冥界に剣聖あり   作:ポン酢おじや

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葦名の大将

『迷えば敗れる』

 

 

多くの者達を斬ってきたが、この言葉がわしの全てとなった。

 

 

葦名を追われた幼き頃に相手した雑兵

 

国盗り戦にて相手した田村

 

水のように流れる剣技を扱う巴

 

修羅に呑まれた飛び猿

 

 

僅かでも迷えばこちらが殺られていた

 

しかし最後の最後にわしは隻狼に敗れた。

 

思えば...弦一郎の屍を見下ろしたあの時、わしの心中では僅かに迷いが生じた。

 

だが我が孫が命を使ってまでも、わしに一つの願いを託したからには応えぬわけにはいかぬと迷いを払った気でいた。

 

そんなわしと違い、隻狼は迷わず九郎の願いを果たす為だけに刀を振るった。

 

今思えば彼奴と対峙した時点でわしの敗けは決まっていたのかもしれん。

 

 

しかし、そんな敗けを匂わせた戦だったが...

 

 

まこと血が滾ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明かり一つ無い黒い空。

命を感じぬ樹木。

時折漂う人魂。

 

人の世では決してありえない森に、一人の男が現れた。

 

その男はボロボロで黒く汚れた藍色の羽織と袴を着ており、背が高くかなり痩せた老人だった。

頭には三叉槍のような立物がついた兜を被っており、左目には痛々しい刀傷があった。

 

そして腰には長い鞘をさして、右手には両刃で蓮の鍔がある長刀が握られていた。

 

この男の名は葦名一心。

戦国末期で剣聖と呼ばれた豪傑である。

 

 

 

一心はゆっくりと目を開けた。

 

目を動かし、辺りを見渡す。

 

「.....ここはどこじゃ...」

 

一心は見覚えの無い風景を見ていると、すぐにその視線は自分の腹に移る。

 

腹には大きな傷が残っており、さらに手で自分の首を触ると太い傷があることに気づく。

 

「...隻狼め...見事なものだ」

 

一心は立ち上がり、持っていた刀を鞘に戻す。

 

「となると...ここはあの世か」

 

一心は再び辺りを見渡すが、人どころかここには生命の気配すら感じられない。

 

何かおかしいこの場所だが、彼は全く驚いていない。

 

「カカカッ...面白き場所よ。さぁて、三途の川は何処か」

 

一心は兎にも角にも歩き始める。

あまり死後については詳しくないが、彼はこの怪しげな森を抜ければ何かあるかもしれぬと考えた。

 

 

 

 

 

 

暫く歩くが、景色は変わらない。

冷たい風が樹木や一心の羽織を揺らし、時折見える漆黒の空は一層ここを不気味にさせる。

 

「ふぅむ...珍しき場所じゃ...人はもちろん虫すら居らぬ」

 

一心は諦めずに歩くと、奥から青い光のようなものを見つける。

一心は青い光など怪しいと感じるも、同じ風景を何度も見るよりはマシとそこに向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

青い光が近づくと、その正体は青い火が灯された燈籠だった。彼はいくつもの燈籠で照らされた長い階段に辿り着く。

 

「青き炎...実に美しい。赤き炎とは大違いじゃ」

 

一心は階段の上を見つめると、ゆっくりと階段を登り始めた。

 

 

 

長い階段をようやく登りきると、目の前には高身長の一心ですら驚く程の巨大で花一つ実っていない枯れた大木がそこにあった。

大木には一つの注連縄に縛られており、広い広場の中心にまるで戒めのように植えてある。

 

「見事な樹じゃ...咲けば美しかろうに」

 

一心はゆっくりとその大木に近づいていく。

すると巨大過ぎて見落としていたが、樹の根本には柵で囲われた場所があることに気づく。

「んん?...なんじゃこれは」

 

柵の内側には何もなく、桜の花びらがほんの少し落ちているだけだった。

 

「桜か...つくづくわしは桜に縁があるな...」

 

すると一心は後ろにいる何者かに気づき、ゆっくりと刀を抜いて振り向く。

 

「...何者じゃ」

 

振り向いたその先には、一人の少女がいた。

白く短い髪に、緑色の見慣れない服を着た少女がそこに立っていた。

そして少女の背中には、一心の持つ刀と同じ長さ程の刀、そして小太刀の二本を背負っている。

一心と比べ、遥かに背の低い少女には似合わぬ物だった。

 

 

女子(おなご)か...」

 

