深夜廻戦   作:フールル

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 大変長らくお待たせしました。 
 ではでは、どうぞ。


六夜目

 なんだろう……ナニか変だなぁ。

 首にぶら下げた懐中電灯を振って辺りを注意深く見渡すハルは目に映る光景に違和感を覚えていた。

 以前、廃屋を訪れたのは六年も昔の事だ。

 詳細に覚えている事は限られている。だが、六年前はこのようなモノではなかった筈だ。

 

「なんというか……ヒトの手から離れていたって感じじゃないよね」

「しゃけ」

 

 乙骨の言葉が仲間の心の内を代弁する。

 そう、()()っぽくないのだ。

 直前まで誰かが此処に住んでいたような、生活の痕跡をメンバー全員が感じ取っていた。

 それもかなりマメに手入れされているのか、埃一つないフローリングにはワックスが施され、懐中電灯の明かりを綺麗に反射している。

 このキチンと管理された内装の様子にメンバー全員がチグハグさを感じていた。

 実習に際して訪れた建物は学校や墓地といった有名どころを除けば凡そが寂れているものであった。

 人の負の感情が集積する場所なんて大なり小なり曰くが付くような理由がそこにはあって、ヒトの手から離れてしまった為だ。

 コレはただの呪霊討伐って話で収まらないかもしれないな。

 真希は肩に掛けた薙刀を何時どのタイミングでも振れるようにと柄に手を添えた。

 

「大柱が見えねー、パンダ分かるか」

「全然、色んな気配が混ざり合ってて、どれが大柱か分らないな」

 

 真希の言葉に探知能力に優れたパンダが首を横に振って応答する。

 事前に聞いたハルの説明によりお化け屋敷の主がどのような姿を取っているかは判明していた。

 おかしいな、こんな構造だったかなぁ。

 先頭を歩くハルは明らかに六年前の記憶と合致しないお化け屋敷の構造に表情を曇らせる。

 玄関からずっと左右を壁に挟まれた廊下を歩いているのだが、一向に壁にぶつかる気配がない。

 永遠に続くのかもしれない終わりのない廊下。外観から見た屋敷の幅などとうに超えている。

 空間が歪まされているのは此処にいるメンバー全員が理解していた。

 いっそのこと壁でもぶち抜いて見るか。

 既に相手の腹の中。何も用意された順路に従う必要がなくなった為真希は大柱に至る手段の一つを思案した。

 

「ハル」

「うん、分かってる」

 

 真希の呼びかけにハルは頷いて、前に出る真希達と入れ替わる様に後退する。

 ハルの懐中電灯が複数体の呪霊を照らし出した為だ。

 のっぺりとした人型の黒い影。

 目はなく、顔の部分にはハルの頭くらいなら呑みこみそうな大きな口がついている。

 獲物の接近に気づいたのか呪霊達はグルンと首を回しハル達を視認するとゆらゆらと襲い掛かってきた。

 

「雑魚がワラワラと群れやがって」

 

 前衛を担う真希を中心にパンダ、乙骨が複数の呪霊と白兵戦を──否、一方的な蹂躙を繰り広げられた。

 一刀の下に一撃で葬られる呪霊。

 突き出された拳に風穴を開けられ崩れ落ちる呪霊。

 数の差をモノともせず、近づいてきたモノから一体ずつ祓われていく。

 その様子を口元を露わにした狗巻の隣でハルは見ていた。

 

「なんで呪霊の中に呪霊がいるの?」

「……さぁ? ただ、さっきみたいな雑魚だと気配が薄いのに加えて混ざるから鼻に付きにくいね」

 

 乙骨の疑問に一同は首を傾げる。

 似たような系列を持つ呪霊が群れるのとは訳が違う。

 呪霊の発生は向けられた負の感情が集積して起こるモノであり、呪霊の体内に新たな呪霊が誕生するということは普通起こり得ないことだからだ。

 キナ臭いことになってきやがった。

 予想だにしないナニモノかの意図が絡んでいるのを察知して真希は表情を顰めた。

 私……なにも出来てないや。私が皆を巻き込んだのに……。

 暗雲立ち込めた同級生達の表情にハルは眉尻を下げ視線を落とす。

 

こっち、こっちをみて

 

 誰か呼んでいるの? 

