深夜廻戦   作:フールル

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 原典があると書き易い!!
 それはそれとして、皆さんに謝りたいことが一つあります。

 夜廻三、色々と考察したんですがあの物語、プロローグから全てを引っ繰り返えさないとおも姉(コトリ)さん救えないってことに気づいて、絶望しました。

 素材をそのままに、素晴らしい作品の味をそのまま引き継いでクロスオーバーしたかったのですが……打つ手なかったです。
 だけど、作者見たい!
 あの夜の後も、一緒に墓参りする姉妹とか一緒に色々なモノを見て、旅する姉妹とか!! そんな欲望に塗れて、原典をひっくり返しました。
 僕は悪くねぇ!!


一四夜目 (急)

 

 季節が変わって、暫くの時間が経ってしまった。

 葉が落ちて寂しくなった枝を北風が揺らしている。

 それをハルは窓越しにただ眺めていた。

 ほぅっと吐いた息は白く、冷たい。

 

「風邪……引きますよ」

「……はい」

 

 世話人の気遣いに頷いて、ハルは冷たい窓辺を離れて火のついた囲炉裏の側に腰を下ろした。

 四畳一間。ソレが彼女に許された空間。

 自由の利く右手に封印の処置がされたとはいえ、独房に詰められなかったことはまだ幼い彼女にとって幸いだったのか。

 それとも、監視と世話を兼ねた専用の教師以外に接触する人も居ない軟禁状態へ置かれた状態を不幸と見るべきか。

 ゆらりと揺らめく囲炉裏の火を見つめながらハルは──選べなかった。

 

 

 里香の解呪が完了。

 それがハルが抑留されている状態から解放される条件だと、担任──五条から聞いた乙骨憂太を含めクラスメイトの反応は、二つに分れてしまった。

 負傷から復帰したパンダ、狗巻は、それも止む得ない処置だと恭順する姿勢に。

 あの一夜を過ごした真希は見るからに不機嫌な様子を見せた。

 当事者である乙骨は、いち早く再会して謝りたかったが故に落胆を隠せなかった。

 

「正直、僕もお手上げなんだよねー。封印状態のハルちゃんって一般人と変わらないから呪力探知にも引っかからないし」

 

 僕じゃあどうすることも出来ません。

 両手を上げて、降参のポーズを取る担任の姿。

 彼もハルの居そうなところに辺りを付け、見て回ったらしいのだが……結果は芳しくないとの事であった。

 最強の名を冠する彼が見当も付かない以上、学生である彼らではハルと接触するなんて事は土台無理な話の筈だった。

 

「……おかか?」

「ううん、なんでもないよ。狗巻君」

「……しゃけ」

 

 いつの間にか足を止めていた。

 怪訝そうな表情で気遣いを向ける友人に取り繕った笑顔で誤魔化すことは──不器用な彼には無理だった。

 それでも彼の内心を汲み取った狗巻は、気遣いを見せつつも深入りはしなかった。

 なにも聞かないでくれる友達の優しさが、今はありがたい。

 視線を落とせば視界に映る右腕から伸びる赤い糸。

 コレが乙骨を悩ませる原因であった。

 ”ハルをよろしくお願いします”

