深夜廻戦   作:フールル

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 長らくお持たせしました。
 別にエタった訳ではなくて、執筆の時間と気力をしばらく取れないような日が続いた為です。

 更新のない中、ご愛読と感想を送ってくださった読者さんには感謝の言葉を申し上げます。

 ありがとうございます。

 では、では、どうぞ。


三夜目

 月が空の天辺に昇っている。

 ハルと乙骨は再び図書館前の駐車場まで来ていた。

 館内の電気は消え、道路脇に立つ街灯だけが暗い闇の中を照らしている。

 昼間は鮮明に見えた図書館の全貌がぼんやりと闇に浮かぶようにしか見えない。

 

「こちら乙骨君の懐中電灯になります」

「ありがとうございます」

 

 伊地知から乙骨に懐中電灯が手渡された。

 よく手に馴染む、握りやすい形状だ。

 と、そこで乙骨は首を傾げた。

 "懐中電灯が支給されるのは自分の分だけなのか"

 疑問に思ってハルの方を見れば、ハルは既に首に吊り下げるタイプの懐中電灯を用意して不備がないか確かめている。

 準備が良い。

 ひょっとして、最初から夜の図書館に忍び込むつもりだったのではないかと思うくらいには。

 ポカンと口を開けた乙骨に懐中電灯の不備の有無を確認したハルが歩み寄る。

 

「乙骨君、里香ちゃんの気配って小さくすること出来る?」

「里香の?」

「うん、帳にも反応するくらい警戒心が強い呪霊だと里香ちゃんが近づくだけで怯えて隠れてしまうかもしれないから」

 

 幼い頃から里香に憑かれてしまった乙骨には分らない話になるが、乙骨の側に立つと顕現前の状態でも稀に里香の呪力が肌を逆撫でる様に周囲を威圧する時がある。

 同級生との初対面の際に顔面すれすれに薙刀を突き付けられた出来事を乙骨は思い返した。

 一触即発、交戦一歩前であった訓練を受けている友人達ですら、あの対応だ。

 呪術に反応を示す警戒心の強い呪霊ならなおさらなのだろう。

 "出来るかどうか分らないけど……"

 ハルに返答し、乙骨は内に語り掛ける様に里香にお願いをしてみる。

 出来るだけ小さく、大人しくして欲しいと。

 

「わかった。憂太、頑張ってね」

 

 里香の快諾が得られた。

 自分ではどのように変化したのか分らない為にハルの方を見れば、ハルも乙骨の視線に応える様に満足気に頷く。

 ただ、それだけでは足りなかったのだろうか。

 首下で揺れるライトに照らされるように手には拳代の大きさのムカデ印の布袋が握られていた。

 その袋を伊地知に預けると、封を解いて中の粉を一握り、二握り、乙骨にパッパと掛けていく。

 

「ハルちゃん?」

「一応やるからには念入りにやらないと」

 

 振りかけられていたのは清めの塩。

 乙骨に憑いた里香の匂いを打ち消すために撒いたらしい。

 ファブリーズか何かかな。

 制服に鼻を当てるが悪臭が鼻に突くことはない。

 自覚しないまま消臭剤を念入りに振りかけられた気がして、乙骨は僅かに胸を痛めた。

 

 これ、預けるね。

 と、塩の入った布袋を受け取った乙骨は学生服のポケットに入れる。

 その際に伊地知が耳打ちをしてきた。

 

「乙骨君、ソレ、私の一カ月の給料を叩いて買えるかどうかの貴重品なのでどうか丁寧に扱ってください」

 

 なんてものを気軽に渡すのだ。

 肝を冷やしてポケットの中身が零れ落ちないように念入りに奥に仕舞い込んだ。

 

 玄関は電子錠が掛かっている為入れない。

 無理にこじ開ければ警報が鳴って、探索どころではない。

 ハルと乙骨が図書館の外壁に沿うようにぐるっと歩き、立ち止まった場所は小さな窓が付いた外壁の一角だった。

 

「ハルちゃん此処は?」

「館内にあるトイレの一か所、埃が積もっていたから普段から開閉してないと思って鍵だけ開けてたの」

 

 乙骨が手を伸ばし、窓を横に動かせば軋むような鈍い音を立てたが確かに窓は開いた。

 小さい窓だ。

 子供一人通れてやっとだろうか。

 当然乙骨の侵入経路にはなりそうもない。

 乙骨がハルの方を窺うように見れば、言葉にしなくても考えが伝わったのか、ハルの頷きが返ってきた。

 

