ボーダーA級7位三輪隊隊長・三輪秀次を主人公とした二次です。
第一次近界民侵攻で死なせてしまった姉を愛する彼が人生をやり直す話ですが、だいぶ壊れてしまっています。
タグにあるようにR-18未満の性描写があり内容が姉と弟の関係ですので、この設定を不快に思われる方はご遠慮下さい。




1 / 1
ご注意

あらすじにも書かれていますが、三輪秀次とその姉による「インセスト・タブー(近親相姦による禁忌)」が描かれている部分があります。
直接的な表現ではなく、伏字等を用いてソフトなものにしてありますし、()()まではしていません。
原作の三輪秀次とは性格が改変されているかもしれませんし、彼の姉については詳しい設定が発表されていないので、こちらで想像して書かせていただきました。







愛する貴女と永遠に

 

 

 

 

 

"Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein."

怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。

 

Friedrich Wilhelm Nietzsche

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

Prologue

 

 

20××年1月20日、アフトクラトルによる大規模侵攻。

ボーダー隊員の活躍のおかげで三門市民には死者こそ出なかったものの重軽傷者は90名にも達したし、家屋を破壊されたり財産を失ったりした被害は出ている。

1200名以上の死者と400名以上の行方不明者を出した4年半前の第一次近界民(ネイバー)侵攻に比べれば被害は極力抑えられたが、それでも多くの人間の心に深い傷を残したことにちがいない。

その傷がその後の人生に大きな影響を与えることは多く、ボーダー隊員の中には第一次近界民(ネイバー)侵攻によって大切な人を殺され、大事なもの奪われたことをきっかけにして入隊した者は何人もいる。

その誰もが近界民(ネイバー)を憎み、その憎しみが生きる原動力となっているのだが、近界民(ネイバー)と戦うことでしか癒すことのできない苦しみの中で生きる者にとって大規模侵攻は癒しになっただろうか?

否。

仮にすべての近界民(ネイバー)を殺してこの世から近界民(ネイバー)を殲滅したところで何の意味もない。

死んだ者は生き返ることはないのだし、奪われたものが戻ってくることもないのだから。

それは誰でも理解はできるのだが、納得することはできない。

頭ではわかっているけど納得いかない。

初めのうちは納得しようと努力するのだが、それは結果的に理不尽な出来事を黙って受け入れて残りの人生を虚しく生きろということと同義だと気がつくだけ。

それがバカバカしくなり、無意味だとわかっていても近界民(ネイバー)殲滅を目指して生きるしかないという結果に落ち着いてしまう。

ボーダーA級7位・三輪隊の隊長である三輪秀次の願いは再び姉と共に平穏な日常を過ごすことであった。

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

アフトクラトルの侵攻を食い止め、敵の遠征艇を強制的に帰還させたとはいえ、敵の星がこちら側の世界を離れるまでまだ数日あるということで、再侵攻の可能性を考えて通常よりも多くの隊員が市内巡回等の防衛任務に就いている。

三輪隊も大侵攻での活躍で疲れているだろうというのに、翌日から深夜・早朝に関わらず防衛任務を自ら志願していた。

米屋ら隊員たちは少々不満はあったものの、隊長である三輪の気持ちを考えると仕方がないと諦めるしかなかったのだった。

 

(そりゃあ敵の人型近界民(ネイバー)と戦ってあと少しだってのに逃がしちまったようなもんだもんな…)

 

険しい表情で歩く三輪の隣で米屋陽介はそんなことを考えていた。

 

(アフトの侵攻から5日、学校は授業どころじゃないから行かなくてもいいんだけど、だからって近界民(ネイバー)を探してこう街をさまよっているようなことをして秀次は満たされるってのかな…?)

 

大規模侵攻から日が経つにつれて三輪の眉間のシワも浅くなっていったが、それでも「近界民(ネイバー)を狩りたい」という気持ちは抑えきれないようで、何もないのが一番だと言うのに(ゲート)が開いてそこからトリオン兵や人型近界民(ネイバー)が現れるのを心待ちにしているかのようである。

 

(第一次近界民(ネイバー)侵攻で姉さんを殺されてるから一生近界民(ネイバー)をゆるさねーって気持ちはわからないでもない。おれだって家族が同じ目にあったらぜってー同じことをする。でもよ…もう4年半も経ったんだぜ。いつまでも過去を引きずってんじゃねーよ)

 

そんな米屋の気持ちを知ってか知らずか、三輪は無言で歩き続けていた。

そしてやって来たのは旧弓手町駅前。

ここは約ひと月前に空閑遊真と三輪隊が戦った場所で、近界民(ネイバー)憎しで生きている三輪にとって初めて遭遇した人型近界民(ネイバー)との戦いが無様な負けであったことから、彼にとっては嫌な思い出しかない場所と言えよう。

それなのに表情ひとつ変えず、三輪はただ黙って空を見上げた。

今は夜だから空には半分ほど欠けた月と星が散らばっている。

この辺りは第一次近界民(ネイバー)侵攻の後に放棄された地区に近いものだから誰も住んでおらず、したがって人家の明かりや街灯がないから星が良く見えるのだ。

 

「秀次、どうした? なんか見えるのか?」

 

米屋が訊くと、三輪は白い息を吐きながら静かに答えた。

 

「昔、姉さんが生きていた頃に家族でキャンプをしたことがあった。山の中だから周りは真っ暗で星が良く見えたんだ。あの時と同じように星は光っているのに昔見た時みたいに綺麗だと感じられない。隣に姉さんがいないと普通なことが普通でないんだ」

 

「秀次…」

 

哀しいことを言う三輪の目に何か光るものが浮かんできて、それが頬を伝って落ちていくのを見てしまった米屋。

その次の瞬間、ふたりの耳にオペレーターである月見蓮の声が聞こえた。

 

[三輪くん、(ゲート)が発生したわ。地点は旧三門市立大学第一グラウンド。一番近いのが三輪隊だから ──]

 

[了解、直ちに向かう]

 

月見の言葉が終わらないうちに三輪は旧三門市立大学に向けてダッシュしていた。

 

「おいおい、待てよ秀次!」

 

米屋は三輪の後を追いかけた。

 

 

 

三門市立大学は第一次近界民(ネイバー)侵攻によって一部を破壊され、現在はキャンパスを別の場所に移転している。

したがって旧三門市立大学は廃墟となっていて、近界民(ネイバー)との戦闘には最適の場所だ。

つい先日もここでアフトクラトルのランバネインと東春秋をリーダーとしたB級合同部隊とA級の出水公平・緑川駿・米屋らが戦ったので、校舎等の施設がかなり破損している。

(ゲート)が発生したのは校舎の西側にあるグラウンドで、三輪と米屋が現着した時には(ゲート)は消えていてその代わりにバムスター2体とモールモッド3体が周囲を巡らせたフェンスを壊して外へ出ようとしているタイミングだった。

 

「陽介、俺たちだけでやってしまおう。ふたりを待っていると面倒なことになりそうだ」

 

「ふたり」とはチームメイトの奈良坂透と古寺章平のことで、機動力に劣るために三輪と米屋にまだ追いついていなかったのだ。

 

「ま、5匹なら楽勝だもんな」

 

米屋はそう言って弧月を、三輪は拳銃(ハンドガン)を握り締めた。

 

 

 

ほんの数分で5体のトリオン兵は活動を停止した。

 

「大規模侵攻の時の新型に比べたら手応えないよな~」

 

米屋がつまらなそうに言う。

一方、三輪は少々物足りないとは感じながらも「近界民(ネイバー)を殺した」という充足感もあってさっきよりも生き生きとした顔をしていた。

 

[三輪くん、周囲にトリオン兵の反応はもうないわ。通常の巡回任務に戻っていいわよ。トリオン兵の残骸は別の部隊が処理するから]

 

[了解]

 

月見との通信を終えた三輪が米屋と去ろうとした時だった。

再び夜の闇よりも深く暗い(ゲート)が開いたのだ。

しかし中からトリオン兵が現れる気配はない。

 

「待ってりゃ出て来るってのか?」

 

米屋がそう言って三輪の方を見ると、彼は(ゲート)の中をじっと見つめていた。

 

「…………」

 

三輪は返事もせず、まるで(ゲート)の中にある()()に魅入られてしまい、魂を引っ張られているかのようだ。

 

「秀次…何かヤバくね?」

 

三輪の様子がおかしいので、米屋は彼の腕を掴んでその場を立ち去ろうとした。

しかし三輪はその手を振り切り、よろよろと(ゲート)に近づいて行った。

 

「よせ、秀次! そっちへ行くな!」

 

米屋が三輪を追いかけようとした途端、(ゲート)の中から「ゴゴゴゴゴ」という轟音がして突風が吹き出し、それが竜巻のようになって三輪を包んでしまう。

 

「秀次!」

 

次の瞬間、辺りは真っ暗闇となった。

そして視界が元に戻った時、そこには(ゲート)はなく三輪の姿も消えてしまっていたのだった。

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

「…ちゃん、起きなさい」

 

(ああ、懐かしい声が聞こえる)

 

「秀ちゃん、起きなさい」

 

(そうだ…これは姉さんの声。そういえば昔、こうやって姉さんに起こされたっけ。久しぶりにいい夢を見られたな…)

 

「秀ちゃん! 早く起きなさい!」

 

初めは優しかった姉さんの声がだんだん大きくなって、ついには俺の掛けていたタオルケットを剥ぎ取った。

 

「もう少し寝させてよ、姉さん」

 

俺は夢の中で姉さんに頼むが、それを許してはくれなかった。

 

「いくら学校が休みだと言っても、もう8時よ。天気がいいのにいつまで寝ているつもりなの!?」

 

(容赦ないな、姉さん。まあ、以前はそうやって日曜日でも無理やり起こされたっけ。だけどこんな幸せな夢、もう少し見させてほしいよ)

 

