降りて登校の準備を急いで開始した。今回の寝起きドッキリはあえて遅刻ギリギリの時間になっても起こしてあげないドッキリである。モルガナはチュールを引き合いに出せば簡単に寝返った。

 

「モルガナめ…!」

 

「自分で起きれないやつが悪い」

 

「くそ…」

 

焦りのあまり、堂々と私の目の前で荷物の用意と着替えを一瞬で終わらせ、慌ただしく階段を下りていく雨宮と、その後をついていくモルガナを見送る。

 

はて、今のは本当に私の名前を呼んだんだろうか?それとも言葉端が切れていただけか…どちらにせよ、随分と妙な感覚だった。

 

なつかしさでは無いな。

 

「んー」

 

考えても答えは出なさそうだったので、大人しく自分の荷物を持って一階へ。

 

「よぉ。まんまと嵌められたみたいだな」

 

「すいません惣治郎さん。今日の朝ごはんは…」

 

「持ってけ。これなら歩きながらでも食えるだろ」

 

寝ぐせなのか元々なのか微妙に分かりづらい頭のままルブランを出ようとした雨宮に、なにやら惣治郎が手渡していた。小さなお弁当箱みたいなものを風呂敷で包んである。

 

「え、ずるい」

 

「お前が食ってたのと同じだよ」

 

同じってことは、あの中にはサンドイッチが入っているらしい。手ごろなサイズだし、確かに登校しながらでも腹に詰めることはできそう。とはいえ中身が違ったら大変なので、一口ぐらいは私もいただくとしよう。

 

「ありがとうございます。行ってきますっ」

 

「おう。気をつけろよ」

 

雨宮が風呂敷片手にルブランを出るのに続いて、私もドアに手をかける。

 

「行ってきます」

 

「あいよ」

 

 

「なぁなぁ、ワガハイにも一口…」

 

「駄目だ」

 

「私にも一口…」

 

「無理だ」

 

「俺にはくれるよなーレンレン?」

 

「却下だ」

 

いつも通りなぁなぁで同じ電車に乗った坂本と私たちは、電車を降りて駅から学校への通学路を歩きながら、サンドイッチを頬張る雨宮に粘着し続けていた。

 

たまご、ハム、レタス等見る限りは至極シンプルな具材で構成されたサンドイッチだけど、朝自分で食べたからこそ分かる。それは絶対に美味しいと。

 

しかし何度懇願しても雨宮は決してそれを譲ろうとしない。話の分からない奴だ。

 

「あ、妻木さんっ!」

 

そんなこんなでじゃれ合いながら歩いていると、不意に背後から名前を呼ばれて振り向く。

 

そこには何となく見覚えのあるような無いような、絶妙に記憶に残らない平凡な顔をした女子生徒が立っていた。

 

「おはよう!…ございます?」

 

「誰?」

 

「がーん!?」

 

目の前の彼女は分かりやすくショックを隠し切れないといった様子で自分の顔に指を指す。

 

「あたしだよあたし!秋山玲央!」

 

あきやまれお。

 

その言葉を頭の中で何度も復唱してみてもピンとくることは無く、変わらない、というかどんどん曇っていく私の表情を見て、秋山なる人物はこれ見よがしにがっくりと肩を落とす。

 

「え、マジで知らねぇの?」

 

「ごめん」

 

ぽかんとした表情で成り行きを見守っていた坂本がそう聞いてきたので、正直に答える。

 

「新手のナンパか?」

 

「違うよっ!てか知ってるよ!絶対に!だって二人きりで会話したこともあったよ!」

 

ふむ。ナンパでないとすると、詐欺の類か、あるいは宗教への勧誘かといったところだろう。見たところ同い年で秀尽の生徒であるところを見るに、親から無理やり宗教への勧誘をお願いされて…という可能性も無きにしも非ず。

 

「なんかめっちゃ真面目な顔で考えてるみたいだけど、絶対違うからね!?」

 

「宗教の勧誘ならお断り」

 

「はい不正解!」

 

どうやら違ったらしいが、だからといって何か閃くわけでもなし。小首をかしげていると、秋山は憤慨した声でまくしたてた。

 

「もう、約束してくれたじゃん!あたしに勉強教えてくれるって話!」

 

と、それまで朝食を食べることに集中していた雨宮が私の方に向き直り、コクコクと頷いた。どうやら雨宮は彼女のことを覚えているらしい。でも、彼女にとって用があるのは私なのに、その私が覚えていなくて関係ない雨宮が覚えているというのも変な話だ。

 

「そう!ヘンなの!」

 

必死に思い出そうとしている私の横で、雨宮が当時の状況を簡単に説明しだした。曰く中間試験の結果が張り出された日に話していた…みたい。そしてにわかには信じがたいが、私と秋山は連絡先も交換しているらしい。

 

疑心暗鬼なままスマホを確認すると、なんと本当に連絡先が登録されていた。そこまでの条件がそろってついに私は、目の前に立つ人間の存在をうっすらとだけ思い出した…!