「私が入ったら乙骨君は大きな窓辺まで来て、内側から開けるから」

 

 視線を窓に戻し、背伸びをして窓枠に手を掛けようとしたハル──だが、手が届いてなかった。

 プルプルとつま先立ちで震えながらも懸命に手を伸ばすが、届かない。

 昼間、室内から見下ろした地面との距離が外から見るのでは違う。

 ハルの想定ではギリギリ届くくらいの高さだった。

 

「あの……ハルちゃん、手伝うよ」

 

 眉をハの字にしたハルを見るに堪えなくなって、乙骨は提案する。

 用意した侵入経路は此処しかない。

 窓から乙骨に振り返ったハルはその提案に乗るしかなかった。

 

「大丈夫? 重くない?」

「うん、全然」

 

 脇の下に手を差し込んで持ち上げるわけにはいかず、自分の首に手を回して密着したハルの腰を腕で持ち上げる様に乙骨はハルを抱き上げた。

 腕にかかる重さは心配するハルに反して乙骨にすればそれは軽く思えるものだ。

 同年代とはとても思えない。

 ただ、ハルと密着した時から自身に憑いた里香の機嫌が悪くなってきた。

 このまま時間を掛けすぎるのは良くなさそうだ。

 持ち上げられているハルも雰囲気を感じ取ってたか、顔色が悪くなっている。

 乙骨が手早く窓のサッシにハルを持ち上げると、ハルはするりと窓の内側に潜り込んだ。

 

「ありがとう」

 

 それじゃあ、私大きな窓のところに行ってくるね。

 そう言い残してハルの姿が闇の中へ溶けていった。

 ”大きな窓辺のあるところへ行こう”

 

 

「っえ?」

 

 乙骨の踏みだした足が急に重くなる。

 見下ろせば足にしがみつく里香から咎める視線が向けられていた。

 

「えっと……ごめんなさい」

 

 何故怒っているのか。

 その理由を乙骨は察することが出来ず、ただ里香が怒っているのは確かなのでなんとなく謝る事しか出来ない。

 そんな態度が気に食わないのか足にかかる重圧が増す。

 里香のご機嫌取りに乙骨は時間を要した。

 

 

 ナニか……不気味だ。

 大きな窓から図書館内に侵入した乙骨は昼間の時とは一変した内部の様子に心許ない気持ちに襲われた。

 先の見えない静かな暗闇はそこにナニかが居る様な怖れを抱かせる。

 そう思うのは目の前で懐中電灯を揺らしながら慎重に歩くハルの姿が目の前にあるのも一因していた。

 足音を殺し、辺りを窺うように図書館を歩く姿は昼間の時とは全く違う。

 乙骨自身もハルの動きに合わせる様に懐中電灯を向けて周囲を警戒するが何も感じ取れない。

 

 それに気づいたのは図書館探索をして暫く時間が経った時だ。

 縁を辿るハルの指示に従って、本棚の波を越え本を抜き取っては確認して元に戻すを繰り返す中響く足音に乙骨は違和感を覚えた。

 本棚を縫うように歩く二人。静寂の中で本に吸い込まれていく二つの足音。

 一つは自身のモノだ。

 では、遅れてくるように響くこの足音は? 

 

「……誰もいない」

 

 勢いよく後ろを振り返りライトを向けるが光が照らすのは何も変哲の無い本棚だけ。

 得も知れないナニかに乙骨の鼓動が高鳴る。

 まさか怖気付いている? 

 幼子の様に心細くなった自身を省みて乙骨は瞳を揺らす。

 怖い。

 怖い。

 闇が、暗闇が怖い。

 ともすれば 腰を抜かし足を折りそうなくらいに。

 

「乙骨君?」

 

 後ろに追従する気配が失せたのを感じ取ってか、ハルは振り返り青い顔した乙骨に歩み寄る。

 大丈夫? と、顔を覗き込むハルに乙骨は平静を取り戻した。

 今、自分は一人ではない。その安心感が怖気付いた心を鎮める。

 乙骨は今自身の感じ取ったことをハルに包み隠さず話した。

 笑われるだろうか。呪術師である自身が暗闇に怖気付いたなんて聞いたら。

 

「乙骨君は……お化けを克服して来なかったんだね」

「お化け?」

 

 不安に表情を曇らせた乙骨をハルは優しく微笑んでその感情を抱きとめる。

 お化け。

 呪霊とは似て非なるモノ。

 聞き馴染みはあるけれど、此処でその言葉を聞くとは思わなかった乙骨は首を傾げた。

 そんな乙骨の様子を見てハルは周囲をライトで照らし、ナニもいないことを確認してからゆっくりと子供に言い聞かせるように説明を始めた。

 