 託された彼女(ユイ)の祈り。そして、渡された人形に込められた術式。

 あの日見ることが出来た自身と里香を結んでいた繋がりのようなモノ。

 縁の糸。

 理由は定かではないが、ユイの用いた呪術のほんの一端を乙骨は使える様になっていた。

 コレを辿って行けばハルと接触出来る。

 そのような確信を持つことが出来ても、未だに行動に移せないのはそう単純なことではないからだ。

 里香の解呪が態々名言されている以上、ハルが抑留されている理由は言わずもがな。

 そんな状態の中で監視がある中で、ハルに謝りに行くことが本当に正しいのだろうか。

 あの一夜で乙骨は、自身の呪術師としての才能が里香を現世に縛り付けていることを理解することが出来た。

 喧嘩の原因である里香を解呪した後に、呪術高専を離れるという未来が来ることがない事を確信した今、時間を掛けて呪いを熟知し、里香を解呪すればハルとの再会は叶う。

 どうするべきだろうか。

 抑留されている彼女のことを思えば、いち早く解呪に努めるべきなのだろう。

 友人達もそうするしかない。と、快く協力してくれているのだから。

 ただ、こうして足を止めるくらいに乙骨が悩むのは、胸の中に引っ掛かりを感じる程に残るしこりが存在するからだ。

 ほんとうにコレでいいのだろうか。なにか、大事なことを見落としていないだろうか。

 漠然とした理由も定かではない不安。

 時間を掛ければ、掛けるほど何か悪い方に物事が転がっていくのではないかと焦燥感が時折顔をちらつかせている。

 

 その不安が──確かなモノへと変わるのは強大な悪意に晒されてからであった。

 

 

 

 招かざる来訪者。

 空か降り立ったペリカンを模した大きな呪霊から姿を見せた和装の術師を視界に入れた瞬間、ゾワリと自身の背筋が怖気だったのを乙骨は自覚した。

 なんなんだ、この人。

 禍々しい赤い糸。

 今まで見たことのない糸が自身としっかりと結ばれている。

 ユイより預かった人形(呪物)によって可視化される繋がり《縁》の赤い糸。

 呪力を流し、より鮮明に映せば視界中が糸だらけになってしまう使い勝手が良いとは思えないモノだということを乙骨は一度試して理解した。

 そして、その試しの一回で新しい発見もあった。

 皆と僕を結ぶ糸は何処か温かい。

 パンダ君と学長を結ぶ糸は、僕とパンダ君を結んでいる糸よりも温かい。

 先生に結ばれている糸は多過ぎて、種類も沢山ある。

 同じ赤い色の糸だが、その糸から感じる印象は大きく分けて二つに分類出来そうであった。

 良い縁と悪い縁。

 術式を間借りしている乙骨にはそれが正しい見方なのかを問う相手が近くに居ない為、自身で決めなければいけないのだが──直感で、縁とはそうあるべきものだと彼は感じ取った。

 

「真希ちゃん下がってっ!」

「はぁ!?」

 

 理由は定かではない。

 だが、自身と真希を除いたパンダと狗巻に対して伸びている縁は、比較しても分かり易いぐらいに印象の差が感じられるモノだ。

 

「……穏やかじゃないな」

「しゃけ」

 

 事態は呑みこめなくても、雰囲気で分ることもある。

 怯えを見せて、真っ先に真希へ指示を飛ばした友人の姿を見たパンダ、狗巻の両名は二人の前に立ち、身構える。

 なにがあっても対処して見せる。その様な自負が彼らにはあった。

 

「……やれやれ、初対面の筈だが警戒されてしまったようだ」

 

 肩を竦めて──だが、柔和な笑みを崩さない和装の術師。

 警戒する乙骨達の様子などさも気にも止めないで、一歩二歩と距離を詰めていく。

 おもむろに袖口から取り出したのは一枚の学生証。

 

「乙骨憂太君、私は拾ったコレを君に返しに来たんだ……」

 

 嘘だ。

 目に映る縁()がその言葉を否定する。

 そもそも落とした学生証を返すにしては、何もかもが不審だ。

 呪霊に乗って、空からやって来る事も。

 その呪霊から下りてきた人を見ると中々の大所帯である事も。

 この人……ナニカおかしい。

 乙骨がそう感じるのも無理のない話であった。

 近づきたくない。首を振って、手渡しに対して拒否の意を見せる。

 困った様な笑みを浮かべる彼よりも、注意しなければいけない事がある。

 ペリカンを模した呪霊から次から次へと降りて来る術者達の中に目の前の男性と同じような禍々しい縁を自身と結んでいる人が、一人だけ存在する。

 一人だけ切り取られたように集団に馴染まずに揺らめき立っている女性。

 色褪せた着物に袖を通し、地に着くまで伸びた長い髪の毛。生成のお面の目がじっと自身へ向けられている。

 他の術者達が此方に対して、ほぼ無関心な態度を取っている事も相俟って二人から向けられた縁の冷たさはより際立って感じ取れた。

 

「……貴方はどうして此処に来たんですか」

 