 

「あー」

 

「思い出した?」

 

「なんとなく」

 

そういえばそうだった。確かあの日は、一人で超巨大ハンバーガーを食べに行った夜…私は確かに勉強を教えてあげると、最後に言った気がする。それを思い出した途端に前言撤回したくなってきてしまったが…。

 

「ツマキ、一度約束したのならちゃんとしてやれよ?」

 

「えぇ……」

 

「ネコっ?」

 

案の定、聞こえてきた鳴き声を辿って、秋山の視線は雨宮のカバンから顔を覗かせていたモルガナのもとでピタッと止まる。

 

まるでもぐらたたきのような動きで頭を引っ込めたモルガナだったが、その後すぐに引っ張り出されて散々秋山の手によってモフられていた。わざわざ私の退路を断った報いだ。

 

 

放課後… 図書室

 

結局その後、私は話を聞かれていた雨宮たちに追い込まれる形で、仕方なく放課後の時間を使って秋山玲央の勉強に付き合うこととなった。

 

別に、他に何か用があったわけじゃないから構わないのだけど…。正直、世界の命運に関わらない人間に興味は無い。こいつの事を覚えていなかったのもそのせいだ。

 

私にとって、残された時間はそう多くないのに。

 

「妻木さん」

 

「ん」

 

「ど、どんな感じかな…」

 

半ば放心状態でぼーっとしていると、隣に座る秋山に声をかけられた。どう、と聞かれても特に何も見ていなかったので適当な返事しかできない。が、所作からして今解いていた数学の問題集の回答がどうなのか、と聞いているらしいので、さっと手元の回答欄を流し見る。

 

目立った間違いも無いけれど、ケアレスミスが目立つと言えば目立つ。理論上は理解できているみたいだけど、凡ミスが多い。これはただの集中力の問題で、学力の問題では無さそう。

 

本人にそう伝えながら、間違っている箇所を指さしていく。

 

「これだったら、別に私が教える必要もないと思う」

 

「ううん。違うの。そのケアレスミスをなくしたいの」

 

「難しいことを言うね」

 

…なんだか面倒くさそうな展開になって来た。

 

問題の解き方を教えるぐらいなら誰にだってできる。でもこういう類のミスは本人の中でどうにか解決策を見つけてもらうほかない問題だ。おそらく地頭は良い方だから、努力次第としかアドバイスのしようがない。

 

「どんなに頭が良くても勉強が出来ても、百点満点なんてめったに起きないことなんだよ…?でも妻木さんはさ、それが出来た。だからあなたに聞いたの」

 

「別にあなたの知らない秘訣とかがある訳じゃない」

 

「天才だっていいたいの?」

 

「違うよ。ただ、沢山頑張っただけ」

 

私が今嘘をつく理由なんてない。今回に至ってはただテストで満点をとっただけの話だけど、それに限らず私はあらゆることに置いて中途半端で済ますような真似はしてこなかった。やるなら徹底的に、一番になりたかっただけ。

 

「でも、妻木さんって普段は全然まじめに授業受けてないって聞くよ?」

 

「今はね」

 

「そっか…。でも、それでいうならあたしだって、必死に勉強してるつもりなんだけど…」

 

俯く秋山を見て少し考える。

 

何かにおいて成功することには努力は必須だ。

 

でも、努力さえすれば必ず成功するわけじゃない。才能や運だって必要だ。努力しなければ成功しないのと、努力すれば成功するのとでは言葉の意味が変わってしまう。

 

そして、目の前の彼女も例にもれず勉強で成功するために努力はしているのだろう。それでも手が届かないというのなら、才能が欠落しているかあるいは努力が足りないか。どっちが原因でも私がどうにかしてやれるような問題ではなくなってくる。

 

「そこをなんとか!どうしても、今の点数じゃ足りないの!」

 

なおも食い下がる秋山はやけに余裕なさげだった。たかがテストの点数にそこまでこだわるワケが、きっとなにかあるのだろう。

 

「どうして、そんなにこだわるの?」

 

