うん、作者偶像劇書く方が向いているのかもしれませんね。
この章をハルの帰郷編と銘打つならその広げた風呂敷を〆に掛かる話になります。
起承転結でいう結ですね。
それでは、どうぞ。
秋の夜は少し冷える。
──ちょっと早いけど肉まんも買って良かったかな。
彼女は温かい缶コーヒー、一口飲んで後ろを振り返った。
コンビニを出て、幾分か、既に引き返すには億劫に思う程の距離が離れている。
──まあ、また今度でも良いかな。
あっさりと肉まんを諦めた彼女は、懐中電灯を手で回しながら人の気配のない夜道を歩く。
慣れた足取りで──お化けを躱して。
魑魅魍魎が跳梁跋扈する街道。
その多くが呪霊未満とはいえ、塵が積もるように憑かれてしまえば呪いとなり得る。
だから彼女が暮らす街では、昔から夜に出かけることを忌避されていた。
日が沈むと共にこの町では人の時間は終わる。
多少、例外はあれど町の大部分では人が息を潜めて、代わりにお化けが闊歩している。
そんな町の中を鼻唄を奏でながら歩く彼女は、よっぽどの変わり者だ。
──今日は誰か来ているかなぁ。
町のはずれ、寂れた廃工場に彼女が辿り着いたのは、コンビニを出てから暫くしての事。
ポケットの中からゲートの鍵を取り出して、鍵穴へと差し込んだ。
正門ゲートが軋むような音を立てて開く。
随分と前からこの調子ではあるが、いつか壊れてしまいそうだ。
思考の片隅にどうでもよい事を浮かばながら廃工場内を歩く彼女は、左右に振っていた懐中電灯を一点へと止めた。
外灯の下、蹲る様に小学生くらいの少年が居た。
どうしていいか途方に暮れて、べそをかいている。
彼女は少年に呼び掛けた。
怖がらせないように。明るい声を作って。
「こんばんは。君は、迷子かな?」
「此処が君の家かな。あまり遅くまで遊んでいると、夜回りさんに攫われちゃうからね。気を付けてね」
「うん! ありがとうお姉さん!」
玄関の奥へ消えた少年を見送って、彼女は息を吐いた。
──次は何処を回ろうかな。
穏やかな闇の静寂が辺りに満ちる中、彼女は夜空を見上げる。
闇をひっそりと照らす月はまだ高い位置にある。まだ夜は深くなっていく。
──ん、電話だ。
ズボンにしまった携帯電話が静かに振動を繰り返した。
親交のある旧友の名が映った着信画面を見て、少女は頬を緩める。
「もしもし、ハル──」
「……」
「……」
お通夜。
乙骨と真希、二人の間に漂う空気はまさにその様に形容するのが正しいものとなっていた。
負傷した狗巻とパンダをいち早く学園に戻す為に残る四人はホテルに一泊することになった。
そこで取った真希の一室。
乙骨は真希にハルと喧嘩する経緯を説明したのだが、真希はどうしてハルがそこまで怒るかが分からなかった。
今まで見たことのないハルの一面。
それを察することが出来なかった自身に苛立ちが沸いたのを抑えれない真希。
そして、その真希の態度に乙骨は自身が責められている気持ちに陥ってしまっていた。
「とにかく! ……憂太、お前が悪いわけじゃねえよ。互いに譲れねぇ一線があった。問題は、憂太とハル、二人とも喧嘩の仕方を知らねぇことだったろ」
「うん……」
「だから! 辛気臭い表情浮かべんのはやめろ」
落ち込む乙骨に真希は乱雑に自身の頭を掻いた。
語気の強い自身の言葉だけでは、漂う空気を変えられる気がしなかった。
クッション役であるパンダと狗巻、そしてハルが居ないことが歯痒い。
これ以上、この話題に終始しているのはダメだ。別の話題を探さないといけない。
思考を回す真希の視界に古ぼけたボロボロのナップサックが目に留まる。
ハルが廃屋に入る前には持っていなかったモノだ。
――手掛かりがあるとしたらコイツだな。
