深夜廻戦   作:フールル

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一六夜目

 

「みんな僕の為に……」

 

 真希、狗巻、パンダがボロボロにされ、地面に転がっていた。

 乙骨の日常である大切な友人達。

 どんな宝物よりも尊いソレをすり潰すように痛めつけた張本人は、ソレを気にも止めず遅れて登場した乙骨に歓待の意を示していた。

 

「……なるほど、そういう経緯を辿ったのか。やれやれ手を煩わせたというのに、きちんとした見返りも用意出来なかったのか、あの猿は」

 

 籠に入れた昆虫を観察するような無機質な視線がハルへと向けられた。

 血に染まった学生服。だが当人はしっかりと生きている事実に推測を立て、ため息とともに愚痴を零す夏油。

 用意した刺客がしっかりと役目を果たしきれなかった。

 同時に呪術に触れて一年も満たない乙骨が反転術式を使い熟せる事実に舌を巻く。

 

「本当はね、君にも生きていて欲しいんだ、乙骨」

 

 非術師の居ない世界で優秀な彼には相応の人生を歩んで欲しい。

 先達として後塵を拝する若者を慮る気持ちははち切れんばかりにある。

 だが……夏油の野望には乙骨の力が必要だ。

 

「僕は……貴方を許さない」

「そうか……なら、存分に呪い合おう」

 

 怒りに満ちた視線を受け入れ夏油は笑う。

 ぐつぐつと煮え滾る感情を制御し、理性はしっかりと保ち、情勢を理解する。

 目の前の怨敵を倒すことよりも最優先する課題は負傷した友達を治療することに他ならない。

 

「乙骨君」

「分ってる。……リカ、ハルちゃんお願い」

 

 自身の至らなさを象徴する怨霊。

 その中身は既に抜け落ちている。コレを最愛のヒトと同じように呼ぶべきなのか。

 ぐちゃぐちゃとかき混ぜられるような不快感から目を逸らす。

 そんなことよりもやるべきことをやらなくてはいけない。

 

『おぉぉぉおおぉぉぉぉぉおっぉぉおおおおおおおおお!!!』

 

 小手調べ。

 夏油が無数の呪霊がハルとリカに向けられる。

 右手に巻かれていた封印は再誕と共に弾け飛んでいた。

 故にハルは自身の力を存分に使うことが出来る。

 前衛をリカが担うことでハルはしっかりと落ち着いて呪霊と夏油を結ぶ繋がりを視認することが出来た。

 

呪い裁ち

 

 鋭く鳴り響く金属音。

 紅い裁ちばさみがソレを裁ち切る。

 呪霊操術として使役された呪霊と術師である夏油を結ぶ術式の紐。

 術式解体。

 呪力を受けることが出来なくなった呪霊達は水泡に帰す様に立ち消えた。

 

「やはり……私の大望の前に君は居てはいけない存在だね」

「……私は貴方の術式が嫌いです」

 

 互いに投げかけるだけで交わうことのない会話。

 自身の術式にとって、完全に有利を取られる厄介極まりない呪術。

 どのような力を持ったとしてもこの少女がいる限り、全ての行動が無に

 帰すリスクが孕み続ける。

 だからこそ夏油はハルを殺さなければいけないのだ。

 そんな夏油に対してハルは初めて、初対面のヒトに心の底から不快感を抱いていた。

 どんなヒトか。

 大事な友達を痛めつける悪いヒト。これからわたし達を呪おうとするヒト。

 そして見るに耐えない術式を使うヒト。

 呪霊操術。

 呪霊を取り込み、我が物とするその力は本来あるべき祓われたら消える霊の連鎖を自分勝手に歪めている。

 故人の思いを恣意的に私物化してしまっている。

 それをハルは受け入れることが出来ない。

 

「……私の呪術に対してそんな感想を抱く子は初めてだよ」

 

 薄っぺらな愛想笑い。

 取り繕った笑顔の裏にある憎悪を覗かせながら、夏油は格納能力のある呪霊を呼び出していた。

 下調べは済んでいた。小手調べも兼ねての布石である。

 取り出したのは、三節棍。

 特級呪具”游雲”。

 特殊な術式が込められた訳ではなく、純粋に絶対的な破壊力のみを追及した武具。

 術式解体では対処し切れないモノ。

 

