深夜廻戦   作:フールル

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 はい、大変ながらくお待たせしました。
 一二夜です。




一二夜目

 多種多様な鈴虫の音が響き渡る野山の闇に落ち葉を踏む音が溶けていく。

 乙骨は足場の悪い獣道を転ばぬように慎重に歩いていた。

 日が差していたら紅葉狩りなんて出来たのだろうか。

 そんな呑気な事を考えつつ、それをするには時期が遅すぎるかと自嘲する。

 肌を撫でる風はもうすぐ来る冬の到来を予期させていた。

 ──此処は……。

 クロの後を追って、山の中に入って暫く彼は鬱葱とした森が少し開けた場所に出ることが出来た。

 それなりの高度に達しているのだろうか。

 鬱葱とした森を見下ろす事が出来る。

 開けた光景を感慨深げに眺めた後に、彼は辺りを見渡した。

 一本道の脇の土が不自然に盛り上がっている。

 その正面に押し花が一輪添えられていた。

 

「お墓なのか……?」

 

 花を添えられていなければ、ボロボロに朽ちた卒塔婆がなければ墓とすら気づけないような粗末なモノ。

 ──どうしてこんなところに。

 乙骨が首を傾げるのも無理はない。

 整備されていない山道は、獣道と呼んで憚らない程に荒れ果てていた。

 初めてこの地を訪れた乙骨が、此処まで辿り着けたのもクロの案内あってのモノだ。

 この山に慣れ親しんだ人が此処を訪れて花を添えたのか。

 綺麗な状態で置かれた押し花を見て、考えを巡らしたがこれ以上得る情報もない為か、彼は思考を打ち切った。

 ──まだ、道の先はある。先に進もう。

 見晴らしの良いこの丘からまだ、道は続いている。

 後を追う乙骨を急かすように鳴いていたクロの姿は、何故か見当たらなくなってしまった。

 此処に連れて来たかったのか。それとも、もう案内をするまでもなく、道の突き当りが近いのか。

 それを確かめる為に彼は道の先へと懐中電灯を向けた。

 再び生い茂る藪の先、そこに何があるのかを考えながら。

 

「君は──」

 

 道の突き当りに立つ、葉が落ち切った一本の樹木。

 枯れ枝の中に一凛だけ咲いた白花夾竹桃。

 その花の下に()()はいた。

 髪を大きな赤いリボンで結った少女。その姿は、先程目にした捜索願の写真と寸分と変わらない。

 六年も前に消息を絶ってしまったハル(友達)の親友。

 

「──ユイさん……」

 

 呆然と漏れた乙骨の言葉に彼女は、困ったように笑みを浮かべた。

 

 

 

「そっか……ハルは友達と喧嘩しちゃったんだね」

「……うん」

 

 賽銭箱を背に座ったこともはハルの言葉にぼんやりと相槌を打った。

 隣に座る友人が落ち込んだ表情を露わに俯いているのを見る。

 携帯電話に連絡を寄越した彼女をこともはホテルから誰にも悟られる事無く、連れ出した。

 しかし、こともが住んでいる町も隣り合っているこの町も夜は、その姿を人の営みからお化け達の町へと変貌する。

 何処か落ち着いて話せる場所を――こともは、自身の庭であるショッピングモールにでも案内しようかと考えてはいたが、ハルの希望もあって裏山を立ち寄り、そのついでだったが寂れてしまった神社に場所を妥協した。

 秋の半ば、鈴虫の音が至る所で響き渡り、お化けが所狭しと蔓延る山の中でもこの場所だけは例外だ。

 親しみのある神様の境内とは、違って少しおどろおどろしい雰囲気が境内を満たしている。

 それは、此処の主が手当たり次第に怪異を襲う危険な存在だからか。

 お化けがその存在を忌避しているのか姿を見せないように、ことも自身も用がない限り近づくこともない危険地帯ではあるが、巫女(ハル)がいる状況の中では安全地帯として機能を果たしていた。

 

 傷心である友人を癒すにはどうするべきか。

 話を聞く限り、どちらも譲れない一線を巡って衝突してしまったようである。

 複雑な友人の背景を知っているからこそ、どちらかが頭を下げて、円満な解決になるとはこともは思っていない。

 ずっと昔から今になるまで先延ばしにしてしまったが、この機会にハルが抱える負の感情に向き合わなければ、その場しのぎにしかならない。

 また何れ、不満が溜まり暴走して傷ついてしまうハルの未来を予期して、こともは覚悟を決めた。

 

