深夜廻戦   作:フールル

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 大変お久しぶりです。
 ウマ娘の熱が落ち着き、余暇が作れるほどになったのでこれを機にダイナモに燃料を投下していったら書けました。

 まあ、今回は七夜目の再編纂になります。

 


七夜目

 透き通るような青い空に一筋の白い線が引かれている、

 飛行機雲だ。

 ハルはボケっと口を開けてソレを眺めていた。

 ふわっと全開にした窓からそよ風が入り込み、作文用紙一枚もハルの机から浮き上がる。

 

「ハル? どうかしたの?」

 

 ハルの正面に座ったユイが浮いた作文用紙を掴んで、心ここにあらずなハルの様子に首を傾げた。

 

「見て、ユイ。飛行機雲だよ」

 

 ユイの視線がハルの指の先に向かう。

 真っ青な青いキャンパスの上に白い直線が一本綺麗に描かれている。

 ほんとだ、綺麗な飛行機雲。

 空に吸い込まれるように視線を向けた親友の横顔を見てハルはふんわりと笑みを浮かべた。

 ぽかぽかと陽気な気持ちが胸の内に広がる。

 

「……だけどハル、感想文が全然進んでないよ」

 

 親友の言葉に晴れ晴れとした気持ちは曇天が覆っていく。

 ユイの手にある作文用紙を埋める文字はまだ半分に差し掛かったところ。

 これから残す半分とさらにもう一枚文字を綴ってハルは読書感想文を完成させなければいけない。

 放課後の教室に残る生徒はハルとユイだけになっていた。

 机を二つ合わせて正面に座るユイがハルの目の前に作文用紙を戻す。

 それをハルは忌々しく見つめる。

 これが無ければ今頃、心行くままにユイと遊べていたのに。

 

「もうちょっと御話を読み込もうよハル。そしたら書けるかもよ」

「だって……怖いんだもん」

 

 親友のアドバイスにハルは眉尻を下げた。

 今日の国語の時間に出された課題図書の読書感想文。

 それがよりによってハルの苦手な怖い御話だった。

 原稿用紙を埋めているのはまだ怖くない最初の部分だけ。

 これ以上は物語を読み込んでそこから文字を拾っていかなければならない。

 

「ハルは……実際に山猫が人を騙して食べちゃったりすると思う?」

「? ……どうなんだろう」

 

 ハルの陰鬱な気分はユイに投げかけられた言葉に引き上げられる。

 冗談めかした雰囲気ではない。

 何処か核心に迫るようなユイの目にハルは鉛筆を机に置いて腕を組む。

 街中で野良猫を見かけることは度々あるが、よく遊びに行くユイの家の近くの裏山で山猫を見たことはない。

 ましてや、御話みたいに人を食べちゃうなんて怖い猫は……。

 そんな事はないと思う。

 その言葉が喉を通る寸前にハルの脳裏に忘れがたい恐怖体験が過った。

 茜色の空と木々と草葉の陰が一層濃くなる暗闇の向こう側。そこから自分を見つめるナニか。

 半べそを掻きながら必死に足を動かして母親の胸の中に飛び込んだ記憶の断片。

 

「よく分からない怖いナニかがいる……とは思う」

「そっか……その怖いナニかとこの御話の怖い部分を結び付ければ感想文も書けるかもしれないよ」

 

 ハルの言葉にユイは頷くと作文用紙の空白部分を指さした。

 確かに……ユイの言うとおりだ。

 今まで埋めれる気がしなかったところが今なら文字を書き進めることが出来る気がする、

 

「ユイ、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

 

 鉛筆を握り直して文字を書き進めるハルの言葉にユイはふんわりと笑みを浮かべて空を見上げた。

 

 

「……なんだろう。もう少しでナニカ思い出せそうなのに」

 

 首元で光る懐中電灯。

 暗闇の中、照らし出された光の一点を見つめながらハルは首を傾げる。 

 ハルを取り囲む状況は一変もしていない。

 仲間と分断され、呪霊の術中に嵌ってしまっている。

 

「こんなの……私が来た時にはなかったのに」

 

 通り過ぎた扉を振り返る。

 内側に開かれた扉には『あなたと親友の思い出は何ですか? 』と書かれた張り紙が張り付けられている。

 間違いない、これはこの空間を支配している大柱のモノではない。

 ハルが記憶している大柱がヒトを手にかける方法は騒霊現象(ポルタ―ガイスト)が主だったモノである。

 どう転んでもハルの内面に踏み込もうとするモノではない。

 