「我々呪術師がいるというのに人々は高位の存在を夢想し、それを”神”と呼んで縋りついた。

 身を粉にし、蒙昧無知の猿を救い続けた呪術師を時に異物として排斥しながら限られた救いしか行わない”神”を崇め祀った。

 その信仰が失われれば、呪霊のようにヒトを襲うアレらを上位存在として、だ。

 私はね……”神”が嫌いなんだ」

「お待たせハルちゃん」

 

 憎悪がハルへ、ハルの内から自身を覗いているモノへ向けられる。

 負傷した三人の治療を終えた憂太がソレを遮るように前に出た。

 大事な友達が悪感情に晒されているのを放っておくことなど出来ない。

 抜刀。

 鞘を後ろに放り投げて、憂太は刀を構えた。

 

「合わせるよ、憂太君」

「うん、お願いハルちゃん」

 

 呼吸を合わせ、二人は地面を蹴った。

 憂太の初撃を夏油は見切り、躱す。返す刀で切り掛かると、その刃を游雲で受けて弾かれた。

 僅かな隙を伺い糸を縫うように忍び寄ったハルが裁ち鋏の切っ先を呪具へと向ける。

 しかし、戦闘経験の豊富な夏油はしっかりとハルの動きも見定めていた。

 変幻自在。三次元的な動きを可能にする三節棍をリーチの劣る鋏で捉えることが叶わない。

 反撃を受ける前にハルは、三節棍のリーチの外へ退避した。

 否、それは叶わない。

 

呪い裁ち

 

 退路を塞ぐように呼び出された呪霊。

 それをハルは裁断する。

 だが一瞬遅れた退避への歩み、其処を狙い撃つように三節棍が振るわれた。

 

「ッグゥ゛!!」

「憂太君ッ!!」

 

 ハルを庇うため、前に出た憂太がその一撃を胴体に受けた。

 特級呪術師の振るった重い重い一撃。

 全身の骨が折れるような痛みが走る。その痛みを堪え、憂太はハルと共にリーチの外へと退避した。

 夏油の追撃は行われなかった。

 

 青い。青過ぎる。

 自身の負傷を治療している新米を観察しながら先程の戦闘を振り返った夏油が抱いた感想はコレに尽きた。

 自身と彼らを隔てる圧倒的な経験という壁。ルーキーとベテランとの差。

 如何に大きな力を携えようとも振るう者が未熟であれば、この差は大きなモノとして立ちはだかる。

 夏油は力を持つ者と持たざる者、両方の立場を経験していた。

 若くして特級呪術師の判を押されながらも、絶対的な強者が隣に居る。

 故に術師にありがちな戦闘面に置ける呪術一辺倒、身体能力強化による近接戦闘一辺倒にならず、その両方を可能な限り磨き上げたのだ。

 ソレを憂太もハルも分ってしまった。

 ハルによる術式解体で夏油の手札を一枚剥いだところで──むしろ、そのことすら計算に入れられて余裕を持って対処される。

 中身を失い張りぼてになった力を持ってしても、同じ土俵に立てていないことを。

 厳しい世界に生きてきた時間と経験の差を容易な手段で埋められないのだと。

 

「神は決して我々人間と相容れることの出来ない存在だ。奴らには奴らのルールがある。流儀が、主義が、視座がある。縋り、信仰を受けるから恩恵を与えるのか。いいや、違う。例えるなら廃棄される残飯を貰うような……そんな利害関係なのだよ。決して奴らがヒトの為に働くなんてことはあり得ない。分かるかい? 乙骨」

「何が言いたい」

 

 高説を垂れるまでの余裕が夏油にはあった。

 ただ何も知らず殺すのは忍びない。

 それは憐憫の情であり、また乙骨の気骨を折る為の言葉である。

 

「君の側に立つ少女。私が殺さなければならないと判断したのは、ただ彼女の持つ術式が私の野望を阻む可能性を孕むモノだけではないという事さ。

 ただの少女が神の権能を借り受け、使う? そんな綺麗なモノに収まるわけがない。上位存在に振り回されるだけの哀れな生き物がその力を一身に賜る。それこそが”神”の目的とするなら、また別の見方が出来るということだよ」

 

 夏油の言葉に憂太は廃屋で見た光景を思い出した。

 側に立つ大事な友達。ソレを模した存在が現れ、隻腕を合わせて印を結んだことを。

 あの時はそれどころではなかったが……アレは見落としてはいけない要素だったのかもしれない。

 