一心は相手が小さな少女だとわかっても、刀を鞘に戻さない。

どんな相手であれ、刀を持つ相手に警戒を解くわけにはいかない。

 

「ここは立ち入り禁止です。すぐに出ていってもらいましょうか」

少女から発せられる可憐な声には、明らかに敵意と怒りが込められている。

そしてその一言だけで、一心の心にはある確信を持った。

 

 

強い

 

 

目の前の少女は見た目からは想像できぬ相当な手練れの剣士であり、葦名の道場にいた剣士達よりも遥かに格上。

一心は既に死んでいる。

 

しかし彼の貪欲なる強さへの渇望は、死んでからも治まらない。

 

 

「さて...どうするか」

「どうするも何もありません。すぐに立ち去ってください」

「断る...と申したらどうする」

「そうですか。なら」

 

少女は背中に背負った長刀を鞘から抜いて、一心に刃を向ける。

 

「魂魄妖夢、参ります」

「名乗りか...カカカッ!面白い!ならば...葦名一心、お主の実力を見てやろう」

 

 

 

 

明らかになめられた態度に、妖夢は足に力を込める。

 

相手は人間。

対してこちらは半人半霊。

刀を持っているが、人間では力はもちろん速さにすら敵うかどうか怪しいものだ。

 

妖夢は地面を思いきり蹴り、一瞬で一心の元へ移動する。

並みの剣士なら刀で受け止めることもできずに斬られてしまうだろう。

 

しかし今回は違った。

 

妖夢は知らなかった。

 

目の前の男は幾度となく死闘を重ね、貪欲に強さを求め、あらゆる技を飲み込む怪物であると。

 

一心は妖夢の刀をいとも簡単に受け止める。

さらに人間でありながらも、彼は妖夢の力に負けぬ強さだった。

その痩せた体、細い手首からは想像もできない。

 

「な、何者なんですか...!」

「中々の力...女子とは思えぬ」

「このぉ!!」

 

妖夢は一心の刀を受け流し、構えを変えて突こうとする。

しかし彼は妖夢の攻撃を弾き、左腕の肘で彼女を突き飛ばす。

そしてすぐさま彼女の腹を目掛けて刀で突いた。

 

妖夢はすぐさま回避し、一心と距離をとる。

 

しかし一心は体を少し屈むと、一瞬で距離をとった妖夢へと近づき刀を振り下ろす。

 

彼女は何とか受け止めるが、驚きの連続で明らかに顔に焦りが見える。

 

「強い...!」

「むぅん!」

 

一心は妖夢を刀ごと押しきると、彼女の足元目掛けて刀を横に振るう。

彼女は背負っていた小太刀を直ぐ様抜いて、一心の下段攻撃を受け止めた。

そして長刀を一心目掛けて振り下ろすも、彼は直ぐ様防御し攻撃は弾かれる。

 

「仕方ありませんね...!」

 

妖夢は再度距離をとり、長刀を鞘にしまった。

一心はすぐに彼女は居合い攻撃をしてくると判断する。

 

「現世斬...!」

 

妖夢は敵の視界から消えるほどのスピードと同時に刀を抜いて一心へ攻撃する。

斬られた瞬間流石に彼でも後ろに吹き飛ばされるが、すぐに何も無かったかのように立ち上がる。

 

「ふ、防いだ...!?」

 

妖夢は一心へ攻撃した瞬間、大きな金属音を聞いていた。

 

彼女渾身の居合いですら彼は防御したのだ。

 

「...速い...見事じゃ」

「ま、まぐれに決まってる!」

 

妖夢はもう一度鞘に刀をしまい、再び構える。

 

「カカカッ...中々滾るではないか...」

 

すると一心も刀を鞘にしまった。

妖夢と同じ居合いの構えをしたのだ。

 

「なめるな...!」

 

妖夢は突進し、刀を抜こうとした。

 

しかしその瞬間右肩に衝撃が走る。

 

「...え?」

 

妖夢は目の前に赤い液体が散らされた光景を見た。

そして自分の右肩を見ると、血が溢れ出ている。

 

「み、見えなかった...」

 

妖夢はまだ刀を抜いていない。

対する一心は既に刀についた血を払い、鞘にしまおうとしていた。

 

「まだまだじゃ。精進するがよい」

「くっ...」

 

妖夢はその場で膝を地面につける。

 

「まだ...まだ終わっていません!」

 