 先生を含めた学園に駐在している呪術師はまだ来ない。

 時間を稼ぐ必要があった。

 正面からの殴り込みであるなら態々暇を潰す様に乙骨達に絡む事はない。

 何故、彼が落とした学生証を拾っているかは甚だ疑問ではあるが、本当に学生証を返しに来ただけとはとても考えられない。

 

 

「私の名前は夏油傑。さる宗教団体の宗主をやっているよ……私はね、今の世界の在り方を嘆いているんだ」

 

 乙骨の意図を悟ったか。

 一瞬、思案顔を見せた夏油はその意を汲んで、講釈を垂れ始めた。

 

「乙骨憂太くん、君は疑問を抱いたことはないかい? 何故、強者である呪術師が弱者達が成している一般社会を守るために暗躍しなければいけないのか。生物の進化とは淘汰と共にある筈なのに、人類は今、弱者によって足を引っ張られているんだ」

 

 夏油の言葉に熱が入り始める。

 本心からそう願っているように。

 本心から弱者を忌むべきものと断ずるように。

 宗教。人類の進化。術師と非術師。

 そこに重ねられる言葉は、乙骨が今まで生きてきた世界からは程遠いスケールの大きなモノになっている。

 

「私はね、非術師を皆殺しにして呪術師だけの世界を作りたいんだ。その為に乙骨君、強大な力を持つ君に手伝っては貰えないかい?」

「嫌です」

 

 考えるまでもない。

 夏油の言葉は何一つ乙骨には響かなかった。

 彼の言う人類の進化の為に切り捨てられる弱者。

 呪術師が関与する事も出来ず、起きてしまった一夏の悲劇を彼は絶対に忘れない。

 他者を純粋に思いやる心も。別れを惜しむ涙も。

 全て切り捨てて良い筈がない。

 

「そうか……残念だよ」

 

 取りつく島もない事を理解した夏油の表情は、心の底から残念がっているように。

 其処に嘘はない。

 そのように乙骨には見えた。

 

 

 

「ほんとうにもぬけの殻だな」

 

 一人、学園内を歩く真希はぼそりと呟きつつ、息を吐いた。

 特級呪祖師夏油傑による新宿と京都の同時テロ。

 その対応に追われ、高専の主な戦力も動員された結果、真希の言葉通り、呪術高専は普段以上に閑散とした空気を曝け出すことになっていた。

 一週間の休講が通達され、宣戦布告された12月24日当日にわざわざ寮を飛び出して、学園内を散歩する理由が真希には──特段無かった。

 身体を動かしていないと性に合わないとかそのような殊勝な性格を彼女は持ち合わせていない。

 ただ──ほんとうになんとなく、外に出て歩いていた方が良い気がしたのだ。

 こういうの、虫の知らせって言うんだろうな。

 今の自らの行いを振り返っても理由らしい理由に見当が付かず、思わず笑ってしまうような空回りっぷりではあったが、自身の直感を真希は信じてみたくなっている。

 ”なんとなくだけどね、なにか起こるんじゃないかって感じた時は、素直にその感覚を信じてあげても良いと思うの”

 夏の一夜。ともこが教授してくれた言葉の一つだ。

 非術者なのに怪異と向き合い真希でも目を見張る技術を見せてくれた彼女に対して、真希は厚いリスクペクトを抱いていた。

 時間もあったから中々様になってきたんじゃねーの? 

 足音を消し、気配も断つ特殊な歩法。

 付け焼き刃だったソレも、休講だった時間を利用して磨けば中々様になった様な、そんな気さえしていた。

 ソレを見せてアドバイスを貰うのであれば接触禁止になっている級友しか居ないのだが……。

 

 

 

