ファーストミッションも締め括りに入ります。
呪術廻戦の二次なのに一向に呪術でバトらない小説があるって、ほんとうですか?(自虐)
「っ!?」
暗所からの突然の逆光。
目を閉じることが間に合わず、二人の視界は白に染められてしまった。
目と鼻の先に呪霊がいるというのに。
不味い。
あまりにも無防備。この隙に付け込まれたら一溜まりもない。
呪本は既に確保しているので里香の呪力を隠蔽する必要はなくなった。
口を開き里香へ指示を出そうとした矢先、乙骨の足首がナニかに掴まれる。
「っぐ、ぇ!?」
予想外の引力。
両足ともにバランスを崩し、冷たいタイル張りの地面へと背中を打ち付けた。
乙骨がしっかりと受け身を取れたのは普段の稽古故か。
急いで上体を起こそうとするがナニかに掴まれ、押さえつけられているのか腰から下が動かない。
藻掻く乙骨にため息をつくように呪霊は口を開いた。
《少年、私は君たちと戦いに来たわけではないんだ。ちょっと脅かしたからって喉元に銃口を付きつけようとするのは勘弁願いたいのだがね》
”眩しかったんだろう。ごめんよ”
そう続けた呪霊が爛々と輝いていた双眸の出力を落とす。
少しの時間を置き、ようやく目が慣れた乙骨は上体を持ち上げ、視線を向ければナニをするわけでもなくそこに呪霊が佇んでいた。
闇夜に浮かぶ不気味な嘴マスク。鈍く光る眼がマスクの奥にあるのが見える。
烏羽を彷彿させる黒いコート。
異常に長いひょろりと伸びる足と革靴。
片手には杖。
一見ヒトと見間違えそうな呪霊であった。
《お嬢さん、私に交戦の意思はない。だからそのポケットから物騒なモノを取り出して欲しくないのだよ》
「……」
呪霊の言葉に乙骨がハルへ視線を向けると片手をポケットに入れた状態のまま、地面から伸びた白い手に肘を掴まれている。
あのお化けは無害ではなかったのか。
ハルと同じように自身を拘束する幾重にも伸びた白い手を何故今になってと見つめる。
《やれやれ、一般人と思ったら呪術師で、その上厄種持ちとは……早々に引き払うべきだった》
「では、なんで今になって僕たちの前に出てきたんですか」
そのまま、隠れていても良かっただろう。
肩をすくめて独り言ちる呪霊に乙骨は問いかけた。
依然として二人とも呪霊の手に掛かった状態だ。
交戦の意思がないという言葉を信じる信じないを置いて、状況の打破は図らねばならない。
内心焦る乙骨であったが、それは呪霊側も同様であった。
はっきり言おう。正面から二人を害そうとすれば圧倒的不利なのは呪霊の方であった。
あと一歩、乙骨へ踏み込めば途端にとんでもない圧力をかけてくる乙骨に憑いた霊に取り殺される。
ハルの方もナニか嫌なモノを匂わせる雰囲気がある。
一見状況優勢なイニシアチブを握っているように見えても、簡単に引っ繰り返される地力が二人にはあるのだ。
《少年、対話に応じてくれてありがとう。少々手荒に扱ってしまってごめんよ、私も私なりに理由があってね……》
ぺこりと礼儀正しく頭を下げる呪霊に乙骨は、目の前の呪霊がホントに呪霊なのか疑問視してしまった。
それほどまでに何処か人間臭く、呪霊にありがちな粗暴さや邪悪さから離れていたからだ。
《私が此処に滞在する間にマナー違反を起こした人間にちょっとした注意を入れる約定でね……君達が書庫から持ち出そうとしているのは、その際に私が作った仕事道具なのだよ》
そうだったのか。
乙骨は地面に転がった呪本を見つめる。
全てこの呪霊が裏で糸を引いていたのだ。
限定的な少数の霊障被害者。軽度に抑えられた被害。
呪霊の言葉をそのまま信じるのであれば、全てが繋がる。
呪霊はその呪本を拾い上げると埃を払う様に数度叩き、依然として地面に不格好な姿で横たわっている乙骨へと差し出した。
《交渉しよう、少年。想定していたよりも早く私の存在が暴かれてしまった。コレを君へ渡す代わりに君たちは私の事を見逃してくれないか》
呪霊の言葉に乙骨は戸惑うしかなかった。
どうすれば良い。
答えに窮して
里香を頼れば現状の打開は出来るが……刀もない状態で力を借りればどうなるかは想像に容易い。
何度も繰り返されたように呪霊側に交戦の意思はない。それどころか、白旗を振って呪本を渡すと言っている。
事が穏便に片付くのであれば……。
暫くの熟考の末、乙骨は首を縦に振った。
《ありがとう、少年。君が話の分かるヒトで良かった》
