深夜廻戦   作:フールル

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 ひと月に三本は上げたいなぁって思いつつ、中々難しいですね。

 お待たせしました。
 


五夜目

 目を見張るほどの感情の発露。

 それは突如として目と鼻の先で柏手を受けるようなモノであった。

 溢れ出る呪力の波に一同は一瞬の意識の空白を作ってしまったのだ。

 

「ユズさんっ!!」

 

 呪力と術式、そして術師。その結びつきを視覚できるハルが術式の起こりの察知と、ユズの四肢が虚空より現れた縄によって絡み取られたのはほぼ同時のことである。

 

「おぉっ!?」

「呑気かっ!?」

 

 両手()を頭上へ。両()を引っ張られた彼女はバランスを崩してひっくり返った。

 間抜けな声を上げながら倒れたユズの側に駆け寄った野薔薇。

 ゆらりとゆらりと幽鬼のような様相を形取った女――美々子は、ゆっくりと歩みを進める。

 

「ねぇ……邪魔しないでよね。あなた達はどうでもいいの、用があるのはその女だけなんだから」

「先に手を出してきたのはお前だろうが」

 

 ユズの四肢の首を絡め取った縄を観察していた野薔薇は早々にソレを切り上げて、美々子の進路へと立ち塞がった。

 とてもではないが固く結ばれた結び目を手で解くのは無理だと判断したからだ。

 これが術式なら術者を叩いた方が早い。

 片手に持ったハンマーに呪力を込める。

 僅か10メートルそれくらいの距離を残して立ち止まった美々子。

 鬱陶しそうにため息を吐いた彼女の様子を野薔薇は一挙手一投足の動きを見逃さぬように凝視する。

 

”対象を捕縛する術式……あれは私の芻霊呪法と酷似している”

 

 美々子の手に握りしめられたボロボロの人形。その四肢は縄で絞められている。

 隣で転がっているユズと同じ状態だ。

 形代を用いて遠隔攻撃を与える。

 そのやり方も感覚も全てを野薔薇は己の手足のように使いこなせているからこそ、一つだけ見逃せない点がある。

 

”ユズさんと人形の繋がりをコイツはどうやって作りだした?”

 

 いま、野薔薇が手に持って居る藁人形に釘を打ち込んでも何も起こらない。

 それは形代としての体を成して居ないからだ。

 だが、目の前の美々子はどうだろうか。

 偶然遭遇した仇敵を()()()()()()()()()、術式を用いて捕縛した。

 どう考えても不自然な穴が存在している。

 だが、その仕掛けが何であるのか。それを導き出すには経験値を野薔薇は持ってはいないのである。

 だからこそ、間合いを詰めてぶっ飛ばす。

 短絡的と言わざる得ない選択を彼女は選ばざる得なかった。

 一息の間に距離を詰める。

 交流会に向けた対人戦の訓練の経験を活かす。だが、彼女のソレは業界として見ればまだ尻が青いモノであり、人の悪意の中を生きていた美々子にとってはとても素直に読み易い行動である。

 

「邪魔しないでって言ったよ」

「っ!!」

 

 振り上げたハンマー。だが、ソレを振り下ろす前に手首がロープに絡めとられた。

 片腕を上にあげられた不格好な姿のまま、上体が揺れ、下半身が地面を滑る。

 咄嗟に拘束された利き腕とは逆の手で釘を取り出そうとするものの、ソレも手首がロープで絡められた。

 

「くそっ! おい……無視すんなよ! こっち見ろや、根暗女!」

 

 ”どうしよう……”

 

 ユズと野薔薇が瞬く間に無力化された。

 それを眺めるしか出来なかったハルは迫りくる美々子に立ちすくんでいた。

 鋏を取り出せば現状の打破は容易い。

 しかし、ソレは大きなリスクが孕んでいる。

 嘗て鋏を取り出した際に暴走してしまった彼女は同級生達を再起不能になる寸前まで追い詰めてしまったから。

 もし、身動きの取れないユズ、野薔薇がいる状態で暴走してしまえばストッパーが居ないこの環境下の最悪な末路は想像に難くない。

 ”でも……ユズさんを見殺しには出来ない”

 手をこまねいたまま、何もしなければ美々子はユズを殺すだろう。

 それを見過ごすことは出来ない。

 

”お願いです、理様。どうか……暴走だけは――”

「ハルちゃん、私に代案があるからソレは止めて欲しいかなー」

 