俺はまだ夢うつつのぼんやりとした状態で目を開いた。

視界に入ったのは見慣れた自分の部屋の天井で、続いて怒った顔で俺を見下ろす姉さんの上半身だった。

 

「秀ちゃんはもう中学生なんだから、ひとりで起きるようになりなさい。いつまでも小学生気分でいちゃダメよ」

 

「ああ、うん…」

 

俺はゆっくりと身体を起こし、怒っていても美人なのは変わらない姉さんの顔をじっと見た。

 

「姉さんは夢の中でも厳しいな」

 

「何を言っているのよ。まだ寝ぼけているのね。さっさと顔を洗ってダイニングに来なさい。ゴハン、できているから」

 

姉さんはそう言って俺のタオルケットを畳んで持って行ってしまった。

 

(ずいぶんリアルな夢だな…)

 

俺はそう思いながら二度寝をしようとするが、部屋の中の違和感に気づいて一瞬で眠気が吹き飛んでしまったのだった。

 

「なんだって!?」

 

その部屋は間違いなく自分の部屋だ。

しかし壁にアイドルグループのポスターが何枚も貼ってある。

第一次近界民(ネイバー)侵攻以前、中学生にもなって「世界で一番姉さんのことが好き」などと言えないものだから、興味などまったくないくせに当時人気があったそのアイドルグループが好きなフリをして貼ったものだ。

俺の初恋は姉さんで、これまで好きになった女性も姉さんひとりで、たぶん生涯姉さん以外に誰も愛することはないという誰にも知られてはならない秘密を誤魔化すためのポスターだった。

 

(しかし姉さんが死んでから必要がなくなって、全部剥がして捨てたはずだ…)

 

あの悲劇が起きたことで俺の人生は変わってしまった。

突然現れた近界民(ネイバー)は三門市を蹂躙し、大勢の死傷者と行方不明者を出し、たくさんの建物を破壊した。

幸い俺の家は被害を受けた地区とはかなり離れていたので無事だったが、姉さんと俺はその日買い物に出かけていて姉さんだけが犠牲となった。

俺はまだ12歳で、ボーダー隊員ではなかったから姉さんを守ることができず、目の前でトリオン器官を抜かれて死んでいく姉さんの姿を見ているしかできなかった。

そのうちに雨が降ってきて、だんだん冷たくなっていく姉さんの身体を抱えながら、偶然通りかかったボーダー隊員に対して助けを求めてもその男は何もしてくれなかった。

たしかにあの時点ではもう姉さんは死んでいて、どんなに手を尽くしても助けることはできなかっただろう。

しかしその男 ── 迅悠一は申し訳なさそうな顔をして「すまない」と言っただけで立ち去ってしまった。

その時の俺の気持ちは誰にもわかるまい。

最愛の姉さんが俺の腕の中で死んだのだ。

絶望という気持ちを知ったのはこの時で、以来俺は望みを絶たれるなら二度と望みなど持つまいと決めたのだから。

 

(いや、今はそれどころではない。4年半前に捨てたポスターが壁に貼ってあるというのはどういうことなんだ?)

 

俺はベッドから下りて部屋をぐるりと見回した。

 

「どういうことだ!?」

 

思わず大声を出してしまった。

なぜなら壁にはポスター以外にも信じられないものが掛かっていたからだ。

 

「これは…中学の時の制服だ」

 

ハンガーには中学時代のブレザーの制服ときちんとアイロンがけされたワイシャツが掛かっている。

続いて机の上を見ると、そこには中1の教科書や参考書が置かれている。

そして机の横の壁に貼ってあるカレンダーを見て俺は驚愕した。

 

(20××年6月だって!? それって姉さんが死んだ時の…)

 

今の俺は三門市立第一高等学校の2年である。

しかし俺の周りにある()()()()が俺を三門市立第三中学校の1年であることを示していて、俺はまだ夢を見ているのかと思うのは当然だ。

 

「あ…」

 

「秀ちゃんはもう中学生なんだから、ひとりで起きるようになりなさい。いつまでも小学生気分でいちゃダメよ」という姉さんの言葉を思い出し、俺はテンプレだが自分の頬を指でつねってみた。

 

「痛っ」

 

この状況が夢ではないことを確認した。

ならばなぜ俺は過去の世界にいるのだろうか?

 

(たしか俺は陽介たちと深夜の防衛任務で…)

 

昨夜…とは言い難い夜の出来事を思い出す。

 

(途中までは何事もなく済んでいたが、旧弓手町駅付近までやって来た時に月見から旧三門市立大学に(ゲート)が開いたと通信が入った。駆け付けてみるとトリオン兵が5匹いて、陽介とふたりであっという間に片付けた。その後新たな(ゲート)が開いて…)

 

「そうだ! 俺はあの(ゲート)の中に吸い込まれたんだ!」

 

そこまでは思い出せたが、その後のことはまったくわからない。

 

「そして気がついたら過去に戻ってしまっていた。…あの(ゲート)は過去につながっていて、俺はタイムスリップしてしまったということか!」

 

理屈はどうであれ、自分の記憶と物的証拠が時間を超えて過去に飛ばされたことを俺に認めさせようとしていた。

しかし困惑することはない。

むしろこれは俺にとって非常に喜ぶべきことなのだ。

今日が何日なのかはわからないが、少なくとも第一次近界民(ネイバー)侵攻よりも前で姉さんは生きている。

侵攻当日に姉さんを三門市から遠ざけておけば、姉さんが死ぬという過去を変えられるということなのだ!

 

(もう二度と姉さんの笑顔を見ることができなかったというのに、こうしてまた生きている姉さんに会えた。これが神の恵みなのか悪魔の仕業なのかわからないが、どちらであっても俺には関係ない。また姉さんと一緒に暮らせるんだからな)

 

俺は急いで着替えをすると、顔を洗ってから食卓についた。

そこには父さんと母さんがいて、俺のタオルケットを洗濯機に放り込んでから戻って来た姉さんがいる。

 

(そうか、今日は日曜日だった)

 

当時、俺の両親は共働きで、休日の日曜日には家族揃って朝食を食べるのが習慣だった。

テーブルの上にはベーコンエッグや生野菜サラダなどが並んでいて、俺が席につくと姉さんがご飯を茶碗に盛ってくれた。

 

「いただきます」

 

4人で声を揃えて「いただきます」を言うとご飯に口をつけた。

ごく当たり前の休日の朝、家族の幸せな食卓は突然の近界民(ネイバー)侵攻によって打ち砕かれてしまうのだが、今の俺なら未来に何が起きるのかを知っている。

何もせずにいれば姉さんは殺され、そのショックで母さんは心を病んで入院してしまう。

父さんは仕事に打ち込むことで哀しみを忘れようとして、俺は引きこもってしまったのだった。

 

(姉さんさえ死ななければ家族がバラバラになることはないんだ。この幸せな日常を失わずに済むようなんとかしないと)

 

そんなことを考えながら俺は久しぶりに美味い飯を食ったのだった。

 

 

 

俺が未来からやって来たことを姉さんたちに知られてはならない。

もし「未来から来た」などと言えば頭がおかしくなったと思われるだろうし、そもそも信じてはくれないだろう。

そこで俺は家族には気づかれないように生きていかなければならない。

まず未来に起きることを予言のように言ってしまったらまずい。

だから近界民(ネイバー)の侵攻があるなどと口を滑らせないように注意しながら家族の安全を確保しなければならないのだ。

だいたい今の俺は近界民(ネイバー)なんてものは知るはずがないのだから。

 

今日はちょうど第一次近界民(ネイバー)侵攻の起きる()()()の1週間前だった。

 

(たしか当日は姉さんと買い物に出かけていて、その時にトリオン兵に襲われたんだから、買い物に行かなければいい。何か理由をつけてずっと家にいれば被害は受けないはずだ)

 

姉さんとの買い物に出かけたのは俺の運動靴を探すという目的だった。

ならばその前に靴を買ってしまうとか、不要だからと言って断ればいい。

簡単なことだ。

しかし俺の方に理由はなくなっても姉さんが自分のものを買いたいと言えば出かけてしまうだろう。

 

(そうだ、被害を受けるのは東三門地区だから、そこに行かなければいい。いつもの店ではなく蓮乃部に新しくできたショッピングセンターに行きたいと言えばいいんだ)

 

そう考えてから俺は重要なことに気がついた。

1週間後の日曜日に近界民(ネイバー)の侵攻があることを知っているのは俺だけだ。

迅の奴も未来視(サイドエフェクト)でそうなるか知っているかもしれないが、ボーダー(ヤツラ)は市民に何も知らせずにいた。

もしここで俺が近界民(ネイバー)の侵攻があると広めれば、犠牲者の数は減るかもしれない。

いや、必ず犠牲者は減るに決まっているのだ。

1200人以上の死者、400人以上の行方不明者を出すという過去に例のない大災害を俺が防ぐことができるはずである。

しかしタダの中学1年の俺がそんなことを言っても誰も信用するはずがない。

結局同じように犠牲者が出てしまうだけだ。

 

(ならばせめて姉さんだけでも助け、過去を変えることで未来をも変えよう。そのために俺はここにいるはずなんだ)

 

俺は心苦しいと感じながらも近界民(ネイバー)の侵攻があることについてはだんまりを決め込むことにした。

 

 

 

日曜日の朝、俺は姉さんと一緒に蓮乃部にあるショッピングセンターへと出かけた。

何も知らない姉さんは俺と並んで歩きながら「お昼ご飯は何を食べようか?」とか「夏休みは8月になってから家族でキャンプへ行こう」などと楽しそうに話している。

 

(本当に姉さんが生きていて、こうして一緒に歩くことがまたできるなんて夢みたいだ)

 

この頃の俺はまだ高校生の姉さんほど背が高くなく、少し顔を上げないと姉さんの顔がよく見えない。

 

(そういえば早く姉さんよりも背が高くなって見下ろしてみたいと思ったっけ…)

 