「…前も言ったけど、多分忘れてるよね。行きたい大学があるの。なんとしても、絶対に行かなきゃいけない。そのためには、今のままじゃ…」

 

「じゃあ、どうしてその大学に行きたいの?」

 

質問を変えると、秋山は少し視線を逸らしてこう続けた。

 

「あたし、二つ上の姉がいて…。同じとこに、入りたいなって…」

 

なんとなく、今まで見せていた熱量に対して動機が薄いなと思わなくもないけれど、まぁ極度のシスコンなのかもしれないしそこは突っ込むべきところではないのかもしれない。

 

「足りないのは、努力じゃなくて決意かも」

 

「…決意」

 

「本気でその大学に入りたい、姉と同じ大学にいきたいって思うだけじゃ努力にも身が入らない。その大学に入るって“決意”するの」

 

「…難しいなぁ。具体的には?」

 

説明する方が難しいのだけど…今回だけは特別だ。

 

「したい、なりたいだけじゃ気持ちが足りてないってこと。()()なるって自分の中で強く決めることが出来れば、努力の質も上がるはずだよ。事実、私はそうやってきたし」

 

「へぇ…。ちなみに妻木さんはなんのために勉強を頑張ったの?」

 

「…。負けず嫌いだから」

 

「ええ…たったそんだけで…?」

 

「それだけでも、目標は大きいと思うけど。こっちにきてからは一回目の学年一位だけど、前まではずっと私が独占してたからね」

 

「ええっ!?…って、そりゃそうか。満点取れる人が居たらそうなるか…」

 

まぁ実際は、それだけでは無かったわけだけど、そこまで話す義理はない。

 

呆れたように笑う秋山は視線を落とし、考えるような素振りを見せた。

 

「難しいけど…でも、妻木さんから見て、あたし自身の学力的には大丈夫そうってことでいいの?」

 

「うん。足りないのはケアレスミスをなくす工夫と地道な努力じゃないかな。頭は良い方でしょ、きっと」

 

「そっか…」

 

私がそう言ってやると、秋山は嬉しそうに笑い、少しだけ自信を取り戻したような表情で感謝してきた。朝あった時は随分快活な様子だったのに、問題集を目の前にすると別人のように表情が固くなっていた。おそらく彼女にとって、勉強はさほど好きなものではないんだろう。目標はあれど打ち込み切れていない…そんな印象だ。

 

これ以上は、私が首を突っ込むような問題ではないのかもしれないけれど、少し気になったのは事実だった。

 

「…うん!ありがとう!なんかちょっと自信出てきたかも」

 

「それはどうも」

 

「あ、でもあたし普通に英語苦手だから、そこはやさしく教えてもらえってもいい?」

 

なんとなく、心の奥に闇を抱えていそうな…そんな気がしてしまった。

 

少し前の私ならさして気にも留めなかっただろうに、一度気付いてしまったからにはなんだか放っておけなくなった。誰かさんのお人よしが移ったのかも知れない。

 

そんなこんなで私は、かれこれ小一時間は秋山の勉強に付き合った。六月の夕方…あまり外の明るさは変わっていないけど、いい時間なのは間違いない。

 

「今日は、一先ずこの辺りで」

 

「うん。ありがとね、妻木さん!」

 

「明日はどうする?」

 

「えっ?」

 

「やるなら付き合うよ」

 

荷物をまとめて椅子から立ち上がった姿勢のまま、秋山は少しの間驚きの表情で固まっていた。私の態度からして、あまりこの勉強会に前向きじゃないことは察していたんだろうけど、流石にその反応は失礼ってものだろう。

 

「いいの?」

 

「中途半端は嫌いなんだよ」

 

「イケメンすぎ」

 

「目標があったほうがいいよね。次の試験は20位以内を目指そう」

 

私のその提案に、秋山は一瞬顔を曇らせた。

 

前回の中間試験の結果的には、秋山は平均ラインのやや上程度だったらしい。そこから一気に上位を狙うというのは、確かに現実的ではないように思うかもしれない。

 

でも、私から言わせれば秋山は地頭は確実に優秀だ。正しく導いてやれば、20位以内程度、狙えるだけのポテンシャルは秘めている。

 

「やりたいかやりたくないかで言えば?」

 

「やりたい、です」

 

「なら、やろう」

 

 

下校時も、駅までは同じ道のりの秋山と二人で帰った。

 

道中、噂の転校生である雨宮の話を興味深そうに聞いてきたので、見た目に寄らない変態であると宣伝しておいてやった。ついでに、よく一緒にいるところを目撃される坂本や杏についても、聞かれるがままに答えた。