 覚悟を決め、鋏を取り出そうとするハルの手をユズは止めた。

 時間はない。すぐそこまで美々子は迫ってきている。

 

「右ポケットに鈴が入ってるいるから、ソレを鳴らして」

 

 簡潔に伝えられた代案の内容。

 迷っている時間はない。

 幸いなことに直接的な敵意を向けないハルに美々子は干渉するつもりもないようである。

 ――もしかしたら、単純にあまりにも非戦闘要員過ぎる印象から警戒対象に入らなかっただけなのかもしれない。

 ユズの側に駆け寄り、指示されたポケットを探れば、ハルの手に転がり落ちてきたのは何の変哲もないただの鈴。

 ”呪いの気配すら感じられないコレを鳴らすの?”

 ソレが正しいのか。正しくないのか。

 本当は鋏を取り出すべきか。

 迷って答えも出せないままにハルはただ握りしめた鈴を振った。

 凛。と、澄んだ音がか細く響く。

 こんなモノではない。

 鈴社が鳴らす澄んだ鈴の音はもっと純粋で綺麗なモノだ。

 魔を退ける鈴の音。

 一年前に聞いたことのあるソレと比べるとハルが鳴らす音は随分と弱弱しい。

 

「それで良いのハルちゃん、続けて」

 

 凛。凛。凛。と、鈴の音が鳴り響く。

 だが――ユズの四肢を結ぶロープは依然として固いまま。

 スッと自身の身体に影が差した。

 ”あぁ……間に合わなかった”

 諦観の念が湧くと同時にハルの手首はロープに絡めとられた。

 ()()ではない。

 接敵を許してしまった美々子の手によって直接、鈴の音を止められたのだ。

 

 ごめんなさい。ユズさん。私は何も……。

 

 状況を打開出来なかった自身の無力さにポロリと涙が一粒零れ落ちる。

 

「鬱陶しいのよ、その音」

 

 鳴り響く鈴の音が耳に障ったか。

 嫌悪感を露わにしたまま無力化したハルを捨て置き、美々子は仰向けになっているユズを見下ろす。

 たった一年。だけど、あまりにもソレが長かった。

 

「アンタを殺せば……菜々子の記憶は戻るんだよね?」

「……」

 

 術師を差別し虐待された幼少期の記憶。そして、その地獄から救われた記憶。

 夏油一派として呪術界と戦争を行ったあの日、美々子の片割れである菜々子の呪詛師としての大事なモノが全て奪われた。

 記憶が――思い出がなければ人を憎むことも出来ない。

 呪詛師として生きていけない。その上、呪術界に身を寄せるわけにもいかない。

 唯の女子高生として生きる彼女の存在が美々子にとってどれ程の負担を強いただろうか。

 だからずっと探していたのだ。

 唯人が憎い。夏油亡き今、その感情を持ちつづけている自身の存在を肯定出来るのは、美々子だけなのだから。

 

「残念だけど、美々子ちゃん、奪われた記憶は戻らないよ」

 

 だが、ユズは美々子の積み上げた思いを笑顔を浮かべて踏み躙った。

 楽しそうに笑いながら。笑って笑って憐れんだ。

 

「ご期待に沿えなくてごめんね。けど、ミミちゃんもナナちゃんを見て何処か羨ましかったんじゃないの?」

 

 ()()の生活。

 誰かを憎むこともなく、ありふれた誰かと笑い、手を取り合う人生。

 胸に突き刺さった憎しみが自身をそこに混ざり合うことを否定して、ソレを忘れてしまった片割れが其処に馴染んで幸せそうに笑っている姿を見て。

 ユズは問う。美々子に。

 ”本当はどうしたいのか”

 戦う理由なんてない。

 

 苦しんでいるよね? 助けてあげるよ。 

 

 ユズは最初からその姿勢を貫いている。

 

「それでも……私は……」

 

 美々子が握り締めたロープがギチギチと軋む。

 

 ふざけるな。お前に何が分かる。

 

 自身を構成するソレを踏み躙って笑うユズがどうしようもなく憎たらしい。

 目は口程に物を言う。

 ユズは自身を見つめるその視線の温度が未だに下がりっぱなしなのを受けて、残念そうに息を吐いた。

 

「一つ、忠告するなら美々子ちゃん。捕縛した相手は意識奪って完全に無力化しておいた方が良いよ」

「? 何を言って」

「そもそも私が持ってる術式って他者の記憶を奪うモノではないよ。徹頭徹尾、魔を退ける清廉の力。例え、他者が鈴を鳴らしていてもやろうと思えば術式の効果を弱めることが出来る」

 

 あんな風にね。

 そう言い切って、ついと視線を美々子からその後ろに向けるユズ。

 ソレにつられて美々子も背後の方に顔を向けた。

 

「例え理屈が分かんなくても、此処にぶち込めばアンタに届くんでしょ!!」

 

 野薔薇だ。

 野薔薇が其処には居た。

 

 この私を地面に転がして放置? 舐めた真似しやがってっ!! 

