深夜廻戦   作:フールル

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 一日で書き上げた。お待たせでーす。
 粗が目立つかもしれないので、ちょくちょく直すかもしれない。


一五夜目

 恩讐の顛末は成った。

 引き抜いた包丁が紅く紅く染まっている。

 倒れこんだ少女の身体は血溜まりに沈んだ。

 傍から見ても取り返しの付かない状況であった。

 

「ァ、ァァハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 天を仰ぎ、嬌声を上げる彼女は、自身が成し得たのかをしっかりと呑みこんだ。

 殺した。

 殺した。ついに殺した。やっとだ。やっと、あの子は──。

 ”あの子って……あの子? あの子って何だっけ” 

 彼女は首を傾げる。

 私は何をしたかったのだろう。と。

 

「ハルちゃんから離れろ、クソ野郎」

 

 呪い合う。

 彼女が負の感情に身を焦がしたように憎悪に、怒りに満ちた激情が空気を振るわせる。

 宙を飛ぶ蠅を掴みつぶす様に勢いよく伸びた手に掴み取られた彼女は、抵抗する間もなく握り潰された。

 鮮血が里香の手の中に舞い、ポタポタと滴が落ちる。

 

「ハルちゃん!!」

 

 間に合わなかった。

 打ち捨てられた遺骸を一瞥もせず、憂太はハルの下へ駆け寄った。

 ぐつぐつと煮え滾る激情が真冬の寒空の中で水を浴びてしまったように冷えていく。

 

「嘘だ……目を覚ましてよ、ハルちゃん!!」

 

 冬空の風を浴び、全身を血だまりに沈めていたハルの身体は恐ろしい程に冷たかった。

 ほんとうに? ほんとうにそうか? 

 真冬でびしょびしょに濡れてしまっているから、冷たくなったのか? 

 

「そんな筈ないっ!!」

 

 がぶりを振ったハルを抱きしめる憂太の腕から淡い光が発せられた。

 反転術式。

 負の力である呪力を正の力へと変換し、傷や不調を癒す呪力操作の中でも屈指の難易度を誇るそれを憂太はこの土壇場で会得した。

 友を救いたい一心で。

 それはまさにご都合とすら呼べてしまうほどの天から舞い降りた奇跡である。

 

「どうして……起きてよ!! 起きてよ!! ハルちゃん!!!!」

 

 だが、彼が抱きしめる少女の傷は癒えない。

 冷たくなってしまった身体に生の息吹きは吹き返す様子は見られない。

 考えたくもない。

 だが、現実はまざまざと憂太の眼前に残酷な真実を突き付けている。

 

「だって!! 僕はまだ君に謝っていない!! 酷いことを言ったんだ。優しい君に……僕は、君を泣かせてしまって!! ソレを早く謝らなくっちゃって!! ねぇ!! お願いだから……お願いだから……」

 

『憂太……』

 

 友の遺骸を抱きしめながら、最愛の人が悲嘆に沈むのを里香は隣に佇み見る事しか出来ない。

 一度味わったとしても決して慣れることなんて出来ない。

 否、愛する人との離別を拒んだからこそ、憂太は里香を呪霊へと変貌させてしまった。

 ……そう、目の前の死を否定し、呪ったからこそ。

 

「ハルちゃん……ユイさん……僕は、僕には貴方達のようなことは出来ないよ。こんなに胸が張り裂けそうで、辛くて、痛くて、頭の中もぐちゃぐちゃで纏まらないのに、貴方達は……」

 

 大事な死を受け入れ。それを惜しむ心は在ったとしても齢一桁の少女達は、それを呑みこみ永遠の離別を選択した。

 それが互いにとっての幸いだと。そう違いないと受け入れた。

 憂太にはそれを成した彼女達の行いが光輝いていて、自分が手を伸ばすことすらもおこがましいほど尊く、神聖なモノにしか見えなかった。

 浅ましく、愚鈍で、最愛の人を呪って、呪霊へと変貌させてしまった自身がこの上なく惨めに思えるほどだ。

 

 ”あぁ……そうだ。僕の根っこはちっとも変わっちゃいない”

「里香」

『なぁに?』

 

 これはやってはいけないことだ。

 そう理解していても憂太は止まることは出来ない。

 呪術師になって、里香に掛けた呪いを解き、友人達と肩を並べて歩く……そんな泡沫に消えそうな幸福が、夢があった。

 それは叶えられることはもうないのだろう。

 

「僕の全てを君にあげる。だから、たった一時でいいんだ。ハルちゃんと話したい……だから──」

 