 ソレに真希が気づけたのは偶然としか言えない状況であった。

 夜の歩き方を模倣しながらの散歩の最中に、嗅ぎ慣れた鉄の匂いが鼻を突き抜ける。

 嘘だろ……。

 あってはならないその匂いを否定は出来ない。

 気配を消し、曲がり角から顔を出し辺りを伺えば匂いの原因はすぐに特定出来た。

 百鬼夜行に同行せず、高専に残った職員が自身が作った血の池に身を沈めている。

 一人は首を飛ばされて。

 もう一人は上半身を半ばから斜めに寸断されてしまっている。

 生死を確かめる必要すらない。どう見ても死んでいた。

 どうして、お前が此処に居るんだよ……。

 予想外の事態である。

 新宿と京都の同時テロの主導者にして特級呪祖師夏油傑。

 最前線に出ている筈の彼が、戦線を離れ手薄になった呪術高専に攻め込んでいた。

 横にはもう一人、髪を地面に引きずりながら揺れ歩く女性がいる。

 幸いにして、その背中を見つめる真希の存在に彼らは気づいていない様子だ。

 私に出来ることはなんだ? 

 取り出したスマートフォンを操作し、今起きている情報をパンダと狗巻、そして五条へと伝えた。

 既に新宿で火蓋が切られていた時には、メッセージを見る余裕などない。

 だが、伝えないよりはマシなのは確かだ。

 その上で真希は自身の取れる選択を探す。

 正面から戦う? それは実力差を弁えていない行為だ。

 夏油が呪術高専で行った宣戦布告。

 その去り際に残していった呪霊一体でも真希では対処出来ない。

 呪術師としての実力差が開き過ぎている。

 相手を打ち負かすことだけが正しいなんて事はない。

 ”大事なのは知ることよ、真希さん。私は妹みたいに動けはしないけど、それでも助けになれることが絶対にあると探し続けたの”

 たとえ弱くても──否、弱いからこそ選びうる選択肢が転がっているモノだと教えてくれた言葉を真希は思い出した。

 思考を回す。

 戦線を離れもぬけの殻と化した高専に攻め込んでいる事自体が非術者の虐殺という夏油の目的と合致していない。

 ブラフ。本当の目的。

 あの日、夏油が執着を見せたモノはなんだ。

 ゆっくりと悟られないように後を付けながら真希は記憶を掘り起こす。

 

「憂太と……ハルかっ!?」

 

 そう遠くない日の出来事だった為に、答えへとすぐにたどり着いた。

 落とした学生証を携え、接触しようとしてきた乙骨。

 そしてハルは──

 

『悟、老婆心ながら忠告しておこう。神代の巫女を今の内に殺しておいた方がいい。アレはもうすぐ手遅れになるよ』

 

 神代の巫女。

 神の力をその身に降ろすことの出来る呪術師に、真希の心当たりは一人しかいない。

 だが、その居場所は学園内を隈なく探した真希達でさえ見当が付かないモノ。

 なにか真希が考え付かないような手段があるのだろう。

 しかし、そこは今の真希にとって重要なことではない。

 乙骨とハル、二人の級友に悪意の手が伸びようとしているのであれば、やることはだいたい決まった様なモノであった。

 スマートフォンを操作し、同じように高専に留まり、休講で暇になっている筈の乙骨に連絡を入れる。

 ついでにハルにも連絡を取りたいところではあったが……その連絡手段も接触禁止と指示されてから断たれてしまっていた。

 それでもと、万が一にでも乙骨がハルを見つけることが出来る可能性に賭けて、もう一文、追記して送信する。

 

「さて……やるしかねーよなぁ!」

 

 スマートフォンの電源を切り、顔を上げた真希の表情は奮起の覚悟が愈々と見えている。

 落ちている砂利を何個も拾い集め、そのままポケットへと突っ込む。

 呪術界最強の五条悟が、敵の総大将不在に気づかないわけがない。

 ならば、やり残すことは一つのみ。

 級友が隠れ遂せるまでの時間を稼ぎ、五条悟が到着するまでの間を持たせることだ。

 

 

 

 

 差出人:禪院真希>

 宛先:乙骨憂太>

 

 夏油襲撃。

 隠れろ。

 

「え?」

 

 ガタンと音を立てて椅子が後ろへ倒れた。

 茜色が注す教室。

 一人教室の窓から沈む夕日を眺めて黄昏ていた乙骨の寂寥感は、級友から送られてきた一通のメッセージによって、打ち壊された。

 夏油が? どうして? 