 お化け。

 四級呪霊以下の怪異に類する存在。

 出現条件は夜。

 そしてその暗闇に対してナニかいるかもしれないと怖れを抱いた者がいなければならない。

 夜を怖がれば怖がるほどお化けに遭い易くなり、呪霊と一緒で見えることが露呈したら積極的に接触を図って来る。

 

「本来なら小さい頃から成長するにつれて夜への恐怖が薄れていくんだけど……乙骨君は特殊なケースだったからかな」

 

 簡単に説明を終えたハルは微笑んだまま、乙骨の顔から右足付近に視線を移す。

 乙骨の目でもぼやけて見える幼い里香の姿。それをハルは見ていた。

 その瞬間だけ表情が曇って見えたのは気のせいだったのだろうか。

 暗闇の中、ぼんやりと見えるハルの表情を乙骨は正しく確認することは出来なかった。

 

「今は呪力を用いて追い払う事が出来ないから、もし困ったことがあったら渡した塩を使ってね」

 

 慣れれば問題ないんだけど、すぐには無理だと思うから。

 そう言って本棚の一角、そこに手を伸ばしたハルは一歩踏み込んだ後に、すぐに一歩後退する。

 その動きに釣られるように何もない本棚からにゅっとたくさんの白い手がうじゃうじゃと伸びてもぞもぞと動く。

 視覚的に気持ち悪い様もあったが、あまりにも慣れた様子のハルに乙骨は呆気に取られた。

 

「ちなみにこの手に実体はないから気にしなくていいよ」

 

 怖れを知らぬように伸ばしたハルの手が本棚に生えた手に伸ばされて──そのまま素通りした。

 固まった乙骨をそのままにハルのお化け解説が続く。

 

「乙骨君が言った後ろについてくる足音の主も、害はないから安心して」

 

 乙骨の背後に回り、ハルが床を照らせば赤くインクが滲んだ様な足跡が残っている。

 姿の見えない足音の主が残した痕跡。

 それをハルは何でもないような目で眺めた後、再び乙骨の正面へ移動した。

 

「それじゃ、行こっか」

 

 ハルのお陰で乙骨の心細さは晴れた。

 だが、何処か喉に骨が刺さったような違和感を覚えながらも乙骨は先を行くハルについて行くのであった。

 

 

 

 お化けという存在を認識してから乙骨は先頭を歩くハルの行動一つ、一つにしっかりとした意味があったことを理解した。

 視界180度を照らす様に首に掛けられた電灯を振るのは前方にいるお化けを見逃さない為に。

 足音を消す様に歩くのはお化けを刺激しない為に。

 時々進路が迂回するのはお化けが通路を通せんぼしている為だった。

 そうしたハルの歩き方を乙骨は見様見真似で実践している。

 遭うお化け全てが音に敏感だということが分かり、出来るだけ足音を消す様に歩く。

 顔の横からにゅっと手が出てきたり、鼻の先を通り過ぎる様に本棚から本が飛び出してくることがあった。

 その際は飛び出しそうな悲鳴を必死に口の中に止め、高鳴る鼓動の音を鎮めることに注力した。

 そうして図書館の中を練り歩いた二人が足を止めたのは、壁の一角に設けられた両開きの扉の前である。 

 昼間には立ち寄らなかった場所。

 この先に呪本があるのか。

 ハルの様子を見守る乙骨の視線の先でハルがドアノブを握り──首を傾げた。

 

「どうしたの?」

()()()()()()()()()

 

 ハルがドアノブを捻り、前へ押せば当たり前の様に扉が開く。

 扉の先はまたもや本棚が並んでいるが、その雰囲気は無機質なモノとなっている。

 開架とは違い書庫は職員しか基本出入りしない為、施錠がキチンとされていてもおかしくない場所だ。

 偶然か。それとも誰かの意図か。

 謎を残したまま、二人は扉の中へと足を踏み入れた。

 

 

 ナニか空気が違う。

 書庫の中をハルに先導され、歩く乙骨はこの場に漂う雰囲気が先ほどまでとは一変しているのを感じ取った。

 視界は変わらず懐中電灯の明かりのみ。

 周りを闇に囲まれた状態は依然として変わらないものの、お化けの出そうなあの底の知れない闇とは何かが違う。

 それを裏付けるように書庫に入ってから一度も二人はお化けに遭遇していなかった。

 

「こっちっ」

「っえ?」

 