「私からすれば、みんな同じ穴の狢なんだよ。ハルは私と会った時から変われなかった事を悔いているみたいだけど……()()は変わりようがないと思うよ」

 

 自身の言葉に顔を上げて、困惑に揺れるハルの瞳をこともは見つめ返す。

 なにも変わっちゃいない。

 引っ越しを前に友人の影を求めて、夜の町を彷徨っていた頃の彼女に釘を刺した日から。

 呪術師になってもハルの根幹はちっとも変っていない。

 それは自身も同じだ。

 あの日から死者(ポロ)を偲んで、そこから動けないままだ。

 

「私もお姉ちゃんもポロの影を捨て去る事が出来ずに、この町に残ることを選んだよ。ハルだって、ずっとユイちゃんを捨て去ることが出来ずに抱え込んでるよね? ハルの友達だって、大事な人を思ってこの世に引き留めてる。皆、失ったモノを惜しみながら今を生きてるんだよ」

 

 自分の掌を見つめてこともは呟く。

 あの時、手から零れ落ちてしまった命の感触は昨日のことのように思い出せる。

 どんなにこの町に嫌気が差したとしても姉と自分はポロの墓があるからと、移り住む事を拒んだ。

 だからだろうか。稀にポロの影が自分の近くにいる事をこともは感じていた。

 死者との繋がりを歪んだ形で繋ぎ止めながら生きる。

 ハルが忌避しているソレに当てはまっているのは、こともも乙骨も同じなのだろう。

 

「ポロは……まだ私とお姉ちゃんを見守ってくれるよ。それは私達がポロの影を捨てる事が出来なかったから? ハル、私も乙骨君と同じだよ。死者を現世に縛り付けて歪ませている。ポロを思うならポロの事を捨て去って別の町に引っ越せば良かったのかな?」

 

 意地の悪い問いだ。

 友人の表情がくしゃりと歪むのを見て、こともは自嘲する。

 ”本当はこの町を離れたくなかった。”

 こともがハルと会った当日に吐露したハルの本心。

 両親の都合で引っ越しをせざる得なかった少女の思い。

 当時のハルの思いはこともが今も抱いているものと変わらない。

 遠く離れた土地で呪術師として生きようとも、今もなおユイに拘り続けるハルが過去に抱いていたこの思いを踏みつける事など出来るわけがない。

 

「……こともちゃん、私は間違っていたのかな?」

「ううん、間違ってなんかない。乙骨君の友達は呪霊になってる。だけど、それをハルが心を痛める必要なんてないんだよ」

 

 何事も全てが綺麗な形で終わることなんてない。

 こともは遠くの夜空を眺めながら黄昏る。

 自身以外は全てが丸く収まった幸運。

 切り捨てることで丸く収めたハルの悲運。

 ハルの友人である乙骨は大事な友達を歪ませたままで、まだ自分たちと同じ終着点(ゴール)に辿り着いていない。

 歪みは帳尻を合わせたように収束する。

 薄い縁の結びつきからハルが介入する必要などそこまでない筈なのだ。

 

「でも……やっぱり、それは寂しいことだよ。大切なヒトには安らかであって欲しいよ」

「うん、私もそう思うよ」

 

 ポロがもし、呪霊になってしまったら……。

 それは確かに嫌な事だ。

 大切な存在には死を迎えた後は安らかであって欲しい。

 こともとハル、二人が抱く共通の思いだ。

 

「ありがとうこともちゃん、ちょっとだけ整理がついた」

「ハルは優しすぎるから、困ったときは遠慮なく頼ってね」

 

 顔をあげたハルの表情から曇りが取れている。

 それを見たこともは、ほぅっと息を吐いた。

 

「それで、どうするの?」 

「乙骨君には一度、里香ちゃんと向き合って話すべきだと思うの。私達と一緒に居たいから里香ちゃんを利用するとかじゃなくて……第三者の存在を省いて、乙骨君と里香ちゃん、二人が現世でどうあるべきかを二人で決めて欲しいなって」

「そう……それがハルの答えならそれで良いんじゃないかな」

 

 例え、どれだけ望んで手を伸ばそうとも取る事の出来ない答えを二人が導き出したとしてもそれを認めるとハルは決めた。

 もう、自身の考えを押し付けようとは思わない。

 それがどれだけ羨ましくても、乙骨が選んだ答えを友人として肯定しよう。

 優しいハルの答えにこともは目を細めて、ハルを眺める。

 

「だったら、先ずは仲直りしないとね」

 

 そう笑いかけたこともだったが、その言葉を聞いたハルの表情が優れないことに首を傾げる。

 戸惑いに揺れる瞳。

 ”どうしたの?”