 新宿、京都に呪霊を放ち、無差別テロを起こすと宣言したあの姿に偽りは感じ取れなかった。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 頭を振って、乙骨はスマートフォンを操作する。

 この連絡を寄越した真希は、今その夏油の側にいる筈だ。

 自身に逃げ隠れろと指示した彼女は、この後どうするのか。

 それを尋ねようと文字を打ち込んでいく最中、畳みかけるように送られてきたもう一通のメッセージを携帯の画面が映し出した。

 

 

 差出人:禪院真希>

 宛先:乙骨憂太>

 

 夏油ともう一人の術師がいる。

 ハルを探せるなら見つけて、隠れろ。

 

 そのメッセージを読み取った彼は、教室を飛び出した。

 今の彼女は呪力が封印され、非術者と変わりないただの少女でしかない。

 もし、彼女の身に呪祖師の魔の手が迫れば、なす術もなく殺されることは想像に容易いこと。

 背筋を撫でる様な悪寒が走る。

 ナニカ悪い事が起きる前兆とでもいうのか。

 何も起きるな。

 自身の危険を省みることもせずに、ただ友達の安否を願って彼は視界に映る糸の先へと駆けて行った。

 

 

 *

 

 さて……何処行こうかな? 

 右を見れば呪霊。上を見れば呪霊が宙を泳いでいる。左には呪術師が猿を模した呪霊を捌いていた。

 戦場と化した日の落ちた新宿。

 呪霊の意識、呪術師の意識、その隙間を縫うようにユズはえっちらほっちら歩いている。

 気配を希薄にして歩くユズを、わざわざ構う余裕など双方にないことは分かっていた。

 呪術高専東京校の学長である夜蛾が総力戦で当たると判断を下した二都の呪殺テロ。

 協会に属していない身でありながら、学長本人とパイプを持つユズに声が掛るのは当然のことであった。

 夏油が来ないなら過剰戦力も良いところでしょ。

 ユズの姉が卸した情報に寄せる信頼はかなり厚い。

 この場でやる気に火をつけないのも双方の戦力差がはっきりと付いていたからだ。

 この戦いが終わるのも時間の問題。

 

 

 

 鈴を鳴らして(術式を起動して)、迫りくる呪霊達の一体を軽く叩く。

 それだけで脆弱な呪霊はまとめて、夜に溶けるように霧散した。

 その様子をばつの悪い表情を浮かべて、ユズは眺める。

 数えるのも億劫な呪霊とそれには劣るものの大規模な呪術師が集ってしまったこの戦場では、誰に見られているかなんて、特定しようがない。

 首級をあげて活躍するメリットが()の協会にないことをユズは知ってしまっていた。

 死なない程度に、そして詰みを作らない為に情報を秘匿する。

 それが止む無く参戦したユズの越える最低ラインのハードルである。

 

「わーお、悪趣味だねぇ」

「……ユズさんですか」

 

 幾人ものスーツを来た大人たちが並ぶように首を吊って死んでいる。

 同僚の死を痛ましく見つめている先輩(伊地知)を慮って、ユズは声を掛けた。

 無情な光景に対しての不相応な言葉を放つ後輩に向ける視線は、呆れ八割、安堵二割といったところ。

 二人揃って湿っぽい空気出してちゃダメでしょー。

 まだ戦場のど真ん中。呪殺された遺体があるなら其処から相手の術式を導き出すくらいのフラットさを持ち合わせているくらいが丁度良い。

 死因なんて見たまんま(絞殺)。これ以上拾える情報も無さそうかなー。

 死体を一瞥し、冷静に状況を分析しながらユズは此方を注視する二人に視線を向けた。

 年端もいかないような二人の少女。

 黒いセーラー服とカーディガン。

 黒髪と金髪。

 色の対比はくっきりと。

 手には首をロープで絞められたぬいぐるみとスマートフォン。

 向けられたカメラに伊地知が写り込まないようにユズは立ち位置を変えた。

 

「あ、君もカメラ使うの? 見て見てー、どう? 一眼レフ!」

 