 ──僕たちの持てる全てで呪おう。

 ”ごめんなさい”

 愛する人がそのように望むのならと、威勢よく元気よく快諾した里香を見ながら彼は深く深くハルへ謝った。

 やってはいけないことだ。

 大事な人を呪うだなんて。君はそれを僕にちゃんと教えてくれたのに。

 僕は君のようにはなれない。

 こんな求めてもいない離別に耐えられない。

 ”ごめんなさい”

 目を覚ました君は怒るだろうか。悲しむだろうか。それでも……僕はあの日、やり残した君への言葉を届けたい。

 

「だから……僕を遺して逝かないで!!!」

 

 自身の持てる全てを憂太はハルへとぶつけた。

 あの日の再現。交差点で里香の死を否定した時と同じように。

 その結果が呪霊へと変貌した里香を生み出したことを分かっていながらも、憂太は大事な友達を呪った。

 

 

 夏の匂いがする。

 木々の息吹きが、夜に鳴く蟲の声が。

 鮮明に脳裏に焼き付いた一夜を彷彿とさせるようなそんな匂い。

 

「此処は?」

 

 渇いた土の感触。そこに生える細かな草の柔らかさ。

 目を覚ましたハルは目の前に広がる新緑の景色に首を傾げた。

 月光の下でさえ何故か懐かしみを想起させるような……事実。過去にハルは此処を訪れたことがある。

 ”……裏山の展望台だ”

 ハルは思い出した。

 大事な思い出の一つ。親友と共に花火を眺めたその光景を。

 

「そう……此処があなたの生得領域」

「きみは……」

 

 声のする方向へハルは振り向いた。

 月光に照らされながら、夜の気配を滲ませながら一人の少女が立っている。

 齢一桁だろうか。だが、幼いながらも何処か年齢にそぐわない深みを宿した知性の眼差し。

 長い黒髪とシンプルな黒いワンピース。

 会ったことはない。

 だけど、ハルは彼女が誰なのかを何となくに直感で導き出した。

 

「……里香、さんですか?」

「こんばんは、はじめまして。憂太がいつもお世話になってます、ハルさん」

 

 何処か影を感じさせるような繕った笑みを浮かべて、ハルの側へ里香は歩み寄る。

 どうして里香が? 

 此処が私の生得領域? 

 自身の置かれた状況への理解への糸口どころか疑問が増えた。

 

「ごめんなさい、ユイさんじゃなくて……だけど、私しかもう此処には来れないから」

「……」

 

 此処で聞くことになるとは思ってもいない親友の名前にハルは押し黙った。

 ”そっか……私は確か刺されて……”

 胸を刺し貫いた凶刃の熱さ。流れ落ちる血液の感触。失われていく命の温かさ。

 意識を失う前のことを思い出し、ハルはようやく自覚した。

 自身が死んでしまったことを。

 だが、それだけでは説明の付かないことが多過ぎる。

 死んでしまった筈なのに、生得領域の中に自身がいる理由も。此処に里香が来た理由も。

 

「私が此処に来たのは貴女の大事な友達に託されたから。そして私のわがままを聞いて貰う為に」

 

 里香がハルの眼前へと近づく。

 僅か数センチ、困惑に揺れる瞳を仰ぎながら里香はハルの手の中に大切な指輪を押し付けた。

 

「ハルさん、貴女は生き続けなければならない。たとえ、それが会いたいと願う友達に絶対に会うことが出来ない因果が出来てしまっていても」

 

 里香は自身と鏡合わせのように存在する一人の少女を想う。

 己が全てを持って、大事な人を思い続ける彼女。

 僅かな間だけ隣に立ていた私と離れていてもずっと支え続けていた貴女。

 ハルの遺骸を前に抱いた憂太の願いによって、主従契約は破棄されてしまった。

 その切っ掛けが自身と同性であることにちょっとだけ嫉妬を抱かないわけではない。

 だが……自身の命を賭けても良いとリスクを踏み越えた憂太だけではないのだ。

 ハルとユイ。二人の関係に揺れ動かされてしまったのは。

 

「私も……ユイさんと同じように残したいと思ったの」

 

 ハルが此処まで生きてこられたのはユイの願いがあったからだ。

 腕を落とし、血を流し続けた少女がはたして無事に下山出来るだろうか。

 現世と幽世の境界に立ったハルをユイは現世へ導いた。追い返したとも表現出来る行いではあるが。それを後押ししたのは強大な力を持つ理であり、それによってハルは命を繋ぎ止めることが出来たのだ。