「肉体を蝕み、何れ宿主を喰い尽くし生を受ける虫のように、彼女は唯ヒトの殻を既に脱ぎ去ってしまったのかもね。君が手を貸したからそうなったのかもしれない。乙骨、君の側に立つのはヒトの皮を被った神の様なモノ。決してヒトと相容れない存在だ」

「違う! ハルちゃんはハルちゃんだ! 僕の大事な友達だ!」

「憂太君……」

 

 治療を終えた乙骨は感情を昂らせて咆哮する。

 夏油の言葉は憂太の逆鱗に触れるモノだ。

 喧嘩して、仲直り出来ずに訪れたお別れを受け入れることが出来ずに生死の摂理を捻じ曲げた。

 やってはいけないことを仕出かしてしまったのかもしれない。

 夏油の言う通り、隣に立つハルが人間ではなくなってしまっていて、ソレに自身が加担してしまったのだとしたら……。

 だけど、そんなことを今の憂太には理解出来るモノではない。

 ただ友達がそこに居て、笑ってくれるなら……先を見ない愚かな行為だったとしても、憂太にとってソレが全てであるから。

 だから、目の前の仇敵を倒すのだ。こいつがいるから周りが、自身が幸せになることが出来ない。戦う理由はそれだけだ。

 それはハルも同じ気持ちである。

 だけど、気持ちだけあっても、願いだけを携えても現実は辛く厳しいモノである。

 夏油に比べ実戦経験の乏しい二人が夏油を倒そうとするならば、ソレは相手の想定を上回るような絶対的な力で凌駕しなければならない。

 ──だからハルは裁ち切り鋏を()()()()

 

「憂太君……()()()()()()()()()?」

 

 場違いなハルのお願い。

 不安気に揺れる瞳を見て、憂太は頷いた。

 ハルの右手に憂太の左手が重なる。

 これで、勇気が湧いてくる。

 自身が自身を肯定出来るように。

 暗い夜道の中、間違わずに前に進める様に。

 大事なモノを取りこぼさないように。ハルの瞼の裏で、恩師の言葉を諳んじる。

 彼は何時だって教え子が自分の領域に到達することを望んでいた。

 自身の力をひけらかす様に、だがソレはこういうモノがあるのだということをしっかりと教えてくれたのだ。

 出来るか出来ないかではない。やるのだ。

 そうしなければ夏油は倒せないのだから。

 

「領域、展開」

 

 ハルが思い描くのは自身の心。

 先程、里香と会話した夜の光景。

 辛くて悲しくて思い出すたびに切なくて泣きたくなるあの夏の夜。

 

 夢幻廻道夜乃帳

 

 ハルと憂太そして夏油、三人はハルを起点とした呪力の渦に取り込まれた。

 

 冬の昼空に夜の帳が落ちる。

 そよぐ風は何所か生温く、閑静な静寂の中に響く蟲の声が真と嘘の境界を虚ろにする。

 ポツンと寂し気に光る街灯。

 人気の失せた不気味な暗闇とその闇に潜むナニカを想起させるこの空間を憂太は知っていた。

 ”領域展開”

 此処がハルの生得領域。

 人気の無い、先の見えない闇が揺れる夏の一夜。

 大切な友達を思い続ける少女の根幹に根ざしてしまった夜の町。

 

「ハルちゃん……」

「大丈夫、私は此処にいるから」

 

 繋いだ手のぬくもりが互いの存在を知らしめる証。

 呆気に取られた憂太に気を向けつつも、ハルは繋いだ手を放す。

 まだ戦いは終わっていない。

 月明かりに照らされた夏油が其処にはいるのだ。

 

「っ来るよ!」

「うんっ!!」

 

 仕切り直し。

 先手を打つべく仕掛けたのは夏油。

 先程まであった余裕は鳴りを潜めている。

 当然だ。

 事前の情報では領域展開に至る術師ではなかったハルが展開を成してしまったのだ。

 術式効果の必中必殺、

 発動してしまえば呪術戦の行く末を決定付けてしまう展開を許してしまった。

 で、あるならば術師がその術理を把握する前に倒す他活路はない。

 一足に間合いを詰め、ハルに向けて游雲が振られる。

 ソレを見極めて、ハルは後ろに飛ぶことで回避する。

 ハルと入れ替わるように憂太は前に踏み込み、刀を振るった。

 