 思わず尋ねたこともの言葉にハルはおずおずと口を開いた。

 

「どうしよう……こともちゃん。私、誰かと喧嘩したことなんて無いから、仲直りの仕方が分からないよ」

 

 なんだそれは。

 

 唐突に降って湧いた幼気な相談にこともの頬が思わず緩む。

 ”真面目な相談なんだよ!”

 目の前の友人はそれはそれは真剣な表情で口に出しているものだから、表情筋を引き締めようにも緩む一方だ。

 ただ何時までもハルの羞恥心を擽り続けていると、優しい性根の友人でも臍を曲げてしまいかねない。

 此処は一つ、一肌脱いで相談に乗ろう。

 姉と衝突した記憶を振り返って、こともはハルに仲直りの方法を伝授する。

 その様子を一羽の鳥が遠くの枝に止まって、じっと眺めていた。

 

 

 

『こんばんわ。こんな時かんに山に入っちゃダメだよ』

 

 自身が発した言葉に目の前の少年の表情が歪む。

 まるで、親から怒られた子供のように。そこには自身を責める悔恨の念があった。

 彼が自身の姿を見て、何を想起したのかはユイには計り知れない事である。

 それでもユイは万が一にでも間違いがないように励ましの言葉を続けた。

 

『……何かつらいことがあったんだね。だけど、ここでぜんぶ終わらせようってかんがえちゃダメだよ』

 

 山には負の引力が働いている。

 行き詰った人達は皆、自身の生に幕を引こうと此処を訪れる事も少なくない。

 そんな彼らに残してきた縁の存在を想起させ、下山させるのがこの場に留まったユイの役割だ。

 ”どうすればいいんだろう……”

 しかし、ユイは今、彼に結び付いた縁を想起させるのを戸惑っていた。

 彼に憑いている強大過ぎる負の影。

 かつて、自身を彼岸の下へと呼び込んだ山の神と比べるのが烏滸がましい程の邪悪な気配。

 月とすっぽん。

 比べるのも烏滸がましい彼我の差がありながら、今まさにユイの身が無事を保てているのは彼女の眼中にすら自身が映ってないからだ。

 これ以上、彼を刺激すれば刹那の瞬間の後に存在を擦り潰されるかもしれない。

 

 ”けど……このまま何もしないのは……”

 

 見て見ぬ振りでもしようか。

 ダメ、それはやってはいけないこと。

 胸中への問いかけに対してユイは首を横に振る。

 心に深い傷を負うのは何時だって残された側だ。

 何度も、幾重にも親友(ハル)の目から零れ落ちる涙を前にただ立ち尽くす事しか出来ない自身が、同じような悲劇が起ころうとするのを見過ごす事は出来ない。

 

『あの……――』

「ごめんなさい! ユイさん、僕は何も知らないでハルちゃんに酷い言葉をぶつけてしまいました」

『――え?』

 

 罪悪感に圧し潰されて、頭を下げた彼の言葉に――その中にある親友の名前を聞く事を予想だにしていない彼女は、ポカンと口を開けて固まった。

 

 

 

『そっか……おっこつ君、ハルとけんかしちゃったんだ』

「……はい」

 

 乙骨憂太は抱いていた胸の内、全てを目の前の幼い少女(ユイ)に打ち明けた。

 遠い過去に同じ傷を持っていた友達。

 その事実を知っていれば、ハルにあんな心無い言葉をぶつける事もなかったのかもしれない。

 だから、彼はハル本人ではなくとも、ハルが失ってしまった大事な友達にその事を非難される事を意識せずとも望んでいた。

 そうしなければ、タールの様にドロドロと渦巻く鬱屈とした気持ちの中で息も吸う事が出来ない。

 表情を曇らせたまま、俯く乙骨。

 対してユイは彼が想像しているような険のある表情ではなく、何処か嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

 

『おっこつくん、ありがとう。ハルと友だちになってくれて』

「え……」

 

 両手を合わせて、ペコリと頭を下げる少女の姿に言葉を失う。

 虚をつかれてまごついている彼に向けて、彼女は屈託のない笑顔を零しながら話を続ける。

 遠い過去を振り返って。

 胸の内にしまった大事な宝物(思い出)を見つめて。

 

『わたしとハルはすっごく仲良しな友達同士だったけど……けんかはしたことがなかったの』

 

 ”ハルはだれよりもやさしいけど……ひっこみがちだったから”