 突然、ハルが乙骨の手を取り本棚との本棚の間の通路を通り別の通路へと急かすように入り込む。

 そのまま本棚を背にナニから身を隠す様にしゃがみ込み、息を殺す。

 乙骨もハルに倣うようにしゃがみ込んだ。

 

「どうしたの?」

「しぃー……懐中電灯の電気を消して」

 

 乙骨の疑問は唇の前に人差し指を持って来られて黙殺された。

 ハルの指示に従い懐中電灯の電気を消す。

 その直後、先程まで二人が歩いていた通路に二つの光の筋が通った。

 コツコツと革靴が床を叩くような音が一定のリズムを奏でて響く。

 この時には乙骨もハルと同じように息を殺して身体を縮こまらせていた。

 警備員か。いや、そんな筈はない。

 この身に襲う背筋を逆撫でる様な悪寒。

 呪霊だ。

 想定していないケースだ。

 武器である刀は伊地知の車に置いてある。

 手元にあるのは、呪本捕獲用の呪符とハルから手渡されたご利益のある塩のみ。

 これらではあまりにも頼りない。

 帳を張っていない状態で里香を顕現するわけにもいかない。

 そうなれば今度こそ、乙骨は呪術界から処刑が言い渡されるに違いない。

 どっかに行ってくれ。

 分岐路で止まった足音の主に乙骨は願う。

 光が左右に忙しなく揺れる様子から相手が警戒心を持っていることが見て取れる。

 まさか自分たちを探しているのか。

 乙骨の頬に汗が垂れる。

 ふっと分岐路で揺れた光が二人が通った分岐路の方を射した。

 

 来るな。

 来るな! 

 来るな!! 

 

 祈る事三度。

 果たしてその願いが通じたのか、光は別の方向を向きそのまま靴音が遠ざかって行った。

 肩を撫で下ろす二人。

 懐中電灯を点け、そのまま立ち上がると顔を見合わせて頷き合う。

 この場に長居するのは避けよう。

 言葉は交わさずとも合意された意思決定。

 歩調を早め、その上で警戒を強めて二人は書庫の探索を再開した。

 

 

 速足で歩く事数分、本棚の一角でハルが立ち止まった。

 右手にあった本棚を注視し、タイトルを目で追うように探している。

 

「これ……かな」

「分かった」

 

 乙骨はハルに指差された本を抜き取った。

 背表紙、表紙共に日焼けして掠れてしまっている。

 如何にも年季モノな本に支給された呪符を張る。

 一度中身を開いて確かめたい気持ちに乙骨は襲われたが呪本ということもあり、読んだらナニが起こるのか想像もつかない為に、好奇心は恐怖心に勝る事はなかった。

 それにこの場で呪本を開いてナニか騒ぎが起きたら、一度はやり過ごしたあの呪霊に見つかる可能性もあった。

 

「早く帰ろう」

 

 乙骨の言葉にハルは頷く。

 踵を返して一直線に書庫の入り口を目指す。

 お化けのいない書庫はとても歩きやすく、幸いにも呪霊にも遭うことなく二人は扉の前まで来れた。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

 

 ドアノブに手を掛けた乙骨が声を上げる。

 鍵は掛かっていない。それは入る時に分かっている筈だ。

 なのに、乙骨が力を込めてドアを引くがウンともスンとも言わない。

 

()()()()()()()

 

 閉じ込められた。

 ハルは勢いよく後ろを振り返ると警戒心を強めて周囲をライトで照らす。

 何もいない……いや、ナニかいる!?

 強まる呪霊の存在感。だが、姿が見えない。

 

《こんばんは、少年少女の諸君。書庫の無断貸し出しはマナー違反だ》

 

 しわがれた様な声と共に突如として光が二人へ照射される。

 二人の視界は真っ白に塗りつぶされた。




 毎度のことながら誤字脱字報告ありがとうございます。以下順不同、敬称略。
 赤頭巾、烏瑠、甲乙。

【だいじなもの】

➡百足印の塩袋。
 ある地域のショッピングモールの屋上にある小さな神社に勤める巫女さん(不定期雇用のアルバイト)から買えるご利益のある塩。
 万年人手不足な呪術界において一般人でも低級呪霊程度なら追い払えるこの塩はとても重宝されており、常に品薄で値段がつり上がってしまっている。
 もはや10円で貰える品物ではない。
 なお、ハルは贔屓にされており、ワンコインで購入できる。
 利益は全て神社再建の為の費用に回されていることをハルは知っている。

 しおのしょじすうがふえる。
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