 

「やっぱり、雨宮君もそんなに悪い人じゃないんだね」

 

「やっぱり?」

 

「妻木さんの友達だし、そうじゃないかなって思ってたんだ。流れてた噂も、結局鴨志田先生の仕業ってだけでしょ?」

 

私は頷き、話の続きを促す。

 

「不憫だね…彼も」

 

同情するように、秋山はそう呟いた。一体誰と比較して彼“も”と表現したのかは、聞かないでおいた。必要以上に踏み込む必要はない。

 

「そういえば、その関連でひとつ言いたいことがあったんだけど」

 

「なに?」

 

「うちの生徒会長、いるでしょ?新島真(にいじままこと)さん」

 

その名前には、もちろん覚えがあった。何をかくそう、その新島真もいずれは怪盗となる人間の一人だからだ。

 

新島真は秀尽学園3年で生徒会長を務めている女子生徒。生徒たちからは庶民的な印象を持たれていなくて、よく鉄人だのと揶揄されているぐらいには真面目で模範的な人間。というのが周囲の認知。

 

「あの人、なんだか最近雨宮君のこと調べてるみたいだよ。この前あたしにも聞いてきた。例の、鴨志田先生の時の予告状?あれを貼った人を見てないか…とか。多分遠回しに、雨宮君じゃないかって疑ってる様子だったよ」

 

「ふぅん」

 

「こっちに来たばっかで雨宮君にそんなことできるわけないのにね。怪盗なんて子供じみた噂、なんであの人が調べてるんだろ」

 

「信じてないんだ。怪盗」

 

「信じてないわけじゃないよ。だって明智君も、怪盗がいたらいいなって言ってるんだもん」

 

思わず秋山のほうを向いてしまったが、別に何もおかしな会話で無いことに気付き正面に向き直る。どうやら今の声色からして、彼女は探偵王子支持側らしい。だからと言ってどうという訳でもないが、奴の本性を知っている以上メディアで見せている明智吾郎の仮面を信じ切っている人の言葉を聞くと、少し胸糞は悪い。

 

「明智君かっこいいよねぇ。あんな彼氏がいたらもっと勉強も頑張れるのに!」

 

「そういうもの?」

 

「そういうものだよ!妻木さんだって、誰かのために何かをするって、とっても大きなモチベーションになるでしょ?」

 

悩む素振りは見せたものの、実際それはその通りだ。私の場合、それは仲間や家族で、ある人にとっては恋人とかそういう人になったり、あるいは全く別の存在になったり…。それもまた、形を変えて決意を得るきっかけになるのかもしれない。

 

「じゃあもし、明智吾郎と連絡先交換できるってなったら、どうする?」

 

「え?いやー…どうもしないかな」

 

「どうして?好きなんでしょ?」

 

「あたしが好きなのはテレビに出てる明智君だし、プライベートな部分を見て幻滅したくないっていうか…」

 

正直、彼女との交流には毛ほどの興味も無かったけど、案外私にとっても勉強になる部分は多いのかもしれない。

 

何の変哲もない人間だからこそ、最も多数派となる意見を持っている。はみ出し者ばかりの怪盗団にいては中々触れられない価値観にも、彼女からはお目にかかれるかもしれない。

 

それからも、駅で別れるまで私たちはなんだかんだ話題を途切れさすことなく議論をかわし続けていた。そのことに気が付いたのは、秋山と別れてしばらく口を閉じている間に異常に喉が渇いていると感じた時だった。

 

改札前の自販機で盆ジュースを買い一気に飲み干したその直後、ポケットに入れたスマホが震える。

 

メッセージの差出人は、明智吾郎だった。

 

 

明智は、吉祥寺の一角にあるカフェを待ち合わせ場所に指定してきた。言われるがままにやってきた私は、待ち合わせ場所から少し離れた路地裏で、双葉に電話をかけていた。

 

…が、コール音が鳴り響くばかりで、一向に繋がらない。寝ているのだろうか。

 

あのターゲットの情報隠蔽が既に済んでいるのなら問題はないのだけど。

 

明智もまさか、こんな人目のつく場所で例の取引についての話をするわけはないだろうし、でもだとしたら一体なんの用なのか。

 

一抹の不安を覚えながらも、時間に遅れないように私は待ち合わせ場所まで足を進めた。

 