 彼女が語る昔日のハルの姿は、乙骨の良く知るハルの像とそう変わらないモノであった。

 優しいけれど内気な少女(ハル)とそんな彼女の手を引いてくれる親友(ユイ)

 遠い過去にあった仲睦まじい彼女たちを乙骨は、遺された絵日記を通して知っていた。

 それがユイ、本人の口から語られる事でより鮮明に肉付けされていく。

 ――そして遺書に書かれていた内容が、ハルに寄り添っていながらも表に出さなかった影を濃くしていった。

 ”父親が蒸発し、母親がおかしくなってしまった。”

 心の支えは、自身の存在を肯定してくれる細やかな少女との日常。

 互いに補うように支え合う少女達の(過去)に耳を傾ける中で、乙骨は自身と里香を照らし合わせて、共感の念を抱き始めていた。

 小さいときは、身体が弱く病院に通いがちだった彼は、同世代の子供たちが手にしていたありふれた交友関係を築くことが出来ずにいた。

 だからこそ、運命に惹かれ合うように病院で出会った里香を彼は愛した。

 何気なく手を引かれて公園で遊んだ記憶。

 笑顔の彼女が何よりも綺麗で、心の底から澄んだ笑顔がこぼれた。

 乙骨は大事な思い出を”思い出した”。

 

「どうして……忘れていたんだろう」

 

 視線を自身に寄り添う呪霊(里香)へと向ける。

 心の底から愛していたかつての面影は、もう何処にもない。

 叶うのであればもう一度だけでいい。あの笑顔を見てみたい。

 沸き立つ思いにじっと里香へと視線を向ける乙骨の姿にユイは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

『その縁が悪いものじゃなくて良かったよ』

 

 

 

 

 

 

 

「昔、この町には今以上にお化けが蔓延っていました」

 

 夜回り街道の最中、ともこは真希に小噺を一つ披露するように口火を切った。

 コンビニを離れて、ハルが立ち寄りそうな所を目指して、暫くの時が経っていた。

 時にお化けの気を逸らし、時にお化けに気とられずに脇を抜ける独特な歩法は、呪術師目線からでも目を見張るモノであったが、ともこはそれだけでは目的地までの間を持たせれないと判断した。

 年上からのくすぐったい様な気遣いではあったが、真希は反発することなく耳を傾ける。

 

「先程見かけた狛犬の像や所々に点々としている地蔵菩薩といったモノはその名残になりますね。霊脈が歪んでいた土地柄、磁場がおかしくなってしまった為か、他地域よりも霊的な存在による信仰が厚くなっています」

 

 霊的な存在が身近であった為に守護霊や神に人々は縋った。

 そうしたモノの庇護がなければ、黄昏時より始まる夜の存在達の悪意に晒されてしまうからだ。

 真希は、今時では珍しくしっかりと手入れされている小さな祠や、キチンと磨かれている狛犬の像を思い返して、頷く。

 

「その中でも一際、禍々しく悪辣なモノを生活からかけ離れた霊山の奥地へと押し込み、封じていました。麓には相対する相性の良い神様を祀り上げて、安全圏を確保したんです」

 

 と、そこまで説明してともこはちょうど通りかかったところにあった脇に建てられている看板へと目をやった。

 真希もそれに倣うように視線を向ける。

 ”夏季の節水にご協力ください。ダムの水が少なくなっています。”

 夏はとっくに過ぎ去っている。役所の職員が剥がし忘れたモノだろうか。

 再び歩みを進めながら、ともこは噺を広げていく。

 

「近年の開発影響で、山の麓の住民は立ち退きを命じられてしまったんです」

「それは……拙いだろ」

 

 表情を歪ませた真希の返答にともこは頷く。

 ダム開発によって、山の村民は立ち退き、其処で信仰されていた神様は、時の流れと共に忘れ去られていってしまった。

 慈悲深く、温厚な神であればそれを受け入れ、消滅したかもしれない。

 だが、麓の神は明確な役割を持ってこの地に招かれて、その役割を果たせなくなってしまえばその後に起こってしまった事は想像に容易い事だ。

 

「はい、真希さんの思い描いている通りです。麓の神の信仰は衰え、抑えの無くなった山のモノは町の人々に手を伸ばしました」

 

 ”山には近づくな””山の声に耳を傾けるな”