 この場に似つかわしくない幼子の声がハルの耳に留まる。

 目を凝らせば自身に結ばれた縁の一つが右手の壁に吸い込まれていた。

 何かあるのかな。

 ハルは壁の前に立ち、用心深く観察するが何処か変わったところは見られない。

 

「高菜?」

「うん、何かあったような気がするんだけど……」

 

 ハルの様子が気になったのか狗巻の関心がハルへと向けられる。

 それを切欠に他のメンバーの視線もハルに集まった。

 何かありそうだけど……。

 注目されているのを背に感じながら、試しにペタペタと右手で壁を何度も触るが変化は見られない。

 忍者屋敷宜しく隠し扉の一つでも、と思っていたのは見当違いだったか。

 拍子を付けて叩いたりしても何も変わらない。

 

「ぇ?」

「ハル!?」

 

 それは突然の出来事だった。

 ハルの足元──板張りの床が朽ちて折れた。

 何が起きたのか分らないままストンと落ちるハル。近くにいた狗巻が手を伸ばすも空を切る。

 慌てて駆け寄った真希が懐中電灯の光を穴に向けて、中を覗き込む。

 

「……ダメだ、見えねぇ」

 

 まっすぐに伸びる光はそのまま闇に呑まれて消えてしまっている。

 腹の中ならなんでもありだっていうのかよ。

 真希の拳が床を殴りつける。

 ハルが踏み抜いていた筈の床はビクともしなかった。

 呪力を纏わないとダメか? 

 下手しなくとも通常の板張りの床であれば割れている筈だった。

 手応えの無さに真希はタダの力押しではどうにもならない事を悟った。

 つくづく相性が悪いな! 薙刀よりもハンマーを持ってきた方が良かったじゃねぇか。

 壁や床を相手にするとは想定もしていない。

 手に馴染み取り回しの良い武器の選択だったが、今回は裏目を引いてしまった。

 真希の得物の薙刀はその刃だけが呪具である。

 切る、突くは出来ても壁と床では歯が立たない。

 先に刃が欠けてしまうことが容易に想像できる。

 憂太かパンダ……パンダだな。

 呪力を纏った打撃でなければ床を壊せないと想定するならパンダの方が得策だ。

 真希は瞬時に状況を分析し、顔を上げる。

 

「パンダ! いますぐ床をぶち抜いて──どうした?」

「憂太がいなくなった」

「ハぁ!?」

 

 キョロキョロと辺りを照らすパンダのライトが乙骨の姿を探すが見えたらない。

 ハルが落ちるその寸前まで側にいた筈だ。

 意識がハルへ向けられた空白を縫うように乙骨が闇の中へ姿を呑まれてしまった。

 

「ちくしょう、後手後手じゃねーか!!」

 

 真希の焦慮にとらわれた声はシンと静まり返った闇の中へ溶けていった。

 

 

 

「ここは……?」

 

 暗闇に堕ちる浮遊感。

 僅かに続いたそれが終わりを告げた時、ハルは見覚えのない廊下に腰を下ろしていた。

 懐中電灯を天井に向けると、ハルが踏み抜いて落ちた筈の穴は開いていない。

 単純に下の階に堕ちたという問題ではないらしい。

 ハルは辺りを見渡しながらそう結論付けた。

 皆と合流しないと。

 廃屋の構造が過去のモノとは違った為にハルの先導は役に立たない事が判明してしまったが、まだ出来ることはある。

 暗所での戦闘は光源を持つ人が一人でも多い方が良い。

 真希ちゃん、パンダ君、乙骨君は近距離戦闘を主だし、ライト役が狗巻君だけなのも負担掛かるよね。

 独断専行して大柱を討ちに行くよりも逸れたメンバーとの合流に目的を定めたハルは立ち上がり、スカートに付いた埃を払った。

 