「意図が読めないよ……」

 

 わずかに繋がる薄い悪意の縁。

 見慣れたこれは呪術師として活動する中で呪霊と結びついてしまったモノだ。

 状況を打破しようにも判断材料に欠けてしまっているためか、ハルは眉尻を下げながらとぼとぼと暗闇が続く廊下を歩く。

 分断して各個呪殺する様子はない。長い時間を過ごしてしまっているこの廊下には呪霊の気配はおろかお化けすらいない。

 張り紙の内容は内面を探るようなモノ。

 一枚目は自身の名前を。二枚目は親友の存在を。そして先程の三枚目は親友との思い出を。

 呪術師の手札を明かす様なモノではない。

 ハル自身が自身に向けられる術式の有無をコンマ数秒で認知する為に記憶を盗み見て精神攻撃をする術式が発動してもいない事は割れてしまっている。

 攻撃性を有さない時間稼ぎが目的かと考えても扉の張り紙の存在がソレを否定する。

 結局のところ、ハルが今呪霊の術中から抜け出すには仲間からの救援の手を待つか、呪霊側が悪意をむき出しにしたタイミングでカウンターを喰らわせて食い破る力業の2択しか残されてなかった。

 

「……どうして」

 

 ハルは見誤っていた。

 悪意の無い呪霊など存在せず、術式が掛けられていないからって無害と判断した張り紙は悪意によって齎されたハルに向けられた牙であると。

 暗闇伸びる廊下の突き当り。

 閉ざされた扉とその脇に置かれた一つのテーブル。

 懐中電灯がテーブルの上に置かれた擦り切れ解れたボロボロのリボンを照らし出す。

 

「どうして()()が此処にあるの!!」

 

 怒声を上げるハルの前、扉に張り付けられた張り紙が風もなく揺れた。

 

この赤いリボンはあなたの親友のモノですか? 

 

 

 

「少年……少年、いつまでそこで眠っているんだい?」

 

 自身に投げかけられた言葉。

 ソレを耳にした乙骨の意識は暗闇から瞬時に覚醒した。

 眠っていた!? 何故!? 

 自身への問いの答えはすぐに浮かび上がる。

 割れた床に吸い込まれるハル。

 そこに全員の意識が向いていた隙を狙うように闇から伸びてきた引力が乙骨を音もなく引きずり込んだのだ。

 

「おはよう少年。呪術師とは思えないあまりにも無防備な様だったね。もっとも今の君に手を出そうモノならその手は噛みちぎられるだろうけども」

「あなたは……何故此処にいる」

「フフ……君は素直だなぁ、少年」

 

 部屋の隅に置かれたランタンがぼんやりと薄暗く闇を照らしている。

 声のする方向に乙骨が目を向けるとそこには少し前に図書館でハルと共に相対した嘴マスク姿の呪霊が佇んでいた。

 警戒心を顕わにし、刀を構える乙骨を呪霊は可笑しそうに嗤う。

 その様子は図書館で正面衝突を避け、傷つくことを恐れていたとは思えないモノである。

 

()の私は観客(オーディエンス)なのだよ、少年。君の前に現れたのはついで程度の野暮用があってね」

 

 何処からともなく現れた椅子に腰を下ろし、足を組む呪霊の様はとても余裕のあるものだ。

 何か仕掛けがあるのか。

 注意深く観察をする乙骨の目に呪霊の姿を縁取るように枠組みが存在するのが映る。

 薄暗闇だからこそ、目を凝らさないと気づけない。何よりもそれは本来有している筈の性質が無くなってしまっているから尚更だ。

 

「その鏡が僕とあなたを隔てる壁か」

「正解だとも。鏡に纏わる御話は枚挙に暇がない。安心したまえ、少年が私に危害を加えられないように、私も少年に危害を加えることは出来ない。私はただ君と少しだけ会話がしたい。それだけなのだよ」

 

 呪霊の言う言葉だ。

 全てを額面通り受け取るわけにはいかない。

 呪霊の言葉を聞いてなお、武器を構えたままの乙骨に呪霊はやれやれと息を漏らした。

 さも、信用を得ていないことが残念であるかのように。

 その人間臭さが鼻につく。

 

「まあ……いいや。気を取り直そう。少年、私が君に送った本はお気に召したかな? 是非とも感想があれば聞きたいんだ」

「本……っ!? それは!!」

「ああ、そうだともコレは私が君を思って書き下ろした本だとも」

 

