はい、大変長らくお待たせいたしました。
モチベーションの沈んだタイミングの感想メッセージほど、ありがたいモノはないですね。
だいぶ助けられました。ありがとうございます。
「これはなんというか……芸術的だな」
「しゃけ!」
「ええ!? そんなこと……ないよね?」
「あ、あははは……」
呪祖師夏油傑が起こした大規模なテロの後始末に関係各所が慌ただしく走り回っている頃、ハルを含めた都立呪術高専の面々は空き教室を借りて人形作りに精を出していた。
呪術高専らしく呪骸を作ろうといった話しではない。
ほんとうにただの人形。それも大事な友達に送る親愛の証。
ハルの手で出来上がった前衛的なデザインの白と黒の構造物を前に憂太は苦笑いを隠すことが出来なかった。
「ハルちゃん、僕も手伝うから……」
「ダメ! コレは私の手で作り上げたいの!」
生来の物づくりに対するセンスがないのかもしれない。
いや、隻腕のハンデがあるからだ。
そう思い、助け舟を出そうとした憂太の優しさも友達に送る大事な繋がりを自身の手でしっかりと作りあげたいハルの拘りの前では余計なお世話なのかもしれない。
いま、此処に居る面子から席を外している禪院真希。
彼女が海外に留学するという話しを聞いた憂太がハル、狗巻、パンダに提案したのだ。
離れ離れになる友達が寂しくないように人形を作って送ろう。
かつてハルがユイに送ったように。
狗巻が憂太を。憂太がハルを。パンダが狗巻を。
そして、ハルは比較的造詣が簡単なパンダを。
デフォルメされた可愛らしい三体の人形と一体の不細工な人形。
目に見えて落ち込んでるハルの肩に手を置いて励ます憂太の横で一番上手に制作出来たパンダが得意げに胸を張っている。
「もう少し時間があったらなぁ……」
「しゃけ」
「今日の夕方の便じゃ、これ以上待たせるわけにもいかないだろ──そうだろ? 真希」
パンダの視線が教室の入口へと向けられる。
そのパンダの言葉に三人の視線も吸い寄せられた。
「っ、気づいてんなら勿体付かずに言えばいいだろ!」
「パンダは鼻が利く。気配殺して何時入ろうかうろうろしていたのも分かる」
「余計なことを……」
恥ずかしさに頬を赤く火照らせた真希が乱雑に教室の戸を開ける。
ずかずかと入りながらも目線を合わせることも出来ずにそっぽを向く彼女を煽り立てるパンダをよそに憂太とハルは目を丸くしていた。
完璧だった。
ハルが会得している気配遮断の技術。それを完全に真希はモノにしていた。
その技術に覚えがある二人が見ても教室の外で真希が待っていることを見抜けなかったのだ。
「あのね、真希ちゃん。真希ちゃんが海外に行くって聞いたから皆でお人形作ったの」
「あー……いや、誤魔化すのは無しだ。……ありがとうハル、憂太、棘。あと、パンダ」
それぞれがそれぞれ制作した人形を大事な友達へ手渡す。
永遠に変わらない友情を願って。
しっかりと根を張り、芽吹いた若き呪術師達のこれからを祝福するように冬の中でも暖かな陽気が窓から差し込んでいた。
冬の日没は早く、真希の出航を空港で見送った後に憂太達が高専に戻った際には空は茜色から群青色へと変わっていた。
一人、また一人と別れて一人、寒空の下白い息を吐いた憂太は薄暗い視界の中にポツンと歩いている恩師の姿を見つけた。
ただ一人。
その様子が寂し気に見えるのは自身が秘める胸中の思い故か。
深呼吸をして……唇を引き締める。憂太は五条の下へと歩み寄った。
「おかえりなさい先生、お疲れ様です」
「ああ、ただいま憂太」
夏油の起こした百鬼夜行によって齎された混乱の余波は、首謀者である夏油が死んだ後も尾が引いている。
壊されたもの、帰ってこなかったヒト。
ソレを直し、欠員が出てしまったのならその穴を埋めるべく人事を取り計らう。
百鬼夜行を解決したから万事解決という大団円では終わらず、憂太達のような学生の世界とは違って大人の世界ではこれからも続く世界が秩序をもって平和であるように奔走していたのだ。
人手が足りないのだから使える人は容赦なく使われる。
ここ暫く、五条の姿が高専で見掛けなかったのはその為であった。
恩師に近寄り久々の再会とご苦労を慮って、続く言葉を考えて──憂太は言葉に窮した。
ずっと胸に残っているしこり。