 

 自身の左手に繋がったロープに藁人形を置いて。

 ささくれだった胸の内を呪いに変えて、ハンマを振りかぶる。

 

 ”例え、他者が鈴を鳴らしていてもやろうと思えば術式の効果を弱めることが出来る”

 

 先程のユズの言葉が美々子の脳裏に反響する。

 最初からだ。

 隻腕の少女に鳴らさせた鈴の音は自身の拘束を解除させるモノではなかった。

 彼女は()()()()こうなると読んでいたのだ。

 立ちはだかる障害をその辺に転がして、真っ先に自身がその殺意を向けられる、と。

 野薔薇を再度捕縛せんと慌てて術式を起動する美々子だが――もう遅い。

 

 芻霊呪法

 

「共鳴り!!!」

 

 ロープを巻き込んで釘が打ち込まれる。

 

「ぁ゛……ぐ、ぅ゛」

 

 呪いが伝播する。

 身体の真ん中を刺し貫かれたような激痛が美々子に走る。

 ――そして、糸が切れた人形のように白目を剥いたままパタリと地面に倒れるのであった。

 

「……っ!!」

 

 側に倒れた美々子をハルは慌てて仰向けにした。

 胸に手を当てる。――鼓動が脈打っている。浅くではあるが呼吸も確認出来た。

 ”良かった……今のところ、大事は無いみたい”

 ホッと息を吐いて、ハルはハッとした。

 今し方敵だった存在を気に掛けるのは優し過ぎる。

 呪い呪われ殺し合う。この業界において()()ともいえる自身の気質が周囲においてどう見られるか。散々真希に注意されていたからだ。

 ユズは気にすることなく、くっきりと残った縄の跡をさすっている。

 野薔薇は――。

 

「野薔薇ちゃん?」

 

 呆けている。

 心、此処に非ず。その様な出で立ちでボケっと突っ立っていた。

 凛。

 鈴の音が響き渡った。

 

「大丈夫かい? 野薔薇ちゃん」

「――あれ? 私、何を……」

 

 立ち上がったユズが鈴を鳴らし、その音が呼び水となって野薔薇の意識が戻ってきた。

 不思議そうに首を傾げる野薔薇に二人は駆け寄る。

 

「大丈夫野薔薇ちゃん?」

「あー……はい、大丈夫です。なんか急に昔の事思い出しちゃって……」

「……」

 

 一見平気そうに見える野薔薇の様子を注視しながら、ハルは湧き立った考えを纏めていた。

 今し方、野薔薇が使って美々子を気絶させた術式の経路。

 本来であれば依代を用いる為の準備を求められる筈なのにソレをパス出来たこと。

 他者との繋がりを可視化出来るハルだからこそ、視界に映っていたソレは違和感の塊だったのだ。

 

「とりあえず……いったん、引き揚げよっか。騒ぎも起こしちゃったからね」

「了解でーす、そいつはどうするんすか?」

()()()()()()()()()()。一年前のやり残しでもあるからね」

 

 とりあえず、ソレを今説明するには好ましくない状況だ。

 帳を下ろしていない環境で呪術戦を繰り広げてしまったのだから。

 特異なこの綿津岬において周囲への影響は計り知れない。

 最悪の場合、大勢の住民がこの場に押し寄せる可能性だってある。

 そうなってしまえば多勢に無勢だ。

 

 美々子を背負い移動するユズに続いて、野薔薇、ハルは神社を後にするのであった。





 なんやかんやで筆が進まずずるずると時間だけが過ぎてしまいましたが、目標は次でオリジナルを畳み、本編に戻したいなって考えてます。


 >>> 
 うん、とっても困る。
 正直、本誌以外の設定の公開をチェックしてないうえで、続編で舞台裏の設定諸々をこねこねして物語構成されますと設定の矛盾とか出てきそうだなーって遠い目になってしまってます。なんとナーレー。
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