「──っ」

「っく」

 

 互いに息を入れる間もない攻防。

 白刃が踊り、游雲とぶつかり合い静かな闇に轟音が鳴り響く。

 自由自在、まさに雲を冠する游雲の動きを憂太は徐々に掴みつつあった。

 無論、それは相手取っている夏油にも伝わっている。

 ”他術師の強化……事前の情報に誤りが? ”

 展開前と展開後では明らかに憂太の身体捌きと呪力操作の冴えに差が出来ていた。

 だが、ソレに対応出来ないほど特級呪術師という看板を背負っていた男は甘くない。

 憂太の振るう白刃を相手取りつつも、取り込んでいた呪霊の召喚を行う。

 夏油の足元から伸びたヒトの手を模した呪霊が憂太の動きを鈍らせようと足に手を伸ばす。

 

「させないよっ」

 

 その声は夏油の後ろから響いていた。

 

「──っ!」

 

 夜歩き。

 術理に及ばない無力な弱者の小手先の技術。

 ただ息を潜めて、足音を忍ばせ移動する。

 それだけ。ただそれだけの技術を夜廻少女は極めている。

 味方である憂太でさえ居場所を見失う隠匿術。

 回避不可能。完璧な不意打ちを成し得たハルが真っ赤な裁ち鋏を夏油に向ける。

 ヒトに向けるのは始めてのこと。

 だが、戸惑わない。

 

呪い裁ち

 

 二つの紅刃が夏油の片腕を捉えた。

 なり響く切断音。

 宙を舞うヒトの腕。

 

「ぐっ!! だが自ら近づいてきたなっ」

 

 焼けるような痛みを食いしばり、隻腕となった夏油が自ら間合いに飛び込んできたハルを屠らんと游雲を振るう。

 憂太がソレを阻止しようと間に挟まろうとする。が、呪霊に足を捕まれていた。

 振るわれる呪具をハルは()()()()

 特級呪具游雲。

 術式効果を持たずとも特級を冠する突き詰められた破壊力の丈夫さを兼ね備えた武具。

 今ならソレを壊せそうだと直感的にハルは捉えた。

 

呪い裁ち

 

 呪いであれば全てを裁ち切るだけ。そこに呪霊も術式も呪具も区別はない。

 展開中だからこそ、等しく振るわれる絶対的な破魔の刃。

 込められた呪力を、武具としての機能を無為へと帰す。

 バラバラに砕け散っていく游雲を夏油は呆然となって眺めてしまった。

 一拍。

 それは戦闘において致命的なまでの大きな隙だ。

 

呪い裁ち

 

 無手の隻腕を切り落とす。

 

呪い裁ち

 

 片足を切り落とす。

 

呪い裁ち

 

 最後の一本さえも残さず切り落とす。

 地面に落ちた無力な呪祖師をハルは見下ろした。

 呪力はもう練られない。

 ハルの持つ裁ち切り鋏はそういうモノだからだ。

 腕を落とせば術式の印を封じ、四肢を落とせばただヒトへ。

 唯ヒトを憐れみ、唯ヒトを憎んだ男の大望は此処に潰えた。

 

「……私の夢は終わるのか」

「はい。ごめんなさい、私は貴方が誰なのか知らなくて……名前を聞いてもいいですか?」

 

 ハルは目の前で血を流し続ける男の名前をこの瞬間まで知る機会がなかった。

 ただ真っ赤な悪縁(悪意)を自分達に向ける悪い大人。

 殺意を持って近づいてきた存在を火の粉を払う様に退けた。

 そこに男が重きを置いていた大義なんてモノはない。

 自身が生きるためだけに殺した。

 ソレを悟った夏油はポカンとした表情を浮かべた後にくしゃりと笑いながら全てを諦めた。

 

「夏油傑。私の事を知りたいなら悟にでも聞いてくれ」

 

 その言葉を最期に夏油は目を閉じた。

 

「……さようなら、夏油さん」

 

 恩師の知り合い。

 赤の他人と言ってもいいその距離感に身を置きながら、ハルは死出の旅に出た男の安寧を願って見送った。





 げと/う/す/ぐ/る

 はい。て、事で次話0編エピローグです。

 
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