 バックパックから取り出した年代物のカメラを身構える二人にひけらかす。

 は? 何言ってるの、この人。

 呆れを隠せない表情を浮かべる少女達にユズはほくそ笑む。

 ポーカーファイスではないありのままの表情。

 まだ高校生くらいの年代である彼女たちから感じる初々しさ。

 弱いなぁ……。初陣かな。

 補助監督を数人殺せる力を持ち合わせながら、戦場に見合っていない心の在り方を感じ取ったユズは、これ幸いとやりたい放題出来ると確信した。

 

「ね? 名前は? せっかくだし、写真撮って良い?」

「どうするよ、美々子?」

「……吊っちゃおうか、菜々子」

 

 補助監督を数人絞殺したのは、黒い方か。

 まあ、だいたいそうだって思ってたけど。

 芻霊呪法の系統かなぁ。と、すると金色の方が形代となるパスを繋げる術式。

 カメラ……被写体か。

 冷静に。迅速に。手の内を看破しつつ、ユズは準備を整える。

 何か言いたげな伊地知をユズは目で制した。

 ふざけてる? そんなわけない。この程度の道化っぷりで油断を誘えるなら上々。

 真面目にやってますよ、私は。

 

「みみちゃんに、ななちゃんに、じゃ、記念に──はい、チーズ!!」

「気軽にこっちの名前を呼ぶな! おばさん!!」

 

 一瞬のフラッシュ。

 シャッターを押すタイミングは、ユズも菜々子も同じタイミングであった。

 無論、ユズが使ったカメラは呪具でもなんでもないただのカメラ。

 相手の術式が割れない現状で、被写体として何かしらの繋がりを残すことは命取りにつながりかねない事を、他でもないカメラを使う菜々子であれば知っていてもおかしくない筈であった。

 何処にでもいそうな、殺し易そうな人。

 そんなユズの立ち振る舞いが油断を誘ったのであれば次の機会があれば、彼女はより注意深く、よりフラットな思考を持ち合わせた術師として大成出来たのかもしれない。

 ──無論、次の機会が何時来るかなど当分分かる筈もなくなるが。

 

「……ぇ? ぁ、ぁ……?」

「奈々子!?」

 

 映し出された被写体。

 スマートフォンの画面を見た彼女は呆然と、血の気を失ったまま、へたり込んだ。

 繋がっちゃったねぇ繋がり(パス)

 来ると分かっていれば事前に備えて対抗手段を用意すればいい。

 予め準備していた呪具()の術式が起動する。

 彼女はさっき、パスを繋いだまま画面に映った私の()を見た。

 

「鈴が……私は……ぁれ? どうして憎いんだっけ?」

「鈴!? 鈴の音なんて聞こえないよ!!」

 

 喰らえ。喰らえ。思い出《記憶》を。

 嫌な記憶。忘れたい記憶。

 全て全て無くなってしまえ。

 へたり込んだ少女の頭へ無数の赤い手が伸びている。

 これは術式の起動したユズにしか見えないモノ。

 かつて自身が、姉が、狂わされた悪夢のような(優しい)呪い。

 

「さて、ミミちゃん、君も忘れよっか。戦う理由なんて私達にはきっとないんだよ?」

「来ないでッ!!」

 

 動けない相方を背後から抱きしめながら後退りをしようとする彼女の姿はとても弱々しいモノであった。

 そんなに怯えなくてもいいのに……。

 安心させるように優しい微笑みを浮かべてユズは歩み寄っているが、恐怖に彩られた少女の表情は頑なに、より一層深い絶望を浮かべている。

 

「大丈夫、君も──」

 

 轟く爆音。

 何者かが弾き飛ばされたビリヤード球のように宙を引き裂き、少女の後ろに建つテナントに激突する。

 あと少しだったのに……。

 感じ取れる圧倒的な呪力。それから導き出される人物を想定して、すたこらさっさとユズは退避の準備を整える。

 五条悟とは顔を合わせ辛い。

 教え子を攫った後ろめたさも加味することながら、あの眼に自身の術式(手札)を看破されることは、安念と旅道楽を愛する彼女の生活を打ち壊しかねない要素だからだ。

 謀に巻き込まれるなんてごめんあそばせ。付き合ってらんないのです。

 

「それじゃ、バイバイ先輩。また何処かで」

 

 吹き飛ばされてきた外国人の呪祖師。

 彼に虚を突かれ、呆然とした空気の隙間を縫うように彼女は新宿の闇へ身を眩ませて行った。

 

 

 

 

 

 何者かが帳を下ろした。

 その事は軟禁状態のハルでも察することが出来た。

 どうして、帳が? 