「……埃?」

 

 汚れた手を見つめてハルは首を傾げた。

 さっきまでは綺麗だったのに。

 飛ばされる前の手の入った廊下を思い返して疑問が鎌首をもたげる。

 何故六年前までの内装と違っていたのか。

 自分だけが何故此処に飛ばされてしまって、此処の方が六年前の廃屋の雰囲気を持っているのか。

 頭を捻れど、答えを出すには判断材料が足りなすぎる。

 じっとしていても埒が明かないとハルは足音を殺して廊下を歩き始めた。

 だが痛んだ板張りの床は軽いハルの体重でさえも耐えきれないと悲鳴を上げる。

 今度は踏み抜かないよね。

 足元に注意しながら埃の匂いが鼻に付く静寂の闇の中に音を響かせながらハルは進む。

 右手は何が起きても対応できるようにポケットの中へしまって。

 一人で屋敷を探索すること数分。

 お化けが出ないだけで気が楽なハルの左右に揺らすライトが漸く長い廊下の終点を照らし出した。

 廊下の突き当り。壁には細い柄が付いたドアが一つ。そして、張り紙が一枚張られている。

 

《名前を告げてください》

 

 嫌だなぁ。あからさま過ぎるよ。

 注意してくださいと言わんばかりの雑な罠にハルはため息を吐いた。

 試しに無言でドアノブを捻ろうとしたが、ハルの細腕ではどうにか出来そうにないくらいに固く動かない。

 別の道はないのかな……。

 出来れば指示に従って道を開きたくない。

 そんな念を抱いたハルだったが視界の端に映ったモノに目をしばたたかせた。

 自身と関係を結ぶ縁の糸が一本、ドアの向こうへ伸びている。

 誰か此方に飛ばされたの?

 回り道をするべきか。

 歩いてきた道に枝道はなかった。そうなると、新たな道を開拓しながら進むことも視野に入れなければいけない。

 出来れば早く合流したいな。

 時間を掛けている間にもう一人の逸れてしまった友達が危うい目に遭う可能もある。

 強かでそんじゃそこらの呪霊には負けないとは分かっているがナニが起こるか分らない呪霊の腹の中、心配の目が潰えることはない。

 何かあったら干渉を切ろう。 

 紅い裁ち鋏をポケットから取り出して、ハルは目の前のドアを突破することを選んだ。

 親指に裁ち鋏を引っかけてノブを握る。

 

「……ハルです」

 

 少しだけ勇気を持つのに時間は掛ったが、ハルは自身の名前を口に出して右腕に力を込めた。

 どんだけ力を入れても動かなかったドアノブはするりと下に降り、ドアが開いた。

 ……繋がりが生まれていない? じゃあ何のためにこんな仕掛けをつけたの? 

 ハルの目には因果の縁が見える。

 呪霊の指示に従い紡がれてしまった縁はその大半が惨禍を生む悪縁だ。

 先程のドアと張り紙はそれを結ぶ絶好の機会である筈なのに、ドアを開けたハルに縛りどころか縁すら結ばれていなかった。

 おそるおそるハルはドアの内部を窺う。

 未だお化けや呪霊の気配はない。

 窓ガラスや動きだしそうな家具もなく、先程までと同様の壁と板張りの床がまっすぐに伸びる廊下がある。

 そして、その先に再び壁とドアがあるのが見えた。

 なにもないのかな。……けど、何処まで続くの。

 暗闇の廊下を歩き、突き当りで立ち止まるハル。

 先ほどと同じようにドアには一枚の張り紙が落ちないようにしっかりと張り付けられている。

 

《あなたの一番のお友達は誰ですか?》

 

 

 

「右と左、どっちから行く?」

 