その願いは叶わなかったが、今度こそ叶えてみせると俺は誓った。

 

 

午前中は俺の買い物をしてから姉さんの私服や文房具などを買って、昼ご飯はショッピングセンター内のフードコートで食べることにした。

メニューは俺がざる蕎麦で、姉さんが天ぷら蕎麦だ。

何も知らない姉さんは大きな窓から三門市の方を眺めながら美味しそうに蕎麦を食べているが、俺はこの後の凄惨な光景を知っているから味はあまりわからない。

 

(もうすぐだ…)

 

俺に記憶によれば最初の(ゲート)が開いてトリオン兵が現れたのは午後1時頃だった。

アフトクラトルの連中も同じくらいの時間だったから、ヤツラはこの時間を好むのかもしれない。

そんなことを考えながら蕎麦を食べ終えた。

 

「秀ちゃん、この後はどうしようか? 用事がないなら家に帰っても ──」

 

「姉さん、俺まだ買うものがあった! 数学の参考書を探すのを手伝ってよ」

 

俺は慌てて姉さんを引き止める。

ここで家に帰ろうとすればちょうど電車に乗っているタイミングで近界民(ネイバー)の襲撃を受けてしまうだろう。

線路のある位置はかなり離れているが、念のために乗らないでいた方がいいと考えたのだ。

 

 

そして運命の時 ──

 

空はにわかにかき曇り、三門市の上空には数十数百の(ゲート)が開き、そこから無数のトリオン兵がなだれ落ちてきた。

ショッピングセンターの屋上からでは詳しい様子は見えないが、自衛隊の戦闘機が次々と撃墜され、その爆音が耳に届く。

 

「私たち、これからどうなるのかしら?」

 

姉さんは俺の手をしっかりと握り、震える声で訊いた。

 

「たぶん今日はもう家に帰れないよ。父さんと母さんは大丈夫だろうから、俺たちは近くの避難所へと行こう」

 

俺は姉さんの震える身体をしっかりと抱きしめて答える。

 

「頼もしいわね、秀ちゃん」

 

「だって俺はもう中学生だぜ。大丈夫、俺が絶対に守るから」

 

「うん」

 

姉さんを立ち上がらせると、俺は前もって調べておいた最寄りの避難場所へと急いだ。

家の近所の避難場所に避難していた父さんと母さんと連絡が取れたのは翌日の早朝になってからで、その頃にはボーダーの連中が半分くらいのトリオン兵を倒しており、新たな(ゲート)が開くことはなかった。

そしてその日の夕方になってようやくトリオン兵の群れは活動を停止し、三門市には再び静けさが戻った。

その静けさの中、多くの犠牲者のために号泣または嗚咽する人々の声だけが聞こえていた。

 

 

 

後に第一次近界民(ネイバー)侵攻は2日間で終結したが、三門市に大きな傷跡を残した。

それは俺が経験した()()()の時と同じだが、大きく違うのは姉さんが死なずに済んだことだ。

家族や友人、家を失った人たちには申し訳ないが、俺にとっては姉さんが死ななかったという現実が重要で、過去を変えることに成功したのだから、これからはこれまでのように家族4人で幸せに暮らせるはずである。

 

 

 

第一次近界民(ネイバー)侵攻から約半年が経った。

その経過は俺が知っているものと同じで、被害の最も大きかった地区にはボーダー本部基地が建設された。

あのようなものがどうやって短期間で完成したのか。

その資金はどこから出ているのか。

ボーダーという組織はなぜ近界民(ネイバー)と渡り合える武器を持っていたのか。

そういったことを疑問に思うべきなのだが市民はそんなことを考えている余裕もなく、ある日突然「防衛隊員募集」が行われたことで中学生から大学生の若者がその募集に応じた。

もちろん俺は()ボーダー隊員でありA級7位部隊の隊長を務めるほどの実力者となるわけだから俺も応募しようと考えた。

 

「ダメよ、秀ちゃん。あんなバケモノと戦うなんて危険じゃないの」

 

姉さんのこのひと言で俺の決意は一瞬で消失した。

たしかに俺が入隊する理由はもうないのだ。

俺がボーダーに入隊したのは姉さんを殺した近界民(ネイバー)に対して復讐をするためであり、こうして姉さんが無事でいるのだから恨みを晴らす理由はない。

 

「わかったよ。俺はボーダーには入らない。姉さんを心配させたくはないからね」

 

そう言って俺は()()()()()()を一般市民のひとりとして生きることに決めたのだった。

 

 

 

高校は六頴館高等学校に進学し、()()()()()では陽介ではなく奈良坂と同級生になった。

奈良坂は第一次近界民(ネイバー)侵攻で家を失っていて、これは前回と同じ流れである。

俺は奈良坂からボーダーに一緒に入らないかと誘われたが、姉さんとの約束もあって断った。

 

 

 

さらに時は流れ、アフトクラトルによる大規模侵攻が起きる日が近づいて来た。

今頃ボーダーでは迅の未来視(サイドエフェクト)で対策を講じている頃だろう。

その中に俺はいない。

迅が本部に返した風刃を使い敵の親玉と戦った俺だが、今の俺はボーダー隊員ですらないのだ。

だからあの戦いの結果がどうなるのかはわからない。

しかし俺がいなくても市民に犠牲が出ることはないだろうし、三雲修のことは空閑遊真(例のネイバー)がいるのだから死にはしないはずだ。

俺がいなかったせいで奴が死んだら後味は悪いが、別に俺のせいではないのだから気にすることはない。

 

 

 

20××年1月20日、アフトクラトルによる大規模侵攻は起きた。

時間も前回と同じで、この様子なら3時間くらいで決着はつくことだろう。

俺はそう信じていた。

俺がひとりいないくらいでボーダーの戦力はそれほど変わらないはずで、被害をまったく受けなかった六頴館の屋上で俺は見物させてもらうことにした。

ボーダー本部基地の周りに数百の(ゲート)が開き、そこからトリオン兵が現れて地面を埋め尽くしていく。

それを見ていたら俺も戦いたくなってきたが、武器(トリガー)を持っていない俺では何もできない。

文字通り指を咥えて見ているしかないのだ。

そしてイルガーが本部基地を強襲し、それを太刀川さんが一刀両断にするのを見てから教師に追われるようにして避難所へと向かい、その後の展開は見ることができなかった。

しかし結果はわかっている。

本部基地の通信室のオペレーターに死者が出てC級隊員32人がさらわれるものの、民間人に犠牲が出なかったことが救いであるという結果が。

 

それなのに俺は家に帰ってから信じられないような現実を目の前に突きつけられたのだった。

 

 

三門市総合病院から家に連絡が入ったのは日が暮れて間もない頃だった。

病院の看護師から「すぐに来てくれ」と言われ、その内容に納得がいかないまま家を出て、病院に着くとすぐに霊安室に連れて行かれた。

線香のにおいのする陰気な部屋に通され、そしてそこで目にしたのは変わり果てた姉さんの姿だった。

 

「姉さん…?」

 

血の気を失って青白い蝋細工のような姉さんに俺は呼びかけたが返事はない。

 

「どうしてこんなことになったんだ…?」

 

俺の問いかけに答えたのは、俺を案内してくれた看護師だった。

 

「あなたのお姉さんは近界民(ネイバー)に襲われたのよ。他にも一緒にいた何人かの、たぶん彼女のお友達だと思うけど、その人たちも全員助からなかったわ」

 

「……」

 

俺の知っている大規模侵攻では負傷者はいたものの死者はいなかったはずだ。

それなのに犠牲者が出てしまい、その中に姉さんがいるなんてありえない。

いや、あってはならないことなんだ!

 

 

その後の記憶はない。

気がついた時にはもう家に帰っていて、どうやら俺の後に駆けつけた父さんと母さんが前後不覚に陥って泣き叫ぶ俺を力ずくで連れ帰ったらしい。

そして居間には姉さんの入った棺桶が安置してあり、わずかばかりの花と供え物、そして線香が置かれていて、母さんは遺影を抱きしめて嗚咽していた。

父さんは葬儀の準備のためにいろいろな人に電話をかけていて、俺はいたたまれなくなって姉さんの部屋に行った。

朝に出かけて行った時のままになっていて、そこかしこに姉さんのいた形跡が残っている。

 

「姉さん…」

 

俺は姉さんのにおいのするベッドの上に腹ばいになって泣いた。

泣いて、泣いて、泣き疲れて、その日はそのまま姉さんのベッドで眠ってしまったのだった。

 

 

 

大規模侵攻から2日後、姉さんの葬儀が行われた。

それは前回の第一次近界民(ネイバー)侵攻の時の葬儀とほぼ同じで、違うのは姉さんの享年くらいなものだ。

本来なら犠牲者が出なかったはずなのだが、新聞を読むと「死者17名」と書かれていた。

その死者は姉さんとその友人たちの5人と、他に近くにいた親子連れと避難をしていた小学生と引率の先生たちで、どうやら基地南部のトリオン兵が警戒区域外に出てしまったようで、そこに運悪く居合わせた姉さんや他の市民が犠牲になったらしい。

 

(だが南部は東さんがリーダーとなったB級合同部隊が…)

 

そこで俺は気がついた。

たしかにB級合同部隊の活躍はあったが、そこにA級7位・三輪隊の米屋隊員はいなかったのだ。

 

(俺がボーダーに入隊しなかったから三輪隊は存在せず、陽介や奈良坂や古寺は別の誰かの部隊に所属していて、それぞれ違う場所で戦っていたにちがいない。だからランバネイン戦に参加した陽介はこの世界にはいなくて、ランバネインを倒すのに手間がかかってしまってその間にトリオン兵が街へ出て行ったんだろう)

 

つまり俺が入隊しなかったことは些細なことなのだが、それは水に投げ入れた石の波紋が広がるように大きな影響を与えることになった。

そしてそれが姉さんの死という最悪の結果を招いたのだ。

 

(俺が姉さんの反対を振り切ってでも入隊しておけば、姉さんが死ぬことはなかったはずだ。またもや俺のせいで姉さんは…)

 

俺は絶望した。

せっかく姉さんが死んでしまうという過去を変えたというのに、違う形で姉さんを死なせてしまったのでは意味がない。

俺は姉さんを二度も死なせてしまったのだ。

 

(いや、もう一度やり直すことができるかもしれない!)