全てが終わったことと無理矢理呑みこむことは出来る。
だけど、そうしたくはない。
「ごめんなさい先生。先生にとって夏油は大事な人だったのに」
夏油が呪術高専に百鬼夜行という宣戦布告をしに来た際に憂太はしっかりと見取っていたのだ。
五条悟と夏油傑を結ぶ縁。
深い友情で結ばれていた太い繋がりを。
全てを終わらせるには殺す以外の選択はなかった。
だが、それを成した一方で孤高に位置する最強の呪術師をまた一歩孤独に追いやっていたのも事実だ。
「いや……謝るのは僕の方だ。あの日、本当は僕がけりを付けるつもりだった」
憂太とハル、君達に僕のやらなければならない尻拭いをさせちゃって、ごめん。
呪術師の志を捨て呪祖師になってしまった際に五条は夏油を殺すことをせず、見逃した。
その後、雪だるまのように肥大化していった呪祖師の首領。
新芽の内に潰しておけば、ここまで事態は大きくなることはなかっただろうと、頭を下げた恩師の言葉を憂太は真摯に受け止めた。
ソレを責めることは出来ない。
繋がっている大事な縁を自らの手で切ることは自身だって戸惑うに違いないからだ。
──むしろ、自分の方が性質が悪いのかも。
里香を……そして、ハルを思い浮かべた憂太は自嘲気味に内心で息を吐く。
「そうだった憂太、遅くなったけどハルちゃんの件で君に伝えておかない事があって──」
深々と雪が振り続ける静寂の森。
さく……さく……と、降り積もった雪を踏みしめたユズは、真っ白い息を寒空の下へと吐く。
はぁ……。と。
「ねえ……お姉ちゃん、これで良かったんだよね?」
「うん……これ以外の結末は無かった。わたしは断言するよ」
雪の降り積もった傘の下。
深い水底のように暗い紅の瞳がユズの言葉を拾う。
切り株の上に立った雪像にも見えたソレがコトリであることに気づいていなかったユズは意表を突かれて飛び上がった。
「わ、お姉ちゃんそこに居たんだ……ごめんなさい。どれくらい待ってたの?」
「3日……くらいかな、たぶん。お疲れ様ユズ、大変だったね」
自身に降り積もって固まった雪を手で振り落とす妹の介護を経て、漸く動けるようになったコトリは役目を終えた傘を仕舞った。
二人しか居ないこの空間。残された最後の安息の地。
文字通り羽を伸ばしながら、コトリは自身を見つめる妹へ神託とも取れる言葉を諳んじる。
「一年後……今の平和はドミノのように崩れ去ってしまう。色々な混乱が起きる。色々な悲劇も起こる。この最悪のシナリオを無かったことには出来ない。
たがだが一年。わたし達の弄れる時間じゃあまりにも短すぎる。ずっとずっと昔から相手は準備をし続けていて、箱を開けるタイミングをずっと待っていたのだから」
わたしとユズ。わたし達二人じゃ手も足りないし、時間も足りない。そして力もない。
残念なことに強者として振る舞える格を得ることは出来ないからね……。
諦めたようにため息を吐くコトリ。
自分たちの領分を彼女は弁えていた。
否、増長することは許されず、ただ謙虚に生きる他ないと分らされたと表現する方が正しいのかもしれない。
「■■ハルを神代ハルにするにはこのタイミングしか無かった」
「……うん」
ユズの胸中に残る悪感情の原因をコトリは識っている。
ヒトをヒトではない別のナニかへと変貌させる許されない結末。
他でもない自身が怪異なる身に窶してしまった後悔を妹が抱え続けているからだ。
ハルが本当の意味でヒトを辞め、憑代として神の傀儡になることを避ける分岐点は幾つもあった。
……だが、この結末を避けてヒトとして生きたハルが辿った先をコトリは知っている。
謀によってハルは殺される。
圧倒的な暴力を前に力敵わず殺される。などなど……。
だから、夏油傑によって全国の呪術師の目が呪祖師によるテロに向けられたこのタイミングしかなかったのだ。
シナリオに介入し、ソレを妨害されることのないタイミング。
ただの神の傀儡に成り果てるのではなく、一人の少年に呪われることで起きた奇跡のような結末。
「乙骨君には重過ぎるモノを背負わせてしまった……」
「だけど彼以外に適任は居ないかったからね」
「それは……そうだけど」
後悔を滲ませる妹の心労を和らげようとフォローする姉の言葉にユズは項垂れた。
この手の話題は自身と重なる要素が多過ぎる為に。