ハルの激情の発露、その一端がこのナップサックにあるのかもしれない。
そう考えた真希は机に置かれたそれを手に取り、ジッパーを開けた。
筆箱。一二色の色鉛筆。プラスチック製玩具の指輪。赤いリボン。
ナップサックの中から一つ一つ丁寧に並べていく中で、真希はこのナップサックの持ち主が子供であると予測を立てていく。
乙骨も唾を呑み込んで、その様子を見守っていた。
「……こいつは」
最後に取り出した一冊の絵日記。
それを見つめた真希は眉を寄せた。
ナップサックから取り出した誰かの所有物の中で絵日記だけが、僅かに呪力を纏っていたからだ。
──藪蛇か。
人の手から離れた負の感情が呪いとなって蓄積される。
子供の手に触れているソレに呪いが宿ってる時点で、禄でもない事件の予感が発露した。
中身を見分すべく、読み進める真希はわずか数ページで胸中に悪態をつく。
ある小学生の夏休みの課題。
そこに描かれている日常の一部にハルの姿が載っている。
──ふざけんなよ。
頭の中で点と点が結ばり、一つの像が浮かび上がる。
外れていて欲しい。だが、この予想は確実に当たる。
抱いた勘を裏付ける様に読み進めた末に辿り着いた破かれたページの見開き。
そこに折りたたまれた紙飛行機が一つ挟まっている。
真希はソレを破かないように開き目を通した。──所々にある涙の跡、滲んだ文字。
紙を折り畳んで、絵日記を閉じる。
上体を椅子に預け、天を仰ぐ彼女は口を真一文字に、強く強く、歯を噛み締めた。
──あぁ……畜生が。
抱いた予感は正鵠を射た。
「あのクソ教師のところに行ってくる」
「真希さん!?」
ハルの精神状態は今、とても不安定な状態にある。
一時的に隔離処理されている彼女に会うには五条の許可が必要だ。
ハルに会って話をしなければいけない。
抱いているのは勝手な妄想だ。
他人の内面を知ったように振る舞う悪癖は、まだ抜けていない。
つまるところ、これから真希がやろうとしている事は単なる自己満足だという事を真希は理解している。
それでもだ。
それでも遠い過去にたった
それが、今になって開いて友達がその痛みに泣いているのなら、今度は寄り添って傷を癒すしかない。
友達なら当然だ。最後は皆で笑い合いたいのだから。
その一方で傷を開いたであろう乙骨を真希は責める事は出来なくなった。
知るわけもない。
普段のハルの様子から、そんな傷を抱えていたことなんて疑う余地もなかった。
ただ、一人、担当の五条を除いてだ。
彼だけは知っていた。知った上で、ハルと乙骨を引き合わせていた。
どういう意図があった。
ハルに会う前にそれを問いたださなければ、胸に燻る苛立ちの炎は収まりそうもなかった。
わたしは小学生。名まえはユイです。──
もう、なにもいりません。さようなら』
ソレはある少女の遺書だった。
まだ幼い少女の。父親が蒸発し、母親が病み、たった一人の友達を大切に思う少女の遺書だった。
──ハルの大事な友達の遺書だった。
夏休みの課題なのだろうか。
少女はとても活発で、毎日のように町や野山を駆け回った日々が記されていた。
その中に、ハルと遊んだ日々も楽しそうに描かれている。
切っ掛けは大切な友人であるハルの引っ越し。
危うい均衡を保っていた少女は心の拠り所を失い、深い深い絶望に呑まれ、自ら命を絶った。
ハルは今もそれを傷に残して背負い続けている。
少女の遺書から見えてしまったハルの背景に、乙骨はがっくりと膝を着いた。
「どの面下げてあんな事言ったんだ……僕は」
──お別れは痛くて辛い事だよ……。
──僕の、友達を失う気持ちなんて分かるわけないのに、簡単に前を向いて生きていくなんて言うなよ!!
