この小説を書きなぐってからはや三年。
早過ぎる……そして、遅すぎる。
そんなわけで、乙骨君の詳細設定が明かされてしまった為に書き直さなければならない事態が起きてしまったので初投稿です。はい。
一夜目 (起)
呪いを持って霊を祓う。
一般的な呪力保持者の教育機関、呪術高等専門学校。
一つは歴史の都、京都に。
そしてもう一つは、日本の首都、東京に。
その東京校の応接室。
ふかふかのソファに沈まないように浅く腰かけた少女は、担任の言葉に亜麻色の髪を傾げて、目をパチクリと瞬いた。
眼前には白い髪に包帯で目を覆った一見ふざけている様な奇妙な出で立ちの男性。
この成りで教職として立てるのだから、割と社会規範とか諸々のソレは風に吹かれて何処かへ行ってしまったのかもしれない。
「え? ……先生、交流会わたしも参加するのですか?」
「うん、急な話でごめんね、ハルちゃん」
「い、いえ……なにかあったんですね」
少女──ハルの落ち込んだ言葉に一年担任教師、五条悟は頷く。
何処をどう見ても実年齢よりも幼く見られてしまうハルだが、実は高専二年生。
特例措置もあって参加した昨年の交流会では何の結果も残すどころか味方の足を引っ張ってしまう散々な有り様であったのだ。
故に今年の交流会では補欠要員。有力な一年生が芽を出せば、ベンチの片隅で縮こまって応援するしかない。その様にハルは思っていたし、元担任である五条も今年もハルの出番はないモノだと春先まで考えていたのだ。
「私でよければ精一杯頑張りますが、でも……」
胸に抱いたウサギのぬいぐるみに顔を埋める。
交流会に出たところで所詮、足手まといにしかならないのではないだろうか。
昨年の雪辱以来、一念発起して努力を積み重ねてきたハルだが同級生と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
自己の肯定力に乏しい教え子を励ます様に五条はハルの頭をごしごしと撫でた。
「大丈夫! 自信をもって良いよハルちゃん! 昨年よりもずっとずっと君は成長した。ソレは僕が保証するからさ!」
「五条先生……」
パーフェクトコミュニケーション。
気弱なハルの萎れた心に優しく水をあげて、太陽の光をサンサンと浴びさせるように教師としての職務を真っ当に熟す彼の姿を他の誰かが見れば、珍しくまともに仕事しているなんて感心してたに違いなかった。
そういわれるまでに、この男の普段の素行は組織としてあまり褒められたモノではない。
「そういえば先生、憂太君は何時帰って来るんですか?」
「……ぁー、……うん、ちょっと手間取ってるみたいで……もう少しかな?」
一月前に帰国した同級生から貰ったうさぎのぬいぐるみ。
その際にぬいぐるみの制作者である同級生の活動進捗が芳しくないことをハルは聞いていた。
”夏祭り……花火大会みんなで見ようって約束したのに……”
尊敬の念から一転、じっとりとした視線を受けた五条はしどろもどろに返答するしかない。
学生という短い期間に過ごす青春をすごく重く大事に思っている五条自身も自分がした頼み事とはいえ、此処まで長丁場になるとは思っていなかった。
その為かハルの青春を裏切ってしまった後ろめたい気持ちが増していたのだ。
教え子の乙骨からも抗議の眼差しに加えて苛立ち紛れに呪力使用無しのスパーリングを持ちかけられてしまって、痛い思いも味わうこととなってしまった。
尊敬される先生としての像がどんどん崩壊していっているなぁ。
グレートティーチャー。おふざけで自称したこの冠が体を成すようになるのはまだ遠い先の事だろうか。
もういいです。