 

 

俺は記憶を手がかりに例の(ゲート)が開く時間に旧三門市立大学のグラウンドへと向かったのだった。

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

()()()もまた第一次近界民(ネイバー)侵攻の1週間前の日曜日の朝から始まった。

 

「…ちゃん、起きなさい」

 

(ああ、姉さんの声が聞こえる)

 

「秀ちゃん、起きなさい」

 

(そう、あの(ゲート)に吸い込まれて、また姉さんの生きている世界に戻って来られたんだ)

 

「秀ちゃん! 早く起きなさい!」

 

姉さんは俺の掛けていたタオルケットを剥ぎ取った。

 

「もう少し寝させてよ、姉さん」

 

前回と同様に姉さんに頼むが、それを許してはくれなかった。

 

「いくら学校が休みだと言っても、もう8時よ。天気がいいのにいつまで寝ているつもりなの!?」

 

(ああ、間違いない。あの時と同じだ)

 

「秀ちゃんはもう中学生なんだから、ひとりで起きるようになりなさい。いつまでも小学生気分でいちゃダメよ」

 

「ああ、うん…」

 

俺はゆっくりと身体を起こし、姉さんの顔をじっと見て言った。

 

「姉さんは怒っていても美人だね」

 

「な、何を言っているのよ! まだ寝ぼけているのね。さっさと顔を洗ってダイニングに来なさい。ゴハン、できているから」

 

姉さんはそう言って俺のタオルケットを畳んで持って行ってしまった。

 

(やっぱり同じだ…。前回は大規模侵攻まで順調に進んで、俺がボーダーに入隊しなかったせいで姉さんは近界民(ネイバー)に殺された。それなら今度こそは反対されても入隊し、できるだけ元の歴史に近い流れをたどってみよう。そうすれば姉さんが大規模侵攻で死ぬようなことにはならないはずだ)

 

俺はもう二度と姉さんの死ぬ姿なんて見たくはない。

だから俺はやれるだけのことをやろう。

 

 

 

第一次近界民(ネイバー)侵攻の朝、前回と同様に蓮乃部のショッピングセンターで買い物をして、その日の夜は避難所で明かした。

そして姉さんと俺は無事に帰宅し、家族4人の平穏な暮らしが戻って来た。

やはり半年後にボーダーが隊員募集をしていて、今度は姉さんに反対されはしたが入隊は果たした。

訓練を続けて正隊員になると東さんの部隊に入り、その後に二宮さんと加古が入って東隊を結成。

これも問題ない。

こうしてボーダーを続けていればいずれ陽介たちと部隊(チーム)を組んで三輪隊を結成し、そのまま大規模侵攻へという流れであれば民間人に犠牲者は出ない。

つまり姉さんが死ぬことはないはずなのだ。

 

ボーダーでの活動は一度経験しているから困ることはないし、何が起きるのかが前もってわかっているから驚きもしない。

ただし気をつけなければいけないことも多い。

うっかり初対面の隊員の名を呼んでしまってしどろもどろになったこともあった。

本来なら迅と第一次近界民(ネイバー)侵攻で最悪の出会いをしていたが、今回は入隊して最初の訓練の時に顔を合わせた。

奴は俺のことを知らないはずなのだが、その態度がなんとなく怪しい。

もしかしたら何か()()()のかもしれない。

まあ、まさか俺が同じ時間を3回繰り返しているなんて想像もしていないだろう。

 

 

 

高校は三門市立第一高等学校に入学した。

俺の学力なら六頴館に行けたのだが、できるだけ元の通りにしようと考えた結果だ。

そうしないと陽介と出会うきっかけもなくなるし、なによりもボーダーとの両立をするならランクを下げた方が楽できる。

前回の普通の高校生活も悪くはなかったが、やっぱり俺にはボーダーで仲間と一緒に戦うことが性に合っているのかもしれない。

 

 

 

姉さんが生きていて、家族4人で普通の幸せがあって、高校では悪友たちとバカをやって、ボーダーでは仲間と競い合って…

俺の3回目の人生は順調だ。

それに少しだけ姉さんにも変化が見られた。

高校生になると「もうあなたは子供じゃないんだから」と言ってあまり俺をかまってくれなくなっていたというのに、今回の姉さんはなんとなく俺に優しい。

一緒に出かけることが多くなったし、その時には手をつないだりして嬉しいような悔しいような気分になる。

それって俺をまだ子供扱いしているからじゃないかと思うからだ。

 

(子供扱いだってかまわない。姉さんと一緒にいたいという気持ちは満たされて、俺は今まで以上に幸せだって感じているんだから)

 

 

 

しかしある日、俺は姉さんから距離を置かれるようになってしまった。

その原因は俺の不注意によるものだ。

 

俺は姉さんの手伝いをしていて、姉さんが取り込んだ洗濯物を畳んでいた。

その中に姉さんのショーツがあって、それをついポケットに入れて自分の部屋に持って帰ってしまったのだ。

淡いピンク色のレースの付いた女性物の下着。

それだけでも興奮するのだが、その持ち主が姉さんなんだからなおさらだ。

 

(これを姉さんが穿いているんだ…)

 

思わずにおいを嗅いでしまう。

と言っても洗濯をしたばかりのものだから洗剤のにおいしかしない。

だけど姉さんが穿いている姿を想像すると姉さんのにおいのように感じるのだから不思議だ。

その日から姉さんのショーツが俺の宝物となった。

鍵のかかる机の引き出しの中身を全部出してしまい、その中に綺麗に畳んで入れた。

そして誰もいない日とか家族が寝静まった深夜などに取り出してはそれを()()()にしてオ○ニーをする。

俺だって健全な肉体と精神を持つ男子だ。

仲間内でエロ本やAVを交換しながら楽しもうというのは当然で、俺の場合はそれが姉さんのショーツだというだけ。

血のつながりのある姉さんを恋人にはできないが、こうして性欲の発散をするくらいなら近親相姦とは言えないのだからセーフだと思う。

姉さんのショーツで陰茎を包み、擦った上で中に射精するとなんだか姉さんの中に注いでいるような気がする。

禁忌とされていることをするのは特に快感であるから、姉さんを犯しているようでたまらなく気持ちがいい。

隣が姉さんの部屋だから声を聞かれるとマズイので姉さんがいない時に限ってするのだが、たまにあえて危険を承知で声を我慢しながらするのは最高だ。

しかしそれがバレてしまった。

姉さんが風呂に入っている間、俺は姉さんの裸を想像してベッドの上でいつものようにオ○ニーをしていたのだが、夢中になりすぎて何度も繰り返していて姉さんが風呂から上がったことに気づかなかったのだ。

そして何度目かの絶頂を迎えていた時、鍵をかけていなかったドアが開いて姉さんが顔を出した。

 

「秀ちゃん、お風呂場にこれを忘れ ──」

 

姉さんの視線はベッドの上で仰向けになり、勃起した陰茎をショーツで包んで悶えている俺に注がれた。

 

「あっ!」

 

俺は姉さんの困惑した目を見た瞬間にイってしまった。

姉さんのショーツの布が俺の生暖かい精液で湿っていき、それが自分の手にも感じている。

この状況をどう弁解すべきか頭では考えているのだが、手のひらの感触の方に気を取られてしまって上手い言葉が見つからなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

少しの間、俺と姉さんは沈黙してしまう。

その沈黙を破ったのは姉さんだった。

 

「秀ちゃん…私、別に気にしていないから。秀ちゃんだって男の子だもんね。オ○ニーくらいするわよ。それ、私のお気に入りだから大事にしてね。じゃ、おやすみなさい」

 

「ね、姉さん…」

 

俺は呼びかけたが姉さんはドアを閉めて行ってしまった。

 

(最悪だ…。姉さんに変態だと思われたに違いない。嫌われたな、これ)

 

俺は頭を抱えて枕に顔を埋めた。

 

そしてその翌日の朝から姉さんの態度がよそよそしくなり、一緒に出かけることもなくなってしまった。

おまけに恋人ができたらしく、休日の度に出かけてしまう。

姉と言うよりも恋人を他人に取られてしまったかのように俺は落ち込んでしまい、訓練にも身が入らなくなってしまうほどだ。

 

(俺は最低だ。血のつながった実の姉に欲情して、普通に恋人ができたことを祝ってあげられないなんて…)

 

俺はもう姉さんの顔を正面から見られそうにない。

姉さんだって俺のやっていることを見たら笑顔で接するなんて無理だ。

俺のことを気持ちの悪い弟だと思うから休日に家にいたくなくて恋人と一緒に出かけてしまうのは仕方がない。

一度車で迎えに来た男の顔を見たが、けっこうイケメンで乗っている車から判断すると金も持っているにちがいない。

姉さんがその男のことを本気で好きになったならそれでいいはず。

そう考えて俺は姉さんと少しずつ距離を置こうと決心をした。

 

 

 

俺が高校2年の夏、つまり大規模侵攻まであと5ヶ月前というある日のことだった。

姉さんはいつものように恋人とデートに出かけていて、深夜になってようやく帰って来た。

その頃には姉さんは外泊することが多く、月に1・2回はその男の家に泊まっているらしい。

父さんと母さんは初めのうちこそ反対していたが、相手の男が本気で結婚を前提として付き合っていて姉さんも成人しているのだからということで許したのだ。

男の家に泊まるということの意味は俺だってわかる。

だから俺は姉さんのことを愛していながらも穢らわしいと思うようになっていて、姉さんが男と別れを惜しんでキスをしている様子を見てしまったことで頭が真っ白になってしまった。