「何も分かっていないのは僕の方じゃないか」
──乙骨君は分かってないよ。私の気持ちなんて分かるわけないよ。
傲慢だった。
ソレは有り触れていてはいけない傷。
自分だけの痛み。自分だけしか分からない悲しみ。だから、乙骨はあの時振りかざしたのだ。
共感なんてしてもいないのに正論など言うな。と。
まさかハルが自身と同じ傷を持つ存在だと予想だにしていなかった。
乙骨が幼い頃に大事な伴侶である里香を失ったように。
ハルも幼い頃に大事な親友を失っていたのだ。
彼はハルにぶつけてしまった。
彼女の気持ちを踏み躙った心無い言葉を。
彼女の塞いだ傷を開く鋭利な言葉を。
──最低だ。
胸に満ちる罪悪感。自己肯定の柱である友人を自分の手で穢していた事実を見つめてしまったが故の自己否定。
彼は膝を抱えてうな垂れてしまった。
──しかし、結ばれてしまった因果は、彼が立ち止まることを許しはしない。
「憂太!!」
ホテルのドアが蹴り飛ばされんと開く。
焦燥に駆られた真希の声に彼は顔を上げた。
「ハルが居なくなった!! 探しに行くぞ!」
真希が五条を尋ねた時、既にハルが軟禁されていたホテルの一室は、もぬけの殻になっていた。
──あぁ、ナイスタイミングだ。ちょうど今、呼びに行こうと思っていたんだ。
ホテルの一室を見分していた五条が、真希の姿を見るや否や、手間が省けたとベッドに腰を下ろす。
「これは……どういう事なんだ」
「うん、ハルが逃げちゃったみたいだ」
真希の問いに両手を上げて、お手上げ―と五条は笑う。
笑い事ではない。
だが、あえて道化染みた態度を取る様子は今までも何度か見てきたモノ。
深刻な事態ではない。あくまで五条悟の視点ではの話だが。
「隣室に居た僕に一切気取られる事なく、姿を眩ますなんて先生である僕も鼻が高いよ」
「呑気な事を言ってる場合かよ」
気色ばむ真希を笑う彼は、極めてリラックスした様子である。
ハルは帰ってくる。
それは積み重ねた彼女への信頼から導き出された期待だ。
それはそれとして、この機会を上手く使おう。
教え子の帰りをただ待つだけというのも面白みのない事。
呪術界から見ても屈指の型破りの男は、良い事を思いついたとニッコリと笑みを浮かべた。
「ほら、私の予備だ。壊すなよ」
「うん、ありがとう真希さん」
ホテルのロビー、高専の学生服に再び袖を通した彼らは町の地図を眺めていた。
その際に乙骨は真希から短刀を借りていた。
主武装である太刀を大柱の生得領域内で紛失していた為である。
「私は南側を探す」
「僕は北だね」
──せっかくだから、町のフィールドワークに出掛けておいでよ。肝心のツアーガイドが居なくなっちゃったけどねー。
五条の旨を真希から聞いた乙骨は苦笑しか浮かべれなかった。
今のハルは片手に封印処置が施されている為に、呪力の練れないただの一般人にそう変わらない。
無防備である彼女を一人、夜の町にほっぽって置くわけにはいかない。
軽薄な態度をとって、自ら動く様子を見せない担任の意図に素直に乗るは非常に癪ではあるが、真希は友を想いソレを呑み込んだのだ。
「ハルの姿を見つけたら、接触する前に私に連絡すること。忘れんなよ!」
ロビーを抜け、冷たい夜風が頬を撫でる中、二人は別々の方向へと駆けだした。
波乱ばかりが巻き起こる一夜の騒動。
その幕を下ろすにはまだ早い。
――何処を探せばいいんだろう。
夜の町を歩く乙骨の足取りは、やはり覚束ないモノとなっていた。
それもその筈、ハルの姿を探そうにも手がかりがない。
闇雲に探して果たして、少女は見つかるのだろうか。
一抹の不安を抱えながら彼は道沿いを歩く。
――接触する前に私に連絡すること。忘れるなよ!