 そんな言い伝えが町に広がりました。と、ともこは続けた。

 呪術界でもその手の話は、上層部の頭を悩ませ、御三家の末端である真希でも、家で、そして高専でも授業で触れる内容であった。

 時代の移り変わりによって、信仰の逓減した土地神。

 大人しく消えるのか。堕ちて荒神として呪術界から討伐対象になるのか。

 ともこの噺は、魔除けの役割を果たしていた神が機能しなくなってしまった為に起きてしまった顛末であった。

 

呪術界(ウチ)は何かしなかったのか?」

 

 呪霊による被害が出れば、高専関係者である窓が規模を確認し、対応可能な呪術師が派遣される筈だ。

 真希の問いに対して、ともこは苦い顔をしながら首を横に振った。

 

「全てが終わった今だからこそ、事態の詳細が分かる状態にはあるのですが、二つの要素が絡み合って事件が表面化しなかったみたいです」

 

 悪辣にも悪事を働く山のモノは隠れ蓑を複数用意していた。

 一つは、磁場が狂っている為に四級以下の呪霊や呪霊未満のお化けが吹き溜まり易い土地の性質。

 そして、もう()()()が信仰が薄れてしまった為に暴走してしまった麓の神であった。

 因果を結び、彼岸へと人を誘う山のモノ()と相対する因果を断ち切る権能。

 被害者の周囲の因果は断ち切られ、真相は暴かれる事無く、闇の中へと葬られてしまった。

 

「山のモノが犯した最後の被害、それがハルちゃんの親友、ユイちゃんでした」

 

 と、そこまでつらつらと噺を綴っていたともこがピタリと足を止めた。

 真希もその()()を視認して、背に掛けていた薙刀を取り出し、構える。

 

「どうして? ……此処は貴方の縄張りではない筈なのに」

「薄気味悪りぃ……ともこさん、アレは一体何なんだ?」

 

 困惑し、言葉を漏らすともこを背に庇いながら、真希は薙刀の刃を眼前の対象へと向けた。

 大きさにして自動車程。

 幾つもの灰色の触手を束ねて、まるでミミズの様な躰にのっぺりとした大きな瞳が閉じている仮面の様な顔が付いている。

 お化けにしてはその存在感が異質で、呪霊にしては怖気が走るような邪気がない。

 

「よまわりさん。私の町ではそう呼ばれている存在です。あの大きな袋で人を攫って、人の手から離れてしまった自身の住処に持ち去ってしまう困った呪霊なのですが……私にも何故、アレが此処に居るのかが分かりません」

 

 灰色の胴体から幾つか伸びた触手は、成人男性でもすっぽりと入ってしまいそうな袋を3つ程携えている。

 首を傾げ、困惑に揺れるともこの視線を受けたよまわりは、通せんぼをしていたかと思うと、何もせずそのまま闇に溶ける様に消えた。

 薙刀を構えたまま、周辺の警戒を怠らない真希。

 だが、それも暫くの経った後に何もない事が分かると肩の力を抜いて、武器を下げた。

 

「なんなんだよ……」

 

 敵意があるのかさえ、定かではない。

 どうしてよまわりが縄張りを離れて真希達の前に立ちはだかったのか。

 攫いに来るわけでもなく、顔を見せただけで消えた意図を読めるわけがない。

 

「私の知らないナニカがこの町に来ているのでしょうか……」

 

 後ろを振り返り、歩いてきた道を懐中電灯で照らすともこ。

 そこにはナニカがいるわけではない。

 ただ漠然と感じた蟲の知らせに応える様に遠くで烏が鳴いて羽ばたく音が聞こえた。

 

 

 

『おっこつ君におねがいしたい事があるの』

「お願いしたい事?」

 

 口火を切るユイに、乙骨は振り向いた。

 背負うナップサックから取り出したのは、ボロボなまま、無理矢理補修された様な痕跡が残る人形だ。

 ”なぜ、これを?”

 それをユイから受け取った乙骨は首を傾げた。

 

『それはね、わたしの大事なお守り。ハルがわたしが一人でも寂しくないように作ってくれた大事なたからもの。おっこつ君には、ハルと仲なおりして欲しいから、お守りとしてあげるね』

「そんな大事なモノ、受け取れないよっ!」

 

 それは家に帰っても一人ぼっちなユイを思って、当時のハルが一日かけて作った友達人形であった。

 裁縫が得意な訳でもなかった為に思うような出来でもなく、自作したハル自身も下手くそな出来栄えだったハルを模した人形は、ユイが持つ宝物の中で何よりも大事なモノだった。