そして例のカフェが目の前に見えてきた頃、テラス席に座る明智らしき姿を視認した。近づくと向こうも私の存在に気付き、見事な探偵王子の仮面をつけた笑顔で私を店の中へと手招いた。

 

店に入り、店員に待ち合わせをしていると伝えてテラスの方へ。

 

「やぁ、妻木さん。急に呼び出してごめんね?」

 

そして、少しも悪びれる様子のないさわやかな笑みで私を迎える明智の向かいに座る。丸テーブルを挟んで足を組んでいる明智は、手慣れたように店員を呼びホットコーヒーを注文した。既に明智の手元にはマグカップが置いてあるが……。

 

「奢るよ」

 

「なんで?」

 

「呼び出したのは僕の方だからね。これぐらいはさせてよ。…あ、もしかしてコーヒー苦手だった?」

 

首を振って否定すると、明智はパッと顔を明るくして「それならよかった」と無邪気に笑って見せた。どうにも調子が狂う。

 

「何の用なの?」

 

会話のペースを向こうに握らせないために、こちらの方から本題について切り出してみた。すると明智は少しだけ明るかった表情を落とし、自分のコーヒーを一口飲んでから口を開いた。

 

「別に、大事な話があるわけじゃない。ただ、僕らは互いの事をあまりにも知らなすぎるだろ?」

 

「私はそれでもいいんだけど」

 

「そう言わずにさ。僕の“仲間”として、ある程度の事は知っておきたいんだ」

 

よくもまぁぬけぬけと、心にもないことを流暢にしゃべれるものだ。流石に、これまで大勢の大人を相手に本性を偽ってきただけはある。なんにせよ、今の明智は私に探りを入れる気満々なことだけはよく分かった。

 

「と言っても、こっちのほうで少しだけ調べさせてもらったけどね」

 

「調べた?」

 

嫌な予感がした。

 

「君が、()()な家庭に生まれたこととか」

 

「…そんなの知ってどうなるの。私と君はただの取引関係でしょ」

 

「そうだね。間違ってはいないけど、だからこそ、コントロールできないのは困る」

 

組んでいた足を戻し、明智は片肘をつく。

 

…もしかして、双葉に隠蔽を頼んだターゲットの件について、早速疑いをかけられているのか?

 

「君、もしかしなくても“初めて”じゃないよね?」

 

「…」

 

「その歳で一体どれだけ殺ってきたんだい?」

 

どうやら、そうではないらしい。むしろ、私にとってはこっちの方が都合がいいのかも知れない。気が狂っていると思われる分には、取引関係を継続するうえでまったく障害にはならない。

 

「ひみつ」

 

ニヤリと微笑みそう返すと、明智はごく自然に吹き出した。顔も声も笑っているが、頬に伝う冷や汗までは隠しきれていない。…この調子だ。調子を狂わせるのは私の役目。

 

ひとしきり笑った後、明智は小声でこう続けた。

 

「ほどほどにしておきなよ?僕たち側で情報の隠蔽は完璧に行われるとはいえ、現実(こちら)で行動を起こせば流石に目立つ」

 

「分かってるよ。…でも、同じ人間で異世界(むこう)現実(こっち)で二度楽しめるのはいいね。君には感謝してる」

 

「はは…それはどうも」

 

あのターゲットがまだ生きていることはバレていないようだ。明智…というか、獅童の方でも青野の情報は上手く処理するだろうから、その際に色々と不自然な点が発覚したんだろう。おそらく双葉が上手くやってくれていて、現実の青野は私がどうにかしたという認識でいるらしい。

 

…というか、本当に生存がバレていないのなら、明智とその他との情報の伝達はかなり雑である可能性も出てきた。あと数か月の間なら、なんとか騙し切れるかもしれない。

 

「でも、本当にこれが初めてじゃないんだね?」

 

「何度も言わせないでよ。ひみつだって」

 

「…そうか」

 

「…なにか?」

 

「いや、僕たちって案外似た者どうしなのかもって思ってね」

 

「…どの辺が?」

 

「既に人生終わってる辺りが」

 

…余計なお世話だ。

 

と、言ってやりたいところだけど…実際明智の言っていることは的を射ている気がしてならない。私も、明智の事はどうも他人事のように思えなかったから。

 

「私がどんな家に生まれたかは、もう知ってるんだよね」

 

「少し悪い気もしたけど、そうだね」

 

ウソつけ。

 

「じゃあ、君の話も聞かせてよ。“お互い”の話をするんでしょ?」

 

「僕の?」

 

「聞かれないと思ってたの?」

 

「いや、君っててっきり他人に興味なんて無いものかと思ってたから」

 