真希の言葉が何度も頭に繰り返す。
アレは、喧嘩している乙骨とハルが再び一対一で向き合うよりも仲裁役を噛ませろといった趣旨を含んだ警告である。
その心遣いをありがたいと彼は感じていた。
正直な話、今の心境でハルと対面しても何を話していいか彼には分からなかった。
齢十と半ば、乙骨憂太、友達との仲直りの仕方が分からなかった。
元々幼少期は病院に通う事が多かった彼は、快活な少年とは言えず、快復してからは病院内で知り合った里香とべったりであった。
里香が事故に遭い、呪われてから呪術高専に通うまでの人間関係は悲惨なモノ。
加えて彼自身がヒトの顔色を窺い、衝突を避けるタイプなのも相まって喧嘩とは縁がなかった。
――……けど、真希さんに頼ってばかりもいけないよなぁ。僕の考えもまとめておかないと。
ポジティブに思考を回せることが出来る様になったのは、高専に編入し、人と関わり合うことで彼の人間性が成長した為だ。
夜空を眺めながらどんな話をすれば良いのだろうと考える彼の姿は、先ほどまで部屋の片隅で膝を抱えていたモノとはかけ離れている。
五条はコレを見通していたのかも知れない。
息詰まった時は気分転換に散歩するのも一興である。
もっともそんな良き先生の心遣いは普段の軽薄な行いの所為で、全然伝わってはいなかったが。
「うん? 君は……」
耳に届いた一匹の鳴き声。
足を止めて、鳴き声がしていた方向へと視線を向ける。
黒い毛色のポメラニアンの子犬。
廃屋、コトワリの領域展開内で手助けをしてくれた幽霊犬である。
あの時、ハルは子犬の名前を言っていた。
記憶を辿り、カレの名前を口に出す。
「確か……クロ、だよね? どうして、君が此処に?」
普通なら子犬に聞いたところで何も分からない。
だが、目の前の子犬は十分な知性がある事を証明したうえで、何か行動の意図を感じさせる言動をしていた。
生前、ハルと関わりがあったカレが、廃屋に偶然居て、偶然領域展開内で乙骨に手を差し伸べるだろうか。
否、そんな偶然あるものか。
それを証明するように、乙骨の言葉に一鳴き返事をすると彼はクルクルとその場を回った後に離れた位置へと移動して、再度乙骨の方へと視線を向けて一鳴きした。
「ついて来い。そう、言いたいんだね」
子犬の意図を組んだ彼は、何処へと向かう子犬の後に続く。
結ばれた因果の結末。
そこに辿り着くにはもう少しの時間が要しそうであった。
「……なんなんだよ、此処は」
視界に映る光景に真希は思わず悪態をついた。
右を向けば幽霊。左を向けば幽霊。
辺り一面に跳梁跋扈する幽霊達。
――呪霊地か何かか、此処は。
伊地知の運転する車の中では気づけない異常さを目の当たりにして、すぐに真希はこの町の抱える異質さを肌で感じ取ってしまった。
夕方までは何ともなかった町が月が上ると共に表情を変える。
人の気配が消え失せたのも、長年培われた慣習故か。
この異質さを受けいれて、うまいところで塩梅を付けて暮らしているのだろう。
コレは外に出て、肌で感じ取らなければ分からない事だ。
「これじゃ、探索もままならねぇじゃねーか」
帳は落ちてはいない。
人通りが少ないとはいえ、幽霊を散らす為に大刀を振り回してしまったところを誰かに見られてしまえば、警察に御用になる。
幽霊が少ないところを縫うように歩くのは、慣れていない真希にとって不満が溜まる行為であった。
アッチへふらふら、コッチヘふらふら。
何度も何度も繰り返し同じ道を引き返して歩く。
携帯の地図アプリが無ければ方向感覚などとうに狂っていた。
そうして、ハルの手がかりを求めて真希は、ようやくコンビニへとたどり着いた。
町から人の気配が消えているというのに、夜の町で爛々と輝くコンビニは異質を通り越して異物にも思える。
町唯一のコンビニに何か用事があるなら、此処だと踏んだ真希の予想は外れた。
夜を拒む其処にハルの姿はない。
「こんばんは、誰かお探しですか?」
落胆する真希の様子を見てか、声を掛けたのは一人の女性であった。
真希よりも一回り年上の、誰も出歩かない町の中でただ一人、コンビニを訪れていた異質な存在。
穏やかな笑みを浮かべる彼女の表情は真希の鋭い視線を受けてなお、変わりはしない。
「もし、よろしければ手伝いますよ」
『小学生の女の子が行方不明になっています――』
それは、随分と昔の行方不明者の情報を求めるチラシである。