 ()()()に対価として四肢を切断されて、山深くに置き去りにされたソレをユイは拾い上げて、補修した。

 母親が育児放棄(ネグレクト)をして以来、幼いながらも自活していた彼女にとって、人形の補修自体は初めての試みではあったものの、培われていた経験はちゃんと活きていて、人形としての体を取り戻すくらいは漕ぎつけた。

 そんな死後も大事にしていた人形を受け取れないと返そうとする乙骨に対して、彼女は首を振って手を後ろに回して組んだ。

 

『おっこつ君とハルは、きっと大事な友だち同士になれるよ。ソレはわたしが持っていても、もうどうしようもないモノだから、おっこつ君に持っててほしいの』

 

 それはまさしく、呪物に他ならないモノに成り果てた。

 生贄を求める縁結びの神(山の神)の残り滓でありながら、この地の霊脈を管理する少女の思い(呪い)が注ぎ込まれたモノ。

 込められた呪いに関しては問うまでもないだろう。

 返却を拒否され、がっくりとうな垂れた彼は、ポケットの中に丁重にしまった。

 友達の親友(ユイ)に背中を押されるまでもなく、仲直りはするつもりではあったのだ。

 後ろめたい気持ちが少しどころか思い溢れる程あったとしても、乙骨の根幹にあるのは友達に対する自己顕示欲だ。

 仲違いをして、ぶつかり合ったとしても、ハルは乙骨の中では大事な友達である。

 その為に行方を眩ませたハルを探して夜の町を奔走していたのだ。

 乙骨の内心を見透かしたのか、ユイは満足気に頷く。

 対価(縛り)は得た。ならば、ちゃんと報酬を渡さなければいけない。

 

『おっこつ君のねがい叶えてあげるね』

 

 呪いに侵されて怨霊(呪霊)と化す前の里香と相まみえたい。

 その願いを彼女はしっかりと聞き届けていた。

 ユイは歪んだ姿に成り果てた里香を一瞥する。

 可能な筈だ。

 何故なら、自身も同じような経験をしていながらしっかりとハルと対話する事が出来たのだから。

 

「え? 願いって!?」

 

 了承も得る間もなく進んでいた話についていけず、狼狽える彼に言葉で説明するよりも実際に見て貰った方が早いと判断する彼女は、得られた縛りを利用して術式を起動する。

 縁結び。

 繋がれた(意図)は、彼女自身の過去を開示させるモノ。

 忘れることのない一夜の顛末。

 自身とハル、二人が辿った最後の瞬間だ。

 

 

 乙骨の視界は突如として、色彩を失い単調なモノクロな物へと移り変わってしまった。

 視界だけではない。

 緑香る山中の林の中から、無機質な粘土臭とヒンヤリと冷たい肌を撫でる様な空気。

 鍾乳洞、あるいは洞窟の中へと彼は飛ばされてしまった。

 

「此処は……」

 

 此処は一体何処なのか。

 辺りを見渡しても答えは見つからない。

 砂利が敷き詰められている痕跡を見ると、間違いなくこの不気味なほどに静寂な空間に人が居た証左なのだが、他人どころか生物の気配すらしない此処は、先程まで居た緑溢れる山林に対して命と隔絶している。

 此処が過去の世界だと乙骨が気づいたのは、洞窟の奥へと歩みを進めてすぐの事であった。

 

「ハルちゃん?」

 

 夜の町を駆け回り、探し求めていた友人の姿がそこにはあった。

 だが、乙骨の呼びかけに彼女は反応する素振りを見せない。

 ”どうして?”

 抱いた違和感は、すぐに氷解した。

 今でも実年齢に対して幼い見た目をしている彼女ではあるが、それよりも一回りも幼い。

 歳相応と称するべきか。

 その結論へ至ったのは、乙骨と高専で顔を合わせた際には既に欠けていた左腕を彼女が持ち合わせていたから。

 全身ボロボロで埃まみれの彼女が見つめるただ一点には、おそらく乙骨をこの世界に導いた主の姿があった。

 地面に座り込でいる親友(ユイ)の名前を歓喜の色を乗せて呼び掛けたハルは、彼女の事を探していたのだろうか。

 読んでしまった遺書の内容が脳裏を過る。

 失うことに疲れてしまった彼女。

 姿を眩ませてしまった彼女をハルは探していたのかもしれない。

 だが、それがどうして今のハルとユイに結び付くのかが乙骨には分らなかった。

 此処で再会を果たしているのに、今もなおハルは友の影を求めている。

 乙骨が言葉を交わした幽霊になってしまったユイは、六年の月日を経てもなハルの事を大切に案じている。

 

「……なんでだよ」

 