少し黙った後、明智はチラリと周囲を気にするような素振りを見せて、肩を落とした。

 

「確かに、僕だけ知ってるのは不公平か」

 

そうだそうだと目で訴え話の続きを促す。そして、タイミングよく明智が勝手に注文したコーヒーを店員が運び終わってから、少しづつ、かいつまんだ過去の話を聞いた。

 

明智吾郎という男は、似た者どうしであると言った端から…私とは正反対といえる人生のスタートを切った。ようは、家族に愛されるような環境では育たなかった、ということ。いわゆる“隠し子”として生まれてすぐ、父親は居なくなり母親は病で伏した。

 

「父親のことは、本当にそれしか知らない。だから親戚に世話になることも出来なかったんだ」

 

「…」

 

「だからといって、母親のほうの親戚には、僕のせいで母が死んだって非難されっぱなしでね。我ながら、よくあの環境に耐えてこれたと思うよ」

 

「脱却するために努力したんだ?」

 

「まぁ、今の地位に立てるぐらいにはね」

 

へらへらと笑う明智の顔からは、とてもその当時の事は想像できそうにない。ましてや、今メディアでちやほやされ切っている、あの明智吾郎がと考えればなおさらだ。そんなどん底から這い上がってくるのには、それ相応の努力と、なにより才能が必要だったことだろう。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。…でも、今の僕になるためには、才能以外にもっと重要なものがあったと思ってるよ」

 

「…へぇ」

 

「“決意”だよ。僕はこんなところで腐る人間じゃない。()()見返してやるんだってね」

 

その言葉が。

 

明智の口から、決意という言葉が出てきた時、私の心は大袈裟に揺らいだ。心底、気持ち悪くて、疎ましくて…。

 

それと同時に、同情もした。

 

「…同情はいらないよ。君だってそうだろ?」

 

「していないけど、それはその通り」

 

「そうかな。今の君の眼、僕が一番欲していない眼をしているよ」

 

「それは…いいこと知った」

 

憐みこそ明智にとって最も疎ましい視線であるに違いない。そんなことは私も分かっていて、あえてこんな視線を送っている。だってこんなにも哀れという言葉が似合う人間を、私は他に知らないから。

 

生まれがどうとか、それから心が歪んでしまった経緯とか、そんなものなんかよりもっと大きく。この男は、運命に見放されている。生まれつき世界にとっての悪であることを宿命付けられた存在…そんな部分が、やはり自分と似ているような気がしてならなかった。

 

「君も人が悪いな」

 

「お互い様」

 

現代版、おぬしも悪よのう。悪役じみた笑みを浮かべた二人の間に、無理やり店員が割り入ってやたらデカい皿を私たちのテーブルに置いていき伝票を渡してくる。

 

「?」

 

「それも頼んでおいたんだ。せっかくだから二人で食べよう」

 

「…なんで?」

 

今度も心の底からの疑問符を浮かべて明智に問う。

 

「話題性のあるものは一通り食べておきたい性分でね。でも、一人で食べるには流石に量が多いし…」

 

…確かに、今私と明智の間に鎮座するパンケーキは想像を絶するほどの高さまでトッピングが積まれている。デザートとして食べるにはいささか大きすぎるし、かといって昼、晩の一食分にするには微妙にたりなさそう…そんな、私が考え得る限り最も注文しなさそうなメニューを、明智という男は話題性オンリーで注文しやがった。女子高生か、コイツは。

 

しかも、スマホで写真を一枚撮った後は特に感動する素振りも見せず割と淡々と食い進める始末。こういうのも今風なんだろうか。

 

「こういう店、よく来るの?」

 

冗談にならないほどのボリュームなので、仕方なく私もパンケーキを頬張りながら明智にそう聞いてみた。

 

「いや、ネットで話題になってるメニューを、毎日いろんな店を巡って食べてるんだ。職業柄色んな人と話すことになるから、話の種は常に仕入れておきたいからね」

 

「ふぅん。じゃあ好きなものとか無いんだ」

 

「特には。あ、でもお寿司は好きかな。回らないやつ」

 

「…自腹?」

 

「まさか。仕事の付き合いで連れて行ってもらうのが大半だよ」

 

そうか…。あわよくば寿司のおごりも取引の内容に加えようと思ったんだけど。

 

フォークでパンケーキの端を切り取り、過剰にトッピングされたホイップクリームを口につけないよう気を付けて運ぶ。味はそこそこだが、このボリュームのせいでこの値段になっているんだとしたら、普通のサイズで他のトッピングも楽しめたほうがいいなと、伝票を見ながらふと思う。