彼女は直ぐ様立ち上がり、刀を構える。

一心はその勇ましい姿を見るも、彼の血は既に冷めていた。

 

「終わりじゃ」

「まだ私は倒されてません!」

「...仕方なし」

「いきます!!」

 

妖夢の覚悟をみるや一心は、刀を再び抜き妖夢の前に立つ。

 

「参れ」

「はぁぁぁ!!」

 

妖夢は文字通り全身全霊で一心を攻撃する。

長刀を使って広い範囲攻撃。

小太刀を使った奇襲。

二刀流による連続攻撃。

 

しかしどれも一心に弾かれる。

 

妖夢は通常の攻撃では弾かれてしまうと判断し、小太刀と長刀を構えた。

 

「断霊剣!成仏得脱斬!」

 

二つの刀を交差するよう斬ると、彼女の目の前で桜色に光る巨大な柱を出現させる。

 

流石にこれにはあの男はただではすまない。これを機に反撃に撃ってでる。

 

 

 

そう思った矢先

 

 

 

桜色に光る柱から白く半透明な線が彼女の体を再び斬り裂いた

 

 

「カハッ....」

 

妖夢は何がなんだかわからず、その場で崩れ落ちる。

柱が消えると、奥に居合いの構えから刀を抜いた状態の一心がいた。

 

「真空波...?」

 

一心は刃を飛ばしたのだ。

秘伝竜閃である。

 

彼はゆっくりと妖夢に近づいていく。

 

「...女子相手に使うつもりはなかったのじゃが...使わねば危険と思ったものでな」

 

妖夢は刀を支えに立ち上がる。しかし二回も斬られ、血が止まらぬこの状態ではもう戦えない。

 

苦しむ表情の彼女を前に、一心は刀を鞘にしまう。

 

「これで終いじゃ。手当をするがいい」

「!」

「さて、お主...聞きたいのじゃが、ここは何処か」

妖夢は答える前に倒れてしまった。

 

「答えられぬか...ならばあの階段を降りるとするか」

 

一心は倒れた妖夢を通り過ぎ、階段へ向かう。

 

 

しかし彼は歩みを止める。

妖夢は再び立ち上がっていた。

 

「...立つか」

「このまま引き下がれません...!」

「...良かろう」

 

一心は妖夢の方へ振り返り、渋々刀を抜こうとする。

その表情は誰から見ても嫌そうな顔だった。

例え相手は剣士だろうと小さな女子。

だが覚悟は本物だ。

 

ならば斬らねば彼女に失礼であろう。

 

 

しかし一心の刀を掴んだ手に、細い手が乗せられる。

 

「!」

「そこまで」

一心は横を見るといつの間に接近してのかわからなかったが、そこには美しい女性がいた。

桜色の綺麗な髪に、どこか儚げな顔立ち。

白と水色の着物で身を包み、命を感じさせぬ気配。

 

一心の顔には一滴の汗が垂れていた。

 

彼から見ても、その女性はどこか不気味に思わせる。

 

「何者じゃ」

「そこにいる可愛い剣士の主人」

「ほぉ...お主が」

「試合はこれでおしまい。これ以上あの子の血は見たくないの」

「...よかろう」

 

一心は鞘にしまい、刀から手を離した。

そして彼はフラフラの妖夢を見る。

 

「中々楽しめた。良き剣士じゃ」

「.....」

「さて、お主の名は」

すると不気味な女性が一心に説明し始める。

 

「魂魄妖夢って名前」

「魂魄...知らぬ名だ。どこの生まれじゃ」

「冥界ね」

「冥界...?」

「つまりここ」

「ここは冥界と申す場所か」

「...あれ?驚かないの」

「...驚く?何故じゃ」

「ここ、死人が来る場所よ?」

 

女性の言葉に、一心は思わず吹き出す。

 

「...カカカッ!まさか死人が訪れる場所でも戦えるとは...面白い!」

「変な人ね...そうだ。貴方私の屋敷に来ない?」

「ほう、お主の屋敷がここにあるのか」

「貴方の腕を見込んで頼みたいことがあるの」

「...よかろう!」

「じゃあ決定ね」

 

すると女性はボロボロの妖夢に近づき、あっという間に彼女を抱き抱える。

 

「ちょ!?幽々子様!?」

「はいはい動かない。怪我してるんだから」

「じ、自分で歩けますよ!」

「駄目」

「幽々子様~!」

 

二人は階段を降りていき、一心もついていく。

 

 

 

 

 




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