 その再会が乙骨が思い描いていて――ハルが求めていた形ではない事に気づいたのは、座り込んでいたユイの様子がおかしかった為だ。

 呼び掛けたハルの声に俯いていた顔を上げるユイ。

 その相貌は、既にヒトの物ではなかった。

 両目の大きさが不揃いに歪んでいる。

 大きく膨れ上がった右目が顔の大部分を占め、瞬きをしない内にその姿はよりバケモノらしさを増していく。

 全身を黒く染めた彼女は、放射線に揺らめく光の物体に成り果てた。

 ユイは呪いに侵されてしまっていたのだ。

 

『いッショニきて……』

 

 呪霊と化した彼女が親友へと手を伸ばす。

 大好きな親友の求めにハルは首を横に振る。

 切なそうに、悲しそうに。

 その手を取れば……後ろに控える底の見えない縦穴に落ちるのが分かっていたから。

 埃を被っても、生傷が絶えない身体になっても、此処まで来たのは親友にお別れを告げる為だから。

 死んでしまって、お化けになってしまった親友にずっと一緒に寄り添う事は出来ない。

 一歩下がろうとするハルを引き留めようとユイの手から無数の赤い糸が左腕に結び付く。

 ”呪いだ……”

 ぐちゃぐちゃに絡みつくソレを乙骨は可視化された呪いだと悟る。

 簡単に解けそうにない糸の塊はハルが紅い裁ち鋏で切っても、時間が経つ毎にその絡みつく糸が増していく。

 硬く固く結ばれた二人の繋がり()

 ポロポロと涙を流しながらハルは、糸を切るのを止めてユイを見つめる。

 

「ごめんなさい」

 

 

 ハルは胸の内に秘めている自責の念を明かしていった。

 

 ”ずっと一緒にいる”。

 交わした約束を守れなかったこと。

 

 親友はいつも自身を助けてくれたのに、自身は親友の苦しみを助けてあげたつもりでちっとも助けてあげられなかたこと。

 

 お別れの言葉をちゃんと言えなかったこと。

 

 鋏を手放した彼女の手には、乙骨が託されたユイの宝物が握りしめられている。

 重ねられた謝罪の言葉。

 だが、それはもう呪霊に成り果てたユイには届かない。

 じりじりとにじり寄るバケモノの姿に人形を強く握りしめた彼女は、慟哭の声をあげながら手を頭上に掲げた。

 

「それでも! こんなユイを見るのは()()()()()!!」

 

 それがアイツを呼ぶ言葉(まじない)だという事に乙骨が気づいたのは、全てが終わった後の事である。

 少女の左腕は切り落とされた。

 掲げられた人形は四肢をバラバラに割かれ、地に散乱した。

 縁を切る慈悲深き神様は少女の願いを聞き届けた。

 左腕を失った彼女の傍らにもう、呪霊の姿はない。

 

「……僕は、何も分かっちゃいなかったんだ」

 

 繋がれていた絆を自ら断つ痛みを。

 苦しく泣きながらもソレを行った彼女の覚悟を。

 夥しい血を流して倒れ伏したハルの側で乙骨は呆然と立ち尽くした。

 

『ハルっ!!』

 

 先程までの呪霊の相貌は見る影もない。

 年相応の少女の姿を取り戻したユイは倒れ伏したハルの側に駆け寄って、その身体を抱き起こす。

 大量の血を流してしまったハルの身体は恐ろしいくらい冷たくなってしまっている。

 彼岸を渡ってしまった彼女がハルに干渉が出来るのは、ハル自身が死の一歩手前まで来てしまったからだ。

 

「ユイ……ごめんなさい。……さようなら」

 

 か細い声で紡がれたうわ言に頷いて、ユイは親友の肩に腕を回して立ち上がる。

 出口に向かってフラフラと歩く彼女達の背を乙骨は見送った。

 

 

 

 瞬きをすれば、モノクロの世界は既に消えうせていた。

 山中の自然と土の香り。

 耳に入る蟲のさざめき。

 土を踏みしめる足の感触。

 豊かな色調の中で目の前で首を傾げる少女の姿。

 五感の大半が、自身が今此処に居ることを伝えている。

 

『……あれ? 伝わらなかった?』

 

 固まった乙骨の姿をユイは想定していなかった。

 見る人が見れば言葉を失ってしまう悲劇である過去であるという認識が、ユイには出来ていなかったのだ。

 それがまた、両目を包帯で隠した心臓に毛が生えたような大人ではなく、自身の境遇とハルを重ね合わせて共感を抱いていた乙骨なら猶更の事。

 言葉で伝えるよりも目で見た方が早いと速断しての行為であったが、完全に裏目を引いてしまったのを暫しの時間を置いて彼女はようやく理解するのであった。

 