ハッピーエンドを掴み取れず、トゥルーに収めるには苦みが濃い。
気持ちの良い思い出に昇華なんて出来るわけがない。
”コレに関してはわたしが何を言っても宥めることは出来ないよね”
そんな妹の感傷をコトリは共有することが出来ない。
コトリに取っては手を尽くした末に掴み取った妹と共に歩める人生なのだから。
ヒトを辞めてしまった今を幸せと定義できる気持ちがあるならソレで十分。
「話しを変えようか、ユズ」
「うん……そうしようお姉ちゃん」
この領域において時間なら幾らでも余すくらいにあるが、暗い気持ちに浸っているのは面白くはない。
それに……とびっきりの話しの肴がこっちに舞い込んでいるのだ。
ワクワクした表情を浮かべる姉の様子にユズは”他人事だと思ってんの? ”なんて、げんなりとした。
「いよいよもって先延ばしが利かなくなってしまったねぇ。玉の輿に乗れるよ、ユズ」
「冗談じゃない。飼い殺しの跡継ぎを産むだけの人生に何の意味があるのさ」
今回の事件を切欠にいよいよもってユズは表舞台に顔を出すことになってしまった。
得意の情報隠蔽もあの動乱の中では完璧に行える筈もなく、周囲に自身の存在が明らかになってしまった。
適齢で後ろ盾もない優秀な女性呪術師。
手柄を他人に譲り、目立たないようにしたところで厄介な連中の目に写ってしまったのだ。自身の跡継ぎですら権力闘争の一因として用いる醜悪な一族。
何処かで付け込み抱込もうとする魂胆は見え見えだ。
張り付いている監視の目を撒く為に此処に来たのだから。
「で? どうすればいいの、お姉ちゃん」
「もちろん、潰すしかない。禪院家なんてもう厄ネタの宝庫でしかないからね。きれいさっぱり記録も記憶も全て無くす」
その為に……先ずは時期が来るまで海外に高跳びしよっか。
悪童のような笑みを浮かべる姉にやれやれと肩を落とす妹。
より良い未来を掴むため、二人の旅路に休む時間はないのだ。
こうして一つの物語は幕を下ろす。
一人の少年と一人の少女。鏡合わせの二人が互いに深く結びついてしまった結末で。
……まぁ、わたしの構想した脚本通りにはいかなかったみたいだ。
だが、呪いをもって呪いを祓う。血で血を荒い、骨で骨を薙ぐように怨嗟の輪は途切れることはない。
「……夏油様って誰?」
「嘘、本気で言ってるの奈々子!?」
寄り掛かっていた存在も、生きるための理由も突如として奪われてしまった半身を傍らに、少女は身に降りかかった理不尽に怒りと憎しみの声をあげるように。
日の当たるところあれば影が深くなる。
深々と黒々と。
「……損壊が酷いね。だが、これも想定内ではあるかな」
「うん? そうなのかい。わたしからしたら再利用も出来ない肉片にしか見えないのだけどね」
打ち果たされた悪の顛末。
その亡骸を吟味する存在を前に
これを使って目の前の悪はどんな脚本を作り出すのだろうと心を躍らせて。
「わたしは一端、きみの描く物語の観客に徹することにするよ」
どんな悲劇が生まれるのだろう。
どんな恐怖が色とりどりに咲き乱れるのだろう。
気持ちを昂らせて、彼は観客席へと戻って行った。
どうしようもないろくでなし。
最悪の中の悪。彼の本質は紛れもなくヒトを嘲り笑う呪の一端に間違いはないのだ。
「期待しているよ、羂索」
こうして、一つの物語は幕を切った。
これにて呪術廻戦0編は完結です。
そして、次は渋谷事変編に行きたかったのですが色々と矛盾点と原作の進行によって、乙骨憂太の解像度が増した為に姉妹校交流会編のリブートをします。
話は変わりますが、夜廻三のノベライズが発表されないのです。
とても困る。とっても困る。
我慢仕切れずにユズもコトリも作中では出してしまいましたが、公式の設定が明かされないまま書いていますので戦々恐々としてます。
とりあえず、この二人なにしてんの? って、疑問を持つ方もいると思うので本編ではおそらく、掘り下げる予定もないので此処で明らかにします。
まぁ、要するにサクラダリセットしてます。
他作品の名を出すのは大変憚れますが、この説明が一番楽。
原典のゲームでもお姉ちゃんは一年前の過去と同期出来るみたいなので間違いないでしょう(考察動画を見て、納得した)。
それはここまで読んで頂きありがとうございました。
また次のお話でお会いしましょう。