 

そして、まさかこのパンケーキだけはワリカンと言いだすのではと思い至り明智に聞くと、どうやらこっちも支払ってくれるらしい。妙に気前が良くて疑ってしまいそうになるが、一般学生よりよっぽど潤ってるんだろうし、さほど気にするようなことでは無いのかもしれない。

 

「気前がいいね」

 

「それは僕も思ってるよ。例の話、てっきり報酬の取り分なんかも引き合いに出してくるかと思っていたから」

 

たった今、明智にそう言われるまで気が付かなかった。そういえばそういう手もあったなと。

 

でもまぁ、だとしても報酬なんてものは必要ない。使い道も思い浮かばないし、それに何より、そういうものを要求してこないことも、私の気が狂っていると思わせる要因になる。

 

「私は仕事をやらせてもらえるだけで満足」

 

「君がそう言うならいいけどさ。後から言っても払えないよ」

 

お金なんていらない。どうせもうすぐ、一銭だって必要としなくなるんだから。

 

「…シゴトね。君、自分が何に手を貸しているのか本当に理解してる?」

 

「解ってるよ。ココじゃ言えない事ね」

 

「…」

 

「ヘマはしない。君に迷惑もかけない」

 

フォークを置き、空になった皿に目線を落とす。明智はなにか、私に対して聞きたいことでもあるのか、慎重に言葉を選んでいる様子だ。そんなことしなくたって、私は逃げも隠れもしないのに。

 

「妻木さん」

 

「…なに?」

 

「迷信は信じるクチかい?幽霊や、宇宙人とか」

 

明智の目は私の目を捉えて離さない。そこにある感情は複雑に交ざりあっていて、とても読み取れなかった。

 

迷信…。既に異世界なんてもの受け入れている身としては、信じるとしか答えられないような質問だ。

 

でも、明智が聞きたいのはそういうことじゃないはず。こういう曖昧な質問をする時、人は心のどこかで欲している答えがあるものだ。その内容がどんなものであれ、嘘であれ真実であれ、自分が欲する答えなら満足する。

 

それが人間ってもの。

 

「幽霊も宇宙人も信じてないよ。でも…」

 

「でも?」

 

「“神”は、信じてるかな」

 

「……へぇ。それも意外だな」

 

「運命も、あると思ってる。だからこうなっちゃったんだよ、私たちは」

 

そういうと、明智は苦虫を噛み潰したような表情をして私から目を逸らした。明智にとって求めていた答えでは無かったのかもしれない。

 

明智はどうなのか聞いてみると、探偵王子は仮面を捨てた眼で私を鋭く睨みつけてきた。

 

「僕は運命なんて信じない」

 

憎しみとも嫉妬とも嫌悪ともとれる声色で苦し気に吐き捨てた。運命とは不変のものと考えるなら、その思考はジョーカーのものとよく似ている。でも、この場合は違うだろう。明智は運命の存在そのものを否定しており、ジョーカーは運命が不変であることを否定する。

 

正反対なようでよく似ているこの二人。似通っている部分は多くあるが、もっとも大きな要素を占める感情の部分では大きな差がある。

 

人間ならば誰しもが抱える決意が向いている方角。

 

明智は混沌を生み出すためだけの存在としてこの世界に造られた。そのためだけに苦しい生まれを経験し、自分を偽ることがどんどん上手くなっていった。だからきっと、心のどこかで私に対する嫌悪が同族嫌悪であることにも気づいているはずだ。

 

私と明智はもっと深い、タマシイの部分がよく似ている。

 

「僕は君とは違う」

 

「そうだね」

 

私はどうしても、そんな明智吾郎という存在を放っておく気にはなれなかった。

 

明智はそんな私の雰囲気が気に入らないようで。

 

と、その時ケータイのバイブ音が私と明智の耳に届く。太ももに伝わる振動から、これは私のスマホに電話がかかってきたのだと分かる。

 

画面を見ると、佐倉双葉の四文字。さっきかけた電話に今気づいたんだろう。

 

「ごめん。そろそろ」

 

「ああ、分かった。それじゃ、次は仕事の依頼で連絡させてもらうよ」

 

「待ってる」

 

 

「もしも…」

 

『だ、だだ、大丈夫だったかっ?』

 

食い気味に双葉の声がスピーカーから届く。

 

「うん。問題なかったよ。双葉がやってくれたんだね?」

 