 パンダの剛腕によって板張りの床に開けられた大穴。

 穴の先に足場になりそうな板張りの床があるのを懐中電灯で照らし出した真希、狗巻、パンダの三人は躊躇なく飛び降り、屋敷の探索へ繰り出した。

 先程までの終わりのない廊下とは内装が一変、階層跨ぐ階段、部屋を間仕切る壁とドア、暗闇を映した窓が見て取れる。

 ハルと乙骨、逸れた二人を探す過程で三人は廊下を挟んで向かい合うドアを前に足を止めた。

 

 

「いっそのこと両方ってのは?」

「おかか」

「ああ、棘一人片方に突っ込ませて逸れるなんて事が起きかねねぇ」

 

 憂太、ハルは最悪一人でもなんとか立ち回れるが、あたしらはそういうわけにもいかないからな。

 それじゃ、右から開けるぞ。

 真希がドアノブに手を掛けて前に押し出す。

 すぐ後ろでパンダと狗巻が臨戦態勢を取る。

 

「っ!?」

 

 ドアを開け、部屋の中に懐中電灯を向けるよりも早くに自身目掛けて飛来する物体を真希は姿勢を低くすることで避けた。

 後ろで響くガラスの割れたような音。

 それを確認する時間も惜しんで、真希は薙刀を両手で構え踏み込み駆ける。

 狗巻の懐中電灯が部屋の内部を線を引くように照らし出した。

 最初に交戦した黒い人型の低級呪霊が複数体。それに加えてキャスター付きの椅子が宙に浮いている。

 騒霊現象(ポルタ―ガイスト)か!? 

 ハルの話には出てきたソレが今、この様な場面で呪霊と組み合わさって牙を剥いてくる事になるとは。

 想定はしていない訳ではない。

 だが、ポルターガイストに対処できるのは三人の中で狗巻だけであった。

 

「パンダ! 椅子を頼む!」

「応!」

 

 狗巻が照らす僅かな光源を頼りに、真希は薙刀を振るう。

 所詮低級呪霊。群れようが個々の力は微々たるもの。まとめてこそぎ取れば、一瞬で塵に変わる。

 まだ、何か来るか? 

 残心を残し、周囲を窺う真希。

 一拍置いて再びガラスの割れた音が部屋に響いた。

 

「っち、それは面倒だな」

 

 割れた窓ガラス。

 その鋭利なガラス片がユラユラと宙に浮いているのを狗巻の懐中電灯の光が照らし出した。

 辺りに遮蔽物になりそうな物はない。

 

「パンダ、悪いっ!」

「えぇ!? 流石にあれは俺でも痛いんだけど!?」

「後で取ってやるから!」

 

 真希では致命傷を負いかねない多量のガラス片でも呪骸のパンダならリカバリーが利く負傷で済む。

 パンダの陰に真希が飛び込んだ瞬間、宙に浮いたガラス片がパンダ目掛けて勢いよく飛来する。

 

『止まれ』

「……サンキュー、棘」

「しゃけ」

 

 両手で顔を守っていたパンダ。

 その足元に呪言によって止められたガラス片がパラパラと落ちた。

 これ以上の追撃は無さそうだな。

 ガラス片を最後にピタリと止んだポルターガイスト。シンと静まり返った部屋を眺めて真希は残心を解く。

 あー……この中から手掛かり探すのか? 

 戦闘によって滅茶苦茶になった部屋の内装。それを見て、真希はため息を吐く。

 

「こういう時ハルの有難味を感じるな」

「しゃけ」

 

 パンダの言葉はメンバー全員の総意であった。




 毎度のことながら誤字脱字報告ありがとうございます。以下敬称略。順不同。
 『烏瑠』

 早く書きたいシーンに漕ぎ付かないかなーんて、作者は思ってます。
 盤面を整えるだけでもかなりの文字数使いますね、これ。
 その上で内容を深く出来るヒト達に今一度尊敬の念を抱きました。
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