 

父さんと母さんはすでに眠っていて、姉さんは俺も寝ていると思っていたらしく玄関ドアを開けたところに俺がいたから驚いていた。

 

「秀ちゃん、起きていたの?」

 

「ああ。こんな遅くまで姉さんを連れ回すなんて、あの男はサイテーだな」

 

「そんな言い方はないでしょ? △△さんはちゃんと家まで送り届けてくれる紳士よ」

 

姉さんは男の名を言ったが、俺にはそんな意味のないものを覚える気はないので頭に残っていない。

 

「どうせホテルか奴の部屋でいやらしいことをしてきたんだろ?」

 

「そんな邪推はよしなさい! 今日は映画を見て少しドライブをしてきただけよ。彼の家にもホテルにも行ってないわ」

 

「じゃあ、車の中でシテたんだ」

 

「秀ちゃん!」

 

姉さんの手のひらが俺の頬を平手打ちした。

左頬がジンジンして痛いが、それ以上に心が痛い。

姉さんにぶたれたのは生まれて初めてだったから。

 

「姉さん…」

 

「今度△△さんに対して失礼なことを言ったら一生許さないから」

 

そう言って姉さんはさっさと2階の自分の部屋へと行ってしまった。

 

俺は知っている。

姉さんはあんなことを言っているけど、姉さんから微かにボディソープのにおいがした。

それは家にある安物の物じゃなくて、姉さんが深夜に帰って来る時にはいつもそのにおいがしているんだ。

たぶんあの男の家にある高級品じゃないかと思う。

そんことを突きつけたら姉さんはどんな顔をするだろうか?

真っ青になるのか、それとも開き直って俺のことを罵るのか…

どちらにしても姉さんが俺のことを今以上に嫌うようになるのは間違いない。

大好きな姉さんに嫌われたくはないというのに嫌われるようなことをして、さらにもっと嫌われることをして姉さんを苦しめてみたくなる。

 

「…違う」

 

俺は玄関ホールでしゃがみ込んで頭を抱えた。

 

(俺が望んでいるのは姉さんの笑顔。物心ついた時から感じている姉さんの手の温かさ。俺はただ姉さんのことを愛し、姉さんに愛されたいだけなんだ…)

 

思わず俺は階段を駆け上り、姉さんの部屋のドアを乱暴に開けた。

姉さんはちょうど着替えをしていた途中で、上半身はブラジャーだけで下半身はスカートを穿いているという状態だ。

 

「秀ちゃん、何しに来たの!? 着替え中なんだから出て行って!」

 

俺は返事をせずにずかずかと中へ入り、姉さんをベッドの上に押し倒すとその男がしていたように姉さんの唇を俺の唇で塞いだ。

キスの仕方くらい俺でも知っている。

抵抗されてもかまわないと、唇をこじ開けて舌を入れる。

姉さんは暴れて逃げようとするが、それは本気じゃない。

本当は俺にこうされたかったのだと自分に言い聞かせて、姉さんの口を犯した。

 

「…!?」

 

無我夢中で口を貪っていた時、姉さんが涙を流しているのに気づいてしまった。

俺はそこで理性を取り戻して言う。

 

「ゴメン、姉さん」

 

そして逃げるようにして姉さんの部屋を出たのだった。

 

 

その翌日、俺は姉さんと顔を合わせるのが気まずくて、姉さんがバイトに出かけるまで自分の部屋を出なかった。

一緒に暮らしている以上はずっと顔を合わせないでいるのは不可能だが、せめてバイトから帰って来るまでの数時間のうちに心の整理をしようということだ。

しかしそんなことをする暇はなかった。

姉さんが出かけてしばらくすると俺の携帯電話に姉さんの番号から着信があったのだ。

俺が電話に出ると男の声がした。

 

「きみは秀次くんだね? きみのお姉さんが交通事故にあった。すぐに三門市総合病院まで来てくれ」

 

俺は急いで着替えをし、三門市総合病院へと向かった。

そして救命救急センターの入口まで着くと先に来ていた母さんと一緒に姉さんのいるICUへ案内され、緊急手術が終わって人工呼吸器や点滴などのチューブが何本もつけられている姉さんの姿を見せられた。

手術を担当した医師の話では辛うじて生命を維持しているが助かるかどうかはわからないということであった。

 

その後、父さんも到着して3人で警察官から事故の様子についての説明を聞いた。

自転車に乗って横断歩道を渡ろうとしていた姉さんに信号無視したトラックが突っ込んできたという。

トラックの運転手は運転中にスマホで動画を見ていたらしい。

目撃者の証言で姉さんに落ち度はまったくないということだから、運が悪かったとしか言いようがない。

 

 

そしてその日の夜、姉さんは帰らぬ人となった。

これで姉さんが死ぬ姿を見たのは3回目だ。

慣れてしまったからなのか、俺は姉さんの遺体を見ても涙ひとつ出なかった。

父さんは涙を堪え、母さんは泣き崩れているというのに、俺はまるでドラマの1シーンを見ているようで実感がない。

葬儀の最中であっても泣くことはなかったので、親戚連中たちが俺のことを見て陰口を言っていた。

 

(そうだよ。姉さんは俺のことをとても可愛がってくれていた。それなのに俺が泣かないからって冷たいとか人の心がないなんて言うんじゃねーよ。…たしかに哀しいかと訊かれたらどう答えたらいいのかわからない。だって姉さんは死んでしまったけど、また一緒に暮らせるようになるんだから…)

 

5ヶ月後にアフトの大侵攻があって、その5日後に(ゲート)が開くことはわかっている。

となれば俺がどんな行動をするのかも当然決まっているのだ。

 

(1回目と2回目は近界民(ネイバー)に殺されたけど3回目は単なる交通事故。防ぎようがないことだった。むしろ2回目の時のように行動し、侵攻の当日には俺が姉さんを三門市以外の場所に連れて行きさえすれば近界民(ネイバー)に殺されることはなくなる。今度こそ大丈夫だ)

 

 

 

姉さんの葬儀の後、俺は姉さんの部屋で日記を見つけた。

姉さんが日記をつけていたことは知っていたがどんなことを書いていたのかはわからない。

俺は興味本位で読んでみることにした。

 

「…なんてことだ!」

 

俺は日記の内容を読んで姉さんの本当の気持ちを知り、俺は嬉しいと同時に罪の意識に陥ってしまった。

 

 

 

○月○日

秀ちゃんと手をつないでお買い物。

ちっちゃくて柔らかかった子供の頃と違って男の人らしく大きくてがっしりとしてきた。

いつまでも子供でいてくれたらいいのにと思うのは私のワガママかしら?

今はまだガールフレンドがいないみたいだけど、いつかは一緒に遊びに行ったり家に連れてきたりするでしょう。

その時私は秀ちゃんに微笑みかけることができるか自信がない。

私の秀ちゃんを奪う女のことを好意的に見られるはずがない。

私の秀ちゃんに対する気持ちは誰にも知られてはいけないもの。

これは血のつながった家族である以上は抱いてはいけない愛情の形なのだから。

 

○月○日

洗濯をしようとして秀ちゃんのシャツを手にした時、私はついそのにおいを嗅いでしまった。

変態っぽいけど好きな人のにおいを嗅ぎたいと思うのは当然よね。

少しだけだけど栗の花のようなにおいがする。

もしかしたらオ○ニーして、その時に精液がついてしまったのかも。

秀ちゃんももう中学3年だもの、性欲はあるわよね。

でも何を想像してするのかしら?

学校に好きな女の子でもいてその子を想像しているのか、それともエロ本を隠し持っているとか?

なんであれ私の秀ちゃんが卑猥なことをしていると思うとドキドキする。

秀ちゃんの()()()が私だったらと想像したら濡れてきちゃった。

 

○月○日

秀ちゃんのことを想像しながらひとり遊びをした。

父さんと母さんがいなくて秀ちゃんが部活でいないという絶好の機会だもの。

今日は洗濯をする時に秀ちゃんのパンツだけ洗わずに残しておいた。

前にシャツのにおいを嗅いだ時よりももっと性的で背筋がざわざわするにおいがする。

私は秀ちゃんに知られたら軽蔑されるようなことをしているとわかっているけど、私の秀ちゃんへの思いはこうするしか満たせない。

私は秀ちゃんが好き。

弟じゃなくてひとりの男の人として愛しているの。

 

○月○日

秀ちゃんが私のショーツを盗んだかもしれない。

洗濯物を取り込んだ時にはたしかにあったのだけど、秀ちゃんに畳むのを手伝ってもらった後になくなっていたのだから。

それって秀ちゃんが私に性的な興味があるってこと?

それとも単に誰のものでもよかったとか?