 首を傾げた乙骨の視線は呪霊の手元に注がれた。

 ホテルに不自然に置かれた一冊の絵本。

 孤独な少年が仲間を得た後に再び孤独になる物語。

 二度と読もうとは思わない。読んだことを後悔し、思い出すことも躊躇う御話。

 俯き口を閉ざした乙骨を呪霊は不思議そうな目をして眺めた。

 

「うん? 少年はこの本を読んだはずだ。そして共感した筈だ。なら感想の一つや二つ思い浮かぶだろう?」

「なんであんな物語を僕に向けて書いたんだ」

「ふむ、その様子だと気に入らなかったのか。何故だね? あれは──」

 

 ──少年を待つ未来の暗示だというのに。

 

「違う!!」

 

 呪霊の言葉に被せる様に乙骨の怒声が闇に響き渡る。

 それは、それだけは認めるわけにはいかなかった。

 誰にも迷惑を掛けず、我を殺し死を待つだけの肉袋。そんな彼を優しさで包み込み、居場所を与えてくれた友達。

 彼らと別れ、また孤独に堕ちることを乙骨は認めることは出来ない。

 

「なにも違わないさ。少年が傍らの亡霊(ソレ)を解呪する。少年はただ人に戻り、人として生きる」

 

 呪霊の言葉は駄々を捏ねる子供諭す様に優しく語り掛ける。

 乙骨が目を逸らしていた現実を突きつけながら。

 そして呪霊は鏡越しの世界でありながら、乙骨に向けて手を差し伸べた。

 

「呪術師を辞めてこっちに来ないかい少年」

「何を……言っているんだ」

「友を愛する故に道を違える。そうするしかないのだよ少年。君が呪術師である限り傍らの亡霊(ソレ)を引き留め続ける事は許されない事だ。先延ばしすることも認めないだろう」

 

 呪霊が何を言っているのか乙骨には少しも分らなかった。

 それでもこれだけは自信を持って言える、大事な友と育んだ今までの絆を否定するなんて事はあり得ない。

 けんもほろろに目をつりあげた乙骨の表情を見た呪霊は残念そうに息を吐きながら伸ばした腕を下げた。

 

「やれやれ時期尚早だったか、それともハナから取り付く島なんてなかったのか。まあ……いいか。それが君の選択ならば私は観客らしく見届けよう」

 

 呪霊が乙骨に背を向けると共に鏡に映る光景が歪み始める。

 言葉通り乙骨の前から行方を晦ますつもりなのだろう。

 コツコツと靴の音を響かせながら呪霊は後ろ手に手を振りながら縁があったらまた会おうなどと嘯きながら朝靄が解けるように消えてしまった。

 鏡に残ったのは狐につままれたような表情を浮かべる乙骨だけ。

 

「いったいなんなんだよ……」

 

 考えもせず忘れればいいのに呪霊の言葉がやけに頭の中にへばりつく。

 呪術師であるなら里香を現世に引き留め、解呪を先延ばしにすることすら許されず、認めない。

 あの呪霊には一体ナニが見えていたというのだろうか。

 分らない。

 悪意ある呪霊の言葉がヒトを陥れることなんて多々あること。

 頭にも入れず聞き流せばいい筈なのに何故こんなにも気になってしまうのか。

 

「とりあえず、皆と合流しよう」

 

 袋小路に突き当たった思考を振り切るように乙骨は前向きに思考を切り替えた。

 幸いにも部屋の出口はすぐに見つかった。 

 そうして乙骨は逸れてしまった仲間との合流を目的と定めて部屋を後にするのであった。

 

 

 

 悪意が息をしているような存在である呪霊の言葉に耳を貸してはいけない。

 付け込まれる隙を作る前に叩き潰せ。

 ソレが至極当たり前のこと。

 呪霊が――ありふれた物語の恐怖(ストーリー・テラー)が用意周到に種を蒔いていることに乙骨は気づいていない。

 亡霊を引き留め続けることを、解呪を先延ばしにすることを、()が許さず、認めないのか。

 今廊下を進むその足を止めて考えるべきだった。

 そうすれば、もしかしたら二人の衝突は避けられたのかもしれないのだから。




 誤字、脱字報告ありがとうございます。(以下敬称略、順不同

 minotauros、烏瑠

 私の創作意欲もといダイナモの燃料はネット掲載以外の文芸書他になります。
 書けば書くほどプールが減っていき、書籍を読んで燃料を補充しないといけないそんな難儀な性質を持ち合わせています。

 
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