縛りは成った。
差し出された本を乙骨はお化けの拘束が解け自由になった右手で受け取る。
満足気に何度も頷いた呪霊はそのままクルリと乙骨達に背中を向け、暗闇の中へと歩みを進める。
《それでは少年、お嬢さん、良い夜を》
そう言い残して呪霊は闇へと溶けていく。
残されたのは乙骨とハルだけ。
転んだ際に手から零れ落ちた懐中電灯が何もない闇の奥を照らしていた。
「ハルちゃん、ありがとう。コレ、返すね」
「うん」
図書館の窓から外へ出て、伊地知の待つ駐車場に戻る最中、乙骨は借りた布袋をハルへと手渡した。
街灯の明かりが二人を照らす。
後ろから聞こえた足音は、もういない。
手に握られた一冊の本を見ながら悶々とした胸中を明かすように乙骨は口を開いた。
「本当に見逃して良かったのかな……」
「……」
立ち止まった乙骨をハルは傍らで見上げる。
この様な結末で納得出来たか。否、出来る訳もない。
あの選択が最良だったのだろうか。もっと別の手段があったのではないだろうか。
あの呪霊が今後ヒトを苦しませるかもしれないのに、その芽を摘み取らず誰も傷つかない結末を望んでしまったことを呪術師として、
何度も呪霊とのやりとりを思い返して不安に駆られて揺れる乙骨の心。
自己肯定感の低い彼にとって、何かを選択するという責任は途方もなく重い。
それが今、解答の分らない問題であったとしても。
だからこそ、此処で
肯定、否定、どちらでも──違う。出来れば肯定して欲しかった。
間違ってなかったよ、と。
「私は……」
後ろ向きな、不安の色を浮かべた乙骨の視線を受けてハルは答えに窮した。
真希なら尻を蹴っ飛ばして、ウジウジするなと笑うだろう。
パンダ、狗巻なら寄り添って共に悩んで、そうして納得のいく肯定を導きだすだろう。
ハルは……先の事を楽観して捉えて笑うことは出来ない。
いつだって、思いもよらない場面で悲劇の芽が芽吹いて、誰かを傷つける。
先の見えない夜の中を歩くのと同じだ。
生きていくってとてもこわい。
「私は、あの時乙骨君に全てを委ねたから……肯定してあげたいんだけど、ね」
一言一言じっくりと考えながら乙骨の視線に応える為にハルは言葉を紡ぐ。
忘れられないある経験からハルは呪霊と言葉を交わすことはしない。
あの場面で呪霊が交渉役をハルではなく乙骨を選んだのはハルに対話する意思がなかったのを感じ取ったからだろう。
対話することが最良であったとしてもだ。ハルは呪霊と対話することはない。
だから、乙骨に選択を委ねた。
それで乙骨が傷ついて、自身の選択を肯定して欲しいと縋られてもハルはそれを正しかったと認めてあげることが出来ない。
「分らないよ。先のことなんて分らない。乙骨君の選択が正しかったのか、間違っていたのか。私は……私には断定出来ない。だからね」
空いた乙骨の手をハルは右手でぎゅっと優しく握りしめる。
乙骨の目を見つめて、優しく包み込むような笑みと共に励ます。
「もし、乙骨君が先生から怒られる時は私も一緒。誰かに謝る時も一緒。あの呪霊が誰かを傷つけた時は一緒に祓いに行こう。約束するね」
「うん、ありがとうハルちゃん」
「お礼を言われる事なんて……何もしていないよ」
問題の解答は先送りに。
求めていた返事はハルから得ることは出来なかったが、ハルとの約束に乙骨の不安は少しだけ軽くなった。
駐車場に向かう足取りが少しだけ軽くなった気がした。
「……嘘つき」
乙骨の背を眺めながら、ハルは独り言ちる。
約束を交わし、ハルと乙骨の絆の縁はより強固なモノになってしまった。
それをハルは素直に喜ぶことが出来ない。
絆が強く深く結べば結ぶほど
こんな思いを味わうから嫌だったのだ。
だけど、一度でも関わりを作ってしまったのならハルは後悔を残そうとも乙骨に手を差し伸べてしまう。
独りだった乙骨はとても寂しがり屋で。
縋る様に伸ばされた手をハルは払う事なんて出来ない。
そうして紡がれた絆を彼は大事にしている。
同時に
薄暗い気持ちに蓋をしてハルは願う。
"ちゃんと乙骨君と里香ちゃんがお別れ出来る様に"と。
あるところに角が生えた少年がいました。
角の生えていない村人は少年を鬼の血を引いた忌子として忌み嫌い、少年はいつも独りぼっち。
ある日のことです。
村に来た商人が少年を見て、鬼ノ島の話をします。