 そしてそれは今の今までずっと続いている。

 ハルの魂は現世に結ばれていて、他の人よりもずっと死に難くなっていた。

 里香はそれが羨ましかった。眩しかった。

 最愛の人を想い、幽世へ旅立つことが定められている彼女がユイのように憂太にとって幸いになるモノを遺したかった。

 主従契約を破棄する程の縛りを持って、膨れ上がった呪力は時間制限のある限定的なモノである。

 だから──里香はハルに託すことにしたのだ。

 

「ハルさん、貴女は絶対に憂太を裏切らない。ずっとずっと味方のまま。だって、貴女も憂太も似たもの同士なんだもん……だから、憂太のことをお願いします」

 

 膨大な呪力がハルへ注がれる。

 これは再現だ。少女は再び再誕する。

 それがヒトとしての枠組みを飛び出してしまっても。

 

「里香ちゃん!?」

 

 里香の身体がだんだんと透き通っていく。

 月夜の夜に溶ける様に輪郭が闇に解け続けている。

 ハルには自身に起きたことも今、里香の身に起きていることも詳細を理解することが出来なかった。

 ただ、今目の前で終わろうとしている里香の姿は絶対に望んでいないことだ。

 

「ダメ!! ダメだよ!! なんで? なんで!? まだ乙骨君と里香さんは”さよなら”を言えていないのに!!」

 

 ユイの力を以て成した一夜の出来事をハルは知らない。

 怨霊となった里香と憂太の歪んだ関係の終幕。

 それをこんな形で迎えることを彼女は受け入れることなんて出来るわけがない。

 辛くても、悲しくても、互いにさよならを言わないといけない。

 一方的に押し付けれらた別れの言葉が胸を割くように痛いことを彼女は身をもって知っているからだ。

 慌てふためくハルの姿を見て里香は笑みを綻ばせた。

 あぁ……ほんとうにこの人でよかった。

 心の底から自分たちの関係に気持ちを向けて、向き合ってくれた優しいヒト。

 彼女が憂太の側にいるなら決して、憂太は一人ぼっちになんかならない。

 

「ハルさん、もういいの……」

「良い事なんて何一つないっ!!」

 

 項垂れて涙をポロポロと落とすハルの背に里香は腕を回す。

 

「憂太もハルさんも、あんまり早くこっちきちゃダメだよ? 元気でね。──」

 

 ──さよなら。

 一人の少女の魂は別れの言葉と共に夜へと溶けた。

 

 

 

「ハルちゃん!!」

 

 冬の冷たい風が頬を撫でる。

 目を瞬かせて、ハルは身体を起こした。

 なんの不調も見られない身体。自身の血を吸って濡れた制服が重くて冷たい。

 心配して自分の覗き込み友達の顔を見て、ハルは自責の念に圧し潰された。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、乙骨君」

「──っ、ううんっ!! アレは僕が悪かったから、ごめんなさいハルちゃん」

 

 ようやく言えたごめんなさいの言葉。

 少年の心に救った蟠りへ優しい光が差し込む中で、少女の方はタールのように負の感情が渦巻いて沈んでいく。

 さよならを奪ってしまった。

 それは少女の心に巣食う決して癒えない傷を再びナイフで逆撫でする以上の蛮行である。

 いつの間にか手の内に握られていた誓いの指輪。

 あまりにも重くて、手放したい。

 だが、コレを無下に扱うなんて絶対にハルには出来ない。

 

「里香ちゃんが……逝っちゃった。あんまり早くこっちに来ちゃダメだって、元気でねって」

「…………ありがとう、ハルちゃん」

 

 その言葉にハルは滲んだ目を乙骨へ向ける。

 彼は何処か肩の荷が下りたような、だけど少しだけ寂しそうに笑いながらハルへ頭を下げた。

 

「僕の代わりに里香ちゃんを見送ってくれて……ありがとう」

 

 違う。

 どうして頭なんか下げるの。

 ありがとうなんて、そんな言葉を私が貰って良い筈がない。

 里香ちゃんも乙骨君も互いにさよならを言って、別れを受け入れなければいけないのに……私がソレを奪ってしまったのに。

 奇跡を願うのであれば、彼らの離別のやり直しを乞う程にハルは心を痛めた。

 

「って、こうしてる場合じゃなかった。ハルちゃん、逃げ──」

 