これ以上抗議の視線ビームを続けていても意味がないと分かったハルはソファから下りた。
「絶対に一緒に花火見るから待ってて。だってさ」
「……はい」
胸に抱いていた大きなぬいぐるみをリュックサックのように背負い出口に向う教え子を見て、五条を頭を掻いて乙骨からの伝言をハルに伝えるのだった。
「憂太君、花火大会までに帰れないみたい」
「……マジか」
「こんぶ」
既に時刻は放課後。
そのまま寮に直帰することもなく、ハルは携帯に届いていたメッセージの指示に従って、友人達と合流を果たしていた。
昨年の一件から、夏の思い出を──特に花火大会に関しては並々ならぬ思いを寄せることを知っていたパンダ、棘の二人はハルの言葉にがっくりと肩を落とす。
まだ雪が深い時期に色々なパンフレットを見ていた乙骨と話しに花を咲かせたのはまだ記憶に新しかったからだ。
「憂太君、諦めてないみたい……けど、どうするんだろう」
”絶対に花火大会行くから”
遠い異国の地を歩いている彼が何をどうやって日本に帰って来るのか、その手段を想像も出来ない。
首を傾げる少女同様にパンダも棘も同じように首を傾げた。
「そういえば真希ちゃんは?」
「んー……あー……先に行った」
「明太子」
いつも面子を取り纏めるお姉さん気質の彼女がいつまで経っても来ない。
ソレをハルが聞くと腕を組んだパンダが気まずそうに言葉を漏らす。
並んで首肯する棘。
元々予定に無かったハルの呼び出しで、暫くの間は真希もこの場に留まっていたのだが時間が掛り過ぎていた為に気が早い彼女はパンダと棘をこの場に残して目的を果たしに行ってしまったのだ。
「え? そういえば、何のために集まったのか私、聞いてなかった」
「交流会に向けて後輩を皆でしごこうって……」
「真希ちゃんだけ向わせちゃダメじゃん!?」
「しゃけ」
外国の短期留学から帰国した真希は色々と弾けてしまっていた。
昨年の一件で自身の足りないモノを掴んで故か……呪術界でもあまり類を見ない方向性に思考がぶっとんでいる。
わたわたし始めたハルはナニが必要なのか考える。
何事も基礎を固めなければ生き残れない。
より実戦に近い思考回路を会得した真希がハル達に共有しようとした事は、海外の傭兵稼業――話に聞くだけで相当な無茶をしたようだが、ハルも良く分かってないモノで会得した厳しい基礎訓練だ。
毎日をクタクタに過ごしながら保健室通い、時に反転術式の治療を受ける為に医務室へ頭を下げた事も少なくない。
「スポーツドリンク? うぅん、最初にボコボコにするかもしれないから医療バックが先かも……」
「とりあえず、保健室でバック拾ってからだな」
「しゃけ」
駆け足で保健室へ向う三人。
既に真希が後輩達をボコボコにしているのは確定事項と考えていたからだ。
その内の一人は面識はあるものの、ソレを理由に彼女が手を緩めるとは思えない。
「そういえば、先生から私も交流会に参加することになったって連絡があったんだけど……なにかあったの?」
保健室に向う道中、ハルは五条から聞いた話しを掻い摘んで説明した。
ただ、詳しい話しは聞いていない。
通常なら呪霊を祓うのも一苦労なハルに参加のお鉢が回って来る事態がオカシイのだ。
三年生は参加しない。自分を抜いた二年生と最近高専に編入した一年生の二人と在学していた一年生の伏黒。それで人数は満たしていた筈だった。
自分の知り得ない情報を持っていればと尋ねれたパンダは、少し苦い顔をしながらも父親である学長から聞いた情報を明かした。
「昨日、新入生の内の一人が死んだ」
「それは……」
とても悲しいことだ。
けれど、呪いを持って呪いを祓うこの業界において、死とは常に隣り合わせのモノ。
だから慣れないといけない。