日に焼けて色が落ちてしまった写真には一人の少女が映っていた。
見覚えのあるナップサックをリボンの少女が背負っている。
「……これが、ユイさん」
存在が忘れ去られてしまったようにポツンと立っていた痛んだ掲示板、その前に立った乙骨は子犬を追うことを忘れて、掲示板を眺めていた。
かろうじて読めるチラシの発行年数を逆算すれば、ちょうど自身と同世代だという事が分かった。
このチラシに映った少女があの絵日記の持ち主で間違いない。
――日本国内での怪死者・行方不明者は年平均一万人を超える。
都高専に編入して、直後に五条が話した内容を今更になって、乙骨は思い出していた。
――これも、呪いの仕業なのかな。
絵日記と遺書、この二つには大きな食い違いが見られていた。
ページが破られる直前の記載――それは、ハルの引っ越しに触れるモノになっていた。
絵日記の中でユイは、確かに引っ越していくハルを惜しむ感情を見せていた。――だが、それでも彼女は離れていても、ハルとの関係は断ち切れないことを前向きに捉えていて、たとえ物理的に会う事が難しくなったとしても、手紙を送り合おう。大きくなったら電車に乗って、ハルのところに遊びに行こうと将来の事を見据えていたのだ。
前日に遺書を書く気配など微塵にも感じさせないポジティブな思考の持ち主なのだ、ユイは。
呪いの種類は多種多様。
乙骨が小学校で遭遇した呪いのように直接死に追いやろうとする呪いがあるなら――人を死に誘う呪いがあっても不思議ではない。
呪術師が日々呪いを祓っていても、その腕から零れ落ちてしまった悲劇が存在する。
ユイの自殺はそんな悲劇の一つなのかもしれない。
――誰か、間に合わなかったのか。
同じような小学生の少年二人を救った身だからこそ沸いたやるせない気持ちに彼は浸る。
そんな彼を急かすように一鳴き。響く子犬の声に乙骨は我に返った。
「あぁ……ごめん、まだ……先なの?」
町に面する山の中。随分と深まったところまで足を延ばしていると覚えながらも、子犬はついて来いと言わんばかりに山深く、森深く、奥へ奥へと先導している。
藪から蛇ならぬ藪から呪霊が出てきてもおかしくない状況に乙骨は、気を引き締める。
直接襲っては来ないが、息を潜めるように僅かな呪霊の気配が山の至る所から発せられているのだ。
こんな危険な山奥にハルは来ているのだろうか。
足を止めた乙骨を急かすように子犬の鳴き声が発せられる中で、彼は姿の見えぬ友の身を案じていた。
「あぁ……呪術師の方だったのですね、お勤めご苦労様です」
女性の返答に真希は目を丸くした。
一般人に呪術師であることは明かしていない。
真希が口にしたのは、左腕がない、黄土色の髪をした少女を何処かで見ていないかといった問いだったのだ。
想像斜め上を行く返答に驚いた真希の様子を見て、彼女は申し遅れましたと懐から名刺を取り出した。
「私、隣町××市にあります、大ムカデ神社の名代を務めさて頂いております。■■ともこと申します。どうぞ、よしなによろしくお願いいたします」
大ムカデ神社。
呪術界に籍を置いている術師であれば一度は耳にしたことがある名所である。
百足の塩は清めの塩。
近年力を付けてきた神社の商売としては、アコギな様子はなく、至極真っ当な呪に対して効能のある塩を生産している事から、等級持ちの術師よりも高専関係者である補助監督や窓に大変重宝されている。
――なんで、
見掛けてしまっては捨て置くことは出来ない。
なんせ外はお化けが其処やかしこにうじゃうじゃといる状態だ。
護衛も兼ねて送り届けると真希が口に出すとともこは、それはまたご親切にありがとうございます。と優しく笑った。
「……ハルとは知り合いなのか?」
「ええ、年に何度か百足の塩を買い求めに直接おいでになっています。私が、というよりも妹のこともが交友関係を結んでおりまして。――あぁ、そういえばハルちゃんをお探しでしたね。隣にこともがいる筈なので大事はないと思いますが、私にも一つ立ち寄りそうな場所に心当たりがあります」
夜の街道、道の半ば。
雑談交じりに大ムカデ神社や町に関わる薀蓄を広げていく中で、ハルと大ムカデ神社との関りを真希が聞き出している中で、思い出したかのようにともこは両手を叩いて立ち止まった。
真希としても渡りに船である。
情報源も禄になく、ただ町を彷徨うよりも旧知の仲の彼女が思い当たる場所を当った方が探索が前進している。
――ついて来てくださいね。