その島ではみんな少年の様に頭に角を生やして暮らしていると。
村に居場所がない少年は鬼ノ島へ向かうことにしました。
島についた少年は驚きました。
ほんとうにみんな頭に角を生やしている。
少年の身の上話を聞いた鬼ノ島の人々は皆快く少年を受け入れます。
幸せな日々が幕を開けました。
今までの孤独を埋める様に少年はたくさんの友達と共に充実した毎日を過ごします。
そんなある日のこと。
少年がいつもの様に遊び疲れ、帰路へついた時のことです。
バケツをひっくり返したような雨に襲われました。
風邪を引く前に家に帰ろう。
少年は雨の中、駆けだしました。
一瞬の事です。
目の前が白く染まり、少年は地面へ吹き飛びました。
運悪く雷が少年に落ちてしまったのです。
少年が目を覚ました時、雨は既にあがってました。
次の日、少年はいつものように日があがると共に家を飛び出しました。
昨日の帰り際に友達と遊ぶ約束をしていたからです。
大きな樹の下、友達の姿がそこにあるのを見た少年は大きく声をあげて、手を振ります。
友達は何故か手を振り返してくれませんでした。
お前、角はどうした。
少年を指さして友達の一人が問います。
少年の頭には生えていた角が綺麗すっぱりなくなっていたのです。
分らない。そんなことより早く遊ぼう。
笑いかける少年に友達は誰も頷きません。
角無しなんかと遊べるかよ。さっさと出てけ。
心無い言葉と共に少年は独りぼっちになりました。
角がない少年は鬼ノ島の皆から嫌われ遠ざけられます。
失われた絆の痛みに少年は耐えきれず、涙を流しながら海へとその身を沈めました。
「……なんだよ、これ」
宛がわれたホテルの一室、枕元に置かれた一冊の絵本。
その童話をなんとなしに目を通した乙骨は、閉じた絵本をそのまま床へ投げ捨てた。
カーペットの上を一度跳ね、机の陰へと消える本の行方には目もくれず、脱力するようにベッドに横たわる。
ただの絵本だ。
それがどうして枕元に置いてあるのか。
それを冷静に考える余裕など今の乙骨にはなかった。
喉に刺さった骨の様にジクジクと心が軋む。
”忘れろ”
”考えるな”
”早く、早く、早く!!”
枕を濡らしながら、一秒でも早く胸に突き刺さる棘の存在を忘却の彼方に追いやりたかった。
だけど意識すればするほど、乙骨の心は渦を巻いて荒波が吹き荒れる。
考えもしていなかった。否、考えようとはしていなかった。
乙骨が都立呪術高専に編入したのは、里香に呪われた被呪者の立場があったからだ。
里香の解呪に成功し、里香を祓った後の自身は……いったい何者なのだろう。
絵本の少年の様に里香を失った自分を友達は――。
「やめろ!!」
漏れた心の悲鳴は誰に聞かれることもなく、消えた。
乙骨にとって友達は心の溝を埋める生き甲斐なのだから、それが失われる可能性を見たくない。
雷に怯える子供の様に、ベッドの上で身体を丸くなった乙骨はきつく目を閉じて祈る様に寝入った。
闇夜の中、烏羽のコートをはためかせながら呪霊は夜の街道を歩いていた。
空には月が静かに輝いている。
「歪なのだよ、少年。君もその傍らのお嬢さんも」
手に持つ杖を上機嫌に振りながら鼻歌交じりに呪霊はステップを刻む。
とびっきりのサプライズプレゼントを少年は受け取ってくれただろうか。
心を乱し、負の感情に満ち溢れてくれるなら呪霊冥利に尽きるというモノだ。
「私はヒトを呪い殺さないさ、優しい呪霊だからね。だけど、
夜更ける中、一人のヒトを思って呪霊は嘯く。
誰に聞かせるわけでもない。自分に酔う様に自身を含めた世界を物語に見立てて舞台を回す。
それが
「ヒトを喰らうのは何も
”見た目に騙されてはいけないよ。
可愛らしい見た目に反して
くるり、くるりと踊りながら呪霊は謡う。
ああ、楽しみだ。
どうか、どうか満足のいく結末を見せてくれ。と。
誤字脱字報告ありがとうございます。以下順不同、敬称略。
一般ぺおpぇ、SLB、烏瑠。
【たからもの】
➡かなしい絵本
ただ、ただ悲劇が綴られただけの絵本。
物語の結末は全てバッドエンド。
読者の心を揺さぶる為にオーダーメイドされた世界にただ一冊の絵本。
時系列的には原作2話と3話の間です。
夏油さん出したいけど時系列考えると3話時点でいっきに冬に季節が回っているみたいでオリジナル要素付け足す余白も少なそうなので……もう一個オリジナル展開を入れる予定です。