 限られた情報を照らし合わせても、何も解は出ない。

 無理もない話である。

 軟禁状態の彼女は、そもそも夏油傑が呪術高専に宣戦布告に訪れたことすらも知り得ない環境に置かれていたからだ。

 この一週間は、慌ただしいようで授業を執り行えない為に与えられた大量の課題を、時間潰しに用いる他ない生活を彼女は送っていた。

 ナニカが起きている。

 それが分かった。──だが、今の自分に何が出来るのだろう。

 呪符と包帯で封印された右腕をみて、そっとため息を着く。

 

 それでも……なにか出来るのかもしれない。

 漠然と感じる嫌な予感。

 それに突き動かされるように彼女は下履きを履いた。

 お世話係兼監視役の臨時先生も今は居ない。

 人の気配がしない板張りの床を軋ませながら、彼女は歩く。

 

「懐中電灯……欲しかったなぁ」

 

 帳の下りた空間内は、昼の時間でも夜のように暗い。

 やがて闇の暗さに目が慣れてきたが……それでも視界の見通しは悪い事に変わりはない。

 暗い視界の中で、出口を探すことに苦戦しながら幾数分。

 ようやく玄関にたどり着いた彼女は安堵の息を漏らした。

 距離感が狂う初めて廻る建物内を延々と彷徨うんじゃないかという恐れが晴れたからだ。

 まずは──誰かと連絡を……。

 此処、学園内の何処なんだろう。学部棟と寮舎どっちが近いのかな? 

 次に取るべき手段に思考を馳せる。

 だが、その思考も次の瞬間には全て吹っ飛んだ。

 どうして? 

 

「……見つけた」

「どうして、貴女が此処に?」

 

 玄関の戸を横に引き、外に出る。

 ちょうど待ち構えるように佇んでいた着物を着た女性とハルは目が合った。

 幽鬼のようにおどろおどろしい雰囲気。

 血の気が失せ、真っ白な痩せ細った顔で爛々と輝く、血走った眼。

 忘れる筈がない。

 かつて見た姿から懸け離れていようともその面影を忘れる訳がない。

 

「どうしてお前だけが……返せ、返せ! 返せ!! あの子を! ユイを返せ!!!」

 

 ドスっと深く、深く突き刺さる鈍い音。

 胸の真ん中が焼けるように熱い。

 じんわりと漏れる命の紅。

 彼女が突き出した出刃包丁。それがしっかりと胸の中心を突き抜けていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 力無く仰向けにハルは倒れた。

 宙を仰ぎ──空を遮るように視界に映る憎悪の瞳。

 私は……恨まれてもしょうがないよ。

 永遠に抱えている自分の後悔が、こんな形で廻り回って来ても──これが報いだとするなら、抗う気も起きなかった。

 ただ、一つ悔いがあるとするなら。

 自分の胸から抜かれ、再び振りかざされた凶刃の先を見つめながら、目尻から涙が一つ流れるのをハルは感じた。

 

「ごめんなさい」

 

 喧嘩して謝りたかった、この言葉。

 これを彼に伝えられなかったことだろう。





 重要なアイテム

 >> 神鳴りの鈴
  
    不思議な森に下りる神様の力が宿った鈴。
    荒玉を鎮め、しっかりと祀った末にお礼として貰ったモノ。
    ちゃんと使えば、悪い記憶、忘れたい記憶に干渉する。
    悪用すればどんな記憶も飛ばせる。
    なお、術式が適用されるには視覚、または聴覚に働きかける為か、割と簡単に防がれる。


 MAKIちゃん、狂化計画始動。
 これも姉妹校交流会編をリブートしないといけない理由。
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