 爆音。

 閑静な学園中に響き渡るように轟く粉砕音と共に高く聳え立った塔が倒壊した。

 呪術戦が行われている。

 ソレが誰によって齎されたのか。乙骨は瞬時に理解した。

 夏油傑。

 特級の階級を持つ、呪祖師でありテロリスト。

 

「……行こう、真希さんが戦っているのかもしれない。助けないと」

「真希ちゃんが……うんっ」

 

 真希は乙骨に逃げ隠れろと指示を飛ばしていたが、彼はソレを守るつもりは毛頭なくなってしまった。

 確かに真希のいう通り夏油の狙いは自身なのかもしれない。

 最強である五条が来るまで身を隠していた方が選択として正しいのかもしれない。

 今、夏油と戦っているのは他の高専在中の呪術師かもしれなくて、真希は無事なのかもしれない。

 だから、この選択は間違っているかもしれない。

 でも、そんなことはどうでもいいのだ。

 乙骨は静かにキレていた。

 ふらつくハルを背負い込む。

 彼は、乙骨の大事な友達を殺した。ソレはこの世界に存在する数多の事実の中でとても容認出来ないことだ。

 それでも現実はご都合が働いてしまったかのように丸く収まったと見てもいいのだろう。

 ハルは生きているし、里香の解呪は成功した。望まない形にはなってしまったが里香との別れも終えている。

 だけど、大団円に踏み切るには腑が落ちない。

 ぐつぐつと煮えるこの感情。

 あのすかした顔にでっかい痣が出来るくらいの拳を叩き込めばすっきりするのだろうか。いや、するに違いない。

 若さによる情動の暴走。

 言い表すならこれに違いなく、彼の先生である五条が手を叩いて称賛するような暴力への欲求だ。

 居場所を割り出すのは簡単だ。

 ハルの居場所を探り当てたように、縁の糸を辿ればいい。

 呪術の模倣。

 他の追随を許さない異常とも言える異才が、その力をまだ十全に扱い切れない未熟さを孕みつつも芽を出した。

 背負い込む少女の親友に託された人形。ソレに込められた術式を乙骨は会得したのだ。

 

 

「お゛がが……」

「喋んな! 棘っ」

 

 負け戦だった。

 近距離戦に難がある狗巻を背負いながら真希は、次々と襲いかかる呪霊達の猛襲を躱す。出来ることはそれだけ。本当にコレしか出来なかった。

 

「術式も持たない落ちこぼれの猿にしては……中々出来るね。だけどそれももう持つまい」

「っち!!」

 

 弄ばれている。玩具で遊ぶ子供の様に。

 その態度が真希にとって胸糞悪い過去を想起させるモノだったとしても、真希は反撃することも出来なかった。

 パンダは倒れた。狗巻は呪言の性質上、格上との相性が悪過ぎた。

 消耗した狗巻を捨て置くことも出来ず、不利を負いながらも真希は時間を稼げばなんとかなると信じて、活路を探し続ける。

 その真希の真価を夏油はしっかりと見定めていた。

 下等生物という括りは変わらない。だが、術師として仲間を背負い決して敵わない敵を相手に屈せず、戦い続ける彼女の在り方は決して見下して良いモノではない。

 一年生にしては十分過ぎる。

 術式を持たないのが本当に勿体ないくらいだ。

 禪院という物差しでは彼女は測れない。

 否、既知の術師達を彼女に当てはめるのは規格が違い過ぎる。

 ”悟がこの子をどのように伸ばすのか……いけないな、私が言うべき立場ではないというのに”

 遊びに耽るのもそろそろ切り上げなくてはいけない。

 時間は有限だ。

 五条悟が戻って来る前に、過呪怨霊里香を手に入れなくては大望が果たせない。

 

「良いモノを見せてくれたお礼だ。しっかりと見せてあげるよ、格の違いを」

 

 夏油が呼び出した一体の呪霊。

 それだけで真希が必死に保とうとしていた均衡は一瞬で崩されてしまった。

 一切加減の無い蹂躙。

 背に庇う狗巻諸共、真希は呪霊が振るう暴力を前に沈んだ。

 

 憂太、ハルが駆け付けた時には全てが終わった後であった。

 

「やぁ、遅かったね、乙骨。君を待っていたんだ」

 

 他を踏みつけることを厭わない邪悪がそこに居た。





 呪術廻戦0って、呪術っぽくない?
 読み切りだから見せたいテーマが明確なんですけど、そこはまぁ……夜廻シリーズとのクロスオーバーですので、残念ながら原典のハッピーエンドは消し飛びました。
 僕は悪くない。
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