どちらにしても秀ちゃんが私のショーツを盗んだ理由はひとつしかないはずだから大事に使ってくれるといいな。

あれは私の一番のお気に入りだもの。

秀ちゃんが()()()にしてくれたらすごく嬉しい。

 

○月○日

秀ちゃんが私のショーツでオ○ニーしているところを見てしまった。

私がお風呂に入っている時に秀ちゃんはひとりでエッチなことをしていたのだ。

もしかしたら私の裸を想像して抜いていたのかもしれない。

そう思うと興奮してしまう。

ちょうど私が部屋に入ったタイミングでイっちゃったみたいで、その顔がとても可愛かった。

私のピンク色のショーツで包まれた秀ちゃんのオ○ン○ン、中身は見えなかったけど思ったよりも大きいかった。

 

○月○日

私が秀ちゃんのオ○ニーしているところを見てしまったことで、お互いにどう接したらいいのかわからず困惑している。

今まで通りにしたいと思っても秀ちゃんが私のことを性的な目で見ているとなると平気でいられない。

秀ちゃんも気まずいらしく、しばらくは少し距離をおいておいた方がいいかもしれない。

このままでは秀ちゃんにとっていいことはひとつもない。

私が秀ちゃんのことを男の人として好きだという気持ちがいけないのだろう。

私が誰か恋人を作れば秀ちゃんは諦めてくれるにちがいない。

サークルの仲間で私に付き合ってくれと言っていた人がいたっけ。

その人と付き合ってみようと思う。

上手くいけば私自身が秀ちゃんへの思いを断ち切れるかもしれないから。

 

○月○日

△△さんとデート。

彼は親に出してもらったお金で外車を乗り回し、高級マンションで優雅に暮らしている。

その割に女性には一途で遊んでいるという様子はない。

もしかしたら優良物件かも。

△△さんと付き合い始めて半月経って初めてキスをした。

本当なら秀ちゃんとしたかったキスだけど、これでいいのよ。

そして△△さんの家に行って3回目でとうとう身体を求められた。

付き合って2ヶ月だからそろそろかなって思っていたけど、断る理由がないからそのまま彼に任せることにした。

家に帰ってから彼のことを愛しているからセッ○スしたのかと自分に訊いてみた。

答えはNO。

好きだけど愛してはいない。

愛しているのは秀ちゃんだけ。

秀ちゃんとはセッ○スできないから、△△さんという代用品で性欲を満たしただけだもの。

初めてのセッ○スは彼が満足しただけで終わってしまった。

でもこれでいい。

秀ちゃん以外の男性としたということが大事なのだから。

 

○月○日

昨日は△△さんの家に泊まった。

もちろんセッ○スあり。

前回はホテルでゆっくりできなかったから今日は彼の家で時間をかけて楽しむことにしてそのまま泊まってしまった。

もう何度目かわからないけれど彼とセッ○スしている間は秀ちゃんのことを忘れられる。

でも言い換えればセッ○スしていないと秀ちゃんのことをばかり考えているということ。

△△さんはとてもいい人だし、結婚を前提に付き合ってくれと言うくらいだからこのまま交際を続けるべきなんだけど、秀ちゃんは私のことをどう思っているのだろうか?

男性の家に外泊しているのだから何をしているのかは想像できる年齢だ。

私のことを穢らわしいと思っているかもしれない。

でもそれ以上に私は穢らわしい女だ。

実の弟に欲情してオ○ニーしているんだもの。

△△さんと付き合っていても暇があれば自分の部屋で秀ちゃんのことを考えていて、ひとりで慰めている。

秀ちゃんのパンツを机の角に置いて、その上に股間を押し付けて擦っている姿なんて発情した獣そのものだ。

おまけにこの姿を秀ちゃんに見てもらいたいと思うくらい淫乱な私の本性。

秀ちゃんにはふさわしい女じゃない。

いっそ家を出て△△さんと同棲しようかな。

 

○月○日

深夜になって△△さんに車で家の前まで送ってもらった。

もうみんな眠っていると思ったのだけど、玄関ドアを開けたらそこに恐い顔の秀ちゃんがいた。

そして秀ちゃんと言い争いになってしまった。

△△さんの家でセッ○スしてきたことを指摘され、つい私は怒ってしまったのだ。

たぶん彼の家のボディソープを使ったからそのにおいでバレたのだと思う。

だから私は自分の部屋に逃げた。

秀ちゃんにこれ以上責められたくなかったから。

でも秀ちゃんは私を追ってきた。

着替えの途中だった私は半裸で、秀ちゃんを欲情させてしまったのかもしれない。

秀ちゃんは私をベッドの上に押し倒して無理やりキスをしてきたのだ。

このまま抵抗しなければ越えてはいけない一線を越えてしまいそうな勢いだった。

ずっと抱いていた秀ちゃんへの思いが遂げられるという喜びと、秀ちゃんに罪を犯させてはいけないという理性が同時に頭の中にあった。

そして理性が負けそうになった瞬間、秀ちゃんは私に「ゴメン」と謝って部屋を出て行ってしまった。

なぜ途中でやめたのかはすぐにわかった。

私の頬には涙が伝った跡があったのだ。

それを秀ちゃんは私が嫌がっているのだと思ったのだろう。

でも違う。

私は秀ちゃんと結ばれるという喜びで涙が出たのだ。

私は秀ちゃんが好き。

愛している。

だから私だけが地獄に落ちるのならかまわない。

地獄の業火に焼かれても、私は一生秀ちゃんのことだけを愛し続けよう。

 

 

 

日記はそこで終わっていた。

それはそうだ。

その翌日に姉さんは死んでしまったのだから。

この日記には真実が書かれている。

姉さんは俺のことを俺と同じ気持ちで好きでいたのだ。

姉と弟ではなく相手を異性と認めての性欲を伴う愛。

これを近親相姦と呼ぶのだろうか?

いや、愛し合っていても俺と姉さんの間には性的な関係はなかった。

だから精神的近親相姦と呼ぶべきか。

言い方はどうであっても俺と姉さんは愛し合っていて、その行為は他人には認められない禁忌である。

だから神様は俺から姉さんを奪い去ったのだろう。

このままでは絶対に許されないことをしてしまっただろうから。

 

しかし俺は諦めない。

だってもう一度初めからやり直せばいいんだから。

あの(ゲート)をくぐれば何度だってやり直せることを俺は知っている。

前回の失敗も覚えているから同じミスは繰り返さない。

あと5ヶ月だけ姉さんのいない世界で我慢をして、また姉さんとの優しい穏やかな日々に戻ろう。

 

 

 

そして俺はあの(ゲート)の前に立ち、今度は吸い込まれるのではなく自ら飛び込むことにした。

 

(姉さんが俺のことを弟ではなくひとりの男として認めてくれていた。ならば俺は正直な気持ちで()()()の人生を歩もう)

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

第一次近界民(ネイバー)侵攻の1週間前から大規模侵攻の5日後までの約4年と半年。

この期間を俺はもう3度繰り返している。

これで4回目だ。

だからこれからいつ何が起きるのかを承知していて、二度と失敗しないようにと考えて行動できる。

前回までは姉さんの気持ちを知らなかったからあんなことになってしまったが、もう同じことには絶対にしない。

 

たしかに近親相姦は禁忌であって他人に知られてしまっては大騒動になるだろうが、ふたりだけの秘密にすればそう簡単にバレることはない。

もちろん姉さんの協力は不可欠だが、俺と同じ気持ちでいるのだから大丈夫なはずだ。

 

 

第一次近界民(ネイバー)侵攻は楽々クリア。

俺は()()()()()()()()()()姉さんに甘えた。

他人の目を憚らずいつも一緒にいて、高校生の姉さんは「弟の面倒見のいい姉」として周囲の評判は上々だ。

でもいつまでも弟を演じているのはキツイ。

だから中学2年になると今度は姉さんに勉強を教わるフリをして部屋に入る回数を増やした。

もう4度目の中学2年だから勉強については何の問題もなく、定期テストでほぼ満点で毎回学年1位になれるのは姉さんに勉強を教わっているからという言い訳ができてちょうどいい。

俺が姉さんとふたりきりになっていても父さんや母さんは何も疑うこともないので、これから先役に立つことになる。

中学3年になると受験という理由で姉さんとふたりきりになる時間がますます増えた。

いちおう学年1位の優秀生徒だから六頴館を受験するつもりだ。

 

 

 

無事に高校受験を終えた俺は姉さんとの関係を進めることにした。

いくら俺と姉さんが愛し合っていても俺たちは姉弟で、普通の恋人のようにはなれない。

そんなことは百も承知で、姉さんも当然わかっている。

わかっているからずっと心に秘めたままで苦しんだのだ。

だから今回はもう苦しまないで済むようにしたい。

ふたりで幸せになりたい。

俺は勇気を出して姉さんに告白をすることにした。

 

春休みの平日、父さんと母さんは仕事に出かけていて家には俺と姉さんのふたりしかいない。

姉さんが自分の部屋で寛いでいる今なら誰にも邪魔されずに告ることができる。

俺は姉さんの部屋のドアをノックした。

 

「姉さん、俺だけど、今いい?」

 

「いいわよ。入ってちょうだい」

 

姉さんの声が思いのほか明るくて、悪い結果にはならずに済むだろうと俺の気持ちは楽になる。

部屋に入ると姉さんはベッドの上で読書をしていた。

 

「何読んでるの?」

 

「ニーチェの『善悪の彼岸』。大学の講義でちょっとやったから興味を持ったものだから」

 

「ふ~ん…。俺には難しいかな」

 

「たしかに難しいけど秀ちゃんなら理解できるかもね。気が向いたら貸してあげるわよ。ところで何の用?」

 

「うん、ちょっと大事な話」

 

姉さんは身体を起こすとベッドの端に座り直した。

 

「ここ、どうぞ」

 

そう言って姉さんは自分の隣に俺を招いた。

俺はベッドに腰掛けるとためらうことなく姉さんに告った。

 

「姉さん、俺、姉さんのことが好きだよ」

 

すると姉さんは微笑みながら言う。

 

「私も秀ちゃんのことが大好きよ」

 

「それは知っている。だけど俺の本当の気持ちを知ってもらいたいし、姉さんの気持ちも知りたいと思って」

 

「どういうこと?」

 

「俺は姉さんのことを家族じゃなくてひとりの女性として愛しているんだ」

 

「…………」

 

姉さんの大きな目がさらに大きくなって驚いているのがよくわかる。

 

「姉さんは俺のことをどう思っているんだ?」

 

「私は…」

 

姉さんは言いにくそうにしているが、俺が勇気を出して告ったから自分も覚悟を決めなきゃいけないというのだろう。

言葉を選んでいるようで、俺は姉さんが何かを言うまで待つことにした。

 

「私も秀ちゃんのことを男の人として好きよ。でも私たちは姉弟だから ──」

 

「そんなもの関係ない! 俺だって姉さんのことを好きって気持ちをずっと我慢していた。そんなことを言えば姉さんが苦しむだろうって。でも姉さんだって俺のことが好きなんだろ? だったらいいじゃないか! 俺たちが愛し合っても誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、誰にも気づかれなければタダの仲のいい姉弟ってことで済む」

 

「それは…」

 

「俺は今ものすごく姉さんのことを抱きしめたい。いいよな?」

 

「…………」

 

姉さんは黙って頷いたので、俺は姉さんを力強く抱きしめる。

すると姉さんの腕が俺の背中に回されて力が入るのを感じた。

 

「姉弟だものこれくらいはするわよね」

 

姉さんがそう言う。

 

「ああ。ハグするくらい普通だよ。…だからもっと先をしたい。キス、してもいいよな?」

 

「ええ」

 

俺は姉さんを一時解放すると、今度は両肩を掴んで引き寄せる。

まずは触れるだけのキス。

 

(俺は初めてだけど、姉さんはどうなんだろ?)