そう言って先導するように真希と距離を離したともこ。
それを真希が咎めると、面白いモノを見たと表情を綻ばせて彼女はクスクスと声を漏らす。
「なにかおかしな事を言ったか」
「いえ……年下の女の子に心配されることなんて、滅多にないものですから」
釈然としない自身の顔を慈しむように見られた為か、むず痒さが真希の背筋に走った。
――かつての夜廻り少女は笑う。
道の歩き方を分からずに、その先は危ないよと立ち止まって手を引かれるのを待つ昔の妹を想起して、彼女は優しく笑った。
「道の歩き方、お姉さんが教えてあげますね」
『何故、此処まで事が大きくなるまで放置していたんだ、悟』
耳に当てた携帯電話から聞こえる重々しい声に五条はやれやれとため息をついた。
重傷者2名。内一名は呪骸だったからこそ、命を失わずに済んだという見方が強い被害である。
「人死に出るよりもずっとマシな結末でしょう、学長。それに貴方だって、ハルと乙骨の衝突はいずれ起きるモノだと予期していた筈だ」
『だから聞いているのだ、悟。何故お前が付いていながら、互いに殺し合いをするレベルまで衝突は発展した。町の一つや二つ、消し飛びかねない状態にあったんだぞ』
呪術界が恐れていた特級呪術師同士の衝突。
その被害が想定されていた規模から見たらだいぶ抑えられた状態に収まったのは、たまたま環境が大柱の生得領域内であった為だ。
たまたま……偶然と片付けるには腑に落ちない点があると五条は夜蛾に説明する。
「僕だってまさかハルがコトワリを用いるケースにまで行くとは想定はしていなかったですよ。
互いの蟠りを晒し、喧嘩して、仲直りする。実に学生の青春らしいじゃないですか。
『っ!? 今回の依頼が意図的に計画されたモノだと言いたいのか!』
「まだはっきりはしません。ただ、どうも不自然なんですよ」
五条は机に置かれた痛んだナップサックとその中身である少女の遺品を見やった。
何故これらが廃屋の、大柱の生得領域内に置かれていたのか。
遺品と大柱、その二つはハルと関わりが深いモノ。
何者かが意図してハルの激情に薪を焼べたと推察出来る。
繊細な生徒の最もデリケートな部分を踏み躙る悪辣さ。
邪悪と言って憚らない所業は五条の描いていたシナリオを踏み荒らし、五条の尊ぶ青春を台無しにした。
呪術界の上役に付け入られる正当な理由を作ってしまった。
『どちらにせよ、ハルへの厳罰は避けられん』
「えぇ……分かっています」
流石の五条もそれは承知の上だ。
呪術界で釘を刺されていた里香の完全顕現に関しては、ハルの暴走を盾にすれば此方の言い分が通せるが、代わりに矢面に立つハルのフォローは難しい。
ハルの身は拘束され、行動に制約が付くことは既定路線であろう。
だからこそ、五条はわざわざこの場所に一泊するという選択肢を取ったのだ。
急ぎであれば空間移動を持ってして、全員を都高専に帰すことも出来た。
不安定な特級術師二人から目を離すことが出来ませんなどと、至極真っ当っぽくどうとでもなる理由で一晩だけの時間を作ったのは、まだ喧嘩の清算を終えていない二人の生徒を思ってのこと。
「夜は短し、青春せよ少年、少女。……語呂が悪いな」
窓から覗く月を仰いで夜道を走る生徒を思う。
まだ、夜は深くなりそうであった。
毎度のことながら、誤字、脱字報告ありがとうございます。
(以下順不同、敬称略)
むぎちゃのちゃちゃちゃ、etymology、赤頭巾、りゅうだろう
プロット組んだ時点では登場予定がなかったことも、ともこです。
二人とも身長は160前後です。(真希は170前後、長身っすね)
勝手な作者の自己完結妄想というかイメージになりますが、
こともの方はパンツスタイルでなんだったらベースボールキャップを被っても似合いそうなイメージ。
ともこの方は、フレアスカートといった女性的な装いを好むといった感じでしょうか。
メンタル的にはどうですかね。
ともこさんは、原典だと追い込まれていたというのもあり、余裕がありませんでしたが、時間とともに一皮むけた大人の精神に。
こともは、バグです。価値基準が常人のソレとはかけ離れてしまった為にマイペース基準。五条寄りの家入さんと言ってもいいんじゃないですかね。
ムカデ神社。
正式名称大ムカデ神社。
なんか検索したら、公式が枕詞に大を使っていましたので。
実はある宗教団体に目の上のたん瘤扱いされている。
競合他社だからね、仕方ないね。