ハルは傷ついているだろう後輩達になんて言えるのかを考える。
内へ内へ、悶々と考えるハルの世界が狭まっていく。
深い深い真っ暗な内面に。
”誰かの死に引きずらないで……”
果たしてそれを言う資格が私にあるのだろうか。
”憂太をお願いします”
誰かに背を押してもらわなければ歩けない私に。
資格の有無、先輩としての振る舞い。
それらの正しい形を彼女は分らないままであった。
「弱い。お前らソレで呪術師になったつもりだったのか?」
医療バックを手に後輩達の下へ辿り着いたハルは、その無残なまでの仕置きの有り様に天を仰いでしまった。
見知った顔と見知らぬ顔、二人揃って砂埃に塗れ地面に転がされている。
呼吸をするのもやっとな伏黒と意識を失ったのか沈黙してしまった女学生。
伏黒の背に足を置きながら熱を感じさせない視線を落としたまま、真希は淡々と不出来な後輩への仕置きを続行している。
「ナニガ間違っていたのか、ほんっとうに分かってねーな。いいか? 私は不甲斐ないお前らと昨日顔を見ることもなく死んでいった馬鹿を謗り、煽った」
ため息を吐きながら真希が足元の伏黒を踏み躙る。
此処に来る前に少年院で起きた事件の報告書に目を通していた。
何もかもが異例の任務。
ひっかるところが多過ぎる上にソレを通した上層部の思考も鼻に付く。
結果として派遣された一年生三人の内、一人が死んだ。
死が常に隣り合わせであるこの業界でヒトが死ぬのはありきたりな事ではあるが──沈んだ後輩たちの所業が真希の逆鱗に触れていた。
「一つ、私は常日頃から言ってるよな、恵。彼我の実力差を弁えろって。激情による呪力の捻出。瞬間的な火力で相手を捻り潰すとかそういう問題じゃねぇ。弱いなら弱いなりに選択を誤っちゃいけねーんだよ」
つま先を腹に引っ掛けてボールの様に転がす。
鼻血が流れ汚れた顔面を自身の手が汚れることを厭わずに真希は無造作に掴み、持ち上げた。
「なぁ恵、なんで戦うことを選んだ? 常に言ってるよなぁ、自身の弱さを自覚し、臆病になれって。生き残る為に戦うんだよ。常に戦場の変数を観測し、手に余るようなら恥を掻いてでもいいから尻尾巻いて逃げろ。少年院の件といい、今回の私の仕置きといい、頭が硬てぇ!! 私達が生き残らなければ、誰がこの先非術師を呪いから救うんだ」
「……目の前に溢れる死を見逃せと言うんですか、禪院先輩」
「苗字で呼ぶな」
空き缶を捨てる様に伏黒を投げ捨てた真希が空を仰ぎながら、行く末を見守るハル達の下へ歩みを進める。
転がって倒れた後輩たちを一瞥することもなく。
「犬死にしてどうする。助けたいなら強くなれ。救いたいなら強くなれ。弱ければ取れる選択も救える命も手から零れ落ちるだけだ」
「真希ちゃん……」
「悪いなハル、ちょっと湿っぽくしちまったから適当にその辺ぶらついてくるわ」
体罰をやり過ぎた自覚があったのか、気まずそうに頭を掻いた真希がハルの肩を叩いてからスタスタとその場を後にした。
いつもおちゃらけて空気を混ぜっ返すパンダと狗巻も珍しく神妙な面持ちのまま、口を閉ざしてハルと同じようにその背中を見送っていた。
ハル:夜廻少女 かよわい
乙骨:灰色青春少年 担任の先生だった恩師にキレ散らかしている10代の夏
真希:MAKIちゃん化計画進行中。非童貞。愛機は対化物戦闘用拳銃。デカくて重くて五月蠅い骨董品。
狗巻:しゃけ
パンダ:パンダ
だいじなもの
リュックサック兼用うさぎの特大ぬいぐるみ
とっても重い感情の詰まった少年から少女へのプレゼント。どういうわけかモノが収容できる。原理は不明。
彼は学長から短期間で持てる全ての技術を模倣し、吸い尽くしていた。