 

そんなことを考えながら唇を押し当てた。

 

(柔らかい…。それに姉さんにこんなに近づいたのは初めてだ。なんかいいにおいがする)

 

十数秒だけのキスを終えると、今度は姉さんが言った。

 

「こんなの挨拶のキスみたいなものよ。次は私があなたにキスしてあげる」

 

姉さんはそう言ってうっとりとした目つきで俺に迫ってきて、唇を重ねると俺の後頭部に手を回してホールドした。

さらに俺の唇をこじ開けて舌を差し込んでくる。

その舌が俺の舌に絡まってきて、ものすごくいやらしいことをしているみたいで興奮してしまった。

俺も姉さんのマネをして舌を動かすが思うようにいかず、唇の端からヨダレが垂れた。

クチュクチュという音を立てて俺の唇を吸ったり舌で歯列を舐めたりと、口だけでセッ○スしているような気分になる。

たぶん3・4分くらいキスしていたと思う。

俺はキスだけで勃ってしまっていた。

それに気づいた姉さんは妖しい目つきで俺に言う。

 

「キスだけで勃ったの? それじゃ姉さんが気持ちよくしてあげるわ」

 

姉さんの手が俺の股間に伸びていき、ジーンズのファスナーを下げた。

すると俺のチ○コがトランクスを思い切り押し上げていて、その布越しに姉さんは優しく触れた。

 

「あっ…」

 

姉さんに触れられた瞬間、少しだけ出てしまった。

いつもなら自分でやるからさほど興奮しないが、姉さんの手で刺激が与えられたというだけで先走ってしまったのだ。

そんな俺のことを姉さんは微笑みながら言う。

 

「秀ちゃん、可愛い」

 

姉さんは慣れた手つきで指と手のひらを使って俺のチ○コを愛撫してくれる。

 

「そんないやらしいこと、どこで覚えたんだ?」

 

「こういうことは友達との猥談で自然と知るものよ。どんなことをすれば気持ちがいいとか、どこのラブホのサービスがいいとか。そんな余計なこと考えないで気持ちよくなりましょう」

 

姉さんは俺を立たせてジーンズとトランクスを脱がせる。

そうなると俺は下半身を勃起させたままの情けない姿となってしまう。

 

「私、秀ちゃんのオ○ン○ンを口で愛してあげたいの」

 

そう言うやいなや、姉さんは俺の前に跪き、張り詰めた状態の俺のチ○コを口に咥えた。

 

「うゎ…」

 

手で触れられた時よりもはるかに刺激が強くてイってしまいそうになるが、まさか姉さんの口の中には出せないと、ぐっと堪えた。

 

(姉さんが俺のチ○コを咥えてる…。ものすげぇいやらしい顔して)

 

たぶん姉さんは友人との猥談でいろんな話を聞かされていたから、俺とこんなことをするのを想像してオ○ニーしていたのかもしれない。

 

「はぅ…舌が………気持ち…いい……」

 

姉さんが舌で俺のチ○コを舐め回すようにして、立っている脚がガクガクしてしまう。

そしてチ○コの先を舌先で突かれた瞬間、とうとう俺は…

 

「ああっ…!」

 

俺は姉さんの口の中に出してしまった。

 

「ゴメン、姉さん」

 

俺が謝ると姉さんは首を横に振って、さらに俺の精液をゴクリと飲んでしまったのだった。

 

「秀ちゃんのだから平気よ。ねえ、気持ちよかった?」

 

「うん。信じられないくらい気持ちよかった。…ねえ、俺が姉さんを気持ちよくしてあげること、できるかな?」

 

「じゃあ、私が言うようにしてちょうだい」

 

姉さんはそう言うと俺のチ○コをティッシュで綺麗にしてからベッドに座った。

 

「秀ちゃん、私の後ろに来て背後から抱きしめるように座って」

 

俺は言われたようにする。

 

「次は私のスウェットの上を脱がせて」

 

脱がせると俺の手に余る程の大きさの胸が現れた。

それを背後から肩ごしに見ているわけだが、想像以上に大きい。

 

「姉さんの胸、けっこうでかいね。サイズ、どれくらい?」

 

「80のF。着痩せするタイプだから服を着ているとわからないでしょ?」

 

「うん。見ているだけで興奮する」

 

「フフフ…じゃあ、脱がせて」

 

挑発的な笑顔で姉さんが言う。

俺は背中の金具を外し、ブラジャーを剥ぎ取った。

後ろにいるからそのまま抱きしめるように両手を伸ばして胸を下から支えた。

 

「姉さんの胸の感触はどう?」

 

「温かくて柔らかいけど弾力もあって…。あ、乳首が立ってる」

 

俺は乳首を指でつまんでコリコリしてやる。

するとますます固く大きくなってきた。

 

「あん…」

 

姉さんが悩ましげな声を上げた。

気持ちがいいのだろう。

 

「姉さん、姉さんの乳首吸ってみたい」

 

「いいわよ。赤ちゃんみたいね」

 

俺は姉さんの前に移動し、正面から胸を見た。

大きいのに全然垂れていなくて、乳首がツンと上を向いている。

そんな乳首を口に含み、さっき姉さんが俺のチ○コにしてくれたように舌で愛撫する。

姉さんは俺の頭を両手で抱えて引き寄せるものだから、俺は胸の谷間で窒息しそうだ。

 

「あ…いい。もっと強く吸って」

 

俺は言われた通りにする。

吸うだけでなく甘噛みをしてみたりと、知っている限りのことをしてやった。

 

「秀ちゃん、上手ね。ほら、もうこんなに濡れてきちゃった」

 

姉さんは俺の手を自分の股間に招いた。

薄いショーツは濡れていて、その液体がどこから出てきたのかその場所を見てみたくなった。

 

「姉さん、全部脱がせてあげるよ」

 

俺は姉さんのスウェットの下を脱がせ、さらに濡れて中の黒いものが透けて見えるようになっているショーツも剥がした。

そこには綺麗に揃えられた陰毛が生えていて、そこも濡れてキラキラしている。

 

「この後どうしたらいい?」

 

俺が訊くと、姉さんは逆に俺に訊いた。

 

「秀ちゃんはどうしたい?」

 

「俺は…さっきの姉さんみたいに口で愛撫したい」

 

「じゃあ、やってみて」

 

俺はM字に開かれた姉さんの股間に顔を寄せ、陰毛の茂みのを指でかき分ける。

するとそこに小さな花のつぼみのようなものがあって、それがピンク色でひくひく蠢いているのがものすごく卑猥だ。

俺はそのつぼみ、クリ○リスを舌先で啄いてみた。

 

「ひゃっ…!」

 

姉さんはたったそれだけのことで身体を震わせて声を漏らした。

気持ちがよかったのだろう。

たぶん姉さんも人目を避けてオ○ニーしていたはずだ。

自分の指で刺激を与えるよりも俺にされているということで感度を増しているにちがいない。

 

(敏感な部分だからあまり強い刺激を与えちゃダメだよな。吸うよりもペロペロ舐めた方がいいかも)

 

俺はクリ○リスだけでなく姉さんの性器を犬のように舐め回した。

すると奥の方からぬめっとした液体が溢れ出してきてベッドのシーツを汚していく。

 

(これが感じているって証拠の愛液か。もうグチョグチョだよ)

 

こぼれないようにと舐め取ろうとするが、すればするほど溢れてきて限界がない。

そのうちに姉さんの喘ぎ声がどんどん大きくなって、息を荒げてきた。

 

「イク…イっちゃいそう………。ああっ!」

 

そして涙目になりながら姉さんは全身を震わせて仰け反り、イってしまったのだった。

そんな姉さんの顔を上から見下ろして俺は訊いた。

 

「気持ちよかった?」

 

「ええ。死ぬほど気持ちよかったわ」

 

俺と姉さんは近親相姦という罪を犯してしまった。

でも正確には未遂である。

お互いの性器を愛撫しただけで、()()としては完全ではないのだから。

つまりお互いが相手のオ○ニーの手伝いをしただけで、セッ○スとは言えない。

それは姉さんも同意見で「最後の一線を越えなければセーフ」ということにして、以後何度も人目を憚って行うようになるのだった。

 

 

 

俺は姉さんとの関係に満足していた。

他人から見れば仲の良い姉弟で、誰も俺たちの関係を疑ってはいない。

でも恋人らしいことはできない。

できるのはふたりきりになった時にセッ○スの真似事をするだけだ。

それでもこれまでの3回の人生よりもはるかに素晴らしい。

 

ただ少しだけ気になることがある。

姉さんが俺のことを好きだったとしても、最初の時の姉さんと比べるとなんとなく様子が違う気がするのだ。

最初の姉さんは純粋に俺を弟として愛してくれていた気がする。

だけど2回目の時には最初の時と違って積極的に手をつないでくれた。

少しだけだがスキンシップが多くなったと思える。

そして3回目の時には日記に過激なことを書いていたが、実際にはそんな素振りを見せようとはしなかった。

それなのに今回は姉さんの方から求めてくることが増えた。

前は休日にバイトをしていたのに、今では俺とエッチなことをするためにバイトを辞めたくらいだ。

それは嬉しいことだし、俺が望んでもいることだから大歓迎でもある。

 

(まさか俺が何度も同じ時間を繰り返していて、俺が姉さんのことを好きだという気持ちが強くなって、それが姉さんに影響しているのかも?)