 ユイには他の呪霊とは類を見ない経験があった。

 親友と約束した隣町の花火大会を見る。

 死した後、その未練が彼女を成仏できないお化けに変え、他の存在によって呪いを受けて、一度は呪霊へと至った。

 友との離別を否定する感情。

 大事な親友を死の淵に引きずり込もうとする負の意思を悪辣な山の神によって誘導されてしまった彼女は、縁切りの神によって、ハルへと向ける呪いを断つ事が出来た。

 死の淵に瀕したハルを救う。

 その献身の()()一つで、呪霊の姿を捨て去った彼女は紛れもなく異質な存在である。

 

『わたしは糸を結ぶ事しか出来ないけど、リカちゃんの意思とおっこつ君がそれをのぞむ思いがあれば、呪いで歪む前のリカちゃんに戻せるよ』

 

 経験則によるユイの説明を、乙骨は半信半疑で頷く。

 同時に乙骨()里香を呪いで縛って常世に引き留めているのではないかという、高専に編入して間もなく抱いた疑念への解答をユイから貰って、腑に落ちる思いが湧いていた。

 幼いながらにぐちゃぐちゃにかき乱されたまま結んだ最愛の人との離別を拒絶する思い(呪い)は、醜悪な見た目と共に稚拙な暴力性に満ちた、生前の里香とはかけ離れたバケモノへと里香を変貌させている。

 その呪いの側にユイが細い糸(新しい呪い)を結び付ける。

 呪いの供給元である乙骨がその繋がりを利用して、歪んだ存在の中に紛れているありのままの里香の側面を呼び起こす。

 ユイの説明をより詳細を詰めて簡単に纏めるとこのようなモノであった。

 

『それじゃあ、始めるね』

 

 ユイの合図と共に乙骨はポケットの中に入れた人形を軽く握り締めた。

 呪具の取り扱いは既に慣れたモノだ。

 呪力を込めると同時に見つめる先にいる里香の身体にノイズが走った。

 波長を外したラジオが発する砂嵐の音が耳を触る。

 乱れている波長をチューニングを合わせる様に。

 徐々に込める呪力を調節しながら彼は里香へと呼び掛け続ける。

 ”里香ちゃん、僕は君と話がしたい”

 まずは謝ろう。

 自身が掛けた呪いで存在を歪ませてしまったことを。

 それから……あとは……――ちゃんとお別れをしないと。

 

”里香ちゃん、僕の声、聞こえてる?”

『うん、聞こえてるよ憂太。おはよっ』

 

 思い出に残る可憐な少女の姿で彼女はふんわりと微笑みを零した。

 長い時の微睡みから覚めたような、少しだけ眠たげな様子で。

 長らく見てなかったその笑顔。

 万感の思いが溢れた彼はポロポロと流れ落ちる涙を止めれなかった。

 

「……うん、おはよう里香ちゃん」

 

 

 

 

 一羽の鳥がその様子を遠い空の上で眺めていた。

 





 裏山に咲く白花夾竹桃の噂
 
 普段は花一輪も付けず、枯れ果てたその樹が季節はずれにも拘わらず、夜に花を咲かせることがあるらしい。
 木の下に添えられた一輪の花。
 それを見つめる少女の霊がいたり、いなかったりするとか。

 ユイの思い出の人形
 元ネタはばらばら人形。
 ノベライズで掘り下げられた思い出の人形。
 ハルのこれくしょんとして回収されなかったソレをユイが補修したもの。
 無論、呪物。

 ユイ
 
 元は白花夾竹桃の樹の下で眠る幽霊だった彼女を何処かの誰かさんが家の力を存分に使って、空席になっていた磁場の管理者に治めた。
 やってることは某有名シリーズの迷い牛な少女と同じこと。
 もちろん、組織の了承など得ていない。
 けど、そんな気にもかけない。嫌いだからね。
 現実に思い詰めて、山の魔力に引き寄せられたヒトを彼女は、現世に残した繋がりを思い起こさせて送り返している。
 
 鳥

 観測者

 
 拝読ありがとうございます。
 描いていた絵を文字に起こすって、大変でした。
 三が発売されて、大変インスピレーションうけました。
 ノベライズはよ。

 誤字、脱字報告ありがとうございます。
 (以下敬称略)

 赤頭巾、りゅうだろう
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