『ま、まぁな…!これぐらい朝飯前だ』

 

不安そうな声から一変、無事なことを伝えるとおちゃらけた様子の元気な声が返ってきた。ひとまずは双葉が私のためにきちんと依頼をこなしてくれていたこと、そしてその成果は思った以上だったことを喜んでおくとしよう。

 

やはり双葉の技能は頼りになる。速さも正確さも優れているし、なにより情報戦は専門的な知識が必要になる分替えもきかない。怪盗団にかかせない存在だ。

 

『にしてもいきなり吉祥寺?リア充カップルかよ…』

 

「なんの話?」

 

『いま綺羅のスマホのGPS追ってた。明智と会ってたんだろ?』

 

「そうだけど」

 

…なんで人のスマホのGPS勝手に追えてるんだ。

 

「ねぇ、どうやって私の場所知ってるの」

 

『企業秘密だ』

 

思わず聞いてしまったが、双葉はこれといって悪びれる様子もなくあっさりそう答えた。別に見られて困るようなことにはならないだろうけど。

 

とはいえ、双葉の言う通りいきなりの誘いだったことに違いはない。それも、薄氷の上に成り立っているような共犯関係である私に対しての。何を考えているのかと勘ぐる気持ちになってしまうのも無理はない。

 

わざわざ人目のつく場所に誘ったのは明智のほうだ。ならば、本当に取引の話をするつもりはなかったんだろう。

 

『それはいいとして、大丈夫だったのか?新しい依頼とかは…』

 

「ない。少しの間は休暇になりそうだね」

 

『そうか。ところで綺羅……ん?』

 

駅までの道をのんびり歩きながら、耳に当てたスマホから聞こえてくる声を聞いていると、不自然にその言葉が途切れる。

 

少しして、遠くから聞こえる誰かの声と、木の軋む音が聞こえた気がした。

 

「双葉?」

 

『しー…!』

 

声をかけると、双葉は“静かにしろ”と訴えてきた。大人しく黙って耳を澄ませていると、聞こえた気がした声はどれも私の知っているものだと気付く。

 

一つは惣治郎の声。まぁ双葉の居る場所に惣治郎がいても、なにも不自然はない。

 

もう一つは、雨宮の声。どうやらこの三人が一緒にいるらしい。

 

ずいぶん遠くから声を拾っているらしく、会話の内容までは途切れ途切れにしか聞き取れない。別に言い争っているわけではなさそうだけど…。

 

より耳を澄ますと、また違う声が聞こえてきた。今度は、女性の声だ。ルブランに来る女性客なんて、新島冴か武見妙、もしくは老夫婦の婦人の方ぐらいしか知らないわけだが、そのどれとも違う。

 

というか、私はこの声を知っている。かすかに聞こえてくる声は、間違いない…。

 

『雨…君ね。…きたい…のだけ…、いい…?』

 

『あー…なんか…ましたかね。…だったら申し訳…』

 

『いえ…少し話…だけ…』

 

新島冴…ではなく、その妹であり秀尽の現生徒会長、“新島真”だ。

 

何をしに来たのかは不明だけど、どうやら雨宮に用があって来たらしい。ということは、今双葉もルブランに居るってことなんだろうか。だとしたら、もう惣治郎とは話をしたのかも。

 

私は軽く舌を鳴らして双葉を呼ぶ。

 

「帰ったら教えて」

 

『りょーかい』

 

通話を終えてスマホをポケットに入れると同時に、また通知が鳴った。少しため息をつきつつもスマホを取り出して画面を確認する。

 

画面には雨宮の名前が表示されていて、どうやらメッセージではなく通話がかかってきているようだ。

 

少し迷い、通話に出る。

 

「もしもし」

 

『こんばんは妻木さん。わたしのことは知ってるわね?悪いんだけど、今すぐ帰ってきてくれるかしら?あなたに話があるの』

 

ハキハキとした口調で流れてきたのは、予想通り新島真の声だった。

 

遅かれ早かれ接触する予定だった相手だ。別にうろたえる様なことじゃない。

 

「少しかかるけど、それでもいいなら」

 

『…ええ。構わないわ』

 

「わかった」

 

想像していた反応じゃなかったことに少し戸惑いは見れたものの、毅然とした態度はそのままだった。やけに自信に満ち溢れているし、鴨志田の件について深く踏み込むつもりなのかも知れない。

 

やれやれ。今日は色々あるな。

 

イヤホンを取り出して耳に装着。お気に入りの音楽をかけながら、私はルブランへの帰路を急いだ。

 

 

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