 

そんなことを考えてみたがどうでもよいことだ。

俺と姉さんは相思相愛になって、セッ○スはできないものの十分満ち足りている。

このまま何事もなく俺が高校を卒業して家を出てしまえば、そこに姉さんを呼んで同棲することもできるようになるだろう。

俺たちのことを誰も知らない場所へ行って、そこでは俺たちは姉弟ではなく恋人同士として暮らそう。

そのために今から準備をしておこうと思う。

実家から通えない場所の大学に進学し、ふたりで暮らせる広さのアパートを借りてそこで姉さんと暮らす計画だ。

俺のたったひとつの願いは姉さんと共に平穏な日常を過ごすことなのだから。

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

()()()()大規模侵攻が起きた。

その日は姉さんと一緒に七尾市にあるラブホの部屋にいて、ボーダーが戦っている様子をテレビのニュースで見ていた。

これでこの5日後にあの(ゲート)が開くわけだが、もうあの中に入って人生をやり直す必要はない。

姉さんはこうして生きていて、俺と愛し合っている。

今回の人生がこれからどうなるのかわからないが、精一杯生きるしかない。

もうやり直しはできないのだから。

 

俺は姉さんにこれまでのことを全部話すことにした。

 

「姉さん、ずっと黙っていたけど本当のことを全部話すよ。だから聞いてほしい」

 

そう切り出して、俺は第一次近界民(ネイバー)侵攻で姉さんが近界民(ネイバー)に殺されたことをきっかけにしてボーダーに入隊したことや、不思議な(ゲート)に吸い込まれて4年半の時間を遡って人生をやり直したこと。

3回目までは姉さんが死んでしまうというバッドエンドだったが、4回目になってやっと姉さんと愛し合えるようになったことを話した。

初めのうちは冗談だと思っていた姉さんだったが、俺の真剣な態度を見て信じてくれるようになった。

 

「秀ちゃん、苦労したのね。私は全然知らなかった」

 

「いいんだよ、姉さん。こうして愛し合えるようになったんだから結果オーライさ」

 

「でも私たちの関係はけっして幸せとは言えないものよ。本当なら私は姉として秀ちゃんが他の女性と幸せな結婚をするよう勧めるべきなんだけど、今の私にはもうそんなことはできない。秀ちゃんなしで生きていけないんだもの」

 

「俺だって姉さんを拘束して自由を奪ってしまったみたいな気になるんだ。だけど俺は他の男に姉さんを渡せない。姉さんは俺だけの姉さんでいてほしい」

 

「嬉しい、秀ちゃん」

 

俺は姉さんと抱き合い、そのまま貪るようなキスをした。

つけっぱなしのテレビの画面には三門市民が避難する様子やボーダー隊員が戦っている光景が映し出されているが、今の俺には関係ないことだ。

今回の俺の人生に近界民(ネイバー)への怨みやボーダーへの関心は一切ない。

あんなものに関わらない方が平和に過ごせるのだからな。

 

俺はリモコンでテレビを消すと、姉さんを悦ばせることだけを考えることにした。

 

 

 

高校を無事に卒業した俺は三門市から遠く離れた地方都市のひとつを選び、そこにある大学に進学した。

生活基盤が整うと実家で暮らしていた姉さんを呼び、周囲には恋人だと思わせて一緒に住むようになった。

俺たちのことを知っている人間はひとりもいない土地だから、遠慮なく恋人同士としてふるまうことができる。

恋人つなぎをして一緒に買い物に行ったり、遊園地の観覧車の中でキスしたり、時々ラブホに行って思いっきり愛し合う。

もちろん()()()()()()()()()()はしない。

だから俺は一生童貞で、姉さんは処女で終わるだろう。

でもそれで十分だ。

だって姉さんが生きていて、俺だけを愛し、俺のためだけに微笑んでくれるのだから。

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

Epilogue

 

 

ボーダー本部基地の医務室に三輪の戦闘体が米屋たち三輪隊のメンバーによって運ばれた。

ベッドの上に横たえるのだが、反応はまったくない。

まるで死んでしまったかのように思えるのだが戦闘体はまったくの無傷であり、破壊されたら自動的に換装が解けて生身の状態に戻るはずなのだ。

 

「どういうことなんすか?」

 

米屋が鬼怒田に訊いた。

 

「儂にもわからん。こんなケースは初めてだからな。とりあえずもう一度初めから状況を説明してくれ」

 

「説明って言われても、おれにもよくわからないんですよ。(ゲート)から現れたトリオン兵を退治してすぐに新しい(ゲート)が開いて、その中に秀次が吸い込まれて、それで2・3分したらこの状態の秀次が(ゲート)から落ちてきた。それだけです」

 

「その(ゲート)に吸い込まれる前に三輪に何かおかしいことはなかったのか?」

 

「おかしいって…まあ、じっと穴の中を見ていたことは確かです。おれは隣にいて秀次の方を見てたんですけど」

 

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」

 

米屋と一緒に三輪の容態を心配していた古寺が独り言のように言った。

 

「何だそれ?」

 

米屋が訊くと、古寺は答えた。

 

「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ著『善悪の彼岸』の中にある有名な言葉ですよ。隊長が(ゲート)の暗闇をじっと見ていたと聞いたものですから、この言葉を思い出したんです。隊長は深淵にいる何かに魂を引っ張られてしまったんじゃないでしょうか?」

 

「どういうことだ?」

 

「我々が戦闘体に換装する時と解く時には自分の意思で行います。ですから隊長が戦闘体の状態のままだというのは、隊長自身に換装を解く意思がないということ。通常は換装中の生身の体はトリガーホルダーに収納されて別次元にあります。いわば換装中は魂もしくは精神と呼ぶものが戦闘体の中にあり、生身の体は空っぽになっているということ。それが何らかの干渉を受けて魂が生身の体に戻ってしまい、戦闘体の方が空っぽになってしまった。その生身の体と魂がセットの状態でどこか別次元に飛ばされてしまっていたとすれば、本人に換装解除の意思があってもできないんじゃないかと考えたんです」

 

「じゃ、ここにあるのは中身のない戦闘体という入れ物って事?」

 

「そうなります」

 

「だとしたら秀次はどうしたら元に戻るんだよ!?」

 

「わかりません。アフトクラトルには(ゲート)を自在に操るトリガー使いがいましたが、その(ゲート)では単に物体を別の場所に転送するだけでした。それと同じなら(ゲート)に吸い込まれた隊長はこの世界のどこかにいるはずなんですが、戦闘体だけ戻されたとなると仕組みは違うものなんでしょう。まさか人間の魂だけを食って、体だけ吐き出す怪物だったなんてことはないと思いますが」

 

古寺も専門家ではないのだから自分の憶測でしか話をすることはできない。

しかし彼の仮説を肯定も否定もできる者はどこにもいないだろう。

 

「秀次の奴、どこに行ったんだ? もしかしたら姉さんのトコに行ってしまったのかもな…」

 

米屋はそう呟いた。

それを奈良坂が諌める。

 

「それは死んでしまったということじゃないですか。隊長はまだ死んだと決まったわけじゃないでしょ」

 

「そりゃそうなんだけど…秀次にとってそれが一番の幸せだって思えるからさ。死んで天国で姉さんに会うまで、あいつは本当の笑顔を見せることはない。近界民(ネイバー)のことを憎んでキリのない戦いを続けるよりもずっといいだろ」

 

米屋は三輪の顔を見ながら言った。

 

「なんとなくだけど笑っているように見えないか?」

 

米屋が同意を求めて奈良坂と古寺に訊いた。

 

「気のせいですよ。米屋先輩がそうだったらいいと思うからそう見えるだけです。奈良坂先輩もそう思いますよね?」

 

「ああ、同意見だ」

 

「チェッ、ホントにそう見えたんだけどよ…」

 

米屋たちのやりとりを黙って見ていた鬼怒田が言う。

 

「ひとまずこの件は一時保留とする。他の隊員たちには絶対に話すなよ。朝になったら城戸司令と忍田本部長に話して判断を仰ぐ。だからおまえたちは帰った帰った」

 

「へ~い」

「わかりました」

「了解です」

 

隊長を失った三輪隊の隊員たちは後ろ髪を引かれる思いで順に医務室を出た。

最後に鬼怒田は部屋の電気を消し、非常灯の薄明かりの中で三輪秀次の戦闘体は永遠に目覚めない夢を見続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき


深淵を見つめすぎて心の中にあった「姉に対する後悔」を深淵に引き寄せられてしまった三輪秀次。
彼が何度もやり直しをしていくうちに、彼の姉もまた少しずつ壊れていってしまいました。
最後にはふたりが「彼らなりの幸せ」を手に入れておしまいになるのですが、姉と弟が愛し合って生きていくのは厳しいと思われます。

拙作では三輪秀次の姉への思いを肉親への愛情ではなく異性への愛情として描きました。
「弟の姉を慕う気持ち=初恋」とし、恋人を喪った悲しみや怒りが原動力となって生きている三輪秀次と、彼が過去を変えるとすればこのようになると想像して書いたものです。

性描写のあるものを書くのは初めてですので、どこまでがセーフでどこからがR-18になるのかよくわからない部分がありました。
他の作者様の作品を読んでみて「これくらいならOKかな」というレベルで書いています。
その部分は面白くないでしょうが、それはご勘弁ください。
拙作のポイントは三輪秀次の姉への思いが「エロス(性愛)」でありながらも、それは姉の死によって精神的成長が止まってしまった彼の「姉=初恋の女性」という強い思いによる暴走です。
その点が上手く描かれて読者様に伝わっているのなら幸いです。


最後までお付き合いくださってありがとうございました。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。